神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 本編が進まないので、気分転換に設定だけだった話をまとめてみました。そんな雰囲気な外伝ですので、気侭にゆるりと読んで下さると有り難いです。


外伝7.黒聖杯と泥人形

 間桐桜があの神父と出会ったのは、自分の家での事だった。

 ―――彼女は昔を回想する。

 確か、自分の義理の兄が友人を連れて来た時、少年を二人家に招待していた。片方は兄さんと同じ程度の身長をした日本人には珍しい赤毛の男の子。もう一人は顔色が妙に悪い癖に弱さが無い身長が結構ある男の子。赤毛の方が衛宮士郎で、顔色が悪いのが言峰士人。初めて見た時から、この二人は普段の行動や考え方の共通点は余り無くとも、何処か兄弟みたいに似ていた印象を持っていた。

 ……そして、あの神父と初めて目が有った時、余りもの恐怖で体が硬直した。

 恐慌状態になって、三人が居間に向かうまで固まってしまった。あの時だけは初めて、怖くて仕方が無い筈の地下室にさえ逃げ込みたくなった。理由は分からないが、まるで空想上の化け物に突然出会った時みたいになった。衝撃度で言えば初めて蟲倉に投げ込まれた時に匹敵したと思う。ベッドで丸まって昼寝して、その日の鍛錬は別に恐怖心も無く普通に苦しいだけだった。

 次から神父と会う時はもうそんな事は無かった。と言うより、何故か普通に慣れた。心臓が爆発しそうだったけど、今では何も思うこと無く平常心を保てる。会話もしてみると、もう一人の男の子と同じ位話し易かった。黒い瞳で見られると吸い込まれそうになっていつも妙な気分になるが、そんなのも悪くは無いと感じたのだ。

 それにどうやら、自分の質問には嘘偽りなく答えてくれる珍しい人物でもある。お爺様からは彼の正体が殺し屋もどきの代行者だと注意されたけど、周りに誰も居ない時、我慢出来なくなって色々な事柄について聞いてみた事もある。簡単に言えば、一個人に自分には珍しく興味が湧いて知りたくなったのだ。だから例えば、何故魔術師の家系の兄さんと友人になったのかとか、何故遠坂家の弟子になっているのだとか、何故敵の筈の先輩と友人になっているのかとか、他にも誰にも出来なかった魔術師としての質問にも答えて貰った。沢山の事を彼から教えて貰った。先輩とは違った意味で、彼との会話は心が軽くなった。初めて友達とか、仲間とか、同志とか、そんな曖昧な交友関係が出来たみたいな気持ちになれた。

 ……別に好きになったって訳じゃない。恋や愛なんてものにはそれこそ程遠いし、そもそも気に入らない。だって先輩と違って彼を思い浮かべても、何か妙に面白い気分になるだけだし。また話をしてみたくなるけど、先輩といる方が遥かに幸せな気分になれる。人としてなら、先輩よりも神父の方が楽しんだとは思うのだけど。多分、そんな感じなのだと自分について結論を出しておこう、取り敢えず。

 と、間桐桜は自分に対してそう考えた。今のところは敵意以外に思える感情は無い。自分の為にそうして置いた。

 

「―――なるほど。

 御三家の魔術師が衛宮家にいる理由も大凡推測出来るが、その様子では他にも理由が有りそうだな。それもとても個人的な理由がな。

 ……しかし、あいつも鈍感過ぎる。傍から見ているとお前を応援したくなるよ。神秘云々関係無く、一人の神父として祝福をしてやりたいぞ。

 うむ。頑張れよ、間桐桜。恋する乙女は何とやらだ。気合いを入れて砕けると、鬱憤が晴れてすっきりするぞ」

 

 彼女は今でも覚えている。自分が高校に上がってから、衛宮邸に通う様になって以来久しぶりに神父と喋った時、そんな失礼な事を言われたのを。はっきり言って余計なお世話だった。

 言われた場所は衛宮邸。家主の彼が暇な休日に友人の神父を呼んだ時であった。その時は桜も彼の家におり、ばったりと会った神父と久方ぶりに二人っきりで会話をしたのであった。その時は側に先輩もおらず、藤村先生も不在であったので桜は少し不機嫌そうな、逆に言えば素の自分を出して神父に愚痴を言ったのだ。

 

「黙って下さい。余計なお世話です、言峰先輩。……口煩くなるようでしたら、沙条さんとの関係、皆にバラしますよ?」

 

