神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 約一カ月ぶりの投稿です。プリズマイリヤ、アニメの方も漫画の方も楽しんでいます。型月関連作品が新しく出るのは、ファンとしてとても喜ばしいです。


46.戦火交差

 時は少々遡る。バーサーカーとランサーが互いの宝具を解放し、激突する前まで時間は戻る。バゼット・フラガ・マクレミッツは、戦場から逃走したアデルバート・ダンの追撃を終えていた。

 

「―――さて、逃走劇はここまでです」

 

 バーサーカーを使い、索敵範囲の広いセイバーのマスターを足止めし、公園で追手であるアーチャーのマスターを撒いた。サーヴァントを囮にした素早い逃走で戦闘離脱を計った。

 公園から去った後の行動は更に迅速。ビルを壁蹴りし、ダンは一瞬の内に新都の空を走り逃げていた。自分自身に姿隠しの効果がある魔術を発動させておき、さらに気配も遮断していた。これを追撃するにはまず、ダンの位置を察知する第六感か、あるいは隠れる敵を索敵する術が必要。

 凛では足の速さが足りないのもあり、結界で覆われた公園の端で目暗ましに遭い逃げられた。だが、バゼットであれば敵の逃げ足に追い付き、第六感もそれなりの精度を持ち、ルーンによって索敵も可能。追跡は数分で終わり、公園から離れたビルの屋上で二人は向かい合っていた。

 

「……追って来たのか、フラガ。ランサーが殺されても知らんぞ」

 

「戦いの中で殺されるのであれば、彼も本望でしょう。

 ……しかし、そもそも私は彼のマスターです。ランサーの力量を理解していますので、彼が死ぬ心配はしておりません。信じていますので」

 

「そうか。ならば、アレには全力を出すよう命令しておこう。オマエのランサーは派手に殺される事だろう」

 

「―――ほう? バーサーカーの真名が露見する事も構わないと」

 

「……ほざけ。そも、オマエは衛宮士郎に対価を支払い、魔剣から真名を探る魂胆だろう?」

 

「良く分かりましたね。彼は聖杯戦争において鬼札(ジョーカー)の中の鬼札(ジョーカー)

 まだ協力する予定はありませんが、ギブ&テイクな関係を結ぶ事は不利益になりません」

 

「だろうな。オレも策の一つとして浮かんでいる。

 ならば、まだバレてしまう前に、可能な限り殺せる敵を殺してしまえば良い」

 

 バゼットも、いざとなればランサーに宝具の使用を許している。だが、宝具は出来る限り他の組が居ない状態で、更に敵を確実に殺害出来る時以外に使いたくは無い。ランサーの真名を考えれば、弱点も露見してしまう。しかし、敵もここまで本気となれば、真名解放をしないでいる方が難しいと考えた。

 

「随分と強気ですね。貴方のバーサーカーの相手は知り合い同士でありますので、同盟を組まれましたらかなりの危機となりますよ」

 

「自分で言うのもアレだが、オレのバーサーカーは強い。流石に勝率が高いとは言えないが、あの程度で死ぬ事は無い」

 

「ほう。言いますね。しかし、ここで貴方を斃せば、あの狂戦士の奮闘も意味は無くなります。

 なんでしたら、貴方ご自慢の魔銃を撃つまで待っても―――この私は構いませんが」

 

 背負っていた細長いケースから、金属製の玉が一つ。フワフワと宙に浮いて、バゼットの背後で敵を威嚇している。

 

「―――ハ。自慢の宝具は通用しねぇぞ、伝承保菌者(ゴッズホルダー)が。オマエなんてな、血を浴びなくては自己を容認出来ぬただの撲殺魔だ」 

 

 自分の宝具が知られている様に、彼女も敵が持つ武器を知っていた。あの男が持つ魔銃……いや、聖銃とも言うべき回転式拳銃は退魔に特出した教会側の概念武装。魔を浄化して霊体を殺傷する能力を持ち、特に対魔術に優れている。魔術師にとって天敵とも言える拳銃だ。

 だが、そんな程度の神秘を乗り越えて来たからこそ、バゼットは風疹指定執行者として生き残っている。敵の殺し屋が自分の武器と人格を知っている様に、彼女もまた相手の武器と人格を知り得ていた。

 

「下らない。貴方こそ、お得意の魔銃が私に通じるとでも。魔術師足り得ぬ殺し屋風情では、ただの射殺魔に過ぎません。いや、より性質が悪い乱射魔でしょうかね」

 

 取り敢えず、始めた会った時から気に食わなかった。罵詈雑言が飛び交うも、何時も何時も決着にならない。協力して封印指定を狩った事もあったが、任務云々よりも常に湧いてくる苛立ちとの戦いだった。

 この殺し屋が封印指定に認定された時、どれほど潰しても良い口実が出来たと面白かったかと、バゼットは少しだけ暗い悦に浸った。実際に何度も殺しに掛り、殺され掛った事も幾度も有る。そして、ダンもバゼットを殺して良いとなれば嬉々として殺し合っていた。

 

「はぁ……ったく、罵り合いは此処までだ。聖杯戦争と言うのに、今はお互い相棒は不在。ならば、いつも通り―――」

 

「ええ。いつもと変わらず―――」

 

 この二人の、自分で自分に課した職務に対する生真面目さは同じ程度に重い。つまり、同程度に相手の殺害を義務として自分に背負わせている。

 殺人の罪を科す事が生き甲斐となっている両者にとって、意思疎通に多くの言葉は要らなかった。

 

「「―――狩りを開始する」」

 

 言葉を同じ。眼前の敵を駆逐する事を思考する。

 

「―――あ。本当かよ、こうなる訳ね」

 

 ……まぁ、乱入者によって拳と銃の決闘は始まらないのだが。執行者と封印指定の間で高まった闘争の空気を、あっさり霧散させる軽い声が虚しく響いた。

 

「白けたぜ……ったく。

 相変わらず、屠殺場に合わない女だ」

 

 銃口の先を地面に向けたダンは、気が抜けた表情で嘆息。つまり、殺意の矛先を自然と収めたと言うこと。死を与える銃弾では無く、彼の銃弾染みて軽い言葉の先に居るのは、一人の女性であった。彼の視線の先はバゼットから外れ、異邦人へ向けられている。

