神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 アガルタ、面白いです。何だかんだで、新キャラ全員面白い登場人物達でした。アポクリもアニメ始まりましたし、型月関連の娯楽は充実しまくっています。

 それにしてもアガルタ、あのサーヴァント面白い。
 ああ言うキャラってFateだと逆に斬新でした。小学生の頃、人生で初めて読んだ漫画の影響か、記憶に残ってる最初に覚えた英語がエンジョイ&エキサイティングなんですよね。その所為か、自分の中の悪役イメージって言うと彼だったりします。


80.狂獣

 それは冒涜であり、不浄であり、穢れであった。人の形さえ保てず、影でさえなく、泥と血と肉の塊に過ぎなかった。ただの死骸に過ぎなかった。

 屍の獣。

 英霊の骸。

 黒化とさえ呼べない黒い冒涜であった。

 

「――――――――――――!!」

 

 絶叫の轟き。死に続けるが故の雄叫び―――亡者の嘆き。これはライダー本人の叫びでは決してない。彼の宝具の大元となる伝承、モンゴルの恐怖である大陸での大量殺戮、その被害者たちの嘆きの声だった。姿はアーチャーが倒した人獣の形。しかし、完全に黒い塊と化し、形状も辛うじて人型を保っているに過ぎない。

 

「命じます―――狂い、暴れ、殺しなさい!」

 

「―――遅いです。のろま」

 

 カレン……いや、正体はキャスターか。今はどちらか分からないが、それでも彼女は手から符術を解き放った。空間を圧縮し、周囲の物体を粉砕する空間干渉攻撃。一撃でライダーごと纏めて空間を吹き飛ばす―――が、気配は微動だにせず。あろうことかランクAの呪術をその身に受けながら、ライダーは全く気にせず受け止めきっていた。

 更に、そこへイリヤは弾幕を強襲。だが、明らかに発狂して禍々しい理性も人格も感じられない様子のライダーが、その剣と槍の群れは極まった技量の剣技と異常なまで“狂”化された膂力で一蹴。桜の手による令呪で恐らくは宝具の人獣化を強制使用された上で、皇帝特権によって「狂化」と「無窮の武錬」の両スキルを同時行使されていた。その上で機械的に「軍略」や「心眼」などのスキルも利用されており、一切の無駄も隙もなく相手の攻撃に対応していた。

 

「さて、私としては義理だけは果たしたいのですが」

 

 乱戦を見守るカレンに近づく影が一つ。綾子は気安い雰囲気でまだ敵かもしれない彼女へ、敵意も殺意も向けずに歩み寄った。

 

「……成る程。あんた、一応カレンみたいね」

 

「それはそうです。私は私以外にはなれませんので」

 

「そう、つまり保険ね。あのキャスターはそこまで念入りに策を練る程、アインツベルンの二人に惚れ込んでいたか。それにしても、随分とまぁ、アンタはアンタはで碌な目に会ってないな」

 

「うるさいですね、アヤコ。行動に制限が掛けられいるのです。厄介ですよ、魔術契約ってものは」

 

 そうしている間にも、ライダーは縦横無尽に戦場全体を疾走する。縮地と魔力放出の連続使用によって誰にも捕えられぬ速度と敏捷性を発揮し、両手に持った二本の軍刀を我流の双剣術で操っていた。

 

「ふーん、そ。ならイリヤさんにでも魔術契約を破戒して貰えば? あいつの英霊体を憑依されてるみたいだし、契約破りの短剣も投影出来るだろうしね」

 

「お構いなく。私も私で思う所がありますので。そもそも今のこの霊体はキャスターでもありますので、令呪もどき程度の縛りなど破れない訳がないでしょう」

 

 そう喋ったカレンは狂乱する戦場を流し見て、気配を限界まで消した。そして、自分の方を見てうっすらと笑う兄の姿を確認し、微笑み返す。そして彼女は安倍晴明(キャスター)の式神を使って首が取れた遺体とそのエルナの生首に、直ぐにでも死にそうな重傷のツェリを持ち去った。

 カレンは士人が自分の現状を理解していることを悟った。実の父親らしき悪霊の姿も確認したが、取り敢えず今はすべきことがある。この二人(父と兄)には問い質したいことがあるが、それを内心に封殺した。

 

「ふ~ん、そーゆーことか。難儀な女だな、兄に似て」

 

