神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 読んで頂いていた読者の皆様へ、更新が遅れてしまった事を謝りたいです。申し訳御座いません。私生活が地獄になっていましたので、こんなに遅れてしまいました。
 なので、少しあらすじを説明させて貰います。
 ①第五次聖杯戦争終了
 ②第六次聖杯戦争開始
 ③公園でバーサーカーとセイバーが戦闘
 ④乱戦になるが、そのまま終わる
 ⑤ライダーとキャスターが鉢合わせ
 ⑥奇襲を仕掛けたキャスター陣営に他の組が殴り込み
 となっています。
 大雑把に展開を纏めてみました。やはり、忘れ気味になってしまうので、日々少しでも書きたいです。


56.ロックンロール

 ―――戦闘は激化の一方だった。

 現れたニ体の鬼は、サーヴァントと匹敵する魔獣であった。

 巨鬼は縦横無尽に鉄棘棍棒を振り回し、圧倒的な膂力と速力を持つセイバーと渡り合っている。いや、むしろ、戦闘面の技術だけで見ればセイバー以上に場慣れしていた。キャスターが作成した概念武装の棍棒とも相性がよく、使い慣れた愛武器を扱うように相手へ叩きつけていた。

 そして、互いに致命的な損傷は無いが、掠り傷で血塗れ。段々と表面の肉が削がれ続けたが、人間ならば兎も角、サーヴァントならば無視出来る怪我。だが、それも直ぐに二人とも、強大な再生能力で完治していた。

 

「コォ……―――」

 

 雄叫びは無く、漏れ出すのは殺意が充満する熱気。生やした角が鬼種である事を伝え、相手を恐怖させる圧迫感を伝える。

 巨鬼は出鱈目な程―――強い。

 百戦錬磨の戦士であり、肉体と技術を其処が見えぬまで磨き上げた闘士であった。

 

「―――く……っ!」

 

 セイバーは戦前と死後も含め、ここまでの戦士に出会った機会はほぼ皆無。大英雄に相応しい身体能力と戦闘技法であり、自分の直感に並ぶ戦士としての“勘”も優れていた。

 彼女は聖剣で斬り込むも、棍棒が的確に軌跡に入り込む。同時に蹴りが迫って彼女は避けるが、棍棒を持たぬ左腕から正拳突きが次の瞬間には繰り出されていた。

 鬼の拳は岩石の如き破壊力と頑丈性を持ち、サーヴァントの肉体だろうと簡単に四散させる!

 

「シィ―――ッ!!」

 

 セイバーはその鉄拳を、剣の柄頭で叩き落とした。剣を振る間もなく直感に従った咄嗟の判断が、彼女を危機から救った。更に敵の体勢を崩せた事で好機を生み出し、隙間を突く精密な流れで放たれた横薙ぎで顔面を斬り撥ねる―――が、巨鬼は喰い止めた。歯で白刃取りしたのだ、目視不可の聖剣を。

 

「――――――!」

 

 威容を誇るその姿、正しく鬼神である。刃がそのまま噛み砕かれそうな力で、セイバーは動きを止められた。

 そして―――湧き出す疑問。

 何故、刃渡りと剣の形状を理解されているのか。何故、この纏わり付く疑念は彼女に違和感を与え続けるのか。

 

「ォオオ―――!」

 

 ―――鉄塊棍棒を鬼は叩き付ける!

 セイバーが間一髪で攻撃を回避。地面に衝撃が走り、粉塵が巻かれて陥没した。大きなクレーターは戦い続けるセイバーと鬼を中心に広がった。

 だが、彼女は無事だった。掠っただけで肉が引き千切れ、骨が弾き砕かれるが、接触さえしていない。セイバーは魔力放出を刃から一気発動させ、頭部を吹き飛ばす勢いで聖剣を抜き取った。

 

「…………」

 

 場が硬直する。セイバーは距離を取り、鬼も間合いを測っていた。彼女は鬼の姿を見て、改めて鬼種と言う魔獣が如何に怪物か理解した。鉄を一撃で粉砕する魔力放出を口内から直撃させたのに、鬼に傷は付いていなかった。流石に無傷ではないと思うが、歯が一つも欠けて落ちていない。

 

「―――良い戦士です」

 

「称賛を受け取ろう。貴殿も良く鍛えられた騎士であるぞ」

 

「……な」

 

 に、と驚き過ぎて時間が止まった。何と言えば良いか……鬼が喋った。

 自分の言葉を受け取り、返事を普通に返した。この間戦ったバーサーカーが理性を保っていた時以上に、キャスターの操り人形だと考えていた鬼種の式神が話したのが吃驚してしまった。

 

「どうした? セイバーのサーヴァントよ。久方ぶりの再会ではないか。もっとも、今の私は再生された魂の情報を、式神に憑依させただけの紛い物であるがな」

 

 つまり、本体の英霊が居る座の魂を複製したサーヴァントの、死して現世に残した残留思念から大元の魂を復元した情報を、更にキャスターがお手製の式神へ憑依させることで実像を持たせた使い魔。それが、この鬼の正体。

 日本の甲冑で身を覆われ、外見はまるで違うが彼女は理解してしまった。瞬時に、キャスターが仕込んだ今現状のからくりを鍛えられた頭脳で分かってしまった。

 ブリテンの英霊であるセイバー―――アルトリア・ペンドラゴンが王として生前で出会っていない筈の英霊で、姿と真名を知っている相手。死後の記録では無く、生前の記憶として見覚えがある英霊。僅かながらにアラヤと特殊な契約を結んだ過去を持つセイバー故に、彼女は聖杯戦争の敵として因縁のある男の名が脳裏に浮かんできた。

 

「ヘラ―――クレス……?」

 

 馬鹿な、有り得ない。彼女は現実に衝撃を受けながらも、今の現状を悟りつつあった。この鬼がキャスターの使い魔であり、再現された偽物であると、彼女が蓄えた知識によって答えが導かれていた。

 セイバーは冷徹に現状を理解する。

 ……まずい。非常に良くない。

 護国の為に我が民を殺さんと攻め入る蛮族を、時には非道に徹しながらも駆逐して来た騎士王であるからこそ、悪寒が背筋を串刺しにした。敵の戦力を感じ取り、キャスターの畏怖と称して良い采配と、強大な宝具を持つ大英霊とは方向性が違う狂った能力が、自身が如何に追い詰められているか分かってしまった。

 

「それは正しくないな。今の私はサーヴァントですらなく、能力と人格を再現された人形ぞ。あのキャスターによって傀儡にされた式神に過ぎん」

 

