神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 今回ははっちゃけ回。キャラ崩壊に注意です。


外伝6.心の理念

 第五次聖杯戦争より数年前、衛宮切嗣が呪いにより魂を召され数年後。ここは冬木市。200年も不毛に続く聖杯戦争が魔術師の間で伝統行事になった日本の地方都市。

 

 ―――これは少年たちが繰り広げる日常の物語。

 

◆◆◆

 

 

 

 ―――夏休み。

 それは学生のパラダイスだ。煩わしいモノもなく、家で思いっ切り寛ぎ遊べるワンダータイム。そんな時期に中学校に通う学生三人も例に違わず枷を外して遊んでいた。

 今この場にいるのは、衛宮士郎、間桐慎二、言峰士人である。友人同士で集まり、娯楽に興じていた。

 

「ははははははは! 僕はぁ、リボンをおしたい所だねえ。女性は可愛らしく在るべきなんだYOOOO!」

 

「愚か者め、メガネこそ至高。俺の聖書にはそう記されている。つまりはそれがゴッドな意志っ!」

 

「ふざけるな!! ニーソこそ最高のアイテム! これこそ俺のジャスティスなんだ!」

 

「「「……………」」」

 

 沈黙する三人。互いに互いを睨み合う。

 ―――男には譲れない理想が存在する。

 そして今は睨み合う三つ巴の状態。自分以外の男二人は己が意志を愚弄する憎き怨敵なこの状況。だがしかし、負ける訳にはいかない。自分の人生を自分で折る訳にはいかんのだ。

 

「「「プ。ククク、あっははははははははははっ!」」」

 

 思春期真っ盛りな青少年三人。彼らは酒盛りを繰り広げていた。場所は衛宮邸。同じ中学に通う仲良し三人組。遊び人の間桐慎二、お手伝いブラウニーの衛宮士郎、神父見習いの言峰士人。中学校で知り合い、友人となった三人の若者たちの宴会。

 料理は衛宮士郎が殆んど担当し、言峰士人はそれを手伝う。酒の大部分は間桐慎二が持ってきたが、その中には士人が持ってきた一品も少々含まれていた。そして、神父が持ってきた酒は何故か酔いが回るのが異様なまで早く、理性が混濁とし易い魔の酒でもあった。絶対に何か良くないアルコール的成分が入っている。

 

「まあ、お前たちが言うことも解らなくも無い。しかしだな、やはりアクセントとしてはメガネが一番女性を知的に引き立てると思うのだよ、ボーイ」

 

「ふざけるなよ、悪徳神父ソン。女に大切なのは可愛らしさだ!

 その中でちょいと頭に野の花の様に付けられたリボンがより、僕の彼女たちを、可愛いらしく映るのさ」

 

「ふざけてるんのはおまえだ、ワカメン!

 おまえはニーソの良さ欠片もわかっちゃいなぇえイィ。あれがあればな、生足がエロく見えるんだ、うははははあっはあははははは!!」

 

 ダンダンダンッ、と笑いながら缶ビールを机に叩き好ける少年一名。

 

「呑み過ぎだ、衛宮」

 

「大分酔ってんじゃん」

 

 宴会の中、一番ぶっ壊れているのはここの家主である衛宮士郎その人であった。普段では考えられない言動、何処か聖人じみていた彼は場末の酔っ払いに変身してしまっていた。悪酔いである。

 まあ慎二も士人も十分に酔っ払い精神で理性の箍が外れ、発言がどんどん過激になっているこの状況。雰囲気はどんどん酒気に呑み込まれていく。

 

「それとさぁ、ワカメン言うなよ。スパナ妖精ジャスティスブラウニー。

 女の子ぉにはなぁあ、ヒック、愛でるに値する、心を擽る可愛く映える何かが大切なのSA!」

 

「異端海藻は世界を解っていない。

 いいか、エロスと理性は互いに密接している。理性あってこそ本能、人間の性衝動はより激しく進化する。そしてメガネこそ、最高のエロアイテム。

 ガラスの底に映る潤んだ瞳がな、俺達男共の理性を一撃必殺するのは必然と言えるだろうっ! ………ひっく」

 

 酒に呑まれた雰囲気の少年神父は、さらにアルコール度数がアホみたい高い酒を一気に胃へ流し込む。それはそれは危険な程、彼はたくさん流し込む。

 

「神父神父神父、おまえは歪んでいる!

