神父と聖杯戦争   作:サイトー

46 / 116
 終わりが見えてきました。長かった第五次聖杯戦争もそろそろです。


38.命、散る

 泥に沈み、消え逝く友人。だが、それを成したのは自分自身の手。言峰士人は普段と変わらない笑顔で地獄を見守っていた。

 ―――この世全ての悪(アンリ・マユ)

 人生が狂った元凶。恨みも憎しみも悲しみも怒りも無い。彼はただ呪詛に対し、衝動的な興味から来る楽しみがあった。

 

「――――――……」

 

 直後、閃光。自分の頭部を通過する輝きが、空間を目前で焼き切っていた。避け無ければ、鼻から上が消えた屍になっていた。

 ―――笑みを浮かべる。

 神父は悠然と視線を敵へ向けた。新たな役者が揃った喜劇が喜ばしい。

 

「士郎―――――!」

 

 凛の声で戦場がまた殺気で灼熱とした。闘争の塊が士人へと迫っていた。彼女は心の底から震わせる戦意と殺意と害意が混ざった殺気を、自分の弟子へと叩きつけている。

 また、凛は士郎からライン越しで伝わって来る呪いの触感で、彼がどれ程の地獄の中にいるのか実感していた。その焦りから来る感情も加えられ、弟子を睨む目は悪魔にも似た凶兆が現われている。

 

「……その傷で良くやるモノだ」

 

 解析魔術によって人体を読み取った。肉体は既に崩壊寸前。壊れかけていた体を無理矢理に動かした所為で、肉が裂け、骨が砕け、治り始めていた傷の癒えも無駄なものになった。内臓も苦痛で暴れ回っていることだろう。

 士人にはその事が良く分かった。自分にもその手の痛みを知っている。故に、この今の彼女がどれ程の痛手を受け、手負いの猛獣になっているのかも、理解し切っていた。

 

「―――斬り抉る戦神の剣(フラガラック)……っ!」

 

 神父の意識が凛に向けられた瞬間を狙った必殺。後、二つしかない宝具を使った不意打ち攻撃。

 ―――音速を越えた迅さで貫かれる。

 カウンターではない迎撃の真名解放では無い為、本来の能力ではないが殺傷能力は極めて高い。急所に当たれば即死は間逃れぬ。

 

「………っ―――――!」

 

 魔力反応、視線察知、気配把握。それらの要素を使い、無様であろうとも身を強引に捻り倒し、直撃は回避した。視界を犠牲に地面を転がり、危険地帯から大きく距離を取った。

 ……だが、事態は好ましく無い。

 凝縮された光の束は士人の左肩の少し外側に刺さり、そこからレーザーで切ったように腕を抉っていた。左肩の傷によって、腕と胴の繋がりが弱まっていた。これでは万全に左腕を使いこなせない。

 

「……宣告(セット)―――」

 

 一言だけ、呪文を詠唱。心象風景の太陽から溢れ出た泥が傷跡を埋め、肉体を呪詛で癒した。霊媒術とは違った肉体治癒。

 これは悪罪(ツイン)の投影と同じく、悪魔の呪詛で生み出た言峰士人の魔術。

 この泥は神父の魔力を材料に生み出る呪い。投影とは別の、固有結界から成る副作用に近い現象の一つを応用したもの。黒い泥だったモノが体と同じ構成物へと素早く変わっていき、瞬く間に肉体の一部に変換されていた。治った跡傷まで綺麗に蘇生される訳ではないが、この戦闘を耐える程度は持つだろう。

 

「――――――……」

 

 士人が治癒の為に時間を消費する。その隙を使ってバゼットが士郎と凛が居る場所と言峰士人が居る間に、まるで守るように立ち塞がった。

 背後で念入りにフラガラックを浮かばせて置く。此方の手を知る彼であれば、バゼット相手に不用意な手を出す事は無いだろう。あの宝具の迎撃性能を考えれば、それは当然の思考と言えよう。

 ……だが――――

 

投影(バース)再始動(リセット)

 

 ―――この神父に躊躇いは無い……!

 持つ武器は一番得意とする悪罪。双剣が命を奪う為に振るい舞う。敵対する拳は鈍く、万全な時に比べて動きは遅い。彼女は自分を襲う刃の対処で体が既に追い付けなくなってきた。

 

「温いな。……どうした、このまま死ぬか?」

 

「―――砕きます。貴方を必ず、この拳で」

 

 限界など最初から越えている。ならば、自分の能力を更に凌駕する。だが、届かない事も理解していた。

 バゼットと凛はそも、戦闘に耐えられる状態では無かった。しかし、それでも、いざという場面で何か出来るかもしれない。

 衛宮士郎はサーヴァントたちと正面突破をしに行き、不意打ち要因として凛とバゼットは裏側から回り込んでいた。士郎やサーヴァントたちが戦闘を始め、神父共が辺り一帯へと注意が出来なくなった隙を狙い、彼女ら二人は気配を隠して山を登っていた。絶対に露見してはなら無いと、最初から隠れていた場所も柳洞寺から離れていた為、ここまで来るのに時間が掛かってしまった。山を登るのもそれは同じ。怪我の痛みに耐えながら、二人は最大限の早さで急ぐ。