 使い魔は作り方がニ種類ある。自分の魔術回路に手を加えて作る擬似生命と、自然の精霊を捕獲して使い魔にする方法だ。セイバーの眼前に居る鬼は、定義に無理矢理当て嵌めれば後者であるが、自然霊などと言う生半可な存在ではない。そもそも使い魔などと呼称するのも難しい本物の魔であり、サーヴァントクラスの魔獣。

 式神として召喚、あるいは作成した鬼と言う、日本最高峰の魔獣の肉体に―――英霊の情報を再現化した人工の魂を憑依させている。鬼種自体はインド、中国、日本など様々な国に太古は存在していたが、中でも日本における鬼は“魔”としてサーヴァントに匹敵する。式神で作ったソレの抜け殻を、土地の記憶と染み込んだ残留思念で作った偽物の“狂戦士(ヘラクレス)”の肉体にする。

 つまり―――聖杯の真似事。

 恐らくは鬼は鬼として使役可能であるのだろうが、其処に英霊を利用すると言う悪魔的発想。セイバーは考えたくは無いが、思考を止めることはしなかった。あの『アインツベルン』で召喚された魔術師の英霊である時点で、英霊を使役する魔術理論の作成に材料が足りない事はないだろうが、その大魔術を聖杯戦争が始まるまでに構築し切ったのだ。全ての魔術師にとって、戦場で争う英霊にとっても、もはや反則と呼べる手腕である。

 

「そんな、有り得るのですか!? あのキャスターは、其処まで狂った―――」

 

「―――そう。そこまで狂った力量を誇る神域と言う訳だ。

 私も好きで再現された訳でもないが、システムとして戦闘装置に仕立て上げられている。生前の記憶も、イリヤスフィールとの思い出も、全てただの記録に過ぎん情報と化した。具体的に言えば、書物で読んだ過去の物語程度の感傷だ。如何でも良い。

 ……わかるか?

 故に、手加減など無いぞ。騎士王」

 

「貴様……は―――」

 

 確かにヘラクレスでは無い。あのバーサーカーでは無い。少女の為に命を賭けた狂戦士とは、この鬼の在り方は似ていても全く違った。

 在るのは狂気では無く、からくり仕掛けの戦闘機械。

 殺す為に殺し、戦う為に戦う。願いも無ければ、望みも無い。戦って戦って、死ぬまで戦う。キャスターの命を厳守し、植え付けられた自己に対する欲望を全うする。バーサーカーと銘打った情報を偽りの魂としているが、其処に意味は無い。何故なら、彼はヘラクレスでは無いからだ。

 そして―――鬼の欲とは闘争だ。人を殺し、人を喰らい、血の味に歓喜する。人間とは比べ物にならない破壊衝動を身に宿し、生まれ持つ魔の本能に従って戦う生物だ。

 

「―――私が殺す。斬って、殺してやる」

 

 だからか、セイバーは敵の本性を簡単に見抜いた。

 本来の鬼種であれば、本能のままに絶大な力を振う魔獣に過ぎないのだろう。異能を振りかざし、圧倒的な身体能力で敵を殺す。だが、この鬼には英霊の情報が組み込まれている。彼の大英雄ヘラクレスの戦闘技能を持ち、更に本能は存在するが感情よりもキャスターからの指令を全うせんと、理性的にセイバーを殺そうと闘争を心の底から愉しんでいる。

 頭は機械的に冷たく凍り切っているのに、心は本能的な破壊衝動で熱く煮え滾っている。感情を排し、命令に徹する。正にキャスターが求めた理想的な兵士であり、敵からすれば悪魔的に戦い難い戦士であった。

 

「素晴しい。闘争こそ我が望み。それこそ我が願い。流石は最優のサーヴァントだ。故に―――」

 

 人は死ぬ。鬼も同じだ。セイバーと戦っている彼も、キャスターに作成された人形だが、生きている。だが、聖杯戦争が終わるまでに死ぬ運命。そもそも戦争が終わった後を生きるよりも、今を最大限に楽しみたい。己が定めもまた受け入れいるが、死ぬなら戦って死にたいのだ。

 

「―――参る」

 

 鬼は、もうそれだけで良かった。敵がセイバーで良かった。鬼が楽し気に笑って武器を構え、剣士は鉄の無表情で切っ先を相手へ向ける。

 

「来い―――ヘラクレスの亡霊よ」

 

 ―――戦士達が激突し、衝撃で木々と地面が波打った。

 一合、二合。十合、二十合。そして、百回を越える剣戟の激突。十秒も経たずに、無呼吸で即死の斬撃と打撃を交差させた。

 セイバーは決して引かなかった。巨鬼を相手に、一歩も下がらない。押して、押して、斬り通す。身に迫る棍棒を斬り払い、鎧に掠りながらも避け続け、渾身の一撃を延々と叩き込む!

 

「はぁああ―――――っ!」

 

 剣技、瞬発力、判断能力は自分が上。しかし、膂力、格闘技、制圧能力は相手の鬼が上回っている。セイバーはあのバーサーカーよりも鬼は弱いと感じていたが、戦い難さは鬼の方が遥かに高い。本来の戦闘方法を取り戻し、敵は棍棒だけではなく全身隈無く武器としていた。手に持つ棍棒以外にも拳と脚を使い、セイバーを追い詰める。あの巨大な棍棒は一撃必殺の武具であるが、得意な格闘技を出す為の刃を阻む防具でもあった。

 だが、自分の攻撃を体で受けて強引な突破をしてこない所を見ると、あの規格外な“宝具”は機能していないと判断した。実際、彼女は自分の剣で鬼は幾つもかすり傷を負っているのを見た。直ぐに自己治癒で傷は消えるが、感触で切れたのが剣から伝わって来た。あの時とは違って一度命を奪えば生物だと分かった。今の自分ならば―――鬼を十分に斬り殺せる!

 

「ぬぅ―――」

 

 鬼は情報元になった英霊が持つ宝具『十二の試練(ゴッドハンド)』は持たない。キャスターは神の呪いを再現しなかった。出来なかったとも言える。だが、それは仕方が無い事。ドイツのアインツベルンで作成に勤しんでいた憑依元になる式神は兎も角、ヘラクレスの再現に時間は掛けられなかった。そもそも、現世に残った残留思念では情報量不足であり、呪われた聖杯に干渉して得た複製情報でも万全では無かった。クラススキルも無用と付属させていなかった。

 聖杯戦争のように座から複製を召喚するのではなく、これは再現。故に限度が存在する。

 元々キャスターに英霊召喚能力は存在しない。だが、アインツベルンで英霊の座に関する知識を得ていた。式神を応用し、聖杯を利用し、漸く出来た上がった英霊の座に干渉する魔術の真似事なのだ。それに魂に対する特出した能力がなければ出来ない事。全てを完璧にしようとすれば綻びが生まれ、万全には程遠い下作になるだけ。

 座から宝具の情報を再現する為の式神(カード)の作成には、流石のキャスターでも研究をより深めなけらば不可能。元より畑違い陰陽術で、そこまでの大魔術に迫る方が神に等しい絶技。よって、鬼はヘラクレスとして不完全。しかし、彼は式神として完成されていた。何故なら要らないのだ、そんなモノは。

 式神として再現したのは戦闘経験、戦闘技術。そして、スキルと宝具の一部分。それさえ有れば、まず死なない。即死さえしなければ魔力の限り自己再生し、闘争を行い続ける戦鬼と化す!

