しのぶ☆ゴット 【神物語】   作:TAINZ

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しのぶ☆ゴット -07-

          ☆

 

 

1年前のこと、【阿良々木暦】と【八九寺真宵(はちくじまよい)】はクラヤミと遭遇(そうぐう)した。

 

クラヤミ、それは出逢ってしまっただけのただの現象である。

 

クラヤミは怪異とは違い、人の念であったり民話や信仰などから生じたモノではない。

 

すべてのものには原因があり結果がもたらされるという因果応報(いんがおうほう)(むね)としたとき、クラヤミとの遭遇とは、因果応報の因である原因すらも無かったことにしてしまう、すべてを無に帰すという矛盾の上に存在する非存在、クラヤミとはすなわち異形との遭遇である。

 

かつて僕達の前に何の前触れもなく突如発生したクラヤミ、必要に僕と【八九寺真宵】を追いまわした異形のモノ。

 

何でも知っているお姉さんはその遭遇は必然と称した、しかし僕にはその必然はどうしても納得できなかった。

 

当時の僕はクラヤミの正体とは不正を許さない調停役(ちょうていやく)だと勘違(かんちが)いをする、不正を許さない・反則を取り締まる存在がクラヤミなのだと。

 

【八九寺真宵】という少女の幽霊は、横断歩道を青信号で渡っているところを車にはねられてこの世を去ってしまったが、母の日にお母さんに会いに行くという未練が幽霊という存在として彼女を現世に繋ぎ止めていた。

 

【八九寺真宵】はお母さんに会うべく現世を彷徨(さまよ)い続けるうちに、自らが人を迷わす怪異となる。

 

怪異には怪異としての存在理由があり、そして「迷い牛」となった【八九寺真宵】は心に迷いがある者、行き先に迷っている者にしか見えない怪異である。

 

【八九寺真宵】は自分が見える者を拒絶する、彼女は人を迷わす怪異「迷い牛」であるのに自分について来る者を(こば)み続けていた。

 

僕にとって「迷い牛」としての【八九寺真宵】には何も罪は無い、その日・母の日に家に居場所が無かった僕が、家に帰ることを迷っていた僕が【八九寺真宵】について行っただけであり、また・彼女の迷子に付き合うことで現実から逃げていただけなのだから。

 

しかし【八九寺真宵】は怪異である、人を迷わせる怪異である彼女もまた自らが迷子でい続けなければならない、道に迷わず目的地にたどり着いた時「迷い牛」としての役目が終わり、現世を彷徨い続けることは出来なくなる。

 

そうして【八九寺真宵】は僕と【ひたぎ】と共にお母さんに会うことが出来た、自らの方向性を真っ直ぐ見据えた【ひたぎ】の案内によって【八九寺真宵】は目的地へと辿り着く。

 

ハッピーエンドであり大団円の幕引き、【八九寺真宵】は無事に成仏し、もう人を迷わせる事無く、そして現世への未練も無く、天国へと帰って行った…。

 

筈だった…。

 

【八九寺真宵】の成仏に対して、足を引っ張ったのは僕である。

 

僕が【八九寺真宵】を求めた。

 

僕が彼女の存在を現世に縛ったのである。

 

【八九寺真宵】は成仏しなければならなかった。

 

僕の未練が【八九寺真宵】を現世へと留めさせていた。

 

【八九寺真宵】が現世に存在する限り、彼女は役目を果たさなければならないのである、彼女が最も嫌がっていた役目を、「迷い牛」としての役目を、人を迷わせるという役目を…。

 

しかし目的地に達することが出来た【八九寺真宵】は役目を果たすことは出来なかった、もう迷子ではない彼女は人を迷わせることを拒み…、そして…【八九寺真宵】は天国ではなく…地獄へと旅立っていった…。

 

 

 

【八九寺真宵】が自らを犠牲(ぎせい)とすることで助かってしまった僕は、自らの罪を(さば)き、自らの反則を取り締まるべき存在を求める、そして【忍野扇(おしのおおぎ)】というクラヤミ(もど)きの怪異を生み出した。

 

自らの分身とも言える扇ちゃんによって、僕は自分自身の罪を(あば)いていったのだった…が…。

 

 

          ☆

 

 

とてつもなく永い夢を見ていた気分だよ、ざっと2年は夢の中に居たんじゃないかー。

 

僕の意識が自分の体に戻ったようで、足の(しび)れと体の重みがそれを証明していた…、っていうか…足が痺れて動けねー。

 

『お帰りなさいませ、意外に長かったですのね』

 

あぁ…、そっか僕は今【ひたぎ】の寮に来てたんだった…。

 

