神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 正に新宿!
 きのこさんが第六章と第七章を書いてくれたおかげで、多分他のライターさんたちもスマフォゲー? 時間が無くても手軽に出来る? ナニソレ? って雰囲気で文章を練り込んでくれるので、話がこれからはもっと面白くなりそうです。
 やっぱFateは面白いなぁ。てかぶっちゃけFateじゃなくても東出さんも桜井さんも作品面白いから、スマフォゲーだからって遠慮しないで縛り要素を極力なくして、書きたいように書いてくれると読む方も作者の練り込んだ構想を楽しめるから、そっちの方が良いかなぁと思います。


76.エセゲ・マラン・テンゲリ

「ほう、ライダーか」

 

「神父か。思えば、あの魔女はお主の友人らしいな」

 

 略奪王と神父の二人は同盟を結んでいたが、こうなってしまえば無効だろう。デメトリオとは続いていたが、もはやライダーとの間にある契約などほぼ無価値だった。

 

「素晴しい女であっただろう?

 地獄の釜を制御する程の自我を持つ怪人だ。やはり俺は人を見る目だけはある。あの地獄から助けた甲斐があった言うもの」

 

「ふむ、やはりお主が諸悪の根源。この聖杯戦争の元凶かの」

 

「まさか。諸悪の根源を言えばアインツベルン。そして、それに協力した遠坂とゾルゲェンだ。非才なるこの身は、その大罪人が背負う罪科を少しばかり悪用させて貰った小悪党に過ぎんよ」

 

「なるほど。実に納得ができるの。やはりお主が一番の元凶であった訳か。この第六次聖杯戦争、聖杯を餌に魔術師と英霊を招き寄せたお主が愉しむ為だけの娯楽。この冬木さえ我らを殺し合わせる為だけの巨大な御遊戯広場な訳ぞ」

 

「間桐から事の経緯(いきさつ)は聞いた訳か。ほう、ならば話は早い。余分な説明も不要だろうな」

 

「デメトリオが参戦したのもお主からの誘いがあったからだと」

 

「当然。あれ程の実力を持つとなれば、やはり生きた守護者候補としか考えられなかったからな。世界滅亡の危機など珍しくなく、文明が進み、情報に溢れ、神秘なき世界において、それでも英霊となれるとなれば相応の化け物だけに限られる。

 ……衛宮しかり、遠野しかり、な。

 あの聖騎士は俺が出会った人間の中でも間違いなく最強だ。求道者故に名は衛宮(エミヤ)殺人貴(デス)ほど売れ渡っていなかったが、死徒狩りや悪魔狩りとなれば奴が最上の狩人だった」

 

 ヨーロッパ圏内であれば、聖堂教会の技術士(マッド)が開発した死徒追撃戦専用の改造オートバイも戦場に持ち込み、一匹も逃がさず必ず鏖殺する騎士だった。騎士団ではなく代行者であれば埋葬機関は確実と言われ、祖さえも獲物の一匹に過ぎない剣の獣だった。相手が封印指定の魔術師でも一睨みで首を落とす超常の魔人であり、あれ程までに強さを凝縮させた人間を士人は知らなかった。概念武装も使わず敵の死徒を廃墟のビルごと真っ二つにした時なんて、余りに極まった剣術と魔術の混合技に感動さえ覚えた。

 自分よりも遥か頂きにいるのが確定した超人。その自分さえアラヤと契約して守護者になる資格があるとすれば、メランドリが望めば確実に守護者へ至ることが出来るだろうと士人は考えていた。

 ……勿論それはアデルバート・ダンにも同じ事が言える。

 人間が英雄と言う非人間に生まれ変わるには、それ相応の苦難と絶望が無ければならない。生まれながらの天然種や聖人も中に入るが、それらも逸話が無くては座には至らない。特に今の時代には英雄譚に必要な地獄へ簡単に自分の足であっさりと行くことが出来る。

 ならばと、神父は騎士と殺し屋の為に冬木へ招待したのだ。自分が人間を楽しむ為に、世界を愉しむ為だけに。

 

「屑よなぁ。我輩と同じく人間同士を殺し合わせる罪人だ」

 

 略奪王と呼ばれるライダーだ。生前は存分に人を殺し、人を使って人を殺させた。楽しいかつまらないかと言えば、当然彼はその悪行が……いや、国とっては利益となる善行がとても楽しかった。そしてライダーは人から命を奪い取り、王へ成り上がり、死して英霊となった元“人間”だ。元は道徳心を持つ普通の一般遊牧民であり、その時代のその国家における普通の感性を持つ。

 略奪と殺戮を生業とし、王となった身。

 その自分がこの神父を糾弾するなどお門違いであり、そもそもその合理的な悪意を素晴しいとさえ感動しよう。愉しむ為に人間を殺し合わせる手腕を素晴しいと讃えよう。十分に許せるし、同盟を結んだのもそう言う面白い極悪人だったからこそだ。

 だが―――復讐とは話は別。

 略奪王チンギス・カンにとって、この世で一番すべきことが報復だ。身内ならば狂気さえ思わせる程までに寛容だが、敵が相手では猟奇的なまで苛烈な報復行為に専念する。復讐を存分に愉しむ異端者であり、その娯楽を提供した外敵を憎悪のまま殺せるなんて正に最高の歓びだ。

 

「何だ、罪悪感でも感じるのか? それとも俺が憎いか?」

 

「―――無い。罪悪感など生前に失くした。お主は敵で元凶だが、報復相手ではない故に憎悪を向ける気にもならん。

 だが、もしそれを向けるとなれば、そこで斬り殺されている王のみだ」

 

 ライダーはデメトリオを助けようと思えば、セイバーを攻撃して助ける事は出来た。あるいは逆に、デメトリオを攻撃してセイバーと二人掛かりで死なぬ様に捕える事も出来た。

 しかし、そうはしなかった。それをデメトリオが望んでおらず、死に場所を決めていたからだ。英霊である自分が召喚者である彼が選んだ死に方を否定するのは間違っていると決め、その男の死に様をライダーは見届けていた。

 

「哀れだよ、騎士王。だがその姿を、英霊である我輩(ワシ)は笑えん。我らは等しくそう成り得る亡者故、この身もまた堕落し、今では魔女一匹に隷属する獣である」

 

 ライダーは澄んだ眼でセイバーを見詰めていた。そこにある感情はサーヴァントでも王でもなく、ただ空虚に満ちた人としての瞳。君臨者としての気配は欠片もなかった。

 

「だが喜ばしいの。これでお主は我輩の同盟者でなければ、無論のこと仲間ではない。これは八つ当たりであり、奴に捕縛された間抜けな自分自身への逆恨みではある。こうなれば闘うしか無く、お主があの男を殺したとしても仕方がないと己を戒めた。自分の命を狙ってくる敵を殺すななどと、口が裂けても我輩は言えぬ。

 ……だが、お主は裏切るのだろう?

