それがどのくらい過去の出来事だったのかうまく思い出せない。狂化の呪いが思考を乱し、頭がうまく働かない。
『―――――バーサーカーは強いね』
そんな言葉を少女は戦士に与えた。そんな言葉を守る為、子殺しの大英雄は立ち上がる。
「―――――――――――――――――――――――――」
理性を失くした狂った精神。しかし、心は決して失わず。自分の魂だけは決して狂わせない。
「―――――――――――――――――――――――……」
全てが狂ってしまえば何もかもが生前の二の舞で、目の前で愛しい者が死に絶えて。
――狂える肉体、狂える精神、狂える斧剣、狂わない闘志。
真の狂気とは、何もかもを守り抜かんと足掻く狂える精神。真の狂気とは、死しても諦めを拒絶する狂える自我。
「―――――――――――――――――――――………ォ」
ヘラクレスの走馬灯。妻子を殺し、償いの為の十二の試練。そして、苦痛の果てに自害の焼死。
「――――――――――――――――――……………ォオ」
英雄は神に殺された、女神に騙された家族に殺された。血の味、女の味、命の味、死の味、毒の味、短くも長い人生で味わってきた悲劇の鼓動。彼は贖罪を背負い込む。
―――今度こそ、今度こそ、今度こそ、今度こそは守り抜く。
それ故に、背後に立つ幼き我が主だけは守り抜かねばならぬのだと――――彼は狂った。彼は狂戦士として少女の守護者と成り果てた。
「――――――――――――………………………ォ■■■」
狂戦士(バーサーカー)は狂う。狂って、狂って、敵を討つ。
「■◆◆■■■■■■◆■◆■■■■ーーーーーっッっッッ!!!」
……だからなのだろう、バーサーカーの雄叫びがこんなにも恐いのは。
彼の叫びは魂の絶叫。心するが良い、英霊と魔術師の七組よ。狂戦士の狂気を只の狂気と思うなかれ。さすれば偉業の重みは全てを粉砕する大いなる一撃であると、木端に散り逝く常世の最期に思い知らされようぞ。
―――しかし、それを打ち破る者がいるのなら、真実その英雄、神の試練を凌駕する魔人である。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
広間が崩落していく。二つの伝説がぶつかり合う激戦が何もかもを打ち捨てる。伝承の原典を持つ王と数多の偉業を果たした戦士の殺し合い。異なる神話の神々の血を引く二体の半神、彼らが新たな神話を体現する。
「……―――――」
彼は指先から火を出す。煙草の先端が赤く灯り、灰色の煙が上がる。広間で広げられる死闘、その処刑劇を眼前に神父は揺らぐ事の無い黒色の瞳で観察する。
「――……………」
終わりを見届けるか、神父は眼下の戦争を見てそう思った。
彼が連れる黄金の覇気を纏った魔人。背後の虚空から殲滅の魔弾を途切れる事無く一斉掃射し、何もかもを崩壊させる絶対君臨王。
「……はぁ~」
ゆっくりと口から煙を吐き出す。戦場で静かに佇む神父の姿は、この狂った戦争に良く似合う。
「―――(……さてと、戦いも佳境に入るな)」
ポツリ、と心の中で言葉を浮かべる。
煙草の火を消した神父は狂戦士と殲滅者の戦いを見続ける。最後が近い彼らの戦争、そして曲者もいる様なのでこれからの事も考えなくてはならなくなった。
◇◇◇
「◆■■■◆■◆■■■■ーーーーーッっ!!!」
アインツベルン城、二人の英霊が繰り広げる規律無き死闘。
片方は禍々しき狂戦士、もう片方は黄金の弓兵。戦士は雄叫びを、王は嘲笑を。それは阿鼻叫喚の地獄絵図、剣の軍勢を従える英雄王は地獄を確かに創っていた。
「――――ち、やはり死なん。
かつて天の雄牛すら束縛した鎖でさえ、おまえを仕留めるには至らぬか……」
虚空より出現した鎖がバーサーカーの動きを封じ、彼を空間ごと束縛する。
鎖は両腕を締め上げ、あらぬ方向へ捻じ曲げていく。全身に巻き付いた鎖は際限なく絞られていき、岩石に見えるその首でさえ、その張力で捻じり切ろうと震えている。
――ギジギジギジギジ、鎖が軋む。
――ミシミシミシミシ、肉が唸る。
広間に広がる不快な旋律。音響の元はバーサーカー、空間自体を制圧する鎖を断ち切ろうとする巨人が其処には存在していた。本来ならば絶対に不可能な行いも、あの戦士ならば成し得てしまうだろう。そうに違いないと確信させる力がバーサーカーにはあった。
そして当然、鎖の主であるギルガメッシュもその事実を承知していた。彼にとって不快な事であるが半神ヘラクレスの力は天の鎖を凌駕しよう。
「――――――っぁ。
戻りなさい、バーサーカー………………っ!!」
少女の悲鳴染みた叫び。令呪を用いた強制撤去をイリヤスフィールはバーサーカーに命じる。
………だが、巨人は動かない。鎖に捕らえられたまま、一歩たりとも体を動かすことが出来なかった。
「なん、で……? わたしの中に帰れって言ってるのに、どうして」
「無駄だ人形。この鎖に繋がれた者は、たとえ神であろうとも逃れる事は出来ん。否、神性が高ければ高いほど餌食となる。元より神を律する為だけに作られたもの。令呪による空間転移など、この我が許すものか」
そうして、終わりを示すかの如く、彼は片腕で巨人を指した。
「ぁ――――――――――――」
茫然と、少女は声を出した。そして、迫り来た死の弾幕。数多の刃が最強であった巨人の肉体を破壊し、命を根こそぎ全て抉り尽くす。
