神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 輪の都に引き籠りたい……ゲール爺カッコいい……
 ダークソウルに相応しい不死人の騎士でした。ゲールさんマジダークソウルの中のダークソウル。


78.死骨の獣、式神の主

「―――間桐」

 

「やっと追い付きましたね―――アインツベルン」

 

 黒い天使の群れを影より引き連れ、桜は遂にエルナの前まで辿り着いた。呪詛に塗れた少女だった魔物の軍勢は、泥により容易くキャスターの式神を喰らい、その神秘を更に自分の霊体に上書きし、強化と変化を繰り返しながら進軍を続けていた。

 

「それと、そっちに居る筈のイリヤさんは私に返して貰いましょうか。先輩と同じ位、私にとっては大事な人ですので」

 

「馬鹿か。そんなことを言われれば、人質としての価値があるってことじゃねぇか。だったら尚更、誰が渡すかっての」

 

「嫌ですね。別に死んでも構わないんですよ。死んだ後、消える前に魂さえ泥で捕獲してしまえば、蘇生なんてとても簡単ですので。根源に属する星幽界からの、魂の蘇生は魔法の領域で難しいですけど。この聖杯としての力さえあれば、魂さえ無事なら魔法レベルの蘇生魔術なんて必要ないんですよ。

 これ、アインツベルンになら分かって頂けると思うのですけど?」

 

「第三魔法の応用かよ……―――っち、胸糞悪い話だ。アインツベルンの大聖杯から盗んだのか、マキリ」

 

「ええ。私には物知りな糞神父の師匠が居まして、盗むのは容易かったですよ」

 

 そう言いつつ、イリヤスフィールを解放するつもりなど全くエルナにはない。無論のこと、無言のまま戦局を見守るツェリにもそんな気は無い。

 既に―――イリヤスフィールには覚醒して貰った。

 アインツベルンが最高傑作、イリヤスフィール・ファン・アインツベルン。エルナスフィールとツェツェーリエは戦闘用人造人間として最高傑作であり、生まれた後に自己を鍛えることでアイツベルン最強のマスターとして、自分で自分を完成させたホムンクルス。魔術師として、魔術使いとして強いだけで、聖杯のホムンクルスとしては―――イリヤフイールには遥か及ばない。

 その事を、桜は全てではないが推測程度ではあるが理解していた。

 桜は己が願望の為に、聖杯の制御を何かの間違いで奪われない為に、イリヤをある意味で信頼しているからこそ、この聖杯戦争に巻き込む気は無かった。そもそも魔術師としての腕前では、特に聖杯の制御と言う観点で言えば、自分に勝ち目は薄いのは良く分かっていた。アンリ・マユと言う異常性を聖杯を孕み、属性・虚数元素と言う優位性を持っているとしても、彼女と聖杯として競い合うのは分が悪い。

 はっきり言えば、殺してしまうのが一番。それは大事な自分の先輩、衛宮士郎にも言える事。聖杯戦争の勝利と、聖杯の独占と言う目的を考えれば、イリヤと士郎の存在は百害有って一利なし。

 それでも桜にとって、気が付けば―――

 

「……―――」

 

「あれ、イリヤさん……?」

 

 ―――ああ……だからか。この場にイリヤが出て来たことを桜は素で驚いてしまった。

 

「それは、まさか―――……あぁ、とても外道ですねぇ。そこまでしますか、アインツベルン?」

 

 外道なんて、人の事は全く言えないのに、桜は思わずそう言って仕舞える程に―――イリヤは、本当に終わってしまっていた。

 

「や、キャスターの宝具って便利すぎてね。提案した時は凄く彼から反対されたけどさ、ついつい思い付いて―――やっちゃたよ」

 

 何一つ悪びれず、エルナはアイリスフィールに酷似した貌を邪悪に歪め、ニタリと深く笑みを溢す。

 

「言うなれば、デミって言うヤツだ」

 

 桜に詳細を言うつもりはエルナにはない。だが喋りたいし、現実を見せつけてやりたい。有る程度は手札を晒し、生死的に追い詰めるのも有効だろう。

 そして大元な話、キャスターの宝具である十二天将、陰陽五行星印、大悲胎蔵泰山府君祭。それら三つの大元になる陰陽術、泰山府君の秘術で以ってキャスターはイリヤスフィールに、とある英霊の霊核を組み込んだ。それで以って彼女を新たな式神、偽りの英霊としてその霊基を完成させた。

 復讐者の英霊―――アヴェンジャーのサーヴァント。

 フードを深く被った黒装束の法衣。ホムンクルスと人間の混血として紅眼だったが、今の彼女は更に英霊の混ざり者として、その瞳を黒く呪詛で汚染されていた。

 

「コトミネって言う英霊が、前の聖杯戦争で召喚されたみたいでさぁ……でね、これがまた良い具合にお母様と相性が抜群で。土地に残った残留思念を式神として模して使っていたけど、コイツだけは特別に魔力と術式を練り込んで、能力だけを座から更に特別に限定召喚させたんだ。その人格が無い式神とお母様を、陰陽術と錬金術で融合させてみたらあら不思議!

