モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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晴天と雨雲

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭から一夜明け、振返休日となった月曜日の朝。昨日の疲れがまだ少し残っていたので、もう少し寝ていたかったが、腹が減ったので朝食を取る為にリビングへ向かう。

 

「あ、友くんおはよー!」

 

 リビングに入ると、そこには先に朝食を食べていた陽菜が疲れなど一切感じさせない、明るく元気な声を俺の寝起きの耳に届かせる。続いて、その隣で同じく朝食を食べる友香も「おはよう」と軽く挨拶する。

 俺と違って元気だねこいつは……昨日の疲れなんて無いみたいだ。

 

「おはよう。お前が早起きしてるなんて珍しいな」

「えへへ、昨日の文化祭の興奮が抜けなくて、目が覚めちゃって……」

 

 遠足前の子供かよ……いや、もう文化祭終わってるし。

 その元気を少しは分けてほしいと内心呟きながら席に座り、キッチンから母さんが持ってきた朝食を頂く。

 

「……なあ、昨日の事聞いていいか?」

「昨日の? 何を?」

「その……俺と朝倉先輩が二人で居る時さ、そっちはどうだったのかなと思ってさ……天城達の様子とか」

 

 昨日は俺と先輩がデートしている事を他のみんなは知ってたんだ。多少不機嫌だったり何だりしただろう。昨日彼女達と一緒に居た陽菜と友香なら、知ってるはずだ。

 

「様子ねぇ……特におかしなとこは無かったよ? 優香ちゃんも海子ちゃんも、しっかりメイド喫茶でお仕事してたよ。時々ちょっとムスッとしてたり、ショボンとしてたけど」

「大方お兄ちゃんと雪美さんのデート想像して、イラッと来たり悲しかったりしたんでしょ。出雲の方も似た感じ。お客さんの相手してない時はずっと小言呟いてた」

「そ、そっか……」

 

 やっぱ、不機嫌ではあった訳だな。まあ何か問題があった訳でも無いようだし、一安心かな。今度時間ある時に相手してあげないとな。

 

「……ところで、陽菜はその……どうだった?」

「どうって?」

「いやだから……俺と先輩のデートに……不満があったりしたのか?」

「私は別にそんな事無いよ? 確かに友くんとデート出来なかったのは残念だったけど、友くん達がそれでいいんなら私はいいもん!」

「そっか……」

 

 陽菜は相変わらずだな……でも、こういう言葉は有り難いな。心が少し休まる。

 

「あ、ただ! 今度優香ちゃん達とも遊んであげなよ? みんな友くんとデート出来なくてガッカリしてたんだからね! もちろん、私とも遊んでよね!」

「お、おう……分かってるよ。出来る事はやるよ」

「流石友くん! それじゃあ、今日は私と遊んでよ! 折角のお休みなんだしさ!」

 

 陽菜はワクワクしたような明るい表情で、こちらをジッと見つめる。

 確かに今日は休日だし、バイトも無い。遊んでやるのもいいかもしれない。だが――

 

「悪いけど、今日は駄目だ」

「えー!? どうして駄目なの!? 優香ちゃん達と約束してるの?」

「違うよ。というか、今週は誘っても相手に迷惑だろ?」

「迷惑って……どういう意味?」

「どういうって……お前覚えてないのか?」

 

 そう問い掛けると、陽菜は眉間にシワを寄せ、難しい顔をしながら首を傾げる。

 こいつ……マジで覚えてないのか。いや、もしかしたら知らないのかもしれないな。記憶から消去してるか、覚える事を拒絶したのかもしれん。

 そんな彼女に呆れながらも、現実を教えてやろうと、俺は口を開いた。

 

「来週……中間テストだぞ?」

「…………チューカンテスト?」

「何それ知らないみたいに言うな。来週の火曜から金曜まで、テスト。今日からはテスト勉強の期間だ」

 

 しっかりはっきりと陽菜の目を見ながら、事実を伝える。しかし陽菜はまるで思考が停止したように静止し、何も反応を返さない。しかし数秒後――

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 突然大声を上げ、両手で頭を抱えた。

 

「うっさいな……それぐらい知っとけよ」

「だ、だって文化祭昨日やったばっかだよ!? もう勉強するの!?」

「学生の本分だろ。むしろなんで勉強しないと思ってた」

「そんな……しばらくは楽しくウキウキな日常が続くと思ったのに……」

「これが学生の日常だ。現実に向き合え」

「あうぅ……」

 