 女の子はね、可愛く在るべきなんだよ。それはエロ道の中でもとても大切なのさ。あと胸もあれば言うコトなしだね、ひゃっははははは!!」

 

「この馬鹿。胸より足に決まっているだろ?

 ニーソこそがエロの中のエロっ、男の希望なんだ! スラリと伸びるそれに適うトキメキは他に存在しない!! おまえたちは何もわかっちゃいない!!」

 

「俺は表情だな。顔は心を写す鏡、過剰な刺激に耐え忍ぶ様は人と言うモノをとても正しく表現する」

 

 剥き出しの情欲。色々と本音を大暴露。後戻りはもう出来ない。

 アホ三人組は手元にある酒を一斉に呑み込む。そしてさらに場は酒気に呑めれ混沌度合いは際限なく上昇。ああ、素晴しきは酒の魔力。

 

「故にだ。裸に一品添えるならば、メガネこそ相応しい。それはより女性の顔を引き立てる」

 

「―――はっ。リボンだよ、それが可愛らしさをより引き立てるアイテムさ」

 

「二人ともそんなのは間違いなんだ!

 ――――裸体に一番合うのはっ、生足なニーソに間違いないんだ! この思いは間違いなんかじゃないっ!!」

 

 それを聞いたワカメン……間桐慎二は哀れに泣き声を上げて屠殺される豚を見る様な眼で、目の前でクビクビ酒を飲む友人―――衛宮士郎みたいな酔っ払いを見た。三人が語る今の話題はつまるところ、女性の裸に一番合う物は何なのか、と言う酔わなければ真剣に話せない様な下らない、しかし酔っちゃてる三人には真剣なコトを討論していたのであった。

 

「これだから幼女(ロリ)の味方は。何にもわかちゃいないね。

 貧乳好きなエミヤシロウでは理解を求めるだけ無駄だったみたいだよ、残念無念再来年。君に明日は届かないよ、イィヒヒャハハハィイヒヒイオオーーーー!!」

 

「クックク、確かに。幼女偏愛者などと言う、ひっく、生足好きな罪深い大罪人は、クククヒック、ニーソにでも溺れていれば良かろう………Amen.」

 

「んだとう! ひっく、腐れ外道神父が。て言うか俺はロリじゃないしっ、オウ、貧乳だけが好きなわけじゃないっ!! 

 おまえらには正義の鉄槌をっ、いやジャスティス生足ニーソの鉄槌を下してやるッ!!!」

 

 士郎が焼酎をラッパ呑みする。それを聞いていた士人もウイスキーを一気呑みした。慎二も酒をがぶ飲みする二人に釣られ、ワインをガブガブ呑み始める。

 もう止まらない。酒気はさらに濃くなり、宴を夜が深まる程もっと加速していくこと間違いなし。

 

「クックック、良いだろう。では、このGameで決着をつけてやる!」

 

「マ〇オパーティか、いいね神父。一番負けは腹踊りだ!」

 

「ふっはっははははははは! うっしゃー、やってやる! 掛って来い!!

 俺のマリ〇がっ! ワカメンと暴力神父が操るル〇ージとワ〇オ程度にっ、負けるわけがないッ!」

 

 そう言った士郎は高笑いを、ハッハッハッハ、とゲラゲラ上げながら焼酎の後にアルコール度数30オーバーな日本酒を口へと流し込んだ。つまみもバクバク食べながら爆笑している。そんな初めて本格的な飲酒でぶっ壊れている友人を見ながら、慎二と士人も酒を飲みながら魚のフライをサクリと頬張る。そんなランチキ騒ぎも宴会の肴と言いたげに。

 ……実にカオスだ。

 箍が外れた酔っ払いどもの典型的な宴会のカタチがここには存在した。

 

「―――……(でも、凄いぶっ壊れてるね衛宮は。言峰の方はハッチャけている様で壊れていないし)」

 

「―――……(衛宮が大分壊れてきたな。間桐の方はまだまだと言ったところ。まあ折角の酒の席なのだ、トコトン呑んでトコトン騒ぐ事にしよう)」

 

 

 そんなこんなで男どもの酒盛りは進んで行った。

 

 

◆◆◆

 

 

「僕……は、ワカメ……じゃない。うぅうう………糞、蛆蟲め―――」

 

 むにゃむにゃと寝言を言う少年――間桐慎二。意外にも一番初めにダウンしたのは彼であった。言峰はともかく酒に慣れていない衛宮より先にぶっ倒れたしまった。今の彼の姿は悲惨の一言。真夏の夜に上半身裸となり、腹部には歪んだ顔が描かれている。

