神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 しかし、イリヤ映画、HF映画、七番勝負とFate続きますね。
 そして白状すると型月内で今一番好きなヒロインはシエルさんです。後、後書きが無意味に長いので、前書きにて失礼させて貰います。


85.悪夢に限り無し

「アヴェンジャー……っち、世話の焼ける―――!」

 

 黒い使徒を殺さぬように戦っていた綾子が目撃したのは、泥に沈む自分のサーヴァントの姿。虚数の呪泥が足元から彼を捕え、黒い泥がアヴェンジャーを覆い潰している。神父が放った泥は地面に垂れ落ちることで沼となり、生きたまま魂を咀嚼する悪魔の胃袋となっていた。

 

「令呪で以って命じる。我が下僕よ―――呪いを殺し、脱出せよ!」

 

 動けない筈のアヴェンジャーが眼を見開き、そのまま短刀を握っていた右腕を高速機動させた。余りに速い短刀捌きは見切れるものでは無く、泥の全てを一瞬で斬り払った。そして、そのまま一気に神父から距離を取り―――力尽き、膝を付いて何とか顔を上げているのが限界だった。

 

「……畜生、あの野郎」

 

 嘗て殺した混沌の死徒に、生きたまま喰い殺されそうになった過去を殺人貴は思い出してしまった。だが、その時とは比べもにならぬ苦痛。呪詛が精神を抉り、泥が霊体全てに染みて変質し、過去の記憶を強引に切開された。

 死ね―――死ね。死ね死ね死ね。

 父。鬼。紅赤朱。混血。退魔。家族、死。ああ、月が綺麗だったのを今も覚えている。その後、死んで、生き残って、また死んで、生き還って、また生き残ってしまって―――そして、吸血鬼を殺して、また殺して。初めて殺した吸血鬼に恋し、愛し、最後にまた元凶の吸血鬼を殺して。また街に襲来して来たタタリを殺して―――また、殺した。殺し続けた。思考林、白翼公、黒翼公、王冠、白騎士、黒騎士、胃界教典、霊長殺し。全てを殺し尽くした訳ではないが、その死に彼は関わっていた。

 退魔四家、七夜最後の生き残り。

 混血の遠野家、その養子であり、シキはシキに成り替わった。

 だが、それさえも遠い過去。召喚されたこの現代では十数年前の話なのだろう。しかし、座に召され、殺人貴―――否、死神としてデスの銘を刻まれた守護者となった彼には、もはや数百年、数千年、数万年も昔に感じる過去だった。正確に言えば、それは英霊に転生する前世の存在の思い出であり、生前の自分の魂に阿頼耶識が何かを施し、自分とは違う何か死に変わったのが座の自分自身たるオリジナル。サーヴァントのこの自分は、それから更に転生して魂の分離されたコピーに過ぎない。

 それでも、アヴェンジャー(殺人貴)には忘れてはならない事実があり―――

 

「―――ほう。真祖の守護者であったのかね、おまえは」

 

「貴様……」

 

 ―――黒泥で呪った者の記憶を綺礼は読んでいた。

 

「哀れな生き物だな。血を吸わぬ……いや、血を嫌う吸血鬼か。真祖の姫、アルクェイド・ブリュンスタッド―――ああ、実に私の息子が好みそうな鑑賞物だ。

 だからこそ近づき、おまえを助けたのも当然と言える。まぁ愉しみたいからと、祖殺しまでするのがアレらしい無茶だがな」

 

「……オレの過去を語るか。赤の他人に過ぎない屍風情が」

 

「無論だ。この身は神父故に、赤の他人の人生こそ職務にすべき飯の種。聖職者とは、他人の人生に深く干渉するからこそ、聖職などと呼ばれる仕事を為す。

 ならばこそ、他者の絶望に奉仕するのが私の役目と言えるだろう」

 

 綺礼はニタリと、誰もが神聖に感じる神父に相応しい笑みを浮かべている。

 

「そして息子、言峰士人の友人であるおまえには、人を育てた親として感謝の念しかない。あれに人間としての情緒を知らせ、それの愉しみ方を化け物共の屍の山を築いて与えてくれた。

 何よりも、おまえとその姫君は、この世の誰よりも士人に恩義を感じている。まぁ、神に仕える者として、あれは至極当然の事を成したまでだろう。命を賭けておまえたちを助けたのも当たり前と言えば、あの惨劇もまた当たり前の善行であったのだろう」

 

 そこまで暴かれた事実に驚愕する。殺人貴は宝具の魔眼を青く輝かせ―――その肉体が、まるで人間みたいに悲鳴を上げている事実を認識した。

 サーヴァントとは、現世における肉を持たず、霊体のみの精霊の亜種。亜神とも呼ばれ、魔獣や吸血鬼とも違う人外だ。その擬似的な肉体は、生きておらず、死んでいる状態とも言えるからか、殺人貴は生前以上に直死の魔眼が使い易かった。常に死に近く、魔力を消費するが、死を理解する為に感じる頭痛も驚くほど小さかった。それも痛みと言うより、他の視覚を得るための違和感程度でしかなったのだ。世界を殺すとなれば痛みも発するが戦闘の問題にはならなかった。

 ……しかし、これはとても懐かしい痛みだった。

 嘗ての苦痛に比べれば全く以って問題にはならない頭痛だが、この痛み方は召喚されて以来感じていなかった筈の死の実感だった。

 

「―――受肉。まさか……これは、この呪いは?」

 

 悪魔の呪いであり、それはサーヴァントにとって許されざる祝福だった。言峰綺礼に宿った呪詛はただの呪いだが、大聖杯に眠る悪神と心臓が繋がることで、神父の祝詞には霊体に肉を与える能力が副次的に備わっていた。

 

「どうかね、望みが叶った気分は?」

 

