神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 DeadSpace3が面白い。宇宙最強エンジニアは更に進化しています。


25.神父の勧誘

 ここは教会の地下。キャスターが占領した言峰士人の工房。

 

「――――す、すごいわね、ここ」

 

 少し目の前の光景を見て引いた感じで喋るのは、士人が留守にしている間に教会を乗っ取ったキャスターのサーヴァント―――コルキスの魔女メディアだ。

 彼女の目の前に広がるのは、武器武器武器武器―――――概念武装、魔術礼装の山だった。

 

「…………(確かこれは、銃、だったかしら。人類が持つ科学の産物ってモノね)」

 

 魔女が今手にしているのは改造された魔銃。銃の種類は個人防衛火器に分類されるP90である。

 言峰士人曰く「形状が他の銃と違い斬新だ。サブマシンガンではなく、個人防衛火器と言う捻くれた所が何となくだが良いな」と、だいたいそんな感じで改造した銃であり、シエル曰く「そこはかとなくガンマニアが気に入ってしまうカタチの銃です。後、サブマシンガンっぽいのにライフル弾を使う所とか」何とか。シエルは士人にそんな感じの事を喋っていた。

年功序列が強く後輩が先輩に対して立場が弱い教会なので、言峰士人はシエルに良く銃器の話を任務の合間などにされていた。これもその世間話に物凄く多く出てきた銃話の一つの話題となった銃だったりする。

 

「……ふぅん(これも銃かしら。――――なんか面白いわね、こういうの)」

 

 そして恍惚とした表情を浮かべるキャスターが新しく眺めているのはレッド9、正式名称でモーゼルC96と呼ばれる骨董品。魔術師の類が好む歴史ある一品・・・・の筈だったがこれも改造済み。大昔、第二次世界大戦以前に生産された由緒正しき古銃だったが、神父がトコトン面白おかしいコトミネ流な魔銃に変えてしまっている。改造名は“ブレイド・レッド9”。

 士人がしている銃火器改造のお手本はシエルの技術が大元だ。偶にだがシエルの改造銃を手本用に借りたり貰ったりもしていた。参考にしたい、と言ったら教会にガンマニアが増えた様なので喜んでいて、士人もシエルに毒され立派な銃オタクになってしまった。

 

「―――素晴らしい礼装ね」

 

 キャスターがそう呟いてしまうのも仕方が無い。

 強化魔術は勿論だがP90やレッド9はそれだけではない。魔力を込めることで銃弾に魔術加工を施す術式が込められており、銃弾自体にも何かしらの能力があればそれと掛けられる様になっている。加速術式による加速力強化、回転術式による回転力強化、炸裂術式による魔力弾薬発火。それらによる銃弾速度、有効射程、貫通力、破壊力、元のモノとは比べ物にならない。

 豪快に見えて何処か繊細な言峰士人らしい出来栄えの礼装たち、如何してか狂気じみた執念が武装らに見え隠れする。

 

「…………(でも、ここにある物は殆ど新品同然。・・・使わないのかしら?)」

 

 神経質なまでに無駄と酔狂を込めた一品。何故無駄かと言うと、士人は造るのは趣味だが銃を戦闘で余り使うコトがない。造った所で死蔵されて新品同然だ。投影魔術師にとって銃火器は無意味とは言わないがそこまで価値があるモノではない。弓の方が投影使いの士人にとって優れた武装となっていたし、黒鍵の投擲や投影射出の方が彼の戦術的に使い勝手が良い。

 それと余談だが、言峰士人には銃の投影は難しい。パーツ一つ一つが複雑に組み合わされて作られる銃火器の投影は中身がスッカラカンになる。宝具の様に一つの幻想として完成させられている概念武装の銃であるなら投影も出来るのであろうが、そんな銃は世界の中でも限られている。

 言峰士人が造った銃器は基本的に、工房の奥深くに作られた魔術品の倉庫にきっちりと保管されていた。

 

「―――――――(魔剣に、魔槍。それにこれは、日本刀、だったかしら。……刀剣類も使われていないのね)」

 