………終わった。今度こそ、本当に、最強の巨人は終わっていた。
鎖に拘束されたまま無防備な肉体に宝具を受ける事、二十二回。もはや奇天烈なオブジェにしか見てとれないカタチとなって、狂戦士は沈黙した。
「………………………」
イリヤの視界に映るのは、鎖で磔にされ、全身を貫かれ、真っ赤に血塗れとなった自分のサーヴァントの姿である。
そして、バーサーカーを容易く屠殺した金髪紅眼の男と、その後ろで初めて会った時と変わらない姿で佇む神父。
「……っ―――――」
何よりも、彼女が悪寒を感じさせたのは神父の姿。
奈落の様に深い黒眼の奥底は何も無く、魔術師であるとか、英霊であるとか、そう言うモノに関係無く、少女の
――……死ぬ、自分はここで死ぬ。
イリヤはここまで明確な『死』を初めて実感した。
死に体の狂戦士、最強を超える殲滅者、奈落の眼で自分を見つめる代行者。あんな者があんな男を従えて、あんな連中が自分の城に襲い掛かってきた時点で自分の命運は詰んでいた。
「―――バ、バーサーカーぁ……」
…絶望が、漏れた。今この瞬間に少女が見ている現実は非常にも、二人の戦いが終わる事を告げていた。城に満ちる血の臭いが自分たちの最期を教えていた。
彼女は無意識の内にバーサーカーへ近づいてしまう。悲しみに背中を押されるまま、彼に歩んで行った。涙を堪えている所為で前が良く見えないイリヤだが、それでもバーサーカーの姿“だけ”はしっかりと見ていた。
「煩わしい人形だ。手筈とは違ってしまうが、……やはり外装はいらんな」
煩わしそうに顔を顰めるギルガメッシュは、自分の財宝庫から抜き取った魔剣を片手に持つ。次の瞬間、彼は呆気無い自然な動作でイリヤスフィールへ刃を一閃した。
―――グチュリ、と生々しい耳障りな音。それをイリヤは確かに聞いた。
柔らかい二つの眼球を一切の抵抗なく切り裂く。そして、真っ赤な鮮血が虚空を舞いながら地面に落ちる。真横に振られた剣先に血痕が付き、禍々しい呪詛を刀身に刻む魔剣が少女の両目を凄惨に抉り斬り、一拍子送れて悲鳴が上がった。
「―――――――――――――――――!」
―――叫び声。両目を一文字に斬り裂かれたイリヤスフィールの、叫び声。
「ぁ……あ、あっ………ああぁ……っ!!」
ドサリと言う、白い少女が倒れ込む音が鳴り響いた。
切り裂かれた両眼を自分の手で覆い、血溜まりの広がる床に倒れこむイリヤスフィール。血で顔を濡らす少女を見て、無言のまま笑みを浮かべるギルガメッシュ。そして、表情一つ変えずにその光景を見守る言峰士人。
言峰士人はこれから訪れる迎える少女の死を、受け入れている様に見えていたのであったが―――
「―――頼むギル。
その女は必要な物だ、壊さないで欲しい」
―――まるでイリヤスフィールを助命するかの如く、臣下は己が王に声を掛けた。
両目を切り裂いた返し刃に、核たる心臓を避け肺を魔剣で串刺しにしようとしていたギルガメッシュを、神父の声が停止させる。白い少女の血で真っ赤に染まった魔剣の刃、それが命を穿つ直前で止まっていた。
「……ほう」
イリヤスフィールの両目を斬り裂いた英雄王。その彼が笑みを浮かべながら血に塗れた少女に致命の一撃を下そうといた時に、言峰士人の声が彼の耳に入っていた。士人の言葉を聞いたギルガメッシュは冷たい声を一息分外に漏らす。
「
「当然だ。紛い物では見たいモノも見れなくなってしまう」
――ドクドク、ドクドク。少女が両目から紅い涙を流す。
――ボタボタ、ボタボタ。血の涙が床を紅く汚している。
王と臣下の視線が交差する。ギルガメッシュの気紛れな殺意が籠もった冷たい眼光が士人を貫く。有象無象の精神を砕くには十分な威圧がある視線を向けられても神父の目に揺らぎは無く、そこには冷たさも熱さも無い。例えるなら底無しの孔だろうか、一欠片も人間らしい揺らぎが存在しない。
「■■■■■■◆■◆◆■■ーーーーーッッッ!!!!」
二人を余所に声が轟き、バーサーカーの叫びが空間を歪ませる。それは本当に、バーサーカーを固定していた空間を軋ましていた。
―――ギジギジと甲高い音を鳴らした瞬間、バーサーカーを縛り上げる鎖が千切れ飛んだ。
空間ごと神を拘束する銀色の鎖が引き延ばされ、勢いのまま断ち切られる。狂戦士の膂力は凄まじく、更なる神域を突破せんと更に狂気の色合いが濃くなっていく。
……だがそれも当然だろう。目の前で主を斬られ狂わず、なにが
……しかし、その決意も無駄に終わる。彼はまた串刺しにされ、命を散らす。本当に呆気無い終わりであった。ギルガメッシュが紅い槍でその鈍重な標的、バーサーカーを仕留めた。狂った巨人は心臓を穿たれた姿で絶命し、完全に動きが止まった。
「…死ね、畜生風情が」
不愉快げに声がギルガメッシュより発せられる。
そして、倒れ伏せながらも狂戦士に近づくイリヤの前に人影が一つ。ゆっくりと歩いて来た神父がしゃがみ込み、彼女の細い首をギシリと握り絞めた。
「ぁ、……ぁあ―――――――!」
少女の口から出る声には色濃い絶望と確かな恐怖が込められている。士人の冷たい掌から嫌でも伝わる終わりの気配が、その小さな悲鳴を強制させた。
「お前程の女でも終わりが怖いのか、イリヤスフィール?