 ―――デミ・サーヴァントの出来上がりって訳!」

 

 サーヴァントの魂を身に宿す程の巨大な小聖杯としての器。そんなイリヤスフィールだからこそ、七騎の英霊の魂を“魔法”を具現させる為の材料に使える怪物だからこそ、何の問題もなく限定召喚された英霊を自分の霊体に憑依させることが可能だった。

 だが、それ以上にコトミネとの相性が良いのも理由の一つ。

 あの英霊はそもそも―――小聖杯の出来損ないだ。聖杯の魔術師であるのだ。

 限定召喚したスキルも使い易く、宝具「空白の創造(エンプティ・クリエイション)」も聖杯の泥によって覚醒した固有結界。つまるところ、あの宝具は“願いを叶える”聖杯を模した悪神の異界常識。あらゆる物体を魔力で以って創造する能力とは、聖杯による望んだ財宝を与える奇跡を―――人間の魔術師が可能にした心象風景に他ならない。

 それが、投影魔術となって擬似的に行使しているに過ぎない。

 魔力で以って願いを叶えるイリヤスフィールと、魔力で以って望んだ物を生み出すコトミネ。ここまで相性が良い限定召喚の媒体になる魔術師と、その相手になる英霊などこの世の何処にも存在しないだろう。それこそイリヤとコトミネの相性を越える者達がいるとなれば、全く同じ魂を持つ人間と英霊くらい。

 

「それじゃまぁ、聖杯戦争のお約束と行くぜ。

 令呪でも以って我がお母様に命じます―――敵を殲滅しなさい」

 

「―――――」

 

 もはや、今のイリヤスフィールに呪文詠唱など無粋。聖杯である彼女ならば、穢れて壊れた聖杯が至った心象風景程度、簡易な魔術ならば無詠唱で実行可能。

 ―――右手には竜殺しの聖剣(アスカロン)、左手には罪宿しの魔杖(ローレライ)

 彼女が何故それを投影したのかは、彼女自身にも理解出来ていない。しかし、あの男の心象風景に宿る情報が、それこそが微かに残るイリヤスフィールの意識に相応しいと霊基に囁くのだ。

 

「来て下さい―――先輩」

 

 黒泥を門とする間桐桜の召喚魔術。マキリの牢獄より、錬鉄の英雄が泥から現れた。

 

「―――投影(トレース)開始(オン)

 

 その桜の言葉に答える様、そんな言葉が微かに意識が残るイリヤスフィールには聞こえた。

 

 

◇◇◇

 

 

 この場を例える表現として、地獄と言う言葉ほど相応しいものはない。乱戦に次ぐ乱戦であり、ライダーが解き放った軍勢はもう他のサーヴァントを違う戦場に縛り付ける抑止とはならず、晴明の式神の軍勢も結界が破壊されたことで数を維持出来ず、ほぼ全てを討ち取られつつある。

 

「よう、キャスター」

 

「これはこれは。久しぶりですね、ランサー」

 

 ルーンによって魔力隠蔽と気配遮断により、更に自前の脚力での高速移動。世界そのものを振わせる巨大な咆哮、恐らくはライダーの宝具と思われる一撃でアインツベルン領の結界が”破戒”されたことでキャスターの探索機能が弱体化したのもあったのだろう。先程までランサーは誰の目にさえ映らず、マスターが居る地獄へ向かっていた。

 しかし、ランサーとキャスターの二人は、マスター達がいる乱戦状態の戦場へ向かう前、何の偶然か、こうしてばったり出会ってしまった。

 

「まぁ、ここで出会っちまったんだ。こんな偶然もまた戦場ではなるべくしてなった必然だ」

 

「良いでしょう。一対一なら兎も角、あの乱戦状況だと魔槍の不意打ちは流石の私でも防げませんですから。その魂、清めさせて頂きます」

 

 この先に待ち構える戦場。そこではアインツベルン陣営、間桐陣営、他マスター達の同盟陣営が、三つ巴になって凄惨な殺し合いを今も繰り広げている。キャスターが結界で捕えた筈のバーサーカーも既に到着し、神父と間桐陣営から抜けだしたセイバーも合流している。

 ……本当に、地獄としか言えない乱戦状況だろう。

 ここから非常に離れた場所でライダーの侵略軍と殺し合い、更に乱入してきたキャスターの式神共を抑えていたランサー。しかし、何かしらの宝具をライダーが使ったことで侵略軍が消え去り、自分を狙う式神全てを槍とルーンで屠殺士尽くした後、彼は急いでその地獄に向かっていた

 

「つってもま、アンタが此処に居るのは全くの偶然って訳でもないみたいだが」

 

 結界の消失で完全な探知機能はなくなった。今のキャスターでは、隠れ進むランサーを見付けるには有る程度の距離を縮める必要がある。しかし、敵の行動を予測するのはとても簡単。キャスターはとても単純なことだが、その千里眼によって視界の網を張り込み、乱戦状態になっている戦場からランサーが戦っていた場所の進路を見張っていたに過ぎなかった。

 

「勿論ですとも。一番厄介な貴方があの乱戦に紛れこんでしまえば、私も自分のマスターを護れませんから。この殺し合いの勝算云々以前な話な訳ですよ。

 ―――此処でその魂、聖杯へ召させて貰いましょう」

 

「いいぜ。折角の聖杯戦争、そうこなくっちゃなぁ―――その命、貰い受ける」

 

 今の二人が共有する思い―――刹那に、己が全てを注いだ一瞬の決着。

 零秒の加速。

 強化の極限。

 キャスターの淨眼と式神。

 ランサーの魔槍とルーン。

 ―――己が技能と宝具の総決算。

 

