神父と聖杯戦争   作:サイトー

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30.デストロイヤーズ

「……アヴェンジャー。貴方は何故、英霊になったのですか?」

 

 それは突然の質問であった。いつもの武装を脱ぎ、軽装になった彼女のサーヴァントが夕飯のかたずけを終え、食後のコーヒーを準備し終えた時だった。

 

「―――……」

 

 コツン、とテーブルにカップを置く。自分で自分を確かめる様な言葉。彼は黒い両目をさらに暗くして質問に答えた。

 

「…その様な質問をするとは、一体如何したのだ?」

 

 バゼットは熱々の黒いコーヒーが入ったカップを手に取り、温める様に両手で握っている。外は寒く、冷たい風が吹き荒れている。彼女は自分のサーヴァントが入れてくれたコーヒーの温かさが、何処か心地よく感じられた。

 

「いえ。ただ、何処かの誰かさんの夢を見ましてね。どうしてそんな風に成り果ててしまったのか………何だか聞いてみたくなりまして」

 

 バゼットは憂いた顔で、フーフー、とカップの中のコーヒーを冷ます。見て“しまった”悪夢を思い出しているのであろうか、憂鬱な表情のままカップを傾け一口だけ飲み込んだ。喉を通る温かいコーヒーは体を芯から暖めるようだった。しかし彼女の顔が晴れる事は無く、憂いが消えるコトはない。

 

「マスターとサーヴァントは運命共同体。平等な立場ではないとは言え、聖杯を共に勝ち取る仲であるのだから隠し事は良くないと」

 

「…まぁ、そうですね」

 

 アヴェンジャーの遠回しな返答。本当に聞きたいのかと、もう彼はマスターに問い掛けた。彼のマスターであるバゼットはもう一度考えたが、やはり自分は聞くべきなのだと考えを改めることはしなかった。

 

「俺の真名は、マスターが知っている通りだろう」

 

 ―――心臓が、止まるかと思った。

 夢で見てしまった事はアヴェンジャーの生前であり、死後に行ってきた守護者の役目。そうだろうと予想していても、現実となった瞬間に訪れた衝撃。

 

「……如何して、英霊に?」

 

「―――………………長くなるぞ」

 

 そう言う彼に彼女は頷く。アヴェンジャーは彼女が座る部屋に一つしかないソファーの端に座る。話で出っ掛りを探る様に沈黙をした後、自分のマスターに話し始めた。

 自分がこの道を選んだ原因(リユウ)を。如何して、ここにいるのかを。

 

「そうだな。マスターは、自分に価値を実感できるか?」

 

「価値、ですか…。

 それは信念や誇りのようなモノのコトですか?」

 

「何でも良い。

 信念、誇負、理想、信仰、願望。そうと判る、自分で価値が有ると思えるモノならな」

 

 コクリ、と自分で入れたコーヒーをアヴァンジャーは飲む。カップからは白い湯気が上がり、バゼットの物と同じ様に温かそうだった。 

 己のサーヴァントの言葉を彼女は黙って聞いた。その後に自分の手の中にあるカップを傾け、コクコクとそれを飲む。

 

「“価値”と言うモノは、自分で造り上げる何かのコトだ。“価値観”は在り方で決まり、“モノの価値”は生き方で決まる。

 ………少なくとも私自身はそう考えている、私自身に対してな。故に世界には、真に無意味なモノは無く、価値あるモノと無価値なモノが存在する」

 

「……ええ」

 

 何かを大切に思う。何かに欲望を抱く。何に信念を持ち、何を誇りとするのか。

 それは、その対象に何かしらの“価値”を見出しているからだ。本来この世界には、真実に価値あるモノなど存在しない。価値と言う観念は個人個人の心と言った、感情や精神、あるいは魂と呼ばれる何かで定められる。何かしらのカタチを持つソレに、人は様々な思いを持つ。価値とは最初から在るモノではなく、ヒトが何も無いゼロから創造する概念。意味あるソレに価値を感じ得る。それがアヴェンジャーの思想。