 事実を知った陽菜はゴツンとテーブルに額をぶつけ、髪を掻きむしる。

 こいつ……本当に勉強嫌いだな。落ち込む気持ちは分からなく無いが、そんな人類の終わりレベルに絶望しなくてもいいじゃないか。

 

「……ともかく、俺も今日からはテスト勉強するつもりだから、遊んではいられないの。分かったらお前も大人しく勉強しとけ」

「うぅ……勉強ヤダよぉ……」

「子供かよ……諦めろ。俺だって気持ちは同じだけど、やらなきゃイカンのだ。補習嫌だしな」

「……そうだ! なら友くん、一緒に勉強――」

「断る」

「食い気味!? どうしてそんな酷い事言うの!?」

 

 半分涙目になりながら、身を乗り出して顔をこちらに近付ける。正直見ていて何だかかわいそうだが、俺は心を鬼にする。それが俺と陽菜の為だ。

 

「悪いが……俺はお前に勉強を教えるという事をしないと誓ったんだ」

「どうして?」

「忘れもしない……あれは小学四年の頃だ――」

 

 ――あの時も陽菜がテスト勉強を手伝ってほしいと、切羽詰まった様子で俺に頼みに来た。俺は自分のテスト勉強は粗方終わっていたので、快く引き受けた。

 しかし、陽菜は俺が何時間も掛けて教えた内容を綺麗サッパリ忘れ、翌日のテストで赤点を叩き出した。俺の努力を見事に無駄にしたのだ。

 それ以来俺は、陽菜に勉強を教えても無駄だと――金輪際、陽菜の勉強など手伝ってやるかと決めたのだ。

 

 その事を出来る限り感情を抑えて陽菜に説明してやると、彼女はほんのちょぴり苦笑いを浮かべながら首を傾げた。

 

「……そんな事あったっけ?」

「あったよ! そん時俺はお前のあだ名を鳥の頭にしてやろうかと思ったほどだ! 俺も人の事は言えんが……どうしてお前はそんなに馬鹿なんだ!?」

「えっと……ア、アハハハハ……何でだろうねぇ?」

「……はぁ、もういいや。とにかく、俺も今回は余裕がある訳じゃ無いし、お前の手伝いしてる暇無いの。悪いが自力で頑張ってくれ」

 

 残り僅かなトーストを平らげ、俺は食器を片付ける為に席を立つ。

 

「友くぅん……教えてくれなくていいから、せめて一緒に勉強しようよぉ……」

「悪いが断る。お前の頭を悩ます唸り声で集中出来なくなる」

「ふにゅう……友香ちゃんは……? 頭いいんだよね?」

「ごめんなさい、二年の範囲はちょっと……」

「ふえぇ…………テスト期間に風邪とか引かないかな……」

 

 小学生か。休んでも後日やるぞ、ウチの学校は。

 

 かわいそうだが、俺だって勉強に集中しないと赤点を取ってしまうかもしれん。陽菜には悪いが、今回ばかりは気を向けられん。それに、陽菜もこのままじゃ後々苦労するだろうし、一人で頑張ってもらおう。

 ……まあ、どうせすぐに誰かに頼るんだろうけど。そうなったら……もうしょうがない。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 振返休日も終わり、通常の授業に戻った火曜日。午前中の授業が終わってお昼休みに入り、周囲の生徒が友達と会話を交わしながらお弁当を食べる中、私は一人ぼーっと席に座っていた。

 

「……はぁ」

 

 自然と溜め息が漏れる。今日で多分八回目だ。まだ一昨日の事が――世名君と文化祭を見て回れなかった事が、彼が朝倉先輩がデートをしたという事実が憂鬱みたいだ。

 正々堂々と戦い、私は負けてしまったんだから文句は言えないのは分かってる。けど、やっぱり残念ではある。世名君と一緒に文化祭を見て回って、色んな事をしたかった……そう、一昨日から少し落ち込みムードだ。

 

「……落ち込んでても仕方無いよね」

 

 もう過ぎてしまった事だ。いつまでも気に病んでても進まない。世名君の事だし、きっといつか私……達の為に時間を割いてくれるはすだ。今はそれを楽しみにして、やれる事をやろう。

