文化祭二日目――開場を前に多くの生徒が忙しなく準備を進める中、俺は本校舎の下駄箱前に一人立っていた。
みんなが最終日となる今日の為に必死で最後の準備を進めているのに、どうして俺は自分のクラスの出し物である執事喫茶の準備も手伝わず、執事喫茶の衣装である燕尾服では無い学校の制服を着てここに立っているかというと、理由はこれから俺はある人物と文化祭を見て回るからだ。そう、前々から決まっていた文化祭デートだ。
彼女達が他の者と共有では無い、俺との自分だけの思い出が欲しいという事から始まった今回のデート企画。そのデートの権利を巡り、昨日行われたミスコンであの五人は戦い、勝者が投票により決まった。その勝者と、俺は今からこの文化祭を一日中二人きりで回る訳だ。
本当は開場してからしばらくは執事喫茶を少し手伝おうとも思ってたのだが、「そんな気遣いはいらない」と半ば強引に追い出されてしまった。
追い出された俺は仕方無いので、今日の相手に連絡して、本校舎前で彼女を待つ事にしたのだ。
「そろそろ来ると思うんだけどな……」
少しだけクラスの出し物の手伝いをしてから来ると言ってたが、そろそろ終わる頃だろう。
間もなく文化祭デートが始まると思うと、妙に緊張が高まる。デートなんて何回もしているのに、情け無いものだ。
「――ごめんなさい、待たせたかしら?」
俺の意志とは関係無く高まる緊張を、頭をガリガリと掻いてなんとか誤魔化そうとしていると、不意に吹いた秋風と共に透き通る声が俺の元に届く。それに目を開くと、目の前に待ち人が立っていた。
風に靡くきめ細やかな長髪に、きりりとした立ち姿が美しい女性。ミスコンを制し、今日のデートの権利を得た――朝倉先輩だ。
「思ったよりクラスの準備に手間取ってしまってね。肌寒い中、待たせて申し訳無いわ」
「いえ、俺も今来たばかりなんで平気ですよ」
「そう、ならよかったわ」
口元に手を当て、目を閉じてニッコリと笑う。なんだか、いつもより嬉しそうな感じだ。
「朝倉先輩……なんだか楽しそうですね」
「あらそう? まあ、当然かもしれないわね。だって、あのミスコンで勝利して、友希君とのデートの権利を得られたんだもの。私だって、少しぐらい気持ちが高揚してしまうわ」
そう言うと、朝倉先輩は再び嬉しそうに笑みを浮かべる。
それだけ今回のデートを楽しみにしてたって事なのかな……きっと他の四人もそうだったんだろうな。
「そう思うと、少し申し訳無いな――そんな事を考えてそうな顔ね、友希君」
「えっ!? ど、どうして分かったんですか……?」
「友希君は顔に出やすいから。でも、今回は私の事だけを考えてほしいわ。彼女達も勝負に負けて、今回は潔く諦めると言ってたでしょう?」
「そ、そうでしたね……すみません」
「いいのよ別に。友希君のそういう優しいところも私は好きだから」
と、朝倉先輩はまたまた爽やかな笑みを見せる。
本当、今日はよく笑うな、先輩。それだけ楽しみにしてくれてるんだ……精一杯頑張って楽しませないとな。……って、また堅く考えちゃってるな。リラックスリラックス――
『もう間もなく開場の時間です。各クラス、準備を済ませて下さい。繰り返します――』
心を整えていると、校内に開場を知らせるアナウンスが流れる。
「あら、もう始まるみたいね。友希君、そろそろ行動を始めましょうか?」
「そ、そうですね……! えっと……」
「そんなに緊張しなくていいわよ」
朝倉先輩はスッと右手伸ばし、綿を崩さず握るように優しい手付きで俺の左手を包む。その感触に全身にくすぐったい感覚が流れ、体温が上がる。
「いつも通り、気楽に行きましょう?」
「は、はい……」
ならその柔らかい手付きと甘い声色止めてくれないかな……なんかこそばゆいです。
が、先輩は俺のその気持ちを理解していないのか、はたまた理解してからかっているのか、滑らかな動きで自分の指を俺の指に絡ませ、胸が俺の二の腕に触れる距離まで密着する。
「文化祭デート……思い切り楽しみましょうね、友希君」
「そ、そうですね……」
至近距離から感じる彼女の声と吐息に耳が刺激され、なんだか力が抜けてくる。
やっぱり、朝倉先輩とのデートは一筋縄では行かないな……でも、彼女の言う通りに気楽に楽しもう。それが、朝倉先輩と俺の為になるはずだ。
何はともあれ、こうして俺と朝倉先輩の――文化祭デートが幕を開けた。
◆◆◆
開場から数十分、校舎内にも外から来たお客さん達でごった返し始め、昨日のような盛況を見せる中、俺と朝倉先輩は本校舎の廊下をブラブラと歩いていた。
「今日も人が多いですね」
「ええそうね。盛り上がってるようで何よりだわ。……ところで、なんだか視線がこっちに集まってるわね」