 バゼットも、彼が言っている事は理解出来る。魔術師は、魔術師で在り続ける事に価値を感じている。魔術師が根源を求めるのも、根源に価値があるからだ。根源に価値が有ると信じているからだ。それを求めることに価値があるのだと、大昔から続けているからだ。

 価値観とは、自分自身と生きてきた環境でカタチを創られる。モノの価値とは、自分自身が感じた何かのカタチで造られる。

 

「自分には価値が有るものが何も無かった、と言えば良いのだろうか。心の中には何も無く、何でも良いから実感が欲しかった。

 ―――幸福や平穏に喜びは無く、絶望や退屈さえ苦しみが無い。

 その様な人間であったからか、生前は随分と暴れ回ってな、色々なモノと関わって生きてきたのだ。世界からソレを学ぼうと旅に出ては、結局は何も分からず。他人から学ぼうと思い、助けたり殺したり。命を救い、命を殺し、人を助け、人を汚し。挙げ句の果てには、世界の存亡を掛けた戦い等と言うモノにも関わってきた。

 ………足掻いた結果、今の現状だ。

 無限地獄と化した、永遠に隷属させられるアラヤの奴隷」

 

 飢餓(ウエ)さえ失くした英霊。完全な空白。

 求めるモノが無いからこそ、求める為に求め続けた。これはそれだけの話。この男は守護者に成り果ててさえ、何も変わらなかったのだろう。永遠も無限も、特に如何と言うコトもない無価値なモノだった。

 

「原因の半分は、その様なモノだ」

 

 無表情になったサーヴァントが淡々と語る。何も思う事がないのだろうか、如何でも良い事を話す様な印象を植え付けられる。

 

「…そう、ですか」

 

「ああ。ソレを抱いた理由は、英霊になった今でも単純なコトだった」

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツは、誰かの夢を思い返す。執行者である自分でさえ、絶望せざる負えない地獄。人間と言う生き物の現実が織り成す冥府の底。彼が味わった苦痛の数千数万分の一だけでさえ、心が砕けそうな悪夢だった。

 

 

「………………………」

 

「………………………」

 

 

 沈黙が、流れた。二人の心中で何が渦巻いているのかは、第三者には欠片も分からないのであろう。しかし、この二人はお互いに考えていることが大凡見当がついている。

 ……分かっているからこそ、言葉に出来ないこともある。声に出して言葉にしてしまえば、取り返しがつかないような悪寒をマスターは感じ、サーヴァントはただ黙するのみ。

 

「……中々に難儀なモノですね」

 

「……ああ、難儀なモノだ」

 

 疲れた笑い。草臥れた笑顔を浮かべるバゼットは、それを癒すように生温くなったコーヒーを飲んだ。彼女の相棒もそれを見て苦笑に近い笑顔を造る。

 そんなアヴェンジャーを見ながら、バゼットは口を開いた。ただ、なにかしら言葉を掛けなくては、と思ったのだ。

 

「まぁ、こんなコトを言うのも変なのですが、これからもお願いしますねアヴェンジャー」 

 

「ふむ、そうだな」

 

 バゼットの声を聞いたアヴェンジャーは、いつも通りの笑顔を浮かべる。

 その後に、マスターの真っ直ぐな両目を奈落のような黒色の目で見ながら、彼女のサーヴァントは言葉を続ける。

 

「改めて、名乗らせて貰いたい。

 マスターが召喚せしは、サーヴァント・アヴェンジャー。その真名を―――」

 

 

 

 ―――彼女はその日、サーヴァントの正体を理解した。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 廃墟と化したアインツベルン城。王と従者が去ったこの場所に生気は無く、主を失った虚しさだけが空間を支配している。

 

「……(最終的には殺し合うと言っても、今の状態ならば私達も協力者がいた方が都合が良いでしょう)」

 

 バゼットは思考する。彼女の前で戦っていた、と言うよりも殺戮を繰り広げていた男は異常極まる。アヴェンジャーを一時的に戦闘不能したバーサーカーを圧倒して殺せる相手が戦場にいるとなると、キャスターを討伐したところで難敵が存在したまま。