 そして死蔵されているのは、士人が製造した銃火器以外の概念武装、魔術礼装にも言えることだった。

 実際の武器を持ち運ぶより、投影魔術の方が便利で応用が効く。それは自分の手で造った刀剣類も同じことが言える。

 

「―――…………(本当に色々有るみたいね………)」

 

 言峰士人の武器保管庫には様々な武装が貯蔵されている。剣や刀や中華刀、それ以外の見慣れない種類の刀剣類は勿論、対魔術師用に改造された銃火器も多数存在する。中には装飾されただけの棺桶に見える黒い箱や、銃と剣を融合させた特殊過ぎる武器もある。

 そして言峰士人が開発して実際に使っているのは、殆どが防御系のアイテム。自作の法衣や防具、各属性用のペンダントの類。まあそれさえも、ギルの物から投影で間に合わせるコトがある。

 

「……腹いせで壊すのはもったいないわ」

 

 そんな風に言峰士人の工房を見まわしていたキャスターであったが、とある品物が眼に止まった。

 

「――――――(聖杯、ではないみたいね。銀色の杯っていうのも気になるし、……どうしようかしら?)」

 

 手に握っているのは見た目は銀の杯であった。一見しただけでは何の概念を宿しているのか判らない。

 しかしそこはキャスター、アイテム造りもお手の物な彼女はそれが何なのか、少し視て調べれば何となくであるが把握出来た。

 ゴクリ、と喉を潤おす音。

 

「………うん。これは中々ね」

 

 酒だった。文句無しに酒器だった。完全に趣味の一品。

 魔力を込める事で水分を器に溜め水をアルコールに変化させる概念“武装(?)”。どうやら十字が刻まれたソレは、随分とアルコールが強いモノだったがワインを造るみたいだ。

 

「……(これは何かしら?)」

 

 彼女が新しく、工房にある道具を一つ持つ。そんなこんなで魔女は、結構楽しみながら教会で聖杯を探していた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

2月10日

 

 

 英雄王と神父はマンションに居た。

 ギルガメッシュは持ち前のスキル黄金律で、色々と物件を買い漁っている。ここもそれの一つ、贅の限りを尽くしてこその王なのだ。

 そして、予め用意にしてたのを今は避難所として使用している。言峰士人とギルガメッシュの二人は自宅を襲われたが悠々と生活を其処で送っていた。生活用品は金があれば揃えられるし、ギルは物凄く便利なサーヴァントの為不自由は特にこれと言って無く、士人の武装も基本的にはバイクに積んであった為大丈夫である。

 

「―――で、士人よ。これからはどう動くのだ?」

 

「………む、そうだな。

 キャスターを始末するのは決まりだが、ギルが圧殺するのでは聖杯戦争での面白みがない。この街で人食いをする怪物は、マスターである師匠の敵だ。アレから獲物を奪うのは弟子として余り好ましい行動ではないからな。

 ―――監督役が参加者に代わり、聖杯戦争(コロシアイ)の醍醐味を味わい愉しむ。その様な事をするのは無粋以外の何モノでもない」

 

 クク、と陰のある笑い声を漏らす神父。

 右手には朝食で準備したホットコーヒーが入ったカップを持っている。今は朝食後のコーヒーブレイク中なのだった。

 

「………なるほど。

 では、決戦の舞台を整える必要があるな」

 

 士人の思考を読むギルガメッシュ。神父の考えを理解し、面白そうに笑みを作る。

 英雄王にとって聖杯戦争とは出来レースに等しい。イレギュラーが現れない限り、当たり前の様に勝ち残れる。故にギルガメッシュの聖杯戦争とは如何に愉しむか、そう言う観点に重きが置かれている。

 英霊の座において最強に君臨する英雄王。聖杯に託す願いも、所詮は取るに足らん娯楽でしかないのだ。セイバーは“良い物”だが所詮は娯楽品、自分を愉しませれば用済みな品物だ。現世の屑塵の山を一掃するのも、人類が汚く世界を汚染する姿が自分の美意識にそぐわないだけ。現世に召喚され生前と同じように生きているのなら、心を満たす何かが必要だ。聖杯とはその為の道具、目に付いた財宝だから手に入れようと思っただけなのだ。