 そのカレンを見送り、綾子は胡乱気な目で戦場を俯瞰する。嘗て死神に“殺”された左目の代わりに入れた義眼で以って遠見を行い、第三視点からの視覚情報を獲得した。

 

「アーチャーね、アーチャーのサーヴァント。遠坂が召喚したあの英霊――――――」

 

 そもそも、あれ程の類似点が重なれば否応にも気が付くもの。

 

「―――ま、いい。学ばせて頂くさ」

 

 何から何まで、全てが理想的。呼吸法、足捌き、体勢、武器の動作、あらゆる戦闘行為が自分が目指す頂き。無論、その武器さえも。

 何より、あの左目と左腕。あれがそう言う存在(モノ)なのは一目で理解した。となれば、自分がそう成り果てるのも理解出来てしまった。とは言え、所詮は無数に存在する可能性の一つである未来の姿。

 

「にしても、言峰。何だ、あの隠し玉。人蛭の祖連中が可愛く見えるじゃん。死徒殺しの片刃野郎がぼやいてたのも分かるなぁ……」

 

 圧倒的技量、絶対的力量―――そう言う頂点に至った人間を、稀に戦場で綾子は見ることがある。殺人貴の殺戮技巧と神さえ抹殺する死の魔眼、錬鉄の英雄が誇る狙撃能力と投影による多種多様な武装、宝石の魔術師が至った根源の魔術基盤に鍛え上げた戦闘魔術と中華拳法。言うなれば、必滅とも呼べる戦闘技法。

 しかし、言峰士人が振う剣技は次元が一つ違う頂点だった。

 手に持つ武器は黒い剣一本。

 無双を越え、無敵。

 サーヴァントと言う怪物の中でも、今のライダーは更なる英雄と呼べる魔人だった。 

 膂力は無論、敏捷性、技量、気配、見切り、呼吸法、足捌き、剣術、体術と何から何まで全てが巧い。何もかもが極まり、つまるところ問答無用で強かった―――それを、神父は剣一本で封じ込めた。

 剣には剣を、槍には槍を、究極には究極を。目視など不可、見切りなど無駄。振えば死ぬ、下ろせば殺す。神父の剣技はそう言う異次元の技術であり、正しく神業だった。尤も、神は神でも死神だが。

 

「◆■■――――――!」

 

 しかし、ライダーは既にその程度の限界を突破していた。視界全てが踏み込みの領域であり、察知した気配全てが斬殺の対象物。

 速いと言う物差しでは、最早ない。

 時間が途切れる程の、純粋な移動。

 皇帝特権(縮地:A+)の瞬間発動。

 逃げようとする桜達に追撃を加えようとする敵陣営の背後に、ライダーはあらゆる障害をすり抜けて出現した。

 

「しゃらくせぇ……!」

 

 それを阻むは最速のサーヴァント。呪いの朱槍は容易く発狂し続ける獣神の意識の死角を奪い、刺突を既に放っていた。それをライダーもまた容易く見切り、返す刀で斬撃を見舞う。

 それを更に防ぎ、ランサーは普段は封じているルーンを全開。

 強化した躯体は生前により近い身体能力をサーヴァントとして再現し、ライダーと相対するも分は悪い。呪詛の狂化による身体は常時強化状態のライダーのパラメータを増幅し、ランサーとの能力差を広げている。

 

「――――――!」

 

 声なき槍兵の雄叫びが炸裂する。もう此処に至っては気合いの声はおろか、呼吸する手間さえ殺され死ぬ隙となる。発狂したライダーさえも同じ結論で、狂った思考でありながら効率的な手段を行使する。

 秒間に幾十幾百と、死が交差する。今も交差し続ける。

 ランサーとライダーは互いに敵を攻めて、抉り、切り裂くも、致命の一撃には至らず。

 

「アタシも混ぜろや……!」

 

 アーチャーも此処に至れば一切の自重を捨てた。殺人貴に斬り“殺”された左腕の骨肉を、師の神父と協力して錬成し、概念武装へと改造した薙刀。生前に愛用していた己が魔術礼装。

 名を天断(あまだち)と名付けたミツヅリの愛刀だった。

 故に、この武器こそが、彼女の持つ魔術属性と魔術特性を最大限まで引き出せる触媒。自分の左腕を丸々材料にした起源武装。宝具ではないただの魔術礼装に過ぎないが、並の宝具を越える彼女の最高傑作となる礼装だ。