だが安心すると良い、今だけは絶望に眠っていろ。お前達アインツベルンの願望は結末は如何であれ、そのカタチくらいは戦争の最期に飾ってやろう」
「ぃや………いや、いやいやいや―――――――――――――!」
両目から血を流れるのも関わらず、彼女は自分のサーヴァントに手を伸ばした。地に伏しながらも暴れる少女を神父は首を抑え付け、その動きを黙らせる。
「あ……ぁああ、だってそんな、死んじゃダメだよバーサーカー………」
……その間に、バーサーカーは消滅した。
士人はバーサーカーが完全に肉体が砂と消えるまで油断無くイリヤを地面に拘束していたが、警戒すべき脅威も無くなり魔術の準備に取り掛かる。
「―――
神父が紡ぐ呪文。士人の手からイリヤへと魔力が毒の様に浸透する。
「――――――――――――――――――…ぁ」
小さな呻き声、そこにはぐったりと意識を失った幼い少女の姿。霊媒治癒の応用ににより意識を狩り取られたイリヤはまるで、糸を無理矢理千切られた操り人形にそっくりであった。
「……………………」
無言のまま、神父は彼女を持ち上げた。大した重量の無いイリヤスフィールの肉体は、彼にとって余りにも軽く、何の苦も無く抱ける程だった。
「………っち」
神父に担がれる血塗れの聖杯。ギルガメッシュはそれを見て舌打ちをする。彼には外装は不必要であり、この世に余分な存在などおぞましいだけだ。人形の心臓こそ目的の為に必要とはいえ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと言う人形自体は生きようが死のうが如何でも良く、更に言えば彼の世界にとっては殺した方が正義となるガラクタだ。
だがしかし、彼にとって不快な事であるが、ここで我慢をすれば後々により面白い展開になるのは予測出来ていた。英雄王の臣下である神父が造り上げる第五次聖杯戦争と言う劇場もまた、ギルガメッシュは秘かに楽しみにしていたのだ。言峰士人は、自分とギルガメッシュも舞台の役者として物語が面白可笑しくなるよう創造している。
「どうせ壊れる物だ。ここで殺してやるのが慈悲と言うものだぞ」
「……ギル、お前の行いはイリヤスフィール個人に対しての慈悲だろう? だがそれは、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンにとって侮蔑になるだろう。
産まれたからには、モノにはそれぞれ意味がある。例え世界にとってその
唾棄すべき無価値な物で在ったとしても、真実それが無意味で在る訳ではない」
士人の視線が王から少女に移る。
「それはこのイリヤスフィールにも同じ事が言える。
ここで殺すにしても、後に我々が殺すにしても。その結果が同じ意味であれ、ただ無価値なまま死に逝くのではなく意味ある存在として消え逝く姿を見取ってやるのが、この女に対するせめてもの慈悲であり、少なからず祝福となるのであろう」
「何を言うかと思えば……――――実に下らん。
その気色の悪い余分なゴミに意味だと? 生きる価値が無い不必要な存在に、意味と言うモノが生じることなど永遠に訪れはせん」
自分の王の言葉を聞き、臣下の神父は愉しげな声を漏らす。
「ギルならそう言うと判っていたが。……しかし、まあ何だ、それならば何時殺そうとも構わないだろう? 別段生きていようが死んでいようが困る訳でも無し。
死ぬなら死ぬで舞台を飾る小道具程度にはなるのだ、ここは生かしておきたい」
命を道具にして弄ぶ悪魔の言葉。それは、少女の死が決定した言葉。イリヤスフィールは死ぬ。このまま神父と英雄王に連れ去られる事になれば、彼女が生き残る道は無くなるだろう。
……神父と英雄王の二人が外へ向かって歩いて行く。もうここに用は無いと、彼らは戦いの後とは思えない軽い足取りで帰りの道を進む。
「―――止まれ、コトミネェッ!!」
◇◇◇
―――炎が広がる。
世界を区切るように境界線が敷かれていく。
「――――So as
黄昏の世界、剣の墓標。
今ここに在るのは二体のサーヴァント―――アサシンとアーチャーのみ。
「……ほう。これがおぬしの“宝具”とやらか」
侍と対峙するのは瓦礫の王様。この世界を統べる錬鉄の英霊。
「っ―――――――(鶴翼三連を初見で破られたか。ここまでの難敵を、唯一の機会であるこの聖杯戦争で戦わなくてはならぬとはな。
まったく、魔女を背後にコレを使わざるおえない状況は非常に好ましく無い。…が、門番の役目を果たす手段は固有結界のみか)」
弓兵は赤い外套を自分の血でさらに紅く染めていた。
アーチャーが初見で戦った時とは違う戦術。アサシンは強化された刀で有無を言わさず、ゴリ押しで敵を斬り殺す戦法を取れるようになった。勿論宝具ならざる日本刀では相手を選ばないといけないが、宝具と斬り合うには十分な概念武装と化した名刀は異常な硬度を持っていた。それこそアーチャーが剣に強化魔術を掛けた時に匹敵する程の硬さである。
彼の愛刀である双剣・干将莫邪による必殺の技、鶴翼三連は既にアサシンにより打ち破られた。視覚外からの奇襲も、オーバーエッジによる強化斬撃も、アサシンの心眼と魔剣により迎撃された。投影の一斉掃射も刀に捌かれ回避を成功させられた。
―――それ故の宝具の解放。全開で展開された一斉掃射で殲滅する。
「
錬鉄者の呪文により墓標として死していた筈の剣が甦る。空中へ浮遊する、魔剣、聖剣。群青の侍に向けられる殺意の群れ、剣が作る死の軍勢。
「―――――――
錬鉄者の号令。彼の世界が複製した剣たちが舞い墜ちる…!
