神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 今回は名前通り、血戦になります。


37.四騎血戦

 ―――言葉もなく、最後の決戦を開始した。

 もはや、既に語るべきことはない。あのギルガメッシュでさえ、目に殺意を浮かべて酷薄に笑うだけ。

 しかし、ただ一言、英雄王は衛宮士郎に対し、士人が待っているとだけ声に出した。そして、ただ一人だけ居た人間が消えた瞬間、決戦は始まった。

 サーヴァントたちの戦いは激化の一途を辿っていた。殺し合いは単純明快に分かり易い構造になっていた。

 セイバーはアサシンと、アーチャーはギルガメッシュと殺し合うと決めていた。そして、アサシンとギルガメッシュもまた敵対する二人と思惑は同じ。

 ……互いが互いに望む相手と戦いを始めた。

 騎士王と侍は斬り合い、英雄王と贋作者が撃ち合う。衛宮士郎が言峰士人を止めに行く為、聖杯へと向かってからその構図に変わりはない。斬り合い、撃ち合い、既に数十合が繰り返されていた。

 だが、そんな膠着状態は長くは続くかない。

 宝具たる固有結界・無限の剣製によってアーチャーとギルガメッシュ、セイバーとアサシンの二組に分断される。

 アーチャーは自分一人のみで心象世界内で決着をつけるべく、無限の剣製で英雄王を自分の世界に捉えた。セイバーもアサシンを一人で打倒する為、アーチャーと別れてアサシンを倒すと決めた。

 無論、これは事前に考えられていた策だ。また固有結界に一人づつ捉え、アーチャーとセイバーの二人掛かりで倒す策もあった。しかし、それでは、ギルガメッシュが宝具を使えば結界外に逃げられるかもしれない。外の世界に残った者も大人しくしている訳がなく、聖杯が在る衛宮士郎の方へ向かう可能性もある。それでは士郎は確実に殺されてしまうだろう。

 

「ほう。巧い手だな、セイバー」

 

 外界に残されたアサシンが初めて声を出した。共に戦っていたギルガメッシュが、自分も体験したあの世界に消えた今、これは個人の死合いと同じ。空気が更に硬直して緊張が増していくが故に、その殺気が心地良くて彼は心が躍る。

 また、分断された事でアーチャーの横槍を警戒する負担も少なくなる。逆に此方もギルガメッシュが居なくなったが、そもアサシンは命を奪う為の斬り合いに義理も人情も挟まない性質である為、ギルガメッシュが居ない方が愉しみ易くあるのだが。

 

「……………」

 

 ただ彼女は剣を構えるのみ。今のセイバーは死力を尽くし、敵を斬ると決めている。

 

「―――良いものだな、これは。

 何に縛られる事も無く、ただ純粋に斬り合える」

 

 魔術師からの束縛も無く、山門に場所を束縛される事も無く、余計な重みも心には無い。今の体も魔力が十分に満たされ、自身の刀を十分に振るえる。その上、目の前には名高き騎士の王が敵として立ち合っている。

 ―――願いはここに叶っていた。

 強き者との果たし合いが、こうして行えていた。それも、最高なまで御膳立てされた末での最後の戦いでだ。

 

「………く」

 

 漸く一個人として、唯一人の武者として―――自分は此処に存在していた。そんな過去の感傷に浸ってしまい、本当に思わず笑みが零れてしまった。

 

「貴方は、これで満足なのですか?

 ……世界が滅んでしまっても、それで構わないと言えるのですか?」

 

「―――無論。其処に語るべき言葉を私は持たない。

 私がこの場所に来た理由はただ一つのみ。それ以外の事柄は既に余分な些末事よ」

 

「―――――――――――」

 

 ならば、もう決着をつけなくては。

 

「―――風よ」

 

 偽りの鞘が消える。遥かなる光で輝く聖剣―――エクスカリバーが現れた。敵の何もかもを叩き斬る為、刃は魔力に満ち溢れる。透明化が無駄になるアサシンが相手では風王結界は邪魔となり、風の鞘の真名解放を十分に行う隙もないだろう。

 故に、全力を出すのであれば、この選択は必然であった。

 アサシンの名を冠する侍が相手では、如何に強力であろうとも宝具の解放が足手纏いになる。やるからには、刀が届く事の無い距離からで無くてはならない。

 しかし、――――

 

約束された(エクス)――――――」

 

 ―――不意を穿つ真名解放……!

 アサシンは驚愕する。この距離、この機会、大技は有り得ない。何故ならば、もう既に、自分はこの様を晒すセイバーに切り掛っていた。此処までの隙を逃す程、自分は甘くはない。この手は本来ならばやってはならない筈。

 故にセイバーが剣を掲げ、魔力を溜め始めた瞬間―――侍は躊躇いもせずに首を一閃。

 長い刃が斬り落とす。

 ……地面に落ちて行ったのは、数本だけ僅かに切れた彼女の前髪だけであった。 

 視線が互いに交差され、アサシンはセイバーの術中に嵌まった事を認識した。あの剣の威圧感は最初から囮でしかなかった。

 

「――――――……っ!」

 

 その真名に言霊は込められて無い。セイバーは直感に従い、自分の策のまま返し刀に斬り掛る。上段から叩き潰す剣が墜落してきた。

 

「―――――……ぬ!」

 

 斬撃はアサシンに当たるものの、しかし衣装を切り裂くだけに終わった。血を出す事も無く、体に切り傷は無い。だが、刃に宿る膨大な熱量が敵を焼き焦がしている。服は一部分が炭に変わり、体も剣閃が通り過ぎた部分に鋭い痛みが走っている。

 実際に真名を解放してしまえば、大きな隙を突かれて殺させるだけ。だからこそ、魔力だけは見せ掛け込め、敵にここぞと偽りの機会を見せる。そして、其処を斬る。ある意味ではセイバーは、自分の聖剣を最大限利用していた。とは言え、この囮は二度と使えないので、出来ればここで切り傷程度は与えておきたかった。

 

「……――――」

 

 聖剣から魔力が霧散する。実際に解放する為では無かったので真名解放に比べればとても少量であるものの、ある程度の魔力を無駄にしてしまった。 

 

「―――――ハ!」

 

「じゃ―――――」

 

 そして、此方の上段斬りを回避した敵の刃が迫るが、彼女は剣を剣戟の軌道上に振り抜いて防ぐ―――刹那、再度斬り込まれたがそれも弾き返し、此方からも斬り返した。予想通り、見事なまでの惚れ惚れする技量で受け流されるも、瞬時に心臓を目掛けて刃を突き出す。

 ―――それも、セイバーは斬り落とされた。

 死を実感する。自分の剣技が通じていないと分かっていたが、ここまで狂った技量では純粋な斬り合いで上回れない。

 何合も何合も斬り結び、何度も何度も殺され掛った。今生きているのは、戦場で鍛え上げた天性の才である直感があったから。死を予感するこの技能が無くば、既に何十回も首が飛んでいた。攻撃、防御、回避、迎撃、全てが向こうの方が巧みとなれば、それ以外の部分で敵を凌駕せねばならない。

 

「――――――――……」

 

 セイバーの剣の封印は解けている。隠れていた聖剣の威光が顕現し、光り輝く刃からは膨大な魔力が世界を激震させている。

 一撃必殺、そうとしか思えない圧倒的存在感。

 魔力放出の全開解放。絶対とすら思える魔力の本流。その全てが斬撃と化すセイバーの剣は、さながら竜のアギト。アサシンはその剣が肉体を掠っただけで全てを持っていかれると体感する。これで全てを決すると剣気で語っていた。