 ……しかし来た時、既に事態は切迫していた。

 聖杯の元に到達したその時にはもう、衛宮士郎は泥に沈んでいた。神父によって勝敗が決していた。その時、凛はライン越しから余りにも絶望的な呪詛を感じ取る。勢い良く飛び出した凛の援護の為、バゼットもまたこうして神父と対峙している。

 

「……グゥ、ぁ――――」

 

 代行者として殺し合いの経験を積んだ士人と、執行者として任務を全うしてきたバゼットが持つ戦闘に対する認識は近いものが有る。神秘を使った戦いに慣れ切っており、常識など最初から存在しない。

 故に、こうしてルーンで硬化した拳を避ける相手を観察し、彼女はただ先の展開を予感して死の気配に背筋が凍り始める。

 殺される。絶対にこのままでは死んでしまう。闘えば戦う程、自壊が段々と加速していくのみ。勝ち目が見えないと言う恐怖は想像を絶していた。

 拳と刃が交錯し、攻撃が噛み合うこと無く錯綜する。

 彼女は痛みで悲鳴を上げ続ける体を無理矢理稼働させることで、何とか戦闘に追い付いている。魔力さえ尽きればもう動く事も出来ないだろう。

 

「―――貴方は! 何故そこまで……!?」

 

「そうだな。直接的な原因を話せば、養父の遺言が主な理由だよ」

 

 一端距離が離れた隙を狙い、彼女は声を上げた。対峙した二人であるも、バゼットの方は時間を稼ぐのが目的。また、士人の方も時間稼ぎは自分の戦術的に賛成であり、様子見を選択している。結局のところ、サーヴァントが勝った方が戦争の勝者となるのだから。

 

「―――綺礼の、遺言?」

 

 死んだ知人である言峰綺礼。バゼット・フラガ・マクレミッツが忘れられない強さを持つ男。悪で在る事に違和感を抱かせない完璧な聖職者が、何故今になって出てくるのか。

 ……いや。そうならば、納得もいくかもしれない。

 言峰士人と言う神父が戦う理由となるものが、父と王による言葉となれば自然な事だと思えた。代行者として極まった能力を振うに値する戦場であり、今までの人生を賭けることに躊躇いは無いのだろう。

 

「ああ。聖杯を見ておけ、と最期に言われた。

 故にこうして私はこれを見届け、その中身を知る必要がある」

 

「……――――――」

 

 あの目は危ない。彼女は生まれて初めて、ただ視線を受けただけで逃げたくなった。

 ―――アレの心には何も無い。

 空虚を越えた真っ黒で何も存在しない空白。そうで在るほど何も無いのに、絶対的な自我と意志で自分を見つめている。

 死ぬ。駄目だ、奪い取られる。殺される。

 バゼットは恐怖に慄く前に覚悟を決めてしまった。精神的な自己防衛ではなく、純粋に負けそうになる自分自身に吐き気を感じだ。

 

「……そうですか。

 しかし、綺礼と貴方には悪いですけど―――聖杯は危険物と判断して破壊させて貰います」

 

「―――ならば、死力を尽くせ。

 この身にお前の拳を届かせてみせろ、バゼット・フラガ・マクレミッツ」

 

 絶望を抱いたまま、彼女は自分自身の為に戦いに挑んだ。無論、結果は分かり切っていたが、それでも彼女は賭けてみる事にした。らしくも無いと己の蛮勇を嘲笑ったが、生まれて初めて清々しい気分で死に逝く事が面白かった。

 ……バゼットが弟子を食い止めている。その光景を一瞬で視界から振り被った。今すべきことは加勢では無い。

 彼女はバゼットが自分を助けてしまうだろうと分かっていながら、士郎を助けるべく死地に飛び込んだ。その彼女の行動を助ける為にバゼットは今、こうして戦いに挑んでいる。

 

「ああ、もう……! 女は度胸、躊躇うな―――っ!!」

 

 目の前にあるのは聖杯で作られた呪詛の檻。弟子が泥を固めて丸めて生み出した最悪の呪いの権化。

 腹から気合いが込められた声を出し、凛は黒い泥の繭に飛び込んだ。中に閉じ込められた衛宮士郎を直接助け出す為、彼女は危険地帯へ潜り込む。

 ――――死ね。

 ――――死ね。

 死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。

 ―――人間は醜い。死ね。

 生きる事が罪で在り、死する事が罰である。この世全ての悪など語るまでも無い。もはや救いなど在りはしない。地獄は此処だ。この世全てが悪を成す。故にこの世全ての悪が人を成す。悪で在るものが悪を成す事に不可思議は無い。人間はすべからず悪を成す。死んでしまえ、結末は悪なのだ。

 ―――世界は汚い。死ね。

 人類に先は無い。何もかもが狂っている。人で無いヒトが人の正体。皮を剥かれた本性を見ろ、それがヒトの世界の真実。これだけは変わる事が一つも無い現実。魂に積もる澱が呪いを生み出す。憎悪とは生み出るもの。人の世が何度も黒く塗り潰されるのは当然のこと。死んでしまえ、末路は滅びだ。

 ―――死ね。死ね。全て死ね………!