 強いて言えば、その人物は刃物が似合う気配が物騒な麗人だ。

 赤焦げたオレンジ色に近い赤茶色のオーバーコートは、そこまで派手では無いが目立たない事も無い。しかし、左目へ結構目立つ黒い眼帯を装着し、その片目部分には痛々しい刀傷が縦に一本通っている。

 

「―――綾子! 貴女なんでこの場所に?」

 

 美綴綾子。それが突然現れた女の名。

 前回の聖杯戦争で巻き込まれ人生の転機を迎えた元一般人。そして八年前、バゼット・フラガ・マクレミッツが弟子として協会に連れて来た日本人。突然変異で誕生した初代の魔術師であり、今の時代では珍しい家系の始まりとなる異端者だ。

 

「なんでと言われてもね、バゼットさん。あたしも来る気は無かったけど、サーヴァントっぽい奴に追い込まれて、此処まで誘導されたんだよ」

 

 サーヴァントの姿は無い。彼女の隣に英霊は現れておらず、サーヴァントを従えるマスターが集まるこの場所には不自然であった。

 ……要は、戦場に出る事無く近場で観察していたら、この場所まで追い込まれていたのだ。

 

「巻き込まれたのですか、また。本当に貴女は良く厄介事に襲われますね」

 

「あたしだって、無関係でいたかった。けど、まさか追い込まれた屋上で師匠と知人に出会うとはね」

 

 バゼットからすれば、綾子は正に誘蛾灯だった。異端は異端を引き付けると言うが、彼女のそれは程度が危なっかしい。通常の魔術師では考えられない度合いで、危険な事件が頻繁に彼女を巻き込んでいた。

 

「何だ、美綴。オマエもこの戦争の参加者か」

 

 ダンとて元時計塔の一員。何の因果かフラガから冬木の魔術師達と縁が出来、綾子とも初対面では無い。

 

「巻き込まれたと言う意味では、当事者と言えなくも無い」

 

「ほぉ……まぁ、良い。

 ―――出会ってしまったのであれば、やる事は一つしかないからな」

 

「好戦的だね。けど、らしいって言えば、アンタらしい考え方だ」

 

「どうも。人殺しがライフワークでね。オレはこれで生活してるのさ、盗賊」

 

 緩んでいた空気は一瞬で元に戻った。盗賊、と協会から綾子に付けられた渾名。それも主に、封印指定執行者や聖堂教会代行者から呼ばれている悪名だ。

 

「盗賊、ね。もう言われ慣れたけど、其処までがめつく無い筈なんだけどな」

 

「オイオイ待てよ。獲物を横取りしてお宝取って行く輩が、がめつく無いだと?」

 

「……? いや、魔術師同士の殺し合いだよ? 勝った者が全て奪うのは普通でしょ、勿体無い」

 

 ―――故に、盗賊。泥棒では無く、殺して奪う賊で在る。

 魔術協会や聖堂教会に狙われる魔術師は、殺されても仕様が無い外道が殆んど。綾子が命を奪って殺したところで誰にも文句は言われない。

 しかし、彼らが生涯を掛けて生み出した神秘の結晶も奪って手に入れる為、綾子は特に協会の者から嫌われていた。教会の方からは魔術で生計を立てている異端者の一人でしかないが、協会からすれば成果を奪い尽くす悪魔。金銭の為に封印指定や人喰いの魔術師を狩る執行者では無く、他者の成果を収集する事を生き甲斐にする生粋の魔術使い。有能なアイテムは全て一人占めし、迅速に事態を収拾して犠牲を防ぎ、神秘の漏洩を守っている。

 

「それにさ、要らないモノはちゃんと協会に売ってるじゃん。だったら、それで十分だろ」

 

 道具集めが娯楽とは言え、それでは先に成り立つモノが無い。故に、自分にとって興味は湧かないモノだろうが、協会からすれば必要なモノならば高値で売り払っていた。

 綾子はその収入で、更に多くの品物を収集し続ける。

 生活費を稼ぐと共に、心から愉しめる趣味娯楽を堪能し続けていた。

 

「黙れよ、盗賊。オマエの所為で何回泣かされた事か。いや、まぁ……執行者を辞めた今となれば如何でも良いことだが。

 だけどな、積もった恨み辛みが消えちまう訳じゃない」

 

 魔術協会所属の封印指定執行者にとって、美綴綾子は看過出来ぬ強大な商売敵であった。例外とすれば彼女の師であるバゼット・フラガ・マクレミッツ程度。そして、現場で交渉出来る者はそも、この鉄拳魔術師くらいだ。ダンもダンで、綾子が学徒だった協会時代で知り合っていたものの、戦場での殺し合いの享楽を優先して何時も戦っていた。

 

「そう言われても、その何だ……困る。商売敵とは言えさ、元々は同じ組織に居た同類じゃないか。実際のところ、そこまで憎悪なんて無いんだろ?」

 

「……は、良く言うぜ」

 

「―――無駄話は其処までです、二人とも。

 バーサーカーのマスター……いえ、封印指定アデルバート・ダン。貴方を此処で、聖杯戦争に参加した執行者として始末します」

 

 バゼットは召喚した相棒の危機を感じ取っていた。ラインを通じて離れた戦場の状況を把握している。ならば、ランサーのマスターたる自らがすべき事柄は一つしかない。

 ―――目の前の元同僚を可及的速やかに抹殺する。

 僅かながらだが、仲間としての思い出がある。個人的に持つ人間としての感情も確かにある。だが今は、殺し合うべき敵として、この魔術師を殺害しなくてはならない。

 故に、バゼット・フラガ・マクレミッツは自然と拳を構える。たったそれだけの動作で、先の見えない戦場の空気を作り上げる。

 

「――――――……」

 

 無言の笑み。殺し屋は最初から言葉など不要。ただ折角の殺すだけの獲物では無く、個人的な因縁がある敵であるからこその会話だった。殺すだけでは無い戦場の営みが、彼の心を僅かに揺さぶっていた。しかし、幕開けは既に始まっている。

 故に、アデルバート・ダンは銃を構えた。銃口から迸る鉄火の死線が、敵を弾で食い千切ろうと飢えている。

 

「三つ巴ね。まぁ、それはそれで血濡れた戦争に相応しい」

 

 綾子は重く溜め息を一つ。どうも自分は戦場の神様に愛されているらしい。追い詰めらた末、こうも見事に他の魔術師と出会うとは驚きだ。偶発的に起こったこの遭遇戦では無く、計画的に誘導された戦地。

 故に、美綴綾子は矛を構えた。何処から取り出したか分からぬ矛は、その長い柄の先にある刃を月光で煌めかせ、鋭利な殺意が放たれている。

 ―――刹那、ビルの屋上が天空から照らされた。

 光り輝く魔法陣に狂った魔力が宿り、分かり易い死の脅威を具現した……!