 

「…………っ!」

 

 故に彼は心に決める。―――我が最高の技を持って終止符を打つ。

 

「―――“秘剣”―――」

 

 振り上げられる長刀。間合いを詰める神速の踏み込み。アサシンが高々と告げる技の真名。宝具に匹敵する、幻想に届いた剣士の業が放たれる。

 闇夜の月光に刃は光った。

 セイバーは死を見逃さんと目を鋭く尖らせる。何か一つでも目視出来ねば、四散して終わりを迎える。

 

「―――“燕返(つばめかえ)し”―――」

 

 ―――セイバーに迫るは三重の剣閃。

 前回の死合いの時に“視”たよりも鋭さが増した剣神の秘技。檻の如く逃げ場の無いアサシンの燕返しは、セイバーに対して文字通り必殺を成す。今まででの聖杯戦争で絶好調である佐々木小次郎の剣技は冴えに冴えていた。

 

「――――――――――――――――――――――――――」

 

 時間が止まる程セイバーは集中する。体感時間が際限無く加速する。

 ……それでも尚、これは避けられないと理解する。窮地を幾度となく助けてきた彼女の直感が告げていた、自分ではこれを避け切れないと、そう感じ取った。

 

「―――――――――――――――――――――――――っ」

 

 セイバーも小次郎へと間合いを詰める。両手に握りしめた剣を構え、絶殺の檻へと入り込む。そして彼女へと死地が眼前に広がった。

 ―――――一撃目。

 セイバーは首に迫る剣閃を避ける。斬首を回避するも左目を切り裂かれる。アサシンは間合いをそのまま詰めて来た目の前の剣士に内心で驚くも、自分が至った明鏡止水を持って、そのまま間合いを詰めるセイバーへ次の剣を放った。策が有ろうとも、それ事斬るのみ。

 ―――――二撃目。

 上から迫る同時攻撃。眼前に来る刀身を停止する時の中で見て、このままでは死ぬと直感する。そして、刹那の間に剣がセイバーに届いていた。左腕が音も無く切断される。痛みも無く、余りにも素早い為か、時を圧縮された体感時間ではまだ腕が切り離されていない程だった。

 

「―――――――――――――――」

 

「―――――――――――――――」

 

 ―――――死ぬ。奴を斬らねば死ぬ。

 圧縮された時間の中、アサシンは心の底から戦慄していた。同時三閃の必殺、燕返し。セイバーへ先の二閃は敵を抉るが命には届かず。最後の一閃、これが届かなければ“必殺”は“必殺”を成さず。

 ―――――死ぬ。奴を防がねば死ぬ。

 セイバーは血に流しながらも、その姿は欠片もアサシンに負けていなかった。燕返しに斬られたが、それでも彼女の剣気に蔭りがなかった。

 ―――――三撃目。

 直感がセイバーの感覚をビリビリと焼く。自分を両断しに迫る刀身に漸く剣を合わす事が出来た。下から上へと振り上げられた聖剣がアサシンの長刀に当たり、長い刀身の半ばから粉砕する。刀は砕け、五尺はあった長さが今では半分しか残っていない。

 

「――――――――――――――――――――――――――!」

 

 アサシンは悟る、目の前にいるセイバーの目論みを。

 段差がある地形では無く、平地で全力で斬り掛る自分の剣技――秘剣・燕返しは剣士としての理論上、打破することは不可能だ。もし破るとしても積み重なった偶然と奇跡が必要だろう。しかし、ソレさえ斬ってこその必殺と言うもの。

 ―――だがセイバーはソレを成した。狙いは武器破壊。

 直撃した刀がどれ程の強度を持っていようとも、最強の聖剣によるセイバーの全力の一撃には一溜まりもなかった。一閃と二閃を命を失わない様、自分の体を犠牲に生き残り、三閃目の燕返しに一撃を合わせて刀身を破壊する。セイバーは初めから同時に迫り来る三本の内、最初の二本を無視し最後の三本目に剣を直撃させていた。一撃目ならば、アサシンがセイバーの剣を流して後の二閃で絶殺していた事だろう。二撃目ならば、油断なく攻撃を流した後に最後の一閃がセイバーを必殺していた事だろう。

 

「―――――――――――――――――――――――――――」

 

 捨て身の戦法で技を破られたアサシンは、壮絶な悪寒を感じ取る。燕返しの三撃目は、一撃目と二撃目とは意味が違うのだ。何せアサシンはそれでセイバーを倒せなければ、技が破られると言う事。アサシンは何が何でも三撃目で斬りに掛り、全力で集中していたセイバーはその一撃を直感で悟った。彼女はアサシンから感じた剣気のまま刀を迎撃し撃破する。

 セイバーは最初の二回で死ななければ良かった。同時に襲い掛かる三つ目の斬撃にのみ集中し、アサシンの燕返しを打ち破る。

 ―――全ては目の前の剣士から隙を作る為。

 必殺魔剣を全力で放ち、更に刀を砕かれた衝撃で硬直している絶殺の好機。策を重ねに重ね、彼女は勝利の可能性まで辿り着いた。セイバーは侍から漸くもぎ取った隙に喰らい付く……!

 

「――――――ハッ!!」

 

 ―――気合い一閃。アサシンの視界に剣閃が走る。

 

「―――――――くっ!!」

 

 燕返しを放ち刀を振り斬ったままのアサシンと、剣を振り放ったセイバー。硬直する時間の中で、剣気に満ちた澄んだ声が響き渡る。剣が彼の脳天に襲い掛かる。

 ―――右手からの一閃、神々しい光の剣がアサシンを襲った。

 技を破られ、刀を破壊され重心のバランスが乱れ、刀を斬り返すことも出来ない絶体絶命の危機。アサシンに襲い掛かったは、愛しき強敵から撃ち放たれた必殺の一撃。

 

「っ―――――――――――――――――!」

 

 ―――バタリ、とセイバーが剣を杖の代わりにしながら倒れ込む。

 斬り掛った勢いのままアサシンの横隣を通り、体の一部が切り離されバランスを失った彼女が膝を着いていた。

 

「―――……素晴しいな。

 体中の血が滾って仕様が無いぞ、セイバー」

 

 セイバーと同じく、左腕を失ったアサシンの姿。彼も同じように片足の膝を地面に着けていた。技の反動と斬撃を避ける為の回避、腕を失いバランス感覚が崩れたアサシンも直ぐに斬り合いを再開できなかった。

 

「これで貴殿はもう、燕返しは使えまい。

 ―――その様で私が斬れるかな、アサシン?」

 

 セイバーは今の自分が偶然と幸運の上で生きているのだと理解している。燕返しによる死地を突破し、さらに刃をアサシンに届けられたのは、過去に彼の秘剣を見る事が出来たからだった。

 ……もしも、もしも、だ。マスターの士郎がキャスターに操られず、山門でアサシンと剣を交えていなければ、セイバーは今回の戦いで当たり前の様に四散して絶命していた。森での戦闘が無ければ確信が得られなかった。絶好調のアサシン、それこそ最高潮の剣の冴えを見せてくれる彼の剣技から繰り出される今の秘剣は、セイバーの直感さえ完璧に麻痺させる絶技だったのだ。事前に能力を知っていたからこその秘剣に対する秘策、捨て身の戦法がセイバーの命を救っていた。

 

「―――ク。刀はまだ死んでおらん、私もまだ死んでおらん。果し合いの決着はこれからよ」

 