「降天よ、我に力を―――」

 

 彼は呪文と共に鞘に納めていた刀を抜く。これは全力であり、数ある秘術の中でも奥の手。元々この陰陽師が愛用している刀などない。安倍晴明は妖魔退治で一通りの技術を会得しているも、本職は符術師。しかも、刀よりも弓の方が得意である。その彼が敢えて白兵戦をする理由、即ち陰陽道による憑依が原因である。

 彼は式神を愛する。

 人生は常に彼ら彼女らと共にあった。

 呼び出し、作り出した式神を―――己が身に宿すことなど造作もないこと。十二神将と陰陽五行星印によって宝具化された式神を、自分の宝具として神秘を発露される絶技。更に神速の詠唱技術によって、本来なら時間が掛かる呪文も、宝具の真名解放も、彼は大幅に時間を短縮。

 

「―――童子切安綱」

 

 大妖怪にして、牛頭の神―――その権能。紫電を撃ち放ち、一刀で以って何かもを焼き切る怪物狩りの業。その刀自体も非常に優れた宝具だが、真に振うには源頼光が持つ雷撃の魔力が必須。それに何より、キャスターは素直にそのまま複製する必要もなく―――

 

刺し穿つ(ゲイ)―――」

 

 ―――この大英雄の、死の一撃を越える事は出来やしない。

 既にキャスターは千里眼によって自分の心臓を突き抜かれ、殺されるのを確認する。ライダーによって結界を破壊された今だと瞬間的な空間転移が難しく、前回のように式神と入れ替わり因果逆転から逃れる事は不可能。そして、ルーン魔術で大幅に強化された槍が持つ不死殺しの正体である治癒阻害の呪詛は強力だ。泰山府君の秘術でさえ心臓が蘇生するのに大幅な時間が掛かり―――その隙に、完全に頭部が石突きで砕ける未来を目視した。加えて、頭部を破壊した後にもう一度心臓を串刺し、更に体内から棘を蹂躙させ、三十以上の死をサーヴァントの霊核に与える絶殺魔槍(ゲイボルク)

 本来なら二度か三度かその程度しか自動蘇生できないキャスターだが、今回は大英雄の蘇生宝具を式神に転用することで、数度死んでも自動蘇生するようにしたキャスターの秘術であってしても、ランサーは容易く殺すだろう。もはやこのクーフーリン、キャスターが参考にしたヘラクレスの蘇生宝具であろうとも不死殺しで蘇生に時間が掛かり、治癒をしている間に不死者が死ぬまで幾度も幾度も殺害し続けるランサーの絶技であった。そしてキャスターは情報が命である理解しており、千里眼で未来と過去の聖杯戦争を観測し、平行世界における冬木の聖杯戦争も見ている。このランサーの技は何処ぞの世界におけるマスターとサーヴァントが、一度に七つの命をバーサーカーから奪い取った所業に近い。

 しかも、殺しの種はそれだけではない。キャスターの宝具は陰陽道であり、魔力を消費しその術を行使するのは自分の脳。自動発動する蘇生魔術を予め重ねて掛けておいたが、ゲイボルグの石突きにもルーンが付けられており、こちらはゲイボルグの不死殺しとは違い、魔術に傷を付ける術式破戒の効果を宿している。これによりキャスターの頭部を陰陽術ごと、術式的にも確実に霊核を粉砕する用意がなされている。ランサーは怪物狩りの達人だ。生命力が高い魔獣も幾匹も屠っている。死に難い相手など珍しくなく、その為の手段も豊富であり、たかだた其処らの不死程度、恐れるまでも無い。

 ―――キャスターは膨大な情報を処理。

 宝具で過剰強化した千里眼により、ほぼ零秒に近い体感時間の中、これ程の戦術を割り出した。この手札で以って、この窮地を脱するべく己が仕組んだ策を発動させる。模倣した“無窮の武錬”によってキャスターは、ステータスを遥かに超える身体機能と、ありえざる濃密な剣技で以って死棘の槍と相対。ゲイボルクの因果逆転は強力だ。必中の呪いは必ず心臓へ迫り、高い幸運があろうとも肉体の何処かを串刺しにする。逆に言えば、何処を狙っているか、相手の動きを千里眼を持たずに予測することが出来る。ならばこそ、キャスターが選んだ策は簡単だった。

 

泰山府君祭(たいざんふくんさい)―――」

 

「―――死棘の槍(ボルク)……!」

 

 共に真名解放を終え、二人は宝具を発動。物理的に有り得ない直角移動を繰り返し、朱槍は狂った軌道で狂うことも無くキャスターを突き刺した。余りに呆気無い止めであり、必殺が必殺足り得ただけの現実に過ぎないのに、槍兵の脳裏は違和感で支配されていた。心臓を突き刺した歯応えは十分だったが、命を奪い取った手応えが足りなかったのだ。

 ランサーはその事実を認識し―――刹那、奴の絶殺を悟る。

 あの男は既に槍が当たる前に、自分の陰陽術によって心臓を体内に入れたまま切除し、霊核の代わりとなるを自分の心臓に仕込んでいた。つまるところ、治癒阻害を能力と持つ不死殺しの呪いが全身の霊体へ廻る前に、キャスターは自分の心臓を自分の胸部から陰陽術によって取り外していた。心臓を突き刺そうが、そもそも最初から乖離されていたのでは全くの無駄。無論、霊核の心臓が無ければサーヴァントは限界出来ないが、宝具による心臓の式神と陰陽符によりキャスターは死を間逃れていた。