 それは自分だけが知ってる神父と魔女の秘密。確か、自分の一つ上の魔女の先輩と付き合っているのだとか。

 知っているのは本人達と間桐桜の三人だけなので、あの二人は本当に巧く隠している。そして、桜は知らない事だが、言峰綺礼もギルガメッシュも彼の交友関係には口を挟むことが無いので、付き合いのある女性がいる事が露見する事も無かった。

 

「お前も実に鋭い観察眼を持っている。

 良くあれとの関係に気付けたな。

 ………しかし、その脅し文句はもう既に使用期限を過ぎてしまった」

 

「へぇ、そうですか。もしかして……彼女のこと、振ったんですか?」

 

「違う。振られたのだ」

 

「――――へ。……あぁ、そうなんですか。意外ですね」

 

「む? 何が意外なのだ?」

 

「いえ……ただ、沙条さんはあなたのことを、結構気に入っているように見えてました。言峰先輩は生真面目そうですし、浮気やらの失敗もしないように見えましたので。沙条さんからあなたを嫌う要因が少ないんですよね。

 だから、もし別れるのだとしたら、言峰先輩が相手に飽きて、腐れ外道らしく振るものかと思いました。最低男よろしくみたいにです」

 

「……ほう。お前が俺の事をどう思っているのか、良く分かった」

 

「そんな事は、それこそどうでも良いです。―――で。なんで振られたんですか?」

 

 この時の桜はいつもの間桐桜らしくなく、何処となく楽しそうであった。言ってしまえば、目の前の神父の不幸が嬉しかったのかもしれない。

 

「愛が不確かになってしまうのだと。俺の様な、そんな機能も無い奴と一緒にいると、自分が許せなくなるらしい。

 価値観が違うのは許せるが、理解して上げられないのが苦しいと言って泣いていたよ」

 

「―――ふーん、そう言うことですか。

 完全に言峰先輩が悪いです。最悪なまでに悪役です。そんな別れ方だと、沙条さんには土下座を百回しても足りませんね。神父の風上にも置けないですよ」

 

「ふむ。……やはり女と言う生き物は理解出来ないな」

 

「当たり前です。言峰先輩程度では分からなくて当然です」

 

「……お前、俺が相手だと何処となく反応が怖いな」

 

「知りませんよ、そんなこと」

 

 そう言われて士人はついこの間の事を思い出す。確か学校で朝に桜と偶然出会い挨拶をした後だろうか、偶々その場に後藤がおり、その現場を見られたのだ。別に神父は間桐桜と間桐慎二や衛宮士郎との繋がりで、彼女ともそれなりに交流がある事を知られても如何でも良かった。しかし、桜は神父と関わり合いがあるのを他人に知られるのを嫌がるらしく、後藤にその場所を見られていると気が付いた瞬間に自分の教室に向かっていた。

 そして、その時に後藤はとても良い笑顔で神父にこう言ったのだ。間桐嬢は言峰殿限定のツンデレでござる、と。

 彼は少し前の事を思い出していると、間桐桜に対して感じていた既視感の正体を神父は脳裏に浮かべた。この雰囲気は確か、彼女に似ている。前々から感じていた事であったが、誰もいない今は良い機会だ。士人は桜がどのような反応をするのか愉しみに思い、考え付いた事を言葉にした。

 

「お前は何と言うか、俺の師匠……遠坂凛に良く似ている。俺に対する態度も、そして雰囲気も瓜二つだよ」

 

「――――――――」

 

 血が凍り付いた。多分、此処一年で一番衝撃的な言葉。

 桜は顔を憎悪と悲哀と憤怒に歪め、例えようが無い表情を浮かべた。感情が混ぜってしまい、強いて言うなら泣きそうになるほど怒りに満ちている。

 

「―――似ているですって? わたしみたいなのが、あの人と……?」

 

「気に入らなかったのなら、素直に謝ろう。

 ……しかし、お前ら二人は実の姉妹なのだろう。それなら似ていても当然だと思うのだかな」

 

 予想通り過ぎて、神父は笑いを堪えるようと思ったが、そもそも彼は耐える必要も無いので笑顔を浮かべる。その表情に罪悪は無く、ただ普通に聖職者らしい綺麗な笑い。

 

「―――……本当、悪趣味ですね」

 

 殺意と敵意と害意。絶対に間桐桜が日常でが見せない負の側面。

 

「その目だよ。俺を睨み付ける眼光が特に似ている」

 

 はぁ、と溜め息を桜は漏らした。頭を冷やさねばならないと自覚したのだ。

 