 

「――――――……!」

 

 それをライダーは忘れない。自分の肉体は獣の形を模した固有結界だ。本来なら世界そのものを侵食し、空間を略奪する異端の固有結界を無理矢理個人の霊体に納め、肉体と融合させた異界常識の化身。受肉して物理的な干渉を受けるようになったとしても関係ない。異界と化した彼には通常の物理攻撃は勿論、宝具が持つ概念による重みさえ効かず、例え傷を負わせようとも即座に復元する。

 だからこそ―――空間に「門」を切り開かせられるアーチャーの魔術礼装(天断)は、ライダーにとって致死の猛毒。

 異界化したこの肉体へ直接的に門を刻み付け、癒えぬ死へと至る傷を切り開く。

 ランサーの呪槍も死の呪いとなるが、真名解放を受けようとも耐え切れる。何度も受ければライダーの世界も心臓を通して呪詛に圧迫されるが、アーチャーのそれは一度でも受ければ世界を門によって開かれ、霊核を裂かれてしまう。

 

「――――――――――」

 

 甦った獣。歪に死んだ獣の成れの果て。獣の屍は止まり、敵対する二体のサーヴァントを狂った瞳で見ていた。狂気に濁り、憎悪で滾っているのに、胡乱と呼べる程に生気がない。正しく死体であり、死んだ魚と同じ何も映さぬ目だった。

 

「――――――……」

 

 ランサーとアーチャーは、その泥塊と化した黒い獣―――ライダーと対峙する。

 

「……ふん、アンタとアタシの殺し合いが無為にされたか。不愉快だ。もうそんな様じゃ、ライダーなんて言うよりもビーストって言った方がクラスに相応しいね」

 

「ああ、そりゃ最悪だな。死闘に水注されると、純粋に―――殺したくなる」

 

 マスターたちを背後に、ランサーとアーチャーの二人は槍と薙刀を構えた。その背中を凛を見守る。告げねばならぬことがあり、自分には為せなばならないことがある。

 

「アーチャー……―――足止め、お願い」

 

「―――了解。ま、一度倒した相手だ。今度は壊した霊核をきっちり完全に抹消するさ」

 

 霊核を壊せば、サーヴァントは死ぬ。しかし、聖杯の呪詛と宝具の蘇生能力によってライダーは生き永らえた。ならば、サーヴァントとして現世に欠片も存在出来ないようにするだけ。

 アーチャーが残るのは必然だった。ライダーを倒せる者は他にもいるが、アーチャーはそれに特化した空間干渉能力を持つ。彼女でなければ勝率は低く、生き延びる可能性も一番高い。キャスターを撃破した桜を早急に追い掛ける必要もあるが、このライダーもまた確実に倒さねばならない。足止めもそうだが、桜追撃を邪魔されないようライダーを討ち取り、その死地から生きて生還することも必要不可欠だった。

 

「つーことだ、バゼット。オレも残るぜ」

 

「……でしょうね。死闘から逃げる貴方ではありませんから」

 

 それも、誰かが為せないといけないのなら猶の事。

 

「勝ちなさい、アーチャー―――!」

 

「倒しなさい、ランサー――――!」

 

 全く同じタイミングで凛とバゼットは令呪を切った。

 

「―――当然さ!」

 

「―――おうさ!」

 

 

◇◇◇

 

 

「キャスターさん、死にましたか。魂も此方の聖杯の方へ粗方収納済み。ふふ、順調ですねぇ……」

 

「…………」

 

 通常のサーヴァントを越える魂の格。通常の人間が持つ霊格の数万倍か、十数万倍か、それ以上の魂の強さ。並の英霊二騎分は確実に内包している魔力だ。ひ弱な魔術師などではなく、現世と地獄と魂を知り尽くした日本最強の陰陽師にして、平安最高の神秘学者に相応しい強さだった。

 ……尤も、何故か一割ほど霊格が損壊していたが。

 あのサーヴァントは死ぬことを前提に自身の魂へ術式を刻み込み、聖杯へ魂が送られぬように工作していた。それも桜は見抜いており、森に放った蟲の使いを媒介にし、霊体が消えた瞬間に魂を呪界層へ取り込んでいた。蟲を通じてキャスターが死ぬ瞬間を桜は監視しており、捕えたは捕えたのだが―――それも、完全には至らなかった。