 ならば我が召喚者―――デメトリオ・メランドリの仇、存分に討たせて貰おうか」

 

 まるで言い訳をするように、ライダーは悲しそうな目で殺意を宣告した。

 

「無様だな、ライダー。それでもモンゴルを統べた皇帝か?」

 

「無様なのはお互い様だろうて、セイバー。死後の余暇だ、人間として感傷に少しは浸るのも一興だろう。でなければ、敵に回ったお主を殺すのを楽しめないからのう―――」

 

 傷はとうに癒えている。魔力も擬似的に復元された竜の心臓により、マスター不要のまま万全だ。そのセイバーを見て、隣の神父を見て、略奪王は高らかに名を上げる事に決めた。

 久方ぶりに、英霊の一柱として全力を出す。

 略奪王が大陸で屍を築き上げたその果て、その大業で以って為す宝具。

 

「我が身より生まれし大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)よ、再誕の時ぞ―――」

 

 収束する。外界にて式神共を殺し、喰らい、戦争を楽しむ略奪兵が全て王へ帰還する。

 

「―――蒼き覇天の狼(エセゲ・マラン・テンゲリ)

 

 ―――それは、青い狼だった。

 ―――余りに巨大な獣であった。

 英霊の格に納まらぬ神獣を越えた人災の魔獣。チンギス・カンが創り上げたモンゴル帝国の始祖として存在する神霊の蒼獣であり、モンゴルそのものである略奪王(チンギス・カン)の化身であった。

 余りに圧倒的で、どうしようもない程に絶望的。全長は確実に20mは超えている。高さは屋敷と呼べる程であり、長身の神父が見上げないと全貌が窺えない。そして、圧倒的な脅威を放っているのに、その獣には生物特有の生々しさが全く無かった。それもその筈、この蒼毛の獣に意志は無く、魂もない神獣を模した宝具に過ぎない。しかし、その材料になったモノが狼を人災の魔獣に造り替えている。

 つまるところチンギス・カンが保有する心象風景「大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)」には、三つの形態を宝具として事象具現していた。

 一つは「王の侵攻(メドウ・コープス)」。

 二つは「蹂躙草原(カン・ウォールス)」。

 最後の三つ目が「蒼き覇天の狼(エセゲ・マラン・テンゲリ)」。

 本質的には二つ目が正体。「反逆封印(デバステイター)暴虐戦場(クリルタイ)」は大蒙古国を皇帝が創造する為の手段が宝具化した固有結界そのものが保持する特異能力。そして、ライダーの宝具として選ばれたのであれば、この三つ目が原因。軍勢を乗りこなす異端の騎乗兵であるが、ライダーもまた真なる奥の手として、この宝具を保有していた。それも燃費も悪くなく、間桐桜のような無限の供給源がなくとも万全に行使可能な、英霊としてではなく、魔術師に召喚されたサーヴァントとして保有する最優の兵器である。

 

「―――奪い殺せ、我が化身」

 

「◆■■◆◆◆◆―――――――――――」

 

 狼が咆哮する。その音量は空気を振わせるどころか、空間を揺さぶり、世界に亀裂が“本当”に入るまでの炸裂だった。遠吠えとは例えられない攻撃であり、宝具の獣が発した宝具ではない通常の魔力攻撃。

 それはただ本当に吠えただけなのだ―――その帝国が大陸で築いた数千万に及ぶ屍達の絶叫を。

 帝国の手で命を略奪された被害者達の血涙であり、殺された遺体達に刻まれた絶望であり、怨念に満ちた帝国に対する報復の憤怒であった。

 

「……なんだ、それは――――――!」

 

 故に、その蒼い毛の狼はこう呼ばれるのだ―――人災の魔獣、と。

 

「キャスターの結界が崩壊する……」

 

 自分が創り上げた帝国を愛する皇帝の力。その飼犬、その脅威。伝承に記された神獣には程遠い、それと同一なれど数え切れぬ人間の欲望によって……いや、ただ一人の英霊()が持つ心から生み出た獣であった。

 ―――獣の形をした心象風景。

 それが、この宝具の正体である。

 

「コトミネ、死にたくなければ協力しなさい!」

 

「そちらこそ、その聖剣頼みだ。お前の援護に徹する」

 

 士人は魔術師だからか、セイバーよりも今の事態を明確に理解していた。あの狼は咆哮により世界に孔を穿ち、キャスターの陣地を一撃で粉砕した。帝国と言う“世界”による一撃が、世界そのものに直接干渉した結果だった。流石のキャスターでも広域に張った結界となれば強度も落ち、固有結界そのものによる空間圧迫に耐えられる筈もない。もはや式神共は復活することはなく、しかし、ある意味では幸運だった。

 あの宝具、恐らくは軍勢を全て自分に戻さなくては発動不可能と判断する。

 事実、ラインを通じてアサシンからライダー達の略奪兵の消滅を判断した。

 そうなれば何らかの手段はあるのだろうが、間桐桜を守る手勢が減るのは確実。ここでライダーを倒せずとも間桐桜が先に倒れれば、即ちライダーの敗北とイコールである。

 

「させると思うか?」

 

 そして―――ライダーが二人の眼前に居た。その背後に狂獣を従えながら。

 ライダーは遊牧民特有の湾曲した軍刀を双剣にして構え、狼は潰す様に前足を上げ―――異常な圧力で振り下す。粉塵が上がり、セイバーと士人は爆心地から脱する。しかし、その二人を狙って正確無比な銃撃が行われる。銃弾を避けるも、その発生場所が有り得なかった。ライダーが従がえる略奪兵は狼一匹だけであり、ライダーも銃器を持っておらず、この場所にライダー以外の敵は確認出来い筈。

 それは異形の上の更なる異形。

 狼の毛が変化し―――ライフル銃を握る人間の腕が生えていた。

 だが驚き止まる暇などない。ライダーはセイバー相手に白兵戦を挑み、セイバークラスで召喚されたとしても遜色ない技量の双剣術で巧みに斬り込みに掛った。

 保有スキル「皇帝特権」による剣術と心眼の獲得。

 加えて「軍略」のスキル活用によって対軍宝具の神狼を万全に使いこなし、その全ての活動を「建国の祖」のスキル能力で完全無欠の形にしている。それもタイムラグが全く無い高速展開でだ。