 

「……うるさい。邪魔よ、煩わしい――――!」

 

 凛は心に染み込んでくる呪詛を弾き飛ばした。魔術回路を全開にし、精神を限界まで高め、ただ呪詛の泥を気合いで押し退けた……!

 

「―――見つけた、あのバカ……っ」

 

 目的の人間を感じ取った。呪詛の世界で人の存在感は闇に消えるが、彼程の輝きを持つ強さであれば松明に等しい。精神が繋がっていれば猶の事。

 遠坂凛は衛宮士郎を見るに、状況は最悪の一途を辿っている。まず、士郎の肉体内へと、刺さった剣の傷から泥が入り込んでいった。そして、全身を覆った呪詛が呪いを押し付けている。外側から呪われ、内側から呪いが挟む様に反響し合う。更に幸運の無さは重なり、神父が使った魔術回路を封じる概念武装によって、衛宮士郎は魔術が使えない状況に陥っている。血も流し過ぎ、呪詛と負傷の両面から生命が脅かされている。回路と肉体が万全であれば、この程度の泥なら士郎は弾き返す事も可能であった。

 

「ここで、ここで死ぬくらい……なら――――――」

 

 しかし、生の渇望を言葉にしても、今の士郎にとっては無駄な足掻き。精神が死なずとも、瀕死の肉体に引き摺られて衰弱していく。心が耐えられても、生命さえ失くしている衛宮士郎には聖杯の泥は死に値する。剣に串刺しにされ、魔術回路を封じられていれば当然のことだろう。それも神父によって『殺す』と言う方向性が与えられているなら尚更だ。

 しかし、彼は赤い光を見る。それは昔の自分が憧れたような―――

 

「―――士郎、掴まりなさい!!」

 

「……遠坂――――!!」

 

 ―――まるで正義の味方みたいな彼女の姿。

 死んで逝くことしか出来ない彼は、一人の人間が成し得た奇跡を見る。出された腕を強く強く確かに掴んだ瞬間―――衛宮士郎は泥の繭から脱出する……!

 凛が命を賭して士郎を地獄から救い上げた。呪詛に満ちた黒く禍々しかった泥は完全に祓われ、吹き飛ばされている。士郎は久方ぶりの呼吸を再開させ、突き刺さっていた数本の剣を直ぐに抜き取った。泥の中では身動きが出来なかったが解放されれば話は違う。それに、刺さったままの状態で投影を爆破されてば一溜まりも無い。

 

「―――ほう。やはり、こうなるのか。素晴しい」

 

 バゼットの背後で、凛が士郎を救い出した光景をしかと見届けた。神父にとって、それは人が成した奇跡の一端。彼は魔術師と正義の味方が聖杯の呪いを打ち破った事実を祝福した。

 ……バゼットは凛が士郎を助け出せた事に安堵する。自分の背後からは確かに生者の気配が二つある。自分の足止めが成功したと確信した直後―――黒い二連の剣戟が眼前に現れた。

 

「――――は……ぐぅ!」

 

 気力を振り絞って剣から生き延びるも、士人はバゼットを悠々と蹴り飛ばした。刃を振い、敵が双剣を避けた後の硬直を狙った攻撃だった。彼は気の緩みと一瞬でも力が抜けた刹那を見抜き、彼女を防御した格好のまま右足を地面へと転ばせる。

 

「……言峰―――!」

 

 全身を血液で濡らし、穴だらけの状態で衛宮士郎は言峰士人の前に立ちはだかった。彼の背後には呼吸をするのも苦しいバゼットと、自分を助けた事で余力も消えそうな凛が居る。

 

「死に損ない、呪いで精神を暴かれた上、そこまでの殺意をまだ抱けるか。

 衛宮士郎。お前はそこまであの女―――イリヤスフィールを助け出さなくてはならないのかね?」

 

 既に彼は自分とイリヤの関係を知っている。アーチャーからも言葉が少なくとも、彼女が自分にとってどういう人間であるのか、理解させられていた。

 

「―――当たり前だ!