 

「ここでそう来るのか、キャスター……っ―――!」

 

 ―――纏めて(ミナゴロシ)。明け透けな殺意と、効率的な殺害方法。

 先程まで凶悪な使い魔を自分へ送り、殺そうと画策していたであろうキャスターの砲撃。ビルごと三人を鏖殺するに容易い魔力量と、圧倒的な神秘の深さと概念の重さ。

 

「綾子。貴女は本当に、厄介事ばかり纏わりつかせて―――」

 

 ダンもそうであったが、バゼットも状況を一瞬で察した。つまり、この化け物に彼女は追跡され、この戦場まで誘導されたのが、この美綴綾子。キャスターは恐らく、マスターたちを一斉に殺すべく影から戦場を観察し、上空からの圧倒的な砲撃で殺そうと計画した。

 そして、その原因は美綴綾子。恐らく彼女はサーヴァントの監視の目に追跡され、此処に来て監視者が本気を出したのだ。

 

「我が師匠ながら辛辣過ぎる……」

 

「……疫病神め。これだからオマエは怖ろしいんだ」

 

「うるさい。あたしだって好きで狙われてんじゃないんだ」

 

 既に、上からの包囲網が完成されている。ビル一棟を丸々塵一つ残さず消去する魔力と概念が詰まった神秘が、今にも落ちてくる。

 ―――夜の悪夢。

 もう互いで殺し合っている場合では無い。

 最悪な事に、神霊に等しい悪魔の如き術者が皆殺しを目論んでいた。

 故にその行動は余りの刹那に行われた神業だった。伝承保菌者フラガによる宝具の解放。嘗ては光の神たる王の懐刀。

 ―――逆光剣・斬り抉る戦神の剣(フラガラック)

 神話を甦らせた魔術師は眼前の敵を無視し、上空を仰いだ。目的はこの大魔術……否、“必殺技”を行使している魔術師の索敵。魔力で強化された視界をもって、大魔法陣を描く魔術を行使する襲撃者を探し出す。

 

「―――――――まさか、居ない……!? 

 これ程の術を遠距離で操作しているとでも言うのですか!」

 

 無駄だった。条件次第ではEXランクに及ぶ宝具であるが、敵を認識出来ねば意味が無い。ダンと綾子もバゼットの宝具を知っているが故に静観していたが、単純明快な事態でフラガラックが無効化されていた。

 ……有り得ないのだ。

 例え、この魔術が魔術師のキャスターによって運営しているのだとしても、これ程の術式を離れた所で実行する。技量が既に英霊として考えても、魔術的な非常識からも乖離した術の担い手。

 

「……使えねぇな、フラガ」

 

「じゃあ、勝手に逃げて死んで下さい」

 

 ―――天の極星は、ただ充填を待つのみ。

 ならば、もう自分の身は自分で守る他無い。光は次の間には落ちても不可思議は無く、逃走の動作をした瞬間に殺しに掛って来る事も明白だ。この術を放とうとしている者ならば、確実に皆殺しにする為のタイミングを逃す事は無い。

 拳銃をホルダーに素早く仕舞ったダンは、新たに右手から巨大な拳銃を取り出した。遠慮する事無く、回路全ての魔力の循環させ、必殺の魔弾を以って砲撃に対抗する。バゼットはバゼットで自分自身に付けているルーンを全て起動させ、眼前の宙に文字の障壁を生み出している。

 

「……仕方ないね―――」

 

 三つ巴が四つ巴となり、三人のマスターがキャスターらしきサーヴァントに王手を掛けられた。その状況を考えた末、綾子は疲れた笑みを浮かべて溜め息を一つ。

 ―――天から光が墜落する。

 もはや、人間では生き残れない。いや、バゼットとダンならば死なないようにやり過ごす事は出来るかもしれない。しかし、その次の第二派があったと仮定した場合、もう無理であった。サーヴァントを強制召喚した所で間に合わないし、キャスターならばマスターが令呪を使った刹那の隙を感知して砲撃してくるだろう。それほどの事が可能であると、この砲撃の主の技量が簡単に魔術から伝わって来た。故に今は耐える他無い。

 相手が目に見えないところから攻撃してくる魔術師のサーヴァント、と言う時点でマスターからすれば分が悪過ぎた。令呪を使えば殺されてしまう所まで追い込まれた時点で、バゼットとダンは自分で自分を守るしか手段が無い。

 ……そう、この二人を除けば、だ。

 

「―――殺せ、アヴェンジャー」

 

 黒い影、煌めく短刀。気配なく現れた人型が、蜘蛛の如き動きで宙に舞った。まるで何も無い空間に、糸を張り巡らした巣があるようだ。

 ―――そのまま暗影は、天から落ちる極光を切り裂いた。

 唐突に戦場に現れたサーヴァントらしき人物が掻き消した。たった一振りで、魔力砲を消滅させた。

 

「……マスター。アンタは相変わらず危なっかしいな。キャスターの使い魔を殺し尽くすのが遅れていたら、この場面に間に合わなかったぞ」

 

 蒼い目を暗く輝かせる。黒装束の礼装で身を堅め、飛び出し式の短刀から強烈な死臭が漂っている。極光を一瞬で消滅させた男―――アヴェンジャーのサーヴァントは、余りにも分かり易い呆れの態度で自分のマスターを見詰めている。

 

「そん時はそん時さ。

 準備は常に万全だから、他にも手段はあった。

 それによ……そんな台詞、鬼退治だとはしゃいでた奴が言えることじゃないぞ。こっちはこっちであの後、あたしは鳥頭やら大百足やら犬人間やらで大変だったんだ」

 

「すまないとは思ってるよ。だけど、大物連中はしっかり斃しておいたじゃないか」

 

 そして、彼は両目に包帯を巻いた。呪詛がぎっしりと刻まれた真っ赤な布は、まるで血に染まった襤褸。しかし、それは赤い布に更なる血が浸ったことに他ならない。

 