 

「――――――まさか……」

 

 嘗て、死徒と協会と教会で戦争があった。そこで言峰士人は殺人貴の頼みを聞き、数カ月に及ぶ入念な準備の果てに犬殺しに成功させた。あの犬をこの狼は連想させるが、この宝具は全く以って別物。何故なら、魔獣であれど生物ではない。これは駆動する固有結界であり、文字通り“動く世界”なのだ。

 世界を、生き物を殺す為の兵器では殺せない。

 世界は、世界を殺す兵器でなければ壊せない。

 既にアーチャーの手で砕かれたが、奥の手である黒い銃身は全くの無用だろう。対人宝具も無意味であり、対軍宝具も使用した所で大した効果もなく、対城宝具の火力だろうと平然と耐え切る。

 

「……まずいな」

 

 エクスカリバーで破壊出来るのか、否か。そもそも火力と言う概念が通じるのか、否か。対城宝具である聖剣の威力は座でも頂点の一つだが―――世界を切り裂く概念は持ち得ない。

 圧倒的火力で固有結界を力尽くで破壊出来る可能性は十分にあるが、破壊出来ない可能性も同じく十分にある。サーヴァントとして誇るランクはほぼ互角。同じく固有結界を持つ士人も、結界内で聖剣を放たれれば維持出来ずに掻き消されるだろうが、その気になれば魔力を一気に消費して結界を展開し直して耐えることも出来ないこともない。

 そう、つまりは魔力次第。

 互いが持つ魔力同士のぶつかり合いであり、削り合い。問題はセイバーが狼を削り切るまで聖剣の解放し続けるか否かとなる。

 

「どうした、神父。何時もの様に笑わぬのか。そんな無表情ではな、逆に思考を顔に浮かばせているのと同じだぞ」

 

 その嘲りが深く真実になって士人に刺し込む。だが、あの狼はそれ以上に狂っている。セイバーのクラスとして召喚されたとしても遜色ない技量で、ライダーはアルトリアと士人を剣技で翻弄し、大狼は弄ぶかのように二人を蹂躙する。

 何せ狼が口を大きく開いたかと思えば、喉の奥から現れたのは―――巨大な砲口。

 当然と言えばそうなのだろうが、あの狼は宝具「蹂躙草原(カン・ウォールス)」が材料であり、共通の心象風景でチンギス・カンの魂から生み出た兵器。となれば、狼はモンゴルの兵士と兵器の全てを内蔵している事に他ならない。

 

「―――ハァア…!!」

 

 だがそんな程度の砲撃、デメトリオに斬り殺され『剣』に覚醒“してしまった”セイバーの残骸―――アルトリアの前では全く以って無力。聖騎士の斬撃はその遥か上であり、それと比較すれば僅かな脅威さえ感じない。確実にランクAを越える爆撃を、彼女は小枝を圧し折る様にあっさりと粉砕した。

しかし、剣を、槍を、矢を、大砲を、機関銃を、狼は体内から取り出し、肉体を変化させて軍事運用する。あの狼自体が略奪軍を一体に纏めた巨大軍事施設であり、それをライダーは軍略で以って敵を仕留める為に駆動させ続ける。ライダー自身もまた万能の戦闘技能によって変幻自在に武器を取り換え、戦闘技術を切り変え、戦場の戦士として騎士王と代行者を狩り殺す。

 

「ゲヒャヒャハハハハハハハハ! 死ぬぞ、死ぬぞ、もう直ぐ殺すぞ!!」

 

 死に酔い、血を喜ぶ人でなしと凶笑だ。狂った王の哂い声。その王に従う狼は軍事兵器としても有能だが、爪を振うだけで大地を裂き、噛み付くだけで世界ごと空間を喰らい、魔獣としても高位の怪物だ。その狼もまたライダーと共に笑い、その万能性で以って二人に対する殺害作業を楽しみ哂っていた。

 セイバーと対等に斬り合う異常なまで強いライダーの本領。

 この現世で揃えた凶器の数々。軍刀、ナイフ、大剣、短弓、ライフル、リボルバーと殺人道具を変え、基本は軍刀二刀の双剣術だがあらゆる“殺戮技巧”で敵に戦術を慣れさえ無かった。年老い死ぬまで略奪と虐殺を続けた闘争の王故に、ライダーは他の王を関する英霊よりも更に異常な能力を誇る。若くして戦死したのでも無く、隠居のために王位を親族に譲って戦場から遠退いたのでも無く、戦いの果てに彼は落馬で負った怪我を悪化させてそのまま死んだ。

 つまるところ、彼は死ぬまで自分で始めた戦争から逃げなかった。

 モンゴルを生み、モンゴルで死ぬ。

 聖杯戦争も同じことなのだ。

 敵が目の前にいる。

 ―――我が死後も、生前と変わりなく。

 その闘争に生き抜いた才能と素質。天賦の才を地獄(戦場)で叩き鍛えた皇帝としての力。その生き様を映すかのように彼は「皇帝特権」をサーヴァントとして存分に行使する。

 

「死ぬだと、殺すだと。戯けめ。斬り殺されるのは貴様だ、略奪王!」

 

 判断能力と適応能力に優れた神父だ。援護の能力に間違いは無く、セイバーは士人に露払いを任せ、ライダーを相手に斬りかかる。大狼も士人が投影した兵装掃射で的確に串刺しにされ、刺さった投影宝具を更に爆破することで動きを的確に阻害している。更に投影しながらも、自らも黒鍵を鉄甲作用で肉体を穿ち飛ばす。

 だが、大狼は全く肉体の損害を気にしない。物理的にそもそも傷付かない。この獣は獣の形を模した軍事施設の固有結界。

 

“ふむ。まぁ、やりようは幾らでもあるな”

 

 アヴェンジャーの宝具(直視の魔眼)のような何も無い(から)である世界さえ殺害対象に選び切り裂く異能や、キャスターのような最高位の術式で空間干渉を行い結界自体にダメージを与えるか、遠坂凛のように第二魔法で世界ごと両断するような本当の意味での“魔法”レベルでなければ狼に傷一つ負わせることは不可能。特に士人の王が誇る乖離剣などは天敵の中の天敵だろう。