 自分を汚染する呪詛は魔眼で殺したが、呪われ変わった自分の体を元に戻せる訳ではない。そして綺礼は桜の手により虚数魔術の応用で陰に潜み、それによる光学迷彩による透明化も既に解除している。アインツベルンの森においてエルナを暗殺した手段だが、一体一で相対すれば効果はない。

 

「―――尤も、願望を叶えたおまえを直ぐにでも殺すのだが」

 

 八極拳で体得した震脚で以って綺礼は殺人貴の眼前に現れた。その両目ごと頭蓋を砕くべく、魔力と呪詛と気功で強化された剛拳を振り放つ。しかし、それは容易く防がれた。

 普段は生身の腕に擬態している義手―――ミツヅリの左腕。

 もはや完全に肉体と同化し、思考レベルで精密稼動が可能な魔術礼装であり、英霊化した自分の宝具。重機並の馬力を魔力によって出力する機械剛腕は、サーヴァント化したことで人外の怪力を発揮する綺礼の拳を受け止める事に成功していた。

 

「それ、アタシのサーヴァントなんだけど。神父さん?」

 

「ほう。おまえは私の義理の娘か。目出度いことだ。士人をこれからも宜しく頼む」

 

「誰が!?」

 

「照れる必要はないぞ。愛は素晴しい」

 

 だが綺礼は内心、この女を息子の前で殺してみるのもまた一興と、そんな下衆な考えを思い浮かべている。しかし、彼は嘘は一切ついておらず、平然と綾子を愉しそうにからかった。そんな言葉の応酬しつつ、綾子は躊躇わず背後で守っていたアヴェンジャーを後ろ蹴りにして吹き飛ばす。邪魔なので戦場から避難させるのは当然なのかもしれないが、彼女には一欠片も自分のサーヴァントを気遣うつもりが無かった。ある程度の距離はアヴェンジャーを安全地帯まで吹き飛ばしてやったが、そこから先は自分で如何にか対処して貰う他ない。

 

「寒いこと言いやがって。あの神父あってこその外道神父か。くそ、鳥肌が」

 

 そう言いつつも、綾子の現状は非情だった。アヴェンジャーは霊体を呪いによって機能不全になり、退魔の暗殺技術による高速機動を今は発揮出来ない。この眼前の神父にも勝てないことはないが、自分が担当していた桜の黒い聖杯達をアルトリアや衛宮に押し付けてしまっている。殺し合いに割ける時間はなく、そもそも長期戦になれば大聖杯は復活する。

 

「―――クッ……」

 

 そして、綾子が抜けた穴埋めをするアルトリアは苦悶の声が漏れた。黒騎使徒を数体纏めて相手にしている彼女だが、使徒を操る亜璃紗が凄まじく厭らしい采配で以って戦わせていた。

 第四次聖杯戦争にて召喚された狂戦士―――真名、ランスロット。

 その英霊を憑依された使徒の技量は本人と比較すれば、その無窮の武錬はランクダウンしているとは言え円卓の騎士と呼べる領域。尤もそのランスロットもどきを殺さず押し止めていた綾子の技量は既に神域と言えるが、アルトリアとて剣士だ。剣技の腕前は負けていない。

 しかし今の彼女が相手にしているのは、湖の黒聖杯だけではなかった。

 鴉の魔剣を持つ獅子を連れた騎士―――ユーウェイン卿。

 白い槍を携えた聖杯に仕える騎士―――パーシヴァル卿。

 ライダーとランサーで召喚されたブリテンの騎士。恐らくは、第四次聖杯戦よりも昔に召喚されたか、あるいは何処からかキャスターが宝具で魂を冬木に呼び込んだか。その縁を頼りにし、桜が聖杯より座から情報だけを召喚し、天使に憑依させて使徒化させたのだろう。

 ……本来の、ただの魔術師が行う降霊魔術としての英霊の憑依と召喚。それを聖杯と、その根幹たるサーヴァントシステムを使い、魔術として成立させた聖杯の使い魔達が使徒の本質。間桐桜による虚数元素の応用でもあるが、マキリの水の吸収により、黒い聖杯に英霊の情報を吸収させる桜にのみ可能な大魔術だった。

 

「獅子もどきめ!」

 

 獅子の騎士ユーウェインの憑依体の動きはかなり独特だ。大元は基本に忠実だった剣技の名残はあるが、まるで獲物を狩り仕留める獣のように、人の理性と獣の野生が混ざったように、荒々しくも精確無比な剣術を振っている。動きの一つ一つが予測出来ず、人型に囚われぬ四足獣独特の剣戟だった。恐らくは、相棒の獅子と戦い続けている内に身に付いた彼だけが体得した剣技なのだろう。何より嘗ての生前、彼が連れていた愛らしくも巨大なライオンをアルトリアは覚えている。そのライオンの小さかった仔も彼女は覚えており、両腕で抱えて可愛がったのも覚えている。

 ……間違いなく、間桐亜璃紗の仕業だった。

 ユーウェインは友人のガウェインの誘いに乗ってキャメロット城の騎士となり、一時的だがアルトリアに仕えていた事もある。円卓の騎士ではなかったが、彼も間違いなくアルトリアの騎士だった者。故あって城を離れたが、遍歴を終えた後にキャメロット城へもう一度訪れ、彼は相棒の獅子を連れ来た。それ以降、騎士王は獅子の騎士と出会うことはなく、アーサー王の国はモードレッドの手で滅ぼされた。出会うことは、もう二度と無かったのだ。

 思い出に残る懐かしい記憶。それを、亜璃紗はアルトリアが苦しむ姿が見たいと言う個人的欲望を満たす為に、ただただ穢すが為に、ユーウェインもどきをアルトリアに叩き付けたのだ。ライオンが好きだと言ったアルトリアに、そのライオンが呪いで黒化され、人食いの邪悪なケダモノになった成れの果てを見せたいが為の采配だった。

 

