神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 プリズマイリヤのアニメがそろそろ放送開始。読んでいる漫画ですので、楽しみです。


45.乱闘混戦

 死、であるのだろう。秒間に幾つもの剣閃が混じり合っては、刃の衝突で火花が生まれては散り去っていく。

 対峙しているのはサーヴァントの二人―――セイバーとバーサーカー。

 セイバーから見て、バーサーカーはかなりの巨体だ。骨格と筋肉が優れ、頭に被る王冠を含めれば2メートル近い長身の持ち主である。桁外れの速度と膂力で迫る狂戦士をセイバーが迎撃するも、彼女の方が明らかに筋力と敏捷性で劣っているのが見て分かる。だが、それは彼女がバーサーカーよりも劣った英霊と言う訳では無い。完成された剣術と直感で以って、戦闘を自分が有利な方向へ進ませている。

 ―――瞬間、聖剣と魔剣が舞った。

 宝具によって透明になった刃は敵を切り裂かんと迫り、呪詛によって黒く染まった刃は敵を惨殺せんと死を暗く煌めかせた。

 

「……ぐ―――!」

 

 セイバーの一閃はバーサーカーの斬撃によって真っ向から力負けし、彼女は威力を巧く別方向へ逃がした。そのまま勢いに任せ、更に加速させた二閃目を放つ。だが、バーサーカーは一歩だけ間合いを詰める事で最速で斬り返しを可能にしている。

 

「――――――ぬぅ!」

 

 低い唸り声が剣気と混ざり、セイバーを襲った。互いに二撃目もまた斬殺を成さず、次の、また次の、そのまた次の必殺を狙って剣戟を積み重ねる。

 キィン、と金属音が高速で連続して鳴り響く。

 セイバーとバーサーカーの戦闘手段はお互いに全く同じであった。得物として持つ武器は両刃の西洋剣で、得意とする戦法も剣士として王道な叩き切る斬撃。

 

「……貴公―――」

 

 見えないのはやり難い。彼は間合いを計るだけで、一段と集中力を消耗しなくてはならない。セイバーの風王結界は白兵戦において有利に事を運ぶが、バーサーカーはその見えない剣に気にせずに斬り合っていた。

 

「――――――……っ」

 

 この狂戦士のサーヴァントは、死に対する脅威を感じていない……いや、死に対して恐怖が一欠片も無い。警戒はしているが、見えない脅威たる刃を厄介な武器としか思っていない。

 セイバーはその異常性を即座に見抜く、敵がどういう手合いなのか実感する。

 見えないモノに恐怖せず、その不可視の存在が自分の命を奪う凶器だと理解しておきながら平然と対峙すると言う事は、崖の淵で墜落する事を恐れずに剣戟を舞っているのと同じである。例えるならば、初めて行う綱渡りに恐怖心を感じずに、その上を構わず疾走するのと同じ位いかれた事なのだ。

 ……死ぬのが恐くないのだ。

 脅威だと理解したままの状態で、平常心を保って殺し合う。強靭な理性によって恐れを抑え込んでいるのではなく、初めからそんなモノが存在していない。

 

「―――成る程、確かに貴方は狂戦士(バーサーカー)そのものです!」

 

 ギィン、と剣戟とは思えぬ炸裂音が轟いた。余りにも行き過ぎた破壊力によって剣と剣の間に衝撃が生じ、強引に間合いが離れる。

 そして、セイバーは吹き飛ばされながらも、相手から視線を逸らさずに皮肉を言った。剣を構え、好戦的な視線で敵を貫く。

 

「其方も、剣士と呼ぶに相応しい技量よ。貴公は中々に人間を斬り慣れておるようだ」

 

 初めて、バーサーカーは表情を作った。狂った笑みは見る者の心臓を凍りつかせる迫力と悪寒がある。

 ―――瞬間、剣が雨嵐と降り落ちた。

 間合いが離れた隙を狙った士郎の投影魔術によって、剣の弾幕がバーサーカーを襲った。

 

「――――――ぬ……っ」

 

 直後、セイバーが敵へ斬り掛った。挟み撃ちの形に持っていかれたバーサーカーであるが、焦りも無ければ苛立ちも無い。マスターとサーヴァントのコンビネーションは執拗なまで必殺を構築しているも、その程度に臆する狂気では無い。それに、彼は自身のマスターがこの場面で何もしない程、大人しい魔術師とは思っていなかった。

 ―――薬莢の炸裂音が重なった。銃口から火花が散る。

 ダン、と余りの早撃ちに、一回しか音が聞こえない程の連射速度。ほぼ同時六連射によるダンのクイックドローは、的確に剣の軌道を逸らした。そして、嘲りの視線を衛宮士郎へと向けた。こんな程度かと、見下した目をしている。

 だが次の間に、士郎は弓を構えて矢を射出していた。投影掃射の直後に放てる様、予め準備がされていた。

 

「……畜生が(Son of a bitch)――――――!」

 

 汚らしい罵詈雑言を呟く。アデルバートは危険な目付きで敵を睨み射殺す。

 ―――瞬間十連射。

 ダンは自分の急所を狙い迫って来た鉄矢を避け、公園の草むらを走った。更に避けた先へ矢が射込まれ、段々と危険な場面が増えるも当てられていない。回避と同時に彼は手慣れた手つきでリボルバーへ弾丸を装填しつつ、衛宮士郎へと間合いを詰めた。

 硝煙が出ている銃口が、死を具現する。

 ダンは左手で帽子を軽く押さえ、濃い茶色のコートを翻しながら疾走した。 

 

「……――――」

 

 士郎の内心には驚愕があった。あのバーサーカーのサーヴァント、実に厭らしい戦い方と殺し方を的確に選んで来る。狂戦士であるにも関わらず、理性的に此方を追い詰めて来る。

 敵の実に巧みな足運び。マスターである衛宮士郎が自分を狙えぬ形で、セイバーを壁に使っていた。投影射出したあの瞬間は、セイバーが敵を上回って隙を生み出した。しかし、自分の攻撃は敵マスターの魔術師―――アデルバード・ダンによって迎撃させる。

 セイバーとバーサーカーの斬り合いは既に開始され、壮絶な殺しが混じり合った激戦と化していた。

 あの二人の殺し合いに隙間は無い。

 常にバーサーカーはマスターを背後にし、セイバーもまた自分のマスターを背後に戦っている。これは、互いに互いのマスターを守る意図があるのと同時に、敵マスターからの援護に対して警戒しているが故に、動きが合致しているのだ。