 互いに背中を向け合わせながら立ち上がる。地面を赤色に染めながら、剣を至上の武器とする二人。互いに互いの剣気を感じながら、斬り合いの機会を窺い続ける。

 ―――紅い血が流れ出る。ポタリ、ポタリ、と滴り落ちる。

 人ならざるサーヴァントと身であろうとも、血と共に体温が低下し命が磨り減っていく。ポタリポタリ、と音をたて、空気が紅く固まっていく。二人がいる空間がガラスの様に砕けそうだ。場の雰囲気が、絶殺の剣気に殺され崩れる。

 

「は―――――――――――」

 

「――――――――――じゃ」

 

 短くなった長刀。いや既に長刀とは呼べないが、それでもアサシンの神速が成す剣の結界は崩れていなかった。間合いに入る者、全ての首を撥ね斬る気迫に満ちている。

 しかし、セイバーはそこへ踏み込む。死地へと足を運び込む。魔力放出による加速は凄まじく、純粋なまでに速く鋭く間合いを詰める。

 ―――迎え撃つはアサシンの一閃二閃、瞬間十閃。

 セイバーに躊躇いは無くなっていた。相手の斬撃は自分の斬撃で打ち倒すまで。

 ここまで来れば、もはや死地であろうと踏み込むまで。己が経験と生まれ持った天性の才能から成り立つ直感が全てを告げる。故に迫り来る全てを斬り弾く。

 ……壮絶だった。

 ここまで人は剣の頂きに至れるのかと、確かな幻想が存在していた。

 片腕隻眼の剣士になったセイバーと、秘剣封じに腕と刃を取られたアサシンは、間を挟むこと無く斬り合った。場に響くのは剣戟の高鳴る歌声だけ。血を流し続け、刃を一振りする度に命が擦り減っていく。

 ―――早く、速く、ただ迅く。あの刃よりも誰よりも、ただ強く振れ。

 悲しくなる程、剣の舞は美しい。赤に濡れた立ち合いが、二人の行く先を語っていた。剣を手に、戦い続けて心臓の音さえ聞こえなくなる。

 

「―――――――――」

 

「―――――――――」

 

 既に呼吸さえする間も無い。もはや対手が振う刃も自分が振う刃も目に見えていない。剣気を感じ、剣気で斬って、剣気で生き延びる。

 アサシンがセイバーの斬り潰れた方の視界に回るも、鋭い直感で回避される。左目と左腕が使えないセイバーにとって左側からの攻撃の対処は難しいが、彼女は崖っぷちを如何にか生き抜く。アサシンももまた彼女と同じ左腕を失い、短くなった刃を利用されて攻撃されていた。

 ……もう視界が霞んでしまっている。

 アサシンは敵の姿を剣と影でしか認識出来なくなっていた。ここまでの殺し合いは初めてで、既に死力も尽きかけている。疲労感と満足感で肉体が止まってしまいそうだった。

 ―――故に、刀だけは止められない。

 彼の目の前で剣を振う愛しい立ち合い相手は、まだ生きている。剣の勢いは欠片も死んでいない。

 

「………く――――」

 

 無意識に笑みが出た。佐々木小次郎は今、死力を越えた戦いの中にいる。

 絡み合う剣気。交差する剣戟と殺意。相手の動きが速くなる、巧くなる。自分は更にそれを上回り、敵もまた上回る。

 だが―――

 

「ハァ……ッ!」

 

「…………くっ」

 

 ―――斬撃が刃で滑る。

 時間が経過すればする程、彼の状況は不利になっていく。とは言え、それは当然のことと言える。竜の因子を持ち、元から人間以上の生命力に満ちているセイバーと、普通の人間のように傷を負えば普通に死ぬアサシンとでは、命の自力が桁違い。セイバーが流す血とアサシンが流す血、あるいは霊体に刻まれた同じ切り傷の深さはアサシンの方が軽いものなれど、死と言う観点から見ればアサシンの方が重傷。

 アサシンは決意した、刀を振るえる内にこの結末を知りたい。敵の心を肌で感じたセイバーもまた、必殺に備えて構えを固めて挑む。彼我の距離は三歩程。

 片腕だけで秘剣を構えた。同時三閃は出来なくも、ただ最速で一撃を敵に斬り込もう。

 片腕だけで聖剣を構えた。真名解放を成せなくも、ただ最強の斬撃を敵に叩き込もう。

 構えは死の具現。二人の剣気は殺意以上に相手の末路を悟らせる。同時に踏み込み、同時に刃が血の中を舞う。

 ―――剣と刀が斬り交じった。

 横薙ぎに払われた鋭い残光、振り下された重い閃光。一合、刃が斬り結ばれた。互いの体が斬り裂かれる。

 そして、互いの時が止まった瞬間―――流れる様に二撃目が繰り出された……!

 

「――――――――――」

 

「――――――――――」

 

 アサシンは無言のまま、口から赤い血を吐き出す。しかし、視界の下に居る強敵に臓腑の流血などつけたくはなく、強引に飲み込む。

 ―――花鳥風月。可憐な剣士は正にそれと同等。

 美しい華を自らの吐血で汚すのは、彼の信条としてしたくは無かった。

 

「―――――ク……」

 

 命が抜け落ちるのが実感出来ている。刀を握る手に力が入らない。

 アサシンのサーヴァント―――佐々木小次郎は微笑む。ここまで自分の願望に付き合ってくれた愛しい宿敵に、武を鍛えた者として感謝の念を伝えたかった。この世の誰よりも、今はセイバーが有り難かった。燕返しを体得した自分の生前が無駄に成らなかったのだ。これ程の喜びを佐々木小次郎は知り得ていなかった。

 

「…………ぁ――――」

 

 重い金属音を鳴らし、セイバーの膝が折れた。地面に剣を刺し突き、力尽きた騎士のように倒れ込む。

 首を狙うとアサシンは見せ掛け、剣戟軌道を錯覚させた刀の絶技。だが、外れた軌道を通る刀から致命を避けるも、一撃目で彼女はもう片目を斬り裂かれた。遂にセイバーの視覚を失った。その状態のまま、彼女は再度の剣戟交差に挑んだのだ。

 ……結果はこの様だった。

 セイバーの剣は確かに二つともアサシンに届いていた。一撃目で死に体に限り無く近い傷を負わせ、二撃目も視界が使えないまま斬撃を刻んだ。しかし、後一歩だけ即死には届かず―――故にアサシンは死んでいない。逆にセイバーが確実な致命傷を斬り刻まれた。

 

「相討ち……いや、私の勝ちか」

 

 セイバーもそうだが、アサシンも手遅れな刀傷を受けている。血の流れた量はサーヴァントから見ても、肉体が冷え切って動く事も出来ない。だが、傷の深さはセイバーの方が遥かに上だ。先に死ぬのはセイバーであり、アサシンは彼女の死を見届けた後、今夜にも消えて死ぬだろう。

 

「……まだ、だ。

 まだ、私は……剣を、離していない―――っ!」

 

 強がりでは無かった。断じて負け惜しみでは無かった。両目が刃で潰され、左腕は斬り落とされ、胴を深く切り裂かれ、だが戦意だけは斬り殺されていない。体は死んでいるのに、戦う意志は絶対に死なないと決めている。

 

「―――そうか」

 

 もう動けない。互いに体が死んでいる。

 アサシンは死力では無く、寿命から動力を搾り取って肉体を稼動させた。セイバーは確かな足で悠然と立ち上がり、刀で斬り潰れた目を敵へと向ける。両目が無くも、苛烈な視線が身を焦がす。

 