 

「―――おおおおおおおおお!!!」

 

「ハァァアアアアアア―――!!!」

 

 鉄塊を叩き付けた。何度も何度も豪快に振り回し、精密な動作で的確に敵を追い詰める。合間合間で拳が唸り、蹴りが弾けた。

 大元の大英霊より劣化していながらも、鬼の技量はセイバーを確実に上回っている。ならば、彼女が負けるかと言えば、それは否。断じて違う。追い詰めているのはセイバーだ。巨鬼は攻め続けているのに、相手を殺せない。逆に、自分がセイバーの剣技に慣れるよりも、セイバーの方が自分との戦闘に慣れ始めている。動きを見抜かれつつあった。それが経験の差。鬼は確かに情報として戦闘経験を覚えているが、実際に殺し合うのは今回が初めて。逆にセイバーは、死線を幾度も潜り抜けた百戦錬磨の騎士王だ。

 死ぬ。このままでは死ぬ。自分の死期が鬼には見えた。だが、勝負を急げば殺されるのは自分。巧く考え無くば、自分を作成した主人の命令を完遂出来ない。ならば、と慎重に相手の動きから隙を見付け、一か八かの勝負に出なければ殺される。もう既に、キャスターからの指令を一つだけ完了したが、セイバーの抹殺は指令云々以前に自分がすべきこと。

 ……殺す。何としても、剣士を打倒する。

 狙わなければ。絶殺の機会を探らなければ、撲殺は果たせない。自分は一体何の為に製造されたのかさえ、無に消えてしまうのだから。

 ―――互いに上段からの斬り下し。

 巨鬼が筋肉繊維を軋ませ、全力で鉄塊を振り下す。セイバーもまた、相手と同じく刹那の間に迎撃を行う。そして、聖剣と棍棒が交差する時、敵を殺そうと脅威を剥き出しにした。相手の挙動に集中し、一撃に戦意を込めた。

 セイバーはこの瞬間―――勝機を見出した。故に魔力放出を全開。一瞬で良い。刹那でも良いからと、相手に隙を作るべく棍棒を打ち落とす!

 

「ヌォ……―――」

 

 絶死の時。棍棒を叩き落とした聖剣の刃が、弾け飛んで勢いのまま―――巨鬼の首へ奔った。打ち落としからの一気に、武器で防げず体勢も崩れた隙だらけな敵を斬る。剣士として極まった才能と、長年の経験からなる巧みな戦闘の運び方。

 それを鬼は第六感で見切る。巨鬼は膝をロケットの如き爆発力で蹴り上げ、刃の腹を弾いた。剣は僅かに軌道がずれ、到達までの時間も延長される。鬼は自分で生み出した脱出の好機を逃す事無く、セイバーの背後へ流れるように回り込み、一気に距離を離した。背中を見せる背後の敵に、巨鬼は背中を向けながら離脱したのだ。

 ―――抜けられた!

 セイバーが危機を感じ取り、瞬間―――死の恐怖が全身を焦がした。

 

「……射殺す(ナイン)―――」

 

 死ぬ。このままでは、間違いなく死ぬ。当然であるが約束された勝利の剣(エクスカリバー)の解放は間に合わず、今から切り込んで間に合うか如何か。いや、直感ではあるが今から斬り掛かり、真名解放を阻止する事は出来るが多分、相手もそれを理解している。ならば、これは恐らく罠。勝負を焦ったと勘違いさせ、自分を討とうと計画しているのではないか、とセイバーは思考した。

 

「―――風王(ストライク)……」

 

 そして、セイバーの推理は当たっていた。巨鬼は相手が直ぐに斬り掛ってくれば、宝具を阻止せんと力んだ攻撃を避け、迎撃するつもりであった。巧く言えば、無防備なセイバーに宝具を直撃させられる。そして、相手が警戒して動かねば自分から突撃して宝具を解放し、対抗して宝具を解放しようとすれば、気が長くなる様な戦闘中では致命的な隙を数秒晒す真名解放時を狙う算段だった。特に巨鬼が持つ情報で、エクスカリバーの膨大な魔力を考えれば、一度真名を解放しようとすればその間に数度は撲殺可能。

 しかし―――セイバーが取った対応はどれでも無い。

 刃を目視不可にしている常時発動型宝具・風王結界(インビジブル・エア)を解放しながら突進する。これの解放はエクスカリバーのような魔力を溜める長い準備が必要では無く、既に発動している宝具を一気に爆発させるだけ。しかし、僅かばかり解放時の溜めで時間を消費した為か、巨鬼は自身の宝具を直接叩き込まんとセイバーの方へ既に突き進んでいた。セイバーよりも早く、突進を始めていたのだ。

 

「―――百頭(ライブズ)……!!」

 

 巨鬼は自分の方へ、悠然と突き進んで来たセイバーに宝具を叩き込み―――同時、セイバーも宝具を完全に開放し切った。

 

「……鉄槌(エア)―――!」

 

 約束された勝利の剣(エクスカリバー)では死ぬ。間に合わない。だが、無策で相手に切り込めば敵の術中に嵌まる。だからこそ、彼女が考えた手段は単純明快である故に、成功率が高いもの。

 ―――吹き飛ばしてしまえば良い。

 宝具も所詮は英霊が撃つもの。その所有者自体を発動できない様、宝具ごと掻き消してしまえ!