 イリヤが衛宮切嗣の娘なら、衛宮士郎だけは絶対に諦めてはならないんだ……っ」

 

 切嗣に誓ったのだ。救われた時に憧れた。親父の死ぬ時の言葉が忘れられない。

 ―――衛宮士郎が正義の味方にならなくてはならない。

 そんな生き方は機械と同じで、人間の在り方には程遠い歪んだ価値観だ。自分よりも他人を優先し、結局還るものが一つも無い。

 

「なるほど。それは助けたいと言う自己満足では無く、助けなくてはならないと言う強迫観念から出る義務感か。

 ……確かに、お前らしい理由だよ。

 ああ、ならばこそ、それを貫き、この身を打倒して越えて行け。イリヤスフィールを救うと決めたからには、呪われた聖杯と言峰士人は避けては通れぬ障害だ」

 

 最高だった。敵は三人、誰もが極上の人格を持つ娯楽の極み。

 呪いが愉しそうに自分の心を震わせている。黒い呪詛のまま暴れ、泥の衝動を笑みに変えていく。

 

「アンタ自分が何を言ってんのか、理解してるんでしょうね……!?」

 

「―――当然だ。

 これを知る事が出来ねば、私は満足に生を全うすることさえ不可能なのだ」

 

 泥を踏破し、士郎を助けた凛は、傷も響いて満足に動くこともままならない。それでも、自分の弟子である神父に対して彼女は叫んだ。

 

「―――士郎。あのバカを倒しなさい」

 

 遠坂凛を経由したセイバーからの魔力により、士郎の中にある鞘が持ち主の傷を癒す。彼の肉体をまるで時間を巻き戻しているように蘇生させていた。衛宮士郎が持つ蘇生能力の原理が判明した為に可能な遠坂凛による最高の援護であった。士人との戦闘中に幾度も無く傷付こうとも戦い抜けたのは、凛とセイバーがいたからなのだ。

 ―――故に、聖剣の鞘は今三つある。

 一つはアーチャーが投影してセイバーが体内に入れた偽物。もう一つがアーチャーがセイバーと契約する事で得られた偽物。最後に衛宮士郎が持つ衛宮切嗣から託された本物。

 凛とバゼットの分もあれば良かったが、アーチャーの魔力と回路の限界も有り、たった一日では二つが限度。守護者と成り果てたエミヤシロウでは、鞘の投影は固有結界の展開よりも遥かに困難であった。それも実際、バゼットからの令呪による補助が無ければ、ギルガメッシュと戦うには魔力が心許無くなるまでだった。

 

「……後は、お願いします―――っ」

 

 バゼットは、もう身動き出来る状態では無くなっていた。先程も神父の動きに合わせるだけで命が削れていき、死の淵のデッドレースを続けていた。とは言え、もはやそれも不可能。完全に肉体の損傷が悪化し、傷が深刻なレベルに到達している。

 ―――だが、回路だけはまだ無事だ。

 魔術師としてならば、この場所に立つ事は出来る。魔力で無理矢理両足を地面に立たせ、戦場に居る事だけは出来る。そして、フラガラックの抑止力は、この勝敗を分ける鍵にする事も可能。バゼットは凛の肩を借りて、如何にか立ち上がってフラガラックを撃つ構えだけは取れていた。

 

「―――分かった。今度は負けない」

 

 短かな、そして確かな決意。神父はそれを静かに見届けていた。

 

「実に喜ばしい。だが、私が父と師から学んだ技と術と、王から頂いた宝の前では、何時までもその様を晒すことになろう」

 

「―――言峰。おまえはそうやって、精々余裕ぶってやがれ」

 

「余裕……か。なるほど、そう見えるか。

 ならば、俺の演技力も程々に鍛えられているようだ」

 

 楽しそうに語りながらも、神父に油断など一欠片も有りはしない。冷徹に、事細かに、敵である衛宮士郎を観察している。

 ……無駄が無いのだ。行動全てに裏がある。

 こうやって喋ること一つ取っても、士人には何かしらの策があるのだろう。あるいは、何事も策に利用する狡猾さがある。

 

「……なに――――――――」

 

 ―――故に、笑顔を一変させた言峰士人は余りにも不気味だった。

 無表情。無感情。無防備。無動作。

 戦場が唐突に完全停止した。隙だらけに見えていても、自分が隙を見せた瞬間殺されると悟れた士郎は、敵に攻撃することが出来なかった。

 神父の目がおぞましいほど黒く禍々しく煮え滾り、殺意が充満し過ぎて自己が死んでいる。透明で色の無い空白の殺気が空間を殺す勢いで塗り潰して逝く。

 

「―――――――――消えた……?」

 

 ぽつり、と静かに神父が呟いた。表情は完全な無の表情と化し、何一つも現れていない空虚な顔。現実を見ているような、夢の中で自分が悪夢に居ると気が付いたような、茫然とした表情。

 

「……そうか、我々の敗北だな」

 

 既に何の価値も無くなった。この聖杯戦争で勝つ必要性が消え果てた。

 神父が持つ個人的な願望からすれば、聖杯の中身さえ知ることが出来れば良かったが、こうなってしまうと言峰士人に戦い抜く動機が無くなってしまう。

 

「―――死んだのか、ギル」

 

 ドクン、と鼓動する。聖杯が生贄を喰らって喜んだ。同時に、聖杯の前に君臨する神父から殺意と戦意が失われていった。

 ―――これは、虚しさか。

 ギルガメッシュが死んでしまった。養父が目の前で死んだ時に感じた虚無感にも似た、何も感じられない、何も思い浮かばない、何も考えられない、独特な空白が心に生まれる。

 何も無い故に言峰士人には、苦しみや悲しみの実感が無い。しかし、内側から空っぽになる虚無感だけは、空白の心の中で波打った。

 