 

「そうだな。

 正直、今は手駒が欲しい。今日のところは――――――」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 太陽が下り、闇が満ちる。

 頭上の夜空は日の光に代わって星々と月が光を照らしている。

 

 

――ブロロロロロロロロッッ!!!――

 

 

 バイクに乗って目的地を目指す。

 夜道を走りながら、自分の計画を見直しを行っていた。と言うよりも今は考え事以外にする事もなく、マンションでは鍛錬も出来ないので計画を練るのが暇潰しの一つになっている。

 

「―――……………………」

 

 彼が持つ監督役としての情報網。そこからキャスターの所在地はとっくに調べ終わっていた。柳洞寺にアサシンのサーヴァントがいることも聖杯戦争のスタッフからの資料で調査済み。士人はキャスターが起こした騒ぎも知っている。ギルガメッシュ自身も冬木中を歩きサーヴァントを調べ尽くし、士人もその情報を得ている。

 キャスターの所在地は調べられたのだが、しかしそのマスターはまるで解らなかった。キャスターが柳洞寺に立て籠もりながら冬木の人を喰らっており、そこにキャスターのマスターがいる事も予測はついていた。アサシンが門番をしている事も知っている。しかし、寺の中に魔力を持つ僧侶はいない筈。ギルガメッシュも昼間の時に柳洞寺に入ったが、魔力を持つ人間を確認できなかったそうだ。

 だがそれも昨日までのコト。キャスターのマスターの正体は昨日の放課後、遠坂凛がいる屋上へ着いた早々葛木宗一郎と教えられた。アサシンがキャスターの傀儡だとも知ることも出来た。対価として街を荒らすキャスターへ制裁を下したならば、士人から令呪を得られる権利と少ないながらも聖杯戦争の情報を渡すことになったが、神父にとっては些細なコト。

 暗い夜道を一人、神父はバイクの音を轟かせながら走り続ける。彼はバイクを運転しつつも、これからの戦略をじっくりと余った時間で錬り続ける。

 

「―――――――――」

 

 そして、襲撃された教会からは、サーヴァントの気配は一つしか感じられなかった。漂う気配の匂いは、学校で一度壁越しに感じたサーヴァントのそれ。街での魂喰いを調べにいった時に感じたそれ。

 教会の結界は特殊で防御性では無く、感知性に優れている。ちょっとした魔術干渉で直ぐに崩壊する結界を幾重に張ることで、干渉された瞬間に破れ士人に知らせる仕組み。敵意を持った魔術師が入っただけでも壊れるので物凄く脆い。時間が立てば勝手に治るのであるが、壊れれば教会の主である神父に知らせる設定で作られている。その結界を少し変質させるだけで侵入する腕前は人間の魔術師のレベルではない。砂で出来た扉を開ける様な真似と同じなのだ、それは。よって変質した結界から考えれば魔術師の腕を考えれば恐らくキャスターだと予測でき、士人自身も外から僅かに感知した気配によりキャスターの襲撃と判断した。

 だが、アサシンの気配はゼロであった。気配遮断をしていたとも考えられるが、教会正面を目視出来る位置にいながら門番として欠片も存在していないかった。番犬が仕事ならば士人を目視でき、討ち取れるかもしれないのにアクションは何一つとして無し。中にいるとも考えられるが、柳洞寺で門番をさせていたサーヴァントを今更中に入れるのも都合が合わない。

 

「………(と、なるとだ)」

 

 冬木を散策していたギルガメッシュからの情報提供。アサシンは山門に契約されたサーヴァントである事が判明している。そこから、キャスターが本拠地を移動した事で今はフリーのサーヴァントであるのが判った。

 土地と契約させられたアサシンらしきサーヴァントは一人山門に残され守るべき対象なく死を待つのみ。マスターは存在せず、契約者と思われるキャスターは今尚教会に立て籠もり中。そして柳洞寺はがら空き状態。