「―――馬鹿な、殺人貴。何故、貴方が生きている……!?」

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツは有り得ない死霊を見た。

 幽霊を視てしまったような表情。バゼットと違って会った事は無いが、アデルバート・ダンも殺人貴の噂は聞いた事がある。

 

「いえ、まさか―――サーヴァント!?」

 

 存在感が人間では無い。だが、気配はあの死神と完全に同一。何より、姿形が全く同じもの。

 

「あぁ、あの時の執行者か。いや、どうも……生前のことはどうも記憶が摩耗して、思い出すのが難しい」

 

 数年前のこと。バゼットは殺人貴と出会った。あれは既に人類(ヒト)ではどうにもならない怪物を、一方的に殺戮する真正の死神だった。

 能力と体術を加味すれば英霊とも容易く殺し合える化け物だが、自分自身がサーヴァントと化した今だと果たしてどれ程の怪物と化しているのやら。それを考えれば憂鬱な思考に運んでいるが、相手の真名と能力が判明したのとても大きい。

 

「はぁ……直ぐに真名がバレるから、こいつを出すのは嫌だったんだ。そう言う意味じゃ、とんでもない外れ籤だ」

 

 アヴェンジャーの背後にはマスターたる魔術師、美綴綾子。弟子と死神を視界に収めつつ、バゼットは静かになった屋上から天を覗く。そして、辺りを見渡した。

 

「―――居ない。あの殺し屋、逃げ足の迅さだけは協会一です」

 

 アデルバート・ダンは完璧に姿を消していた。隙を縫い込む様に気配を消し、安全な逃走ルートで行方をくらましていた。

 

「あの男なら逃げて行ったよ、魔術師。駄賃に弾丸一発撃たないなんて、そうとう切羽詰まってたみたいだ」

 

 獲物が隙を晒しているのに、得物を使って殺さなかった。つまり、あの殺し屋は完全な撤退を決めていたのだろう。

 

「じゃあ、さっさと逃げるぞアヴェンジャー。このままこの場所にあたしらが居ると、更に厄介そうだ」

 

「了解したよ、マイマスター」

 

 アヴェンジャーを従がえる魔術師―――美綴綾子。彼女は参戦を師に表し、そのまま闇夜に消え去った。

 

 

◇◇◇

 

 

 ―――魔剣ダインスレフの完全開放。対象を殺害するまで狂化し続ける宝具。

 大まかな効果しては、全パラメータを肉体へと侵食する呪詛に比例してランクアップする。使用者が殺害対象を殺し得る能力値まで、パラメーターを強化する報復の宝具であった。

 その魔剣に対し、バーサーカーは真名解放によって強引に魔力を叩き込んだ。刀身から漏れ出す呪詛が肉体を汚染する。何段階も飛び越えた自身への強化……否、狂化の上書きを続行した。斬り合いの中で徐々に魔剣内に溜め込んでおいた魔力を全て消費し、段階的な強化を更に加速させる。

 

「―――――――」

 

 バーサーカーは既に魔剣の開帳を念話で許可されていた。戦略的には拙くも、死んでしまえば意味が無い。有る程度ならば“死に耐えられる宝具”を持つとは言え、真名の露見程度に比べれば、生きる手段を取る方が優先される。

 だが、そこには妥協と打算がある。つまり、バーサーカーの真名を見抜ける衛宮士郎と交渉、あるいは同盟を組める相手が既に聖杯戦争に参加していた。ならば既に、真名をこそこそ隠す重要性はかなり減少してしまう。で、あるのなら、サーヴァントの真名が暴露される危険性を考慮した上で、相手サーヴァントの宝具を出させる方が建設的。

 バーサーカーのマスター、アデルバート・ダンは短い間でそう思考し、実行した。故に、彼はバーサーカーへ何をしても良い、好きに戦えと許可した。宝具も技能も隠す事無く、全力を出して生き延び、敵を殺し尽くせ、と。

 

「……貴様、その体――――――!」

 

 ―――魔剣が黒く閃いた。バーサーカーは左手で槍を掴み、火花を散らしながら魔槍の柄の上で刃を走らせた。槍を発射台に模した弾丸如き刃の狙いの先は―――槍兵の首。

 目前の死。

 ランサーに躊躇いは無い。

 バーサーカーが作った断頭空間から逃れる為、彼は宝具を手放した。狂戦士の剣戟は空振り、敵の頭上を通り過ぎる。その刹那―――ランサーは極限まで圧縮した体感時間の中、バーサーカーの懐に飛び込んだ。

 狂戦士は腹が炸裂したと錯覚する。視線を向けた先に、槍兵の片脚が槍の如く突き刺さっていた。衝撃で槍を掴む握力が緩んでしまう。

 ……そして、蹴りと共にランサーは自らの愛槍を握り締めていた。

 心臓を抉る紅い魔槍をバーサーカーは手放し、再び槍は伝承通りに担い手の手元に戻る。

 

「◆◆■◆■■……!」

 

 胸から血が吹き出ている。背中の傷口からも、水鉄砲のように心臓が脈打つごとに飛び散っていた。が、それも直ぐに停止した。何かしらの治癒の能力、あるいは肉体自体が宝具であるのか。心臓に風穴が相手にも関わらず、バーサーカーは死んでいない。いや、正確に言えば死ぬ事が出来ていない。

 何故なら、血は流れていないが、傷口は蘇生されていない。孔が開いたまま、彼は死んでいない。生きていると言うよりも、その異様な姿は死んでいないと表現した方が正しく感じられる。

 ゆっくりと、ゆっくりと、傷口は埋まって治っているが、明らかに死んでしまう遅い速度なのだ。この治癒速度では完治する前に死んでしまう筈なのに、バーサーカーは死んでいない。生きていた。

 ―――剣と槍は直ぐ様、死の舞いを踊った。

 生きているのであれば、死ぬまで刺し続けるまで。ランサーは狂戦士の能力を推測し、そのイカレ具合を楽しみつつも戦術を立て直す。あの不死性が宝具であれ、特殊なスキルであれ、大元の原動力は魔力。サーヴァントであるのならば、敵の魔力が尽きるまで殺し続けるだけだ。それに戦いをより楽しめるのであれば、それだけで満足なのだ。相手が不死だろうと関係無い。

 