 

「―――ぐぉおおお……!!?」

 

 超高速九連続攻撃―――それが射殺す百頭(ナインライブス)。しかし、巨鬼のそれは技術の模倣に過ぎず、実際のバーサーカーの宝具よりも劣化している真似事。

 ……真似事だが、並の宝具を越える殺傷能力を誇っていた。

 そもそも棍棒はキャスターの術式により、宝具レベルの概念武装として攻撃が当たった時の衝撃を上昇させる効果がある。高い筋力で振う程、破壊力が増すのだ。それで巨鬼は大元の英霊と出来た筋力の差を補っていた。

 それを九連撃する。一撃目を防いだところで、次の八連撃で木端微塵。

 故にセイバーは相手の構えから、棍棒を振り落としてきた相手の一撃目に何とか斬撃を合わせ―――同時に宝具を解放したのであった。

 

「―――はぁ……!!」

 

 宝具をも応用した全力全霊を越えた一刀と、全力だが八連撃分の余力を残す最高速の一撃目。分売は前者が上回り、二撃目以降の攻撃を阻止した。セイバーは知らず、直感で相手の攻撃方法を何となく見抜いていた。近距離で発動する白兵戦型の宝具であろうと、相手の様子から確信していた。込められた魔力も対軍対城の大破壊クラスでは無いのも、判断情報として利用出来ていた。

 ―――巨鬼の体勢が大きく崩れた。

 棍棒を持つ腕が武器ごと大きく上へ弾き飛ばされ、再度構え直すのに一瞬の間が必要だ。棍棒を手から離さなかったが、それでも大きく隙を晒していた。セイバーは一気に踏み込み、心臓を目指して聖剣を刺し込んだ!

 

「……ガ―――!!」

 

 本来のバーサーカーならば、こうはならなかった。連続斬撃を阻止されたとしても、次の攻撃に対応出来た事だろう。しかし、この巨鬼はバーサーカーでは無く、十二の試練も存在していない。

 

「終わりです、亡霊の鬼」

 

 串刺しにした刃を引き抜いた。セイバーは剣を振り、付着した血液を地面へ飛ばす。その後、風王結界をもう一度エクスカリバーに纏わせ、不可視の宝具へと元に戻す。鬼はそのまま地面に倒れ伏した。

 直後―――何かを見逃したような悪寒が奔った。

 可笑しい。不思議だ。自分は間違いを犯したのではないか、と屍を見て疑問に思って―――これが本当に屍なのかと思ってしまった。

 したくは無い。倒した相手の死体を斬り刻むなど、騎士としてやってはならない恥ずべき行為。確実に死んでいると眼前の風景を訴えているが、果たしてキャスターが作る“魔”が心臓を串刺しにしただけで死ぬのだろうか?

 首を落とすのが確実。後は頭も斬り壊す。霊核は全て破壊した方が良いと、セイバーは思い付いてしまった。

 

「……っ―――」

 

 セイバーは死んでいるだろう相手の躯を前で、斬首を行おうと剣を振り上げ―――巨鬼が一気に棍棒をセイバーに向けて振り抜いた!

 まだ手に握っていた武器でセイバーを狙い、彼女は再度距離を取った。鬼は立ち上がり、もう一度剣士と対面した。鬼はセイバーが発する強烈な剣気に反応してしまい、防衛のために動いてしまった。

 

「―――やはり、な」

 

 死んだふりとは猪口才な、と相手を睨んだ。鬼を倒したと油断したセイバーを殺そうと、地面に転がりながら機会を窺っていたのだ。

 鬼として持つ自己再生能力。心臓を疲れても、首を切り落とされても、頭蓋を粉砕されても、巨鬼は死なない。しかし、心臓と首をやられれば死んでいたし、肉体の大部分を消されれば肉体は維持出来ない。

 

「しかし、弱っているな。鬼よ」

 

 キャスターから備えられた思考回路から、巨鬼は幾段もの策を作戦に練り込んでおいた。白兵戦の技巧、棍棒の能力、複製宝具の真名解放、思考戦による宝具の潰し合い、負けた場合における次善策。

 なのに、全てセイバーに鬼は潰された。

 しかし、まだまだ許容範囲内の出来事。

 

「……―――」

 

 キャスターからの指令は主に二つ。セイバー陣営の撃破ないし足止めと、アルトリア・ペンドラゴンが何故また召喚されたのかと言う謎の為であった。

 このセイバーは三度連続の召喚と言う異常をキャスターは疑問に思い、もしやと考え第四次と第五次における聖杯戦争や、他の聖杯戦争で会ったかもしれない様々なサーヴァントの情報を持っているのではないかと、最悪な『もしもの場合』は思考した。そこで考えたのは、自陣の城で拾った第五次バーサーカーの残留思念を式神の構成術式に打ち込み、これと対峙させた時の反応を見ると言う手段。だからこそ、巨鬼は本来ならば隠すべき自身の正体を態々、相手に悟らせるような真似をした。

 それに、アルトリア・ペンドラゴンの心を折らせるべき隠し玉はまだ在る。自分が殺されたとしても、キャスターとアインツベルンは全く構わないのだろう。

 

「―――ふん。それもまた、魔の宿命か」

 

 魔力残量が危ない。肉体に不調が出ている。心臓も宝具で不可視の鞘がされていない聖剣で貫かれた所為か、傷が完治し難い。

 ……鬼は静かに、自身の死期を悟っていた。

 そして、殺し合いを再開する。勝負はこれからだと足掻き始めた。

 

 

◇◇◇

 

 

 ―――同時。士郎もまた、一体の鬼と殺し合いを演じていた。長身の痩鬼が四肢を武器に、冷徹な気配のまま拳闘で砕き続けていた。士郎が投影した宝具を両腕で何度も粉砕する。

 

「―――っち」

 

 動きが自分以上に速い。技が鋭い。確かに一撃一撃が素早い拳打だが―――重くない。軽いとまでは言い切らないが、欠片も重くは無かった。

 この技術を士郎は見た事が有り、この死線を九年前に潜り抜けた経験がある。その時の敵は葛木宗一郎と言う怪物で、この鬼は彼と全く同じ動きをする化け物だった。

 鬼の動きはその葛木宗一郎よりも強く、速く、一撃が今の自分にとっても致命傷になる。だが、感覚的には弱かった。あの葛木宗一郎であった故の強さが無くなって、拳におぞましいまでの死を内包する脅威が消えていた。殺意が足りず、脅威が失われていた。身体機能は上がっているが、内側に在る業がごっそりと真っ白に変わっていた。

 

「―――貴様、葛木宗一郎だな?」

 

「そうだ。知っているのは情報だけであるが、おまえは衛宮士郎に違いはないだろう」

 

「……成る程。セイバーと戦っているアレも、貴様とからくりは同じか」

 

 士郎はセイバーと引き離され、この痩鬼と一対一の決闘を強制されていた。念話で彼女と連絡を取れるも、向こうも自分と似た状況であるらしい。

 しかし正直な話、如何でも良かった。

 一対一は望むところ。スタンドアローンこそ衛宮士郎の真骨頂。

 セイバーは自分にとって最高のパートナーであるが、今の自分にとって理想的な相棒では無い。むしろ、協力して戦闘を行う事に慣れていない。彼にとって一番理想的な協力者とは、個々に別々の行動を行った末、最終的に勝利する結果を得られる関係。セイバーは考えられる中で誰よりも心強いサーヴァントだが、一人でも問題無い。例え相手がサーヴァントであろうとも策はある。