 あの男がマスターであるバゼットにとって、何れ倒さなければならない障害なのは確かであり、自分と同等以上の強さを持つ言峰士人も立ち塞がるだろう。そして彼らにはまだ隠し玉も有ると考えた方が良い。

 

「「…………」」

 

 彼女は自分とアヴァンジャーに視線を当てる目の前の二人、遠坂凛と衛宮士郎も見る。

 言峰綺礼の息子である言峰士人と同じ歳程度に見える日本人たち。遠坂凛らしき少女は協会からの資料で身元が判明している魔術師だが、もう片方の少年については全く判らない。唯一判っている事は、この少年少女は言峰士人と関係があると言う事と、聖杯戦争の関係者だと言う事だけ。

 

「警戒しないで下さい……と言っても、今は無理でしょう。取り敢えず自己紹介をしたいのですが、お二人とも大丈夫ですか?」

 

 凛は目の前の魔術師とサーヴァントを睨む。彼女が黒い法衣で身を覆う男を見るのは今回で三回目だ。士郎にとっても、セイバーと互角に斬り合った技量を持ち、何よりも自分を一度刺し殺し、二度に渡り命を奪いに来たサーヴァントを前にすれば冷静さを保つだけでも精神的に負担となる。

 

「……ええ、構わないわ。アヴェンジャーのマスターさん」

 

 自分のサーヴァントがイレギュラークラスであるのを知られている事に驚いたが、バゼットはそれを顔に欠片も出さずにいた。

 

「了解を頂いたので改めまして、私は魔術協会所属の封印指定執行者。名前をバゼット・フラガ・マクレミッツと言います。

 既に知っている様ですが、此方のサーヴァントが私のパートナーであるアヴェンジャーです」

 

「…………」

 

 執行者と言う言葉を聞き、凛の背筋は少しだけ心が冷えた。見た感じの隙の無さもそれで頷ける。士郎もバゼットの言葉の意味を正しく理解していなかったが、彼女が只者じゃない事だけは肌で感じ取れた。

 

「ご親切にどうも。わたしは第六代目遠坂家当主、遠坂凛よ」

 

「なるほど。貴方が遠坂凛でしたか」

 

「ふ~ん。こっちの事は調査済みって言った感じかしら?」

 

「マスター候補の魔術師たちについての情報は、協会を通して最低限の事は調べてあります……が、其方の彼の事は殆ど存じてませんね。

 アヴェンジャーの追跡から生き残り、セイバーのサーヴァントを土壇場で召喚したと言う事以外はですが―――――」

 

「―――――っ」

 

 バゼットと視線が合い、士郎は何かに圧迫されるような違和感に襲われる。彼女には殺気も邪気も無いが、そこには自分より強者と対峙してしまった時特有の悪寒があった。戦えば殺されると言う、サーヴァントの気配に似た雰囲気。バゼットが自分を簡単に殺し得る超越した力を持っている事に、彼は何となく判ってしまった。

 

「――――ストップ。

 今は詮索よりもすべき事があるでしょう? そもそも、わたしたちが今すべきことは、互いの状況を最低限確認する事とここからの離脱の筈。貴方の協力者になるかもしれない人物に、今の段階で探りを掛けるのは時期尚早じゃないかしらね?」

 

 ……と、まぁ、そんな雰囲気で話し合いを始めた三人と一体であったが、凛はバゼットとアヴェンジャーの協力を殆ど最初から受け入れた。

 大局的に今の聖杯戦争を俯瞰して観察すれば、キャスター組が一番の脅威であるのは間違いない。それに凛と士郎は知らないが、小聖杯であるイリヤスフィールがキャスターの手に渡ってしまえば第五次聖杯戦争はそれで“詰み”となる。キャスターの魔術師としての技量は魔法使い以上であり、士人も英霊へ上り詰めた魔術師ならば聖杯戦争のシステム自体の掌握も可能かもしれないと考えた。街で行われている命の搾取を見ていれば、神父もキャスターの魔術師としての腕前をおおよそ把握し、アレは監督役として危険なサーヴァントだと戦争開始の初期段階で理解していた。故にこうしてギルガメッシュを引き連れ、小聖杯(イリヤスフィール)の拉致という賭けと言える行動に討って出たのだ。