 

「……足りない分も、キャスターさんの使い魔で幾らかは補えますし。ライダーさんは元々の自分の魂に加えて、現世で更に魂がサーヴァントの枠を超えましたから。

 蓄え膨らみ、さてはて死ねば何騎分でしょうか。この場所で更にキャスターさんの式神を食べさせましたし」

 

「…………」

 

「―――で。そろそろ白状したらどうですか、切嗣さん?」

 

「……………――――――」

 

 気配が一新した桜の使い魔である擬似サーヴァント。生前は衛宮切嗣と呼ばれた聖杯の中に囚われていた亡霊。

 

「―――やり方は知っていたよ。聖杯の中で、あの悪魔によって現世を見せつけられていたから。勿論何故士郎が彼になったのかも。僕が拒否しても、通過した聖杯に残った思念から摩耗したアーチャーの記録の断片も見せられたのでね」

 

 言峰士人がカレン・オルテンシアを救うべく行った奇跡も、アヴェンジャーがギルガメッシュに殺されて死んだ時に見せられた。それは言峰綺礼も同じだった。

 セイバーの過去も断片的だが知ってしまった。

 衛宮切嗣と縁があるサーヴァントを記録を、彼は悪夢を見るように脳味噌の記録野に焼き付けられた。

 

「そして、この僕にも資格があるらしい」

 

「あー、それはそれで良いです。何となく分かりますから。私が知りたいのはそんなことではなく、何故、この時に守護者へ成れたのか。人理に傷を付ける可能性がある私に味方する貴方が、何故―――契約を成せるのか?

 だって、不可思議じゃないですか?

 人理に仇なす私に、その私の使い魔に、その阿頼耶識が力を与する訳がない。となれば、当然ですけど私はこう思う訳です。

 その契約で得た力―――聖杯を解放しようとする間桐桜(わたし)に対する抑止力。

 この平行世界を守ろうとする人類が、冬木の聖杯を危機として認識するのは当然ですから。根源に渡ろうとした魔術師を滅ぼすアラヤの機構が態々この事態を見逃す理由がない」

 

 魔術協会・時計塔で間桐桜は魔術の叡智と、この魔術世界における学問的知識も教えられた。到達点の魔法や秘技とされる高度な専門的魔術、術者固有の理論は当然ながら教えて貰うのは不可能だが、魔術師として知るべきことは神秘学者の一人として授けられる。

 無論のこと魔術師にとって最大の敵―――人類を守護せし抑止のことも。

 根源への道を隔てる怨敵であり、恨むべき障害。それが何故、根源と通じる可能性がある聖杯を支配する人理の敵である魔術師間桐桜の力となるのか。

 ―――有り得ない。

 結論はそれだ。桜とてこの第六次聖杯戦争を開催するため心血を注ぎ、抑止の対象とならないように心掛けて来た。

 第五次聖杯戦争ではあの言峰士人(腐れ外道)が倒され、人類最強の英雄王ギルガメッシュが敗北し、人類最高の技量を持つ佐々木小次郎が破れ去った。慎重さに欠け、慢心もあり、首謀者の神父に至っては娯楽半分で世界を滅ぼそうとした所業だが、本来ならこの冬木に彼らを倒せる救世主など居る筈も無かった。しかし、この冬木には衛宮士郎がいた。衛宮切嗣が現世の英雄を生み出してしまった。魔法に至れる未来を持つ遠坂凛もいて、死徒の祖やサーヴァントさえ屠れる可能性があるバゼットさえも冬木に来ていた。

 つまり、抑止とそれだった。

 正しく災厄に対する対抗的存在(カウンター)なのだ。

 

「君は別に抑止の対象じゃない。他の奴だよ」

 

「…………それは、やはり言峰士人ですか」

 

「どうだか。でも、君が抑止の対象じゃないのは事実だ。何があろうとも、僕は君を守り通すつもりだ。その僕と契約を結んだんだ、多分君ではない」

 

 となれば必然、桜の敵歳者に切嗣の獲物がいる。一番怪しいのは士人だと桜は考えるが、あの男には既に抑止力が働いている。生贄として捧げられた守護者候補も、この聖杯戦争を使い魔の蟲を使って監視していたおかげで把握出来ていた。

 美綴先輩も、自分同様に狂わされた一人。哀れですね、と桜は思考するも、如何でも良いことだ。既に座に登録されると言う事実が決定しているならば、もはや手遅れなのだと分かっていた。