 極限まで隙を失くし、敵に僅かな隙を作らせ、マスターの援護と連携する。一瞬でも攻防を崩せれば、其処から戦局を自分有利に持ち込める。

 だが――――――

 

「………!」

 

 ―――ダンは援護を強硬した。

 バーサーカーに当たる可能性が高いにも関わらず、音を置き去りにして戦闘をしているサーヴァント達に銃口を向けた。正確に言えば、彼の銃弾の軌道上にはセイバーの心臓部分。

 しかし、それを黙っている士郎では無い。正確無比な弾丸を矢で強引に射抜いた。

 

「―――は! 大した怪物だ、テメェはよ……っ!」

 

 待つのは趣味では無い―――否、待てば勝機を逃す。ダンが知る衛宮の恐ろしさは粘り強さと、鍛え抜かれた戦況を見抜く眼力だった。時間が経過すれば、バーサーカーの攻略法が構築されてしまうだろうし、自分達がセイバーの弱点を見抜くよりも早く此方の弱点を突かれてしまうかもしれない。

 それ故に、直接戦闘を選ぶ。

 サーヴァントに任せるのではなく、自らも矢面に立って死の淵でダンスマカブルを踊るのだ。

 

「セイバー、バーサーカーの真名は――――……っ!」

 

 させない。それだけは、決してさせる訳にはいかない。

 アデルバート・ダンはバーサーカーの魔剣から、剣に特化した衛宮士郎と言う封印指定ならば、真名が既に読み取られている可能があると悟っていた。剣の専門家として高名な魔術師だ、思った通り初見で知られていた。セイバーに知られるか、あるいはこの戦いを覗き見している輩に真名が露見すると、後々に面倒な事となる。

 ―――ギィィイン、と大音量の爆発音と壮絶な閃光が迸った。

 ダンが即座に投擲した閃光手榴弾を、自動的に爆発するまでに銃弾で射抜いて爆破したのだ。

 爆破地点は約3メートル上空。丁度、セイバーとバーサーカーの間であった。

 宙で炸裂した光と音は、この公園で戦闘を繰り広げる四人へ平等に襲い掛かった。ダンは撃ったと同時に視界を逸らし、士郎も同じ行動を取ったが少し遅い。だが、斬り合いを進行させていたセイバーと、そしてバーサーカーの二人は視界を閉ざす訳にはいかない。

 きーん、と甲高い耳鳴りがずっと響いている。五感の内、戦闘で重要な二つの感覚が潰れている。闇夜に光が残留し、音は静寂だった世界を騒音の中に叩き落とした。結界が無くば、光も音も外に漏れ出して大騒ぎに成っていた事だろう。

 

「―――く……!」

 

 セイバーは銃弾を直感で避けた。弾の軌道も発射音も分からぬが、彼女は優れた直感で命を繋げた。感じ取れた魔力反応と尖らせた第六感からして、あの銃弾が急所に当たればサーヴァントでも死ぬ可能性がある。急所で無くとも怪我を負う事も考えられた。

 ……まだ、視覚と聴覚は復活しない。怪我ならば魔力で強引に治せるのだが、感覚器官の修正は視線に戻るのを待つしかない。

 

「ぬぅお――――!」

 

 ドゴォン、とまるで隕石が衝突した爆音が発生した。バーサーカーがセイバーが居る場所へ、本気の速度で魔剣を振り落としたのだ。

 ―――直度、銃撃連射。

 ―――同時、弓矢射出。

 バーサーカーの剣戟を避けた先、セイバーは銃弾で回避行動を縫われた。セイバーを攻撃した瞬間、バーサーカーは攻撃後の呼吸に合わされて矢で狙われた。

 この時、士郎の視界ではダンがセイバーの影に入っており、またダンの視界でも士郎がバーサーカーの影に入っていた。つまり、出来るのは自身のサーヴァントが敵マスターの攻撃を対処出来ると信じ、自らは敵サーヴァントを撃つことだけ。

 

「―――ぐ、ぁあ……」

 

「……ぬ、ぅう―――」

 

 吹き飛んだ。血を噴き出し、サーヴァントが仰向けになって倒れ込む。

 ―――即座にマスターの二人は走った。

 敵のサーヴァントを殺しに掛ろうと第一に思考したが、そうすれば相手に隙を見せて殺害される。ならば、刹那の交差にて衛宮士郎はアデルバート・ダンを、アデルバート・ダンは衛宮士郎を斃さなければならない。

 自分のサーヴァントの安否を確認するよりもまず、自分のサーヴァントを守護する為に、勝利を確定する為に、魔術師は死線を混じり合せた。

 

「――――――……!」

 

 両手には陰陽双剣―――干将莫邪。士郎は投擲しつつ接近したが、即座に剣を撃ち落とされた。夫婦剣は明後日の方向へ飛んでいく。これで、リボルバーに残った銃弾は四発。

 そして二人は剣と銃で舞い踊った。

 ダンの銃口から弾丸が放たれるが直後、弾道が彼方へ外れて飛び去った。軌道を千里眼で視認した士郎によって、右手の干将が盾になって弾いたのだ。戦場を彷徨った士郎にとって、銃弾を刀身の腹を盾代わりにして防御するなど慣れ切った戦闘作業。返し斬りと、防いだと同時に踏み込んで莫耶でダンに斬り込んだ。

 煌めく黒い刃は、魔術師からしても死の具現。いや、凶悪な退魔性能を持った霊刀は魔力を練り込む魔術師だからこそ、性質の悪い概念武装であった。魔術で防ごうなどと考えてはならない。もっとも、ダンはそんな防御系統の魔術は使わないのだが。

 よって、アデルバート・ダンは衛宮士郎の剣戟以上の敏捷さを以って回避した。最小限の動作で避ける事で、反撃の銃弾を速攻でぶっ放す……!

 

「―――死に腐れ(Fuck you)

 

 撃鉄が振り落とされた―――瞬間、士郎は足腰を屈めた。頭上に弾丸が素通りしていくを風圧で実感する。そのまま力を溜めた足を解放し、士郎は一気に踏み込んで間合い詰めた。それと同時に、殺傷能力が高まった渾身の斬撃を振るった……!