「決着を果たそうぞ、我が敵よ」

 

「―――……ええ。

 これでもう、私の全てで決します」

 

 ―――正真正銘、最後の剣戟だった。

 死に体のセイバーに、余力を失くしたアサシン。刃を動かせるのは一瞬のみ。彼女が大きく剣を振り上げて構えるのと同じく、彼は大きく身を捻って刀を構えた。一閃しか行えぬからこそ、後は振り抜くだけで敵を斬れる様に剣気を溜める。

 

「―――――――――――!」

 

「っ―――――――――――」

 

 

 闇夜の中、騎士王と侍が互いに斬り結び、血戦が終わりを迎えた。

 

 

◇◇◇

 

 

 無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)。この固有結界こそ、アーチャーのサーヴァント―――エミヤシロウが唯一保有する宝具。

 ―――瓦礫の王国が英雄王の前に君臨していた。

 ギルガメッシュはアーチャーの呪文詠唱を許していた。臣下と聖杯を背後にする王は敵の何もかもを踏み潰す決意と、贋作全てを蹂躙する殺意の元、嘗て世界全てを手に入れた絶対者として戦いに挑んでいる。

 王は王で在るが故に、この偽物を許容出来ぬ。

 ギルガメッシュは己自身の誇りで弓兵を討つ。

 届かないと分からせるのでは決してない。ただ単純な事を知らしめる為、死を以って贋作者に刻み込ませ無くてはならない。

 

「実に不快な気分にさせる世界だ。見渡す限り、全てが本物に届かぬ瓦礫。

 ―――だが、偽物には相応しい末路よ」

 

 視界全てが虚飾に溢れる。気色が悪いにも程がある。吐き気さえ感じ、さらに殺意が高まっていく。

 

「確か……エミヤシロウ、であったな。

 しかし、なるほど。これならばアレの娯楽の対象になるのも頷ける。ここまで贋作に塗れているとなると、悪趣味なあやつの嗜好に適するのだろうよ」

 

 ―――と、彼は無造作に財宝を撃った。一挺、二挺と蔵から射る度に、瓦礫となって墓標の如く刺さっていた剣が迎撃。

 あまつさえ、墓標の剣共が先手必勝と英雄王へと降り掛かる……!

 

「英雄王。武器の貯蔵は十分か?」

 

 皮肉な台詞がギルガメッシュの感情を逆撫でにした。財宝の射出は数を増やし、剣の群れは敵の弾数を越えていく。交差し交差し、武器達が互いに錯綜しては墜落する。

 

「……ほざいたな、贋作者(フェイカー)

 

「いやはや、これは失礼。だが、準備不足で負けたと言われると、流石の私も勝った後に気分が悪くなるのだよ」

 

 アーチャーはその言葉の裏に策を巡らす。敵の感情ですら彼からすれば武器になる重要な因子である。それも、ギルガメッシュ程の強者が相手となれば尚更だ。

 

「―――その蒙昧さ、貴様が例え自害しようとも許し難い。もはや人並みな屍になれると思うなよ、雑種」

 

 不敵な笑みで返事をする。やってみろと笑い返す。アーチャーは思考では勝つ為に幾度も計算し直し、策を練り続けている必死の殺意を皮肉で隠し通した。

 ギルガメッシュもまた、敵能力を的確に判断し、それに合わせた蔵の財宝検索を行う。無尽蔵に埋没する武装が敵に対応すべく運用される。

 乖離剣の開帳は早い。使えば一撃で葬れる威力を誇るも、あれは隙が大きい。

 天の鎖も対処される。敵の剣軍を鎖で破ろうとも、複製速度に追い付かれる。

 ギルガメッシュを抑え込んでいるのは、この固有結界である。この大元を如何にかしなくては、戦いを有利に運べない。

 ―――否、戦いに持ち運ばれた時点で危機に陥っている。

 ならば何をすべきなのか。その答えは単純明快。そして成すべき手段も簡単なもの。財宝解放の数量を一気に増量し、武器を使う為の僅かな時間を合間に挟む!

 

「―――――――がぁ………っ」

 

 ―――ギジギジ、ジャギジャギ。

 体内から五月蠅く鳴り響いている。剣と剣が削り合い、体が剣で抉れている。

 

「……ハ。結界を殺す手段など腐るほど存在しておるわ」

 

 ―――キビシス。嘗てゴルゴン退治に活躍した袋の原典。世界を反転させる結界殺し。

 しかし、いくらキビシスの原典とは言え、エミヤの宝具である固有結界を破壊する程の能力は持っていない。いや、キビシスの真髄はそこでは無く、裏返ることで結界の能力が術者へと戻されるところ。

 つまり、それが意味するところは………

 

「……ゴフ――――――――っ」

 

 ………固有結界が術者自身に顕現する。世界からの修正力が上昇してしまうのだ。

 アーチャーが、口から血を吐き出した。滝の様な吐血だ。体の内から、剣と剣が擦れる音が骨を通して耳に聞こえてきてしまう。

 

「やはり、これだけでは無理か。

 ……まぁ、流石の(オレ)も、そこまで貴様を甘く見ている訳ではないがな」

 

 キビシスではエミヤの固有結果を破る事は出来ない。そこまで彼の宝具は甘くなく、強靭な魂が造り出す世界は頑強だ。それでも、キビシスが与える苦痛と阻害は、戦闘において無視できないレベルに達している。

 ……が、キビシスの結界反転は弾き飛ばされた。

 アーチャーが強靭な意志により魂で固有結界を確固たる世界に錬鉄した。しかし、アーチャーの固有結界の寿命は確かに縮み、万全からは遠くなる。ギルガメッシュはその世界の罅割れを王として極まった眼力で、事細かに把握し切っていた。

 

「……小細工に走ったか、英雄王」

 

「愚か者。小細工では無く、大いなる戦略よ。

 ―――どれ……結界殺しは魂に染みたか、下らぬ偽物め。雑種の心に原典の重みは辛かろう」

 

 ギルガメッシュが酷薄に口元を歪め、冷徹に目を細める。結界反転を打ち破った奴の意志を、英雄王は直々に粉砕すると殺意のまま決めた。

 

「下らぬのは貴様の王道だ。

 ……清濁真贋混じり合ってこそ、人が住まう世界だと私は思うがね」

 

 ギルガメッシュの笑みは更に深まった。あれは如何殺してやろうかと、真剣に思考している時の表情だ。

 ―――幾つもの処刑方法を思い浮かべては消していく。

 敵は殺す。それも不快な雑種は惨たらしく念入りに捻り潰す。後悔も無く、未練も無く、ただ強者として圧倒的な力で葬るのが王の慈悲。

 

「もう死ね。貴様は不快極まるぞ、贋作者(フェイカー)

 

 ―――王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)。展開される宝具の群れを、剣軍が薙ぎ払った。

 ギルガメッシュにとって、遠距離からの一方的射出攻撃で先手が取れないのはとても珍しい事態だった。元から武器が用意されている世界において、自分の宝具では必ず後手に回ってしまう。

 

「……なるほど。確かに厄介なガラクタだ―――」

 

 王の財宝は確かに通じていない。アーチャーからすれば取るに足りないのだろう。

 

「―――だが、所詮は偽物。極めたところでそれが限度よ……っ!」

 

 鎖が舞い、剣が飛ぶ。その合間を狙い、財宝は蔵から撃ち出される。

 ―――縦横無尽に剣軍を抑え込むは、天の鎖(エルキドゥ)