 

「なるほど。ああ、何があろうとも守り通すですか……うん、なるほど。確かに、貴方は先輩の義理父(おとう)さんですねぇ、なるほど」

 

「桜さん、桜さん。やっぱりあの衛宮士郎って人、そう言う類の女の敵?」

 

 心を読んで桜が言ったお父さんの本当の意味も理解したが、亜璃紗はそれを黙っておくことにした。桜を敵に回すのは得策ではないのだ。

 

「そうですよ、亜璃紗。貴女も気をつけないと、気が付くと手遅れになってますよ。おイタも程々に。何せ、高跳びしてるだけであの遠坂凛なんて堅物をイチコロにした男です。まぁ私の姉さん、先輩限定でチョロ過ぎますけど。でも、酒呑ませて口を割らせて、これもからかう良いネタになりましたね。

 また、皆で呑みたいものです。ワイワイするのって私の場合歳取ると、何故か若い頃より愉しめるようになったんですよね」

 

「タラシか、怖いです。心を読む化け物な筈なのに、あの人はわたしを嫌悪しないんだろうなぁ……怖いなぁ」

 

 砕けた硝子みたいに傷だらけの心なのに、それでも彼は理想を諦めなかった。理想だけを求道する機械ではないが、理想以外の幸福な日常を謳歌出来るのに、自分の幸福を苦痛に感じて闘争へ跳び込んでいく。彼は他者の幸福を報酬する本物の化け物だった。機械なんかよりも更に精確無比に稼動する機械的な執行者だった。

 桜とセイバーが満足した後、捕えられた衛宮士郎を面白半分に亜璃紗は犯した。気持ち良過ぎて、頭がどうにかなりそうだった。亜璃紗が他者と交るとは、体だけではなく、相手の心もぐちゃぐちゃに快楽で犯し尽くす。そこには男も女も関係なく、貫か通される肉体的快楽と、抉り込む精神的快楽の二つが無いと全く満足出来ない。

 その点、彼は最高だった。

 鍛え込まれた肉体は素晴しく、まるで鉄のごとき逞しさ。アチラの方は正しく錬鉄された剣であり、魔女である桜と英雄のセイバーを満足させるに十分な代物。性的体力は自分以上の百戦錬磨。無論―――その心もまた、極上と言えよう。魔術で治療できるからと好奇心で試した麻薬よりも遥かに中毒性があり、その麻薬よりも更に快楽を与えてくれる其処らで生きている人間の心よりも、衛宮士郎の感情は至高の悦楽だった。しかも、その心は全くの不動であり、鋼。並の人間なら死に至る精神的外傷(トラウマ)だと言うのに、彼はそんな程度の苦痛をモノともしない。幾度も、何度も、彼は愉しめ、奪い取れる愉悦も彼女にとっても至高。

 控え目に言って―――最高の男だ。

 英雄はやはり良い。女なら女でお楽しみを味わえるが、女として男もまた愉しめる性的娯楽品。間桐亜璃紗にとって衛宮士郎とは、そう言うある意味での聖杯みたいなお宝だった。

 

「ま、男は男。ただの娯楽。それだけです」

 

 亜璃紗に愛はない。そんな人間らしい機能は幼かった時に壊れた。桜に従がっているのも、彼女を母と慕うのもの、その心が自分にとって心地よいからだ。温かい泥沼みたいで、何時までも溺れていたい、遊んでいたい。衛宮士郎に向けるのもそんな程度。

 

「……ふむ、見つかったな。この気配、アサシンか」

 

 共に走る神父が呟く。誰かが追跡しているのは全員分かっていたが、相手はそれを悟られない手錬な筈。

 

「―――え、気配遮断が出来るアサシンを察知できるの?」

 

「慣れだな。そう言うおまえは出来ぬのか? 心を読めると聞いたが」

 

「無理です。有り得ないです。相手は山の翁。それもこの目で視た限り、ハサンの中でも上物だ。心を読むにも視るか触れるかしないと」

 

「ほう。慢心を狙った奇襲には便利だが、奇襲を防ぐには使えんか―――使えんか」

 

「―――え、なんで二回も使えんかって言……あー、やっぱ言わないで」

 

「便利なのは事実だな。心を読む相手は手間が省けて良い」

 