 ダンにそれを受ける術は無い。彼は攻撃が当たれば死ぬ、と覚悟して戦場に居た。故に取れる選択肢は回避の一つ―――だけではなかった。アデルバートが持つ回転式拳銃のグリップは実に頑丈だ。彼は銃の底で巧く使い、刀身の腹に思いっ切り殴り当てて剣戟を流れる用に逸らした。

 リボルバー弾倉に残った銃弾は後二発。殴った振り抜き様に、最速連射を御見舞いした二撃は―――最大限まで魔力が込められた魔弾の暴威であった。

 

「……っ―――!」

 

 眉間に来るそれを避けるが、代わりに心臓を狙っていた一発を双剣を重ねて防ぐ事になった。しかし、銃弾は何故か弾き飛ばない。当たった瞬間から刀身を削り続け、回り続け、直進を停止させていなかった。

 ―――動けない。この場所に士郎は固定された。

 魔弾の能力は単純だった。ただ純粋に直進し続けるだけの概念武装。しかし、この様な接近戦において弾丸を防いではならない能力は、悪辣極まる殺人兵器と化した。

 

「――――――……っ!」

 

 士郎は視線の先に死を見た。敵は左手で腰に隠して置いた水平二連散弾銃(ツインバレル・ショットガン)を取り出していた。良く見れば銃身を切り詰め、銃床も短くしているソードオフ・ショットガン。こと接近戦において絶大な殺傷能力を誇り、魔力が込められた散弾が直撃すれば襤褸になって一撃死。銃自体にも威力を上げる術式が込められ、凶悪な魔術礼装として機能している。弾丸も一種の概念武装と化している。

 人間を容易く粉々にする散弾魔銃は、構えられたと同時に手早く士郎へ魔弾を放っていた。

 ―――刹那、弾道軌道上に巨大な剣が出現。

 盾と言うよりは、鉄壁として防御の役割を果たしていた。投影魔術を防御に応用する。その後、夫婦剣を巧く傾け弾丸軌道から身を外すように体を捻り、魔弾から士郎は脱出する。

 

「……はぁあ――――っ!」

 

 ―――直後、透明な斬撃がダンに振り落ちる。野獣以上に鋭い第六感によって斬撃を察知したが、避けた次の間には二撃目が眼前に迫った。

 ―――ギィン、と刃に物が当たった音。アデルバート・ダンは死を予感した斬撃を前にしたが、それは同じく斬撃で弾き返された。

 

「……遅いぜ、バーサーカー。オレが死ねば、オマエも其処で戦争終了なんだぞ」

 

「許せ。利き足に矢を受けてしまい、治癒に時間が掛かった」

 

 狂戦士の魔剣と剣士の聖剣は互いに弾かれ、場は硬直した。サーヴァント達の隣には、召喚主たるマスターが立っている。

 ……戦闘は仕切り直しとなった。

 距離は近いが、戦いを再開する間が遠い。隙を窺い、隙を偽り、踏み込むタイミングだけが戦場から過ぎ去っていく。

 

「セイバー。先程伝え損なったが、相手の真名は―――」

 

「―――待って下さい。

 今はまだ、それは良いです。相手の殺し手を誘うタイミングではありません」

 

 敵の殺気が極端に膨れ上がった。士郎が言葉を発した瞬間に、敵対しているマスターもサーヴァントも、狙いを衛宮士郎にのみ絞っていた。

 それは拙い。セイバーにとって、マスターが狙われるのは悪手だ。捨身の特攻を戦術で選ばれた場合、簡単に切り捨てられる力量では無いと、彼女は直感でイメージ出来ていた。バーサーカーと同じくマスターの方も何処か異常な戦闘能力を持っているが、それ以上に平然とサーヴァントに対処してくるあたり、まともな魔術師では無い。

 この二体の怪物から、如何にまず守り抜くか。この問題を解決してから、彼女は敵対者の攻略に移りたかった。

 

「オレとて真名の重要度は承知している。此処でバーサーカーの真名を公に露見させると言うのであれば―――何が何でもオマエを撃ち殺す。

 ……分かるだろ?

 コソコソと薄汚い覗き魔共に真名を聞かれでもすれば、後々の展開が糞面倒なんだ」 

 

 ダンは自分が相手へ脅迫している間を使い、バーサーカーへ念話で警告を行っていた。この衛宮士郎と言う魔術師であれば、魔剣から真名を見抜いている可能性がある事と、既にセイバーに対して念話で真名を教えているであろう事を。

 バーサーカーの真名を衛宮士郎とセイバーが知るのは、まだ良い。封印指定に認められる程の剣の専門家である魔術師となれば、魔剣を解析されて真名にまで辿り着かれるだろう。しかし、故意に他の組みにバラせば手段を選ばす殺害すると宣告していた。アデルバート・ダンを知る者にとって、この殺意に嘘偽り無い事は簡単に察する事が出来た。

 彼は飢えた狼に似た目付きのまま、トントンと銃身で肩を叩いた。左手に持つ散弾銃はコート裏に隠している腰の道具入れへ収納し、再度六連装回転式拳銃(リボルバーピストル)のみを武器にと手に取っていた。

 

「……なるほど。

 確かに、それが良いでしょう。了解しました」

 

 セイバーは士郎から事細かに念話で情報を貰った。他に宝具があるのかどうか分からないが、バーサーカーの真名と魔剣の正体は知る事が出来た。これである程度の対策は練られる。

 士郎と会話をしつつも、彼女は自分の肉体に問題無いか点検した。四肢に異常は無く、心肺機能も十分に役割を果たしている。銃によって風穴が開いた胴体の治癒も完了し、貫かれた鎧の修復も終わっている。バーサーカーも片足と右の肺を刺し抜かれていたが、セイバーと同じく回復していた。

 

「あの魔術師は意外と用心深い殺し屋だが、やると言えば必ず実行する狂人だ。気を付けたまえ」

 

「其方こそ、警戒は怠らぬように」

 

 どうやら、念話にて衛宮士郎とセイバーは戦略を組み立てた様だ。素早い情報交換と戦況整理で、一番効果的な手法で戦局を有利に進めようと武器を構えた。

 ―――戦意が高まり、殺意は深まる。

 バーサーカーが血塗れの殺気を噴き出せば、セイバーは背筋が凍りつく剣気で相手を黙らせる。士郎の視線は敵を射殺す冷徹さで固まり、ダンは心臓が凍りそうな威圧感を隠しもしない。