『随分お疲れみたいなので、お話は後に致しましょう』

 

そう言い僕の肩に手を置いた【ヒミコ】もまた疲れた顔をしていた。

 

『終わったみたいね、お疲れ様』

 

【ヒミコ】が御簾(みす)を開いたのだろう【ひたぎ】の声が聞こえた。

 

『食事の用意が出来ているわよ』

 

『まー素敵、きっとラギ子さんも喜ぶわ』

 

そういえば…そんなことを言ってたような気もするけど…、なんていうか…過去の(あやま)ちまで思い出しちゃったし…、とても食事って気分じゃないんだけどな…。

 

『言っておくけれども味の保証は無いので()しからず、けれど私が作った物なので感想は必ず言って欲しいわ』

 

【ひたぎ】は普段の口調に戻ってる、たぶん【ひたぎ】は僕と同じように【ヒミコ】のいう占いというものを経験しているのだろう、勝手な解釈かもしれないが・僕を(いた)わってくれてるのかも~…!!

 

『あら・如何したのかしら? ラギ子は見たままに批評して構わないのよ、まずは視覚からの感想が聞きたいわ』

 

『………』

 

『遠い過去に行き過ぎて日本語を忘れてしまった、なーんてことは無いわよねー、さぁ・好きなだけ感想を()べなさい』

 

『白いね…』

 

『えー白いわね、それからー』

 

『キラキラしていてキレイだ…』

 

『嬉しいわ、他には?』

 

『絵画のように精緻(せいち)されたバランス感…』

 

『あら、そんなことはなくってよ』

 

『きめ細やかでモッチリとしたふくよかさ…』

 

『それは食べてみないと分からないわ』

 

のどから手が出るほど食べてみたい!!

 

 

 

『ねえ・ラギ子、あなたの感想は私の料理に対してのもので良いのよね』

 

『………』

 

『まさかとは思うけれども、今の感想が私の下着姿を見てのもの・なーんてことは、な・い・わ・よ・ねー』

 

『ひとつ質問をしても宜しいでしょうか…』

 

『どうぞ』

 

『どうしてひたぎさんは下着姿に成っているのですか?』

 

『帰ったらまずシャワーを浴びるのが日課だからよ』

 

『もうひとつ質問をしても宜しいでしょうか…』

 

『…どうぞ』

 

『その日課は来客時であっても変わらないのでしょうか?』

 

『基本的にはイエスね』

 

『1年前と変わってねー』

 

『いいえ、そこはさすがに変わりました、異性が同室に居る場合はひかえます』

 

『最初の質問に戻りますが宜しいでしょうか?』

 

『……どうぞ』

 

『おまえはどうして僕の前で下着姿になっているんだ!』

 

『暑かったからよ何か問題あるかしら、ねー卑弥呼』

 

 

そう、この部屋には現在もう1人の女の子が居る、仮に僕と2人だけであるならば別な解釈も出来なくはないが、現時点に至っては確実に別の意図があるのは間違いない、【戦場ヶ原ひたぎ】僕の彼女は無意味な行動をする女ではないのだ。

 

 

『ふっふふふふ・そうですね、ここは女子寮ですもん女の子しか居ないのだからそんなに気にすることはありませんよ』

 

 

おい・ちょっと待て、女子寮とはそんなにもセキュリティレベルが下がる場所なのかー、ひょっとして女子寮の中では下着姿で歩くことは日常的な光景だとでもいうのか…、落ち着け【阿良々木暦】男子寮では上半身裸パンツ一丁なんて普通だ。

 

とは言え簡単に受け入れて良いのか?【ヒミコ】はともかく【ひたぎ】は僕が男であることを忘れる筈はない、もしもからかっているのだとしても今の僕は完全に女の子なのだからその線は低い、僕は何か見落としているのではないか…、何か【ひたぎ】が目的としているもの…。

 

 

『ねえラギ子、女子同士とはいえそこまでガン見されると、さすがに痛いのだけれども』

 

 

うっかりしていたぜ、【ひたぎ】の目的が分からずについ純白の下着姿をマジマジと見ていたようだ、ここは男らしく断腸(だんちょう)の思いで視線を逸らすほかはないようだな、しかしここにきて【ひたぎ】が羞恥心をさらすとはますます分からなくなってきたぞ、【ひたぎ】いったいお前の目的はなんだ。

 

 

『ラギ子さんすごく汗をかいてますよ、この部屋は暑いのかしら?』

 

『いや別に暑くはないんだけど、ちょっと興奮して…じゃなくて、ちょっと緊張してしまって…』

 

『それならラギ子もシャワーを浴びてきなさい、食事の前にサッパリした方が美味しく食べられるでしょ』

 