 ……心臓が刺さる前に心臓を自分から取っておけば、心臓を刺し呪われようとも問題はない。確かにそれは宝具と言う概念の道理に沿った対処法だが、まともな人間なら―――いや、狂気を宿した反英霊でさえ実行しようともは思えない狂った魔人の所業。

 

「テメェ……ッ―――!!」

 

 そして魔槍の矛先に突き刺さったままの、脈動する―――キャスターの心臓。既にキャスターは心臓を囮に離脱し、更に心臓を触媒に拘束術式を起動。魔槍の呪詛と酷似した茨が現われ、槍ごとランサーを拘束することに成功する。

 となれば必然、キャスターが自分の心臓をそのままにする訳も無く―――

 

「ボンッ―――て訳です」

 

 ―――炸裂。

 

「――――――」

 

 ルーンによる防護障壁を展開。今のランサーは魔槍使いとしての信条からルーンの使用を好まないが、使わずに負ける方が己が信条に反している。出せる手を尽かさずに死ぬのは、マスターに対する裏切り。故に彼は予めルーンの展開を準備しており、咄嗟の事態であろうとも十分に防御は間に合った。

 尤も―――その心臓爆弾が、通常の魔術の範疇にあればの話だが。

 ルーンを使う為に掲げた左腕が根元から(ひしゃ)げた。キャスターによる自分の心臓を触媒にした“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”もどき。ヨーロッパの魔術基盤で言えば、死霊魔術に属するの魔術の一種に近い。

 陰陽師の神秘(ソレ)はランクAの宝具に匹敵し、例えAランク宝具の攻撃をルーンの防壁で防げるランサーであろうとも、至近距離で受けた衝撃は彼の肉体を大きく損壊させた。キャスターは自分の心臓と引き換えに、ランサーの左腕を貰い受けたのだ。それでもランサーは決して槍を手放さず、爆風に逆らうことなく身に受けたまま後退し、ダメージを最小限に止めていた。

 

「―――ハ、マジか! 最高に狂ってるぜキャスター!」

 

 至近距離の爆発により視界不良。地面が抉れたことで粉塵が巻き上がり、煙幕としての機能もキャスターは心臓に組み込んでいた。そして、何より―――気配遮断。式神から抽出したクラススキルを自らに憑依させ、彼は完全に姿をランサーの視界から消していた。

 ……となれば、奇襲は当然。背後か、真上か、あるいは真下の地面からの強襲か。

 槍兵は全方位からの、視覚を最大限利用した上で、視覚外からの攻撃も第六感を鋭く尖らせる。その結果、彼は視覚が防がれた状態であろうとも、キャスターの奇襲を容易く察知。背後に二体、真上に一体、右から三体に左からも三体。加えて、地面からも土竜の如き動きで現われ、正面から一気に五体ものキャスターが強襲を仕掛けた。

 ―――式神による宝具の分身体。

 その全てが、三騎士のサーヴァントと遜色ない技量と速度でランサーを殺しに奔る。

 故にランサーが取った行動こそ、彼が可能な最優の選択肢。まず左腕は使えないが、右腕だけだろうと宝具の解放に問題はない。投げ槍は無論のこと、対人仕様でも右腕一本で十分。そもそもゲイボルクは片腕が使えなくなる程度で真名解放が使えなくなるような、殺し合いで不具合が生じる軟弱な宝具ではない。となれば、その奥の手を軸に彼はスキルとして発現している撤退の技能、仕切り直しを行う為に行動を開始。

 ランサーが取った手は実に単純。槍の石突きを地面から自分を真っ先に拘束する為に来た式神のキャスター向けて突き落とし、頭部を微塵も残さず粉砕。地面の中にいるため逃げることは出来ず、しかし攻撃を行ったランサーはこの瞬間だけは隙晒す。よってどちらにしろその式神は役目は完了させ、無事消滅。他の式神は好機とばかりに襲い掛かるも、ランサーは石突きで地面を砕いた時に離脱していた。この槍兵は地面を叩いた時に生じる反発を利用し、自前の脚力も使い一気に空へ回避し―――ついでとばかりに、真上で陰陽術の準備をしていた式神を真下から串刺しにする。そのまま槍を振り回して刺さった式神を吹き飛ばし、刹那その式神は爆散。ランサーが危惧していた通り、術式によって式神達は即席の爆弾としても十分に機能。優秀な魔術師でもあるランサーは一目で敵の術を理解しており、キャスターの悪辣なそれをも分かっていた。

 

突き穿つ(ゲイ)―――」

 

 魔力はまだ十分。バゼットは非常に優秀な魔術師であり、宝具の真名解放にも余裕がある。となれば、真下に丁度良く纏まっている式神共を殲滅するのも、魔力の消費量を考えなければランサーはあっさりと行える。

 

「―――死翔の槍(ボルク)……!」

 

 三十もの死棘の群れが式神を一気に刺殺。

 

牛王招来(ごおうしょうらい)―――」

 