 

「―――よう、テメェら。実に面白そうな戦争をしてんじゃねぇか

 オレも混ぜろよ、楽しませろよ。

 こっちは我慢し続けた闘いに飢えているんだ。さっさと早いところ始めようぜ」

 

 突然、世界が凍結した。本来ならば、二対二の決戦場にあってはならぬ男の声が響いた。重量感に満ちた宣言は空間を潰す。

 四つの視線の先には槍を握り持つ男―――恐らくはランサーのサーヴァントが立っている。

 赤い槍に青い鎧。紅い瞳に蒼い髪。獣の如き闘争心が出た気配は色濃い殺気と化し、目の前に存在しているだけで桁外れの重圧を与えていた。三騎士の一つたる槍の英霊に選ばれるに相応しい霊格と、戦場で刹那の生を楽しむ戦士が放つ圧迫感が感じ取れる。

 そんな見るからに分かり易い外見と、とても印象に残り易い槍兵が唐突に出現した。

 

「―――はぁ、これでは三つ巴ではないですか。

 中々手が出せない状態ですし、此処から戦局を持ち運ぶのは面倒です。勿論、貴方に考えは有るのですよね。

 それに知り合いが二人も……いや、セイバーもそうであるのでしたら三人ですか。まぁ、戦争が始まった今となってはどちらでも構わないでしょう」

 

 サーヴァントに並ぶ存在感、と言えば言葉は良い。言いかえれば、その魔術師は英霊と見間違えるような怪物だった。……もっとも、その異常性は衛宮士郎とアデルバート・ダンの両者にも言えるのだが。

 槍騎士を召喚した契約者―――バゼット・フラガ・マクレミッツ。

 ランサーの相棒と呼ぶに相応しい風格を持つ魔術師。

 彼女はスーツ姿の戦闘服と、ルーンが刻まれた手袋を既に装備した状態で、相棒と共に君臨していた。

 

「―――フラガ、か。久しいな元同僚」

 

「ダンですか。まさか貴方が、この戦争に参加してくるとは意外ですね……」

 

 現執行者と元執行者。狩る者と狩られる者。過去では同僚として、何回か作戦を共に遂行してきた仲間でもあった。だが今となっては、封印指定執行者と封印指定と言う殺し合う間柄となり、実際に何度も殺し合いを演じていた。

 また、本来アデルバート・ダンはバゼット・フラガ・マクレミッツのように、最初から有名な執行者では無かった。単純な暴力として十分な強さを誇っていたが、彼個人には家柄も無ければ魔術師としての名誉も無い。フラガは神代より続くが、ダンは初代。しかし、魔術師としてではなく、その殺し屋としての手腕は執行者の中でも抜きん出ていた。

 

「……なるほど。それもバーサーカーのマスターに成りましたか」

 

「オマエのそれはランサーと見える。獣臭さからして、狂戦士のクラスもお似合いな英雄のようだけどよ」

 

 紅い槍の蒼い槍兵。バゼットとダンに集まっていた全員の視線が一人に集中する。彼は戦闘が中断してしまい、自分達の登場で緊張が増した戦場の空気を楽しんでいる。戦いが再開されないグダグダ感が長引けば白けるが、今の空気は戦意を熱くさせるには丁度良い。

 

「へぇ。そこのいけすかない魔術師と同じ、アンタも中々に強そうじゃねぇか。今回はサーヴァント以外にも、戦い甲斐のある敵が多くて嬉しいね」

 

 ランサーの視線の先に居たのはダンであった。戦士と言うよりも、暴力そのものを好む外道に似た雰囲気とは言え、纏っている気配は強者特有の圧迫感がある。ランサーはそれを感じ取り笑みを深め、その魔術師の隣に居るバーサーカーの禍々しい存在感は、更に彼の戦闘欲求を刺激していた。

 加え、視界にはまだ上物の敵が二人も居る。セイバーと思われるサーヴァントはクラス名に相応しい剣気を発し、ランサー程の大英雄から見ても凄まじい強敵だと一瞬で悟れた。しかし、問題はセイバーの隣に居るマスターだ。ただの直感であったが、この魔術師はこの場に居る誰よりも厄介そうな難敵だと感じられた。

 

「しかし、実際こう三つ巴になっちまうと、お互い慎重になって困る。折角の英霊同士の殺し合いが出来る戦争と知って来たんだが、オレは戦いをしたいんだ。

 お見合いなんざ興味も出ねぇ。

 ―――さぁ、誰から火蓋を切るんだ。全員相手にしてもオレは構わなねぇぜ」

 

 バゼットとして、この彼の提案は別段如何でも良かった。好きに振る舞って貰って構わない。誰と戦おうとも構わない。

 ランサーには、戦場で生き残る事に掛けては絶大な能力がある。彼の技能を巧く使って、敵の必殺技を観察して戦場を脱出出来れば、次の戦闘ではフラガの宝具を万全に運用出来る。

 

「―――ク。君は随分と血気盛んな猪頭と見える。何かね、そんなに戦が好きなのか?」

 

「応よ。その為のサーヴァントで、その為の聖杯戦争だ。

 だがよ、そう言うテメェは随分な戦嫌いみたいだな。態々こんな盛大な殺し合いにまで足を運んでおきながら、戦わなきゃいかねぇからと、義務感で人を殺す類の兵士のようだ」

 

 赤い外套に陰陽双剣。魔術師らしく搦め手が得意そうだが、魔術師らしい小細工は苦手そうである。どちらかと言えば、実務に徹する冷酷な兵士だろうか。敵を見る目が完全に探りを入れている。計算高さと用心深さを漂わせ、そして警戒を怠らない慎重さもある。純粋に戦うと厄介そうであり、戦略的に裏を突いてきそうだ。

 だが、それよりも気になるのは、目に宿る憎悪だ。

 あれは殺し合いを嫌悪している類の人間だ。命を奪い過ぎて人間性が摩耗してしまった者だ。この男は何かを求めて聖杯戦争に参加しているのでなく、戦争を心底恨んで戦いに臨んでいる。英霊としての第六感と観察眼だが、ランサーは今まで出会った人間と照らし合わせ、この魔術師の考察を終えた。

 

「ランサー、君は人を見るがあるな。言う通り、私は戦争が嫌いだ。心底憎んでいる。殺し合いが、そも不毛なのだ。

 聖杯戦争だと……ク―――こんな奪い合い、愚か者がする愚行に過ぎん」

 