 其処の所はバセットも理解しており、今の段階で絶対に行われてはいけないコトとは、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンがキャスターの手に渡ってしまう事だと考えていた。彼女のこの考えはアヴェンジャーも肯定の意を示している。聖杯が監督役にある方が聖杯戦争の続行と言う部分だけで言えば、まだまだ安全であるのはバゼットも判っており、監督役の根城を襲撃するほど危険思考に至れるキャスターの消滅を望むのは全員と同じ。

 

「まぁ、そうですね。協力者となる人物にはそれなりの誠意を見せるべきでした。詳しい話はここを離脱した後にすれば良い。

 ……ああ、そう言えば、我々とのキャスター討伐を目的とした協定は承諾したと考えて宜しいので?」

 

「―――当然。魔術師なら使えるモノは全て使う。それが己の魂でさえも。

 あいつらを殴り潰す為なら、何れ殺し合う関係になる相手だろうと背中を預けられるわ」

 

 利用される代わりにあんた達を利用させて貰う、そんなある意味真っ直ぐな考えが透けて見える宣言。バゼットとしても、彼女みたいに心の在り様が判り易い人間は嫌いじゃなかった。

 

「……いいのか、遠坂?」

 

 交渉の為、前に出ていた凛の後ろから士郎が尋ねる。初対面の相手と早々に協力関係を結ぶ凛を意外に思い、もうちょっと慎重になった方が良いんじゃないだろうかと、今までの自分の行動を忘れてそんな事を思っていた。

 

「いいのよ、別に。

 ……それにそもそもね、士郎。わたしたちはサーヴァントを持った封印指定執行者のマスターに会ってしまった時点で詰みなの。泣きたくなるほど色々と終わってる状況なの。利用出来る部分を利用しないと即効でゲームオーバーなのよ」

 

「……遠坂は、今その――――とてもテンパっていらっしゃる?」

 

「――――ふ」

 

 その笑いで彼女の心境を殆んど理解出来た士郎であった。何と言うか、怖いものが怖くなくなった、そんな開き直った人と同じ笑い方だった。

 

「わかった。話は全部遠坂に任せる」

 

 そして士郎も開き直った。アヴェンジャーの強さは細い剣で心臓を串刺しにされた自分が良く判っている。ここで戦いが始まれば、絶対に、必ず、自分達二人は討ち殺(ト)られる。

 

「其方もある程度は考えが纏まっているみたいですね。

 ―――それでは聖杯を望むマスター同士、交渉を続けましょう。時間は幾ら有っても足りない現状なのですから」

 

 互いの目的。互いの要求。

 それらを揺すり合う魔術師の舌戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「「「「――――いただきます」」」」

 

 全てのマスターとサーヴァントの心中で色々な企みが交錯する聖杯戦争、そんな中で協定を結んだ魔術師三人と英霊一人は夕ご飯を黙々と食べ始める所だった。テーブルを挟んで凛と士郎、バゼットとアヴェンジャーが向かい合っている。彼らの目の前には色取り取りの御馳走がズラリと並んでいた。

 

「……(なんで、なんで……本当になんで、こうなっちゃうんだろう?)」

 

 誰にも聞こえない心の声を独り漏らす遠坂凛。彼女は今、衛宮邸で黙々と夕飯を食べていた。一番意外だったのは、バゼットとアヴェンジャーの二人が揃って食前の『いただきます』と言う習慣を知っていた事だ。

 …何と言うか、色々と限界だった。

 

「………美味しいじゃない」

 

 料理を一口食べた凛が言葉を漏らす。何故か涙が出そうだった。

 

「アヴェンジャー。あんたって料理人でもしていたのか?」

 

「それはもう、生前は日々欠かさず料理をしていたぞ。

 料理と言うモノは魔術と同じでやればやるほど奥が深まっていく。技術が高まる程、出来る事が増えていく。他愛のない静穏な日々が続く日常の中では、これは中々に貴重な暇潰しになるからな」