 そして、宙に滞空するランサーの周囲にキャスターが放った符が囲む。槍を持たぬランサーを狙い、その陰陽符から更なる式神が具現。斧、槍、弓、刀を持つ四人のキャスターだった。生前に出会った四天王の英傑達は、死後に英霊となり、その(えにし)から安倍晴明は彼らを源頼光の宝具を模した陰陽術として、式神の分身体にして召喚。加えて、彼らは安倍晴明を模した式神であり、脅威的な技能を持つ魔術師のサーヴァントでもあり、陰陽術により空中を飛翔することも可能。

 宙で身動きが取れぬ徒手のランサーと、それを取り囲み飛行する四人のキャスター。もはや結果は分かり切っている。ランサーは斧で砕かれ、刀で裂かれ、槍で疲れ、弓によって射殺される。

 だが―――

 

「アンザス……!」

 

 ―――その死地を凌駕せずに、何が槍の英霊か。

 ランサーはルーンで両脚を保護し、その上で足の裏からルーン文字の刻印を破裂させた。更に上空へ一気に跳び上がり、四体のキャスターを見降ろす。しかし、キャスターたちも同時に空を駆け上がり、遂に武具に宿した陰陽術を四人同時にランサー目掛けて一斉解放。

 

「―――天網恢々(てんもうかいかい)……!」

 

 式神による同時襲撃。破るには唯一つ、宝具による攻撃。だが今の彼は宝具を持たない。ならばこそ、ランサーが取った行動は最善の一つ。

 ―――放った魔槍を手元に戻せば良い。

 投げ槍である宝具「ゲイ・ボルク」の副次的な機能。放てば自然と担い手の元に戻る能力。それを行うためにランサーは上空へ逃げることで時間を稼ぎ、彼は魔槍を自分の手元へ呼び戻した―――自分に迫っていた式神を背後から突き殺しながら。

 奇しくも衛宮士郎が行う夫婦剣と似た技。投擲した武具を敵の視覚外から呼び戻すことで、ランサーは刀を持つ式神を一体殺害。同時に槍を即座に振い、もう一体の式神の首を落とす。そして、敵の動きが止まったその隙に、ルーンを放つことで更に式神を爆殺。残るは離れた空中で弓を構えていた式神一体。

 そして、ランサーが式神達を殺している隙を狙い―――矢は既に放たれていた。

 尤もその程度の隙、ランサーであれば隙足り得ない。矢除けの加護を持つ程の技量の持ち主となれば、十分に対処出来る。彼はルーンによって魔力の足場を宙に刻印し、師匠直伝の跳躍技巧で空を一気に駆け飛んだ。自分に攻める矢を右手一本で操る槍で払い落し、弓を持つその式神を串刺しにし、槍を一気に振り上げて空中に刺し捨てた。直後、式神達の死体は爆破され、ランサーは彼らの特攻自爆からも無事に切り抜けた―――

 

「―――」

 

 ―――無音のまま、キャスターがランサーを襲っていなければの話だったが。

 爆風の衝撃を空中で受け、ランサーは体勢を完全に崩されている。グルグルと回転しならが吹き飛ばされ、視界は上下左右全てに振り回され、三半規管を乱されるも、ランサーは敵を知覚する。雷撃を守った刀で以って零距離から落雷と斬撃により攻撃し、彼の霊核を完膚なきまでに破壊せんと空を飛んで迫る陰陽師。

 そして遂にキャスターはランサーを間合いに捕えた。陰陽術による遠距離攻撃では不可能な、確実にランサーを殺し得る手段で以って、その手で直接槍兵の首を背後から切り落とす。それもただ斬殺するだけでなく、何かの間違いで紙一重で身を捻られ避けられたとしても、雷撃を放つことによってその手の回避手段さえ完殺。ルーンによる守りだろうとそれごと斬り捨てる。キャスターの策は成され、幾重にも張り巡った波状攻撃はランサーを完璧に捕え、確かな手応えを感じながら、陰陽師はその首を―――斬り捨てた。

 直撃―――

 

「―――噛み砕く死牙の獣(グリード・コインヘン)……ッ!!」

 

 ―――だが、その絶殺をも槍の英霊(クー・フーリン)は上回る。

 吹き飛ばされながらも、ランサーは最後の奥の手である宝具を真名解放していた。神代の魔術師に匹敵、あるいはそれさえも超える英雄と遜色ない“完成されたルーン魔術師”にランサーのクラスで召喚されたクー・フーリンは、魔槍の能力全てをランサーの宝具として持ち込んでいた。よって彼の槍は骨鎧と化し、融合を果たす。背後から首に雷斬の直撃を受けるも、首を断たれることはなかった。本物の源頼光ならば魔槍の外骨格ごとランサーの首を斬り落としていたかもしれないが、それを模しただけのキャスターには出来なかった。

 

「貴様―――……っ!!」

 

 即座、その不利をキャスターは悟る。しかし無様な隙を晒す姿など、彼は決して敵には見せない。そもそもこの宝具の使用も千里眼で見えてはいたが、その選択を選ぶ未来の確率は低かった。源氏最強の武者を模倣した式神の決戦符術であれば、ランサーを高確率で殺せた筈。だが、現実はこれ

 既にアーマーを装備した死骨獣(ランサー)はルーン魔術を行使し、体勢を整えた後に刻印で作った足場に着地。それと同時にルーンが刻まれた空中を問答無用で蹴り抜き、更にルーンが火薬として爆ぜることで自分自身を魔槍として投擲。その速度、最速の英霊さえ遥かに超えた魔神の領域。仙人が成せる縮地など取るに足りない絶対加速。EXランクに至る筋力を余すことなく全身全霊で炸裂させ、筋肉と神経の全てを跳躍技法へ注ぎ込む。

 足場を余りに強い脚力で粉砕しながら、ランサーは一気にキャスター目掛けて飛来する………!