 セイバーと共闘し、ライダーと狼を相手に拮抗状態は保つも向こうが遥か有利。彼女の剣技は皇帝と大狼を寄せ付けないが、何時かは攻略されてしまうだろう。それは自分の戦術も同じ事。

 しかし、観察と考察こそ士人の最大の能力。相手の宝具を知り、それと最適に渡り合う情報を固有結界から検索。該当投影物を数個見出すが、即座にライダーを圧倒する対界宝具の投影は今の固有結界の神秘では不可能。その中でも一番効率的な存在を思案し、ギルガメッシュが保有する原典の一つに決める。

 手に持つは大鎌。世界最古の原典故に担い手の経験が内包されず、憑依により神秘を解放する為の技術の取得は出来ず。真名が宿されず、真名解放も行えぬ。しかし、その能力は存分に発動可能だ。

 

「神父――――――!」

 

 飛び出た士人をセイバーは思わず呼び止める。ライダーは無謀な突貫をした間抜けを見て笑みを浮かべ―――その笑みこそ、ブラフ。つまるところ、アレは罠であり、誘いであり、必殺の策が有ると言う事実。敵が何を考えているかは思考中だが、ライダーは嬉々として自分も用意しておいた策と罠を脳内で駆け廻らせる。

 

「―――シィ……!」

 

 士人は鎌を大きく振り上げる。そして何も無い虚空へ向け、魔力を滾らせながら、刃を奔らせ―――ライダーは自分が持つ戦略眼と戦術眼、そして第六感に従い一気に後方へ跳び退いた。ライダーが予感した通り士人の鎌は宝具に相応しい殺人兵器であり、刃“だけ”が空間を切り裂いて間合いより遠くにいるライダーの首を飛び撥ねる機動で閃いた。

 ライダーは完全に避けた。種は理解し、もう通じない。だが次の二振り目で狙うは狼。動きは素早いがその巨体であれば回避は難しく、ライダーが思念で遠隔操作している為に動作がどうしても僅かに送れる。士人が観察するに条件を仕込むことである程度は自動での判断と行動は出来る様だが、この不意打ちに対応は無理。狼を狩り取る為に操作元であるライダーを動揺させたいと考え、最初に当たらないと分かっていながら士人は鎌を振ったのだ。

 ―――鎌の刃は狼の喉に突き刺さり、そのまま一気に胴を下がり(はらわた)を切開した。

 これは死神が持つ魂を狩る大鎌の原典。伝承であればサリエルやアズライールなどの神霊が持つ死に関する宝具の原典であった。能力は単純明快、命を奪うこと。魔力と生命力の奪取であり、空間を切断することで誰であろうと逃れられぬ絶対の間合いを持つ。その原典を更に改造した言峰士人が代行者として振う冥府の死鎌(デズサイズ)

 本来ならば無銘の原典宝具の複製。その鎌を改造して真名をもし付けるならばと思い、士人は彼の王であるギルガメッシュの英雄叙事詩の舞台、その時代における冥府の女神の名がこの鎌には相応しいと考えた。

 名付けて―――死罪(アラルトゥ)

 これは士人が強大な固有結界を持つ死徒を、異界常識を纏う真性悪魔を、その心象風景ごと殺す為に開発した宝具。死鎌は容易く魔力を吸い削り、どのような距離だろうと生死の境界線を越えて結界を斬り抉る。不死性を誇る吸血鬼を狩る投影魔術の筈がまさかこのサーヴァントに対する鬼札にあるとは、と神父はこの好機が嬉しく笑ってしまった。

 

「なんだ、それは! ハッハッハッハ! 

 お主デメトリオに負けず、人間卒業しておるぞ。尤も人間を辞めておらんマスターなどこの度の聖杯戦争では見ていないがの!」

 

 チンギス・カンが誇る最強の対人兵器―――蒼き覇天の狼(エセゲマラン・テンゲリ)

 完全に覚醒した決戦宝具の略奪軍である蹂躙草原(カン・ウォールス)は対人、対軍、対城、対都、そして対国と極めて万能だが、万能故に突破力に欠ける。尖った機能を持たず実際のところ、チンギス・カンが過ごした生前の当たり前な日常を再現しているに過ぎない。“王の侵攻”と“反逆封印・暴虐戦場”も、通常の魔力消費で“蹂躙草原”を運用する為の劣化宝具。

 そう意味では、この狼こそライダーが駆る騎乗兵器の真髄だった。何せ略奪軍の塊であるからか、あらゆる兵器を内蔵し、あらゆる属性に対応する。固有結界故に心臓や脳などの損傷で死ぬ生物的欠陥がなく、ライダーの思念で遠隔操縦されるゴーレムや機械と同じなので不死殺しの概念も無効。初見ではなまず攻略は出来ず、理論上はあらゆるサーヴァントに対応可能な稼働兵器。

 また、有る程度は狼も自動で動く。ライダーが条件付けした自動行動(プログラム)で細かな動作を行うが、やはりそれでもライダーが操縦せねば士人の手で完封されるのは明らかだ。しかし、あの騎士王を相手にしながら思考のリソースを宝具操縦に割り当てながら戦うのは面倒であり、皇帝特権と軍略のスキルを脳味噌と肉体を酷使しながら長時間戦えば、敵が持つ直感と心眼で何時かは攻略されてしまう。

 

「――――フン。じり貧だぞ、略奪王(カン)

 

「ほざくの、騎士王(ペンドラゴン)

 

 宝具により騎士王と神父を相手に優勢だったが、それも宝具の不死性そのものへ直接攻撃する神父の死鎌によって劣勢に追い込まれるのは目に見えている。狼は特性上有る程度は鎌で削られようとも稼動するが、固有結界が維持不可能なまでの亀裂を着実に神父は境界に与え続けるだろう。

 じり貧とは正に今のライダーの状況を言い当てていた。このままでは蹂躙草原を解除して展開した蒼き覇天の狼(エセゲマラン・テンゲリ)が攻略されるのも時間の問題。この獣であれば軍勢の召喚宝具では不可能なエクスカリバーに匹敵する瞬間火力も撃ち放てるが、そもそも相手にエクスカリバーを持つセイバーが居る時点で火力勝負は分が悪く、最大火力の一撃で決着を付ける訳にもいかず、神父も撃ち合いに参加されれば勝てる道理はない。それに狼を解除してまた軍勢による蹂躙を始めれば、剣を振う人型要塞と例えられるセイバーには有効手は余りなく、この森の中なら聖剣を幾度か解放すれば軍勢ごと丸呑みにしてライダー本人を直感任せで“狙撃”してくるだろう。