 

 士郎の質問に法衣を脱いでいたアヴェンジャーが答えた。そして、普段は黒い僧衣の影で見えない彼の素顔が食卓で晒されている。

 ドス黒い灰色の髪に血色が余り良くない白い肌。黒い両目は誰かと同じで奈落の様に深く、おぞましいまでに透明で心を鷲掴みにする。真っ黒な法衣の下の服はまるで教会の神父が着る服装にそっくりだが、色々と戦闘用に改造されているのか、見た者に何処か物々しい印象を与える。

 

「なるほど。アヴェンジャーは料理をするのが好きなんだな」

 

「……いや。それはどうだろうな、エミヤ君。物事を創意工夫するのは改良の余地が残っているからで、元から完璧に作れるモノを完璧に作るのは娯楽で遊べる余地が無い。英霊と化した俺にとって、生前に鍛えた持ち得る技術は既に極め切っているのだ。新しい何かを知るのは兎も角、極める余地が無いモノを創作しても俺には娯楽にならないからな。

 故に、強いて言うならば、自分にとって料理に残された楽しみの余地と言うのは、俺の作ったモノを食べた者がどの様な反応の示してくれるのかと言ったところだよ」

 

 そんな事を言うサーヴァントは、本当に綺麗な笑顔を浮かべる。だがしかし、その話を隣で聞いているであろうバゼットは黙々と無表情でご飯を食べているだけだ。例えるならそう、食糧は味では無く栄養価が命なのだと態度で示す様な食べっぷりだ。実にカオス。

 

「うん、それは判るな。やっぱり食べてくれる相手がいてこその料理だもんな」

 

 士郎にしても、アヴェンジャーが作った料理はとんでも無く美味で、生きていた中で一番美味しいと感じられた御馳走だ。聖杯戦争と言う、胃に悪影響な殺伐ライフを癒してくれるレベルだった。そんな彼にとって、バゼットの味への無関心ップリは色々と理解出来ないモノである。

 

「………」

 

 料理で意気投合する男二人に、黙々と箸で食べ物を口に押し込む封印指定執行者。そんな混沌ヘルで頭が痛くなる凛であるが目の前のご飯を食べる度に味が口の中でスパークし、食卓の混沌具合が解かっていても気持ちが和んでしまう。そんな色々と素直な自分の性分を喜ぶべきか嘆くべきか分からないが、旨いものは旨いのだから味を楽しもうと開き直る事にする。

 しかし、アヴェンジャーと料理対談をしながら夕飯を食べていた士郎が、空になった茶碗を持ってご飯の御代りの為に食卓から去った。凛は何となくだが、二度も自分達と死闘を繰り広げた相手に質問をしてみる事にした。協力者の人間性を知る事は無駄では無いし、最後には敵となる相手の人格を知っておくのは戦闘においてとても重要だ。

 

「……アヴェンジャー。貴方って、本当に“何”なのよ?」

 

「遠坂凛。サーヴァントである俺がどの様な存在であるのかなど、魔術師であるお前なら良く知っているだろう?」

 

「わたしが言いたいのはそう言うのじゃなくて、なんでこんなにも貴方が家庭的なのかってこと」

 

 凛がアヴェンジャーの素顔を見て最初に思い付いたのは幼馴染の神父だった。そして次に思ったのは、自分を裏切ったアーチャーである。このアヴェンジャーの顔立ちは、何故かあの二人を連想させる。そう言えば、士人の肌と髪の色を変えて成長させればアーチャーにそっくりかもしれないと、今更ながら思った。しかし、そんな疑問をアヴェンジャーに聞いても仕方が無いので、腹いせにサーヴァントらしくない事をするアヴェンジャーの矛盾を突いてみる事にした。

 

「さてはて。それを言うならば、あのアーチャーも中々に家庭的な人物だったと思うが」

 

「――――――」

 

 凛の動きが停止する。この聖杯戦争において、アーチャーの家事の巧さを知っておるのは自分だけの筈だ。そんな英霊の個人的な情報を知っているのはマスターだけの筈だ。

 