「……ダインスレフ、ね。

 じゃあ、あのサーヴァントの真名は恐らく……ホグニ、かしら。女神に呪われた魔剣の主」

 

 激化を止めない殺し合いを見て、凛はバーサーカーの正体を口にした。隣に居るアーチャーが気負うことなく戦闘を観察しつつ、マスターの意見を肯定した。

 

「こりゃまた随分と厄介な英霊が召喚されたね、マスター。女神が作らせた妖精の魔剣も脅威的だけど、あの不死性もかなりヤバい」

 

 ―――ホグニ。日本での知名度は低いが、かなり厄介な伝承を持つ英霊。

 魔剣ダインスレフもそうだが、あの英霊は生前に女神に騙され、とある霊薬を飲んでいる。結果、世界が滅び去るまで永久に続く戦場で最期まで戦い、生きて、死んだ。

 能力も厄介だが、あの英霊は殺し合いの経験が豊富過ぎる。バーサーカーで在りながら巧みな戦闘技能が使える理由の一つが、人間の寿命を遥かに超える年月を戦いで過ごしたからだろう。死ぬまで戦い続けた故に剣技が恐ろしく強い。

 バーサーカーは強いと理解した。ならば、と遠坂凛は決断した。

 

「―――介入するわ。あれ、此処で殺してしまいましょう」

 

「ま、別に構わないよ。殺せる時に殺してしまうのも手だろうし」

 

 凛は其処で士郎の方へ視線を変えた。アーチャーは既に武器を取り出し、戦闘準備を万端に整えている。

 

「……士郎は如何する? セイバーと一緒に観戦してるの?」

 

「いや、バーサーカーはこの場で始末して仕舞いたい。

 攻略法も見えて来たのもあるが、共同出来る相手がいる内に難敵は倒しておこうと思う」

 

「では、シロウ。私は――――」

 

「―――ああ。頼むぞ、セイバー。私も出来る限り援護をしよう」

 

 さらに混沌する初戦の地。戦争は開いたばかりだと言うのに、混沌は更なる地獄を増していく。ランサーは既に勝っていた速度も凌駕され、防戦一方に抑え込まれていく。

 ―――バーサーカーの強さは、その粘り強さにある。

 鍛えられた殺戮技巧は余りにも危険だが、それよりも宝具の能力に背筋が凍る。

 不死の肉体に、時間経過するほど高まる身体能力。殺せない相手が段階的に強くなり続け、刃には治癒を阻害する呪詛もあり、更に敵を追い詰める戦術眼も巧いと来た。敵対するのは危険過ぎるサーヴァント。

 ―――ならば、そのバーサーカーに追随するランサーこそ、狂気に満ちている。槍使いはルーンでは無く、力尽くで全身を物理的に無理矢理稼働させている。ランサーは狂化のスキルを使わず、立ち塞がる限界を幾度も超えた臨界の極限に到達している……!

 

「■■■◆■―――!」

 

「しゃらァァア……!」

 

 槍が乱れる。刺突が茨と化し、敵の動きを拘束する有刺鉄線の如き在り様だ。もはや、避ける動作も許さんと赤い刃が命を狙う。それをバーサーカーは、全て切り返し、逸らし、避け、反撃を繰り出していた。

 そして、ランサーは攻勢に出なければ抑え込まれ、そのまま八つ裂きにされて死ぬ。敵の方が速く強くとも、ルーン魔術を含めた自らの全知全能を槍に込めて槍を放つ。だからこそ、筋力と敏捷を凌駕され、技量も自分に匹敵するほど高い相手に対し、殺し合いが演じる事が出来ていた。

 ……しかし――――――

 

「■◆◆■◆!!」

 

 ―――バーサーカーは更に狂い続けている。

 際限が無かった。

 限界が見えない。

 極限が訪れない。

 斬撃が刺突の群れを斬り払う。圧倒的膂力が槍兵に後退を強いる。剣圧だけで地が抉れ、宙に亀裂が入り込む……!

 届かない。敵に槍が届かない。

 武器のリーチを生かす為に距離を取らねばならないが、間に合わない。瞬間的に下がりつつ攻撃を行うが、敵が槍の間合いを何度も突破する。その刃を巧みな槍捌きで逸らし、カウンターを行うも既に次の剣戟で打ち合いが始まってしまった。

 次元が繰り上がり続ける潰し合い。

 必要なのは、サーヴァントとして定められた限界を越える事。

 バーサーカーが容易く自身の限界を凌駕して狂化し続ける様に、ランサーも只管に現段階で強くならなくては殺される。ならば、肉体を物理的に臨界させ続けるのは勿論、自分を強化するルーン魔術もさらに概念を強めなければならない―――それこそ、自分の肉体が許容範囲を越える領域で。

 決意は一瞬だった。ルーンはあっさりと限界以上の神秘でランサーを強化しようと、最大限の効果を発揮しようとし……

 

「―――っち」

 

 ……突如として、文字は停止した。槍兵は、そして狂戦士も動きを止める。ランサーの舌打ちが、熱した戦場を冷たく凍らせた。

 

「てめぇら、サシの勝負に横槍すんじゃね!」

 

 殺気と狂気。熱気と冷気。

 死線が一番集中しているのはバーサーカーなれど、一番の怒気を纏っているのはランサーであった。

 

「困ります。元より、その狂戦士は私の死合相手です。ランサー、文字通り貴方の横槍でまだ勝敗が決まっていません」

 

 透明な剣を構え、セイバーが好戦的な笑みで挑発した。

 

「そう言うことさ。

 私もセイバーの協力者として、その狂戦士を殺さなくちゃいけない義務が有るんでね。ランサーにゃ悪いけど、決闘に水を刺させて貰うよ」

 

 刀を得物として持つアーチャー。クラス名と離れた武器だが、その気配は絶対的技量を持つ武人のそれ。恐らく、この場の誰よりも芸達者な刀使いだ。

 そんな敵達を流し見て、狂戦士は名に相応しい狂った笑みを浮かべる。狂気と言えば狂気だが、それは理性的な感情の発露から来る凶器的な殺意の出現。つまり、このサーヴァントの狂気は、それそのものが人を殺し得る凶器であった。

 

「無粋な輩達だ。我の殺し合いに手出しするとは、情緒も何も無い。だが、そうであるからこその戦争よ。慈悲など価値無く、規律に意味を見出さない。

 ―――良い。実に良いぞ。

 さぁ、存分に殺し合おう。殺したり、死んだりしよう。それは実に、何て―――とても楽しそうではないか」

 