「―――士人君、英雄王はアーチャーに敗れました」

 

 豹変した士人を見て、バゼットは大凡の事情を察知する。ラインから伝わるアーチャーからの情報で、彼が王と慕う英雄王が死んだのだと簡単に悟る事が出来た。だからこそ彼女は、言葉を使って臣下に王の死を確かなカタチで与えた。アーチャーの新たなマスターとして、ギルガメッシュのマスターに勝利を告げた。

 そして、その一言で士郎と凛も事態は把握する。ギルガメッシュをアーチャーが打倒した。

 

「……なるほど。アサシンも殺されたか」

 

 ギルガメッシュからのラインが途絶えた数十秒後、アサシンとのラインも消滅。自分では絶対に到達出来ないと確信させられる程の剣技を持つ侍も、敵のサーヴァントに殺害されたのだと分かってしまった。しかし、聖杯はまだ自分の手中であり、殺し合いも終わりを迎えていない。敵を観察しながらも、彼は取り返しがつかない違和感を自分の体から感じていた。

 ―――ザクリ、と神父の心臓部分から聴こえる奇怪な音。

 聖杯を背後に三人と向かい合う言峰士人は、なにが起こったのか理解も出来ずに視線を下に下げた。

 

「……ま、さか―――?」

 

 士人が声を、血と共に吐き出す。彼の胸からは紅い長槍の刃が飛び出ていた。神父は背後から槍に貫かれ、完全に心臓を串刺されている。

 

「―――――聖杯に届かなくて残念だったな、言峰士人」

 

 黒い泥から湧き出た人型が顔を歪める。片手に神父を串刺しにした槍を持ち、心の底から愉快だと顔に笑みを浮かべている。

 

「………クカ、カハハハハハハハハッ!!

 アヒャハハハハハハッッ!! ハアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!」

 

 ―――それはまるで、赤子の産声に似た笑い声。

 ―――邪悪に歪んだ彼の顔は、何処までも純粋。

 暗い暗い黒色の泥沼から笑い声が響き渡る。この声はこの世全てを嘲笑っている。

 脳髄に焼き付く、悪意に溢れた存在感。それは憎み殺し犯し、ヒトの悪行が生態と化した悪魔の産声。体から漏れる殺意は大気に満ち、その殺気は猛毒に等しい。

 

「―――ア、アヴェンジャー……?」

 

 沼から現れた人影を見たバゼットが、そんな言葉を小さく呟いた。

 その姿は忘れもしないサーヴァントの形。皆を逃がす為に英雄王と戦い、そして殺された筈の相棒。もう二度と聞く事はないと悲しんだパートナーの声。

 彼女の声は誰にも届くことなく、空中へと淋しく霧散した。そして、アレが“アヴェンジャー”で在ろうとも、決して彼はバゼット・フラガ・マクレミッツのアヴェンジャーではなかった。同じ姿形だが、纏う気配がまるで違う。

 ―――これは別人だ。バゼットは一目でそれが理解出来た。

 そして彼女は、目の前に前触れ無く唐突に出現したこの人物が、自分達の敵であると一瞬で悟れられた。邪気と害意が、無害な存在には程遠い。

 

「ここで人生終了だよ神父さ~ん、アンタはもうお役御免だぜ。

 ………それにオレの誕生で一番の障害になるのが神父さんだってコト、この体を借りてるオレがキチンと理解しているしさ」

 

 ―――グサリ、と更に槍が深く突き刺される。

 それと同時に神父の背後に立つサーヴァントが、邪悪にその笑みを深めた。

 ―――グルリ、と槍を回転させる。

 士人は口から血を大量に吐き出しながら、胸元にある十字架のペンダントを握った。

 

「ぁ、グ―――――――っ」

 

 ―――血に濡れた笑い。

 心臓を朱い槍に串刺しにされた神父が、命の最期に笑顔を浮かべた。

 

「……全く、まだ道の途中であったのだがな―――――」

 

 そんな言峰士人の笑顔を見た衛宮士郎は、神父の笑う顔が衛宮切嗣(オヤジ)にそっくりだと感じ―――そして、アヴェンジャーが紅い槍を勢い良く振り上げた。

 背後から心臓を貫かれていた言峰士人の重さを感じさせない程、赤い魔槍は軽々と振り抜かれる。神父は簡単に後方の空中へと投げ捨てられた。

 ―――ドボン、と神父が黒い沼に消える。

 士人が言峰士人に成る前、泥に全てを燃やされた時と同じ様に、彼はアンリ・マユの呪いの中に消え去った。

 ………神父の命が消えていく時間。

 自分の弟子が右手で綺礼の形見である十字架のペンダントを握りながら死に逝くのを、遠坂凛は悲しい目でずっと見送っていた。

 

◇◇◇

 

 サーヴァントたちの到着は直ぐであった。死したアヴェンジャーの再来に、セイバーとアーチャーが間に合った。言峰士人が聖杯へ死に逝く光景も遠目から見ていた。神父が殺された直後、出来るだけの素早さで聖杯の前に到着していた。

 ―――二人は、庇う様に士郎よりも前に出た。三人を守る様に、アヴェンジャーの前に立ち塞がった。

 とは言え、アーチャーは兎も角、目をやられたセイバーは視覚以外の鍛えられた超感覚で何とか状況は把握しているだけ。彼女は斬られた両目を形だけは治癒を完了させているも、視界は万全には程遠い。視覚の完治はまだ出来ていない為、敵の姿が見えていなかった。切り傷の治癒は進んでいるのだが、彼女の瞼は固く閉じられたまま。

 

「―――アヴェンジャー……?