「……遺産の群刃鴉(ケンヴェルヒン)

 

 解放された黒い魔剣は、刃鴉の使い魔を展開。黒い湖鎧を身に付けた獅子もどきは、ボソリと名を唱えて魔鴉の剣ケンヴェルヒンの真名解放を行ったのだ。魔剣は姿を消し、三百もの鴉に分裂。しかし、それでは獅子もどきが徒手になる為か、何体かの鴉を再び剣化させて魔剣代わりに装備する。そしてドームのように広い場所の筈が、天井全てが黒い呪い鴉で覆い尽くされてしまった。

 そして、真名解放を始めたのは奴だけではなかった。そこかしこで使徒共は亜璃紗からの指令を受け、制御されるままに植え付けられた英霊の宝具を解放し始めた。

 

炎門の守護者(デルモピュライ・エノモタイア)……」

 

 まず、間桐桜へと続く大聖杯への入り口が塞がれた。ギリシャの歴史において語り継がれる最強の守りにより、三百に及ぶ黒化スパルタ兵の盾と槍で防がれた。数による圧倒的な防衛性と、狭い通り道を守り続けたと言う伝承の再現によって更なる防壁として機能している。

 

「―――黄金陽兵(シャマシュ・バビロニア)

 

 そして、王の規律(ロウ・オブ・バビロン)を起動させたまま、法典の古王の写し身が更に宝具を解放する。バビロニア帝国初代皇帝ハンムラビと共に他国の都市を攻め滅ぼした帝国軍侵略兵を、使徒の一柱が現世に呼び込んだ。奴は法典名と共に世界で圧倒的な知名度を誇る狂戦士のサーヴァント。狂化によって更に厳格で冷徹な性質になったが故の、正義狂い。

 ……元々が黒騎使徒による圧倒的人数差があった。しかし、軍勢召喚能力を持つ宝具を解放し、もはや絶望さえ足りない数の暴力と成り果てた。

 

「貴様は、あのバーサーカー!?」

 

 生前のアルトリアが世界と契約し、守護者となってしまった平行世界の第六次聖杯戦争にて、災厄として戦場を荒らした真なる王の狂戦士。それを憑依された使徒を見て、苦々しいと睨み付けた。

 法典の宝具は奴の身を守り、召喚された幽霊兵にさえ加護を与えている。聖杯の呪詛だけでも厄介だと言うのに、更に其処へ負った傷を敵へ送り返す宝具が機動しているのだ。このアルトリアも対魔力スキルと自前の膨大な魔力量で何とか法典の加護(ダメージカウンター)に抵抗し、それでも傷返しによる負傷は甚大なので鞘で常に蘇生しながら戦った程なのだ。それに使徒の呪詛による追加ダメージも負荷されるとなれば、あれはもう傷一つ負うだけで人間を抹殺する規律の化け物だった。

 

「ならば……聖剣、限定解放―――」

 

 言葉にすることでアルトリアは魔術師が呪文を唱えるかの如く聖剣を意識し、それに力を与える準備を整える。そして何よりエクスカリバーは光の剣であり、常にAランク以上の宝具として能力を発揮する。所有者の魔力を光に変換し、収束・加速させる能力は真名解放をせずとも健在。

 

「―――卑王鉄槌(ヴォーディガーン)……!」

 

 保有する魔力放出スキルを宝具と併用し、アルトリアは擬似的に聖剣を解放させた。魔力を込める事で黒い光に満ちたエクスカリバーは通常攻撃でAランクを越える殺傷性能を持ち、漏れ出す黒光もまた同ランクの攻撃と化す。

 ……恐ろしい事に、アルトリアは限定強化した聖剣をそのまま振り回した。

 真名解放による光の斬撃とは違い、これならば素早い高威力の制圧攻撃が続行可能。

 ケンヴェルヒンによる刃鴉の群れを斬り落とし、バビロニア帝国の侵略兵を一気に蒸発させた。桜の呪いと法典の傷返しがアルトリアを襲うが、彼女は浅い負傷だけで抑え込んだ。無効化は出来ずとも、今の彼女はアンリ・マユの呪詛を呑み干し、反転衝動に耐えてしまったことで属性が変質してしまった元騎士王だ。黒化やオルタと全く違い、己が属性の正負が融け混ざった灰の者。そんなあやふやで危険な状態の中、更にデメトリオ・メランドリによって霊体を斬り刻まれ、人格を斬り壊され、魂が斬り生まれ変わったサーヴァントならざる英霊の成れの果て。

 聖杯の呪いはサーヴァントが相手ならば問答無用で強力だ―――今のアルトリアを除いてだが。既に呪い壊れた女である。呪われた所で、何に狂い、何を間違えれば良いのかさえ定かではない。

 とは言え、無効化出来る訳ではない。しかし、その傷さえ鞘の前では無力となった。

 

串刺城塞(カズィクル・ベイ)……―――」

 

 そのアルトリアに向け、使徒が宝具を更に解放。四方八方から地面より槍と杭が伸び、あろうことが彼女は濃霧となった黒い魔力を一気に放出し、自分を串刺しにする筈だった全ての刃を粉砕した。今のアルトリアの魔力放出スキルで纏う魔力は呪詛を含み、質量を持ち、闇属性に染まっている。その攻撃性能と防御機能は変異前に比べ格段に上がっており、並の宝具では突破出来ない竜の鱗なのだ。

 彼女は串刺しによる拘束を容易く間逃れ、上空から降り落ちる串刺し公の投槍を真正面から聖剣で粉砕。その上、一瞬の隙をついて串刺し公もどきに接敵し剣を振う。それは防がれるも鳩尾(みぞおち)に魔力放出で強化した前蹴りを抉り込ませ、破壊鎚の如き衝撃で吹き飛ばした。

 

「―――幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)―――」

「―――三千世界(さんだんうち)―――」

「―――転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)―――」

 