 ランサーとは別種の戦闘狂……いや、殺戮狂か。このサーヴァントは戦いを望んでいるのではなく、殺しを求めていた。血に酔った虐殺嗜好は狂戦士に相応しい悪徳であり、英霊には程遠い怪物の思考回路であった。

 

「……バーサーカー、テメェは―――」

 

「―――それ以上は言うで無いぞ、ランサー。所詮、死人の我々からすれば、これもあれも死後の享楽に過ぎん。

 甦り、死に、拘って、悔いる。

 ままならんのは誰だろうと同じだ。この我も、この狂気をぶつける相手は多い程喜ばしいのだ」

 

 バーサーカーはランサーを認めつつも、価値観の共有は有り得ないと断言する。だが、そんな事はこの場に居る誰もが実感している。誰も彼も皆が全身、譲れない在り方のまま生きて、そんな生き方を良しとしたから、聖杯戦争に参加しているのだから。

 特にランサーからすれば、後味が最悪な殺しさえも娯楽として愉しめるバーサーカーの感性を理解する事は永遠に無く、そしてバーサーカーも純粋な戦士として得られる満足感など実感する事も永遠に無い。故に、似通った戦闘に対する嗜好を持つが、絶対的に相容れぬ相手だと、この殺し合いで理解し合っていた。

 

「……はっ! それこそオレの知ったこっちゃねぇ話だぜ。折角あのマスターに呼ばれ、こんな楽しい馬鹿騒ぎになる戦争だ。

 ―――我、通させて貰うぜ」

 

 ぎらつく目付きが雄弁に語っている。要は、自分以外は全て敵で、戦場に入り込むなら全員殺すと気配で意思を伝播させる。

 

「乱戦かぁ……ま、それも良いかな」

 

「アーチャー、貴女は随分と気楽ですね?」

 

「そんな事ないよ、セイバー。援護は任せてくれ」

 

「良いでしょう。貴女はあの凛のサーヴァントです。一時の間ですが、私の背中は任せます」

 

 女二人のサーヴァントの共闘。変則的だが、(バーサーカー)(ランサー)(セイバー&アーチャー)の殺し合い。

 ―――突如、上空から輝く極光に照らされた。

 視線は直ぐ様上へ。衛宮士郎と遠坂凛は一瞬で両目を強化し、光源の正体をする。敵の気配は無くとも、余りにもはっきりとし過ぎている脅威が其処には在った。

 ……まるで、幾重にも積み重なれた曼荼羅模様。

 凛は常軌を逸した式の構成と、異常な領域に至った魔術理論の権化を悟った。現代の魔術師として、もはや見る事も叶わない神話時代の魔の深淵。

 

「……こんな、出鱈目な魔法陣――――――!」

 

 ―――新たな乱入者。

 纏めて殺そうとする合理的な殺意。

 幾何学的紋様でありながら、雅な芸術性も宿っている魔法陣。描かれた術式の中心部には、極性の魔力が集中し、概念の重みだけで自然法則が粉砕される領域まで密度が高まっていた。

 ―――収束し、圧縮し、加速し、放出する。

 あれは宝具では無い。しかし、現代の魔術師が使える神秘の濃度では無い。つまり―――

 

「遠距離操作にによる魔術砲撃だと、キャスターめ……!」

 

 ―――爆撃手はキャスターとなる。それも現場に居る事無く、自分の陣地から行う隔離干渉と、精密で膨大な術式制御。

 ジジジジ、と不協和音を鳴らしならが死が拡張している。

 

「士郎、あれは私の対魔力では防げません!」

 

 物理干渉に特化した純粋な破壊エネルギーの塊。これは単純な魔力砲では無く、凝縮された魔力は極限の“概念”として光臨している。複雑怪奇な進み過ぎた理論によって、魔力を混じり合せた物理干渉砲台として作られている。

 ―――天に奔る光が美しい。

 性質としては英霊の宝具と似通った神秘であった。明らかに対魔力を意識した術式は、西洋の魔術基盤では無く、東洋方面の呪術関連の基盤が応用されたモノ。良く見れば陣を構成している要所には呪符が浮いており、細やかな結界が空間を歪めて奇天烈な力場を生成していた。

 

「……なに!?」

 

「恐らく対幻想種用に編まれた術式です!」

 

 セイバーが生きていた時代は、神秘面に属する魔物が生きていた。そんな怪物達の中には、対魔力を持つ化け物も珍しくない。その強大な能力に対抗する為の術をセイバーは見た事があり、あの砲撃はそれと同種の気配が宿っている。それも竜種さえも粉砕するレベルとなれば、セイバーでさえ知らぬ埒外の威力となろう。

 ……士郎もその事を解析魔術の応用で読み取っていた。細部までは全然理解出来ぬが、大まかな概念と理論は把握した。魔力を以って物理干渉に特出した神秘ならば、確かに対魔力を貫通する。純粋な魔力を圧縮・加速させて撃ち出す術式も複合されている為、更に殺傷能力は増してしまう。

 

「……だが、これでは――――!」

 

 ―――砲撃は一門だけ。

 軌道から逃げて仕舞えば簡単に避けられる筈……なのだが、その一撃の広さが異常なまで巨大だった。まとめて殺してしまえば良いとでも考えたのか、攻撃範囲が公園大半を覆っていた。

 もはや、逃げるしかない。中心地点から素早く出来るだけ退避しなくてはならない。更に魔法陣が大きくなり、攻撃範囲は彼らが逃げるほど広がっていく。

 ……だが、逃げられない。

 既に、いや初めから臨界点に達していた砲門の加速は、何時でも撃てると敵に絶望を教えていた。

 

「―――セイバー、聖剣の解放を……!」

 

「……―――――――」

 

 言葉を発する余裕も無いのか、セイバーは無言のまま一気に風王結界(インビジブル・エア)を解除。刀身に極大の光が纏い始め、魔法陣の光源と向かい合う……!