 

いま僕の彼女は何を言ったのだ…、もう一度整理をしよう。

 

ここは【ひたぎ】と【ヒミコ】がシェアする男子禁制の女子寮の一室であり、本来は男である僕が入室するなどもっての外であるが、現在の僕は【忍】のチートスキルによって女の子になっている、条件だけで判断するならば女子寮という女の子の園にあって肉体的に女の子の僕が、女友達の家でシャワーを借りるというのは客観的に見るとさほど逸脱(いつだつ)した行為とは言えなくもない。

 

…どうも僕は物事の判断基準が真面目過ぎるようだな、汗をかいた女友達に対して【ひたぎ】がシャワーを(すす)めるというのはいたって普通のことであり断る理由など無いではないか、むしろ下手な言い訳をする方がやましい事があるようで不自然である、ここは応じるより仕方がない、理性を重んじる僕としては背徳心に(さいな)まれる行為であり、本当はとても心苦しいし嫌なのだが、僕がれっきとした女であることを証明する為にも我慢(がまん)するしかないのだろう。

 

まったくやれやれだぜー、とんでもない仕事を頼まれたもんだよ、自慢じゃないが僕の場合は女体なんてもんは見慣れてる、正直いって今更って感じだよねー、【忍】は幼女体型だから除外するとして、いやついさっき完全大人バージョン【キスショット】のオールヌードを見た気もするが…、とは言え【火憐(かれん)ちゃん】なんていっつも裸で歩いてるし、【月火ちゃん】とは一緒にお風呂に入ってもへっちゃらだもんな、【神原(かんばる)】にいたっては裸を見たところで何も感じない位だぜー、まったく女子寮の大浴場に入っても平静でいられる男子なんて僕くらいなもんだろう、ここに宣言をしても良いくらいさ、僕は同年代の女子の全裸等で自我を失うなんてことはあり得ないと、仕方ないここは正々堂々とミッションを遂行(すいこう)するとしようか。

 

 

『分かったよひたぎ、きれいサッパリと汗を流してくるぜ、大浴場はどこだい?』

 

随分(ずいぶん)と楽しい妄想を繰り広げているところごめんなさい、サービスタイムは終了しましたー』

 

『サービスタイム…?』

 

『色々な人達の裸を想像したのだから、多少の事では(おどろ)かないでしょう』

 

『お前はテレパスかー、僕の思考を勝手に見るんじゃねえー』

 

『図星なのね…』

 

 

誘導尋問(ゆうどうじんもん)かよー、まんまと鎌をかけられたぜ…、しかし証拠(しょうこ)が無い以上は黙秘(もくひ)で逃げ切ってやるぜ。

 

 

『ラギちゃんのエッチ~』

 

『エッチ~…?』

 

 

これはまた・なんとも言い難い無邪気な響きである、僕の人生の中で初と言っても過言じゃない、これまでは僕のエロスに対しての反応と言えば・(さげす)み・(あざわら)い・鬱陶(うっとう)しい等でしか表現されなかった、しかしこの「エッチ~」が示す言葉の響きからは僕のエロスを許容しているとしか取れないぞー、いったい誰が…。

 

 

『ええ、ラギ子は女の子が大好きな同性愛者なの、でも安心していいわ、ラギ子はとってもチキンだから決して手は出さないのよ』

 

 

あぁそうだったな…、今の僕は女の子だった…、許容されたのは同性だからか…。

 

 

『ちょっと待て、いつから僕は同性愛者ってことになってるんだ』

 

『だまらっしゃい、この期に(およ)んでまだしらを切ると言うのかしら?』

 

『お前はそんな性癖の持ち主が友達で良いのか!』

 

『一向に構わないわ、ラギ子がどんなに(ただ)れた世間に公表出来ないいかがわしい性癖の持ち主であっても、私の愛は決して変わらないと(ちか)えるもの、私が必ずあなたを看取(みと)ってあげるから安心して爛れなさい』

 

 

【ひたぎ】お前は僕の性癖について何を期待しているんだ、僕には荷が重すぎるぜー。

 

 

『いったい何が目的なんだー』

 

『ラギちゃんの生体をね~、ひたちゃんが見せるって言うから~、小芝居~かな?』

 

 

【ひたぎ】が僕の生体を見せる?