 だが波状宝具解放に終わり無し。セイバーを仕留める為か、隠していた黒騎使徒を亜璃紗は虚数の泥沼から取り出し、憑依させた英霊の宝具を行使させた。

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)……―――!」

 

 ―――その全てを容易く遮断し尽くす。黄昏の斬光も無数の弾丸も全て無駄。

 防いだ物の正体は、闇に染まった黒き聖剣の鞘。呪詛に汚染された今、本当なら機能しない筈。しかし、担い手を守る為、邪悪に落ちようとも神秘に翳りはなく、アルトリアを守護する絶対の盾と化した。生前の自分にとって鞘は、人の理から大きく外れた人類史に有り得てはならぬ不老不死の王を具現する為の道具であり、聖剣と同じく未来永劫君臨する為のからくり装置に過ぎなかった。

 しかし、英霊の宝具として鞘はもはや自分の魂の所有物の一部。この聖剣が万全で在る様に、対となる鞘もまた万全なのは必然。英霊化した今となっては彼女そのもの。

 

「―――(ヌル)い。押し潰す」

 

 並のサーヴァントなら十度は消滅する神秘の波。しかしアルトリアからすれば、生前の蛮族共の制圧力に比べてしまうと小波にしかならない。パーシヴァルの写し身が苦し紛れに放ったロンギヌスの投槍さえ、アルトリアからすれば取るに足りない其処らの宝具。

 鞘を展開したまま、彼女は一気に突き進んだ。攻撃する瞬間は鞘を解除する必要があるが、それはつまり自分が敵を討つと決めるまで相手と自身を遮断することが出来ると言うこと。

 

「―――……!」

 

 そして、アルトリアは亜璃紗の眼前まで斬り込んだ。魔力を大量に消費してしまったが、もう鞘は解除しており、聖剣を両手に握り締めたまま敵を捕捉。一刀で以って亜璃紗の斬殺を決行する。

 

「激強。こりゃ勝てない。貴女は紛うことなき大英雄です」

 

 アルトリアの聖剣は、亜璃紗の頭蓋を斬り割る直前で停止していた。

 

「デメトリオ・メランドリ……!」

 

 人造聖剣、慈悲無き信仰(シンペイル)。罪境の名を持つ聖騎士の剣は健在。教会の狂人共が生み出した聖なる魔剣は、真なる星の聖剣を受け止めていた。剣の主の正体は、泥に汚染されて壊れたセイバーを斬り、更に心を壊し、ただのアルトリアに変えた元凶―――それを憑依された黒い使徒。

 そして亜璃紗は、他の使徒共にも襲われ、剣を振い続けるアルトリアを面白そうに見ながら淡々と喋り掛ける。

 

「不正解。ソレの真名、何でもさ、黙示録の反救世主(アンチ・キリスト)って言うんだって。哀れだよ、座で何があったか、それとも何処ぞで獣にでも祭り上げられたんか知らないけど、無名の守護者として伝承に取り込まれてしまってる。

 ……霊長も非道です。そいつさ、もう架空の反救世主の一部分だよ」

 

 手遅れであり、理不尽な現実だった。しかし、英霊の座では良くある不条理だ。デメトリオ・メランドリは契約を結んで死んだ為に、座における伝承の穴を埋める材料に使われていた。とある現象がペイルライダーとされたように、過去に実在した英霊がバビロンの妖婦にされるように。

 ……魂を探る亜璃紗にしか、その事実を全て把握する事は不可能だった。

 間桐桜はアインツベルンの森で観察し続け、その場でアラヤによる干渉の力場を世界から排斥される黒い小聖杯が故に察知した。あの聖騎士が契約を結んだのを亜璃紗の異能も利用して知り得ており、物は試しで黒騎使徒の材料にしてみれば見事に正解を当てていた。エクスカリバーで全身消炭になったが、剣を握り締めていた右手だけは僅かに残っており触媒には十分だった。

 何より、そもそも終末神話の英霊は実在しない架空の存在だ。反救世主の伝承を持つ者はいるが、アンチ・キリストを真名とする人間はいない。座にいるとなれば、信仰による架空の存在か、その架空の霊基に取り込まれた代役の英雄となる。そして代役は数多くおり、デメトリオはその一人として召喚可能な守護者(ナニカ)となってしまった。

 ……第五次聖杯戦争で召喚された佐々木小次郎が良い例だ。

 無名の農民が燕返しを体得したとされる架空の侍に適応した様に、剣の聖騎士もまた黙示録にて悪逆を為す偽りの預言者に適応してしまったのだろう。

 

「―――貴様ら……」

 

 自分以上に苛烈な剣士だった男が再利用され、魂を弄ばれている。

 

「……つくづく度し難い!

 魔術師(メイガス)、何を望んで悪逆を楽しむ?!」

 

 聖騎士の使徒を斬り飛ばし、黒化ライオンを蹴り飛ばし、一気に空気を吸い込んでアルトリアは叫んだ。

 

「勿論―――人の心を弄ぶ為です。

 聖杯なんてただの物。感動すべきは聖杯を求めて集った贄ですから」

 

 亜璃紗は笑みを浮かべた。敵はアルトリアだけではない。愉しむべき相手は、使徒を使って苦しめて良い娯楽は、まだ十人程目の前で戦っている。そして、強敵ち殺し合っているのはアルトリアだけではない。他の者も黒騎使徒を相手に奮戦している。

 中でもトランペットを吹き鳴らし、蝗を操る犬の使い魔と共に暴れる使徒は凶悪だった。身のこなしとホルダーに入れたリボルバーの拳銃と巨銃に見覚えがあるも、無駄に優れた技術で吹奏する姿は場違いにも程がある。更にそのトランペッドを様々な型の銃火器に変え、敵対する相手に合わせて対応する過去の歴史にはいない英霊の姿。何よりも、あの犬は何処から如何見てもアイツにしか見えなかった。