「やっぱりつーか、なんつーか、こりゃまたメンド臭そうな奴だ。精々、背中には気を付けるか。

 ま、結局のところ殺すか、殺されるかだけだ。オレは別に戦いを楽しめれば十分だし、敵が外法で攻めてくるなら、それはそれで満足出来る戦をするさ」

 

戦争狂い(ウォーモンガー)……いや、純粋な戦闘狂の類か。

 なるほど。確かに君のような、単細胞で出来上がった脳味噌の持ち主らしい趣味だ」

 

 この手合いは初めてでは無かった。戦いそのものに価値を見出す戦狂いと殺し合ったのは、一度や二度では無い。人殺しを娯楽にする者を殺害した事もある。戦争が好きな人でなしなど何人も葬った。しかし、このランサーは純粋に戦いを求めているだけの戦士だと、士郎は何となく悟れていた。

 

「―――は! 言うねぇ。随分な物言いじゃねか、胡散臭そうな魔術師」

 

「どうも君が気に入らなくてね。見ているだけで腹が煮えて仕舞いそうだ」

 

「……ったく。こりゃ、ホントに殺し甲斐が湧くマスターだ」

 

「――――――何を言ってるのかしら?

 この場で一番(ハラワタ)煮え繰り返ってんのが誰か、衛宮君はまるで分かっていないようね」

 

 凍った、何もかも。完膚なきまでに、圧倒的なまでに、世界が停止してしまった。

 声の主は美しい女性。赤いコートを優雅に纏い、一輪の花のように見せ掛けた鬼神如き微笑みを浮かべている。。士郎とランサーの会話を中断させ、サーヴァントさえ黙らせる気迫を背負った人物は、威風堂々と戦場と化した公園に登場した。

 

「――――――と、とと、遠坂……!」

 

 口調乱れ過ぎじゃね、とランサーが突っ込もうと思ったのは無理は無い。だが、彼は空気が読めるアイルランドの大英霊、男女の仲に口出しするほど野暮じゃない。このランサーは出来る男。

 バゼットの方はあちゃーと言いたげに首を振り、セイバーの方は取り敢えずトバッチリを受けたくないので空気になっていた。また、協会所属時代に知り合っていたので、衛宮と遠坂の仲を知っているダンは、凄く楽しそうに見守っている。

 

「……ほほう、痴情の縺れと見える―――哀れな」

 

 だがしかし、バーサーカーは敢えて空気を読まなかった!

 

「―――凄い、流石バーサーカーのクラス。この状態の私のマスターに対して空気読まないとか、その狂いっぷりがホント半端無いね」

 

 後、遠坂凛の契約相手は場の雰囲気を読み取った上で、茶々を入れる最低な英霊だった。凛の隣に居る女―――アーチャーのサーヴァントは、一般人と間違えそう無ほど常人的存在感で、この場に居るマスター達よりも普通な雰囲気しかない。だからこそ悪い意味で目立っていた。

 とは言え、流石に見た目はサーヴァントらしい様相だ。

 彼女が着ている服装は日常生活を送る普段着とは打って変わって、黒い外套に黒い帽子となっている。サーヴァントとして武装化して既に戦支度を終わらせていた。まるで軍服のような雰囲気を持ち、深く被った黒帽子の所為で影が掛かって巧く顔が確認出来ない。そして、外套もきっちり着込んでいる所為か、襟が立っているので顔の下部分を隠している。また、正確に言えば漆黒と言える程の黒色では無く、色合いで示すと赤黒いと言えるグロテスクなもの。実に程良く、この暗い公園の闇に溶け込んでいる。

 そして、アーチャーの顔は良く見えないが、髪の毛は白かった。肌の色も真っ白だ。帽子からポニーテールに結ばれたであろう髪の一房が、背中へ綺麗に流れ落ちている。衛宮士郎の白髪にも似た髪の色が、見る者に対して妙に印象強かった。

 

「外野は黙ってなさい。邪魔するなら殺すわよ」

 

 遠坂凛は、まごう事無き本気。自分のサーヴァントに対しても容赦が無かった。

 

「でも、まずは―――久しいわね、セイバー。今の貴女は、私の事は覚えている貴女かしら?」

 

「……ええ。存じていますよ、しっかりと。此方こそ久しぶりですね、凛」

 

 九年ぶりの再会であったが、果たしてセイバーから見た場合は、何時以来なのか。セイバーの言葉に込められた思いの深さは、それを向けられた凛には良く分かった。

 

「そう、なのね。うん……だったら、貴女があのセイバーとして、召喚したのも変わらず士郎な訳か」

 

 衛宮士郎がセイバーを召喚する事は必然だった。凛は彼の内側に在る“とある宝具”を知るが故に、この再会を予想出来なかった訳ではない。

 そして、凛の横ではアーチャーが、やれやれと首を振っていた。その動きに合わせて、まるで動物の尻尾のようにポニーテールが背中で揺れている。既に自分のマスターの独壇場と化し、戦場の空気が凛のペースに持ち込まれている為、まだまだ死合うタイミングでは無いと会話を続けた。

 

「マスター、同窓会じゃないんだ。そろそろやる事やって、この夜を終わらせよう。こっちだってアンタの我が儘聞いてんだし、手早くして欲しんだけど」

 

「良いじゃない、挨拶くらい。襲い掛かって来ようが、今此処でアサシンが奇襲を仕掛けて来ようが、貴女ならどうにでも料理出来るでしょ。信じてるわ、アーチャー」

 

「……わかった、わかった。悔いを残さない様、さっさと終わらせてくれないか」

 

 本来、この場所にアーチャーは来る予定は無かった。では何故、こんな混戦必須な修羅場に態々やって来たのかと言えば、マスターである遠坂凛の独断である。更に言えば、衛宮士郎の姿を確認した瞬間、この場所まで最短距離で走り抜けたのだ。

 

「バゼットも何だかんだで随分と会っていなかったわね。戦場のど真ん中で、こうもあっさりと顔見知りと再会出来るなんて思わなかった」

 

「同感です。色々あり過ぎて、こんな事態にでもならなければ、出会い事も無かったかもしれません」

 

「そこの殺し屋は……ま、いっか。どうせアンタはどう転んでも、殺すか殺されるしか無いでしょうし」

 