 

「―――…………………(しかし切ない話だ、全く)」

 

 今の時刻は夜。言峰士人は月明かりが照らす道路をオートバイで走り風を切る。

 彼は今日一日を心地よい風に当たりながら振り返る。昼間は監督役としての仕事で大忙しであった。教会が敵対サーヴァントに襲われ、聖杯戦争監督本部が占拠された。これはかなりの大事であり、両キョウカイのスタッフらへこれからの対応に追われ夕方まで大忙しだったのだ。

 取り敢えず教会への出来事はその日に終わらせたが、本格的に聖杯戦争へ監督役自ら干渉するために情報を集め整理する必要がある。今日の半分はその為に潰れたと言って良かった。

 

――ブロロロロロロロロ………………――

 

 刻は深く街は闇が満ちる。士人は夜道を走り続け、目的地に到着しバイクを降りた。

 

「……さて、と」

 

 愛機を歩道の奥に停車させる。神父が来た所は冬木の街で真反対に位置する場所、そこは柳洞寺であった。彼の目の前には長々と寺の山門へと続く階段。

 ―――天に浮かぶ月は明瞭と闇に映える。

 草木だけではなく風すらも眠り就いたのか、耳が痒くなる程の静寂が場に満ちる。夜空に映し出される雲はユラユラと流動、それでもここ柳洞寺は揺れる風すらなく、静謐としていた。昼間でも人通りの少ないはずのそこは、今宵より二人の客を迎えていた。

 山門に背を預けた陣羽織の青年―――英霊の姿。

 山門へ歩き続ける神父服の青年―――人間の姿。

 侍は時代がかった雅な雰囲気を纏い、身の丈ほどの日本刀を肩に担ぐ。彼は山門に佇んでいた。一本に結わえた髪は背中を垂れ、静かな瞳にはどのような想いが宿っているのか。

神父は特に気負う雰囲気もなく悠々と階段を上る。法衣を揺らしながら真直ぐに欠片の迷いなく足を進める。首に下げている形見の十字架が月光に当たり煌き輝いていた。

 ―――カツン、と階段を上り終えた音。

 月明かりが照らす階段は幻想的であり上の山門が良く見えた。ここは敵地だ。士人はそのサーヴァントの正体を知らないが、ここに“いた”サーヴァントは監督役と言えど容赦なく殺しに掛る魔女である。その凶悪性と凶暴性は、それこそ冬木程度の大きさの街一つくらいならば、そこに住まう人間を皆殺しに出来る力を持つ程だ。だがその魔女はもういない。ここにいるサーヴァントはただ一人、マスターもなく消滅を待つばかりの青年だけ。

 

「―――止まれ。ここより先はお主を通す訳にはいかぬ。

 …………と言うのが本来の役目なのだが、もはや今の私にとっては如何でも良いコトよ」

 

 山門に響く笑い。皮肉気と言うよりも何処か投げ槍な声。

 長い階段を上り切り、神父の前に現れたのは長髪の侍だった。月光が夜に輝く山門に佇む彼は雅とでも言えば良いか、常世の人間には出せない神秘的な雰囲気だ。

 

「見捨てられたようだな、サーヴァント」

 

「――………ああ、全くもっておぬしの言う通り。

 女狐に召喚され、門番をしろと強制され、挙げ句見捨てられた哀れな道化。………今の私はそんなところだ」

 

 何と言うか、物凄く自棄っぱちな感じだった。

 雰囲気的には飄々としたイメージを受けられるが、彼の言葉は何処かトゲトゲしい。眼前の神父に対する敵意と言うモノよりも、自分が今置かれている境遇をかなり不快に感じているようだ。

 

「―――単刀直入に言おう。お前、俺のサーヴァントにならないか?」

 

 言峰士人はアサシンへ要求を直球で話す。月が輝く夜の中、その夜の闇より暗く深い黒眼がアサシンを見詰める。それを聞いた青年は呆気にとられた顔を見せた。彼は驚愕の顔さえ雅であり、暗い闇の中でさえ風流を失わない。