 相手にしているのはセイバークラスのサーヴァントだと言うのにその実、真にライダーが彼女を恐れるのは超長遠距離からの絶対的な砲撃だった。距離がある状態で此方の居場所がばれた場合、回避が出来ない訳でも戦えない訳でもないがライダーは、それが悪手に近いと思考する。

 

「―――……なればこそ」

 

 この独り言は、言わば宣告。出し惜しみは一切しないと決めた。本来なら秘すべき奥の手を、躊躇なく解放すると判断。

 そう決めた直後、ライダーは狼を使い、咆哮により大気ごと空間を炸裂させた。地面を粉砕するほどの魔力砲も兼ねており、ランクA宝具の攻撃に匹敵する破壊だ。士人は投影により身を守りつつ安全圏へ退避し、ライダーと斬り合っていたセイバーは魔力放出と剣技を応用して衝撃波を切り捨てた。

 ……距離にして10mか。

 皇帝特権によって戦場の“仕切り直し”を行い、殺し合いを一時的に初期化させる。背後に巨狼を佇ませ、その狼をライダーは操り、禍々しい牙が揃った口を大きく開かせた。

 

「我が身を喰らえ、我が化身……――――――獣帝の蝕(エセゲ・マラン・テンゲリ)

 

 ―――蒼い狼は顎を開き、一口でライダーを呑み込んだ。

 自殺、自滅……と、そんな有り得ない思考を一瞬だけセイバーは浮かばせたが、それは本当に有り得ないなと判断。士人はあれが一種の儀式魔術に近い行為だと魔術師としての視点から判別し、術者本人がその使い魔に吸収される眼前の現象について一瞬で様々な考察を行った。だが、その答えは直ぐに目の前で現われていた。

 言うなれば、蠢く無形物。スライムのごとき生理的嫌悪を発する脈動だった―――が直後、狼は一気に縮小を始めた。

 

「―――ライダー。貴様、そこまで狂っていたか!?」

 

 それは、心の底から出てしまったセイバーの驚き。目の前に有るのは獣。それも唯の獣ではない。人間と合わさったような不気味な人型の狼だった。

 上半身が青い体毛に覆われた半裸の()

 3mを越える熊よりも更に大きな巨体(怪物)

 おぞましい奇形、例えようもない奇獣。

 モンゴル皇帝―――それがカンの名。これこそが、皇帝人獣。それこそが、略奪人災。

 

「―――おうとも、人として死んで直ぐにの。

 魂が座に昇り完結し、この様よ。この獣の心象こそ、英霊としての我輩の正体よ」

 

 人面魔獣―――蒼き狼、チンギス・カン。黒い魔力をまるで帯電されるように周囲へ解き放ち、先程まで召喚していた宝具の狼よりも更に強大な魔力の気配と存在感。

 刹那、皇帝特権(縮地:B)が起動。

 略奪軍に取り込んだ式神か、あるいは死者の情報か、それら誰かしらの霊体に刻まれた技能情報(縮地スキル)を宝具化した自分自身の心象風景から抽出。固有結界そのものと化したからこそ、皇帝特権と異常なステータスを利用した瞬間移動。

 

「ヌン―――」

 

 そして、セイバーと士人の背後に回ったライダーは、左手から凶悪な魔力火炎砲弾を発射。皇帝特権(魔力放出(炎):B)で燃焼させた純粋な魔力を、更に魔術で加速させて撃っている。対魔術が有ろうと貫通するライダーだから可能な魔力攻撃。彼は宝具内の兵士情報を写し取り、その技能を皇帝特権で模倣しているのだ。

 

「―――ヌン! ヌン、ヌン、ヌン、ヌン、ヌン……ゼァアア!!」

 

 人面獣(ライダー)は何処か気の抜ける、しかし無駄に気合いが入った獣性の雄叫びで炎弾を両手から連射。物理的な質量を持つ呪詛により、黒く重い魔力壊も混ざり合わさり、黒炎となった爆破を幾度となくセイバーと士人に撃ち放つ。一撃一撃がCランク宝具の破壊力を持ち、言うなれば“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”を連続爆発させたかのような破壊活動。

 最後の一撃は魔力を込めに込め、対軍領域の大破壊を放った。

 ……尤も、それら全てをセイバーは魔力放出を応用した炸裂斬撃で全て掻き消した。士人も投影防具を展開し、セイバーと自分を爆風から守っていた。

 

「ハァアアアア!」

 

 だが、敵は最早一人。ライダーの心象風景に回収され、伏兵の略奪兵もいないとなれば、もはやライダーは唯一人だけの皇帝。故、セイバーは斬り掛った―――が、無駄。刃が頭蓋をカチ割る寸前、ライダーは一瞬で間合いから逃れ、更にセイバーの視界外に侵入していた。それを直感で察知するも、既にセイバーが直感でその移動と攻撃を察知していることさえ、自分の“皇帝特権(心眼(真):A)”でライダーは察知していた。

 敵の予測を予測し、更に数十手先の相手と思考内で殺し合いながら―――今を、殺し合う。

 そして士人はセイバーに敵を任せている間、存分に魔術を唱えた。一方的に敗北したアーチャー戦の時は先手を打たれ出来なかったが、固有結界を展開するよりも詠唱を練り込み魔術を完遂。投影と強化により、自身を(肉体)の限界まで加速。嘗ての聖杯戦争において、英霊化した未来の自分の固有結界に情報保管されていた黒い大剣を投影し、その担い手の技術を自分に憑依させた。

 

「―――首を出せ」

 

 33本全ての魔術回路を投影の憑依魔術維持に使用。これ程の絶対的技能の投影(憑依魔術)となれば、他の魔術に使う余裕など有り得無い。無論のこと、候補は他にもあった。自分以上の白兵戦技量の持ち主など、固有結界に腐るほど情報が保管されている。

 物干し竿(佐々木小次郎)ゲイボルグ(クー・フーリン)方天画戟(呂布奉先)アロンダイト(ランスロット)マルミアドワーズ(ヘラクレス)童子切安綱(源頼光)六合大槍(李書文)デュランダル(ローラン)ダインスレフ(ホグニ)カラドボルグ(フェルグス・マック・ロイ)

