モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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ミスコンは女の戦場である 後編

 

 

 

 

 

 

『な、なんだその古臭いバラエティー番組みたいな企画は』

 

 孝司の突拍子な発言に会場の皆が言葉を失う中、代表して海子が皆の頭の中で渦巻く疑問を孝司へぶつけた。

 海子の質問に孝司はすぐに返答はせずに、「焦らない焦らない」と言わんばかりに人差し指を左右に振る。

 そのなんとなくムカツク顔をする孝司に、恐らく観客の三割程度がイラッとしていると、舞台袖から白い大きめの箱を持った男子生徒が現れ、孝司の元へ駆け寄り隣に立つ。

 

『えー、それじゃあ、説明しまっす! この箱の中には、学園の生徒から集めた、参加者の皆さんに対する質問が書かれた紙が入っています。皆さんには、それに答えてもらいまっす!』

『質問? それがなんの審査になるんだ?』

『言ったでしょう、今度は心の美の審査だって。その質問に答えてもらって、観客の皆さんにあなた達の内心を知ってもらおうって目的ですよ。そういう見ただけでは分からない事を知る事で、人の印象ってのは変わりますから。票数を稼ぐ事も出来るかもしれませんよ?』

 

 まあ、一理あるかもしれないな。第一印象だけじゃ、その人の全てを知る事は出来ない訳だし。本当の彼女達の魅力を観客に知ってもらうには、案外いいかもしれない。

 だが、一つ不安要素がある。それは――

 

『……企画に異存は無い。だが一つ聞きたい。その質問とやらに……変な質問は無いだろうな?』

 

 と、海子が俺の抱いた不安を代弁してくれる。

 そう、それが一番不安だ。誰が質問を書いたかは知らんが、あの天城達に対する質問だ。卑猥な質問の一つや二つあってもおかしくは無い。というか男子高校生なんて大半は欲まみれだ。逆に無い方がおかしい。

 そんな当たり前の不安を抱きながら、孝司の返答を待つ。だが、彼はあっけらかんとした表情を浮かべてサラッと返事をする。

 

『ああ、その心配は無用。あからさまに駄目だろって質問はあらかじめ除外してあるよ。変な事言って、大会が中止になったらたまらないし』

『そうか……ならいい』

『さって……それでは参加者の皆さん、この企画に反対する者は居ませんか?』

 

 孝司の問い掛けに、ステージ上の五人は黙って首を縦に振る。それに観客達のボルテージが一気に上がる。

 

『いいねー、盛り上がってきました! それじゃあ、早速行きましょうか! レッツ、質問ターイム!』

 

 右手を高らかと上に掲げ、そのまま隣の男が持つ質問の書かれた紙が入る箱へその手を入れる。中をゴソゴソと探るように手を動かす事数秒、孝司は手を箱から出す。その手には、一枚の紙切れ。

 

『最初の質問はっと……えーっと、皆さんの好きな食べ物はなんですか? ――だそうです』

『……そんな質問に答えて意味あるんですか?』

『物凄くどうでもいい質問だと思うのだけれど』

『へぇー、そんなのが好きなんて、好感持てるなー……とか思う人も居るんじゃないですかね?』

 

 半笑いな感じで口にした孝司の言葉に、ステージ上の皆が若干呆れたような顔をする。

 本当、物凄くどうでもいい質問だな……質問した生徒も欲が無いな……小学生か。もしかしてこんな質問ばっかか? だとしたら盛り上がるのかこの企画。

 

『まあ、ちゃっちゃと答えていきましょう! 天城選手からどうぞ! 好きな食べ物は?』

『えっ!? えっと、す、好きな食べ物……? ……は、白米……かな?』

 

 慌てた様子で数秒ほど考え込んでから、天城はそう口にする。その彼女の答えに、会場に沈黙が流れる。

 まあ、こうなるよね。どう反応しろというだこの何の変哲の無い答えに。やっぱり、こんな企画盛り上がる訳――

 

「天城さん、白米が好きなのか……」

「大和撫子のイメージにピッタリだ……流石天城さん!」

「俺、彼女の炊いたお米食べたい……」

 

 結構盛り上がってるし。

 え、何? みんなこういうのが聞きたいの? もっとちょっと答えづらい恥ずかしい答えとか聞きたいんじゃないの? いいのかそれで! いや、その方がいいんだけどさ、俺としては。

 その様子には答えた当人である天城も少し困惑したようで、不安そうな顔で孝司の方へ目を向ける。

 

