『ラギ子さん、会ったばかりでこんな不躾な事を言うべきで無いことは、重々承知しておりますの…、でも・どうしてもあなたの事が気になって気になって、お願いですラギ子さん、あなたのことを占わせて下さいませ』
躾がどうとかそういった問題じゃなくて、なんだこの目の輝きようは…、興味津々って顔に書いてあるぞ。
『あの・僕は、あっいえ・私はー、占いとかあまり興味が無いからー、遠慮しとこうかなー』
『大丈夫ですわ・ただの占いですから、なーんにも怖い事なんて有りませんわよ』
怖いよ、こんなにも嬉嬉としている人が占うものなんて、僕の場合は絶対に良くない結果に決まっている。
『ねーお願いしたよねラギ子、卑弥呼の言うとおりにして』
【ひたぎ】お前はこの人に何か弱みでも握られてるのか?
『じ・じゃあ、占ってもらおうかな…』
『かしこまりました、それでは早速ですがラギ子さん、こちらに来て座ってください、ガラシャはそちらの部屋で待っていてくださいね』
祭壇を背にした【卑弥呼】が満面の笑みで僕を招く、僕は【ひたぎ】に視線を送ると目が合った、しかし【ひたぎ】の目は(早く行け!)と語っているのみである…、仕方なく僕は【卑弥呼】が示す場所で無造作に座った、そして僕が座ると【卑弥呼】は部屋を仕切るために御簾を降ろし、それからゆったりとした動作で僕の前に立つ。
『ラギ子さんは、普通の人間ではありませんのね』
『な…、なんでそう思うんですか…』
いったい【卑弥呼】は何について言ってるんだ、【ひたぎ】が如何に【卑弥呼】に従順だとしても、実は僕が男であるってことは言って無いだろうし、ましてや半分人間・半分吸血鬼の半妖なんてことは口が裂けても言わないよな、それ以外で普通じゃないことって…。
『先程ラギ子さんの前世が見えましたわ、真っ赤な鎧を身に纏った鬼神のような出で立ち、ラギ子さんの前世ってとても傾いてらしたのね』
『はい? 僕の前世ですか…あ・私の…』
『無理に一人称を変えなくてもよろしいのに、ラギ子さんの容姿で僕と言うのも新鮮ですわ、それに私もね…ふふ・これは内緒にしておきます』
今のファッションで僕っ子っていったら、斧乃木ちゃんと被ちゃうよな、まーでも言い直す方が不自然か、取り敢えず普通に話すとしよう。
『卑弥呼さんは人の前世が分かるんですか?』
『ヒミコと呼んでくださって結構ですよ、占いの後はラギ子さんのこともおそらく別な呼び方を致しますし』
『それじゃあヒミコ、君の言う占いっていうのは、僕の前世を当てることなのかな?』
『半分当たりです・でも半分は違いますね、ラギ子さんもそうでしたが、私と波長の合う方は占いをせずとも前世の姿が見えます、ですのでラギ子さんの前世についてはおおよその見当は既に』
含みのある笑い方をするな。
『私がこれから行う占いは、今世のラギ子さんが前世から引き継いだ因果を観ることです、あぁ心配しないで下さいね、決して他言は致しませんから、勿論ガラシャにも内緒に致します、ですからお止めになるなどとは…』
『いやその心配は無いよ、でも正直な感想としては、なんか胡散臭い』
『まぁ・ラギ子さんは本当に正直な方ですね、こうもはっきりと言われたのはガラシャ以来ですわ、さすが親友といったところでしょうか、ふふふ』
親友じゃなくて恋人…まーいいや、【ひたぎ】が胡散臭いと評していたにも関わらず、【ヒミコ】に対して完全に傾倒しているというのは気になる。
『論より証拠と申しますわ、詮議の程は占いが終わってからでも遅くはないですよ』
『了解、僕もヒミコのことが知りたくなったよ、僕の因果ってやつを占ってくれ』
『はい』
『ではラギ子さん・ここは神前ですので、まずは胡坐から正坐へと変えていただけますか』
『大変失礼いたしましたー』
僕は慌てて座り直し…、
何故か平伏していた…。
『あら・とってもお行儀がよろしいのですね、その調子でお願いしますわ、ふふ』
しまったーーー、
つい何時もの習慣で…、
いや…この件については色々な憶測が出来る状況ではあるが、敢えて否定をさせてもらおう、
いま僕が居る場所は祭壇の前である、
【ヒミコ】が神前だと言うのであれば神に対して頭を垂れたのであって…、
決して普段の僕が誰にでもすぐに土下座をする等という誤解はやめて貰いたい。
『それでは、ラギ子・頭を垂れたまま瞑目なさい…、あなたの因果が如何なるものか…、大神によって解き明かされます…』