 他にも様々な芸術的殺人技巧を持つ英霊の情報が有る中で、それでも士人が告死天使(ハサン・ザッバーハ)を選んだのには訳がある。

 アサシンとのラインを通じて夢で見た―――あの、一閃。晩鐘の音が脳に残る死の瞬間。

 あの技を完全再現するのは『燕返し』と同じく、今の魔術の腕前では不可能。この程度の固有結界の錬度では、まだまだ鍛錬が足り無過ぎる。しかし、これは物干し竿と同じく、何の変哲もない大剣だ。とある暗殺教団の開祖が信じ続けた信仰が染み付いているだけの黒い剣だ。魔力を喰らい回路に大きな負担を掛ける神造兵器の宝具と違い、この剣ならば投影それ自体は難しくない。武器としてなら特別な能力は宿らない。

 それでも尚―――その技量は絶対である。

 士人では、死人を生み出す晩鐘の音は鳴らせない。あの教団開祖(山の翁)がサーヴァントとして召喚されたならば、全てのサーヴァントを平等に殺せるだろうが、剣を投影しただけの士人では出来ない。しかし、あの夢で見た暗殺者の剣技は十分に投影可能。

 

(けだもの)め、化け物め、全く以って最高ぞ! やはり奪い奪われる殺し合いはこうでなくては! 

 雑魚ばかりでは欠伸ものぞ、態々英霊になどなって戦争になど参加するものか!!」

 

 ライダーはもはや人間にあらず。人獣の英霊(サーヴァント)である。特級サーヴァントを基準としたステータスと比較してさえ、絶対的で、圧倒的な身体機能。そして、この蒼獣はそれだけではない。この男はこの聖杯戦争に召喚された後、自分の心象風景を鍛え続けてきた。五つの宝具を誇りながら、それら全てがただ一つの固有結界であり、その唯一の宝具に略奪した戦果全てを取り込み続けた。

 その獣性の化身は、だからこそモンゴルのチンギス・カンは戦果(略奪品)を叫ぶのだ―――手に入れた創造神の御力を。

 

「―――煌き死す梵天滅矢(ブラフマーストラ)ァアアアアア……ッ!」

 

 皇帝特権(縮地:A+)使用による零距離解放。恐らくは、キャスターが式神として再生した過去に召喚されたサーヴァントの宝具。その式神をライダーは宝具に取り込み、人獣化した自分の能力(スキル)として宝具を解放。聖仙アシュヴァッターマンの父ドローナが保有していた不滅の刃(ブラフマーストラ)

 それをライダーは獣の咆哮として敵二体へ向けて叩き込む。

 着弾と同時に炸裂する対軍領域の大破壊を生み出し、ハンドガンのごとき簡易な動作で弾道ミサイル並の威力を誇る。それはまだ魔術が神霊が持つ法則であり、魔術王によって人の技術に成る前の、古きマントラの神秘。インド出身ではないライダーであろうと、固有結界により後押しされた擬似宝具の力に偽り無し。

 

「―――」

 

 セイバーは自分に迫る脅威を見る。聖剣解放は不可、間に合わない。鞘の解放も縮地からの瞬間発動をされては、準備をする間も無く展開不可能。そして恐ろしいことに仙術と体術による完璧な縮地を士人は見切り、早々に閃光の弾道から逃れている。

 何より、狙いはセイバー。自動追尾(ホーミング)機能を持つブラフマーストラを潰すには、同じくブラフマーストラを使うか、それ相応の威力を持つ神秘で以って対応するしか無い。迫り来る閃光そのものを避けることが出来たとしても、着弾と共に炸裂する対軍宝具の範囲攻撃から逃げるなら、追尾弾が炸裂した瞬間にその爆破範囲から離脱しなければならない。

 彼女が保有する直感と魔力放出のスキルならば、傷は負えど死なずに直撃の回避と範囲攻撃からの離脱が十分に行える。しかし、それが分からぬライダーではない。狙いは僅かでも傷を与えて動きが鈍ったセイバーに縮地を用いて接敵し、回復される前に脳か心臓の霊核に致命を与えること。ブラフマーストラ直後であれば目暗ましにも成り、策は十分に成功する可能性を持つ。尤も、セイバーもまたそれを理解していた。直感も危機を教えていた。ブラフマーストラさえ悪用するライダーも恐ろしいが、空間移動による密着範囲砲撃を回避可能なセイバーもまた恐ろしい。

 故に―――

 

「―――卑王鉄槌(ヴォーデガー)ァァァアアン……ッ!!」

 

 ―――ブラフマーストラと全く同時に、セイバーは聖剣を限定解放。真正面から力尽くで斬り伏せた。直後、士人は好機を察知。緩やかな、しかし即座に敵へ近付く暗殺歩行でライダーの首を斬れる真後ろへ既に移動済み。

 つまり―――移動が完了した時点で剣を振っていた。

 素晴しく鋭い一閃だった。宝具でさえ断ち切る一太刀だった―――が、死なず。人獣にとって頭部など代えの利くパーツに過ぎない。技術は模倣しようとも晩鐘なき彼では死は与えられず。しかし、その剣には信仰が、暗殺教団の開祖が齎す死が染み付いている。死なずともライダーは傷を蘇生させるのは時間が掛かり……そも、ライダーは傷を気にせず駆動した。不死なのも理由であるが、皇帝特権(戦闘続行:EX)による恩恵で死体の儘で十分に行動可能。

 

「―――なるほど。もはや、今のお前に首は無用か」

 

 そして、その首から出るは人の腕だった。兵士の腕なのだろう、手に重機関銃を握っていた。セイバーから距離を取りながらも、ライダーは士人に目掛け機関銃を連射する。その全てを士人は斬り落とす。余りの剣速に銃弾は威力と速度を相殺され、その場で斬り捨てられた。

 更にライダーは皇帝特権(仕切り直し:A)によって、二人から戦闘のペースを自分のモノへと取り戻す。次の間に幾千幾万も脳内で駆け回る戦術と戦略の構築変化で、セイバーと士人を抹殺する為の作戦を即時決行。

 人獣の両腕が皇帝特権(変化:A+)で生まれ変わる。

 形状で言えば(クロスボウ)、いやその大きさでは既に弩砲(バリスタ)と例えられる代物であった。込められる射出物も鉄矢ではなく、杭の如き大槍。だが、それを普通に使うだけでは直感を持つセイバーと、狂った剣技を発揮する士人に対して有効ではない。一射一射が超音速に達してAランク宝具に匹敵する砲撃だとしても、もはやほぼ同時に連射した所で今の二人には通じない。そんな事はライダーも分かっている。

 

「……ッ――――――」

 

「――――――……ッ」

 