 英雄王の左腕に巻き付いた銀色の鎖が剣を叩き砕き、あるいは絡み巻いて宙へと固定していた。だが、英雄王が予想してように、敵の複製が対処可能な量を越えていき、財宝射出も先手を段々と取られ始める。

 …‥だが、敵に隙を作れた。結界殺し(キビシス)天の鎖(エルキドゥ)の運用によって、自分の武器を準備する時間を創造。

 今ならば、宝具を取り出し、魔力を込められる。

 数多の財宝を湯水の如く使い―――今、最強の幻想が瓦礫の国に君臨した。

 

「―――……!」

 

 一目した事で戦慄が奔った。弓兵の心象世界にも製造する為の要素が一つも無い原典。剣として存在しながらも、何もかもが剣として解析不可能なソレ。この世でヒトが剣と言う概念を生み出す前から在る世界の地獄。

 ―――自分はアレを理解出来ない。何も分からない。

 徐々に回転を開始する乖離剣。エアの魔力が臨界点まで加速した時、地獄の孔が開かれる。世界は容易く切り裂かれるだろう。

 

「――――――!」

 

 しかし、ギルガメッシュが奥の手を出した瞬間―――その意識の隙間に弓兵が戦術を押し込む。剣軍の展開をし、敵軍の武器を撃ち落とし、白兵戦に持ち込む為に接近する。エアを取り出し、魔力を少しづつ溜めている合間、攻撃を警戒しても迎撃の手は弱まり、幾つかの剣がギルガメッシュに命中した。

 だが、黄金の鎧によって防がれた。アーチャーが繰り出す剣の中には、剣軍に紛れ込ませた本命があり、鎧を貫き抜くまでの威力を持っていたものの、英雄王はその確かな眼力で強い概念を持つ剣は優先的に迎撃された。敵の策を見通し、殺意の群れに潜んだ微かな必殺さえ、王として君臨する彼には通用しない。

 ―――そして、弓兵は英雄王の眼前に到達する……!

 地面を揺るがすほど強く踏み込み、両手に握る干将莫耶でギルガメッシュに強く斬り込んだ。しかし、鎧の篭手で容易く防がれる。黄金の鎧は一切揺るがない。

 

「馬鹿め。雑種の剣など通じるものか」

 

 背後から財宝を展開して投影武装を迎撃しつつも、敵の剣戟を鎧で弾いた時、彼はアーチャーの真横から王の財宝を射出する。それを自身の世界そのもので感知しているアーチャーは、剣を壁のように展開して攻撃を受け流す。そして、剣壁が崩れるまでの僅かな間で更に踏み込み、戦闘を斬り合いに持ち込む。

 ―――英雄王は弓兵の策を悟っている。また、弓兵も英雄王の策を先読みしている。

 故に、勝つ為には更なる奥の手が必須。アーチャーは敵の財宝を乗り越え、ギルガメッシュは敵の複製を凌駕せねばならない。

 再度、二人は衝突した。空中で斬り結ばれるは原典と複製。本物と偽物。戦いの場において、もはや戦力として其処に違いは無い。

 しかし、こと乖離剣エアは数ある最強の中でも究極に等しい。

 白兵戦に持ち込まれたギルガメッシュが連続投影に耐えているのは、エアの破壊力によるところが大きかった。王の財宝の同時多角複数展開をしつつ、斬り合いをすればアーチャーに何時かは斬り殺されるも、その未来は決して訪れない。エア一つで接近戦を行い、鎖を巧く使って危機を乗り越え、逆にアーチャーを窮地に追い込む展開も作れた。故に、敵の複製品を一撃で粉砕する威光は英雄王に相応しい。

 

「では、その剣でも使ってみたら如何かね?」

 

「たわけ。だが、貴様の薄ら寒い挑発に乗ると思われるのも―――中々に腹立たしい……!」

 

 エアの真名解放の隙を狙っているとアーチャーは挑発した。ギルガメッシュも敵が一番望んでいる展開を理解し、そしてアーチャーもまたギルガメッシュのそんな思考を理解している。

 アーチャーが敵の戦力、戦法、戦力を再度計算する。

 黄金の鎧を着込み、乖離剣を右手に握り締め、天の鎖を左腕に巻き付け、王の財宝を展開しているギルガメッシュに隙はない。アーチャーがギルガメッシュの隙を作るには、敵に無理な行動をさせるのが一番簡単なのだ。王の財宝による手数の威力、そして防御と攻撃範囲。倒すにはまず、此方の攻撃で先手を取り続けて圧殺するか、一撃で命を奪い取るか、この二つが確かに成る。

 

「どうした、その程度か!?」

 

 英雄王がエアで双剣を粉砕した。その隙に蔵から巨大な黄金斧を出し、武器を握った左手を大きく振り被って斬り叩く。そして、左腕に巻いた鎖を振り回し、二段攻撃を仕掛けた。

 斧を回避した刹那、ほぼ同時に下る鎖の猛威。弓兵は紙一重で投影した剣で鎖を受け止めるも絡み取られたため、鎖で束縛された武器を棄てて新たな武器を装備。次の瞬間には財宝が迫るも、全て自身の剣軍で迎撃した。

 

「―――ならば、耐えてみせろ」

 

 干将莫耶が美しい軌道で円を描いて飛来。挟み斬るかの如く英雄王の首を狙い、互いに引き寄せ合う夫婦剣が王に迫る。

 ―――刹那、上空より剣軍の嵐。更に同時多角包囲投影展開……!

 更に夫婦剣が両手に投影され弓兵が装備。即座に間合いを詰めより、英雄王に絶殺の死が雨嵐となって降り掛かる。

 

「―――下らん」

 

 その宣告と同じく、英雄王が迎撃に掛かる。敵を愚弄しながらも彼は鎖による先制迎撃を行い、財宝射出で一掃。剣軍を落とし、回転する乖離剣にて飛来する陰陽の刃を粉砕し、アーチャーの攻撃を左腕の篭手で守る。

 

「無駄よ、雑種。

 ―――浅はかな脳から絞り出た下らぬ戦法を、この我が見抜けぬとでも思うたか?」

 

 双剣と篭手の鍔迫り合いのまま、彼はエアによる刺突を繰り出す。英雄王は夫婦剣の特性を見抜き、鎧で弾くこと無くエアで壊していた。本気になった彼からすれば、宝具特性を使って戦術など瞬時に判断する。

 ―――数多の宝具を保有し、この世の財宝を網羅する英雄王ギルガメッシュで在る故、その鑑定眼に曇りは無い。

 そして、あの贋作者が干将莫耶と言う陰陽剣に特別視しているのも、今までの戦いから悟れていた。ならばこそ、あの双剣に何かしらの必殺を行う策が仕込まれていると考えるは道理。念入りに、蛆虫を踏み潰すかの如く、エアで壊してやった。

 

「……させん――――!」

 

 アーチャーが感じ取るのは圧倒的な死の気配だけ。乖離剣エアの回転数は最初のものより跳ね上がっている。今直ぐにでも真名解放されても可笑しくは無い。

 ―――弓兵の攻撃が爆発的に増える。苛烈な猛攻が王を乗り越えんを剣が舞う。

 だが、ギルガメッシュは全て防御した。剣を撃ち、盾を出し、黄金鎧で致死の必殺を紙一重で凌駕する。アーチャーの有利性が完璧な財宝の運用で崩れて落ちる。完全な迎撃と防御によって、全力を尽くすエアの真名解放まで戦局を持ち込んだのだ……!