『こ、こんなんでよかったのかな……?』

『盛り上がってるのでOKで! それじゃあ、この調子で次は雨里選手!』

『わ、私か!? す、好きな食べ物か…………さ、刺身……だ』

 

 先ほどの天城と同じように、海子も少し困惑した様子で答える。

 刺身って……なんか割とざっくりじゃないか? 刺身にもマグロとか、イカとか色々あるんだし。

 

「刺身か……魚類が好きなのかな?」

「俺、海子ちゃんの為なら何でも釣れるぜ!」

「俺は毎日新鮮な魚を捌いてあげたい!」

 

 が、これにも会場の海子ファン達は異様な盛り上がりを見せる。

 お前らは何に盛り上がっているんだ……それでいいのか本当に! こんなちっぽけな事でいいのか!

 

『ほ、本当にいいのかこんなどうでもいい事で……』

『そんなどうでもいい事でいいんです! さあ次、大宮選手!』

『好きな食べ物……甘いもの全般ですかね』

 

 と、出雲ちゃんは何だか投げやりな口調であっさりと答える。

 さらにざっくりな答え出したな出雲ちゃん……甘いものなんてごまんとあるよ! くだらない質問だから答える気力が湧かないのも分かるけど、ちょっとは絞ろう!

 

「甘いものか……可愛らしくていいな」

「そこは大人っぽい苦いものとか、背伸びしないで自然体なのがいいな」

「いいんだ……出雲ちゃんはそれでいいんだよ!」

 

 が、やはりこれにも出雲ちゃんファンの観客達は大いに盛り上がる。

 だから何に盛り上がってるんだあんたらは! はぁ……もういいや。なんかツッコむのも疲れたわ……多分何を言っても彼らは喜ぶのだろう。

 ファンにとって恐らく、彼女達の事はほぼ未知に近い。そんなだからちょっとした事でも知れたら嬉しいんだろう。ある意味、この企画はファンにとっては嬉しい企画なのやもしれん。

 まあ、俺は彼女達とは結構近しい関係だし、それなりに彼女達の事は知っている。今頃こんな事を知っても、盛り上がりはしない。……知らない情報だったけど。

 

『なんか知らんけど盛り上がってますねー! 次、朝倉選手お願いします!』

『好きな食べ物ねぇ……色々あるけど、強いて言うなら霜降りステーキかしら。レアがおすすめね』

 

 朝倉先輩のその答えに、観客達は今までとは違った反応を見せる。

 

「霜降りステーキって……なんかゴージャスな感じだな……」

「あのドレスもそうだけど……朝倉先輩って実は金持ち?」

「知らね……けど、そういうミステリアスなとこがいいよな!」

 

 ま、そうなるよな……朝倉先輩、朝倉グループの事隠す気あるのか? ……いや、朝倉先輩世間知らずだし、一般家庭でも振る舞われてると思ってんのかな、霜降りステーキ。

 

『さて、じゃあラストは桜井選手! 好きな食べ物は!』

『唐揚げ! それからハンバーグに、ラーメン! あっ、あとカレーも好き!』

 

 小学生か! というか多いわ! ――というツッコミを、どうにか心の中に留める。

 あいつ……性格だけじゃなくて味覚も全然変わってないのか……まあ、それが嫌いな人もあんまり居ないだろうがな。

 

「なんか、素直な感じで可愛いな……」

「ああいう天真爛漫なところに萌えますわぁ……」

「純粋っていうか……とりあえず、可愛いな」

 

 彼女の元気よく質問に答える姿に、どうやら観客達も好印象を得たようで、ほんわかとした空気が流れる。その空気を察したのか、他の四人が敵対心を燃やすような目で陽菜を見る。

 なるほど……こんなどうでもいい質問でも好印象は得られるもんなんだな。人の印象とは何で変わるか分かんないもんだな。

 しかし……こんな質問がまだ続くのか? もしかしたら、アウトな質問が多すぎてこんな緩い質問ばっか残ったとかか? ……本当に大丈夫か?