 いえ、貴方は彼とは違いますね。汚濁に染まった気配が聖杯と同一です」

 

 視界が巧く働かないセイバーが、感じ取れた気配と直感で敵を的確に判断した。目に見えないからこそ、余分な物を計らずに相手を見透かしていた。

 

「ああ、大正解さ。オレはアヴェンジャーでは在るんだが、同時に復讐のサーヴァントじゃあないんだね、これが」

 

 バゼットに見せていた笑顔と変わりない。だが、そこには圧倒的なまでの悪意が含まれていた。

 

「―――貴様、アンリ・マユ……か?」

 

 弓兵は凍りついた背筋から伝わる第六感に従い、それを言葉にしてしまった。 

 気配、殺気、邪気、死の予感。

 惨たらしいまで極まった悪意。

 そこから汚染するかの如く伝播する憎悪、怨念、殺意、欲望、狂気が世界に満ちる。空間が呪いで壊れ、そのまま崩れてしまいそう。

 

「……良いね、良いね、楽しいねぇ。

 流石は殺戮作業に手慣れた偉大な守護者様。一目でオレを見抜いたかよ」

 

 ヒヒ、と態とらしい下衆な笑い声。

 

「騎士王様に正義の味方。おまえらみたいな英雄が戦って人殺しをするにはさ、オレみたいな悪役が一番相応しい。

 ―――そうだろう?

 世界を滅ぼすまで膨れ上がった悪意なんて、実に殺し甲斐が有りそうじゃないか」

 

 あれはアヴァンジャーでは無かった。彼にはここまで生々しい感情を表現出来ない。それこそ見ただけで、人間の醜さを脳髄に叩き込んで教える程の憎悪は出せないだろう。どんな反英霊でさえ、あれ程の人類悪たる存在感は無いだろう。

 ―――あれは英霊では無い。

 騎士王と錬鉄の英霊には即座に感じ取れた、その現実が。受肉している身体こそ英霊のモノであるが、それに取り憑いている魂がヒトで無い。

 

「あの神父……自分から進んで虚無に取り憑かれたか?」

 

 例え言葉が彼に届いていないと理解していても、アーチャーは言わずにはいられない。何せ彼は死んだアヴァンジャーの本質を知っている。

 あの英霊ならば逆にこの世全ての悪を管理してしまう程、魂が強靭でありつつも、善悪聖邪が不要な性質を持つまで魂が究極に至っている。英雄王のように巨大なのではなく、絶対に善や悪と言った属性のモノに動かされない。魂が強いとか弱いとかと言った英雄や人間としての、強者と弱者の天秤から外れてしまったのだ。

 ―――ならば、答えは一つ。

 

「ヒヒヒ。やっぱりアンタ聡いね。その通り―――あの神父はオレに魂を貸してくれたのさ」

 

 ―――復讐者は頼まれた契約を許した。それしか原因が無い。

 同質故に同類。アンリ・マユではあの英霊を支配出来ない。元から呪いを許容している者を汚染するなど不可能だ。

 

「―――死んでも悪辣な奴だ。ここまで思う儘に死後の宴を楽しむか」

 

「そいつは凄ぇ的確な台詞だよ。このアヴェンジャーってサーヴァントはね―――ただ単純に知りたいだけなんだ。

 オレが果たして何を成せるのか。生前とは違う結末、あるいは死後の末路を見てみたい。人の悪が願う世界の終焉に何かしらの求道の解答が見出せるのか。悪しかない者が成す悪による答えを理解し、また悪しか成せない者を理解する事が出来るのか。

 そこから世界が終わる実感は見つけ出して手に入れたい。

 ―――可能性の果てもまた娯楽。

 楽しめるのであれば、楽しめるだけ愉しもう。笑えるのであれば、心行くまで笑顔を作ろう」

 

 この世全ての悪(アヴェンジャー)が語る言峰士人(アヴェンジャー)に嘘偽りは無い。これもまたあの神父の末路が抱えていた想いである。何時かは手に入れたいと考えていたが苦痛を実感しない彼にとって、遠い未来の何時か手に入れられるのであれば、その機会に手に入れようと計画していただけのもの。

 

「まぁ……だからこそ、こんな聖杯戦争なんて言う馬鹿騒ぎは御誂え向きな地獄だったんだ」

 

 ヒヒヒ、歪な笑い。悪魔は楽しく堪らないと笑顔を作る。

 