 

「―――地獄を刻んでやる。

 偽物では決して届く事の無い輝きを、その身で存分に理解しろ……!」

 

 荒れ狂う嵐。死を纏う熱風の声。乖離剣エアは回り、世界は切り裂かれ、人間は星の産声を太古の灼熱から知る事となろう。

 ―――臨界突破。エアが今、剣の世界を蹂躙する。

 謳われるは原初の地獄。

 其れは、嘗ての名も無き剣で在るが故の、絶対なる法典。

 

天地乖離す(エヌマ)――――開闢の星(エリシュ)

 

 極限まで凝縮された灼熱の風。アーチャーを世界ごと巻き込んで渦が回る……!

 これは原初の地獄を成す法典である宝具、乖離剣エアの真名解放。この星で剣が生まれる前から存在する剣の形をした星の創世。

 これは何もかもが桁違い。

 概念とは歴史。過去の積み重ね。ならば、地球が世界に在り始めた太古から存在する剣は、どれ程の概念と神秘を宿しているのか。

 

「―――――――――――」

 

 完全に停止した体感時間の中、アーチャーは死を見る。絶対的な地獄を見る。しかし、彼に諦観は無く、恐怖も無い。

 ―――勝てる幻想を思え。眼前の死を凌駕せよ……!

 今はただ全力を。全てを通し抜く為に抗うのだ、終わりを迎える最期まで。

 

「―――全て遠き理想郷(アヴァロン)―――」

 

 無限の剣製に隠した奥の手。エアをも防ぐ結界宝具―――アヴァロン。

 これをアーチャーのサーヴァントが、エミヤシロウが再度手に持つのはいつ以来なのか。ライン越しに伝わるセイバーの魔力と、その存在によって甦った鞘の設計図。本来ならば投影不可能な宝具であれど、それを成す為に弓兵はエミヤシロウから衛宮士郎に戻った。

 ―――天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)が、全て遠き理想郷(アヴァロン)に弾き返された。

 エアによって完全崩壊する筈だった固有結界は、アヴァロンがその世界両断をする地獄の大部分を抑え込んだ。本来ならば即座に消えていた無限の剣製であれど、瓦礫の王国はまだ消え果てておらず。余波によって心象風景が歪み、維持するのは難しくとも、直ぐに無くなる訳ではない。

 故に―――アーチャーが攻勢に出るのも必然。

 

投影(トレース)開始(オン)――――」

 

 ―――出現するは最強の聖剣。アーサー王が持つ神造兵装。

 アーチャーの魔力が高まり、今にでも輝く光の束で敵を斬り裂くんと真名解放を待っていた。剣の極光の威力はギルガメッシュも知っていた。

 

「……――――――!」

 

 ギルガメッシュも油断なく見据えていた上、今の状況を隙なく理解している。何かしらの策を用意しようとも偽物風情がエアを乗り越えるとは考えたくも無かったが、現実は今を正しく映している。そして、こうなるかも知れぬと忌々しくも彼は思考し、予め覚悟も決めていた。故に、敵が取るであろう策もまた簡単に思い付けていた。

 それが敵の驚愕を不意討つ反撃。それも息も吐かせぬ速攻だ。 

 ギルガメッシュは敵を睨みつつもエアを構えた。再度の真名解放をする為では無く、相手の攻撃に合わせた迎撃を繰り出す為だ。王の財宝も静かに展開寸前にした守護の具現も万全となり、一方的にアーチャーの胸が串刺しにされるだろう。敵が放つ一撃が最強の聖剣による真名解放であろうとも、生き残る確信を英雄王は持っていた。

 セイバーの投影された聖剣―――エクスカリバーを大きく構えた弓兵が英雄王に接敵する……!

 しかし―――

 

「―――投影、装填(トリガー・オフ)

 

 ―――刃の光は剣の中に秘められたまま。輝きは強くなれど、放たれる素振りは無い。弓兵は身を大きく捻り、遂に隠された真名を解放する……!

 

全工程投影完了(セット)――――是、射殺す百頭(ナインライブスブレイドワークス)

 

 ―――超神速の九連撃。

 ザン、と斬撃の轟音が重なり合う。聖剣の刃がギルガメッシュを切り刻んだ。

 

「ガァ―――――っ」

 

 黄金の鎧が細切れになって吹き飛んでいく。一つ一つの斬撃が既に必殺の領域であり、もはや耐えることなど不可能な神域の絶技。エクスカリバーの真名を囮にした裏の裏を成す策の成功。

 

「―――雑種、貴様………!」

 

 血塗れになり鎧は消えた。―――しかし、英雄王は生きている。

 致命傷を受け、数分後には息絶える重傷であるが、宝物庫に保管してある霊薬を飲めばそれで済む怪我だ。何も問題は無い。だが、霊薬を飲み傷を癒すには、目の前の不遜な贋作者を始末しなければならない。

 

「……ギル、ガ…メッシュ――――!」

 

 ―――死んでいない。あの男は倒れていない。聖杯の鞘と言う奥の手。そこに大英雄の剣技を殺し手として使って、それでも殺し切れない。

 アーチャーの肉体は内側から剣で引き裂かれ、その疲労はピークを通り過ぎている。ギルガメッシュの粘り強さと結界殺しの傷により、固有結界が心身を崩していく。人間の肉体であるならば、生命活動をとうに停止させている程だ。しかし、まだ動く。動かさなくては勝てない、生き残れない。

 

「――――――!」

 

 再度、止めの一閃を。ギルガメッシュを切り裂こうとエクスカリバーを構え、その刃を見たエミヤは凍りつく。聖剣の刀身が先から砕けてた。長さにして全体の半分ほど刃を失い、剣としての幻想を保てないほど投影が消えかかっている。

 乖離剣(エア)に衝突し、約束された勝利の剣(エクスカリバー)が粉砕されていたのだ。

 ギルガメッシュは臨死の瞬間、初撃の一撃のみエアで聖剣の先に当てて防ぐ事が出来ていた。その時点で刃に亀裂が入り、敵に斬撃を刻む度に刀身が砕けて行った。ギルガメッシュは他の斬撃をエアで防げずとも、刀身が折れたと言う間合いの差異が、彼を最終的に死から救っていた。それでも二撃、三撃、四撃と段々と折れていく聖剣で鎧ごとギルガメッシュは斬ったが、それは砕けそうな聖剣を更に破壊させていた行為だったのだ。

 

贋作者(フェイカー)ァァアーーーー!」

 

「―――――――――!!」

 

 ギィガン、と爆音が響き渡る。

 振り抜かれたエアの一撃を聖剣で受け止め、エミヤのエクスカリバーは塵と砕けた。乖離剣の回転に巻き込まれ、片腕も渦へ消滅する。しかし、消えかかっていたエクスカリバーで防いだと考えれば、腕一本で済んだのはアーチャーとしてはまだ良い方だった。左腕が有れば、敵を倒す剣をまだ握る事が出来る。

 ―――斬撃後の隙を狙い、アーチャーはギルガメッシュの右腕を剣で斬り落していた。

 乖離剣は落ち、固有結界の中に消えて行った。見事なまでに斬撃がカウンターし、避けられぬならと利用して敵の腕を奪う事に成功する。

 アーチャーはエアを避けられないと悟った瞬時に投影を行い、カリバーンを左手に持っていた。固有結界内だからこそ可能な瞬間投影により、英雄王の右腕を自分の右腕が斬られた道連れに出来た。ギルガメッシュは左腕に巻いた鎖を邪魔にならぬ様操り、左手に魔剣グラムを持つ。選定の剣としてカリバーンよりも格上の武器を選んだのは、ギルガメッシュとしても無意識的な戦術判断だった。

 

「……ここまで追い縋るか、雑種――――!」

 

「―――当然だ。貴様はここで敗北して貰う……っ」

 

 ギルガメッシュの言葉に彼は笑みを作る。相手を苛立たせる皮肉屋の表情。自分の内側を悟らせぬ策士の容貌。

 ―――アーチャーがここまで戦えているのは自分の力だけでは無い。

 マスターから貰った令呪によって固有結界を展開した上での、数多の宝具解放に耐えられていた。彼女からこの加護が無くば、王として本気を見せるギルガメッシュを凌駕する事など不可能。エアを防ぐ奥の手として用意したアヴァロンの投影とて、セイバーの助力無しに成功は絶対にしなかった。

 ―――だが、ギルガメッシュにも背負っているモノがある。

 聖杯の前で今も戦っている臣下に対し、彼は譲れぬ誇りがあった。臣下から戦いに勝てと、ギルガメッシュは王として願われている。

 嘗て幼かったあの神父に渡した言葉に、王で在る自分が敗北して何が英雄王か……!