 この企画がいつまでこの盛り上がりを保てるのか、一気に不安が湧き上がる。そして俺の予想通り、この後も似たような緩い質問が続いた。

 

 

『次! 好きな色はなんですか! さっきの順番でテンポよくどうぞ!』

『え、えっと……白とピンク……かな?』

『し、強いて言うなら青だな』

『黒です!』

『白と……水色かしら』

『赤とか黄色とかオレンジとか明るい色!』

 

 

『好きな教科は!?』

『こ、古文かな』

『体育……だな』

『家庭科が好きですかね』

『あまりこれといったのは無いけど……英語かしら』

『べ、勉強苦手だから……無いかな? アハハ……』

 

 

『趣味は?』

『読書……かな、最近は』

『……アニメ観賞や、運動だ』

『料理ですかね』

『入浴と……将来の事を考える事ね』

『お昼寝! あと、お散歩?』

 

 

『犬派? 猫派?』

『猫が好きかな……犬も可愛いけど』

『私も……猫の方がいいな』

『私は犬派ですね!』

『私も犬かしら。昔家で飼ってたし』

『うーん……猫かな』

 

 

 

 まるで合コン初心者が言い出しそうなどうでもいい質問の連続に、流石に観客達も冷め始める。そろそろブーイングが起こってもおかしくない。

 そしてそれはステージのみんなも察していたのか、不満そうに口を開く。

 

『おい、本当に大丈夫なのかこの企画』

『なんか盛り下がり始めてますよ?』

『だ、大丈夫大丈夫! おっかしいな……もっと盛り上がりそうな質問もあったのに……どうしてこんな微妙な質問ばかり出るんだ……』

 

 と、孝司がぼそりとマイクがギリギリ拾える声量で呟く。どうやら孝司にとっても予想外な展開らしい。

 しっかりしろよ……それぐらい予想しとけ。つーか、盛り上がりそうな質問ってなんだ? 今までの流れだと、そんなもんあるとは思えないけど……

 もう止めといた方がいいんじゃないか――そう恐らく会場のみんなが思う中、孝司は懲りずに次の紙を引き、書かれた内容を確認する。

 次の瞬間――孝司は突然小刻みに震えながら、不気味な笑い声を出す。

 

「……どうしたんだろうね? 孝司君」

「またくだらない質問が来て壊れたんじゃないか?」

「……いや、多分逆じゃないか?」

「え?」

 

 裕吾の言葉に、俺は改めてステージ上の孝司の様子を確かめる。

 言われてみると……何だか待ちに待ったものが来たって感じだな、孝司の様子。つまり……盛り上がる質問が来たのか?

 

『フッフッフッ……とうとう来たぜ、今回一番盛り上がる質問が! ズバリ聞きます! 皆さんのスリーサイズは!?』

『んなっ!?』

『はぁ!?』

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 孝司の発言に、盛り下がっていた観客のテンションが一気に上がる。恐らく、今日一のテンションだ。

 

『お、おい待て! そういう質問は除外したんじゃないのか!』

『いやー、これぐらいならギリギリセーフかと思いまして、残しときました! 会場も盛り上がってるでしょ!』

『ふざけないで下さいよ! そんなその……乙女のプライバシーを答えられる訳ないじゃ無いですか!』

『あ、別にパスしてもらって構いませんよ? ま、答えた方が観客の好感を得られるでしょうけどね。票数に結構響くと思いますよー?』

『んぐっ……! それでも……』

『――私は別に構わないけどね』

 

 出雲ちゃんが孝司に反論しようとしたその時、突然朝倉先輩が言葉を挟む。その発言に、観客達が期待を抱いたようにどよめく。

 

『スリーサイズなんてただの数字の羅列よ。そんなものを知られても、大した問題では無いわ。ま、あなたは貧相な数値を知られたく無いでしょうけど』

『なっ……ぐっ……!』

 

 ……出雲ちゃん、言い返せないみたいだな。

 

『流石です朝倉会長! それじゃあ、ズバッとお願いします!』

『ええ分かったわ――と、言いたいところだけどごめんなさいね。近頃スリーサイズなんて計ってないから、正確な数字は分からないの。最近計った事には計ったけど、結果は知らないの』

『そ、そうなんですか……だ、大体でいいんで教えてくれます……?』

『そうね……確か高校の制服を仕立てる際に計った時は……バストとヒップは90越えてたかしら。ウエストはうる覚えね』

『マジっすか……!?』

『ま、最近また少し大きくなったみたいだから、正確では無いけどね』

『なっ……!?』

 

 ――まだ成長しているのか……!?