 ペチッとほっぺを叩いて、モヤモヤした気持ちを吹き飛ばす。リフレッシュをして、落ち込んだ気持ちがよくなったところで、お昼ご飯を買いに売店へ向かおうと席を立つ――

 

「――優香ちゃーん!」

 

 その時、大きなどことなく悲痛な感じの声に名前を呼ばれ、首を動かす。直後――その声の主と思える桜井さんが何故か半べそ状態でこちらに駆け寄り、私の手を取り顔を近付けてくる。

 

「さ、桜井さん……!? 一体何!?」

「やっぱり私一人じゃ無理だよぉ! 一緒にお願い!」

「……は?」

 

 意味不明な彼女の発言に、思わずイラついた声が出る。

 とりあえず一体何を伝えたいのか彼女に教えてもらう為に、一旦彼女を落ち着かせてから改めて話を聞く事に。

 

「……それで、一体なんなの?」

「来週からテストでしょ? で、私頑張って昨日テスト勉強してみたんだけど……全然問題が理解出来なくて……だからさ! 優香ちゃんがよかったらだけど……勉強教えてくれない?」

「……訳は分かったけど……どうして私なの? ……世名君に教わればいいじゃない」

「友くんはお前には勉強を教えないーってイジワルするんだもん……」

 

 世名君がそんな事言うなんて……何だか珍しい。まあ、なんとなく理由は分かるけど。……ちょっといい気分かも。

 

「……で、どうして私に教わろうと?」

「だって、優香ちゃんってスッゴイ勉強出来るんでしょ?」

「……それなら海子だってそうでしょ。仲が良いみたいだし、海子にお願いしたら? 多分、受けてくれると思うわよ」

「そうだけどさ……折角だし、優香ちゃんがいいと思って!」

「折角……?」

「うん! だってさ……」

 

 桜井さんはポリポリと頬を人差し指で掻き、ちょっぴり照れ臭そうな笑顔を浮かべながら言葉を続ける。

 

「私と優香ちゃんって、同じクラスなのにあんまりお話してないなーって思ってさ」

「……わざわざ恋敵と仲良くする理由なんて無いし」

「でも! 私は優香ちゃんと仲良くなりたい! お友達になりたい! だからこの勉強がキッカケで、ちょっとでも仲良くなれたらなーって!」

「仲良くって……私達は恋敵、ライバルなのよ? どうしてそんな……」

「うーん……それはそうだけど、それとこれとは別だよ!」

 

 胸元辺りでグッと拳を握り締め、真剣な眼差しでこちらを見つめる。

 

「恋敵とかそんなの関係無く、私は優香ちゃんとお友達になりたいんだよ! 優香ちゃんいい子だし、仲良くなったら絶対楽しいもん!」

「楽しいって……私は恋敵のあなたと仲良くなんて……」

「でも、海子ちゃんとは仲良いよね? 同じ恋敵なのに」

「それは……海子は、こうなる以前の友達だし……」

「でも恋敵と友達なのが嫌なら、海子ちゃんのお友達止めるよね?」

「それは……」

 

 いつも以上にグイグイ言い寄る桜井さんに気圧され、つい言葉がつっかえる。

 

「……恋敵とはいえ、海子は大事な友達だもの……そう簡単に止めたりしない」

「そっか……だったら、私とだってお友達になれるよね!」

「ど、どうしてそうなるのよ……」

「だって、恋敵の海子ちゃんとお友達でいられるなら、同じ恋敵の私ともお友達になれるよ!」

「意味が分からないんだけど……」

 

 言ってる事が滅茶苦茶……あんまり二人きりで話した事無いけど、何だか疲れるわね……

 

「恋敵だろうとなんだろうと、私は優香ちゃんとお友達になりたい! それとも……優香ちゃんは嫌?」

「私は……正直、あなたの事は好きにはなれない。だって、世名君と同じ家に住んでるなんて……許せないもの。やっぱり恋敵である以上、あなたを妬む心はある」

「そっか……でも、それなら私もだよ!」

「えっ……?」

「私が居ない間に友くんに告白しちゃったり、デートだってしちゃってるし、一緒に働いたりもしてるし、正直優香ちゃんには嫉妬しまくりなんだよ私!」

 

 と、桜井さんはプクッと頬を膨らませる。

 