「―――――――――――」
無言で侍はその光景を見る。口は笑みを造り、眼光は刃の如く鋭い。そして、高らかに掲げられる刀、動きが停止するまで濃縮された時の流れ、彼は音速を凌駕し迫り来る剣軍を相手に剣を構えた。
鈍色の空から穿ち来る無数の剣たちの一つ一つを視認し、余す事無く自身の“死”を迎え入れた。侍は停止した時間の中、この黄昏の世界へ誇る為に魔剣の名を唱え始める…!
「―――――“秘剣”―――――」
圧縮する剣速が“零”に至った、秘剣の業。世界を超越する迅さが時を“屈折”させる、唯一の技。
「―――――“燕返し”―――――」
―――弓兵の剣軍に斬り掛かる侍の妖刀。そして、激突する剣勢と剣技。たった三閃の斬撃が、複製された伝承の殲滅軍に立ち向かう―――!
その刹那―――同時三撃の必殺魔剣が、剣軍の先頭で侍を突き殺さんと迫る魔剣聖剣を吹き飛ばす。
……しかし、それでは足りない。
自分に今迫り来る剣勢は弾き逸らしても、その後ろには同時に射出された剣の群れが待ち構えている。今までの剣の射撃とは違う、軍勢による殲滅掃射。たかだが三つの円では斬り落とせない死の嵐。
「――――――――な……!」
―――ならばそれは、刃が連なる鉄の音色。
黄昏の世界で剣たちが鳴り響く。弓兵はその音を聞き、そして、その光景を一欠片も見逃す事無く目撃した。
―――例えるなら、それはビリヤードか。
剣が剣を弾き飛ばし、アサシンを避けて地面に墜落していく光景。絶対的な技量が魅せる剣術の極み、圧倒的な剣技の冴え。
「――――――――――――――――――――――――――――…」
悪夢。弓兵の目に入る幻想。
それは自分には到底不可能な斬撃の頂点、その絶技。無名の人斬りが成した御伽話の具現。侍はたった三振りの剣技で大軍を撥ね退けた。
「―――――くく」
百本以上の
聖剣が、魔剣が、名剣が、複製された数多の伝承が、一つの剣技の前に崩れ墜ちた。
世界の業が個人の技に打ち破られている中、群青の侍は笑みを浮かべる。吹き飛んだ。魔剣聖剣の軍勢、全てが撃ち落とされる。がらん、がらん、と世界に墜ちる。全ての剣が当然の摂理であるかの如く、アサシンだけを避けて墜落した。
「………っ」
侍が弓兵へ迫った。自分が撃破した剣軍がまだ全て地面に落ちる前に、彼は紅き魔術師へと神速で加速し接近する。
「―――――――…オン」
そして弓兵は黒い剣を取る。侍の刃から身を守る為に、ここから反撃する為に、彼は騎士の血で黒く汚れた聖剣を両手で握りしめる。そして、二本の刃が斬り合った。
カキィン、と鳴り響く。金属と金属がぶつかり奏でる刃の高音、剣の音色。
「―――まだだ、まだ全てを出し切っておらん。
貴様の力はその程度ではなかろう。私も貴様も、まだまだ死合える戦える…………っ!」
笑う笑う笑う、侍の顔には笑顔しかない。
ここまでの死闘、彼はこの聖杯戦争でも初めてだ。ここまで血が滾るのも生まれて初めてだ。こんなにも
ギジギジ、ギジギジ、二人の剣士が凌ぎを削る。
全力で届かぬのなら、死力を尽くす。只管に力を振り絞り、剣を鍛つ。ならばアーチャーが成すべきことは一つだけ。
「――――
呪文が唱えられる。錬鉄の言葉が剣の墓標で弔いの唄を上げる。
「
アーチャーが握る両刃の大剣が、小さく輝きを放った。
その儚い光をアサシンは、死神の鎌が血に飢えて光っている様に感じ取れた。そう感じてしまう程、剣の刃は壮絶な剣気を纏っている。
――ガキィン、と二人が離れる。
弓兵が侍の刀を大剣で斬り払った。そこは秘剣・燕返しの間合い。しかしアサシンが感じたモノは必殺の機会では無く必死の危機、肉体と精神が引き離される程の“死”を感覚する。
「っ――――――――――――――――――――!?」
アロンダイト、そう呼ばれる堕ちた聖剣。桁違いの剣気を感じ取らせる大剣が突如としてアサシンの眼前に出現した、アーチャーと共に。