 

「信じられん。あれ、オレか」

 

 衛宮士郎や美綴綾子と言う例外を知るアデルバート・ダンは自分の脳味噌を疑いならがも、この現実を何とか受け入れた。

 となると、やはりとダンは納得せざる負えなかった。この聖杯戦争とは英雄が発生しない現代において、英霊が生み出される程の神秘が溢れた地獄だと言うこと。英霊を選定する人類史の中、歴史に刻まれ無くとも霊長にとって何かの節目となる特異点なのだろう。それにあの神父に誘われて参加してしまった時点で、この自分の因果も既に何かしらの悪意に取り込まれてしまったのかもしれない。

 ラッパ吹き―――黙示録の天使達。

 トランペッターとも呼ばれる破滅と破壊を世界に呼び込む者。断じて英霊ではないが、もしそれが座に居るとすれば魔物に相応しい誰かの魂が死後、アラヤの手で無理矢理に転生されるしか有り得ない。

 

「トランペッドなんて趣味じゃない。フレディにもあんな力はない筈だが……」

 

 使徒の手足を撃ち抜き、殺さないように戦っているも傷返しで苦痛は増すばかり。ダンは気合いと魔力による抵抗と抗呪の礼装でアンリ・マユの呪いを抑え込んでいるが、一人殺せば動きが僅かに止まり掛けるのは分かっていた。呪いそのものには耐えられるだろうが、戦闘に支障が出るのは明白で、そうなれば呪い以前に殺されて終わりだろう。

 ……敵の使徒の中には、エミヤやミツヅリの写し身もいる。クー・フーリンや安倍晴明もいた。ならば自分がいても可笑しくも無いかもしれない。だがこの地獄を生き延びたとしても、ここれから先の未来で座に召されてしまう様な事件にまた巻き込まれると分かれば憂鬱になるのも仕方がない。

 

「……まぁ、良いか。今は兎も角、足止めだぜ」

 

「その通りです。今はただただ死力を尽くしなさい!」

 

 バゼットは敵を殴り砕き、蹴り上げ、投げ飛ばし、その痛みを自分自身の霊体と肉体で実感する。既に覚醒した神剣フラガラックを背後に浮遊させ、何時でもフラガ家の宝具で殺せるよう準備済み。しかも真名解放せずとも球体状態から純粋な剣として武器化させ、因果改竄はないがバゼットの制御によって半ば自動的に相手を切り裂いている。加えて刃で攻撃するだけではなく、魔術による光弾でレーザー状の遠距離攻撃さえ幾度も行うことが可能で、近距離遠距離の両方を万全に対応する。真名解放によって光弾を一度でも放てば宝具は崩壊するが、通常戦闘であれば光弾の破壊効果のみで十分。

 常に戦闘の補助をし、いざと場合に素早く発動可能になった神剣は、数多存在する英霊が持つ宝具の中でも最上位に位置する。対人戦と言う範囲ならば、エクスカリバーを越える殺人兵器。それを一つだけではなく三個も浮遊状態で維持し、咄嗟の攻撃と防御で使い分ける手腕は百戦錬磨の赤枝の戦士に相応しく、挙げ句の果てに生身による格闘はそれを上回る戦闘能力を問題なく発揮する。

 この神霊魔術とルーンの刻印魔術を第五次聖杯戦争の時より、バゼットは更に鍛え上げた。戦神ルーが至った神秘の深淵を何処までも覗き込み、同じく魔術神オーディンが編み出したルーンの真髄にも辿り着きつつある。

 余りにもバゼット・フラガ・マクレミッツは凄まじい魔術師だった。

 現代では有り得てはならぬ神話の英雄に等しく、協会内でもたかだか千年二千年程度の歴史しか持たないロードを遥かに超える神代の神官から続く古い家系の魔術師である。埋葬機関に負けぬ神域の暴力であり、執行者としてもはや最上位の魔人。

 それなのに―――彼女の真髄は、その肉体だった。

 ルーンで過剰強化された全身の筋肉と、異常硬化した手足に、生物を極めたと呼べる格闘能力。昔よりも更に鍛えて極まった“生身の拳”は時速100kmを軽く凌駕する速度を誇り、それが魔力で強化されるなど悪夢以外の何物でも無かった。

 

「加減はなしです。魔力もここで使い切る……―――!」

 

 英霊級の魔物をバゼットは数体纏めて相手する。一体一体が現代兵器で例えれば間違いなく戦闘機並の力を持っているにも関わらず、音速以上で稼動する使徒を彼女は殺さずに叩き伏せていた。強いなんてものではない。純粋な戦闘能力と言う観点で見ればマスター達の中ではデメトリオに匹敵し、魔術自体の腕前は魔法使いの凛以上。

 背後からの敵を攻撃を振り向くことさえせず彼女は神剣で防ぎ、動きが止まった敵を後ろ回し蹴りで違い敵に向けて吹っ飛ばず。そして危機を察知したバゼットは直ぐ様宙へジャンプする。彼女が居た地面が炸裂し、敵の攻撃から逃れるも、空中に浮かぶバゼットに向けてアーチャーの一体が狙い定めて矢を射った。その一矢一殺の矢を彼女はあろうことか浮かべていた神剣を足場代わりにして避け、更に空中に刻んだルーンも足場にしてバゼットは天井に着地。重力操作と質量操作によるルーン以外のオーソドックスな魔術も複合して巧く使った結果だった。

 無論、使徒もまた彼女を追って天井に跳び上がった。正にバゼットの狙い通り。彼女は天井にルーンの拳を穿ち込み、更にルーンを天井に刻印―――直後、炸裂。粉塵を煙幕代わりにし、宙に浮かぶ使徒を叩き落とし、数秒と言う短い間だけだが戦闘不能に陥れた。

 