「……あんたって、本当に何なの? 顔立ちも何処となくアイツとそっくりよね」

 

「自分とアレはそこまで似ているものなのかね。

 しかし、すまんな。如何も召喚された時に記憶の不具合が有ってな。……まぁ、そもそも、自分の正体をマスターの許し無く他のマスターに教える事は出来ないのでね」

 

「―――………っ」

 

 それを聞き、実に苛々度が上昇する。それは何処かの誰かさん三人(保護者と幼馴染と使い魔のこと)に皮肉を言われた時に似た、自分の胃に来る嫌味である。完全に自分がからかわれていると理解し、しかし無視もし切れないのだ。

 

「どうしたんだ遠坂?」

 

 丁度その時、炊飯器から飯を盛ってきた士郎が帰ってくる。箸を進める訳でも無く動きが停止した彼女を見て、彼は何でも無いかのように声を掛けたのであった。

 

「―――ふ、ふふふ、別に何でも無いのよ衛宮君」

 

「そ、そうか。何でもないんなら、別にいいんだ……」

 

 食事を再開する三人。しかし、この騒がしさの中でさえバゼットは淡々と飯を食すのみ。凛はその姿を胡乱気に見た後、バゼットに話し掛けてみる事とした。彼女は話してみると中々に面白味のある人物で、会話をすることは不快でも何でも無かった。

 …それと、男二人は相変わらず料理雑談を繰り広げている。(こだわ)りが強いと言うか、凝り性にも程が有ると言うか、凛も料理をするが隣で会話を続ける二人に達するまで極めていない。二人の会話の例を出せば、ハンバーグの中身をしっかり焼きたい時はレンジを使うと良い言う豆知識は確かに役に立つ。しかし、それを盗み聞きしたところで、レンジの機能を使いこなせない凛は愕然とするだけなのだ。生活の知識は大事だが、食事中の暇を潰したい今は如何でも良い。

 

「そう言えばバゼット。貴女は内のバカ弟子とは知り合いなの?」

 

 会った最初はミス・マクレミッツと呼んでいた凛だが、協定も組むのでバゼットと呼んで良いとのこと、それで凛は彼女を名前の方で呼んでいる。遠坂凛も名前の方で呼んで構わないとバゼットに伝えている。

 

「実は私、言峰綺礼の葬式に出席していまして。……その時に貴女とも会っています」

 

「―――へ……うそ!」

 

「本当です。元々綺礼と私は仕事の関係上商売敵でしかなかったのですが、討伐の目的である強敵を仕留める為に協力したのが始まりでした。

 …ジンド君とも同じ様な出会いでしたが、彼は綺礼と違って他人に興味を示しますから、また色々あったのです」

 

「ふーん。なるほど……ってことは、内のバカ弟子の強さも知ってるって訳ね?」

 

「ええ、勿論彼の力の程は存じています。そして私の能力も此方と同様、彼が把握しているのが現状です」

 

「―――それは何と言うか……色々と拙いわね」

 

「……そう。今のこの状況は色々と危険なのです。

 ジンド君がマスターとして動きだしたと言う事は、サーヴァントクラスの化け物が一体増加した事に変わりありません。何より、彼と共にいた男の能力は未知数でありながら強大です。

 そして彼は、此方側の手札の大部分を知り尽くしている。バーサーカーを始末し聖杯を奪取出来れば、キャスターを料理するだけで通常のルール基盤で殺し合いを続けられたと思ったのですが……全く、やれやれです」

 

 凛はバカ弟子や目の前のバゼットの言動で、何となくイリヤスフィールが聖杯を保有している事に気が付いていた。しかし、その事を聞こうとも聖杯の在り処などと言った重要な情報に対する対価は無いので、自分からは聞けずにいた。

 そして彼女は、イリヤスフィールそのものが聖杯であると言う事実を知らずとも、可能性の一つとしては浮かんでいた。そうでなければ、態々バカ弟子が誘拐と言う真似に出る筋が通らなかった。その事について、凛は士郎に対してこれから話そうと考えている。そしてもう一つ、衛宮士郎から彼自身の事について聞いて上げなくてはならない事も出来てしまった。