 その事は士郎の相棒であるセイバーも理解していた。そうであると分かっているからこそ、互いに背中を合わせて全力を敵に出せるコンビであった。よって二人に間にあるのは、信用と信頼と共感と、戦友としての友情であり、愛情だ。

 ―――歪だった。正義の味方と騎士王の二人は、互いに何処か壊れている。

 はっきり言って、セイバーも士郎と同じ自分の見方など不要な人間。その癖、必要な時は絶妙な間でお互いを補完し、万全な状態で助け合う。同じ極の磁石のようでいて、反発することがない。まるでお互いに、無理矢理見なくても良い部分に目を背けるようで、一度食い違えば二度お互いを認め合えないと信じ込んでいるみたいに必死だった。それは何かが爆ぜれば致命的な亀裂が入るのを、自分達が意識しているのだと―――衛宮士郎とセイバーは理解していたからだ。二人とも相手の気持ちが分かっていて、だからお互いに言葉を交わさずにいる。

 

「しかし、随分と様変わりしたことだ。私としても、嘗ての敵が現われた事に驚くよ」

 

 皮肉気に笑みを浮かべて、敵を嘲笑った。未練たらしい亡霊だと、士郎は相手に唾を吐くのと同じ侮蔑が込められた暴言を向けたのだ。

 しかし、裏にあるのはセイバーに対する絶対的な信頼と、圧倒的な信用。それ故に、士郎は揺るがない自分自身を更に強靭な剣に錬鉄出来る。セイバーは手が届かないほど強く、戦闘では自分と言うマスターが要らぬサーヴァントだと思っており、実はセイバーも士郎に対して同じ事を考えていた。彼は自分を抜きにしても最強のマスターであると信じているのだ。

 心の弱さが在る事は知っている。戦闘面における弱点も分かっている。それでも尚、理解しているからこそ、二人の間に不純物は存在しない。

 

「だが、所詮は茶番に過ぎん。この程度の障害、直ぐに切り捨ててやろう」

 

 僅かづつ、士郎は位置関係を補修する。自分の位置、痩鬼の位置、セイバーの位置、巨鬼の位置。全て脳内で描き、相棒のセイバーもまた同じことを思考している。

 王手を賭ける寸前まで、戦術は完成済み。しかし、その前に敵の作戦を打破する。相手が誘ってきた各個撃破に乗ったように見せかけ、いかに手早く殺すかと士郎は思考を練り込んだ。それに巨鬼がセイバー、痩鬼を自分に駒を振り当てた所を考えれば、時間稼ぎが見え見えだ。あの破壊力を持つ巨鬼を自分に当てれば、一瞬で勝敗が喫する短期決戦となる。何故なら、消耗はするが自分がセイバーを守ってエクスカリバーを解放すれば、それで勝負がつく。故に、絶大なパワーで巨鬼がセイバーを抑え、巧妙なテクニックで痩鬼が士郎をセイバーから引き離した。配役が逆ならば、セイバーは痩鬼を無視して強引に突破し、士郎は巨鬼から豊富な手段で逃げられた。

 この状況でも無理をすれば合流可能だが、まだ時は訪れていない。痩鬼は拳を乱れ打ち、毒を染み込ませる蛇の如き鋭さで相手を追い詰めていた。隙を見せた瞬間が最後だと、視線で語っていた。そして、それは実に正しい。痩鬼には巨鬼にはない人間を殺す為だけの魔技を備えていた。痩鬼は巨鬼よりも力は無いが彼よりも人を殺すのが巧く、隙を穿つ技術が高い。セイバーのような地面ごと相手を吹き飛ばす膂力がなくば、痩鬼を殺す事は出来ずとも、戦局から抜け出す隙さえも作れないだろう。

 士郎も投影魔術で出来なくもないが、至近距離戦法(インファイト)で動きを封殺してくる痩鬼は余りに危険。隙一つ晒す対価に命を奪われる可能性が高い。ここまで接近され続ければ、投影の射出さえ儘ならない。士郎の相手が巨鬼であれば、直ぐにでも振り切りつつ誘導しながらセイバーと合流出来た筈。痩鬼の速力そのものは士郎に対応出来る領域だが、高い技量で一撃一撃の間が無さ過ぎる!

 

「――――――」

 

 視界から消えたように移動した瞬間、目前に現れた鬼の攻撃を夫婦剣で逸らす。高速で動く片腕が敵の動きを奪い、今か今かと右拳が殺してやると牙を研いでいる。

 それを全て斬り防ぐ。

 衛宮士郎に剣術の才は無い。戦闘における天賦のものは無い。しかし、戦いの素質が無い訳ではない。むしろ、他の才ある者よりも遥かに高く強靭な力の持ち主だ。そんな彼が手に入れたのは、勝てぬ相手でも不敗を貫く守りの型。彼の双剣は防御面に優れ、生き残る事に特出している。今も態と隙を見せることで相手の攻撃を限定させ、一撃一撃を確実に防ぎ切っていた。

 

「――――――」

 

「―――……!」

 

 だがしかし、少しでも投影魔術を使おうとすれば、痩鬼の右蛇がチラチラと舌を揺らす。壊れた武器を手元に再投影する隙間はあるも、遠隔射出するのはまだ無理か。距離が離せない。

 ―――()るか。

 一瞬で士郎はいけすかない皮肉屋から、冷徹な機械の如き無表情へ豹変した。

 殴られる箇所を限定。円を描くようよな足捌き。斬り込むことで敵を後退させながら、森の木々を利用して活路を作り上げる。

 まだ、耐えろ。堪えろ。忍んでやり過ごせ。蛇拳に双刃を当て、機会を待ち続けて―――遂に、その瞬間が到来した!

 

「……セイバー―――ッ!」

 

 あたかも攻撃を受けて吹き飛ばされたように、彼女は巨鬼の一撃を利用して一気に士郎の場所まで来た。直感のまま、巨鬼に悟られないよう士郎と同じく、敵の作戦を逆手に取ったのだ。

 刹那―――衛宮士郎とセイバーが交差した。

 背中合わせの主従。敵が入れ替わり、セイバーの前に痩鬼が殺意を練り上げ、士郎の前で巨鬼が戦意を爆発させた。

 

「―――シロウ……!」

 

 役割の瞬間交換。相手を此方のペースに持ち込む為、相手のリズムを崩す。

 ―――しかし、二体の鬼は動じない。この二匹に戦闘で動揺する何て無駄な機能はない。確かに、見事なタイミングであり、当たり前のように切り替わった相手に驚き、その勢いのまま斬殺されるかもしれない。

 だが、この鬼は生物らしき感情はあるが大元は、陰陽術で構築(プログラミング)された情報集積体(ソフトウェア)。鬼種たる外装部分(ハードウェア)と合わさり、こと戦闘で間違える事が有り得ない!