「とは言え、あの神父に救いは無い。この世全ての悪が世界を滅ぼそうが、それはただ在りの儘に悪を成しただけ。

 ―――其処に在るのは結果のみ。

 聖杯に眠るオレの本体が何もかもが終わった後に如何なるかは、流石に今のオレにも分からない。でもな、決まり切った終わりから得られるのは納得しかない。最初から自分で手に入れられていた疑問の答えが、ただ確かな現実として目に見えるだけなのさ」

 

 悪意に祈れ。邪悪を捧げよ。

 ヒトから生み出た悪魔は全ての悪に祝福を願っている。

 

「結局、分かっているのに手に入らないから欲しいんだよ。見えているのに触れないから、知っているのに実感が無いから―――求めずにはいられない」

 

 世界を呪う、人類を殺す。アンリ・マユにとって当たり前の摂理。当然の帰結。

 例外と成り得る事象はこの世全ての悪のみ。

 

「そんな、そんなことで―――貴様はそれでも尚、願い続けるのか……!」

 

 セイバーにとって、そんな願望は許容出来なかった。

 アーチャーなら破滅しかないと分かって上で突き進む破綻者の理論に共感は出来る。バゼットなら悪を良しと出来た自己の強さに憧れを抱いている。凛なら魔術師足らんと徹する非情さで行動は無理だが思考だけは容認出来る。士郎なら道行く先に何が在ろうとも躊躇わない姿が強く自分を意識させる。

 ―――だが、セイバーだけは違った。

 この神父の成れの果てであり、恐らくは聖杯の意志であろうサーヴァントが、どうしようもなく許せなかった。

 

「なぁ、騎士王。アンタも救われたいだろ? 自分の国を無かった事にしたいんだろ?

 ―――任せてくれ。

 罪も悪も、悲しみも嘆きも、絶望も地獄も、何もかもを消し去ってやる」

 

「―――要らない。それでは私の願望が汚れるだけだ」

 

「ほほぉ、即断言の否定かよ。実に残念だなぁ。聖杯に対するまともな願い事を持ってんのは、アンタくらいしか残っていないんだけど。

 ……そのセイバーのサーヴァントに断られたとあっちゃあ、もはや取るべき手段は一つしかない」

 

「なにかね。出来るなら直ぐにでも自爆して欲しいものだが……」

 

「ヒッヒッヒ! 正義の味方が言う台詞かよ、それが?」

 

「―――ク。世界を滅ぼす人類悪が相手では、立場も弁えずに皮肉の一つや二つも湧くというものだよ」

 

「ふーん……」

 

 楽しくて堪らないと語り掛ける邪悪な笑みが、世界を凍らせた。

 

「……じゃあさ、殺し合いを続けようか。

 ―――そして、死ね。

 なに、ちょっと心臓を停止させて呼吸が出来なくなるだけだ。誰にでも出来る極々簡単な作業。ほら、ならさ、気に病むこともなくオレに皆殺しにされてくれ」

 

 返答など要らぬと、アヴェンジャーは敵へ殺しに掛った。まずは士人を殺した赤い槍を無造作に投擲する。獲物はセイバー。目が見えないのであれば、格好の餌食となろう。

 しかし、彼女は槍を剣で軽く弾いた。キィン、と軽く防ぐ姿は恐ろしく、強いて言えば音速で迫る砲撃を生身で目を使わずに対処したということ。アヴェンジャーはセイバーに対する戦力情報を更新しつつ、次の手に出る。

 両手に現れるは歪んだ刃を持つ双剣―――右歯噛咬(ザリチェ)左歯噛咬(タルウィ)。このアンリ・マユが装備した武器が持つ雰囲気に、言峰士人が好んで使っていた悪罪はとてて良く似ていた。

 

「―――死ね。バラバラに犯してやらぁ!」

 

 壮絶な害意と殺意の一言。舌を犬のように出したアヴェンジャーがセイバーを襲った……!

 

投影(トレース)開始(オン)―――!」

 

 士郎が投影魔術を即座に行使。だが、アヴェンジャーも同じタイミングで投影し、武器軍を射出。士郎はアヴェンジャーの投影を見抜き、その迎撃の為に投影を行うも、その量は士郎の投影数量を越えている。何とかセイバーに襲い掛かっていた投影は全て落とすも、時間差で直ぐさま次の武器が士郎たちに降り落ちていたのだ。

 そして、咄嗟にアーチャーも剣軍の防御に移っていた。彼は片腕に剣を構え、まず何とか回路を酷使して投影した剣を射出し、数を減らした武器らを手に持つ剣で斬り落とした。ギルガメッシュとの殺し合いで魔術回路が壊滅寸前まで弱体化しているアーチャーでは白兵戦は兎も角、衛宮士郎よりも投影による援護は不可能。投影だけでは対応出来ず、今は三人を守るように壁に成っていた。

 

「ヒッヒャア!」

 