 

「貴様ぁ――――――!」

 

 乖離剣の真名解放により、引き裂かれた世界が崩れ去る。瓦礫の国が更なる瓦礫に朽ちていく光景は、ただ只管に壮絶な終焉を示していた。

 そんな世界の中、彼ら二人は斬り合っている。太古の原典から派生した剣の更なる偽物と、数多の伝承に世界へ拡散していった剣たちの始祖。投影されたカリバーンと原典となるグラムが、幾度と無く斬り結ばれている。

 世界から剣製された投影武器と、蔵から撃ち出される財宝軍がぶつかり合う。

 本物と偽物が、持ち主と作り手によって殺し合う……!

 ギルガメッシュは全身を血で濡らし、頭から流れる流血で視界が赤くなっている。それでもアーチャーに対する殺意に揺らぎは無い。死に体まで追い込まれているのは弓兵も同じである。

 

「天の鎖よ……!」

 

 蔵を通し、鎖が迫る。だが、ここはエミヤの世界。そも、空間の歪みを感知する彼からすれば、この程度の視覚外から来る攻撃箇所を見抜くのは至極当然なこと。他空間から連結する蔵の門となれば、空間の歪みも相当強い。

 しかし、それが分からぬギルガメッシュでは無い。財宝を幾つも迎撃されれば、これが通じぬと戦況を読んでいた。故に左腕の鎖を利用し、敵が攻撃を避ける事で体勢を崩させ、グラムによる剣戟で止めを成さんと刃を振り下した。

 

「……っ―――――!」

 

 投影と財宝が猛々しく暴れて衝突し合う戦火の中、二人の剣戟が硬直する。持ち主と作り手の殺し合いに変化が起きた。

 ……グラムにカリバーンが抑え込まれていく。

 アーチャーは単純な筋力差による戦闘に持ち込まれいく瞬間―――アーチャーがグラムを受け流す。返し斬りを行い、ギルガメッシュの首を取りに閃光が奔った。

 

「ぬぅ……!」

 

 その剣戟を魔剣で強引に防ぎ、ギルガメッシュは地面を削りながら後退させれる。彼我の距離が僅かに離れ、ほんの一瞬だけ戦闘に余白が生じる。互いに視線が交差され、感情をそのまま言葉にして言い放つ。

 

「―――偽りしか成せぬ雑種如きに、よもや我がここまで……!」

 

「……世界全てを統べた太古の支配者も限界か、英雄王―――!」

 

 接近。剣戟交差。一閃、二閃と金属音が高鳴る。その度に選定の剣が軋む。

 

「偽物程度に計れる限界など、我には有るものか――――!」

 

 殺意が脅威的な剣気と変換され、英雄王ギルガメッシュの気合いに満ちた一閃が振り下される。アーチャーは的確な剣術で以って威力を殺し、その勢いを利用して加速した斬撃を放つ。殺意と剣気がぶつかり合い、世界が灼熱と斬り合いの余波で死んでい行く。

 ―――再度、斬り合いが始まる。

 何合も斬り結び、刃は火花を散らす。宙では投影と財宝が互いに砕け散り、破片となって消え去っていく。戦況が命の潰し合いになっていく。

 

「―――偽物が……」

 

 だが、ギルガメッシュは斬り合いの果てを予感していた。このままでは自分が追い抜かれて殺される。エアを消され、鎖の運用も巧く出来ず、敵の投影展開で先手を取られ始める。しかし、敵が今持つ剣はカリバーンの名を持つ選定の剣。偽物にしては良い性能を持つであろうが、原典の魔剣グラムには敵わない。今の斬り合いも何れかは自分の剣が勝利するが、それまでに自分が斬り裂かれるだろう。

 故に、限界まで魔力が溜まる機会を待ち、原罪(グラム)勝利すべき黄金の剣(カリバーン)ごと敵を粉砕する!

 ―――喰らうと良い、この一撃を。

 

「……死に晒せ――――!」

 

 魔剣が解放され、必殺は成される。グラムの極大斬撃が振り落とされた……!

 

「―――勝利すべき黄金の剣(カリバーン)……!」

 

 それと同時、アーチャーの剣も真名を解放する――――!

 能力を解放した剣同士が二人の中間で衝突。弓兵は英雄王の攻撃を先読みし、カリバーンの力でグラムの能力を相殺する。選定の剣が発生されるエネルギーは規格外の神秘を成し、自分と相手の破壊力が相乗して刀身に負荷が加わった二本の剣は無事では済まなかった。

 ―――強烈な爆風が生じ、二人とも手から剣が弾け飛ぶ。崩れた刀身から刃の破片がキラキラと宙を舞った。

 互いに剣を失う。

 相手を殺す武器は無い―――ギルガメッシュには。

 英雄王の視界には既に武器を手に持ち、剣を振り下す敵の姿。カリバーンを失った瞬間、エミヤは地面に突き刺さっていた剣を手に持っていた。

 弓兵の世界が生み出した刃は輝き、敵を斬るため剣が落ちる――――――!

 

「―――――――――」

 

 無意識の反射でギルガメッシュは蔵から新たな剣を取り出していた。だが、蔵から剣を出した時、勝機は既に英雄王から過ぎ去ってしまった。

 ―――斬り裂かれ、宝具も全て停止する。

 命が尽きた事によってギルガメッシュの攻撃が完全に止んだ。彼は贋作を作る怨敵を前にしていながらも、その偽物を殺す事が出来ずにいた。

 

「―――ふん、王で在るが故の敗北か。

 自身の在り方さえ贋作で偽り、女の力に頼る雑種風情に斃されるとは」

 

 ギルガメッシュに油断は無かった。敗因は唯一つ、エミヤがアルトリアの加護を受けていただけ。彼はアーチャーの能力を過大評価も過小評価もしなかったが、エアさえ防ぐアヴァロンの能力はギルガメッシュにとっても規格外の神秘だった。

 ただの全力では、アヴァロンを再度手に入れたエミヤシロウに不意を突かれた。固有結界と言う宝具に隠れた奥の手によって、必殺にまで到達されたのだ。

 ……故に、王で在るギルガメッシュは敗北を迎えた。

 無論、王で在る事も捨てた本気の全力であれば、一欠けらの慢心も無く勝利しただろう。しかし、言峰士人と言う臣下に英雄王の在り方を示す為、ギルガメッシュは決して王を棄てる事を良しとしない。王であるが故に王として、英雄王ギルガメッシュは臣下に下した誇りを貫かんと君臨し続けねばならない。贋作者風情に原初の、王では無いギルガメッシュを魅せるのは許せない―――自身が死ぬとしても。