「嬉しいな、理解してくれて。折角の殺し合いで命を奪わないなど、有ってはならない茶番劇だ」

 

 視線を合わせ、圧力と共に言葉の重圧を掛けた。全員が全員と顔を知っており、油断なく先駆けを警戒している。凛も凛で、余裕を見せて置きながら、動いて隙を見せた敵を牽制しようと観察している。

 

「それで衛宮君、貴方とは本当にお久しぶりね―――会いたかったわ」

 

「…………―――」

 

「この遠坂凛を置き去りにしたまま、逃げ切れると思っていたの? 本気になったわたしが、あんたを如何するか分かってるわよね?」

 

 ―――あれは殺す五秒前の目だった。

 

「まぁ落ち着きたまえ、凛。私も色々と考えた末の行動であったのでね」

 

「―――……っち。なによ、その喋り方。気に入らないわね、心底むかつくわ」

 

 まるでアーチャーのようだった。今の自分の相棒では無く、九年前に彼女と契約したアーチャーと瓜二つであった。

 

「自覚は有る。私も気が付いたら、この口調になっていてな……すまない」

 

「……良いわよ、別に。

 もうアンタを見付けたし、逃がさなきゃ良いだけの事だし。

 これ以上は私も私で、この戦争に対する考えもあるから、士郎の事ばっかじゃいけないからね」

 

「――――――――」

 

 アデルバート・ダンは即座に思考を加速させ、策を練り、先を読んでいた。敵と味方の関係を考えた場合、衛宮と遠坂は恐らく積極的に殺し合いは演じない。フラガは執行者ゆえ、封印指定の今の自分を殺す事に躊躇いは無く、友人と言える衛宮と遠坂を標的にする気もないと考えられる。遠坂はダンの事を嫌悪しており、殺し屋を殺す事に迷いは無いだろう。

 ……これは拙いな、と言うのが率直な感想。

 バーサーカーは思った以上の当たり籤なサーヴァントであるものの、こいつら全員に勝てるか、否かと判断するれば否であった。負けずに生き延びる可能性はそれなり程度に存在するが、殺し尽くされる可能性は結構高い。

 ならば、選べる手段は結局のところ一つ―――逃走あるのみ。

 

「―――オレが許す。

 存分に狂い暴れろ、バーサーカー」

 

「ぉおお、おぉオォオオオオ……――――オォオオオオオオオオオオオオアアアアアッ!!!」

 

 ―――悪夢が具現する。

 バーサーカーの大き過ぎる存在感は、尋常じゃない桁外れな殺意と憎悪が煮えたぎっている。相手はセイバー、ランサー、アーチャーの三サーヴァント。加えて、英霊クラスの強さに至った魔術師共。

 それを越えんと狂戦士は遂に―――狂気を発火させた。

 今まで確かに狂化は発動されていたが、バーサーカーのクラススキルとして全開には成っていなかった。ここからがバーサーカーのクラスとしての本領発揮。圧迫感は増大し、ただその場に存在しているだけで死を悟らせる。

 

「―――ハッハー! やっと痺れを切らしたか、バーサーカー……ッ!

 良いねぇ良いねぇ、楽しくなってきたな。こりゃあ、存分にギリギリの殺し合いが出来そうだ!」

 

 衝突音は既に人間が出せる物ではなかった。ミサイルが爆発したと錯覚する金属音が、バーサーカーの魔剣とランサーの魔槍との間に響き渡っている。宝具と宝具がぶつかり合った一合目は良い、二合目も同じ。しかし、それが秒間に幾度も繰り返されていき、五秒後にランサーは敵の圧倒的パワーを受け流し切れなくなった。何より恐るべきは、槍の刺突数を上回る斬撃回数である。バーサーカーは刺突を逸らすでも無く、防ぐのでも無く、全て斬り払って打ち落として接敵する。逆にランサーが巧みな槍捌きを以って、剣の暴威をやり過ごす。

 ―――そして、槍兵は強引に吹き飛ばされた。

 筋力はバーサーカーの方が既に何段階も格上。敏捷は僅かにバーサーカーの方が素早く、耐久は圧倒的にバーサーカーの方が凄まじく高かった……だけならば、別にランサーはここまで苦戦しない。段々と、そして着実に戦闘の動作は加速していき、膂力も攻防の合間に高まっていった。この不可思議なカラクリを予想すれば、英霊特有の技能か宝具か分からぬが、これを攻略しない限り、勝ち目は無い。

 

「―――逃がすと思うか?」

 

 弓から撃ち出された矢の閃光。ダンを狙った士郎の精密連射が襲い掛かるも、放った銃弾で全て撃ち落とした。彼は自分のサーヴァントを至極あっさり囮の為に置き去りにし、戦闘区域からの脱出を狙った。凛も殺し屋の撃破には賛成したのか、士郎を援護するようにガンドを乱射しながら接敵していった。

 ―――刹那、衛宮士郎の背後に狂戦士が居た。

 士郎とダンの死線が交差した僅かな間、バーサーカーはセイバーとの斬り合いに勝ち、彼女を強引に遠くへ斬り飛ばしていた。士郎はセイバーの援護を考えて追撃を決行したが、バーサーカーは此方の戦力を上回って戦局を覆す。

 

「……っ―――――」

 

 双剣の瞬間投影で斬撃を逸らした結果、魔力に戻って現実に押し負けた。返しの二撃目はまともに即時投影した双剣で防いで仕舞い、全身が余りの威力で硬直し―――死ぬ。これは死ぬ。今は生き延びても、何手目か後に殺される。

 

「オォオオォオ■◆◆オォオ◆◆ォ■◆オオ■■■!!」

 

 殺意の絶叫が響いた。バーサーカーの魔剣は憎悪に濁っていた。狂化スキルだけでは無く、この魔剣も能力を発動していた。真名解放を必要としない常時開放型らしく、魔力が込めらているだけ発動し続けるようだ。狂化スキルだけでは説明できない身体機能の段階的上昇は、既にまともな手段で対処可能なレベルでは無い。バーサーカーの剣戟を受け、たった数合で耐え切れぬと肉体が悲鳴を上げ―――士郎の眼前で白銀の刃が奔った。

 

「―――敵を助けるか。慣れ合いは下らんぞ、弓兵」

 