 

投影(トレース)―――」

 

 士郎は魔術を詠唱する。この一手は消耗が激しいが、確実に鬼を殺し得る。セイバーと密かに念話で用意した攻撃。ならば、それを躊躇う必要など欠片も無く―――

 

宣告(セット)多重破裂(マルチブレイク)

 

 ―――上空から降り注いで来た数多の武器軍が、何もかもを翻した。一瞬、警戒と索敵によって場が硬直する。第三者による外部からの闇討ちだった。そして、墓標のように地面に突き刺さった武器が、盛大にド派手な爆発を起こした。

 熱風による衝撃。

 セイバーが戦っていた巨鬼に矢が迫り爆発し、士郎と戦っていた痩鬼に剣が降り落ちた。一瞬で場が硬直し、第三者の登場が戦場を更に混沌とさせていく。爆破は計算されていたのか、爆風同士の衝突で巧く士郎とセイバーの二人だけを範囲から隙間を生み出すように外していた。

 

「久しいな、衛宮」

 

「…………」

 

 黒い僧衣を着た魔術師―――言峰士人。彼はフードを頭から被っていたが、士郎からすれば人物の特定など簡単に可能であった。しかし、その隣にいる無言のまま歩く黒装束の人物は見覚えはない。分かるのは、濃い魔力を纏いながら薄い存在感を持つ気配からしてサーヴァントであること。それも、最もマスターが警戒しなくてはならないクラス、アサシンのサーヴァントだと思われる。まだ確認出来ていないクラスから想定して、暗殺者の可能性が一番高い。

 士郎はアサシンがそのまま出て来た事を疑問に思った。逆に、正面から暗殺が可能だと言う自負なのかもしれないが、ただの魔術師に過ぎない自分が警戒し過ぎな事はない。

 

「言峰、か。なんだ、私に何か用が有るとでも?」

 

 よって単刀直入に問う。この男に問答を行っても、勝てない事はよく分かっている。

 

「勿論。今から我々が囮に成る。

 よって―――お前らがキャスターを殺しに行け。師匠とも合流出来るだろう」

 

 これには敵らしき者が増えた事で静観していた鬼も、ふざけるなと視線で訴えていた。何より、士郎もそうだがセイバーの視線が疑わしいと訴えていた。……訴えているのであるが、士郎は瞬時にこの状況を思考する。

 眼前の鬼人、背後の悪魔。

 この悪夢染みた修羅場を抜け出すには、その悪魔の提案に乗るのが一番で、アインツベルンに乗り込む為の最短手段。重要なのは鬼を倒すのではなく、素早く遠坂凛とアーチャーに合流し、アインツベルンとキャスターを倒すこと。

 

「それで貴様、何が目的だ?」

 

「ほう、なるほど。気になって決断出来ぬのであれば、教えてやる。

 簡単に纏めればだが、アインツベルンは故あって排除したいが、どうも自分達だけでは難しくてな。しかし、それを成す為の協力者を得るのも面倒だ。

 そこで、他の者共を手助けし、巧くアインツベルンを戦争から取り除きたい。まぁ……あれだ。ここはギブ&テイクとしようではないか? 衛宮」

 

「―――それが理由の全て……では、あるまい?」

 

「ク―――当然だ。知りたいのであれば、この提案に乗った上で、戦場を最後まで生き残れ」

 

 鬼達は黙ってこの話を聞いていた訳では無かった。だが、自分達と恐らく同等の戦力を持つ者が四者おり、下手をしなくとも機会を間違えれば、一瞬で四人全員に城へ抜け出される可能性がある。あるいは、数秒で皆殺しにされる。

 ……だったら、せめてどちらでも良いからと、足止めを考えた方がいい。

 鬼は闘争を愛する本物の怪物であるが、それ以上にキャスターへ対する忠誠心の方が高い。今の膠着状態はそれだけの事で、直ぐにでも崩れ去るものだ。

 

「セイバー。言いたいことは分かるが―――行くぞ」

 

 鬼から回り込むように、士郎は城へ進んで行こうとしていた。つまり、神父と鬼を視界に入れつつも、戦意を向けてはいなかった。

 

「―――わかりました」

 

 マスターの周りを警戒しつつ、セイバーは神父とアサシンに視線を送った後、直ぐ様行動に移る。士郎と並び、彼女も城へ進んでいくことを決めたのだ。

 ……本音を言えば、神父は不気味であり、絶対に信頼出来ない相手だ。とはいえ、今は対処は後回し。こんな所で乱戦など考えたくはなく、何よりマスターの安全は可能な限り重視しなくてはならない。

 

「―――さらばだ、衛宮。それにセイバー、また会えて何よりだ」

 

 そんな言葉を聞きながら、二人は無言のまま夜の森の陰に消えて行く。それを見送りながらも、神父と暗殺者は鬼を殺気で押さえつけ、殺し合いを行うべく殺意を高めて行った。

 

「……で、神父。私はこの残り滓を殺せば良いのか?」

 

「そうだ。楽な仕事だろう?」

 

「全く。これだから、基督の連中は好かんのだ」

 

 アサシンは溜め息を吐きつつ、仮面を片手で押えながら首を振った。やれやれ、と言いたいのを押し殺したのだが、態度には思いっ切り出てしまう。もっとも、こんな男と共に居たとなれば、彼女の態度も納得であるが。

 

「ぼやくな。俺とて殺し合いは本業ではない。本当の事を言えばだ、祈りを捧げて日々を面白可笑しく暮らしたいだけなのだよ。なにせ、この身は神に仕える者であるのだからな」

 

「―――ハ」

 

 鬼種と言う真性の化け物を前にして、この態度。アサシンは既に諦めを越えて、尊敬さえしてしまいそうになる。加えて、神父は嘘やハッタリではなく、本当にそう考えて言葉にしているだけ。こんな場面でも自然に敵へ挑発する当たり、本当に性根が腐り捻じれ曲がっていた。

 

「あの様な成れの果ての残り滓ならば、俺でも倒すのは実に容易い。故にお前も遅くとも十秒で殺せ、アサシン」

 

「了解した。失敗は許さぬぞ、神父」

 