平伏したままの僕は【ヒミコ】の言葉に従い目を瞑る、
僕の頭の上で紙垂が振られる音が二度・三度聞こえた、
心地の良い音と共に僕の意識が遠のく…。
☆
…あれ・僕は寝てるのか?…
…いや・意識はハッキリしている…
…変な気分だ・僕の身体が軽くなっていく…
…身体から意識が離れていくのか?…
…何処かの風景が見えてきた…
…ここは・僕の住んでいた町だよな…
…上空からの俯瞰図ってところか…
…北白蛇神社の山も見えるや…
…あぁ風景が変わった…
…随分古い景色だな…
…たぶん昭和時代か…
…高度成長期ってやつだよなー・町が煙ってる…
…また風景が変わるのか…
…う・・・一面が焼け野原…
…これは戦後の日本…
…焼け焦げた大地と瓦礫の山…
…こんな惨状からよく復興したな…
…そうか・いま僕の意識は過去に遡っているんだ…
…いったいヒミコは僕に何を見せようというんだろう?…
…また戦争か…
…でも・なんで洋式の軍隊と和式の軍隊が戦っているんだろう…
…あーそうか・江戸時代末期の戊辰戦争か…
…この戦争で鎖国が終わり・軍事国家に変わったんだった…
…日清・日露・第一次・第二次世界大戦へと参戦したんだったな…
…これはー・江戸時代ってところかな…
…お城が在って・その周りは城下町…
…それなりに大きな藩みたいだけど…
…なんか・すげー平和そうに見える…
…人の顔がこんなにも生き生きしてるのって・初めて見たかも…
…戦争なんてものとは無縁…
…平和な時代が有って・その後に大きな戦争が有る…
…違うのか・大きな戦争の痛みが有って・そして平和を求めた…
…たぶんこの国の歴史は・ずっとその繰り返しだったんだ…
…だからこの景色は・戦国時代なんだよな…
…活気が無い・みんな疲れた顔をしてる…
…米作りをしなきゃいけないのに・戦に行かなければならない…
…この時代の人達は何を幸せだと感じていたんだろう?…
…江戸時代の人達とはまったく違うじゃないか…
…現代の僕達ともまったく違う…
…生きていることが苦痛?…
…生まれた時代のせいだと・そう諦めるしかないのか…
…ここはどこだ?…
…お寺…だよな…仏像が沢山あるし…
…人がいる…寺の住職さんと・子供?…
…まだ中学生くらいかな…
…話してる声が聞こえる…
『和尚さま、わたくしは何ゆえ命を狙われねばならないのでしょう、こうして仏法に帰依したにも関わらず、娑婆の母君はわたくしをまつり立てようとなさいます、その度にわたくしはまた命を狙われます、仏がわたくしに与えたもうた試練なのでございましょうか?』
『虎松どの…、誠に不憫な星の下にお生まれになられた、心優しく真っ直ぐな性格ゆえに、なおのこと苦しまれて居るのですな…』
『虎松どの、この世に生まれた生きとし生けるものは・みな仏との約束をして生まれてくるのです、ですがな・その約束は生まれてから暫くするとみな忘れてしまう、娑婆で暮らす人々には毎日の生活がすべてでしてな、仏の教えにふれることも・仏とした約束を思い出すこともなかなかできぬのですわ』
『ですがな、神仏は常に衆生と共にありまする、常に人と共にあり自らの宿縁に気付かせようと働きかけておるのですわ、しかし人とは愚かな生き物でしてな、こうして出家をし仏に祈る日々を暮らす儂らでさえ、仏とした約束を思い出せず湧き起る煩悩に振り回されるばかりでしてな、ですが仏はそんな人の愚かさをよう知っていて下さっておいででな、如何に愚かであっても見捨てることなく寄り添って下さっておるのじゃよ』
『我が寺の御本尊は薬師如来様ですがな、じつに柔和お顔をなさっておりますじゃろう、脇侍を務める日光菩薩・月光菩薩も共に柔和なお顔をされている、しかし天部の神々である十二神将や四天王のお顔というのはじつに厳しいお顔をしておいでですよな、どうしてこのように鬼神が如きお顔であるかご存知かな』
『十二神将は十二の時と十二の月と十二の方位を魔から守る為で御座います、四天王は東西南北の守護をする為に魔を睨みつけています』
『左様ですな、ではそれらの魔とはいったい何であり、守る物とは何ですかな』
『魔とは悪鬼や羅刹です、それらの魔から仏法を守るのです』
『うむ、では悪鬼や羅刹というのは如何なるものかはご存知かな』
『悪鬼とは仏道を妨げる悪い神で、羅刹は破壊と滅亡をもたらす神だと教わりました』