「じゃ、じゃあどうして私と友達になりたいなんて……?」

「言ったでしょ、それとこれは話が別! 嫉妬とかそういうのがあっても、私は優香ちゃんとお友達になりたいんだよ! 私がそうしたいんだし、友くんだってそれを望んでるよ!」

「世名君が……?」

「うん! 私達がいがみ合ってるよりも、仲良くしてる方が友くんも絶対嬉しいもん! だって、もし自分の友達が他の友達と仲が悪かったらなんか悲しいでしょ?」

「それは……」

 

 そうだ……とは思う。私ももし、海子と由利や薫の仲が悪かったら悲しい気持ちになるだろうし……きっと、世名君もそう思うタイプだ。それは分かってる。そうした方が、世名君が私達に対しての答えを出しやすい事も。

 

「だからさ、私は優香ちゃんとも仲良くしたい! 駄目かな?」

「……分かった……勝手にして」

「優香ちゃん……!」

「あくまで仲悪くしないってだけ。仲むつまじく、なんて事はしない。……あなたが言った通り、私達が仲悪くしてたら、世名君が悲しむだろうし。……海子もね。だからってだけ! 世名君の……私の為だから」

「優香ちゃん……うん! 今はそれで満足だよ! よろしくね、優香ちゃん!」

 

 パァッと明るい笑みを浮かべ、桜井さんは私の手を掴み、大きく上下に振る。

 

「ちょっと、止め……!」

「あ、ごめんごめん……ちょっとテンション上がっちゃった」

「全く……言っておくけど、友達って訳じゃ無いから。こっちも無視はしないけど、あんまり馴れ馴れしくはしないで」

「アハハ、優香ちゃんツンデレみたい」

「……どうなろうと、恋敵である事は変わらないから。容赦はしないし、世名君は渡さない」

「もちろんだよ! 友くんとは私が付き合うんだから! 一応、一番最初に告白したのは私なんだもん!」

 

 小学生の頃、世名君と結婚するとか言ったんだっけ……それが告白かどうかはともかく、私も負ける気はさらさら無い。私だって、生半可な気持ちで告白した訳じゃ無いから。

 

「……で、何だか話が逸れたけど……勉強を教えてほしいんでしょ?」

「あ、そうだった……お願い出来る?」

「……放課後ならね」

「やったぁ! それじゃあ、放課後に優香ちゃんの家でね!」

「なんで私の……まあ、いいわ。教えるからには、容赦は無いから」

「うっ……お、お手柔らかにね……」

 

 はぁ……どうしてこうなったんだろう……でも、彼女が悪い人で無いというのは前々から分かっていた。ただ恋敵だって理由だけで、嫌っていただけ。友人になるのはそこまで嫌な事では無いし、別に構わない。

 でも、何だか彼女に言い包められた感じがするわね……まあいいか。世名君も望んでるなら喜んで受け入れるし、私と彼女がどういう仲になろうと、恋敵というのは変わらないんだから。これからも、全力で彼女と競い合う。世名君を巡って。

 

「あ、そうだ! 私の事は陽菜って呼んでよ! そっちの方がお友達っぽいからさ!」

「……気が向いたらね」

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 放課後――いつもなら友香達と一緒に家に帰っているのだが、今日は図書室で来週に向けて勉強をする事にした。

 本当なら家でしてもいいのだが、今日は両親が仕事が休みで家に居るので、こっちでする事にした。……これといった意味は無いのだが。

 

「はぁ……先輩と一緒に勉強したかったな……」

 

 とはいえ、友香から聞いた限り先輩もテスト勉強忙しいみたいだし、私も正直今回のテストは少しヤバイので、一人で集中しないといけない。

 一昨日の文化祭で先輩とデートが出来なかったから、本当なら先輩と思いっきり遊びたいが、そうも行かないのが現状だ。

 もう少し私の頭がよければ、問題無いどころか、先輩の勉強を手伝ってあげたりも出来たかもしれないのに。

 

「……こんな事悔やんでも仕方無いか」

 

 気持ちを切り替えて、勉強に集中しないと。赤点取って補習とか嫌だし!