 

「―――……………ほぉ、それはそれは。

 サーヴァントとして、お主のその言葉に何と答えれば良いのやら……………」

 

 刀の先を揺らしながらニヤリと笑う。それは彼にとって予想外の言葉。戦いの為では無く味方になれと言う、神父の勧誘だった。

 

「お前にはもう、キャスターへの義理は欠片も無い。刀を振うべき戦場は俺が与えてやろう」

 

 その言葉はアサシンのサーヴァント―――佐々木小次郎にとってどんな意味を持っていたのだろうか。

 

「―――戦場…………。

 お主は死合いの場を私に与えると、そう言っておるのか?」

 

「ああ。ここで死を待つだけではお前も退屈だろう?

 聖杯への願いが叶わない今の状況、それに不服を感じているならば俺について来い」

 

「―――――………………………」

 

 ―――シン、と静寂が支配する。

 しかしその静寂も数秒で消え去った。アサシンが口を大きく開けながら童の様に笑い声を上げたのだ。

 

「……クク、くははははははははははははははははっっ!!

 おぬしおぬしおぬしっ! ククク、まこと愉快なことを言いよるなぁっっ!!!!」

 

 本来なら下品でしかない笑い方だが、この男がやれば何故か様になる。神父の前でアサシンは笑う。腹を抱えるアサシンの前で言峰神父はいつもの様に微笑んでいた。

 

「ここまで愉快なコトは生前でもそうそう無かったぞ! あははははははは!!!」

 

 ―――ひゅ~ひゅ~、と冬の寒い山門を風が通る。アサシンは本当に楽しそうにはしゃぐ童の様、まるで新しい玩具を手に入れた雰囲気を持つ純粋な姿。彼の声は風に吹かれ、冬木の街へと消え去っていく。

 

「それで、お前の答えは?」

 

「―――……………良かろう。

 この身は既に契約者に棄てられたサーヴァント。それを拾うと言うのなら、喜んでお主に仕えよう」

 

 ここに新たな主従が誕生する。アサシンと言峰士人が聖杯戦争への参戦が決定した瞬間であった。




 おまけ編
 佐々木小次郎の修行風景


 彼は百姓だった。
 世に戦は無く平穏が淡々と過ぎていく毎日。正直、彼は飽きてしまった。
 家に刀が有った。
 長く振り難い長刀。しかしそんな事は如何でも良かった。刀を視た時に、これを極めてみようと何となく思った。


 刀を振る。


 農作業の合間、闇雲に刀を振る毎日。何を求める訳でも無く、何処を目指す訳でも無く、名も無い農家の倅は刀を振っていった。
 しかし彼は才能があった。世の剣豪ならば、それこそ羨むまで剣神としての絶対の才が有った。
 しかし彼は無知であった。文字も知らず、名前も知らず。自分が持つ天賦の才にも気が付く事はなかった。比べる対象がいないのだから、仕方が無いと言えば仕方なかった。

心を整え、刀を振る。

 田畑を耕す以外にする事もない日常。暇な毎日、一日数万回と剣を振る。
 数の概念を知識として良く知らない彼であったが、田畑を耕す鍬以上に刀を振っていることは分かっていた。そして気が付けば、日が暮れていても疲労することも無くなっていた。短い時間で今まで以上に刀を振れる様になる。
 彼は気が付いていなかったが、もう既に音を置き去りにする程まで剣術を極めていた。長い刃が風をビュンと切り裂く。彼は誰もが認める天才剣術家であり、世に生まれた剣神だが、そんな事は誰も知らず彼自身も全く知らなかった。

 心を整え、刀を振る。

 刀を何をするでもなく振っていると、小さな鳥が彼の方に飛んできた。
 名無しの彼は何となく、その名前も知らない鳥を斬ってみようと思い刀を振ると、いとも簡単と避けられた。もう彼の刀は村の誰もが見切れない芸であったが、鳥には関係ないようだ。