 

「悪夢でも見ているのだろうか、おまえは如何思うMr.ジャスティス?」

 

「……うるさい。こっちは頭が痛いんだ、これ以上頭痛の種を突かないでくれ」

 

「わかった。俺はもう何も言うまい」

 

 アルコールで火照った体を冷ます為、夜の風に当たる士郎。隣には酒が入ったグラスを片手に持つ神父が一人。

 

「…………はあ。

 こんなに笑ったのは何時ぶりなんだろう、おまえはどうなのさ言峰?」

 

 彼は苦笑いを浮かべる。二人が座る縁側は三日月に照らされ夜の美しい闇を造り上げていた。士人はそんな言葉を受け酒も体中を廻っていたからか、深く深く自分は“笑う”と言う機能を失っている事を改めて思い知らされた。

 

「―――さあな。だが、笑う、と言う行為を果たして何処まで自分が行えるのか、少し不安になってきた」

 

「………?

 良く解らないが、おまえは楽しそうに酒を飲んで笑ってたぞ」

 

「それならば、それで良い」

 

 月に照らされる神父の表情。如何してか、士郎は言峰士人の顔が何時も以上にツクリモノの人形に視えてしまった。彼の笑顔は何処か空っぽだと前から何となく感じていた士郎だが、今日のそれはいつもより能面的。

 

「おまえはさ、火事以来なにかを本当に笑えたコトはあるのか?」

 

 衛宮士郎は言峰士人が自分の生き残りの同胞であると知っていた。地獄が生み出された日、あの区域で生き残っていたのは自分と目の前の神父だけ。そして自分と同じで地獄から助けてくれた人間が養父になっていることも、だ。

 

「―――実は一度も。

 世界に実感が消えてしまった、と言えば良いのか。………苦しいとか痛いだとか、そう言った心の感触もいまいちワカラナイのが正直な現状だ」

 

「――――ああ、そうなんだ。……じゃあ俺と、大して変わらないんだな、言峰は」

 

 ……意外な一言。

 言峰士人から見れば、衛宮士郎は如何しようも無いほど歪んでいるとは言え、感情が無い様にはとても感じられない。苦しいと言う実感さえ失くして、生きているとは思えなかった。

 

「それはまた、如何してだ? あの出来事は死ぬまで自分たちの地獄で在り続けるが、それとこれとは話が違う。

 確かに今は過去からの繋がりで造られるが、未来は今から造っていくモノ。お前はしかりと前を向いて歩いている様に見えたのだが?」

 

 衛宮士郎は生きる目的がある人間だ。士人はただ生きているだけの人とは違い、命と死を含めた己の全てを掛けててでも成し遂げたいモノがあるニンゲンだと、士郎のことをそう考えていた。師匠と同じように目指すべき何かを持つ存在。自分の到着点を定め、その未来を目指そうとする人に今を生き抜く実感がない訳がないのだ。

 そして、士郎の前に在るそれは『死』なんて呼ばれる物かもしれないが、それでも衛宮士郎は今を大事に生きる事が出来るヒトである事は間違いない。人と心から笑い合う事が出来る機能をしっかりと持っている、言峰士人と違って。

 

「――――……前、か。

 正直なところ、理想は有れど道は見えず、と言った感じかな。自分の選んだ、自分が憧れたモノにまるで届きそうにないんだ、今のままだと」

 

 ここに座ると士郎は思い出す。その時は今の三日月が輝く夜では無く、満月が綺麗な夜空の日。

 火事の出来事から衛宮士郎は生きている実感が余りにも薄い。彼は一度、己の死を認めてしまっている。だからこそカタチを得ることが出来たのはあの日の夜からで、それをカタチにする為の定まったイメージも今はない。

 今ある現実は足が地に付いていない様な、そんな不透明でアンバランスな生き心地。

 

「それは苦悩か、衛宮。俺はこう見えても神父見習いだ。話なら気にせずしてくれても構わないぞ。

 ………それになんだ、今ここは酒の席。隣に座っている酒に酔った友人の愚痴を聞くのも、娯楽の内だろうて」

 

 優しげで心に染みる声。人の荒みを癒すような笑顔。

 そんな神父らしい人格者の雰囲気を出しながらも、他人に対してのみ勘がとても鋭い衛宮士郎は前にいる友人から怪しさを取り除くことは出来なかった。だが、その雰囲気が自分にとっては逆に親しみやすい。この男の言葉に嘘はないのだと確信出来る。