―――間合いが“零”で消えていた、侍の背筋に悪寒が疾走する。
血で赤く染まった紅い外套を纏うアーチャーの姿、両手で握る黒色の大剣を両腕で振りかぶるその光景。
アサシンの時が止まる程、自分の体感時間を圧縮する。残像を見抜き、剣筋を見切る。重ね合うのは致死の斬撃。
―――圧倒的剣速、侍は感じた悪寒に比例して笑みを深める。
ここに来て弓兵にまだ隠し玉が有ると言う事態が彼には愉しくて仕方が無かった。生前の自分には想像する事さえ出来ないであろう剣軍の嵐、世界を造り変えた妖術、そして別人に切り替わったとしか思えない
「じゃあ――――――!」
「――――――ぬぅお!」
―――斬り合いが始まった。
それは刃と刃が交差した後、僅かに見える残像の後に剣戟の音が聞こえる。一秒で何十と言う高い金属音が重なり、削り合う刃に火が灯る。
アーチャー唯一の宝具、固有結界が唸りを上げ続ける。
もっと鋭く、もっと素早く。この世の何よりも迅く剣を振るえと彼の体は剣と化し、幻想は際限なく加速する。
「――――――――――――!!!」
「――――――――――――!!!」
――――剣士たちの声無き絶叫。
魔速を凌駕する刃の煉獄の中、一瞬でも精神が乱れたら死ぬ。故に二人は雄叫びを、彼らは殺意と戦意を捻り出す。そして更なる闘志で腕を振るうがために脳髄を震わせながら、剣気と共に死力の叫びを斬り放つ。
紅き弓兵と群青の侍が斬り合い死合い、そして殺し合う。
その壮絶な剣劇は、怪物揃いのサーヴァントの中で更に怪物と言える迅さ。神速を超えた超神速の、神にさえ届く必滅の応酬。
零落した聖剣を振るうアーチャーの猛攻、それはアサシンに秘剣を“構えさせない”ほどの斬撃の豪雨。アサシンの剣捌き、それはもはや守護の概念を超えた刃の結界と化し、斬撃全てを逸らして落とす。音を置き去りに加速する剣士の世界は、高速を超え、神速を超え、何もかもを超えて逝く。
戦いの中、二人の思考は重なっていた。自身の能力の何もかもを剥き出しにして死闘を演じる彼らが考えているのは同じこと。
――間合いの取り合い、必殺の奪い合い。二人が求めるは、殺し手を行う
もはやお互い相手の刃も自分の刃も目視も出来ず、感覚するのは目の前の剣士が放つ剣気のみ。殺意が殺意を、戦意が戦意を、精神が精神を殺害する斬り合いの果て。
……決着が近づく。戦いの行く末を知る者はまだ誰もいない。
◇◇◇
―――唐突に声が響き渡った。
眠ったイリヤスフィールでも死んだバーサーカーでも無く、それは神父にとって非常に聞き覚えのある誰かの声。
声の主が城の戦場跡に踊り出る。彼は一階に飛び降り、神父と英雄王の眼前に姿を現わした。
「……流石は衛宮。死ぬと理解しながら、この場面で出て来るか。黙っていれば見逃してやれたのだが」
最初から気が付いていたかの如く、突然の叫び声に神父は驚きも戸惑いも無く反応した。ヤレヤレと言いたげな士人の言葉であったが、そこには隠しきれない愉しげな声色が含まれている。
「――――イリヤを放せ」
「残念ながらコレは俺の戦利品だ。
バーサーカーのマスターであったこの魔術師―――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは取り敢えず、聖杯本体の召喚までは監督役が管理する事に決めている」
衛宮士郎は直感で感じ取れた、この場を見逃せばイリヤは死ぬ、と。
「っ――――――――――」
彼が見慣れている筈の言峰士人の笑顔には、それだけの凶兆が現れていた。十年前に味わった火事の死に匹敵する、死神の気配。背筋から脊髄を凍らせ、脳髄が死んで逝く悪寒。士郎が怒りと焦りを抑える為、気付かれないように歯を喰いしばる。隣の男と士人から士郎へ同時に当てられるプレッシャーは、空間を圧迫しながら確実に彼の精神を削っていく。
「…それで、お前は如何するのだ師匠?