「……そうですね」
先輩の言う通り、周囲の人達からは朝倉先輩の美しさに酔いしれるような視線、俺に有りっ丈の妬みを持った視線などなど――様々な感情を含んだ視線が俺達に多く向けられている。特に妬みを持った視線が多い。
それは当然だろう。何故なら俺達は今廊下のド真ん中を堂々と手を繋いで歩いている。さらに朝倉先輩が必要以上に密着してるせいで、彼女の少なくとも90cm以上ある胸が俺に触れている。そんな羨ましい状況を見て、思春期男子が妬まない訳が無い。
正直この視線を常に受け続けるのは辛いが、朝倉先輩を無理矢理突き放す訳にはいかない。とはいえ、このままなのも俺的にはシンドイ。周りの目もそうだが、歩く度に彼女の胸の感触が伝わってきて気が散るというか……恥ずかしい。
こればっかりはいくら経験しても慣れない。……というか、俺って何にも慣れてなくない? 色んな事にずっと緊張してばっかじゃん。
「どうしたのかしら友希君、難しい顔をして」
「あ、いやなんでも……それより先輩、ちょっと離れてくれると有り難いんですけど……その、歩きにくいっていうか……」
「ウフフ……正直に密着してて照れ臭いって言えば?」
バレてる……そりゃそうか、自分でも分かりやすいとは思うし。
こっちの気持ちを理解してもらっているのなら、ストレートに頼もう――そう決めて口を開こうとしたその時、朝倉先輩が急に手を離し、今度は腕を組んでさらに体を俺に密着させる。
「ちょっ、先輩……!?」
「悪いけど、お断りさせてもらうわ。折角ミスコンを制してデートの権利を得たんだもの。少しぐらいわがままを言ってもいいでしょう?」
「そ、それはその……」
「フフッ……可愛い反応。友希君だって、嫌な訳じゃないんでしょう?」
いじわるな微笑みを見せると、朝倉先輩はさらに身を寄せる。豊満な谷間が俺の腕を包み込む。その柔らかい感触に、体温が再上昇し、全身から汗が滲み出る。
確かに嫌では無いけど……この状態が続くのは思春期男子にはシンドイ! 緊張で死にそう!
今すぐバッと離れて解放されたいが、朝倉先輩の一見変わったようには見えないが、とても幸せそうな顔を見るとそれも心苦しい。
「……分かりましたよ」
彼女のそんな様子を見たら、離れてくれとはもう言えない。俺は仕方無く、この状況に我慢する道を選んだ。
その言葉を聞くと、朝倉先輩は嬉しそうにほくそ笑んで、腕を抱き締める力を強める。
「ありがとうね。そういう気持ちを理解してくれるとこも大好きよ」
「か、からかわないで下さいよ! さあ、早く行きましょう!」
「ウフフ……照れ屋さん」
だからからかわないでくれ……スッゴイ恥ずかしいから。
だが、いくら言っても止めてはくれないだろう。だって朝倉雪美とはそういう人間だと、この半年で俺は十分理解した。まあ、本当に俺が嫌がる事はしないからいいんだが。
「ところで、今回のプランは考えてくれてるのかしら?」
「一応、大体は考えてます。でも、先輩が行きたいところがあるなら寄りますよ?」
「私は特に無いから大丈夫よ。友希君のプランに任せるわ」
「分かりました。じゃあ、俺の考えたプランで行きますね」
昨日のミスコンで先輩に勝者が決まった後、一応ざっくりとプランは考えた。先輩に満足してもらえるか正直分からないが、やれる事はやってやろう。
気合いを入れ直し、早速最初の目的地へ移動する事に。
数分後、目的地である本校舎三階――1年E組の教室前に到着する。
「ここは……お化け屋敷かしら?」
「文化祭っていったらこれかなって……ベタ過ぎました?」
「いいえ構わないわ。遊園地の時や黒南島の時、友希君と一緒に行けなかったのが悔しかったから嬉しいわ」
よかった、ちょっとは喜んでくれたみたいだ。やっぱり文化祭にお化け屋敷は付き物だよな。海子は駄目だって言ってたけど、先輩は大丈夫だしプランに入れといてよかった。
「じゃあ、行きましょうか」
「ええ」
現在お化け屋敷には数人ほどの列が出来ていた。中に入る為に俺達もその列に並び、中から時々聞こえてくる悲鳴を聞きながら、順番が回ってくるのを待つ。
そして数分ほど経過したところで俺達の順番になり、早速中に足を踏み入れる。
教室の中は数メートル先を見るのがやっとな暗さで、それっぽく怪しげに装飾されていた。そして不気味な音楽もどこからか流れている。
これには流石に少し恐怖心が生まれ、少しだけだが体の動きが堅くなる。
「結構クオリティが高いのね。感心するわ」
だが朝倉先輩はそんな事を言いながら、相変わらずの冷静な表情で辺りを見回していた。
流石にこんなんじゃ動揺しないか……これ楽しんでくれてるのかな?