 奇声で一閃、次の間には十閃。斬撃弾幕が乱れ狂う。歪んだ双剣が縦横無尽にセイバーを覆い被る光景は絶殺の包囲網。

 バゼットは咄嗟に構えている宝具で援助しようと真名解放を行おうとするも、凛がそれを手で制した。それはライン越しでセイバーから不要と言われた故の判断。

 

「お? ははは……おもしれぇ!」

 

 ―――片腕のセイバーは視界を使うこと無く、アヴェンジャーと斬り合っている。

 敵の殺気を感じ取り、敵の気配を全て把握し、敵の殺意が向かう行き先を予感し、第六感を全開稼働させ続けている。

 ―――その剣戟は、圧倒的な直感によって可能となる神業だった。

 剣気で敵の意志を斬る。刃はもはや概念そのものとなり、振るう技は幻想の領域。片腕盲目となった故の更なる剣の境地は、彼女にとって予想も出来ない世界であった。

 

「どうした、怪我人が相手と手加減か。それとも……もしや、手負いの騎士一人も殺せないか―――悪神?」

 

「―――ヒハハハハ! 言うじゃねぇか、騎士王! アンタ、マジ出鱈目過ぎんだろうがよぉ……!!」

 

 アヴェンジャーの双剣を捌く、逸らす、弾き返す……!

 セイバーはさらに隙を狙っては、敵を切り裂かんと逆に攻勢にも出ている。アヴェンジャーは投影魔術も用いて串刺しにしようとするも、それらは全てアーチャーと士郎に潰されている。

 

「―――衛宮士郎。奴の投影の対処はおまえに任せる」

 

 戦況を冷静に判断したアーチャーの結論だった。アーチャーはセイバーが戦況維持が保てない事が読み取れた。自分が接近戦でセイバーを援助せねば、何時かは皆殺しにされる。そして衛宮士郎と共に、アヴェンジャーが降らす投影射出に対応していたが、引き千切れる寸前の回路を回転させ続ければ、限界は直ぐに超えてしまう。アヴァロンの治癒も間に合わない。

 ―――ならば、短期戦に賭けるのみ。

 衛宮士郎ではサーヴァント同士の白兵戦に入り込めない故、敵の投影を彼が全て迎撃し、アーチャーがセイバーの援護をしなくてはならない。

 

「おまえこそ、セイバーを頼んだ」

 

「……ク」

 

 迷い無く、アーチャーは剣戟の真っ只中に斬り込んだ。

 そして士郎は過剰なまで凛から魔力を貰い、臨界点を越える程の投影展開に死力を尽くす。彼の脳内は全て投影の設計図の射出軌道の計算に使い潰されている。

 ―――固有結界が暴走を開始した。

 無尽蔵の魔力を有している聖杯の化身は、つまるところ無限の武器を持つということ。幾ら敵に刃の弾丸を撃ち放とうとも、弾が尽きる事は無い。それに追随しようと足掻く衛宮士郎が壊れ続けてしまうのは当たり前の事実である。アヴァロンの加護が無くば、既に剣の塊と化していた。

 

「おいおい、アーチャー。アンタが気張んなきゃ、あそこの小僧が自滅すんぞ?」

 

「下らん。その前に貴様を倒す」

 

 アヴェンジャーの戯言を斬って捨てる。逆に挑発し返した。セイバーとアーチャーに挟まれたアヴェンジャーであるも、その表情に焦りは皆無。更に言えば、楽しそうな赤子に似た笑顔を浮かべている。

 

「―――ひひひ……ゲヒャハハハハハハハハ!」

 

 おぞましい笑い声を上げてアヴェンジャーは戦い続ける。自壊を顧みない死の嵐に、セイバーもアーチャーも、そして士郎と凛とバゼットが巻き込まれていく。

 狂ったように暴れているにも関わらず、アヴェンジャーが取る手段は理性的な戦法だ。バゼットを警戒して必殺に類する技を使う事も無く、セイバーとアーチャーの剣戟に対処し、凛の援助を受ける士郎の投影にも危ない部分が欠片も無い。

 加速する戦場で鮮血が舞い踊る。

 楽しくて堪らないアヴェンジャーの英霊―――アンリ・マユは人の絶望が嬉しくて面白い。願われたまま、地獄を成す為だけに此処に居た。

 

「そうだ、オレを殺害してみせろ。

 ―――でなくては、世界が滅んで消え去るぞ」

 

 聖杯が鼓動を高める。既に限界へ到達している。

 前回の第四次聖杯戦争から溜まりに溜まった魔力が、その黒い泥が、この世全ての悪の成就を謳い始めていた。




 と言う訳で、主人公が決戦場から退場しました。そして、アヴェンジャーの再登場ですが、このアヴェンジャーはまた違うアヴェンジャーであるアヴェンジャーのサーヴァントもどきと言う、絡まりまくったキャラクターです。
 アンリ・マユがアヴェンジャーに憑依したと言うよりも、実際はアヴェンジャーの魂を借りて具現化した第九のサーヴァントとなります。ついでに受肉しています。ギルガメッシュとアサシンの死亡により、聖杯の魔力が溜まって現界可能となりました。
 読んで頂きありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。