このまま姿を見せないなら逃がしてやっても良いぞ。その場合、衛宮の安全は保障しかねるがな」
「…………………………――――っ」
気付かれていたのだと凛は悟る。舌打ちが響き、士郎とは反対側の二階から魔術師が姿を見せる。その後に彼女も一階へ飛び降り、士郎の隣に素早く移動した。
彼女は顔を忌々しげに歪め、鋭い眼光が神父を穿っている。
「―――――このバカ、大馬鹿、凄い莫迦。
死ぬと判ってて出て行くなんて、本当に士郎は士郎なんだから……っ」
「………遠坂」
背後から感じる凛の魔力。士郎はその気配が、どうしようもなく力強く感じた。
そして凛は自分の弟子に視線に強い視線を向ける。余りにも苛烈な眼光、身内に向けるモノとは思えない程だ。
「あんたがそうだったとは、わたしの目もまだまだ甘いみたいね」
「まぁ親父の遺言を守るには、この手段が一番手っ取り早いものだったからな」
「――――で、隣の金ピカは?」
「薄々は気が付いているのだろう? 態々俺に聞く必要もないではないか」
「―――……ふぅん、そうなの。だけど、わたしを裏切……っては無いか。
まぁそれでも、師匠のわたしを手の上で転がそうなんて大罪は許しようが無いんだから、覚悟は出来てるんでしょうね?」
「……全く、この状況でその気概。実に師匠は遠坂凛らしい」
神父が笑い、魔術師も不敵に笑う。
「当然でしょう、わたしを誰と心得る」
「なるほどなるほど、それでは何か良い案でも浮かんだかね?」
「―――――――…っ」
この似非神父二世がっ、と内心で罵声を上げる凛。その内心を察しているのか否か、士人は面白そうに笑みを作った。
「これでお前達は
戦って死ぬか、おめおめと逃げ去るか、それとも聖杯を諦め
選択が迫られた。若き魔術師の命運はここで決定する。
「………………――――ッ」
「――――…………………」
凛の緊張が士郎に伝わる。沈黙が支配する空間は重苦しく、今の衛宮士郎は自分の命運を遠坂凛に預けていた。今の状況は士郎の行動が招いたモノと言えるかもしれないが、相手があの二人ではおそらく気配は察知されていただろう。
自分を睨みながら沈黙する二人。ギルガメッシュは退屈そうにそれを眺め、士人は相手を不安にさせる嫌らしい笑みを浮かべている。
「―――――と、聞きたいところだが、如何やら状況がお前達の回答を許してくれないらしい」
そんな事を唐突に喋る士人、彼は出口へ視線を向けた。二人に背を向ける行為だが、余りにも彼の動きは自然だった。
「奇遇、とでも言うのが正しいか判らないが、数日ぶりだなバゼットさん」
「久しぶりですね、士人くん。
……確かに、こんなところで会うとは本当に奇遇です」
―――赤毛の魔術師、バゼット・フラガ・マクレミッツが壊れた門から惨状を見渡していた。
「……………」
彼女の隣には黒い法衣のサーヴァントが実体化していた。ローブで顔を隠し、正体がまるで判らない英霊。
黒コートのサーヴァントと遠坂凛が会うのは今回で四度目だ。一度目はビルの屋上、二度目は学校、三度目は衛宮の屋敷、そして今回の遭遇で四度目となった。士郎にとっても因縁深く、自分の心臓を細長いレイピアの様な剣で串刺しにした男。学校で一度殺されかけ、そして自分の家でもセイバーが召喚されなくては本当に殺されていただろう。
「……で、如何するマスター。ここにいるのは全員が全員、俺たちの敵の様であるが?」
黒コートのサーヴァント、アヴェンジャーが重苦しい声で自身のマスターに話し掛ける。
「さて、どうしましょうか。
この状況では聖杯戦争の定石通り、ただ敵を殺す、と言う訳にはいかなくなってしまいましたから」
黒い男が楽しげな雰囲気を纏う。フードの影で顔が全く見えず、表情は全く判らないのであるが、それでも彼が今の現状を楽しそうに見まわしているのがバゼットには理解出来た。
「どうするもこうするも無い。マスターの両手が今ここで出来る事など、多寡が知れているだろう」
そして、自然な動きでバゼットの前に出た。黒いサーヴァントは自分のマスターを脅威から守る為、油断なく目の前の相手と対峙する。
「――――……」
それを聞き、複雑そうな顔を浮かべる。そしてバゼットは、意味有り気に悲しげな視線を士人に向けた後、アヴェンジャーの背中を見詰める。
「……全く、貴方という人は。理解しておきながら、そういう言葉を私に掛ける」
小さな声で小言を呟いた後、改めて視線を神父に向け直す。
彼女の視界にいる人物は六人。自分を守るため前に出ているサーヴァントの黒い背中、血を両目から流して気を失ったバーサーカーのマスター、狂戦士を撃破した金髪の男、少年少女の魔術師の二人組、そして今回の第五次聖杯戦争の監督役である言峰士人であった。
「それで士人くん……いや、監督役で在るべき言峰神父が何故、このような場所にいるのですか?」
敵を見る鋭い眼差しで二人を観察する。バゼットは士人の強さを知っており、隣の男の異常性を肌で感じている。二人を前にするだけで、殺される直前にいる様な錯覚に落ちる。そう感じてしまうほど、今の彼らは絶望の具現であった。
「――――聖杯の保護だよ。
この地で降霊する聖杯はな、アインツベルンの一族が聖杯戦争の度に製作し、戦地である冬木に持ち込まれている。