そんな心配を抱きながらも、先輩と一緒に迷路のように入り組んだ教室を歩き進む。そして数分ほど歩き、曲がり角に辿り着いたところで――
「うーらーめーしーやー……」
と、ベタ過ぎるセリフを吐きながら、白装束を着た黒髪の女性がゆっくりと姿を現す。その突然の出現に、思わず体がビクッと小さく震える。しかし――
「…………」
朝倉先輩は何も反応せず、その女性をジッと見つめる。その視線に耐えられなくなったのか、お化けの女性はそっと静かに俺達の前から姿を消した。
お化けの人、なんか哀愁漂ってたな……そりゃそうか、それっぽく出てきたのに無表情とか凹むよね。俺はちゃんと驚いたから、安心していいよ。
「あの……先輩、もしかしてつまらないですか?」
「そんな事は無いわ。ただ、私こういうのは不慣れだからよく分からないの。どんなリアクションをすればいいのかしら?」
「えっと……キャー! とか、怖いー! とかですかね……?」
「そう……とりあえず、怖がればいいのね。それがお化け屋敷を楽しむ極意なら、努力してみるわ」
無理して怖がるんじゃ意味無いような……まあ、いいか。
気を取り直し、先に進む事に。しばらく進むと、再び曲がり角に差し掛かる。また角から飛び出してくるのかと少し緊張しながら、角を曲がる。しかし、お化けは飛び出してこない。
それにちょっとだけ安心して、気が緩んだその瞬間――
「うおぉぉぉぉぉ!」
「うおぉう!?」
突然背後から気合いの入った叫び声と共に、特殊メイクで恐ろしい顔になった男性が飛び出してくる。これには流石に驚きを隠せず、思わず声が漏れる。
しかし、朝倉先輩は相変わらず反応を見せず、飛び出してきたお化けをジッと見つめるのみ。
先輩の事だからどうせ「まあ、凄いメイクね」とか言うんだろうなと思っていると、先輩は何か思い付いたように口を小さく開く。そして――
「キャー、コワイー」
と、棒読み感全開で叫び、急に俺を力強く抱き締める。
「先輩……!? いきなり何をしてるんですか……!?」
「あら? 友希君が言った通りのリアクションをしたのだけれど……違ったかしら?」
「確かに言いましたけど……抱き付けとまでは言ってませんよ!」
「そうね。でも、この方が恋人っぽくていいじゃない。友希君タスケテー」
と、再び棒読みな言葉を口にしながら、さらに強く俺を抱き締める。
先輩、ノリノリだな……楽しそうなのは大いに結構だが、流石に近過ぎる。胸が形を変えるほどこれまで以上に密着してるし、暗がりのせいで緊張がさらに強まる。
このままじゃ理性が吹っ飛びそうだ――しかし、視界に映った光景を見て我に返った。こちらを妬ましそうな目で見る、お化けの男性を見て。
その「何イチャイチャしとんじゃゴラァ!」と言いたげな目に危険を感じた次の瞬間――
「ガァァァァァァ!」
男は化け物のように叫んで、物凄い形相でこちらへ迫った。それに身の危険を感じた俺は、朝倉先輩を引っ張り慌ててその場から逃げ出した。
それからは同じ事を繰り返さないよう、飛び出してくるお化けも気にせず、ほぼ立ち止まる事無く教室内を駆け抜け、ものの数分でお化け屋敷脱出した。
「はぁ……はぁ……なんか、お化け屋敷で走ってばっかだな……俺」
「ふぅ……ごめんなさい友希君、さっきのは迷惑だったかしら?」
「いえ、別にそんな事無いですよ……それより、こんな慌ただしくなってすみません……」
「いいのよ、今回は私の行き過ぎた行動が原因だし。それに、これはこれで楽しめたわ」
そう言って、先輩はクスリと口元に手を添えながら笑う。