「怖いよ、言峰一族怖すぎるよ」

 

 亜璃紗は読んだ綺礼の心は、正に愉悦としか言えない鬼畜外道な物。なのに、彼の心にやましい気持ちは一欠片も無く、誰よりも真っ直ぐに“人間”と言う娯楽を愉しんでいる。聖人のごとき純粋さを持つ極悪人。邪悪では在れど、これ程までに人間を愛している人間はいないだろう。例外は同じく人間と言う生き物を愛するカレン・オルテンシアくらいだ。

 そんな世界を殺す程の憎悪(愛情)を自分一人に向けられる。

 怖気しか感じない。と言うか、こっちを見ないで欲しいと言うのは亜璃紗の気持ちだ。まだ聖杯の方が赤子に似ていて可愛らしい。

 

「―――――ん……?」

 

 パパパパン、と切嗣は唐突に呪詛に染まった魔力で強化済みの銃弾をキャリコM950から連続発砲。桜と亜璃紗が驚くが、その銃弾はどうやら飛んできた何かを弾いたらしい。綺礼の方も悪魔の呪いで刀身を具現させた黒鍵を投げ、飛んで来た呪詛を上回る呪いによって宝具の概念を打倒する。

 

「血かな」

 

「血だな」

 

 太源越しに伝わる毒素の呪詛。切嗣が撃ったものは短剣の形をしていたが、撃ち抜かれた直後、液状になって霧散した。その散った液体こそ毒血が凝固した暗器であり、そんな武器を使う者はこの聖杯戦争でただ一人。

 

「撒いたと思ったのですが……まぁ、あの糞神父が召喚したサーヴァントですし。何でもしてくるって思っておいて良かったです」

 

 強化魔術を自分に掛け、桜は森の中を疾走する。転移で逃げても良いが、それをさせない邪魔者がいる。敵の名はアサシン、ハサン・ザッバーハ。

 気配は感じていなかったが、止まった瞬間に死ぬと言う予感はあった。転移をする為に僅かでも隙を晒せば簡単に暗殺されるのは分かっていた。しかし、警戒を解いていないこの段階でアサシンが仕掛けて来たと言うことは、それ相応の理由があること。

 

「足止めの為の時間稼ぎです。桜お母さん、止まればアサシン以外の奴が追い付いてくる」

 

 だが突如―――空間が剣戟の一振りのみで炸裂した。

 

「遅い! 来ましたか、バーサーカー……!」

 

 地面が爆散し、円状に土が捲れ上がる。まるで小型ミサイルが衝突してできたクレーターみたいな、壊滅的な破壊痕。恐らくはアサシンが居るだろう場所にバーサーカーは墜落し、地面と木々も纏めて何もかもを吹き飛ばした。

 それこそ、一斬で空間に亀裂程の圧迫を世界に与える程の。

 

「―――バーサーカー……!」

 

 間一髪でアサシンはこの一撃を回避した。しかし、回避したところで暴発した魔力風までは避け切れない。錐揉み回転しながらも彼女は宙へ吹き飛ばされ、それでも状況把握を怠らなかった。

 全開に狂化された筋力と、更に宝具の狂気により増幅した膂力が爆発。その上でバーサーカーは魔力放出(呪)をジェット噴射による加速に運用し、戦っていたアヴェンジャーから一気に離脱した。セイバーも同じ事が出来るが、あのアヴェンジャーとの戦闘中に長距離跳躍を放つ為に必要な時間は、宝具の真名解放に等しい隙となる。それが出来たと言うことは斬り殺されながらも無理矢理飛んだか、あるいは―――アヴェンジャーを倒したか、傷を負わせて飛べる隙を作ったのか。その後、更に上空で魔力放出と狂った身体能力で遥か上空より、重力加速も含めた突撃を行ったのだろう。

 尤も、剣を振っただけで空間に亀裂が入る程の宝具から放たれた“斬撃”と言う概念と、世界に干渉する程の狂気の呪詛だ。アサシンも無傷とはいかなかったが、それも呪術によって即座に復元。血液を肉や骨、内臓や神経に変換する程の腕前だ。心臓を抉られ、首を切られようとも彼女にとっては掠り傷。重要なのは呪術と宝具を運用する脳一点のみ。

 

「……――――――!」

 