 一昨日の文化祭の事とか、色々とモヤモヤしている事もあるが、一旦それらを全て忘れ、目の前のノートと教科書に意識を集中させる。

 

「――あっ」

 

 しかし、不意に聞き覚えのある声が耳に届き、意識と視線がそちらに逸れる。視線の先には思った通りの人物――雨里先輩が鞄を片手に立っていた。

 

「……雨里先輩も勉強ですか?」

「あ、ああ……大宮も……か?」

 

 その問いに、私は一応首を縦に振る。

 別の場所に座って下さいと言おうとしたが、今図書室には私以外にも大勢の生徒がテスト勉強をしていて、空いている席が私の周りぐらいしかなかったので、そっとその言葉を飲んだ。

 

「隣、失礼するぞ……」

「……どうぞ」

 

 私の素っ気ない感じの返事に、雨里先輩は「ありがとう」と小さく囁き、私の隣に座る。

 彼女はそのままこちらの方を少し気にしながらも、鞄から筆記用具を出してテスト勉強を始める。

 

「……あなたもテスト勉強するんですね」

「私は天才では無いんだ。テスト前の勉強はする」

「そうですか……ていうかどうしてここで?」

「家に母の客人が来ているのでな。話し声が毎回うるさいから、こちらに来たのだ。……どうしてそんな事を聞く?」

「……なんとなくです」

 

 その言葉を最後に、私は自分の勉強に戻る。雨里先輩もしばらくこちらを見つめていたが、同じく勉強に取り掛かる。

 

 それからしばらくはお互い無言のまま勉強を進める。カリカリと文字を書く音と、時々周りから聞こえてくる他の生徒の小さな雑談だけが耳に流れ込む。

 その音を聞きながら手を動かしている途中、少し腕が疲れたので筆を止める。少し休憩して再開しようともしたが、折角だから気分転換に外の空気でも吸おうと、図書室の外に出る事に。

 

 廊下に出て近くの窓を開き、そこから外を眺める。空は生憎の曇り空だったが、風が涼しくて心地良いので、これはこれで結構ありだ。

 そのまましばらくぼーっとして空を眺めていると、不意に背後の図書室の扉からガラガラと開く音が聞こえる。その音に顔を向けると、そこには雨里先輩の姿が。

 

「……あなたも休憩ですか?」

「まあな。……ひと雨来そうだな」

 

 そんな言葉を呟きながら、雨里先輩は私の隣に立って外を眺める。私はそんな彼女を横目で見る。

 

 私は正直、あの四人の中では雨里先輩が一番マシだと思ってる。もちろん、恋敵である以上好きになれる存在では無いのだが。

 先輩に真っ先に手を出した天城先輩、先輩と一つ屋根の下で暮らしている桜井先輩、そしてシンプルに嫌いな朝倉先輩(あの女)――その三人に比べれば、雨里先輩はあんまり許せないといった要素は無い。

 とはいえ彼女に対しても許せない事――いや、ある意味羨ましいと思える事は、ある。

 

「……なあ、一ついいか?」

 

 そんな事を考えていると、不意に雨里先輩が声を掛けてくる。

 

「……なんですか?」

「その……お前、一昨日の文化祭の時……どんな気持ちだったんだ?」

「はぁ? ……そんなの、決まってます。朝倉先輩を恨みまくったし、 凄く悲しかったし、悔しかったですよ。正直勝負の約束なんて破って、先輩と一緒に居たかったです。……まあ、そんな事したら先輩に嫌われちゃうからしませんけど」

「そうか……よかった……」

 

 と、何故か雨里先輩はほっとした様子で胸元に手を当てて息を吐く。

 

「何がですか?」

「いや……お前もそうだったんだなと。もしかしたらそんな風に嫉妬しているのは私だけで、みんな潔く諦めているんじゃないかと思っていてな……お前も同じで、少し安心した。私だけだったら、自分だけが器の小さい人間になってしまうからな」

「ちょっと、私まで器が小さい人間みたいに言わないで下さいよ! ……そうかもですけど。そもそも、嫉妬しない訳無いです。好きな人が他の人とデートしてるんですから」

「……それもそうだな」

「……今度は、私が聞いていいですか?」

 

 そう問い掛けると、雨里先輩は少し驚いた様子を見せながらも、コクリと頷いてくれる。

 

「雨里先輩って……イジメられてたのを友希先輩が助けてくれたから、先輩を好きになったんですよね?」

「い、いきなりだな……ああ、そうだよ。友希に救われて、私はあいつに心の底から感謝した。……まさに運命だよ、私にとって」

「……何だか、羨ましいです」

「えっ……?」

 

