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僕が所属しているサークルは「歴史部」である、名前だけ聞けばさぞかし堅苦しいサークルをイメージするところだが、実際の中身はといえば中二病を患ったままアイドルの追っかけをしているような…、所謂「歴女」と呼ばれるジャンルの女子が戦国武将に対して妄想恋愛を繰り広げる、云わばオタクサークルである。
僕がこのサークルに所属することになった理由も、甚だ陳腐であると言わざる終えないのだが、それは捨て置き、僕の彼女【戦場ヶ原ひたぎ】は通う大学でもツンドラキャラとして定着しつつある、容姿端麗・性格凶暴な女子それが僕の彼女だ。
その【ひたぎ】がいきなり僕に突き付けた試練、それが「歴史部」である。
5月10日・母の日、ちょうど1年では無いが【阿良々木暦】と【戦場ヶ原ひたぎ】がお付き合いを始めてから1年目の記念日、ささやかなお祝いをサプライズで企んでいた僕なのだが…、その計画は【ひたぎ】によってまんまと吹き飛ばされた。
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『おはようコヨコヨ、今日もとっても素敵ね・アホ毛がビンッビンにそそり立っているわよ、近くに妖怪でも居るのかしら』
『僕のくせ毛は妖怪アンテナじゃない、それに朝っぱらからそそり立ってるとかエゲツない言葉を使うな、それに何時から僕の愛称はコヨコヨになったんだ』
『下下良木こよ太郎、うーん暦の場合どっちかっていうとロリ太郎の方がしっくりくるのかしら、ねえコヨミンはどっちで呼ばれたいの』
『どっちでもねーし・どれでもねー、人の名前で遊ぶな、僕の名前は阿良々木暦でお前の名前は戦場ヶ原ひたぎ、お互いを呼び合うのは下の名前だけだ』
『下の口で名前を呼べだなんて、そんなはしたない真似が私に出来るとでも思っているのかしら、このロリ太郎は』
『口に上も下もねーよ、有るのは食べ物を咀嚼して声を発するこの口だけだ、それに僕がロリコンだとしたらお前と付き合って無いだろ、ひたぎの何処にロリータ要素が有るっていうんだ』
『にゃおーん・にゃん・にゃん、コヨにゃんは変態さんにゃからねー、こんにゃプレイが好きだにゃん』
『ぐ…確かに嫌いじゃー無い、だがそのキャラは既に羽川が使用済みだ、使いふるされた猫語に…今更トキメク僕じゃーないぜ』
『ほーぉ、羽川さんが猫語を使っていたときはトキメイたんだー、ふーん・ねー暦・いったい君はどんなふうにトキメイのかなー』
【ひたぎ】の整った顔が近づいて来る、たっぷりと時間を掛けながらじわりじわりと僕の顔に迫ってきた、この状況が羨ましいと思う方に言いたい、瞬き1つしないで寄せられる顔というのは、造形の良し悪しに関係なく恐いということを知って欲しい。
『いや誤解だ、僕は羽川の猫語にトキメイたりなどしていない、それに猫語を喋っていたのは羽川というよりは、羽川に取り憑いていた怪異の障り猫だからな、仮にトキメイたとしてもそれは羽川にではなく、ブラック羽川にって事になるだろ』
『だまらっしゃい、誤解もお蚕様も関係ないわ、暦は彼女である私の猫語よりも、羽川さんの猫語にトキメキましたー、よって罰を与えます!』
既に僕の視界には【ひたぎ】の目しか入らない、そして至近距離から言われた言葉は(罰を与えます)である、僕は決してマゾでは無い、しかしこの状況で健全たる男子が何かを期待しないという方が不自然なのではないだろうか、まるで心臓が耳にあるのではないかと思えるほどに、高鳴る鼓動が鳴り響いていて…、そして僕は彼女の次の言葉を聞き漏らした。
『暦! 今晩は私の部屋に来ること、ルームメートに暦を紹介します、その子はちょっと変わり者だけど…、それは会ってみれば分かるわね、暦には1つ大事な仕事をして貰うからそのつもりで来ること、当然だけど暦に拒否権は無いので答はイエスのみよ、分かっていると思うけど、私の部屋に来るためには女装しなくてはダメよ、男子禁制の女子寮なんだからね、暦がちゃんと仕事をこなしたら今回の件は不問にしてあげるわ』
【ひたぎ】が言葉を発する度に吹き掛かる息が、ドラムを叩いた様な僕の心音を更に大きくして、結局のところ僕は【ひたぎ】の部屋に行くこと以外は殆ど聞こえていない、だが今日という記念日を考慮するならば、野暮な詮索などしないのが得策だろう、ここは男らしく器の大きさを見せてやるか。
『良いだろう、それでひたぎが満足ならば、僕は何処にだって行くし、どんなことでも笑って引き受けるさ、僕はひたぎの彼氏なんだから、当然だろう』
目の前3センチに有った【ひたぎ】の顔が、一瞬にして3メートルほど離れた。
『ごめんなさい、流石に女装することを喜んで引き受けるというのは、はっきり言って気持ち悪いわ』
…いったい誰が女装をすると言った?
『やっぱり真実だったのね、暦が卒業式の翌日に女装をして直江津高校に行ったというのは』
…確かにそれは真実…というか…嵌められた…というか…
『分かりました、暦にどんな性癖が有ろうとも、私はもう何も言いません、例え暦が女性物の下着を着けていたとしても…、おえっ!』
『いったいどんな想像をしたんだよ、吐きそうになってんじゃねーか、言っておくが僕には女装癖なんてものは皆無だ、僕が女装をするはめになったのは、扇ちゃんのイタズラのせいであって、僕の性癖とは無関係だからな』
『男の子の癖に見苦しい言い訳は止めて頂戴、私はどんなに吐き気がしようとも、暦が特異で特殊で目を背けたくなる様な変態極まりない性癖の持ち主であろうと、そのすべてを受け容れると言っているのよ』
【ひたぎ】の言っていることは、とても器が大きくて僕が示そうとしたものと言えなくも無い、だが…、
『ちょっと待て、その言い方だと僕の性癖は完全に肯定されているぞ』
『いいのよ、暦のことはこれからは【ラギ子】って呼ぶわ』
どこかで聞いたようなネーミングだなーってオイ! 何時だったか神原が言ってやがったぜ、バルハラコンビ恐るべし思考回路が繋がってやがる。
『僕の性癖についてはこの際どうでも良いが、確かにひたぎの部屋に行くにはちゃんとした身分証明と手続きが必要だよな、その辺は上手く遣れるんだろう』
『ブッブー、そんなもの有る訳無いじゃない、何を勘違いしているのかしら、この【ゲスの極みラギ子】は、これは罰であり決定事項ですー、暦はラギ子として今晩私の部屋に来ますー、そして私のルームメートには女の子として紹介しますー、無駄毛の処理も忘れないように、反論は一切受付けないわ!!』
久々に出やがった…、このテンションになった【ひたぎ】にはもう何を言っても無駄だ、1年間の交際を経て僕が学んだこと、それは僕の彼女はかなり嫉妬深いということである。