 急激な変化は突然起こり、狂気に酔っていたバーサーカーが喋っていた。彼は狂化を完全に発動させた上、極限の呪詛を撒き散らす宝具を使用しているのに、先程と変わらない理性を保っていた。叫び声を上げて仕舞う程の狂化能力なのに、それでも理性を失えないのであれば、それは既に呪いの領域。

 

「良いじゃないか、別に。マスターの頼みだ。それに聖杯戦争で、敵を好きな様に殺せるんだったら、好きな様に誰かを助けたって(バチ)は当たらないさ」

 

 右手には刀。左手は腰に携えた鞘を抑えている。アーチャーはバーサーカーに切り裂かれる直前の士郎を助けるべく、バーサーカーの剣を刀で弾いた。隙を見せたバーサーカーに対し、返し刀でアーチャーは斬り掛ったが、敵は後方へ退避していた。

 

「―――んで、マスター。あの殺し屋はどうなったんだ?」

 

「逃げられたわ。あのヤロウ……手榴弾と閃光弾と煙幕を同時に投げて、私の前で撃ち抜きやがった」

 

「じゃあ、あの鉄拳魔術師は?」

 

 アデルバート・ダンはもう消えていた。既に凛の追撃能力では索敵は不可能な所まで逃げ切った。それも後々から索敵されない様、魔力の残留反応さえ隠して逃走した。痕跡は無い。隠れ逃げ延びる事に掛けて、彼の能力は非常に高い。

 また、セイバーは既に士郎を守る様に立ち塞がっており、ランサーはバーサーカーを前にして戦意を際限なく高めていた。

 ―――そして、バゼット・フラガ・マクレミッツは戦場から消えていた。

 

「……バゼットはあの殺し屋の追撃に移ってたわね。ランサーを残して、初戦であれとケリを着けるつもりね」

 

 凛では逃げ続けるダンの追跡は不可能だ。そもそも奴の隠蔽技能と逃走能力に対し、専用の技術も積み重ねた追撃戦の経験も少ない。だが、封印指定執行者として経験を積み、殺しの技能を身に修めたバゼットであらば、逃げに徹する魔術師を殺しに掛れる。

 また、アデルバートは元々執行者であり、今は命を狙われる封印指定として、バゼットの脅威を理解している。彼女の頭の中に有る戦略も知っている。故にバゼットも同じ様に、敵の思考回路を先読みする事が出来た。

 

「ふーん……バーサーカーを囮にして、逃げたマスターの追撃を選んだと。

 ―――だったら都合が良い。今直ぐこの場で、戦場に残った奴らで馬鹿騒ぎを始める事にしますかね」

 

 アーチャーは鞘に刀を戻す。手慣れた手付きで納刀するも、弓兵の名には相応しく無い武器だ。何故なら凛のサーヴァントである彼女からすれば、余り手の内を明かしたくないと本業の遠距離戦は勿論、使い慣れている得物では無い武器を選んで戦っている。故に、余り戦闘に介入したくないとアーチャーは冷静に戦局を見定めている。口では好戦的であり、性根も戦いを好む属性なのだろうが、理性的な行動規範が身に染み付いている。気分屋と感じられる口調とは反対に、根本的には老獪なサーヴァントであるのだろう。

 ―――戦いは膠着していた。

 セイバーの敵はバーサーカーであり、ランサーの敵もバーサーカーだが、セイバーとランサーは味方では無い。衛宮士郎の援護もセイバーが中心であり、ランサーは地味に士郎の事も狙っている。つまり、全員が敵と成る可能性があり、周り全てから狙われる可能性がある三つ巴と化していた。

 

「―――オォ◆■■オォオォ■◆◆■■◆オオオオオオ!」

 

 雄叫びは世界を容易く裂いている。バーサーカーの強さは圧倒的と呼ぶに相応しく、時間が経過する程に身体機能が上昇している様なので差は開くばかり。

 セイバーは完全の防御に徹している。隙を突かん、と狙いつつも生きる事を優先する。自分が死ねばマスターの衛宮士郎も死ぬとなれば、死力を尽くす程に直感を冴え渡らせた。ランサーはルーンを使用し、念入りに何かしらの準備を行い戦闘には今は介入せず、士郎はセイバーと連携を取って狙撃を敢行する。

 

「―――うむ。主もこの場から逃げきれた。我の役目も終わりか」

 

 言葉と共に狂戦士は停止した。先程までの暴れっぷりが嘘の様に無くなっている。士郎とセイバーも、冷静に敵の次の動作を見定めている。

 圧迫感に変化は無いが、段々と周りの敵を引き付けいた脅威は薄れている。後ろを見せた瞬間、殺させると分からせる殺意も既に無い。念話にて、囮はもう良いと伝えられた。必要ならば令呪で空間転移をしようかと提案されたが、バーサーカーは簡単に断った。逃げるだけならば、別段霊体化して疾走すれば十分であると考えていた。

 ……しかし、それだけでは無い。まだ彼は、戦いが満足できていない。もっともっと、マスターの為などと言う建前では無い殺し合いがしたい。自分の手で死を撒き散らしたい。

 

「―――てめぇら手を出すんじゃねえぞ。野郎はオレが仕留める」

 

 ランサーは、タイミングを見計らって口を挟む。

 

「……ですが―――」

 

「好きにさせておけ、セイバー。ランサーは自身の本懐に徹しているだけだろう。ここで引かねば野暮と言える」

 

 彼女にとって、バーサーカーは自分の敵だった。ランサーに取られるのは正直言って、かなり気分が悪い。助けは有り難いと思うが横槍となれば、むしろ不愉快であった。しかし、マスターから抑えられてしまえば、自分の私情を押し潰す事を選んだ。

 

「―――分かりました。シロウがそう言うのでしたら、従いましょう」

 

「物分かりが良くて助かるぜ。ま、そこの魔術師は碌な事考えちゃいねえだろうが」

 

 観戦と決め込む士郎とセイバー。そしてアーチャーも同じく、バーサーカーに対して戦意を向けていなかった。

 

「それじゃ、マスター。私達も楽させて貰いましょーか」

 

「好きにしなさい。敵戦力把握も大切な事だし」

 

「はっはっは。スマネェな、姉さん方」

 

「貸し一で勘弁にしてやるよ、ランサー。次は私とも殺し合って貰うからな」

 

「そりゃ有り難ぇ。楽しみが増えちまって、益々戦い甲斐が湧くってもんさ」

 