 ふむ。あれを斬ってみるか。

 近くに住んでいる知り合いに訊いてみると、あの鳥の名前はなんでも“つばめ”であるとか。ならばと彼は、燕を斬る事を何となく決めた。

 心を整え、体を構え、刀を振る。

 刀身は音を更に超え、剣先が空気を捻じ曲げるまでに速く振れる様になっていた。しかし鳥は斬れず。どうやら此方の動きを悟り、自分が刀を振る瞬間には既に避けているみたいだ。斬る直前にはもう刃が避けられている。あれを斬るには、斬られると悟られても斬る事が出来る技が必要だ。

心を整え、体を構え、刀を振り、斬り返す。

 故に彼は刀を一振りした次の瞬間にもう一回刀を振って、あの“つばめ”と呼ばれる鳥を斬ろうと思った。今では山に籠もって淡々と刀を振るのが楽しみになってきた。
 そして山籠りを生き甲斐に感じてきたこの頃。田畑を耕すこと以外する事が無い平穏な日々の中、山に籠もって刀を振る事が男の唯一の趣味と言えよう。

 心を整え、体を構え、刀を振り、斬り返す。

 気が付くと、自分の二振り目が同時に出ている奇妙な現象を発見した。面妖な、と思ったがあれを斬るには丁度良い。気紛れで始めた剣であったが、段々と面白くなってきた。彼の剣は進化していき、彼自身もそれが何だか気に入っていた。

 心を整え、体を構え、刀を振り、斬り返し、斬り返す。

 二本だけではつばめを逃してしまう時があった。完成には程遠い。
 彼はそれを如何にかしようと思い素振りをしていると、奇妙な事に三本目の素振りも同時に出ていた。一振り目と二振り目と一緒に三本目が出ている事に気が付く。


 ―――心を整え、体を構え、刀を振り、斬り返し、斬り返す―――


 燕と言う鳥を完璧に斬れる様になった。名付けて『秘剣(ひけん)燕返(つばめかえ)し』と、自分で自分の剣術を呼んでみる。
 戯れに始めた剣術であったが、自分の人生には丁度良い遊びだった。暇で退屈な毎日を、それなりに潤してくれた娯楽であった。彼は刀に会えたことを、自分の人生を共に過ごした相棒へと感謝した。死ぬまで付き合ってくれて有り難う、と。
 ―――名無しの彼は極々普通に死んで逝った。
 昔の人は人生五十年と謡ったそうで、彼はそれより長く生きられなかったけれど、当たり前の人生を静かに終える事が出来たのだった。


◆◆◆

 おまけでした。アサシンの生前を空想してみる。
 人のまま幻想と化した剣術を使う百姓。こう一念通じると言うか、明鏡止水によるヒトの業と言うか。小次郎の剣術を分かり易く言うと、H×Hに出てくるネテロ会長の超進化型だと思う訳です。燕返しの構えを取る時も、セイバーでさえ体感時間を圧縮しまくって漸く見れるような、そんな絶技だと思います。おそらく気が付いたら構えられており、気が付いたら三閃されている対人魔剣。
 生前に刀を数十億と振った事で極めれた技と業。サーヴァント中だれよりも剣に生き、剣術のみを鍛えた唯の人間。誇りだとか、信念だとか、理想だとか、後悔だとか、贖罪だとか、正義だとか、野望だとか、そう言った英霊特有の人生では得られない頂き。無心で在るからこそ究極の剣技。音を超え、風を斬り裂き、世界を屈折させ、鳥を落とす。花鳥風月、特とご覧あれ。佐々木小次郎は良いキャラです。
 そしてアサシンは最強の剣術家でありながら、サーヴァントの中で一番普通な人生を送った男だと思います。多分死ぬ最期の時も、家族に見取られて死んだと思います。それとも山奥でひっそりと独りで死んだのでしょうかね。
 ………小次郎って結婚してたんだろうか? シてたらあの時代なら十代前半で奥さんと田畑を耕して、二十歳になる頃には子沢山なパパさんだったのだろうか。でも見た目的に、村娘さん達にモテモテだったのは違いない。

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