 

「――――――間に合うか……!?」

 

 充填される魔力と、全開で回り続けるセイバーの炉心。世界を震撼させる魔力の奔流は、さながら竜の息吹。魔法陣に収束する魔力の集まりに追い付き、一気に聖剣が魔力を加速させて光を帯び始める。

 ……そして―――光が墜落する。

 魔法陣から放射された砲撃が、地上の一切合財を葬る為に降り注いだ。宝具として換算すれば、その破壊力はA+以上にもなろう狂った神秘。さらに時間を掛けて貯めれば、威力は大幅に上がると容易く予想出来る悪魔的魔術行使。この場の居るマスターとサーヴァントたちは知らぬ事だが、この場所とは違う戦場に降り注いだ極光よりも、この攻撃は更なる破壊性能を秘めている。

 その地獄に対し、聖剣は真なる勝利を輝かせた―――!

 

約束された(エクス)―――勝利の剣(カリバー)……!!!」

 

 ぶつかり合うエネルギーとエネルギー。両者の中間地点で轟音と極光が炸裂する。天に描かれた魔法陣から落ちる光はまるで神の裁きに等しい一撃だが、地から天へ刃を放つ剣の輝きはまるで竜の息吹。

 ―――恐るべきは、ただの魔術で宝具たる聖剣の解放に拮抗している現状。

 聖剣エクスカリバーの能力を考えれば、そも魔術で僅かでも拮抗する事が有り得ない。神霊クラスの魔術である真名解放に立ち向かえる魔術となれば、キャスターのサーヴァントは神霊に等しい神秘を身に宿している事となる。

 ……だが、それは極々短い数秒のこと。

 掻き消される魔法陣と、その魔力砲。聖剣から放たれた光の斬撃が、一刀の下消し去った。

 

 

◇◇◇

 

 

 ―――そして、上空には異形が飛行していた。

 いや、正確に言えば、浮遊と呼ぶのが正しいのだろう。この世ならざる人外の者は、下界で行われていた二つの戦場を覗いていた。

 一つは先程から見ている乱戦模様。もう一つはマスターたちとアヴェンジャーの未消化死合。

 

「……―――」

 

 黒い羽を生やした巨大な鳥と、その獣の背に乗る道士姿の男。はるか上空から戦場を見下ろし、自分達を結界に包み込んで気配を消し、姿も消していた。気配を遮断していると言うより、存在を消失させている程の透明さだ。外部からは、魔術的にも、科学的にも、決して確認する事は不可能。

 

「――――――退魔の淨眼」

 

 その羽を例えるならば、鴉の翼か。しかし、ここまで大きい鴉は存在しない。ならば答えは簡単、この動物は神秘面に属する生物たる魔獣であった。

 鴉の魔獣は黒い翼を羽ばたかせ、背に乗る男は観察し続けている。

 

「ふむ、成る程。あの一族が英霊の座に到達したのですか」

 

 そのまま黙り込み、目を瞑った。鴉は律儀に主人の命を待機しているのか、羽ばたくだけでその場所から微動だにしていない。

 

「……一人も倒れていません。符の消費量から見ますと、割に合わない仕事となりました。アヴェンジャーは魔眼の持ち主らしく、どうやら“死”を見抜かれ、砲撃そのものを殺されました。

 閻魔の裁定はかくやと言う絶対性を持つ死の発露。あれはありとあらゆる神秘に対する死神です。魔術だろうと、宝具だろうと、関係無く殺されてしまいますね。其方の基盤風に例えるのでありましたら……そうですね、バロールの魔眼なんて所でしょうか」

 

 傍から見れば、頭がおかしい人間の独り言。しかし、サーヴァントたる彼は念話にて現世の主に対し、従者らしく報告を行っていた。

 また、その報告序でに下の様子も監視しており、マスターとサーヴァントの現状も盗み見ている。バーサーカーはセイバーの宝具開帳の隙に逃げ出し、ランサーも渋々マスターの元に帰還していった。今、公園に居るのはセイバー組とアーチャー組だけだ。

 

「……―――はい? いえいえ、それは流石に。

 まぁ、しかし、私が持つ宝具の天敵……と言うよりも、宝具と言う現象そのものの天敵になる魔眼です。貴女のそれも考え過ぎでは無いですけど、しかりと準備できる対処法はありますから」

 

 今回の仕事は完全に成し遂げられた。このサーヴァントは計画通り、全てのサーヴァントに喧嘩を売り付けた。本来ならば召喚されないイレギュラーであるアヴェンジャーも“最初”の目論み通り見付け出し、他のイレギュラー要素も大凡は見出せている。

 どの陣営が、どのクラスのサーヴァントで今回の奇襲をしたかなど、それなりの予測が立てられる魔術師と英霊ならば辿り着けるだろう。

 故に、今から万全の備えの為、完璧な攻勢的守備に移らなければならない。数を減らせれば、それはそれで万々歳だが、当初の目的は達する事が出来た。

 

「それと、セイバーのサーヴァントは聖剣エクスカリバーの持ち主です。

 資料通りでありましたら、情報も揃ってますので、彼女の攻略は其処まで困難ではないかと。アーサー・ペンドラゴンには竜の属性もありますし、伝承も奥が深いです。色々と利用させて頂きましょう。攻略方法も一つだけではありませんし、幾つか予備で準備を整えておきますかね。

 そして、ランサーは魔槍ゲイ・ボルグの担い手たるクー・フーリン。

 槍使いと同時にキャスターの適性を持つルーン使いです。いやはや、この大英霊様は厄介で強いですが、それ故に存分な殺し合いが出来そうで心躍ります。伝承も多いですし、弱点も分かり易い。ゲッシュとか巧く利用出来ましたら、簡単なんですけど。

 また、魔剣ダインスレフを持つ王様となれば真名はホグニですね。

 伝承通りならば不死と魔剣が宝具でしょう。魔剣は敵を殺せる能力を持つまで狂い続ける能力が主軸ですが、あれには色々と副次的な効果もありそうです。不死性の程はまだ今一把握しきれていませんが、観察をつづければ何時かは理解出来ましょう。

 ―――………ええ、はい。それは後ほど。

 今はアヴェンジャーが保有する魔眼の正体が優先されます」

 

 アヴェンジャーのサーヴァント。八番目のイレギュラー。

 七体しか召喚されない筈の英霊であるが、このサーヴァントは八体目が冬木に召喚される事は初めから知っていた。だからこそ、あの組を表舞台に引っ張り出す必要があった。潰し合って貰うにはまず、互いに敵を認知し合わなければならない。

 