 だが、瞬間―――ライダーの策は完成していた。息を呑む間も無く、二人は死地に叩き落とされていた。地面を除いた周囲上下左右、360度全方位から大槍の射出攻撃。数にして、四十八本。嘗て士人の目の前で息絶えたあの十二の命を持つバーサーカーを、四体纏めて滅することが可能な過剰殺戮だった。一つの命しか持たぬセイバーと士人を滅ぼすには圧倒的過ぎる暴虐だった。

 この狂い果てた攻撃手段の正体は、宝具から技能を引き出すことで進化を発揮するスキル「皇帝特権」だった。

 ライダーはまず皇帝特権(縮地:A+)により零秒で空間を移動し続けながら、連続してバリスタを連射を行い続ける。それもただ連射するのではなく、皇帝特権(高速真言:A)によって自身の固有時制御を行って超加速をした状態で、だ。そして皇帝特権(高速神言:C)によって射出したばかりの大槍を、ほんの僅かだけ空間に固定することで停止させて、この惨殺空間へ二人を招き入れたのだ。

 もはや、視認をするどころの話ではない。残像さえ空間に存在しない。

 英雄王が持つ宝具(人類の叡智)王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」や、魔法に匹敵する宝具(固有結界)無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)」などのみが可能とする絶対の抹殺攻撃―――それを、略奪王(ライダー)は無造作に行った。自分の肉体一つで、もう彼はあらゆる英霊を抹殺可能だった。

 死ぬしかないのだろう……―――ただの英雄ならば。

 アルトリアは静かに笑った。それはもう壊れた狂人のように、夢見る聖女のように微笑んだ。この絶対包囲矢槍でさえ次の手の為の布石に過ぎず、共に戦う神父でさえ絶望の色一つ浮かべていない。

 

煌き死す(ブラフマー)――――――」

 

 首から生やした腕を人獣貌に生え換わらせ、ライダーは右手の弩砲(バリスタ)式神(ドローナ)から奪い取った宝具を上空に跳び上がりながら装填。それも自分の宝具によって存分にモンゴル的軍事改造を施した創造神の一撃(ブラフマーストラ)だった。

 その死と、周囲の死。二段構えによる絶殺手段。

 士人は一時的に憑依魔術を凍結―――直後、固有結界内(脳内空間)で準備しておいた盾を投影展開。

 

約束された(エクス)――――――」

 

 刹那、爆音。ライダーが射出した大槍と士人が展開した投影盾が衝突。セイバーは怨敵として言峰士人の強さと悪辣さを信用しており、自分は魔力を溜めるライダーにのみ専念。あの宝具に対抗する為に、この聖剣へ可能な限り魔力を即時充填しなければならない。

 だが、連鎖爆破が二人を襲う。ライダーは射貫き殺せない場合は想定しており、槍に爆破物質を仕込んでいた。それもサーヴァントが持つ最終手段「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」を併用した絨毯爆撃。しかも例え爆風を遮ろうとも、一瞬で周囲の空気に満ちる酸素を爆炎で燃焼させ、酸欠状態に貶め窒息死させる三段攻撃であり、その上で同時に四段攻撃も今この瞬間に発動を準備させている。射殺と爆殺は士人は防ぐも、サーヴァントであるセイバーに窒息死は通じぬとも、有る程度は言葉を物理的に空気を奪うことで遮ることで真名解放を遅らせる事は十分に可能で、勿論人間である士人は脳から酸素を奪われて窒息死するだろう。

 しかし、その危機を乗り越えてこその代行者。魔術により空気膜を作り、その上で魔術と霊媒医療で脳を含めた臓器保護を施す。空気膜は自分の安全でもあるが、万全にセイバーが真名解放を行えるようにするための安全対策。窒息から身を守るだけなら霊媒魔術で事足りる。

 ライダーが構築した必殺の策はこうして言峰士人によって破られた。それを彼は上空から垣間見た。英霊であろうともあの包囲網だけで容易く殺せるが、やはりこの聖杯戦争ではマスター一人さえ殺し得ない。

 ……狂っている。

 全く以って誰も彼もが狂っている―――最高だ。最高に面白可笑しい。故に略奪王は叫ぶのだ。英霊が声高らかに雄叫びを上げる宝具の真名こそ、「今から貴様を殺してやる」と言う宣告に他ならない。

 

「―――梵天滅矢(ストラ)ァァァァアアアアアアア!!!」

 

「―――勝利の剣(カリバー)ァァァァアアアアアアア!!!」

 

 極大魔力の同時衝突。世界に孔を空ける程の神秘の炸裂が、互いに当たった場所を中心に響き渡る。

 

重投影(リバース)再誕宣告(リセット)―――」

 

 その異常な、魔術師ならば傍の空間にいるだけで震え死ぬ地獄に居ながらも、士人は変わりなく呪文を詠唱する。

 

「―――之、死告天使(アズライール・クリエイション)

 

 再び士人は死告天使を投影し、その担い手であるハサン・ザッバーハの技術を憑依装填。あのライダーの考えを士人はある程度は先読みしていたが故に、魔力を大剣に喰らわせながらも技術の再模倣を行っていた。

 今の段階では、まだこの衝突は続くだろう。

 しかし、あのまま聖剣に押し負けたとしてもライダーがそのまま輝く斬撃の直撃を許すのか、否か。尤も、それの答えは直ぐに出た―――縮地である。あの騎乗兵はエクスカリバーに押し合いが負けると最初から理解し、ギリギリまで我慢していた。我慢し、我慢し、光の渦に自分が呑み込まれて消える間際に虚空から消失―――

 

「ヌゥ……!!」

 

 ―――呻き声。それも致命傷を負った獣が漏らす絶命の音。聖剣解放後で隙を晒すセイバーの背後に人獣は出現し、その人獣(ライダー)の背後から士人は奴を背後から更に串刺しにしたのだ。

 そのまま士人は大剣を薙ぎ、串刺しにした人獣を飛ばす。そのまま地面に叩き付け、獣の首を撥ねた。撥ねたと同時に踏み付け、更に剣で突き、裂き、抉り、砕き、斬り、薙ぎ払う。様々な剣技で以って人獣の肉体に殺人技巧を具現させる。

 

「首だけでは足りんな。四肢と臓腑、全て頂く」

 

 それでも死なず。ライダーの霊体にダメージは与えてはいるのだが、概念による物理攻撃は全て無効化されてしまう。これでは蚊に刺された程度とは言わないが、肉を少し削いだ程度の損傷しか与えられていないだろう。そして、セイバーもまた聖剣で斬り砕く為に限定解放しながら近づくも、ライダーは自分の肉体に刻まれた傷口から数多の銃身を表に飛び出させた。