 ならば、即座抹殺を決意。不死身の狂戦士と言うならば、毒沼に沈め込め、蘇生諸共殺して殺して、延々と殺して、蘇生の為に必要な魔力が尽きるまで死なせ続ける。それでも聖杯からの尽きぬ魔力供給で生き続けるならば、永遠に死の淵に叩き落とし続けるだけ。

 死ね―――と、ハサンは殺意を発露。

 彼女は殺すなどと余分な思考する前に人を殺害する生粋の暗殺者。だが、更なる死の真髄を己から引き出すならば―――

 

「―――妄想血痕(ザバーニーヤ)―――」

 

 ――山の翁の宝具こそ、死の具現。

 地面に手を当て、アサシンは真名解放を行使。宝具の心臓から魔力を消費して一気に造血し、バーサーカーを迎撃した。

 口に鼻は無論のこと、爪と指の間、僅かな傷跡、無数にある毛穴、皮膚の汗孔、下半身の排出口。ありとあらゆる肉体の孔から、バーサーカーの体内にアサシンの呪毒の血液がアメーバみたいに肉を融かしながら侵入する。まともな人間ならば、いや英霊だろうと死に至る激痛であり、異物感だけで発狂するだろう―――しかし、バーサーカーは狂っていた。苦痛も違和感も感じるが、それだけ。不死であるが故に、その神経の訴えはただの情報。彼の理性にはまるで影響を与えない。

 だからこそ、彼はアサシンの宝具を避けるまでも無いとその身でわざと受け止めた。

 

「………――――」

 

 仮面の内側でアサシンは笑っていた。否、バーサーカーを嘲笑っていた。

 

「死ねぬ不死王。神話通り、貴様は哀れだよ。ならば、それ相応に工夫すれば良いだけだ」

 

 凝固する。凍結する。血管全ての血が固まり、筋肉全てが氷り付く―――臓腑ごと、狂気を雁字搦めに拘束した。

 血液凝固作用を付加した呪詛と、液体凝結作用を発揮する毒素。無限の命をバーサーカーが持っていようとも、体そのものは唯一つ。

 アサシンが考えた答えは単純―――動けなくすれば、死んでいるのと大差ない。

 本来ならばバーサーカーを派手に爆散されるのも良いが、殺せば甦る。そのまま無視し、彼女は桜達の追撃に移り―――

 

復讐すべき殺戮の剣(ダインスレフ)―――」

 

 ―――凝固した顎が砕けるのも構わずに、バーサーカーは女神から呪い渡された憎き魔剣の真名を解放する。

 砕けるなら、砕けてしまえ。

 筋肉で体が稼動しないと言うならば―――憎悪の魔力で機動すれば良いだけだ。

 不死ならざるただのサーヴァントであるなら即死であり、生き永らえたとしても血液ごと心臓が止まり、脳が腐り解けるだろうに。

 それでも彼にとっては、何ら意味はなかった。

 

「…………――――」

 

 心底から、アサシンは恐れた。生まれた時から投与された薬品と、暗殺者として完全無欠の人間性を得る為に施された呪術で感情が消えた筈の彼女の精神から、原始的な恐怖が甦った。

 無尽蔵の狂気。死なぬ狂気であり、死ねぬ狂気。

 死ねないと言う不死者の憎悪は凄まじく、底が無い。

 狂戦士だから狂っているのではない。クラススキルによる狂化など、このバーサーカー―――ホグニが持つ憎悪と狂気の前では全く以って下らない人工的な感情だった。

 狂気とは、これだ。

 この様こそ、狂うと言う。

 憎悪とは発狂でもあった。

 

「◆■■◆■◆◆―――――!!」

 

 既に肉も骨も、呪血で結晶化している。バーサーカーの顔は叫んだ為か、半分以上がボロボロと崩れ落ち、血液ごと固まった脳さえも、子供が食べたお菓子の食べカスみたいに地面へ落ちた。無論、顔面と脳漿だけではない。動くだけで結晶化した皮膚と筋肉が崩れ、その瞬間から蘇生し、死んでいるのに動いていた。

 再起動―――刹那、アサシンは眼前までバーサーカーが踏み込んだのを咄嗟に察知。

 膂力はもはや爆撃クラス。素早さも既に音速を優に超え、狂っていながらも技に翳り無し。その一撃を彼女は硬化血液で作ったあるハサンの宝具を模した大剣で防ぐもあっさり粉砕され、ただの液体に逆戻り。その血液が返り血のようにバーサーカーを襲い、肉を溶かし、骨さえも焦げるが、まるで問題はなかった。剣を振うのに支障はなく、首を切り落とす軌道で魔剣の刃は走った。