 恐らく、会場に居る誰もがそう思っただろう。俺も思った。

 この事実には流石に観客達も興奮するのではなく、驚愕するしかなかった。ステージ上の天城、海子、出雲ちゃんは絶望感溢れる顔で胸を押さえている。……そっとしておこう。

 

『……こんなのでよかったのかしら? 何だかみんな白けてるようだけど』

『あ、大丈夫っす……多分、発育の事実について行けてないだけですから』

『そう? ならいいわ』

『……えー、気を取り直して……他の皆さん、どうします?』

 

 孝司の問い掛けに、天城達はすぐに返事を返さなかった。

 正直、朝倉先輩の後に答えるのは女性としては……あれだろうな。

 

『……黙秘します』

『……私もだ』

『ぐぅ……! パス……です……!』

『……了解しましたー。えっと……桜井選手はどうします?』

『スリーサイズだよね? 別にいいよ! 最近計ったしバッチリ!』

 

 どんよりムード全開な三人とは違い、陽菜は変わらず元気な様子で、スリーサイズ発表を喜んで受け入れる。

 軽いなオイ……まあ、あいつは別にそんなの知られても恥ずかしく無いんだろう。それに……朝倉先輩に負けてないしな。あいつもまだ成長しててもおかしくない。

 観客達もそれをなんとなく理解しているのだろう、どんな答えが来てもいいように緊張した様子で陽菜の発言を待つ。が――

 

『うーんっと……アレ? どれぐらいだったかな……お、思い出せない……80? いや、90だっけ?』

 

 当の本人はどうやら自分のスリーサイズをド忘れしたようで、頭を人差し指でグリグリしながら顔を歪ませる。

 あいつ……もう忘れたのかよ。先週計ったばかりだろう。

 陽菜の記憶力の無さに呆れながら頭を悩ませる彼女を見ていると、不意に陽菜が小さく口を開き、ボソッと呟いた。

 

『こないだ友くんに計ってもらったばっかりなのになぁ……うーん……』

 

 その発言が俺の耳に届いた瞬間、背筋がゾワッと震える。同時に、ステージ上の陽菜を除く四人の空気がピリッと悪くなる。

 

『おい、陽菜。今の発言……』

『友希君に計ってもらったとか聞こえたけど……どういう事かしら?』

『え? えっとね、こないだメイド服作るのに必要だったから、友くんに採寸手伝ってもらったの! あ、友くんなら知ってるかも! 友くーん! 私のスリーサイズどれぐらいだっけー?』

 

 と、陽菜は大声で俺を呼ぶ。それに俺はその場から消えるように、即座に息を殺した。が、周囲に居る俺の事を知る男子生徒から、容赦の無い殺気の混ざった視線が次々と飛んでくる。

 そりゃ、こうなるよね……本当馬鹿だなあいつ! 悪気は無いのは分かるけど、こうなるだろうとかちょっとは考えようよ!

 しかし、そんな事を言ってもこうなってしまった以上もうどうにもならん。俺はただ周りの視線から逃げる為、背景に溶け込むように存在を必死で消した。

 

『あー……観客の皆さんのお気持ちも分かりますが、騒ぎは起こさないようにお願いしまーす。ミスコン中止になりますからー。参加者の皆さんも、殺気は抑えて下さいねー』

 

 孝司の言葉に、観客の皆は一応俺への敵意を抑え、天城達も陽菜への嫉妬を醸し出しながらも、とりあえず落ち着いてくれる。

 何とか助かった……のかな? あとで色々問い詰められるのは避けられないだろうけど、とりあえず孝司に感謝しておこう。……いや、そもそもあいつがあんな質問を採用したのが悪いんだよな。うん、やっぱり感謝は取り下げよう。

 

『えー、何だか話が逸れちゃいましたが、気を取り直して次の質問行きましょうか!』

 

 まだやるのかよ……ここらで止めといた方がいいんじゃないか? というか止めといてくれ。これ以上どんな地雷があるか分かったもんじゃない。俺やみんなに更なるダメージを負わせないでくれ。

 そう嘆いていると、突然舞台袖から誰かが孝司の元に駆け寄り、耳打ちで何かを孝司に伝える。

 

『ふむふむ……えっ!? もうそんな時間……!? リハーサルじゃ大丈夫だったじゃ……あ、そうか、時間延期になったんだっけ……スッカリ忘れてたわ……』

 

 と、ブツブツとけ口を開きながら孝司が頭を抱える。

 何かトラブルでもあったのだろうかと心配していると、孝司がゴホンと咳払いをして、こちらの方を向く。

 

『えー、大変残念なお知らせでございます。本来このあともいくつかの審査を予定していたのですが……知ってる人も居るかと思いますが、このミスコンは当初の予定より少々遅れての開始となりました。それで、その……その事がスッカリ頭から抜けた状態で進行していた結果……時間切れとなってしまいました!』

 