「何て言う脳筋。相変わらずのケルト思考ですね」

 

 そのバゼットと、序でにアデルバート・ダンらをサポートするのはカレンだった。式神召喚によって数の不利を僅かだが埋め、自分も術符である宝具「陰陽五行星印(キキョウセイメイクジ)」で陰陽術を発動。泰山府君の祭による神秘を符に宿し、浄化作用によって使徒の呪いを剥ぎ取ろうとするも完全に清めることは出来なかった。しかし、カレンは自分の被虐霊媒体質を抑える為に鞘を利用し、更に安倍晴明の宝具による守護を自分に施している。恐らくは五人か、多くて十人程度ならば殺しても問題はない。しかし、殺すにも使徒には聖杯による蘇生能力がある。葬るには肉体を損壊されるだけではなく、霊体も抹殺する必要があり、使徒は死徒が誇る復元呪詛よりも厄介な不死性を誇っている。

 殺すより封じる方が建設的だ。しかし、泰山府君祭(たいざんふくんさい)を使った魂の束縛も、アンリ・マユの呪詛によって汚染することで破られてしまう。

 

「きついわね。これを桜が全て準備したって考えると、その情熱、その決意―――流石、御三家の一人ってこと」

 

 イリヤはとっくに理解していた。本当は分かりたくもないが、出来てしまえていた。間桐桜は呪われている。この天使もどきの小聖杯……否、英霊の情報を憑依され、人間を天罰によって虐殺する使徒もどきにも、桜が味わっている衝動と憎悪が植え付けられている。

 つまり―――この世、全ての悪の廃絶。

 彼女達は悪を憎悪し、悪を生み出す人間を嫌悪する。

 間桐臓硯、あるいはマキリ・ゾォルゲン。奴の残留思念は桜の魂に穢れ付き、澱となって沈んでいる。その底の底に沈殿する願望こそ、間桐桜が己を魔術師だと自覚する最大の原因である。そして、使徒の精神を狂わせる衝動の正体であり、その腐った願いが英霊をただの力として運営する元凶。

 本当は、透き通って、何よりも尊くて、この世を幸せにしたいだけの願いだった。

 なのに彼は腐れ、悪に心が染みた。

 だから蟲は枯れ、善が死に絶えた。

 聖杯たちは悶え、罪を刻み続ける。

 黒化した彼女ら全員が桜の分身であり、その魂には桜と同じ衝動(ラベル)が刻まれている。彼女らはこの世全ての悪を廃絶するまで未来永劫、その心を悶え苦しみ続ける運命にある。

 もし生き永らえようとも、聖杯は間桐桜と同じく―――魂が、腐るのだ。

 

「アインツベルン家はユスティーツァを作り続け、ゾォルゲン家もマキリの後継が遂に間桐から生まれ出た。まともなのは遠坂家だけってことね。

 ……まぁ、ある意味では、我ら御三家の聖杯を不要にした凛こそ一番狂ってるんでしょうけど。それにマキリの後継も遠坂家って考えれば、冬木の聖杯戦争は結局、遠坂一族の一人勝ちってところかしらね」

 

 死にたくなる憂鬱な気持ちをイリヤは抑え、取り憑けられた守護者コトミネの魔術を起動。左手には士人の愛剣・悪罪(ツイン)を杖に改造した宝具「悪罪の唄(ローレライ)」を持ち、そこからイリヤ本人が持つ聖杯としての魔術を放った。勿論、固有結界から抽出した宝具情報の概念を魔術理論に取り入れ、

 彼女にはコトミネジンドの固有結界「空白の創造(エンプティ・クリエイション)」の加護がある。殺す程のダメージではないが、二、三人丸焼きしたところで全身の皮膚に熱した油を掛けられた程度の痛みで我慢出来る。常人ならば発狂するのが必然だが、小聖杯として調整された際に味わった苦痛と比べれば大した痛みではない。ただの日常的な普通の痛み程度でしかないのだ。

 

「―――悪辣、外道。狂ったわね、桜」

 

 故にイリヤは呪いに構わず、右手で振うアスカロンで使徒の心臓を串刺しにした。自分の心臓にも切り傷の痛みが返され、傷が付くのは防げたが呪いで心停止する。しかし、イリヤは強化魔術で強引に肉体を操作し、筋肉を魔力を使って強引に動かして心臓マッサージを行い、当たり前のように復活する。串刺しにされた使徒も泥で傷口があっさり塞がり、同じく当たり前のように再起動。

 ―――尊厳なき戦いだった。

 互いに命を否定し合い、呪い合う。しかし、殺し合いではない。これはどちらの精神が先に挫き崩れるかと言う、意志を潰し合う戦いだった。

 

「ああ―――……何と、無様な」

 

 切り札(ジョーカー)に相応しい殺人貴(アヴェンジャー)を拾い、彼を庇う為にアサシンは宝具で生成した毒血刀で使徒を斬り捨てる。毒血が相手の血管内を巡り、血流を鈍化させ、神経が麻痺し―――内側から、無数の棘が飛び出し体を拘束した。無論、その苦痛は返還される。アサシンはこの呪いに耐えられるが、余りに辛くて泣き叫ぶ……のだろう、普通なら。

 この程度の痛み、呪術を習得する際に感じる当たり前なもの。呪術を使用する際、幻痛として甦る当然の代償。

 敵の全身を抉る程の呪術となれば、その呪いを行使する霊体もまた同程度の苦痛を発するのも不自然ではない。特に彼女の呪術はその幻痛が顕著に表れ、心臓を呪術の核とし、全身の血液を呪術の触媒とするならば、その幻痛はより使用者の霊体を蝕み犯す。そして葬主のアサシンにとって苦痛とは常に感じているモノに過ぎず、何ら異常な事柄ではなかった。