 会話はそこまでと、ランサーの全身に魔力が満ちた。

 ルーンによって全身を強化し尽くした。骨の一本一本を、筋肉繊維の細部まで、神経を残す事無く、戦闘行動に重要な個所を全て強化した。今のランサーはバーサーカーに劣らぬ凶暴性が溢れている。周りの人間を黙らせるに足る十分な存在感。

 

「ほほう。貴公、その魔術はルーン文字か。あの腐れ神族の物と同じ原初の形と見える。実に懐かしいの」

 

「てめぇは……成る程。そっち方面の英霊か。その魔剣、確証は無いが何となく予想できるぜ」

 

「如何にも。そう言う貴公も中々に分かり易い。ルーンを使う魔槍の担い手となれば、数も限られようて」

 

「―――ハ。貴様、本当にバーサーカーか?」

 

 狂化は完全に使用されている。それも中々に高いランクでのクラススキルで発動されている。低ランクの狂化ならばまだ分からなくもないが、このバーサーカー程の発狂度で理性を保つのはサーヴァントとして可笑しい。なにか真名に繋がるカラクリがあるとしか思えない。

 

「正真正銘、気が狂ったサーヴァントぞ。だが、別段この程度の狂気、生前から慣れておる。狂いたくともな、初めから飲み干してしまえば、理性が麻痺する事も無し」

 

「そうかい。だったら尚更、貴様の名に確信出来たって事さ―――魔剣の王」

 

「我とて同じ事だ。ルーンの槍使いに心当たりは複数あるも、その面で戦乙女の類と言う事はあるまいて―――光の御子よ」

 

 時間と共に昂ぶり深まる戦意と殺意。膨大な殺気が流れ、渦を巻き、場が死んで凍えた。

 ―――黒い魔剣と紅い魔槍。

 言葉は不要。もう他の全てが無粋となった。ランサーは戦いを望み、バーサーカーは殺しを求む。

 

「―――我が魔槍、喰らって死に果てな」

 

 消えた。唐突に居なくなった。ランサーの姿が一瞬で掻き消えた直後、槍の真っ先がバーサーカーへ襲い掛かっていた。

 彼は槍の突きを斬り払うも、認識する間も無く既に次の一撃が放たれている。ランサーの突きの連続性は放つ速度も恐ろしく速いが、戻る速度も同じく速過ぎる。戦闘における動作が、技術の一つ一つが極端に素早いからこそ、全てが何よりも迅いのだ。

 

「オォオオオ◆■■◆■◆■■■――――!」

 

「オラオラオラオラオラオラオラ……っ!」

 

 槍兵は更に速く、更に強く、そして格段に難敵と化していた。鍛えられたルーンの力を全て身体機能上昇に割り当て、際限無く加速して止まらない……!

 だが、それは狂戦士も同じ事。狂化によって上昇したステータスに加え、魔剣の能力でランクアップをし続けている。今はまだランサーの方が速度面において敵を上回って為、攻防のつり合いが保たれているが、バーサーカーは速度でも数秒、数分後には越えて仕舞うだろう。

 ―――突如、ランサーの動きに変化があり、刺突から急激な薙ぎ払いが放たれた。

 バーサーカーは剣で撃ち払うのではなく、最小限の動作で受け流した。そのまま接近し、間合いを詰めた時の踏み込みから加速した剣で突きを打つ。彼は槍を即座に戻し、死ぬ間際で横に構えた柄の部分で抑え込んだ。剣の突きを槍の柄で止めると言う絶技だけでも恐ろしいが、彼は絶妙な力加減で敵の剣を押し返し、受け流し、バーサーカーの体勢に隙を作らせた―――刹那、顔面へ刺突を放つ……!

 

「■◆―――!」

 

 彼は敵の刺突を首を傾かせ、頬を刃で裂かれながらも死から生き延びた。だが、体を超高速で半回転させたランサーの槍の石突きが横っ腹に直撃。視覚外からの巧みな奇襲を避けられなかったが、受け身を僅かに取ってダメージを最小限に抑えた。

 それでもバーサーカーの肋骨が鎧ごと打ち砕かれた。肺も押し潰れた可能性がある。口から血流が溢れるのに、バーサーカーは痛みも怪我も無い様に次の行動移っていた。しかし、ランサーは更に過酷な肉体動作を自分に強制させ、槍の加速を止めない、止まらせない!

 ―――そして、バーサーカーは動きを静止させた。

 熱が冷めた暴走機械のような唐突な機能停止は不気味であり、不自然極まりない。

 

「……貴公―――!」 

 

 ―――氷結のルーン。

 槍の石突き部分にランサーは自前のルーン文字を仕掛けて置き、それをバーサーカーへ叩きつけた。彼はルーンの正体を即座に見抜き、胴体部分から一気に呪詛に満ちた魔力を放出する。一瞬で凍結を打ち破ったが、その一瞬が生死の分かれ目。

 今までの殺し合いの中、先に敵の動きと隙を見抜き、策を組み立てたランサーがバーサーカーを凌駕した。

 

刺し穿つ(ゲイ)――――――」

 

 暴食を完了させた。魔槍は辺り一帯の大源をバーサーカーの魔剣の如く喰い荒し、担い手の魔力も吸い上げた。

 既にランサーの宝具は発動を止められない――――!

 

「――――――死棘の槍(ボルク)……!」

 

 魔槍ゲイボルグ。因果逆転の槍が今、敵の命を突き破った。狂戦士の背中から、血に染まった真っ赤な槍が刺し通っている。

 ……沈黙するバーサーカー。

 死んだ肉体は動けない。サーヴァントであろうと、殺されれば死ぬ。それは覆らない事実。

 

「―――復讐すべき(ダイン)……」

 

 ボソリ、と屍から声が漏れ出した。もう魔力の塵となって消えるしかないバーサーカーから、魔力が噴出される。膨大な黒い呪詛が溢れ出た。

 物質化したと錯覚する程の圧力を持つ憎悪が、魔力に融け込み悪意を示す―――!

 

「……殺戮の剣(スレフ)――――――」

 

 憎悪が今、現れる。




 と言う訳で、バーサーカーの宝具の開帳です。ダインスレフって事ですので、ここの主人公の愛剣の本家大元の英霊さんの登場となります。感想である程度予想されていました。また、バーサーカーのマスターが宝具開帳を許可した理由も次回で明かそうと思います。
 では、読んで頂き、ありがとうございました。

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