 孝司の唐突な言葉に、会場全体がどよめく。その不穏な空気を察してか、孝司は誤魔化すように苦笑いしながら頭を掻き、皆が思った通りの言葉を放った。

 

『残念ながら……ミスコンはここで終了となります! ……ごめんね!』

「…………」

 

 観客達が静まり返り、孝司のマイク越しの声が体育館に響き渡る。

 そしてその数秒後――観客達の怒りが一気に爆発した。

 

「ふざけんなオイ! 中途半端過ぎんだろ!」

「これからが盛り上がるとこだろうが! やったのよく分かんねー質問タイムだけだぞ!」

「もっと盛り上がり見せろよコラァー!」

『そ、そんな事言われてもしょうがないでしょうが! 開始時刻が遅れるとか思わないし、なんか質問タイムでも微妙な質問ばっか出るから止めるに止めれなかったんだよ!』

「だったらもっと盛り上がるような質問だけにしとけよ!」

「こんなグダグダで終わんじゃねーよ!」

『うるせぇー! 俺だって不本意だわ! でも時間なんだから仕方無いじゃん! 五人の可愛いコスプレ姿見れただけでも感謝しろこの野郎!』

「それはありがとうございます!」

 

 ギャギャーと騒ぐ観客達と孝司。このあまりに荒れた光景に、ステージ上の五人は困ったように黙って立ち尽くす。

 

「……結局、グダグダで終わったな」

「まあ、孝司が企画って段階で不安は色々あったけどな」

「これ……どう収拾つけるんだろうね?」

「……知るか」

 

 はぁ……こんなグダグダなミスコンで明日の俺達の運命が決まるとは……やっぱり別の勝負にしとくんだったな。

 今更な後悔をしながら、俺はこの騒ぎが収まるのを黙って待った。

 

 結局、観客達の不満の声は数分ほど続き、係員達によりそれは何とか抑えられた。

 そして騒ぎが収まり、落ち着きを取り戻した頃、気を取り直してミスコンは締めに入る事に。

 

『えーっと……本当に残念極まりないですが、第三回ミス・ランジョーコンテスト、締めに入らせてもらいます。それでは、やり辛いかもしれませんが、参加者の皆さんに最後のコメントを頂きたいと思います。天城選手から順番に、お願いします』

『えっ、あ、はい……!』

 

 テンションがあからさまに下がった孝司の言葉に慌てて返事を返し、天城はステージ中央に立つ。

 

『えっと……ミスコンはその、ちょっと残念な形で終わってしまいましたけど……このちょっとの間で、観客の皆さんに私の魅力……みたいなのが、少しでも伝わっていたらいいなー、と思います。……私、このミスコンどうしても勝ちたいです。だから、皆さんからいっぱい票を貰えると嬉しいです! その……投票、お願いしますね!』

 

 必死な感じがひしひしと伝わるコメントの最後に、天城はニコッと、ぎこちない笑顔を見せた。そのまさに天使のような可愛い笑顔に、観客達は先ほどまでの不満などを全く感じさせない、ほんわかとした空気に包まれる。

 

「天城さん……やっぱり天使だぁ……」

「これだけでミスコンを開いた甲斐があったぜ……! 有り難い……!」

「頑張ってるとこが可愛いよ!」

 

 凄いな……世界が一気に平和になったぞ。可愛いは正義ってやつか。

 とりあえず、盛り下がったままミスコンの幕が閉じる事が無さそうだと一安心。

 コメントを終えた天城は照れ臭そうに足早に後ろへ下がり、それに入れ替わる形で、海子が前に出る。

 

『その……正直、この大会には乗り気では無かったし、今もあまり良いものだったとは言えない。けれど、こういうコスプレだったり、私になりに色々頑張ったつもりだ……だからその、票を貰えると……嬉しい。……い、以上だ!』

 

 グルリと後ろを向き、海子はそのまま逃げるように後ろへ下がる。

 

「海子ちゃん、やっぱり可愛いよなぁ……俺投票しちゃうぜ!」

「正直ちょっと怖い感じの子かと思ってたけど……普通に可愛げのある子だな。俺も投票しようかな……」

「俺もファンになったよ……ツンとしたとこがいいぜ」

『――オホン!』

 

 海子の人気がどんどんと上がっていく中、それを阻止するかのように出雲ちゃんが大きな足音を立ててステージ中央に立ち、大きく咳払いをする。

 

