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僕は【ひたぎ】の住む女子寮にやって来た、守衛さんに訪問先を告げると、いとも簡単に中へと通された。
『いまの僕はどっからどう見ても女子だもんな、しかもちょっとイタイ感じの…』
男である僕が女子寮に入るというのは普通に考えたなら有り得ないことである、出来るだけ挙動不審にならない様に気を付けてはいるが、どうしても目は彼方此方へと泳いでしまう。
『そういえば・ひたぎのやつルームメートに僕を紹介するとか言ってたけど、ここの寮ってシェアルームとかも有るんだな、僕の寮は完全に個室のみだけど…、もしかして風呂とかも共同だったりして…』
ちょっと位は見学しても罰は当たらないよな、なんたって今の僕は完璧な女子なんだし、迷子になったって言えば許してもらえるだろう…よし!
『何処へ行こうとしているのかしら? ねぇ・ラギ子ちゃん』
背後から掛けられた声はとても聞き慣れたものだった、【ひたぎ】であることは見なくても分かる、さて・なんと言い訳をしたものか…、初めて訪れたのだから迷子になったでも良いと思う、だがその手の言い訳が【ひたぎ】に通じたことは今までに無いし…、締め上げられるのは確定だな…、出来るだけ穏便に済ませないと、下手したら警察に突き出されかねないぞ…。
『あら・ご免なさい、てっきり私の友達だと勘違いしたわ、う~ん・よく似てるわね、あなたもこの寮の人かしら?』
僕が言い訳を考えている間に【ひたぎ】は僕の正面へと回り込んで居た、そして僕の顔をまじまじと覗き込みながら、勘違いだと謝るのだ…。
『あー・えー・そのー…、僕だよ…ひたぎ』
…ガックン…ドタッ!
【ひたぎ】が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた、座り込んだ【ひたぎ】は虚ろな目で僕を見上げていた。
『ごめん・驚かせるつもりはなかったんだが、忍がいう事を聞かなくてさー』
座り込んだ【ひたぎ】と目線を合わせるべく僕もしゃがむと、パンッと【ひたぎ】の両手が僕の顔を掴む、そのまま【ひたぎ】の両手は僕の顔を引っ張った。
『痛いって…、確かめたいことは分かる、だが・残念ながら本物だ』
【ひたぎ】の目に意思が戻ってきた、どうやら現実を認識したらしい。
『僕が忍に頼んだのは…』
『言わなくていい、大体のことは分かったわ、ふぅ・まったくあのロリ奴隷は何でもありなのね、その分だと身体も改造済みなんでしょう、それなら警察に突き出しても無意味なようね』
やっぱり警察に突き出そうとしていました、僕達って恋人同士だった筈だよねー【ひたぎ】さん。
『それにしても…、このファッションを選んだのは言うまでもなくロリ奴隷でしょう、ふ~ん…憎らしいけど・いい趣味しているわね、本当に憎たらしいわね! 私に対しての嫌がらせかしら! 何で暦がこんなにゴスロリが似合うのよ! どうせ私にはロリータなんて似合いませんよーだ!!』
昼間の会話が蒸し返される、僕がロリコンだという【ひたぎ】はどういう訳か自身にロリータ要素が無いことがひとつのネックになっているらしい、それが元で僕は罰として女の子になっているっていうのに、忍のコーディネートがゴスロリであることがまたしても【ひたぎ】の癇に障ってしまう。
『ひたぎは普通に何を着ても似合うだろう、スタイルは良いし・顔だって美形なんだからさ、ロリータに拘る理由なんか無いじゃないか』
『憐れむのね、あなたは私にはロリ要素が無いと言ったものね、そして自分にはこんなにもロリが似合うのだと言いたいのね、そうよ・私の顔は美しいだけだわ、ただ美しくて聡明なだけよ、ロリとは無縁でご免なさい、さぁ・好きなだけ勝ち誇ればいいわ、さぁ』
僕は決してロリが好きだとは言ってないのだが、まー仕方ないか…、僕はポケットから取出したネックレスを【ひたぎ】の首に掛ける。
『これは何の真似かしら…、憐みかしら…、それとも私をあなたの犬にしようとでも言うのかしら…?』
『ちげーよ! 犬とか有り得ねーだろ、…これはその・付き合ってから1周年の記念っていうか…、僕なりの感謝の気持ちだよ』