 

「残さず鏖殺するぜ―――全呪開放、加減は無しだ……!」

 

「我ら陰陽道の神、冥府の王よ―――この者に、死の祈りを下さん……!」

 

 もはや、結界を失ったキャスターでは空間転移で即座に逃げることも、式神と場所を交換することも不可能。離脱は出来ず、生きる為にはランサーを討ち滅ぼす以外に(すべ)はない。そして、ランサーもここまでキャスターを追い込める好機は二度と訪れないことを戦士として理解し、逃せば自分が狩り殺される立場に追い込まれることも分かっていた。

 氷塊と猛炎、更には雷撃と熱光。

 キャスターが放った自然干渉に特化した陰陽術は全てがランクA宝具に匹敵し、それら全てを合わせることでAランクを越える対城宝具としてランサーを襲った。その全てがランサーの抹殺だけを目的として彼を真正面から狙い、その全てをランサーは空中を蹴り走ることで回避。そのランサーから距離と取る為にキャスターは更なる上空へ飛び上がり、ランサーもまた陰陽術を放ち続けるキャスターを追って更に跳び上がる。EXランクの筋力とAランクを越える敏捷が、圧倒的加速を際限無く連続して行動することを可能とした。しかし、その結果をキャスターは陰陽術を撃つ前から未来視し、奥の手となる術を攻撃を避けたランサーへ放った。

 ―――十二天将、その全てをキャスターは具現させたのだ。

 宛らその光景は百鬼夜行。全ての妖魔が空を飛び、ランサーに向かって牙を剥く。相手となるのは左腕を破壊されたランサーだが、だからこそキャスターは慢心しない。手負いの獣は恐ろしく、それが大英雄となれば己が不利され武器に利用する。この過剰抹殺こそ安倍晴明がクー・フーリンに送る敬意でもあった。これ程の猛攻でなければ殺せぬだろう、と。

 だがアーマーを纏うことで、ランサーは左腕を宝具を操り強引に動かしていた。そしてルーンによる腕の修復もしていたが心臓に呪詛でも染み込んでいたのだろう、左腕は呪いによって治癒を阻害されている。となると彼は左腕を鎧で動かす度に激痛が神経に奔るが、意志によって無理矢理苦痛を無視して駆動する。

 

「死に続けやがれぇ……―――!」

 

 ―――これこそ絶殺の技。

 式神の生命力は強大だが、ランサーは一刺し一刺しに魔槍の呪詛を込めた。敵を死獣の爪で切り裂き、突き刺す度に式神の体内から無数の赤い槍が飛び出た。ランサーが相手にしているのは、現世でキャスターが作り上げた英霊や魔獣の式神ではなく―――その生前に、宝具の伝承となった大元となる式神。

 神性を持つ竜種、つまりは龍でさえ彼は使役し、この最後の最後まで手札として温存していた。

 だが、それら式神を―――魔槍の化身と成り果てたランサーは抹殺した。一体一体がサーヴァントに匹敵、あるいは三騎士さえ上回る超常の幻想種であり、英霊の領域に霊基を落とした神霊であり、魔獣、幻獣、神獣であろうとも、もはやランサーは止まらぬ。一瞬一瞬、全ての攻撃に全身全霊を賭けた抹殺の意志を乗せ、ランサーは十二天将を殺害し続ける。

 その身に彼らからの攻撃を受けようとも、ランサーはその身に深い傷を負おうとも、欠片も動きを遅らせずに“戦闘続行”する。サーヴァントのスキルとして所有する程の、その精神の絶対性。一撃で確実に殺さねばランサーは止まらず、逆に式神はランサーの死獣の爪によって絶殺されるのは当然。遂には十二神将において尤もキャスターがその強さを信頼する四神さえ、ランサーは殺害し尽くした。

 朱雀、玄武、白虎―――そして、青龍。

 この四体の守護神こそキャスターが持ち得る最上の幻想種であったが、もはや今のランサーはそれ以上の獣であると言うことだ。

 ―――鎧袖一触とは正にこれ、この殺戮だ。

 鎧に触れる者全てを彼は容易く殺す。触れるように皆殺しにし、腹の内側から死棘で以って刺殺する。

 師のスカハサも知らぬ己が生み出した魔槍の奥義(ゲイ・ボルク)。ルーンの刻印も全力稼働させ、今のクー・フーリンを止められる者など居なかった。

 

「そこまで、そこまでの……――――――!!」

 

 結界をライダーによって破壊され、神秘を破戒され、十二神将も本来よりも弱体化してはいる。それでもサーヴァントが宝具の真名解放が出来ない程の飽和過剰攻撃であり、あらゆる英霊に対して有効。最後の最後まで取っておいた奥の手であり、キャスターの千里眼には確かに何人か殺されるのは“視”えていたが、四神の内の誰かに殺されるのは確定された未来だった―――その筈。なのに、奴はまだ生きている。

 ……遂に龍の四神さえ殺され、内側全身をゲイボルクによって喰い破られた。

 

「捕えたぜ―――キャスターぁあああーーー!!」

 

 死の咆哮。骨獣は殺意を叫んだ。

 