 発砲に次ぐ発砲。銃弾の反動(ブローバック)で宙に浮き上がり、その滞空中に肉体を蘇生。そして、左手を弩砲(バリスタ)状態(モード)に戻したまま、右手に彼は体内から取り出した剣を握る。

 

「ほう。その黄金斧剣、マルミアドワースを復元した物か」

 

 大英雄ヘラクレスの愛剣をキャスターはある程度再現し、それをライダーは自分(モンゴル)流に改造。士人は存在を解明する魔眼によって武器を鑑定し、ライダーが持つ黄金斧剣の詳細を正しく理解する。ヘラクレスタイプの式神をキャスターは複数作り、その内の一体が持っていただろう武器を略奪し、ああしてライダーは軍事転用している訳だった。

 

「マルミアドワース、懐かしいな。私がキャメロットに貯め込んだ財宝の一つだ」

 

 巨人王リオンが持っていたヘラクレスの大剣。嘗て生前のセイバー、ブリテン王アーサー・ペンドラゴンが戦利品として手に入れた聖剣に匹敵する神の剣だった。これはローマ神話の神霊ウルカヌス、つまりはギリシャ神話の鍛冶神ヘパイストスが造り上げ、古き神代ではヘラクレスが帯刀していたとされる至高の神造兵器である。

 それを、セイバーは懐かしそうに見た。細部は大分違うが、シルエットは似てないこともない。形状は大幅に変化しているのだが、それでも強大な神秘を帯びている事に違いは無かった。

 

「奪い取ったキャスター製の模造品を、更に改造した贋作だがの。まぁ、より今の我輩に使い易くはしておるが……」

 

 黄金斧剣(マルミアドワーズ)をクルリと一回し。そして皇帝特権よりこの神剣を万全に扱う為、怪力、心眼(偽)、剣術を自分のスキルとして魂魄を改竄することで装備させた。加えて弩砲腕(カノンアーム)に変化させた左腕を完璧に使いこなす為に、こちらも同じく皇帝特権により、千里眼、高速神言、射撃のスキルを装備する。

 通常状態ならばこれ程のスキルを同時に使うこなすのは不可能だが、今の彼は宝具と融合することでモンゴルと一体化している。故に取り込んだ兵士の力を軍事転用することで、自分を一個の兵器としてこれ程までに皇帝特権を乱用することが出来ていた。

 先程までのライダーは脳の半分を“蒼き覇天の狼(エセゲ・マラン・テンゲリ)”の操作に使い、もう半分を自分の戦術と戦闘運用に使っていた。今までも、自分の全能を自分自身全てに使っていた訳ではなかった。しかし、今は違う。

 ―――もはや英霊に在らず。

 全ての技術を自己へ取り込み、モンゴルの狼獣と化した。

 略奪軍兵士を“カリスマ”によって完全統制し、宝具に溶けた魂が所有するあらゆる技能をスキル“皇帝特権”に吸収し、“建国の祖”で以って完全に運用し、対軍宝具と化した自分そのものを“軍略”で運用する。

 他の英霊とは、そもそも規格が違う。

 座に存在する理念が根本的に異なっている。

 複数の宝具を持つ英雄は数多いが、今のチンギス・カンは実質的に一つの宝具しか所有していない。使用方法により数多の真名解放能力を持つだけで、今の彼が持つ兵器は固有結界「大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)」ただ一つのみ。真名解放として宝具化はしてないが、それが彼の大元(宝具達)の心象風景の名前であった。

 種別としてはクー・フーリンのゲイ・ボルグに近い。たった一本の魔槍だけで、その槍が宿す神秘と自身の槍術を極めたが故に、英霊としては破格の数多の真名解放能力を持つ光の御子。彼は鍛え上げた技と槍により、一つの武器だけで四つの真名を誇るのだ。その大英雄と同じく、チンギス・カンは自分が創造したモンゴルただ一国で五つの真名解放能力を英霊として得ていた。今の自分がサーヴァントとして持つスキルも、その宝具(大帝国)を生み出す過程で必要だから備わった技能。

 その結果、全ての宝具と技能が彼の強さを相乗させている。個別に機能する神秘や能力など、ライダーは所持していない。全ての技能と宝具が互いに互いを補完し、強化し合い、略奪の果てに無尽蔵の力を得る。つまり、彼の英霊として持つ能力は全てその一点に集約されていた。簡単な話、今のライダーの強さと不死身さは、溜めに貯めたモンゴルの略奪兵全てを解き放った軍事兵器そのものであった。

 キャスターが危惧していのは、この為。

 相性が悪いと実は心の底から恐れていたのは、その為。

 自分が丹精込めて創り上げた式神を殺され、奪われる程に略奪王は霊基自体が限界を遥かに超えて強くなる。略奪軍も強化され、ライダー自身も際限なく強くなる。

 

「……では、仕切り直しはここまでとするかの。存分に足掻けよ。奪い甲斐がなければ、我輩も張り切れんぞ」

 

 つまり、これこそが大陸の悪夢。屍の山を築き上げた英霊が至れる極点である。

 

「セイバー、エクスカリバーはどうだ?」

 

「無理だな。あれに当てるには拘束する必要がある……神父、それが出来るか?」

 

「無茶を言うな。魔獣用のグレイプニルを投影した所で、そもそも奴自体がそれ以上の神秘を誇る宝具だぞ。概念による束縛なぞ、概念そのもので粉砕されてお終いだ。無論、物理的な拘束も無価値だ」

 

 ゆったりと歩きながら、ライダーは近づいてくる。何時でも縮地歩行で隙を穿てるように皇帝特権(縮地:A+)を発動させた状態で、人獣は笑みを浮かべながら何処を如何斬り、何処を如何射ろうか殺人考察をしながら接敵する―――

 

「見付けた……ったく、まさか進んだ後に後戻りするなんてね」

 

 ―――が、その緊張状態は一瞬で仕切り直された。

 赤黒い軍服の黒外套と黒帽子を纏った不気味な人影。気配を殺したままその女―――アーチャーは、一匹と二人の殺し合いに割り込んだ。

 






















 と言うことで、ライダーの真の壊れっぷりがやっと公開。白兵戦能力は覚醒したデメトリオ・メランドリに匹敵します。デメトリオに斬られて覚醒したアルトリアと、自重を忘れた神父の二人でやっと拮抗します。




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