 無貌の笑みを、フードで隠す仮面の陰の中で浮かべる。アサシンにとってそもそも、暗殺で姿を見せるのは愚作であり、相手が死んだと言う事さえ気付かせない殺人が至上。

 

「ああ。精々気を付けよう」

 

「ふん。足手纏いにはなるでないぞ」

 

 しかし、偶にはこんな、死後の私情から闘いに挑む戦場でならば、生前では考えられない異教徒と共闘するのも悪くはない。流石に良い気分とは断言しないが、悪い気持ちには何故かならなかった。

 ……そんな二人をじっくりと見る二体の鬼。闘争の邪魔をされた所為で、今は今かと仕掛ける機会を窺い続け、漸くその瞬間が訪れた。先程まで戦っていた魔術師と剣士の気配は完全に無くなり、敵対勢力は完全に目の前の者達だけになったのだ。

 

「―――……!」

 

 そして―――巨鬼が走った。いや、表現としては爆発したとでも言うべき、圧倒的な速度を誇る踏み出しであった。たった一歩で間合いを詰め、アサシンの眼前に出現し―――痩鬼が巨鬼の影に隠れて奇襲を行った。勿論、拳の先に居るのは神父ただ一人。彼は鬼の拳打から逃げる様に、攻撃範囲から後退する。そして、アサシンは攻撃を容易く回避し、懐に隠し持つ短刀(ダーク)を鎧で守られていない露出部分へ投げ放った。だが、そもそも相手は鬼。サーヴァントに傷を与えられるとは言え、宝具でもないただの暗殺具では肌に刺さることも出来ない。鋼鉄を遥かに上回り、金剛石よりも硬い皮膚によって弾かれ、地面に虚しく落ちた。

 

「……無駄なことを」

 

 棘棍棒を一振り。たったそれだけの、簡単攻撃だった。しかし、それが余りにも速く、力強かっただけの話。

 

「――――――!」

 

 巨鬼の一撃がアサシンの片腕を消し飛ばした。巨大な棍棒は余りにも鋭い打撃で、既に斬撃としての機能も有していた。

 アサシンは腕を粉砕され、消失しても顔色を一つも変えていなかった。必要以上に訴える痛覚の情報を無視しているのだ。繰り返した薬物投与と精神鍛錬が意識しなくとも、戦闘に不必要な感覚など捨て去る事が出来た。体が軽くなったと思い、気分上々に愉快とさえ思えた。暗殺者としての能力が、彼女を常に万全な殺人装置として仕立て上げていた。

 ―――吹き出た鮮血が、巨鬼へ雨のように降り注いだ。

 戦闘に重要な片腕を一つ失い、アサシンは窮地に落ちている。サーヴァントであろうとも、腕の損失は無視し切れない。

 

「弱いな、暗殺者―――」

 

 巨鬼はつまらなそうに呟いた。腕を少し“撫でた”だけで肉体が欠損する。余りにも脆弱、どうしようもなく無様。たった一瞬一合の間で、サーヴァントでもないキャスターの捨て駒に過ぎない自分(式神)に致命的なダメージを受ける。そんな弱者は英霊として召喚される価値もない。弱いなら弱いなりな戦術の選択があるのに、そんな事も分からずに前に出るなど話をする以前の問題だ。

 

「―――では、死ね」

 

 叩き潰す。あのセイバーとの心地良い闘争を邪魔した乱入者だ。さぞかし今溜まった鬱憤を晴らす良い案山子に成ることだろう。ならば、命を奪う事に躊躇いは無い。直ぐに血飛沫に変え、肉片残さず殺害してやる。ゴミのようなサーヴァントならば、棍棒で叩いて捏ねてミンチにして生ごみにするのが正しい。巨鬼は不愉快さから湧いた怒りでもって、アサシンを殺そうと害意を向ける。

 

「…‥く」

 

 可笑しくて、気が狂ったように笑う。押し殺し切れず、漏れ出してしまう。誰が聞いても、それは自分の死を認識していない愚者の声だと思えるモノだった。

 

「くは、ははは。王手だぞ、間抜け――――――」

 

 アサシンは仮面の裏で嘲笑した。傷を受けた自分では無く、相手の無様さが面白くて仕方が無い。殺しや戦いに感情を挟まない彼女だが、隙を見せた獲物に止めを刺すのは別。しかも、よりにもよって、自分が最も信用している“武器”を突き付けている最中なのに、気がつかない相手を殺すのは愉快痛快だ。彼女は余分を排して暗殺に徹する完全無欠のハサン・バッハーサだが、楽しい。楽しいのだ。在り方を全うするのが愉しくて仕方が無い。自分の人生であり、生き方であり、日常であった暗殺こそ最上の喜び、歓び、悦び!

 そんなアサシンに反応したのか次の間、鬼に付着した血から湯気が上がり―――瞬間、皮膚が崩れて溶解を始めた。そして、傷口から血液がアメーバのような動きで侵入する。

 

「……ぎ。ガ、ぁ――――――!!!」

 

 鬼の体内で流れる血流にアサシンの血液が侵入し、全身余す事無く汚染する。血液ポンプの核である心臓は無論のこと、内臓と四肢に隈なく行き渡る。勿論―――魂が宿った霊核の要である脳にも、アサシンの呪詛は巡回をし終わった。そして、全身の血液が沸騰、気化。

 

「―――妄想血痕(ザパニーヤ)―――」

 

 巨鬼は肉体を一気に膨張させた。一瞬の出来事であり、人型も保てずに膨れ上がり―――爆散。宝具の真名解放と同時、肉片粉々に成り果て即死した。

 これが言峰士人と契約した暗殺者のサーヴァント―――アサシンの宝具。

 真名は『妄想血痕(ザパニーヤ)』。

 血液を多種多様な毒素へ変換し、相手を殺害する毒殺宝具。そして、毒の元となるのが彼女の血液であり、宝具の大元は呪詛で満ち溢れた自分自身の心臓。つまり―――アサシンの宝具は血を毒に変える“心臓”だ。彼女は剣士や槍兵のような武器では無く、アーチャーが持つ飛び道具でもなければ、ライダーのような乗り物ではない。自分自身の肉体を宝具とし、暗殺を行うサーヴァントであった。

 

「愚か者め。私の七つ道具を見せるに値しない赤子だが、能力だけは高い所為で酷く面倒だ。

 ああ……そう言えば、聖杯戦争の為だけに作られたキャスターの使い魔であれば、貴様は生後数日だったな。ならば、赤子であっても仕方が無いか」

 

 アサシンは笑う。顔無しの笑みを浮かべながら、辺りに散った血液を空中に浮かべて自分に流した。まるで目に見えない血管を通るように鬼の血液が、彼女の元に流血していく。段々を集まり、大きな血液の塊を生み出した。使い魔を構成する霊子が魔力に還り、太源に気化するまでに、アサシンは血液を収集し終えていた。