「―――……!!」

 

 キャスターは極限まで、己が体感時間を時間が停止するレベルで圧縮。全ての英霊の中でも最高の思考速度で術式演算し、陰陽術を構築、起動。

 同じくランサーもこの時間を共有。超音速を越える速度で飛来する自分が、まるで水中を漂うように遅く感じる程の、圧倒的加速。

 

「――――――」

 

 防御は意味を成さない。引き千切られて死ぬだけ。

 回避など更に無価値。追い付かれて殺されるのみ。

 陰陽術など使ったところで何になる? 今のランサーは、その存在自体が陰陽術を越える神秘塊。ただただ突撃するだけでダメージはあるだろうが、傷があろうと関係なく戦闘を即座に続行するだろう。

 故に―――致死の技を。

 キャスターが生き延びるにはそれしかない。

 魂を殺害する反魂宝具「大悲胎蔵泰山府君祭(たいひたいぞうたいざんふくんさい)」を彼は術式に変換し、陰陽術として刀に装填。直接自分の手で行う程の絶対性はないが、掠り傷でも負わせればランサーの霊体を十分に崩壊させられる。

 例え―――獣の爪で串刺しにされようが、至近距離から相討ち覚悟で敵を討つ。

 

「――――――……」

 

 そんな音が置き去りにされ、言葉が声にならぬ超加速した異界空間。キャスターは自分の死を、未来を見る超常の千里眼ではなく―――現在を見る今の自分の、単純に動体視力が強化されただけの千里眼で見てしまった。

 骨鎧が自分と相対する直前―――魔槍に戻った、その瞬間を。

 ―――爆音。弾き飛ばされる霊刀と、奔る赤き魔槍。

 安倍晴明は確かに視た。クー・フーリンの魔槍が自分の刀を払い退ける光景と、雷の迅速さで再度槍が突き放たれる死の間際。

 

「……ッッ――――――――――」

 

 自分に迫り来る槍の刃を視認する。目視し続け、当たる瞬間まで確認し、自分が刺殺される直前の光景を見続けた。骨鎧を解除し、魔槍で攻撃するなどキャスターには、その未来が“視”えていなかったのだ。

 

「――――――ガッッ!!」

 

 呻き声が漏れた。貫かれ、腹を抉り削られたが、キャスターは直ぐ様自動蘇生を開始。そして、敵を串刺しにしたまま、ランサーは空を駆け上がった。血を吐きながらも反撃の為に陰陽術を使おうと足掻くが、もうキャスターが出来ることは何も無い。既にランサーは凍結のルーンを使い、キャスターを魔術回路ごと凍り付けにしていた。キャスター程の使い手ならばこの程度のルーン、解呪も容易く、そもそも干渉されることさえ有り得ない。だが内臓ごと霊体の内部からルーンを直接刻まれたとなれば、例えキャスターだろうと話は別。逃れることは不可能。

 ―――獣の間合いと、槍の間合い。

 キャスターはランサーの策に、完全に嵌められた。武器に惑わされ、彼は受けてはならない一撃をその身に受けてしまった。腹部を突き刺され、魔槍は遂に生身のキャスターへ完璧に喰らい付いた。

 ゲイ・ボルク―――それに串刺しにされる意味を今この瞬間、キャスターは知る。

 

「―――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)―――」

 

 その静かな真名解放こそ―――ランサーが放った死棘の群れ。

 槍の刃は腹を突き刺したまま、キャスターが心臓代わりにしていた式神の符に向かい、呪詛により更に串刺しにした。肉体の内部から、心臓もどきを破壊した。その上で、突き刺した状態で真名解放することで因果逆転の呪詛は余り効果を発揮させる必要もなく、ランサーは代わりに不死殺しの効果を重点的にルーンで強化させて真名を放っていた。

 三十もの茨はキャスターの肉体を蹂躙し、霊体内部を死棘で埋め尽くした。

 サーヴァントとしての魔術回路は完全に破壊し尽くされ、臓器は何一つ機能することはなく―――霊核に仕込んだ蘇生の反魂秘術も全て魔槍の呪詛が破戒した。

 

「―――ランサー……!」

 

「無駄だ。アンタはもう死んでんだ」

 

 最期の足掻きとランサーを道連れにしようと彼は足掻くも、それももう遅い。魔槍によって霊体を破壊されたのだ、どうして陰陽術が使えようか。

 ……既に空を飛ぶ術もなく、重力に引かれて落下するしかなかった。

 敗北し、死ぬしかない自分。夜空を見上げながら地面に墜落し、彼は特に大した理由はなかったが、星が綺麗ですねぇと何故かそんなことを思い浮かべていた。

 

「―――ッ……!」

 

 落下の衝撃でキャスターは激痛が奔る。死体に鞭を打つとはこのこと言うのですねぇ、と皮肉が思い浮かぶもそれを言う体力も彼には残っていなかった。それよりも自分を殺したランサーに、キャスターはどうしても聞きたい事が出来てしまった。もし聞けるのなら、その為に体力は残しておきたい。

 

「よぉ、キャスター。そっちが結界を壊されたと言え、殺し合いは殺し合いだ。容赦なく、全身全霊で好機を突かせて貰ったぜ。

 ……まぁ、あれだ。遺言でもあるっつーなら、聞いてやるが?」

 