 そう、羨ましいのだ。そんな風に先輩に助けられて好きになった――そんな素敵な出会いが、少し羨ましい。

 

「私が先輩を好きになった理由は……ただ単に優しく接してもらったから……そんなちっぽけな理由です。だからあなたみたいに助けられたっていう、素敵な出会いが……少し羨ましい」

「大宮……そんな事こそ、ちっぽけじゃないか?」

「それって……?」

「惚れた理由が何であれ、それは立派な恋心だ。小さいも大きいも関係無いさ。それともお前は、そんなちっぽけな理由だから、愛情も他の者より小さいと思っているのか?」

「そんな訳無いです! 私は誰よりも、先輩を愛しているつもりです! それだけは揺るぎません!」

「そうか……ならいいじゃないか」

 

 と、雨里先輩は何故か微笑む。

 

「自分の愛情が一番だと思うなら、それでいいじゃないか。出会いが何であれ、惚れた理由が何であれ、胸を張って言える愛情ならいいじゃないか。……私も、お前の友希に対する愛情の大きさは知っている。少し悔しいが……お前は誰にも負けないぐらいあいつを愛している」

「雨里先輩……」

「だからといって、私の愛情が負けているとは思っていないぞ! ただ……お前も立派に友希を愛している。どんな理由で惚れていようと、お前は立派な私のライバルだ」

「……ハハッ、何ですかそれ……カッコ良すぎですよ……」

 

 はぁ……馬鹿みたいだな、私。こんなちっぽけな事で悩んだり、羨んだり、人間が小さいな……もっと自分に自信持たないと。

 

「……それに、私もお前が少し羨ましい」

「羨ましい……?」

「私が友希を好きになったのは小学三年だが、それ以降は告白するまでほぼ会話をしていない。ずっと、遠くから眺めていただけだ。だから、お前が羨ましい。しっかりと話をして、友希を好きになったお前がな。きっと、私達の中でお前が今の友希と一番多く会話を交わした奴だからな」

「あっ……」

「それだけじゃない。あんな風に包み隠さず思いを伝えられる事も、私には照れ臭くて出来ない。他の者もそうだ……私も、周りを羨ましがってばかりさ」

 

 と、雨里先輩は少し物悲しそうに笑う。

 

「……だが、私は決して負けているとは思っていない。友希への愛は……私が一番だと思っている。負けるつもりなんて……友希を渡すつもりは無い。お前はどうだ?」

「私は……そんなの、当たり前です! 色々と悩んだりもした……けど、私の先輩を愛する気持ちは一番だって、これだけは胸を張れます! 私だって……先輩を渡す気は絶対無いです!」

 

 足を一歩前に出し、雨里先輩の顔を睨む。それに彼女も私を睨むと、小さく微笑む。

 

「ああ……望むところだ。最後まで、正々堂々と競おう。悔いの無いようにな」

「悔いなんて残しません! 絶対勝ちますから!」

「フッ……そうだな」

「……ありがとうございます」

「大宮……?」

「私、前に先輩と誕生日デートした時、色々ぶちまけてスッキリしたはずなんですけど……ミスコンで負けて、全然関係無いのに何だか自信無くしちゃって……でも、今の事で吹っ切れました。もう迷いません! 先輩の恋人を目指して、突っ走ります!」

「そうか……ん?」

 

 ふと、雨里先輩が外に目を向ける。それに釣られて私も視線を動かす。するとその先には、夕方とは思えない明るい太陽の光が、雲の間から辺りを照らしている光景が広がっていた。

 

「晴れたか……帰りは晴天だな」

「ですね……あっ! 勉強に戻らないと!」

 

 すっかり会話に集中しちゃった……早く戻って進めないと!

 

「大宮、よければ少し教えてやろうか? 私の方は余裕があるからな」

「……勘違いしないで下さいよ! 私とあなたはライバルなんです! 馴れ馴れしくするつもりは無いです! ……まあ、困ったら利用してあげます」

「フッ……好きにしろ」

 

 そんな会話を交えながら私達は図書室に戻り、それから下校時間ギリギリまで、私と彼女は互いにテスト勉強に励んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 テスト勉強の期間中に起きた、小さな変化。彼女達の間柄も少しはよくなった……かな?







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