 敵に与えるあらゆる苦痛を、アサシンは呪術を生み出す為にまず自分が味わっている。

 肉が切り裂かれる痛み、内臓が腐り枯れる痛み、血液が流れ出る痛み、眼玉が抉り取られる痛み、舌を斬り落とされる痛み、皮膚を剥ぎ取られる痛み、全身を焼き焦がされる痛み―――最期に、人として首を斬り落とされる痛み。

 半人半魔の呪術師故に、そも首を落とされただけでは死なぬ。だが、それでもあの方の剣は死の具現。その気になれば死を与えれたであろうに、殺されたのは人としての自分だけだった。死んだのはハサン・ザッバーハだけだった。半人は死に、半魔が残った。無名の魔物の呪術師だけが生き残り、葬主のハサンとして、あの方の実子であり二代目ハサンでもある歴史に父と同じく名を残したハサン二世と、更に後を継いだハサンの娘である三代目ハサンと、自分以降のハサンたちの遺骸を墓に埋葬し続けて、あの略奪王チンギス・カンが生み出したモンゴル帝国の手で我らハサンの暗殺教団が蹂躙され尽くされるまで、この身、この魂は―――

 

「―――ああ、実に私は無様だとも。この呪いは、生前の後悔が呪詛となる……」

 

 使徒の呪いは濃厚だった。ジワリジワリと心の底に残った澱を暴き立てる。

 ―――絶望だった。

 綺礼の呪詛とはまた別の、天使の呪いだった。

 生き延びてしまったアサシンは生前、教団の果てを見た。それを思い出される。

 堅牢な山の砦が砕かれた。抵抗する暗殺者は一人一人丁寧に殺された。遥か東の草原の帝国から、国を、金を、民を、何もかもをモンゴルにせん略奪しに来た奴らが、何もかもを焼き滅ぼした。

 暗殺教団は、徹底的に負けたのだ。敵対する他宗派でもなく、方針を違えた自国の王にでもなく、国ごと纏めて蹂躙されて滅び去った。信仰を略奪されたのだ。

 直接、あのチンギス・カン(ライダー)に関係はない。あの男が死した後の後継者が、あの男ではないモンゴルが、砂漠の国に派遣された帝国略奪軍がアサシンの教団を滅ぼした。しかし、あの略奪理念、あの支配体系、あの絶対帝国、全ての元凶にあのライダーが存在している。

 ―――失望だった。

 出会った時の憎悪は果てしなく。しかし、奴はただのモンゴルに過ぎず、殺したい相手ではなかった。

 

「故、死に晒せ。造作も無く、命を奪い取ろうぞ―――」

 

 恨み、憎しみ、それこそが腐食源。使徒は心を暴き、それを喰らう魔物でもある。

 

「―――妄想血痕(ザバーニーヤ)……ッ」

 

 呪毒の血泥を地面に拡散させ、殺すのではなく拘束する。だが、そのアサシンの策も更に虚数の沼で上書きし、宝具は無効化されてしまう。しかしそんな程度は予測済みとアサシンはもう一工夫しており、血で作った有刺鉄線を聖杯に抉り込ませ、筋肉と骨格を体内から拘束した。棘が神経そのものを刺激し、壮絶な痛みが発生して傷返しにより、アサシンは拘束した数体分の苦痛を同時に味わっていたが手を緩めない。

 

「いやはや、何処もかしこもお祭り騒ぎだ」

 

 アサシンの宝具解放により魔力を消費するが、聖杯と霊脈から溢れた魔力で太源は豊富だ。消費分を直ぐ様回復させ、神父は自分の魔術にも魔力を回して戦い続ける。

 この乱戦、士人は静かに観察する。物は試しと最初に使徒をゲイ・ボウやハルペーで切り裂いてみたが、その呪いと神秘を逆に魔力源へ取り込み、その体を容易く蘇生させている。死徒の祖にも有効な不死狩りの概念武装の筈だが、呪いの概念とも呼べる使徒には通じないようだ。

 無論、士人にも呪いは発動するが無駄だった。彼は逆に呪いを飲み干し、その苦痛を固有結界に焚べ、回路に魔力を流し回した、呪われる程、呪詛を呑み込んで神父の魔術回路はより潤沢する。

 

「―――……ふむ、中々厄介だな」

 

 真名解放された使徒の呪いの朱槍(ゲイボルグ)の矛先の機動を先読みし、士人は宝具殺し(ゲイ・ジャルグ)で打ち落とした。心臓を狙うのは丸分かりとは言え、直線ではなく不規則に進む刃を見切る技量は人間離れしていた。因果逆転の呪詛も、呪いの動きを容易く読み解く士人ならば、専門宝具さえ投影すれば対処可能。

 だが呪詛を逆に取り込む言峰士人は、殺人貴と同じく敵に狙われている。無論、攻撃はこれだけではなく、集中砲火に曝されるのは避けられない。そんな中、彼は言峰綺礼は確認できたが、あの男―――衛宮切嗣が居ないのが士人は気になった。

 ここまでの地獄、実に愉しくなった。だが一番の死神はまだ姿を見せず。しかし、大凡の予測は立てられている。

 自分が奴の立場ならば、どうやってこの舞台で娯楽に興じるか?

 誰を最も危険視し、どんな手段で命を仕留めるか?