 この先は何が起ころうとも不可思議など無く、一切の油断が出来ない状況が続くと予想出来る。言うなれば、ここから先の聖杯戦争は終わりに向けて加速するだけとなった。数が減り、強敵が残り、サバイバルゲームは苛烈を更に極めるのだろう。バゼットが言いたいのはそういう事で、凛にもしっかりと伝わっていた。

 

 

◆◆◆

 

 

 夕食も終わりを迎え、洗い物は士郎と凛が二人で片付けた。アヴェンジャーも手伝おうとしたのだが、士郎が一人で全部作ってくれたのだがら悪いと申し入れを断った。

 バゼットは勿論、何もしなかった。それも当然、何かすれば事ある事に色々なモノが壊れるのでアヴァンジャーが何もさせないのだ。

 

「士郎。ちょっとだけ長い話があるから、付いて来てくれるかしら?」

 

「ああ、大丈夫だぞ」

 

 片付け後の一息、そんな時に凛は士郎に声を掛けた。協定を結び同盟を組んだバゼットとアヴェンジャーと話し合う内容は既になく、明日すべき事は全て決定している。全員が全員、明日行うべき自分の役目を全うする為、今日はぐっすり休養をとるのが正しい選択だ。アヴェンジャーは当然のことだが徹夜での見張り当番が決まっており、それは疲れを知らないサーヴァントが一番適任である。

 

「真剣な顔でしたね、彼女は」

 

 衛宮士郎を連れて部屋から出て行った遠坂凛の後ろ姿を見た後、隣でワインを飲んでいる自分のサーヴァントに聞いてみた。

 

「そうだな。例えるなら、心に浮かんでしまった疑問を解く為、疑問の原因となった本人を殴ってでも直接聞いてやる、と言う雰囲気であったな」

 

 アヴェンジャーが飲んでいるワインは、アインツベルンの城から衛宮邸に帰る途中で寄った商店街で買ったモノ。

 

「ヤケに具体的な例ですね」

 

「まぁ、な。この様なことは生前に経験がある」

 

「……ああ、そう言う事ですか。貴方の人生は確かに濃厚そうですから」

 

「嫌に含みの有る言い方だな。サーヴァントとして実に遺憾だよ」

 

「くく。サーヴァントとして、何て貴方が良く言えたモノです」

 

「俺なりには、マスターに対する敬意を払っていると考えているのだがなぁ」

 

 警戒を続けながらも、軽快に会話を進めるマスターとサーヴァントの二人。

 

「しかしマスター、お前があの二人と協力するとは少し意外だったな」

 

「貴方がそう思うのも無理は有りません。サバイバル方式の殺し合いにおいて、本来なら殺すべき人間と協力すると言った知能戦は私には不向きですからね。無暗に悩むくらいなら殴り飛ばす、なんて考えるのが普段の私ですしね。

 ……しかし今回の戦争は殴り殺すだけでは生き残れません。魔術が巧く使え、戦闘が強いだけでは簡単に死んでしまいます。

 私が実感した聖杯戦争において何よりも大切なのは、相手に自分の行動を先読みされない事。心の内を悟られず、何を考えて行動しているのか隠し切り、絶好の好機を自分で作り上げ、殺すべき敵を一撃で仕留めるコトです」

 

「それはそれは、実に良い話を聞いた。サーヴァントとして、マスターの心意気はとても共感出来る内容だ」

 

「―――とは言え、今のあの二人を殺す予定はありませんが。

 サーヴァントを失ったとは言え、令呪の有るマスターには危険がまだ存在します。しかし如何も、私は不必要だと“思ってしまった”殺人は出来ない性質みたいですので」

 

「その様な事は最初から理解出来ている。殴ることが大好きなマスターではあるが、そこまで綺麗さっぱりに命の勘定を割り切れる人間とは思っていない」

 

「…そうですか。

 まぁ、もっとも、この現状が聖杯降臨まで続けばですがね」

 


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