『えー……最初に言った通り、このミスコンは私にとっては単なる通過点です。あなた達から票を貰ってもちっとも嬉しく無いし、あなた達にもなんのメリットも無いです。……ただ、そんな票でも今の私にはとっても大事な票です。だから、なんのメリットが無くても私を支持してくれる、応援してくれる人が居るなら……是非とも、投票をお願いします!』

 

 言葉を言い終えると、出雲ちゃんは深々と頭を下げ、その状態のまましばらく静止する。

 

「出雲ちゃん、そんなに必死なのか……よし! 俺は応援するぜ!」

「俺もだ! ちょっと納得いかないけど、ロリの味方をするのは当然だ!」

「そうだそうだ! ロリは正義! ロリータイズジャスティス!」

『って、だから私はロリじゃ無いですから! ちゃんと身長150cm台ですからね!』

 

 会場から湧き上がるロリコン紳士達の歓声に、出雲ちゃんは怒りの声を上げて、大股で後ろに下がった。

 そんな彼女の様子を嘲笑うように小さく口元をつり上げながら、朝倉先輩が前に立つ。

 

『……これ以上、私に言う事はございません。何故なら、会場の皆さんが私に投票して下さると信じていますから。ミスコンでやれるだけの事をやった今、票数を催促するような事はしません。皆さんはただ己の意志に従い、投票して下さい。それでは』

 

 朝倉先輩はそう流暢に口にして、小さく頭を下げた。

 

「何だか、カッコイイな……」

「心配しなくても、俺は先輩に決めている! 俺は投票するぜ!」

「俺もだ! やっぱりクールビューティーは最高だぜ!」

 

 観客達の喝采に、朝倉先輩は小さく、満足げに笑みを浮かべて後ろに下がる。

 そして同時に最後となった陽菜が前に立ち、マイクをギュッと握り大きな声で話し出す。

 

『初めてのミスコン、スッゴく楽しかったです! 魅力とか、そういうのを伝えるとか難しい事はよく分かんなかったけど……みんなと競い合えてよかったです! まあ、何だか競い合ってる感じはしなかったけど……とにかく、こんなコスプレしたり、優香ちゃん達の事もちょっと知れたし、私的には楽しめました! ありがとうございまーす!』

 

 最初から最後まで元気のよい言葉を口にして、陽菜は手を大きく振る。

 

「やっぱりあの元気な感じがいいなぁ……ちゃんと魅力は俺に伝わってるぜ!」

「欲が無い感じがいいですわぁ……萌えますわぁ……」

「陽菜ちゃーん! 俺も楽しめたぞー!」

 

 陽菜の活気に負けず劣らず、観客達も大きく手を振る。陽菜はそんな観客達に向かい手を振り続けながら、四人が並ぶステージ後方へ戻った。

 再び五人が横並びでステージ後方に戻ると、孝司は安心したような顔をして前に出る。

 

『いやー、なんだかんだで最後は盛り上がって何より! そんじゃ、時間も押してるんでサクッと投票タイム行っちゃうぜ! このミスコンの優勝者を決めるのは皆さんです! この会場に入る時に渡した紙にいいなー、と思った子の名前を書いて、体育館内に居る係員達の持つ箱に入れて下さい!』

 

 やっぱり、最初のあれは投票に必要な物だったか。確かに、俺が貰っちゃいけないよな。俺が投票したら、その相手と明日デートしたいって言ってるようなもんだし。

 

「……裕吾、翼、お前らは誰に投票すんだ?」

「そうだな……適当に投票するわ」

「僕も……悪いけどそうしようかな。ちょっと決めにくいし、みんなよかったと思うからさ」

 

 適当な……そんなんなら投票しないでいいじゃん。まあ、たかが一票ぐらい大きな差にはならないか。

 

『それじゃあ、皆さん押さずに、ゆっくりと一番近くの係員のところへ移動して投票して下さい! どうぞ!』

 

 孝司の掛け声の直後、係員の誘導に従い観客達が移動を始める。

 

 

 

 そして投票開始から数十分後――集計が終わったようで、孝司が再びステージ上に姿を現す。

 

『大変長らくお待たせしました! 結果発表です! 皆さん、熱いコメントと共に投票にご協力頂き感謝致します! では、時間も無いのでサクッと発表しちゃいます!』

 

 次の瞬間、体育館の照明が消えて、ドラムロールと共にステージを無数のライトが照らし出す。

 

『第三回! ミス・ランジョーコンテスト! 栄えある優勝者は――!』

 

 

 

 




 グダグダな感じで幕を閉じたミスコン。果たして優勝者は一体誰になるのか? 次回、文化祭編二日目突入。







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