『如何にもその通りですな、しかしこんにちでは悪鬼とされる夜叉や羅刹も、四天王である多聞天のもとに仕えておいでなんじゃ、もともとが悪神であっても仏によって改心させられた後は守護神となるのですな』
『そのようなことがあるのですか…、でしたら十二神将や四天王とはいったい何から仏法を守るというのでしょうか?』
『人々の煩悩からなのですわ』
『人々の煩悩からですか?』
『左様、悪鬼や羅刹は人の外からやって来るものではなく、人の内側から湧き起る煩悩によって生まれるものなのですわ、人の欲というものは無尽蔵に脹らむものでしてな、何もせずにほおっておけば我執に捕われた悪鬼となってしまう、そこで薬師様は十二の神将のお一人お一人に七千の夜叉や羅刹を遣わされた、八万四千もの夜叉と羅刹たちとは人々の湧きあがる煩悩に対して睨みを利かせておいでなのじゃ、十二神将や四天王がみな鬼の形相をしておいでなのは、人々の煩悩を断ち切るという覚悟の表れなのですな』
『和尚さま、煩悩というものはそれ程までに恐ろしいもので御座いますか、わたくしにはどうしてもそのように思えないのですが』
『虎松どのは澄んだ心の持ち主ですな、出家しているにも関わらず娑婆の出来事に困惑しておる儂の方が、よっぽど悪鬼に近いのかもしれませぬ』
『和尚さまは何かお悩みなので御座いますか』
『儂の憂いはこの戦国の世に対してでしてな、足利将軍家が衰退してからというもの、全国の武将たちが挙って戦を始めましたな、虎松どのはその戦国の世の理にて命を狙われておるのです、本来は因果というものは世襲されるべきものではないのじゃが、自らが成した原因が後に善くない結果を招くことを恐れることで、このような理が出来たのですが』
『虎松どのの御父上は、今川様に謀反の嫌疑を受けて殺されましたな、まだ幼少であった虎松どのも今川様に殺されるところでしたが、その際は新野様の助命によって助かりました、しかし新野様が亡くなられるとまたしても命を狙われなさった、今川様は御自身が成した悪因が自らの身に降りかかる結果を恐れておいでなのです』
『わたくしは仇討など望んでおりませぬ』
『左様でございますな、虎松どのは聡明な心の持ち主でらっしゃる、仏法への探究心も申し分ない、ですがな・虎松どのが如何に仏門に帰依し徳を高めたとしても、今川様の疑心暗鬼が取り除かれることは無いのです、これが先程申した人の煩悩が作り出す悪鬼なのですわ』
『それでは、わたくしはいつか今川殿に殺されるその日まで、仏に拝み続ける日々を暮らさねばならないのでしょうか?』
『儂は仏に仕える身なのだが…、虎松どの・旅をなさいませ、旅をしてこの乱世を自らの目で見なされ、そしてこの混沌とした乱世に終止符を打つべき武将を見極めるのです、その武将の臣下となりこの戦国の世を治めなさいませ、虎松どのが生きて往くすべはそれしかありませぬ』
『わたくしは寺を出て旅をするのですか、そして武将の臣下に成るという事は、武士として生きるという事で御座いましょうか』
『その通りです、この乱世を終わらせる事こそが虎松どのの生きる意味とするのです、命を奪われるのを待つのではなく、虎松どのの使命として闘うのです、坊主である儂が虎松どのに刀を持って闘うことを進言をしたからには、儂らも衆生と共に苦しむ覚悟を持たねばなりますまい、儂も善き武将を見つけますぞ、そして虎松どのと共にこの乱世に終止符を打つべく尽力致そう』
『わたくしの使命で御座いますか』
『左様です、虎松どの・神仏と盟約なさいませ、虎松どのは酉年生まれでしたから迷企羅大将に誓うのが宜しいな、己が命を賭してこの国の政を直すことを誓いなさりませ、さすれば必ずや神仏の御加護がありまする』
『分かりました、わたくしはこれから先に残された命を奉げ、現世にて迷企羅大将になり変わり、この乱世の政を直すと誓います、どうか御仏の御加護をわたくしにお与え下さいませ』
『虎松どの、これより先は名を直政と改め井伊家の家督を継ぎ、この乱世に終止符を打つべき主にお仕えなさいませ』
『御名ありがたく頂戴いたします、名に恥じない働きが出来るよう尽力致します』
…なんて時代だよ…
…こんな少年が命を狙われるなんて…
…これから・この直政君は1人で旅をするのか…
…うん?…
…直政…井伊家…
…って・井伊直政じゃん!…
…徳川四天王の1人で…
…井伊の赤鬼…
…ヒミコが言ってた赤鬼って井伊直政のことだったのか?…
…ひょっとして・この男の子っていうか井伊直政が僕の前世だとでも言うのかよ…