「暖簾に腕押しとはこのことですか。人格の歪み方がお爺様にそっくりです」

 

 間桐桜的に言えばだ、間桐臓硯に似ている何て言葉は史上最大の罵詈暴言であった。彼女が生きてきた人生の中でもっとも醜く、もっとも汚らしい精神を持った怪物の名を出す程、結構頭にキていたのだ。

 

「……おいおい。

 流石に神に仕える神父を人喰い蟲と同じにするのは、如何なものかと思うぞ」

 

「そうですね。流石にこれはお爺様に失礼だったかもしれません」

 

「辛辣過ぎるな。……泣いても構わないかね?」

 

「気色悪いので絶対に駄目です」

 

「……はぁ」

 

 処置無しと自分へ苦笑する表情も様に成り、余計にこの男がイラついた。

 その桜の姿を見て、神父は亀裂を生じさせる言葉を思い付く。この男は本当に人でなしで悪辣な事に、当の本人でさえ気が付いていない心の暗部を暴くのだ。

 

「お前は俺が遠坂凛の弟子である事が、そんなに不愉快なのか?」

 

 ―――その時、桜は何故この男が気に入らないのか気が付いた。

 自分が間桐家に養子に出されて蟲になった原因は、遠坂の家で魔術を一子相伝する為である。それにも関わらず、この神父は姉さんの弟子になって遠坂の魔術師でもある癖に、言峰家の代行者としても存在している。そうであるのだとしたら、わたしは別に普通に魔術を姉さんと一緒に習って、一緒にそのままの生活を送れたんじゃいかと、夢想してしまった。

 それに対して自分は何なんだ。不必要と切り捨てられたのに、目の前の男は遠坂家の魔術師として自分より後から来て魔術師をしている。姉さんと笑い合っている。似ているようでいて、全く違う境遇。先輩と同じで火事の孤児らしいのも、何処か腑に落ちない。

 無論、これは価値の無い空想だ。それは自分が遠坂である事自体に問題が有り、後取りや神秘の分散を防ぐ必要があった。魔術師として効率良く根源を目指すなら、自分を他の家に養子にして魔術師として能力を極め、身を守る力を付け、目的に辿り着く可能性を上げた方が良い。しかし、こればかりは理屈では無く、それこそ桜にとって根源などゴミみたいに如何でも良い夢想であった。桜の父親が考えた悩み事など、全く以って彼女からすれば気に入らない屑のような常識。

 

「……違いますよ。遠坂先輩は関係ありません」

 

 気に入らない。こいつが純粋に気に入らない。

 何より、この神父はそんな自分の感情を知っていながら遊んでいる。互いの立場云々よりも、根本的に人格が気に入らないのだ。

 

「そこまで気に入らないのか、俺が。

 ―――確かに、師匠の妹と言う立場でありながら、間桐の蟲になったお前にとって、言峰士人と言う人物に思う所は多いだろうよ」

 

 だから、悟られる。そして、あの時みたいに、怪物と唐突に鉢合わせしたみたいな恐怖が彼女を襲った。

 

「―――――――……っ」

 

 声を漏らす事も出来ない。恐怖もあるが、自分もらしく無く意地になっている。

 

「いい加減にして下さい。―――殺しますよ?」

 

 ドロドロとした呪いのような殺気。様々な感情がごった煮になった壊れた殺意。

 

「やめておけ。今のお前では死ぬだけだ。

 それとな、その手の感情はここぞと言う所まで、十分に溜めて置くのが正解だぞ」

 

 戯言として彼は殺意を流す事にする。しかし、間桐桜の言葉は本気であった。それでも、彼は笑いながら日常会話の一つとして受け入れた。

 ―――つまり、その殺害宣告を容認した。

 その事に間桐桜は気が付いてしまった。そして、その事が奇妙で不気味だ。思うが儘に吐き出した感情であったが、神父はその事さえ愉しんでいるのだと彼女は理解した。

 

「……すいません。

 少しだけ本気になってしまいました。次からは気を付けます」

 

 無論、これは皮肉だ。この男に負けるのは妙に間桐桜として悔しいのだ。

 その殺意。その憎悪。神父はとても心が躍る。

 ……どうも自分の中にある黒泥が、彼女に対して喜ばしいと笑っている。この気配は自分のソレにとても近い。その事を士人は分かった。そして、彼女の方も自分の事をどう感じているのか、より理解出来たと悟った。

 

「……間桐桜、お前は面白い中身をしているな。とても深く呪われている」

 