『まー健気なのね、とても嬉しいわ、でも女の子の姿で渡されるというのは如何なのかしら、まー折角だし・これはラギ子ちゃんからってことで貰っておくわね、暦からはまた別に貰えるんでしょう、ドレスコードの決まったホテルのレストランでね』
貧乏学生にそんな真似が出来る訳ないだろう、とは言え・確かに雰囲気が有るとは決して言えないシチュエーションであるのも事実だよな…。
『僕の身の丈に合ったもので考えておくよ』
『そう・それはとっても小さいのでしょうね』
『身長の事じゃないぞ』
『せいぜい背伸びをすることね・ふふふ』
取り敢えず【ひたぎ】の機嫌は直ったようだが、僕の懐はただ事じゃないことに成りそうだ。
『それじゃーラギ子ちゃん、私達の部屋に行きましょうか、これから私のルームメートに紹介するにあたっての注意事項が有りまーす、1つ・彼女を見て驚かないこと、1つ・彼女の言動を否定しないこと、1つ・彼女の願いを断らないこと』
『言動を否定しないことと、願いを断らないっていうのは同じじゃないのか』
『同じじゃないわ、それは話してみれば分かることよ、それから・今のあなたにはそれしか選択肢が無いけど、彼女には暦を女の子として紹介するわ、勿論・本名は伏せたままラギ子として紹介するから、余計なことは言わないようにね、じゃあ入るわよ』
『な・なんだこりゃー』
【ひたぎ】がドアを開けたその先に広がっていたもの、それは女子大生の部屋なんてものとは隔絶していた、さて・これをどの様に表現したものか…、神秘的・そう神秘である、神様が秘密裏に住まう場所、そう表現するのがピッタリである、この部屋は神社の神殿がそのまま引っ越してきたのではないかと思わずにはいられない、そんな佇まいだった。
『お帰りなさいませ、ガラシャお友達はみえましたか』
ガラシャ? ヶ原って呼び方なら僕がしていたけど…。
『ただいま卑弥呼、紹介するわね高校時代からの友達でラギ子よ』
『あっ・ぼ…あぁ初めましてー、ラギ子ですー、よろしくお願いします』
【ひたぎ】に注意をされていなかったら完全に突っ込みを入れていたところだった、ヒミコと呼ばれた女の子はこの神殿のような部屋に居て、さも当然とばかりに巫女装束で現れたのだ。
『あなたは………、赤鬼……』
赤鬼? それって泣いた赤鬼の赤鬼って事かな?
『取り敢えず中に入りましょう、立ち話をしていては周囲の方に迷惑になるわ』
『その通りですわね、ガラシャは本当に気の利く方ですわ、頼りにしております』
『いいのよそんなことは、卑弥呼の方こそ気を使い過ぎなんだから』
なんだこの外面の良さは、【ひたぎ】ってこんなだったっけ?
『さーラギ子も中に入って、ささやかだけどお万采を用意してあるは、一緒に食べましょう』
『まあガラシャってば謙遜、ラギ子さんをもてなす為に先日から仕込みをしていたのに』
『卑弥呼は先に入っていて頂戴』
『はいはい、分かっていますって』
【ひたぎ】に促されたヒミコさんは、ニンマリと笑ってから部屋の奥へと去って行った。
『言いたいことが有るのは分かっているわ、でも今は何も言わずに付いて来て下さい』
【ひたぎ】が僕に頭を下げるというのは稀なことである、当然のこと僕は何も聞かずに【ひたぎ】の後を追う。
『大三輪神社へようこそ・ラギ子さん、あなたを歓迎致しますわ』
まったく予想をしていなかったと言えば嘘になる、この部屋であり巫女装束を身に纏う女の子がヒミコなのだから、いかに不勉強の僕であっても何らかの予想は付くのが当然だろう。
『ヒミコさんって、邪馬台国の女王の卑弥呼さんなんですね…』
『ラギ子さんは話が早くて助かりますわ、さっすがガラシャのお友達ね』
いやいやいや、だって今のあなたの格好っていったら、巫女装束の上に冠まで被ってるし、まー僕だって邪馬台国の所在地をめぐる論争ぐらいは知っているから、大三輪神社と言われれば近畿の大和王朝なのだということ位は推理出来る、しかしそんな推理をしなくても、見た目だけで十分・ヒミコが卑弥呼であると言えるだろう、この部屋の中にあって彼女は完璧なのだから。