 だが、それで終わるアサシンではない。指と爪の間から自分の神経と接続した呪血糸を生成し、バーサーカーを絡め取った。本来ならば掠り傷一つでサーヴァントを毒殺する暗殺呪術だが、この不死が相手では動きを縛る効果しかない。それも今のバーサーカーの筋力を考えれば一瞬で引き千切られるが、それの対応も済んでいる。

 

「哀れと言ったぞ、私は。貴様の狂気を見縊る訳がないだろう?」

 

 血の糸はバーサーカーの体内に潜り込み、血管は勿論のこと、その神経系にまで支配が及んでいる。

 

「―――ぐ、ゥウ……!」

 

 しかし、それでもバーサーカーの狂気に限りはない。サーヴァントの肉体を数体纏めて支配出来るアサシンの技量と精神だが、糸を通じて殺意と憎悪が流れ込んでくる。魂がパンクして、霊体ごと四散する程の膨大な意志の奔流だった。苦痛の声が漏れるも、アサシンはバーサーカーの掌握に成功した。

 

「アァァアサァシィィインンンン……―――――!!」

 

 地獄の亡者が可愛く思える程の、声とさえ呼称できない邪悪な音だった。体内の血液を逆流させられ、肉体が弾け続けているのに、神経を操られ心臓などの臓器機関さえ全く動けない筈なのに。狂った魔剣の王は憎悪を曇らせない。

 アサシンは少しでも抵抗を弱まらせる為に、神経越しに直接脳へ苦痛を与え、英霊さえ確実に発狂するであろう幻痛を呪術で今も与えている。脳へ直に知らせているので、誰だろうと耐えられず、思考が苦痛一色に染まり、無視も出来ない。しかし、バーサーカーはその苦痛を感じていながら、それを受け入れて当たり前のように“思考”していた。

 ランサーもスキルで持つ戦闘続行。

 バーサーカーが規格外の評価を受ける由縁がこの在り様だった。肉体的損壊も精神的負荷も関係無い。彼は魂が消滅するまで戦うだけの、現象の領域に入った英霊(存在)だった。

 

「喚くな―――行くぞ、我が従者(サーヴァント)

 

 脳と脊髄、そして全神経と宝具で接続し、掌握が完了した。そして、バーサーカーの筋肉を呪詛で染め、内臓を腐らせ、簡易的な傀儡とする。

 ……アサシンはバーサーカーを捕えた。

 しかし、本来の目的である桜はもう視界から消えている。とは言え、彼女はバーサーカーを捕えたのだ。彼の脳味噌へ物理的に刺し込んだ血糸が呪詛を垂れ流し、アサシンは直接的に脳から自分の脳へ情報を伝達させた。マスターとサーヴァントはラインを結んでおり、アサシンは彼の脳内から間桐桜の位地情報を盗んでいたのだ。勿論、その情報は既にアサシンは自分のマスターへ送り、今の状況も伝達済みだった。

 

「そら、動け」

 

「我を隷属するか。魔女の奴隷にされた挙げ句、更に暗殺者の虜囚となるとはな……!」

 

「……良く言う。だが今は縛らせて貰うぞ、狂人」

 

 この拘束が破られるのは時間の問題だとアサシンも理解している。今の状況、どちらかと言えば自分の方がバーサーカーよりも危機に陥っている。それでも今は迅速な間桐桜の討伐をしなければならないと彼女は宝具の心臓を半ば暴走状態にさせ、バーサーカーを破壊兵器へと呪術で改造した。

 全ては、この手で聖杯を得る為に。

 教団信仰者(アサシンたち)の教祖ならば、嘗ての様に堕落した私に首を出せと言うのだろう。しかし、それでも尚、アサシンは聖杯を手に入れたい。

 

「神父、急げよ」

 

 念話を言葉に出してしまう程に、強い焦りで彼女はマスターへ命令した。

 





















 FGOの方も書きたいこの頃。
 魔術にのめり込み過ぎて麻婆豆腐が好物なった覚醒所長vs殺意の波動に目覚めた絶対所長殺す教授マンとか、需要が無さそうだからなぁ。やめといた方が無難だと妄想した段階で諦めました。

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