聖杯戦争の原因とも言えるアインツベルンの聖杯、これを安全な場所へ保護するのは監督役としてもっとも重要な案件だろう」
「………何を言ってるのです。保護も何も、教会はキャスターに占拠されているではありませんか。
その体たらくでは監督も保護もないでしょう。こんな事は監督役の責務ではない筈です」
耳が痛くなる筈の言葉を受け、しかし神父はそれを聞き、聖職者らしい穏やかな表情を作る。
「その通り。キャスターの襲撃は監督役として実に痛い出来事であった。この襲撃もアレが原因でもある。
――――そこで、ここにいる皆に提案があるのだ」
イリヤの血で服が汚れるのも構わず、彼は話を続ける。
両目を裂かれたイリヤスフィールを両腕で抱えながら、神父は当たり前な事を当たり前な風に喋る。その姿は異様で在りながらも、言峰士人らしい威圧感を纏う。
「俺の目的は教会を占拠するキャスターの殺害だ。そして、ここにいる全員の利害は、キャスターの死に関してのみ一致している。
今の我々に重要な事は戦争を安定して継続させる事であり、無事に聖杯を降霊させること。バゼットさんが良いのなら、キャスター討伐に師匠と衛宮を使って欲しいのだが」
「……彼らと協力して欲しいと、士人くん?」
「そうだ。……しかし、嫌なら別に構わないぞ。可哀想な顛末になるが、それもまた戦争」
死に逝く者を送る神父の目。揺ぎ無い奈落の目が、バゼットの精神をヒドク乱す。
ここで首を横に振れば、目の前の年端もいかない少年少女は無残に死に晒すのであろう。サーヴァントもいない魔術師二人だけの状況を見れば、大方の予想がバゼットには浮かんでいた。彼らは危険を覚悟でキャスター討伐の協力をアインツベルンに持ち掛ける為、この森の奥にある白まで足を運んだのが容易に想像できる。
「……………(バーサーカーはサーヴァントらしき男に殺し尽くされた)」
バゼットの前に立つ金髪紅眼の青年。今までに類を感じた事もない圧倒的な気配、そこらの死徒が赤ん坊に見えてしまう存在感。この男との戦闘は、並の封印指定執行任務が朝飯前な軽い運動になってしまう程の厳しさなのだろう。
「……………(断る可能性の方が高い提案だが、さてはて、如何なる事やら。駄目なら駄目で、アサシンを師匠と衛宮に送り込むとするか)」
神父は神父で、二重三重と策を巡らしていると………
「―――いいでしょう。
元々バーサーカーの次はキャスターの討伐をする予定でした。それに今の状況では私も協力者が欲しいのが本音ですからね」
………と、大した時間も掛けず、バゼット・フラガ・マクレミッツは決断を下した。
それを聞いて息を飲む二人の魔術師―――衛宮士郎と遠坂凛。この二人がアインツベルン城へと足を運んだのは、教会に立て籠もるキャスターを倒す為の協力者を得るのが理由だった。その相手はもう倒されてしまったが、当初の目的は果たせそうではある。しかし、罠か如何か怪しいモノだ。
「ほう、それは良かった。
………だとさ、師匠に衛宮。ここへはイリヤスフィールへ協力を申し立てに来たのだろうが、肝心のバーサーカーは俺達が倒してしまったからな。
お前達が構わないのなら、そこの魔術師と協力してキャスターを倒すと良い。ここにいる全員はキャスター討伐に関してのみ利害は一致しているだろう」
イリヤを肩に担ぎながら、士人はそう結論をつける。
そしてここにはもう用が無いと、そう語るかの様に歩き始める。カツンカツン、と隣にいる第八のサーヴァントと共に神父は出口へ向かって行く。
「言峰てめぇ……っ!」
背後から衛宮士郎が声を上げ、鋭い目を神父と隣にいる青年に向ける。それは怒りのまま怒鳴るのでは無く、明らかな敵意が含まれた宣戦布告。
「相変わらず頑固な正義の味方だな。
自分が死ぬよりも人が死ぬ方が心が痛むとは、歪みの酷い心は実に奇怪な壊れ方をする」
友の姿を、士人は愉し気に見る。
「………どの道、お前ではイリヤスフィールを救えない。
衛宮士郎。運が良ければ聖杯戦争の最後に、この女の死に目くらいには会えるだろうよ」
歯と歯が擦れ、ガリガリと音が鳴る。脳みそが沸騰し、認められる事が出来ない目の前の光景。
神父は気にする事無く出口に歩いて行く。その後ろに、バーサーカーを破壊し尽くした男も付いて行く。彼ら主従は血を流すイリヤを、衛宮士郎の前でこのまま連れ去ろうとしていた。
「…………――――――っ!」
―――許す事は出来ない。
黙って見逃す事など出来るものかと、士郎は彼らに向けて走り出そうと一歩前進する。双剣を投影する為に両腕を構え、我慢していた肉体を解放しようした。
「っ――――――!?」
その瞬間、士郎が困惑した表情を浮かべた、凛に向けて。
「落ち着きなさい、士郎!
……今ここで、あいつらに飛び掛かっても死ぬだけよ」
彼女が後ろから士郎を止めた。彼の腕を抱き留め、その場所に固定する。
……死ぬ。彼女の表情を見て、士郎は悟った。このまま斬り掛れば自分だけでは無く、遠坂凛は無謀にも戦いを挑む自分を守るため一緒に戦いに挑んでしまうと理解してしまった。それでは彼女も死んでしまう。
見る事しか出来ない苦痛、それが声となり
「―――言峰っ!