「推測ですが、恐らくあれは存在の死を視ています。根源と繋がり、万物が内包する存在の綻びを視ているみたいですね。

 既にあの両目と脳髄が渦に等しい。

 貴女は“死”の概念を可視する目―――直死の魔眼をご存知ですか?」

 

 今のところ、計画は万全。次善の策など幾つも準備しているが、こうも最善策が進められるとなれば嬉しいに決まっている。策謀が中々に好みな彼からすれば、今の状態こそ最高の舞台作り。

 

「―――……ほお。あの魔眼を持つ者を知っているのですか、それも持ち主がこの現代に居たと。ならば可能性としては低くとも、真名は有り得るかもしれませんね―――エルナ殿」

 

 上空から戦場を観察するサーヴァント―――キャスターは、楽し気に冬木の地を見下ろしていた。

 

「さて、新たな我が家に帰りますかねぇ……」

 

 空から異形が消え去る。常識に支配された現代では居てはならない神秘の具現は、影も形も無く元の居場所に帰った。

 ……そうして、キャスターが帰還した数時間後の事だった。

 見計らったように、あらゆる監視の目を潜り様に、影が唐突に現れた。戦場となった公園に、とある一人の人物がひっそりと佇んでいた。

 真っ黒な襤褸布で全身を包み纏い、フードの所為で顔は全く分からない。しかし、身体つきから女性であることは見て取れた。

 

「―――……」

 

 公園の草むらの葉に付着していた血を、人影は人差し指で拭い取る。真っ白い肌に赤色の液は良く映え、見る者に対して倒錯的な気分を抱かせる。

 

「……んぅ―――」

 

 ピチャ、と小さいが妖しい音が鳴った。赤い舌が指を舐め、血を舐め取ったのだ。その人物はフラリフラリと公園を移動して、草の葉に付く血液を舐め取り続けている。

 

「―――で、そこの溝鼠(ドブネズミ)。それは何かしらの儀式か何かか? フン、実に気色が悪い趣味であるな。暗殺者のサーヴァントには、最低限のモラルも無いと見える」

 

 君臨している、と例えるのが一番適切だ。王者の風格は勿論、英雄の気質に溢れている。だが、身に付いている気配は、どうしようもなく血生臭い。物理的な嗅覚で嗅ぎ取れる臭いでは無く、第六感的な悪寒として伝わる血の臭いだ。

 

「……驚いたぞ。公園に入って来るまで、アサシンたる私が気が付かぬとは」

 

「間抜けな鼠だ。暗殺者が暗殺されそうになるとは、実に滑稽よ。確か、この国では猿も木から落ちると言うのであったな」

 

「成る程。こそこそするのが貴様の趣味か。ならば、貴様はその溝鼠と似た者同士と言う訳だ」

 

我輩(ワシ)が、命を啜る鼠のような屑と同じだと?

 ―――は。良く分かっているではないか!

 そうだとも。だからこうして、間抜けにも人前に姿を出した阿保を殺しに態々ここに来た。物事を推し進める為には合理的でなくてはならん」

 

「……―――」

 

 危険だ。

 

「―――ライダー。貴様は私を殺す為だけに、此処に来たのか」

 

 素性は既にお互いがお互いに露見していた。だが、アサシンはそのクラス名だけで、既に真名を教えている様な物。敵がライダーだとアサシンは知っていたが、まだその真名は判明していない。

 

「グッハッハ―――そうだとも。

 (ヌシ)を殺す為だけに我輩(ワシ)は此処に居るのだよ、アサシン」

 

 黒衣の女は、相対する敵から悪寒しか感じられない。ライダーがただその場に存在しているだけで、巨大なバリスタが自分を狙っているかのような圧迫感に襲われている。

 

「聖杯戦争とは……まぁ、規模こそ戦と言えるモノだが、結局は個人の能力で勝敗が決する生存競争よ。

 その中でもアサシン、お主の能力は如何ともしがたい厄介さがある。それこそ、先に殺さねば安全に他者と殺し合いも行えん程にな」

 

「―――お喋りが過ぎる男だ。私をアサシンと知りながら、長々と持論を語るとは愚かなだな」

 

 アサシンは手元より暗器を取り出した。それは嘗て存在した暗殺教団の者が愛用していた武器の一つである。投擲用に改良された得物であるダークは、敵を仕留める為に静かな殺意を宿す様に冷たい脅威を放っていた。

 だが、無様だった。

 アサシンにとって殺し合う状況こそ不手際。暗殺とは、ただ一方的に死を悟らせる事もなく行う殺人行為であるべきだ。

 

「無様な女よ。無駄な事を、この我輩(ワシ)が態々自分から進んですると思ったか?」

 

 その瞬間―――公園が異界に変貌した。

 

「……っ―――!」

 

 体が重い。いや、機能が低下している。ただこの空間で呼吸をするだけで魔力が搾取されている。

 

「縛る規律の無い殺し合いにおいて、暗殺者に勝てる者などこの世に存在せん。

 これでも我輩(ワシ)は一国を作り上げ、支配した王であるのでな。お主らのような者が生きているとなれば、何としてでも早く殺したいのだ」

 

 何でも有りな命の奪い合い。このサバイバルではアサシンのサーヴァントは、どのサーヴァントより強いのではなく、どのサーヴァントよりも脅威である。

 

「……間抜け。逃がさぬよ」

 

 ライダーが語る言葉は真実であり、重かった。公園は既に武装した者によって囲まれていた。瞬時に逃走を試みたアサシンであったが、ライダーは当たり前のように対策を練り上げていた。

 

「――――――……」

 

 既に何も喋ることは無し。アサシンは静かに辺り一帯を確認する。

 ―――剣と弓。

 武装は近現代のモノでは無い。これは中世や、まだまだ兵器が発展していなかった時代の様相だ。

 

「では、存分に踊ると良い。

 我輩(ワシ)もお主も英霊ゆえ、血濡れた戦争こそ大好物だ……そうだろう?」




 これで殆んどのサーヴァントを出せたと思います。アヴェンジャーが召喚された理由も、後々の話で出していきます。まだ真名が謎なのがアーチャー、キャスター、ライダーの三体ですけど、多分何となくバレているかと思います。
 後、裏話ですけど、キャスターの視界で戦場を見ていたエルナは、あのキャスターの砲撃を見て思わず「人がゴミのようだ!」とか言ってテンション上がってました。
 読んで頂き、ありがとうございました。

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