まあ、楽しんでくれたならいいか……それにしても、本当に先輩とは密着が多いな……いい加減慣れないと、身が保たないぞ。
そう考えている間にも、先輩は再び身を寄せて腕を組み、胸を当ててくる。
「さあ、次のところに行きましょうか。今度も楽しみましょうね」
「……はい」
無理だな……こんなの緊張しない訳が無い。年頃の男子に女子の胸はもはや凶器だ……それも先輩クラスともなれば、もう密着しなくても緊張するレベルだ。そんなのもうどうにもならん。……緊張に慣れる方が簡単かもしれないな。
「さて、次はどこに行くのかしら?」
「えっと……なんか色んな運動部がスポーツ体験ってのやってるみたいなんです。だからお昼前の軽い運動がてら行ってみようかなって思ってます」
「スポーツ体験……いいかもしれないわね。友希君がカッコよくスポーツしているところ、是非見てみたいわ」
「あんまり期待はしないで下さいね……運動得意では無いんで。じゃあ、行きましょう」
先輩がコクリと頷くのを確認してから、歩き出してお化け屋敷の前を離れる。
スポーツ体験はサッカー部、野球部、テニス部と複数の運動系の部活が行っている、名前通りスポーツの体験が出来る出し物らしい。普通に試合をする事はもちろん、部員からレッスンを受けたりする事が出来るらしく、意外と盛況しているらしい。
本校舎を抜けてまずは朝倉先輩とどの部活の体験に行くか相談した。そして相談の結果、二人でマイペースに出来そうなテニスにしようという事になり、早速テニスコートを目指して歩き出す。
数分ほどでテニスコートに到着し、そのまま出し物の係員の生徒に話し掛ける。最初は部員からのレッスンをおすすめされたが、先輩が「友希君意外に物事を教わる気は無いわ」と一蹴し、俺と先輩の二人で普通に試合をする事になった。
部員の男性からラケットとボールを受け取り、空いているコートに入る。
「先輩はテニスの経験あるんですか?」
「小さい頃に一度やったぐらいかしら。友希君は?」
「俺も中学の時一度やったぐらいですかね。それも知り合いとのお遊び程度でしたけど」
「そうなの。じゃあ、お互い初心者みたいなものね。友希君が相手とはいえ、手加減はしないわよ?」
「お手柔らかにお願いしますね……」
朝倉先輩の眼差しから感じた微かな本気オーラに少し気圧され苦笑いを浮かべながら、俺はコートの反対側へ移動する。
初心者とか言ってたけど、朝倉先輩の事だからあっさりとテニスを物にするに違いない。勝ち負けにこだわりは無いが、男のプライドがある。そう簡単には負けられない。
コートのライン際に立ち、一応それっぽく身構える。対して朝倉先輩もボールを左手に持ち、集中した様子で身構える。
緊張した空気が俺と朝倉先輩の間に流れる。しばらくして朝倉先輩は左手に持ったボールをフワリと宙に放り――次の瞬間、そのボールは俺の真横を通り過ぎ、後ろのフェンスに衝突した。
「…………へ?」
あまりにも一瞬過ぎる出来事に、何も出来ずに立ち尽くしたまま俺は首だけを後ろに回す。先ほどまで朝倉先輩の頭上にあったボールは、間違え無く俺の後ろに転がっていた。
は、速すぎるだろう……! まばたきした一瞬でボールが真横を通り過ぎるって……どんだけサーブ速いんだよ!
驚愕が大き過ぎで理解が追い付かないまま、俺は首を再び回して朝倉先輩を見る。先輩はラケットのガットを真面目な顔付きでいじっていたが、こちらの視線に気付くとニコリと笑顔を見せた。
やっぱり……この人スゲェ。次元が違う。いや、弱気になったら駄目だ! 男の意地見せろ世名友希!