 自分の近場に落下したランサーは無事に着地。左腕は壊れており、全身が式神に付けられた傷で血塗れだが、まだ彼は生きていた。ほんの寸前で、霊核にまで傷は届いていなかったのだ。これならば、時間さえあれば自前のルーン魔術で肉体を回復させることは出来るだろう。

 

「何故、わ……たしは、あ、なたを……みれな―――ゴフ……ぅ!」

 

 血を吐き出し、もう最後まで喋ることさえキャスターにはできない。しかし、ランサーは彼が言いたいことは十分に分かっていた。

 

「ああ、それか。実は生前のオレんところの王様もな、アンタと同じく千里眼で未来が見えてなぁ―――昔、ムカつき過ぎて、ルーンで対未来視用の刻印を考えてたんだわ。

 オレは仕える主君を裏切る真似は余りしたくないが、向こうからオレを切り捨てて敵になるんだったら、喜んで戦って敵を殺すだけ。フェルグスの奴にもヒデェことしやがったし、正直、殺して良いんだったら殺したかった。何時かオレを裏切るようなことでもあればと思ってな。

 だが、まぁ、それも無駄になっちまった。

 ……そんでオレはそれを使う前に死んだって訳。このゲイボルクの奥の手と同じで、オレの伝承にはない英霊の技ってことさ」

 

 何より、スカハサ直伝のルーンである。千里眼の対策など出来ない訳ではない。安倍晴明程の、冠位級千里眼ならば無効化は無理だが、覗き込まれる未来を眩ませる程度ならランサーには容易い事だ。

 

「な、る……ほど。残、ね……ん…です……ねぇ………‥…―――」

 

 相変わらず、月が綺麗だった。キャスターは三日月だろうと、半月だろうと、満月だろうと、赤月だろうと、彼は月が好きだった。月と共に光る星も好きだった。生前も死ぬ時は月明りが淡い夜空を見ながら死んで、今回は森の中で夜空を見上げて死ぬのだろう。天文学を陰陽術と同じく愛した彼は、星々の光に当たり、月下の元、未練もなく最期の時を過ごした。この度の短い人生、最後まで自分を召喚した少女達を守れなかったのは未練だが、自分が出来ることは全てやり終えた。自分の代わりはいないが、もう十分残せるモノは残した筈。

 ……だからか、戦って死んだことに後悔はない。

 皮肉気に笑いながら、キャスターはその肉体を崩壊させた。サーヴァントとしての死を迎え、彼はとても静かに、自分を闘いの末に殺した槍の英霊クー・フーリンに見送られ、エーテルの粒子に還って消滅した。

 

「―――――――……」

 

 彼は自分の望みを理解した。何にも縛られずに全力で戦うこと。クー・フーリンに聖杯へ託す願いはなく、願いを叶える為に戦うのではない。戦う事それ自体が願望であり、死力を尽くして闘いたいから、彼は聖杯戦争で戦って敵を殺している。

 ……そう彼は死力を尽くし、キャスターを闘いの果てで殺害した。

 満足かと聞かれれば、満足したと笑いながら答えるだろう。敵は戦士でも騎士でも勇者でもなく、星見を本職とする陰陽師であったが―――この国、この日本では間違いなく最強の一角。

 強かった。

 楽しかった。

 面白かった。

 この男と戦えて良かったと、戦士ではない晴明は面白くない表情を浮かべるだろうが、クー・フーリンにとってはそれだけで十分に命を賭けて戦う理由になる。

 

「……んじゃ、あばよ」

 

 敵ではあったが、この自分の敵になってくれた相手だからこそ感謝しかない。体中血塗れで、動くだけで激痛が走り、生身なら死んで普通の重傷でも、願望を果たした末の傷なのだ。ケルトの戦士であるクー・フーリンにとって、自分を殺せる程の強敵でなければ殺し合う価値がない。戦士として自分を殺せる相手を望み、キャスターはそれに相応しく、自分と相手が互いの命を求めて殺し合った。

 だから、槍兵は身を引き摺ろうとも喜んで戦い続けるのだろう。

 ランサーは次に自分と殺し合える強敵を望み、この先で待ち受ける戦場を求めて走り去った。

























 バゼットと契約したパーフェクトランサーでした。ランサーのクラスですので、ゲイ・ボルクは全て使用出来る状態です。これで本国アイルランドですと他の宝具も持ち込める雰囲気にしてます。
 それと更新再開します。また読んで下さっている読者様、ありがとうございます。書き始めた時にはなかった設定を取り込み、Fate時空とか、月姫時空とか、らっきょ時空とか、色々と混ぜたカオスワールドにしてあります。イメージ的にはFakeに近いです。
 簡単に言ってしまえば、英霊召喚が出来る程に人理が安定していながらも、殺人貴の無双相手である死徒二十七祖が跋扈し、第六法の成就を祖が狙いつつ、エミヤが地味にそんな脅威から幾度も世界を守りまくり、南米で蜘蛛が神話作りってアルティメット・ワンしながらも、虎視眈々と遊星が人類抹殺を狙い、そんな遊星対策の為の聖剣使いが丁度良く守護者になっており、平行世界からの侵略者を凛が撃退し、キアラが死を選ばず快楽のままマイ宗教信者量産体制に入り、エミヤさんのオルタ化フラグが折れぬまま、実は主人公の言峰神父が人類悪の一柱を地味に始末していた世界です。
 設定は変えてないですけど、新しい設定をこれからは使っていきたいです。

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