「呪われている? それこそ何を今更っていう話です」

 

 呪われているなど、そんなのは遠坂家に生まれた時から分かっている事だ。あるいは、間桐家に養子に出された時点で地獄は始まっていた。

 最早今更なのだ。これ以上呪われたところで何も変わりもしない。

 

「……まぁ、いいか。こんな世界だ。

 救いなんて分不相応なのかもしれない。今有るモノで追及していくしかないのかもしれないな」

 

「良くそんな感じてもいない事を言えますね。

 ―――救いなんて要らない癖に」

 

「欲しいと思った事は無いが、必要ならば知ってみたいとは考えている」

 

 笑顔だ。どんな時もニコニコと歪に綺麗に笑っている。

 だから自分を笑って上げよう。この男が笑顔であるならば、自分も何もかもを笑ってやる。

 

「思ったんですが、なんで言峰先輩はこうやって日常生活を送っているのですか? 代行者であるのでしたら、日本を出て本格的に就職すればいいとわたしは思うのですけど」

 

 だから桜は、笑顔で問いを投げかけた。

 この神父がそうにやって自分の精神を解体するのであれば、自分も同じことをすれば良い。やり方を目の前の男から学べば良い。お爺様を真似れば良い。

 そうであったからか、神父は今までとは違って態とらしくキョトンとして顔をした。間桐桜にとって、この男の表情は全てが態とらしい、何もかもが作為的。化け物みたいに無表情な時が一番見ていて落ち着いてられる。

 

「それは……生きる事を楽しみたいからだ」

 

「曖昧ですね。あなたにとって日常は遊びのつもりなんですか。

 ……まぁ、わたし以上に心が空っぽなあなたなら、世界を生きるなんてそんなモノなんでしょう」

 

 それは桜が前々が思っていた事。この神父には恐らく、人並みの感情が無い。いつも笑顔を浮かべ、表情もとても豊かな人だけど、先輩の笑顔に比べれば唯の偽物だ。まるで人型を真似ている泥人形。

 勿論、それは間桐桜の主観でしかなかったが、衛宮士郎に対する思いも重なり、彼女は神父の内面を何となく悟れていた。

 

「……素晴しい。

 ここまで見抜けるとは、俺も驚きだよ」

 

「良く言いますね。見抜くなんて戯言は、あなたにこそ当て嵌まる罵倒です。

 人の心を奥底まで当たり前のように見抜くなんて異常な事が可能なのは、人を設計図やグラフみたいにしか見れない何処かの誰かさんにしか出来ません。……わたしには出来ません」

 

 感情が抑えられないのだ。間桐桜では言峰士人を前にすると、自分の思いに蓋をする事を苦痛に感じる。

 

「お前は、……なるほど。珍しいな、こういうのは」

 

 無表情になる神父を見て、桜は逆に笑顔になった。この男の表情を崩してやる事だ出来ただけで、自分らしくも無く面白いと感じだ。

 そんな無意識の内に笑っている女を見ながら、彼はどうやら一つの感慨を抱く。呪いが震えたのだ。

 

「―――白状すれば、どうやら私はお前が喜ばしいみたいだ」

 

 胸に言葉が刺さった。この感触は恐らく、蟲のように潰したいと言う激情。

 彼女の表情に浮かぶのは陰惨な笑顔。魔的と言う表現さえ越えた負の側面である。どうやらこの言峰士人と言う化け物が相手なら、余分な外面は不必要だと桜はとても良く分かった。心の底から湧き上がった感情のまま、思いを言葉にして叩き付けて上げよう。

 

「ぐちゃぐちゃにして上げたいです―――心の底から」

 

「それは楽しみだ。お前とは良い友人になれそうだよ」

 

「残念ですが、今のわたしでは貴方と対等な立場には成れませんから。絶対に無理ですね」

 

 その戯言を切って棄てる。しかし、桜の前にいる士人に嘘は無い。だから自分も嘘をつかず、本当の言葉で神父の弁を皮肉で返す。

 

「そうか。では、何時かはそう成れるように願っておこう」

 

 言峰士人は笑った。とても深く深く―――神父は黒い聖杯を祝福した。




 神父限定で吹っ切れた桜さんでした。主人公が相手だと、皮肉とか罵倒とか悪口とか凄く言います。人間として遠慮する必要が無い相手だと結構前から悟れてましたので、相手がそうであるように自分も無遠慮に話す関係です。
 読んで頂き、ありがとうございました。

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