ボールを朝倉先輩の方へ投げ返し、気を取り直してラケットをガッチリ握り締めて身構える。今度はまばたきをせずに、朝倉先輩の姿をしっかりと捉える。
朝倉先輩はポーンッと数回バウンドさせてから、ボールを宙に放り投げる。そして、地面を蹴って小さく飛び上がり、宙を舞うボールを激しく打った。
「プロかよ!」
朝倉先輩のあまりにも完璧すぎるフォームに思わずツッコミをしながら、こちらへ迫るボールを追い掛け、しっかりと狙いを定めてそれを打ち返す。
が、直後にそのボールは、いつの間にかネット際まで迫っていた先輩にあっさりと打ち返され、俺の反対側へ飛んでいった。
「んがっ……!?」
「フフッ……まだまだね、友希君」
凄過ぎだろ……! この人本当に何でも出来るな……勝てる気がしない。
早くも諦めムードになりながらも、ボールを拾ってそれを先輩に投げ渡す。朝倉先輩はそれを受け取り、後ろへ戻ろうとしたが、不意に足を止めてこちらを向く。
「ねぇ友希君、少し提案があるのだけれど」
「提案?」
「いつかの時みたいに、賭けをしないかしら? この勝負に勝った方が一つお願い出来るってやつ」
「それって……あの遊園地の時の? ていうか、自分が有利だって分かってから持ち出すのズルくないですか?」
「ごめんなさいね、今思い付いたの。それで、どうかしら? 受けてくれる?」
正直、この賭けを受けて俺にメリットは無い。だって絶対負けるし。けれど、先輩がそんな事を言い出したという事は、お願いしたい事があるのだろう。
だったら、俺の答えは一つだ。今回は先輩の為のデート。満足してもらう為、出来る限りの事は受け入れよう。
「……分かりました。いいですよ」
「ありがとう。なら悪いけど、ここからは本気で行かせてもらうわよ?」
「ええ、望むところです……!」
賭けは受けたが、俺も大人しく負けるつもりは無い。一点ぐらい取ってやる!
――だが、結局この後も朝倉先輩の一方的な展開が続き、俺は一点も取れないという情け無い結果を残し、ゲームは呆気なく終了したのだった。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……久しぶりにいい運動をしたわ。ごめんなさいね友希君、つい張り切ってしまったわ」
「いえ……全然、構わない……ゴホッ!」
先輩は全く疲れてないのに俺はこんな疲れ切った状態とか……カッコ悪いな、俺。
変わらない凛々しい立ち姿でいる朝倉先輩の横で、膝に手を置いて肩で息をするという状況があまりにも情け無くて、穴があったら入りたい気分になる。
しかしいつまでも落ち込んでいる訳にはいかないと、何とか気持ちを切り替えて顔を上げて背筋を伸ばす。
「はぁ……それで先輩、例のお願いってなんですか?」
「ああ、それだけど。今はまだいいわ」
「えっ? それって……?」
「この後にお願いするタイミングがあるわ。その時まで、お楽しみにしておいて」
お楽しみって……どういう事だ? ……まあ、今は深く考えないでおこう。
とりあえず今すぐ何かを頼まれる訳じゃ無いと分かり、無意識に安心して気が緩んだのか、俺の腹の虫が大きな音を立てる。
「あら、可愛らしい音。お腹空いたのかしら?」
「…………そうですね」
物凄くハッキリと鳴ったな……スッゲエ恥ずかしい。
カァッと顔が熱くなるのが伝わる。それを見て、朝倉先輩がクスクスと小動物を愛でるような目でこちらを見る。
「もうお昼だから仕方無いわよ。運動もしたしね。そろそろご飯食べに行きましょうか」
「はい……そうしましょうか」
恥ずかしがってても先輩にからかわれるだけだと、頬を叩いて気を引き締める。
「お昼の場所は決めてるんで、早速行きましょうか」
「あらそうなの? それは楽しみね。私もお腹が空いたし、早く向かいましょう」
そう言って、朝倉先輩は素早く俺の腕に抱き付く。俺は変わらず襲い来る胸の感触にドキッとしながらも、テニスコートを出て目的地に向かい歩を進めた。
文化祭二日目。ミスコンを制した朝倉先輩とのデートです。
彼女がメインの話だと胸の話ばっかしてる気がするけど……いっか。次回へ続く。
そして知ってない人も居たかもしれませんが、今回のヒロインはアンケートを取り、読者の皆さんの投票で決まりました。
沢山の投票、ありがとうございました!