 

「狙いは……―――ああ、そう言えば、間桐桜は何がしたいのだろうな?」

 

 今も確実にこの場を見ているであろう聖杯の魔女は、聖杯を成就させる以外にもしたい事があるとすれば、それは即ち……―――遠坂凛しか有り得ない。言峰士人は戦場の空気を肌で知り、あの女の思惑を悟り、この地獄の意味が分かった。

 ……誘っているのだろう。

 宝具を解析し、出口を塞ぐ使徒に憑依した英霊は分かっている。加えて、虚数結界によって魔術的にも封鎖されており、聖杯によって結界の出力は高ランク宝具に匹敵する概念を得ている。あらゆる神秘に対して一番頼りになるアヴェンジャー(殺人貴)も、バーサーカーが残した置き土産によって今は全く頼りにならない。

 使徒を殺し尽くす頃には夜明けを迎え、世界は誰にも知らずに地獄へ堕ちる。

 皆殺しに出来たとしても、聖杯の呪詛が敵対者の殆んどを逆に殺害し尽くしている。

 

「師匠。もはやお前しか、この地獄は受け止められんぞ」

 

 劣化した聖槍を使徒に抉り込ませ、内臓ごと霊体を秘蹟によって使徒を一時的にだが士人は封じた。聖槍を触媒にした封印も過剰供給される悪神の魔力で打ち破られるだろうが、それでも時間稼ぎにはなる。

 つまり時間稼ぎなのだ―――魔術を構築している凛を、守る為の。

 士郎も士人と同じく、敵の動きを封じることに専念していた。そして、多重拘束術式を込めた宝石を拳ごと使徒に叩き込み、凛は敵の一体を束縛していた。そして、直接触れることで一気に解析し、この怪物がどのような神秘で構築されているのか読み取った。

 

「―――はん! やっぱブラフだったわね」

 

 桜は殺せば呪われ、眷属と化すと言っていた。確かに事実、嘘ではなかった。だが、それは普通の精神強度しか持たない魔術師が殺した場合における汚染具合。言わば、聖杯の泥を直接被るようなもの。肉を持たぬサーヴァントであれば汚染される可能性が高いが、生身の人間ならば在る程度は抵抗出来るようだ。とは言え、殺人の罪科を加味した呪詛の奔流となれば、二人殺して無事なら奇跡で、三人殺せば反転衝動に襲われ、人格が裏返るのも時間の問題。更に殺害まで及ばなくとも、傷を与えれば相応の呪詛が還ってくる模様。この破滅衝動に耐え切り、生き延びた所で眷属になるのは確実なのだろうが、それもある程度は強い精神を持てば抵抗し続けることだけは出来る。

 

「だったら、良いかしらね」

 

「遠坂?」

 

「……士郎、この領域の解析はもう終わったわ」

 

「ああ。なら、これから桜のところに行くのか」

 

「ええ。でも、呪詛に満ちたこの空間だと、穿てる孔の大きさは自分一人で精一杯なの」

 

「―――……そうか」

 

「聖杯戦争の全てを終わらせる。だからそれまで死ぬんじゃないわよ」

 

「了解した。では―――凛、桜を取り戻してこい」

 

「ええ、衛宮君―――そんなの、当然じゃない」

 

 宝石剣が振われ、魔法使いは消失した。




















 ユーウェイン卿って原作で多分ライオンの子供をアルトリアに会わせた人だと思うんですよね。しかも良い宝具の元ネタも持ってますし、アーサーの王国とは関係ない所で奥さんと一緒に幸せになってハッピーエンドのようですし、英雄の物語としては中々に王道で好きです。
 後、アンチ・キリストについて。デメトリオ・メランドリの正体です。小次郎と同類の架空の英霊に適応した人間霊が英霊に昇華されるタイプです。適応には秘蹟や魔術の類を使えて奇跡の真似事が出来る事、神に対する悪意と信仰を持っている事、体を一切動かさず物や武器に頼らず人間を虐殺出来る異能を持っている三点にしています。実は士人が暗躍していた所為で、愛歌は冬木の大聖杯の術式をとっくにコピーし、何処かの大陸の都市でお祭りの準備をしてまして。そこに世界を放浪していた祈荒がばったりと運命的な出会いをして、その地獄に対する偽救世主として戦うのがメランドリでした。簡単に言えば、獣になった愛歌と真性悪魔になった気荒を倒す為の抑止力と言う設定。
 ダンも同じにしてます。メランドリと同じで黙示録のラッパ吹きに取り込まれています。未来だと人数不足の埋葬機関にシエルさんがスカウトする場合がありまして、聖堂教会の聖銃を使っていることも取引で不問になります。そこで死んだメレムから勝手にシエルが押収したラッパの聖典を見付けまして、それに自分が開発した魔術礼装の銃を融合させまくってああなったと言う。そして、メランドリと同じく愛歌と祈荒に対するカウンターとして存在する抑止候補でした。
 つまり、士人がその二人を今回の聖杯戦争に前借りして参加させたと言う裏設定。面白そうな奴って言う衝動のまま参加者を探していたら、衛宮みたいなのと同類を見付けてしまったと言う話です。

 ついでに、ここの四代目アサシンがもし第六章に出た場合です。
 十字軍がチンギス・カン召喚→聖杯をチンギス・カンが預かり、十字軍の首領になる→カウンターとして召喚されたサーヴァントで、自分達十字軍と敵対行動をした相手をチンギス・カンが全て喰らう→反抗してきた何体かの味方サーヴァントを説得するも説得に失敗し、結局自分以外の十字軍側のサーヴァントを全員喰らう→同じく反抗してきた人間も吸収→聖都と十字軍が完全にモンゴル化→人理崩壊寸前、歴代ハサン達がカウンターとして召喚される→嘗てモンゴルに滅ぼされた暗殺教団マジギレ→ここの四代目葬主のハサンが飲み水に宝具を混ぜ、十字軍の兵士をじわじわと毒血爆弾に作り変える→十字軍兵がチンガス・カンに神風特攻→二代目、三代目、四代目の三人が聖杯と数十騎のサーヴァントを吸収した獣神チンギス・カンと相討ちになる→十字軍何とか聖杯だけは確保→オジマンディアス召喚になります。

 もし二代目ハサンがFateに出るなら、初代様の子供になるリアルなハサン二世になるんじゃないかなぁと。暗殺者時代のあの人、結婚して子供いますし。三代目も多分初代様の血縁じゃいなと。なので、二代目三代目は出鱈目に強そうな予感。

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