 ―――いや、その程度であらば、王としての末路を最期まで見せなくては。

 彼にとって偽物に勝つことよりも、王で在る事の方が大事であった。自分は臣下の為の誇りを失う訳にはいかなかった。そんな事に気が付いてしまったからか、贋作者に負けた結果を忌々しく思いつつも、心は何処か怒りから離れた感情を抱いている。

 

「消えるまで精々大事にしておけよ、贋作者(フェイカー)

 貴様が欲しているアレは何せ、王から奪い取った極上の女であるのだからな」

 

 地に倒れる事も無く、英雄王は消えて逝く。魔力の残滓が細かく黄金色に輝き、粒子を虚空へ溶けていった。

 

「―――――――――」

 

 最期の彼の表情はとても英雄王らしい傲岸不遜な顔だった。憎い敵を酷薄に睨んでいる様で、ここではない誰かを愉快に思って笑っているようにも見えた。

 ―――アーチャーは無言で消える敵を見届けた。

 今でも自分が英雄王と下した実感は無い。それほどまでに、油断を棄てたあの英霊は強過ぎた。だが、王で在る故の慢心が英雄王には有った。本来の自分では決して届く事が無い力を誇る敵を倒せたのは、自分の能力以外のモノを使った勝算があったから。

 

「……勝ったか――――」

 

 心象風景が崩壊する。瓦礫の墓標たちが魂に還って逝く。乖離剣の余波によって固有結界が遂に消え―――視界に映る世界が現実に戻る。戦いの終わりと同時に、結界維持に耐え切れなくなった。

 ―――そして、弓兵の目の前にはセイバーとアサシンの姿。

 アーチャーは剣士と侍の結末に立ち会った。互いに受けた傷は死に届く寸前の所を明らかに越えている。今直ぐに死んでも可笑しくは無い。

 

「――――――――」

 

 背中合わせに二人は立っている。斬り裂かれ、全身から血が流れている。最期の一振りは重なること無く刃が通過し、互いの血肉を斬っていた。

 ―――結果、同時に切り裂かれた。

 即死では無いも、アサシンは肩から袈裟斬りに裂かれている。セイバーは鎧ごと肉体を断ち切られていた。

 

「……ク―――――――」

 

「―――――――アサシン……」

 

 セイバーには致命傷が幾つもの斬り込まれている。では何故そんな状態で存命出来るのか。やはり其処には理由が在った。

 ―――全て遠き理想郷(アヴァロン)。聖剣の鞘たる蘇生の加護。

 彼女はアサシンに斬られるが、傷を即座に癒していた。流石に感覚器官の蘇生や、肉体の欠損には瞬時に対応出来ぬも、即死さえ防げば治癒が働く。多少は霊核が罅割れようとも、この宝具によって癒しの効果を得られよう。

 勿論アサシンは鞘そのものに気が付かずとも、セイバーの異常な生命力を悟っていた。故に刀を何度も振って命に届かんと目指すも、即死の斬撃を成す事は出来なかった。幾度も首の皮を斬り裂き、霊核たる心臓にも迫ったが、最後まで刀を振り抜き、命まで斬り届く事は遂になかった。

 

「―――おぬしの勝ちだ。私に勝ったことを誇ってくれ」

 

「……―――――――――――」

 

 セイバーは剣士としてアサシンに負けていた。彼の技量は自分を越えている。しかし、セイバーの強さの本質は其処では無い。聖剣でも無く、その鞘でも無く、魔力でも無く、強く在ろうと嘗て決めた過去が、彼女を戦いの中で諦めさせない。

 彼女は、王で在らんと決めた夢追い人。

 その原初の思いが消えぬ限り、騎士王は騎士王で在り続ける。

 佐々木小次郎には、そんな彼女の尊さが刃を斬り通して実感していた。剣気と共に斬り結ぶ度、騎士王の思いを火花の如く幻視した。

 

「……あぁ、本当に楽しかった。

 おぬしと立ち会えて―――私は十分に満足出来たぞ」

 

 アサシンは届かなかったことを無念に思わず、この戦いを大事に心へと仕舞って死んで逝く。体が消えていくも、彼は笑みを絶やす事は無かった。

 ―――佐々木小次郎は死んだ。望みを果たして命を失くした。

 セイバーと、そしてギルガメッシュを下したアーチャーが、アサシンの最期を見届けた。侍は英雄王と同じく、振り返る事を良しとせずに笑って死ぬことを選んで消えた。

 

「……セイバー、君はまだ戦えるか?」

 

 彼は一目見て理解してしまった。もう、セイバーの霊核が罅割れている。

 本当ならば現世から消えているが、その道理を鞘が捻じ曲げていた。死と言う概念を蘇生によって歪めている為、今の彼女は生きているだけで魂が軋み、極大の苦痛に襲われていた。

 

「すいません、アーチャー。もう、何も見えないみたいです。……私を戦場まで導いて下さい」

 

 彼女はそんなアーチャーの問いに力強く答えた。例え、傷を負おうとも、自分はまだ戦えると。セイバーは本気だった。目が全く見えず、片腕でしか剣を振るえなくとも、それでも諦めには程遠いと剣気で語る。

 

「―――わかった。手を貸そう」

 

 聖剣を消し、セイバーは一歩踏み出す。しかし、力が抜けて足が動かずに転び滑り、隣に立つアーチャーに寄り掛った。

 彼は残った左腕でセイバーを支えた。今の彼女は魔力不足と霊核の破損により、完全な蘇生は叶わない。時間を掛け、魔力に満たされて十全に休めば、傷を癒す事は出来る。だが、まだ戦場は続いている。立ち止まる訳にはいかない。それはアーチャーも同じであった。

 ―――黒い聖杯の気配は消えていない。敵はまだ一人残っている。

 自分のサーヴァントが死のうとも、あの神父は諦めないと二人は過去の経験から悟れていた。あれ程の異常を平然と自己に飼い慣らせる破綻者が、死ぬ程度では何も感じない。それ故、まだ戦い抜かないといけない。例え敵が聖杯を従えた魔人だろうとも、二人は立ち向かうと決めている。

 

「――――――――」

 

「――――――――」

 

 言葉は無く、走り急ぐ。血塗れた英雄二人に迷いは無かった。




 セイバーは右腕を切り落され、両目を潰されました。エクスカリバーはもう使えません。アーチャーは魔術回路がかなり使い潰れ、右腕が抉り落とされました。固有結界は使えません。かなりピンチな状態になりましたが、奥の手により生き残ることが出来ました。こんな展開になったのは、キャラクターを脳味噌内で好き勝手暴れさせ、設定を出来る限り守って自重を一切しなかった為になります。最後ですので四騎を全力で戦わせられたので、面白く執筆が出来ました。決戦前の準備も、侍と英雄王に絶対勝つと心に決めたセイバーとアーチャーなら、アヴァロンを策の一つにすると考えました。
 ギルガメッシュとアサシンの敗北も、最初は決めていませんでした。この展開になったのは、言峰士人を絶対に止めると決意した彼らがどんな策を準備するか、と考えた結果になります。神父も策は有りましたが、彼は基本的にサーヴァントを自由に戦わせている為、令呪や策略で縛りませんでした。
 そして、気が付いた人は直ぐ分かったと思いますが、この作品は剣と弓があんなこんなになってます。そう、これはぶっちゃけ後のフラグです。
 読んで頂き、ありがとうございました。次の更新目指して執筆していきます。

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