 

生体とはどういう意味なんだよ、今の僕の身体は他からみれば多少生命力が強いっていうか、回復力が早いけれど…、そんなものを見せようって訳じゃあ無いよな。

 

それに【ひたぎ】は僕の事を同性愛者だとか言いやがった、それは生体と言うよりも性癖(せいへき)じゃねーかよ、もちろん違うけれどさ。

 

…いや・今はそれすらも大したことではない…、今僕の目の前で屈託(くったく)なく笑っている人物の豹変(ひょうへん)に比べれば、生体だろうが性癖だろうがそれは些末(さまつ)な事である。

 

 

『あ~またガン見してる~、そんなに女の子の裸が好きなの~?』

 

『いや・それは断じて違う…とも言い切れないが…、それよりも…そんなことよりも…君はヒミコなんだよな』

 

『ええこの子は卑弥呼よ、同一人物で間違いないわ』

 

 

何から説明をすればいいだろう…。

 

いま僕の目の前にはふたりの女子が居る、ひとりは僕の恋人である【ひたぎ】、そしてもうひとりはほんの少し前までは邪馬台国の女王として振舞(ふるま)っていた【ヒミコ】である。

 

そして…、そのふたりが身に付けている物…、それは純白のブラジャーそれとパンティーのみであった…。

 

 

『女の子の下着姿くらいでなにをそんなに驚いているのかしら、ラギ子』

 

『ラギちゃんも脱いじゃいなよ~、そうすればみんな一緒だもん、恥ずかしくないでしょ~』

 

 

そういえば、今の僕の体っていったいどんな風になってんだろう?

 

 

『私も興味があるわね、ラギ子…脱ぎなさい』

 

『危ないこと言ってんじゃねーよ』

 

『さて、何が危ないのかしら? 素直にそのロリを脱げば良いだけでしょう、(したが)わないっていうのならばー、歩いて帰れない姿になるけれども』

 

 

お前の標的はこのゴスロリ服だったのかー。

 

 

『ひたちゃん怒ると怖いよ~、はやく脱いじゃお~ラギちゃん』

 

 

【ヒミコ】よ、君も犠牲者だったか…、彼氏として申し訳なく思うが…、

 

 

『断る! さすがにこの状況はまずいだろう、それに僕が驚いたのは下着姿にじゃー無い』

 

『とってもよい覚悟ね・ラギ子』

 

『ひたちゃん怒っちゃダメだよ~冷静に~、でも~断ったラギちゃんも悪いんだし~、確実にしとめちゃってね~』

 

 

待て待て待て! やっぱりおかしいぞこの子は、完っ全にキャラが崩壊(ほうかい)してるじゃねーか、さっきまでのおしとやか系女子はどこに消えた?

 

まったく訳が分からない…、ひょっとして僕はまだ夢を見ているのか?

 

そもそも巫女装束はどこに行ったんだ、ほんの一瞬の間になんで下着姿になっている?

 

だいたい【ひらぎ】が下着姿になっていた理由にしたって、冷静に考えれば根底から無理があったのだ…。

 

 

『頼むよひたぎ、もう僕の思考ではこの状況を理解することは不可能だ、教えてくれ・彼女はいったい何者なんだ?』

 

『何者とか(ひど)いよ~、あたしって普通だよね~ひたちゃん』

 

『私には普通というものを定義することは難しいわね、でも夢呼(ユメコ)・あなたがとても変わっているのは確かよ』

 

『ひたちゃんまで酷い~、あたしは単に歴史が好きなだけだよ~、たま~に卑弥呼の真似をするだっけだも~ん』

 

『しかも裸族(らぞく)のね』

 

『それはなんとゆ~か~、洋服着てるとあちこち(かゆ)くなっちゃうんだもん~、ホントは下着も苦手だよ~』

 

『そうね、下着を着けてくれるだけ良くはなったものね』

 

『でしょでしょ~、だからもう怒らないでね~』

 

 

僕の理解がどの程度正しいのかハッキリ言って自信ない、しかしヒントをもらった以上は考察しない訳にもいかないのだ、順番は逆になってしまうが裸族というのは聞いたことがある、家で過ごす時は家族全員が裸で生活をしているというものだったが、我が阿良々木家には全員で無く長女ひとりだけが裸で生活をしているけれど、それも裸族と言うのだろうか?

 

次に【卑弥呼】と【夢呼】、【ひたぎ】はキャラの違う彼女の呼称を呼び分けていること、さっき【ひたぎ】は彼女を同一人物で間違いないと言っておきながら、呼称を変えるということは区別をしている事になる。

 

最後に、歴史好きの彼女は【卑弥呼】の真似をしていたと言った…、真似事…、あれはそんなレベルの事なのか…、小芝居とか言ってたけれど…、演技なんていう次元で納得のいく話ではない…、あの時間を遡行(そこう)していく感覚は真似事で出来得ることとは到底思えないのだ、【夢呼】とはいったい何者であり、【ひらぎ】は僕に何をさせようというのだ………。

 

 

 


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