 

「―――は。流石はキャスターの使い魔。一流を越えた良い魔力(血の源)だ」

 

 その血塊を、失った腕の断面部分に取り付けた。瞬く間に血液は蠢き出し、アサシンの片腕に変化。彼女は無事完治。血液一滴無駄にする事無く、むしろ鬼の魔力を更に得た事で万全の状態に戻ったのだ。

 ―――それと同時に、士人もまた王手を痩鬼に掛けていた。

 双剣として愛用する投影武装・悪罪を乱舞させ、全てを圧殺する剣戟嵐で拳打を捌く。敵の意志を摘むように一歩一歩必殺まで追い詰めて行く。しかし、痩鬼を殺し得るのに士人では一歩足りない。先程まで敵の動きを見ていたので見切りは最初からついているが、殺せない。

 

「―――神父。おまえか」

 

「…………」

 

 痩鬼が持つ偽装された生前で、この神父との因縁は記録に刻まれていた。地下教会で受けた致命傷を癒され、魔術師を相手に出来るように幾つかの道具を渡され、果たさねばならない復讐を手伝って貰った。戦場も憎悪を晴らせるようにと整えて貰った。

 その相手を前に、士人は無表情であった。緊張をしているのでもなく、機械のような冷徹に徹しているのではなく、ただただ普通。思う所もなく平常心のまま口を開いた。

 

「言葉は不要。俺が憎いなら殺してみせろ、鬼」

 

 ―――偽物に価値が無い、とは士人は思わない。だが、この痩鬼と言葉を交わす気になれない。

 彼にとって葛木宗一郎と、眼前の痩鬼は全くの別人として考えている。あの男は自分の命を好きな様に使い、願望のまま戦いに挑んで死んだ。しかし、この痩鬼からはそんな虚無感さえ感じられない。思考をしても、疑問に思っても、感情が有っても、意志がない。在り方が無く、生き方が無い。つまり―――圧倒的なまでつまらない。

 人形でさえない現象。その点、巨鬼の方がまだ存在感がある。この痩鬼はプログラムで稼働する亡霊に過ぎなかった。

 ……拳を神父は防ぐ。

 淡々と黙々と、肉体に衝撃が奔る。無傷ではないが、自分の命にまで届く業では無かった。よって、既に見切った拳技ならば、在る程度の耐性を得られる。一撃を受けたとしても、致命傷にならぬように耐えられた。偽物はやはり偽物であり、本物とは別物な違う存在に過ぎないのだ。

 

「―――ヌゥ……ォ!!」

 

 故に―――死地よりも一歩だけ向こう側の、本物の限界に届かせた。

 胸部の骨と筋肉、そして心臓と肺を強化。加えて一撃受けたとしても死なぬように、呼吸法で一気に衝撃への耐性を身に付けた。

 ―――ガン、とまるでハンマーでコンクリートの壁を砕いた時に似た爆音。

 心臓を挽き肉にする拳を受けた。それと同じく、神父は双剣を鬼の胴体に繰り出して内臓を抉っていた。そのまま敵を刃で固定し、逃げられない状態にする。双剣の柄を握り締め、鬼の命を手を掛けた。

 そして、最初の計画通り―――彼は絶死の策を起動させた。

 

「―――宣告(セット)破片軌道(リカウント)

 

 実に簡単な作戦だが、彼は森の中に罠を作っておいた。戦地を中心に愛剣の“悪罪(ツイン)”を配置して置き、呪文詠唱で以ってそれを奇襲に使う。何時もと違うのは、投影存在を囮にするのではなく、自分自身を装置として命を利用する点。

 飛来する凶器の群れ。

 死を告げる刃の円舞。

 速攻であり、奇襲であり、確実な抹殺手段!

 

「……――――――」

 

 四方八方から突き刺しに来た悪罪が、痩鬼を哀れな程傷ましい姿にする。何本もの剣が彼の体を串刺し、傷口から血液が流れ出る。鬼の体内に剣が異物となって、彼の動きを完全に停止させた。そして、士人は口から血を流しながらも、笑みを浮かべて動けぬ敵を蹴り上げた。強化した脚は物理法則を容易に超越し、垂直に鬼を上空へ飛ばした。

 夜の森の空の中、刃で血塗れになった鬼が月光に照らされる。彼は鬼種とは思えぬとても穏やかな表情で夜空を見上げた。星々を見つめながら、鬼は自分の最後を悟ったのだ。

 

宣告(セット)―――消え逝く存在(デッド・エグジステンス)……ッ」

 

 そして、全ての武装が―――火薬となって爆轟した。宝具を自壊させる攻撃方法として“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”が存在するが、この爆破方法は言峰士人が編み出した魔術の一つである。

 本来ならば幻想たる宝具を砕き、魔力を一気に放出することで破壊力を生むのだが、これは逆に幻想と言う一個の存在を全てそのまま爆源にした魔術。簡単に言えば、幻想を構成する因子全てを爆薬にしている。存在それ自体を余す事無く効率的に爆破の材料とするのだ。効率を考えると、込められた魔力に似合わない破壊力を有しており―――その火薬が内側から破裂した。

 

「ほら、アサシン。此方にも良い餌が出来上がったぞ」

 

 森に血の雨が降る。ピチャリ、ピチャリ、と赤い水滴が落ちた。

 

「……うむ。余り調理方法は喜ばしくないな」

 

 その赤い液体を彼女は地面に墜ち切る前に、呪術で手元に凝縮させる。赤い血の塊を握り。そのまま口元に流し込む。心臓の悪魔が新たな生贄の魔力を喜び、彼女は一段と呪詛を充実させた。

 

「腹が足りているのなら構わないが、もう満腹なのか?」

 

「まさか、二匹程度では欠片も満腹中枢は刺激されない」

 

「ならば喜べ、暗殺者。馳走は腐るほど存在している。何せ今は戦争中だからな」

 

「そうだな。魔力に困る事はなさそうだ」

 

 暗殺者は影に溶け込む見えない虚ろのように、淡々と神父の後ろに付いて行く。神父は悪夢の中に住まう悪魔のように、ゆったりと衛宮士郎とセイバーが目指していった城へ歩いて行く。

 ―――本当の戦場は直ぐそこまで迫っている。

 森に居る全てのサーヴァントとマスターが一点を目指している。戦場の決着が近付いていた。




 アインツベルン攻略戦線編も終盤に入りました。アサシンの宝具も出しましたし、主人公も本格的に戦線に加えて行きます。
 読んで頂き、ありがとうございました。

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