キャスターは絶対にブッ飛ばす。イリヤも必ず助け出してやる……っ!」
カツン、と足音が止まる。
「―――ク………なるほど分かった。楽しみにその時を待っていてやる。だからその時まで大人しく、俺に利用されていると良い」
一度振り向き、また歩きだす士人。しかし、ギルガメッシュは立ち止まったまま殺気を周囲に放つ。彼としてはどうせセイバー以外は皆殺しにするのだから、ここで殺し尽くしても良い事なのだ。
…殺すか。
そう考え、ギルガメッシュの殺意が外に漏れだす。耐性の無い只の人間には猛毒となる英雄王の
「早目に帰るぞギル、このままでは
「……そうであったな」
核が無事ならそれで良いギルガメッシュとしては、この女の命など如何でも良い。しかし、死んでしまい核の鮮度が落ちるのは計画に支障が出る。
仕方が無いと溜め息を出し、肩を脱力したように揺らした。もう彼の目に殺意も無く、戦意も浮かんでいなかった。
「……………………」
「……………………」
そして無言のまま、士人とギルガメッシュの主従はバゼットと彼女のサーヴァントの横を歩く。
バゼットと士人の視線が交差し、一瞬だけ緊張が奔るが何事も無く過ぎ、そのまま二人は森の陰りへと消えて行った。
◇◇◇
とあるマンションの一室、そこには着物姿の青年と神父服を着込んだ青年が話を進めていた。士人がアインツベルンの城を出て数時間後、そこは教会とは別に準備していた仮の拠点で仕事の真っ最中であった。
「――――と、報告はそんなところよ」
アサシンが今の主である神父に話し終える。先程まで、彼は自分が戦いに赴いた教会での戦闘報告していた。
神父と英雄王がアインツベルンへと奇襲を行いに出撃している間、侍は教会へ愉しみにしていた死合する為に正面突破を仕掛けたのだ。暗殺者のサーヴァントでありながら正面から挑むあたり、彼は武者の一人であり剣に生きた侍なのだ。
「――――――……(なるほど、投影魔術に似通った能力を持つサーヴァント。…私と同じ能力を持つ弓兵。
……いやに気になる男だな。アーチャーは十中八九、
伝承に無い英霊、…いや、伝承を持たない英霊……守護者か? 或いは名無しの反英霊、か? 詳しい実像が解からないと言うよりも、正体が解からない今の現状こそ正解に近い感覚だ)」
神父は自身のサーヴァントからの報告を頭の中で纏めていた。脳内で情報が錯綜し、交錯し、アーチャーと言うサーヴァントの像が結ばれていく。
セイバーを捕えたキャスターが占領する教会。彼らへと襲撃するアサシンのサーヴァントが繰り広げた弓兵との死闘。弾いた刃が戻り襲う陰陽の双剣による必殺奇襲、虚空に突如として出現する剣軍の一斉掃射、そして武器爆破による裏の裏。最後の最後でキャスターからの邪魔が入り門番と決着をつけられずに終わったが、固有結界と言うアーチャーの奥の手を知る事が出来た。
「……聞くところ、アーチャーには心理面で脆い部分があるようだな。
一度俺が会った時も、衛宮士郎に向けて異常な殺意を宿していたのも気になる点だ」
「衛宮士郎。……それは赤毛の小僧か?」
「その男で間違い無い………が、何故知ってる?」
「なに、一度だけ山門で見かけたのよ。
赤い剣士…いや弓兵だったな。そやつが周りのサーヴァントを気にせず小僧へと殺気を浴びせていたのが印象に残っていてな。………結局その後の戦いも、済し崩し的に終わってしまったのだが」
「……そうか。
アーチャーとの戦闘は二度目だった訳だな」
「そう言うことよ。この国には三度目の正直と言う言葉があるが、次の戦いで決着を果たせるものか、私も断言は出来ぬな。
……あれは
む、と唸りながら士人は目を閉じた。その後に、はぁ、と溜息を漏らす。
「一番敵に回したくない
クク、アサシンが静かに笑い声を上げる。
「なぁに、サーヴァントなど最初から厄介者よ」
「……まぁ、確かにな。お前の言う通り、厄介で無いサーヴァントなど英霊ではないな」
彼は何を今更と神父を笑った。厄介で無いサーヴァントなどいるならば逆に見てみたいと侍は笑った。アサシンの報告を聞いていた神父も、それもそうだな、と思い苦笑いを浮かべる。
「そう言えば、アーチャーの剣気が淀んでいたのも気になった。
………そもそもあやつには、私を本気で殺す気概がないと感じられたな。聖杯戦争をしている余裕が無いと言っても良いくらい、サーヴァントとの戦いに勝とうとしていない。私との戦いも生き残る事に集中しており、思うように戦えなんだ」
興味深そうに士人はサーヴァントの話に耳を傾ける。
遠坂凛の従者、アーチャー。彼女を裏切り、キャスターに付いたサーヴァント。師匠と相性が悪いようには見えなかったが、と士人は学校での光景を脳裏に浮かべながら思う。
一度直接に見た印象では、確かにアーチャーからはセイバーが纏う高潔な騎士の雰囲気を余り感じなかった。どちらかと言うと結果を一番とする兵士に近いモノを彼は今までの情報でイメージする。誇り高い騎士でなく計算高い兵士。暴力と策略で戦場を跋扈する合理主義者。目的の為ならば、そんな非情な選択も有り得なくも無いだろう。教会から見た墓場での戦闘や主人の裏切りを考えると、どんな人間か有る程度の予想は出来る。
少なくとも、神父はアーチャーが戦闘に悦楽を見出す武人や、自身の誇りで戦い人を殺す騎士には見えなかったのは事実だ。
「ほう。実際に戦ったお前から見て、そのアーチャーはどの様な英霊に見えた?」
「―――む、そうよな。あやつの心は、強過ぎる憎悪で歪んでいるように窺えたな」
「なるほど…………憎悪、か」
神父は呟き、思考の海へと溺れていく。
順調に進む聖杯戦争。明日に仕掛けた賭けも如何なるか、結果を見るのが愉しみであり、自分たちが如何動くべきか考える。もっともそれら全ては明日の結果次第であるのだが。