 初めて知り合った時から他人の気がしなかった友人。偶には男友達に悩みを聞いてみるのもいいかも知れない。

 

「―――………正義の味方ってどう思う、言峰?」

 

 真剣な顔。剣の刃のように鋭い目。本人に自覚は無いだろうが、射殺す様な眼光を放っている。

 士人はそれを見て悟る、この男は本気でそんなモノを心に抱いて生きているのだと。強過ぎる、ただの人間には不可能なほどの輝き。己の師匠にも似た強靭な意志の発露。

 

「正義の味方? ふむ、何と言えば良いか………。

 それは医者や警察のような職業では無く、国境なき医師団のようなボランティアでも無く、その“正義の味方”と言うそのままの意味でか?」

 

「おう、聞いたままのイメージで」

 

 そうだな、と片手に持つグラスを傾ける士人。空を見上げ風に当たりながら考え込む。

 

「………夢、だな。子供が抱く純粋で汚れがない、透明な夢」

 

「―――夢?」

 

「ああ、夢だ。正義の味方を、無償で人を救う存在、とここでは定義しよう。人によっては解釈は変わっていくが、概ねその様な象徴だろう」

 

 それを聞いた士郎は頷く。相手に何かを求めること無く命を助ける存在、己の手で他人を幸せにすることが出来る理想。それが衛宮士郎の理想であり、夢に見る衛宮切嗣の姿でもある。

 

「それはな、誰も実現する気が起きない、自分の人生を棒に振る行い。

 モノとなる益を求めもせず無償の人助けを自分の生涯にするとは、今ある己の日常を捨てると言う事だ。確かにその行いに喜びや、人助けで幸福感を得られはするだろう。しかしそう言った行い成すと言うコトは、平穏な幸せを求めず投げ棄てる行為である。

 そして力で弱者を救う正義の味方には、倒すべき悪が必要だ。他人を助けたいと思うコトは、知らない誰かの不幸を求めること。人が正義を成すには、救うに値する悲劇が必要となるのだからな」

 

 真剣には真剣で応える、一切の手加減なく。それが言峰士人の自然な在り方。

 

「……違う。そんなのは、絶対に違う」

 

 断じて違う、と彼は反論する。そんなんじゃまるで狂人が抱く夢想と変わらないじゃないか、と士郎はそう思った。

 己が善を成す為に自分を捨てて、己が正義を成す為に不幸を捜して、己が理想を成す為に悪を倒す。しかしそれが正義の味方だと、目の前の神父は言う。

 

「違わない。お前の話す“正義の味方”とはそう言う存在だ。

 お前の内心を俺が正確に知っている訳では無い。しかし言葉通りに正義の味方とは、己の正義、己の理想、己の執念、そう言った自分の身の内に存在する“何か”の為に戦い続ける者の事だ。内にあるそれらが何で、どの様な原因で生まれたかは関係ない。

 自身の中にあるものは本人自体が優劣平等を定めるべきこと。他人の命や幸せ、世の中の平和など言い訳に過ぎない。自らの望みを果たさんする理由でしかない」

 

 言峰士人は自分以外の為に命を掛けて人を殺す者どもを良く知っている。自分の内にあるモノ、大義、殉教、贖罪、正義、復讐、理想、信念、等々ソレを顕す言葉は良くも悪くも腐るほど存在する。これらは言ってしまえば、ただ普通に幸せな人生を生きる為に別段要らない不必要なことが殆んどだ。生きたい、幸せになりたい、と言うヒトの願いとは別種の願望。己が置かれた環境による生存の為の営みではなく、己の意志で己の生命を掛けて殺人を営む輩が抱く望み。

 衛宮士郎の語る“正義”の味方――――正義なんてモノは彼からすれば、人が抱く殺人動機の一つに過ぎない。正義の為、正義に不都合な存在は善悪関係なく死を与える魔法の言葉。まぁこれは極端な話だが。

 だがしかし、特にそう言うのモノは戦場で人々を死に追いやる死神だ。ヒトが個々に抱く、正しいと考える己の義。言葉の意味は同じであろうとも、一人一人で話す言葉の重さも価値を内にあるソレらは変わってしまう。

 

「―――……それ、は」

 

 それは世界を知っている者、現実を実際に見て学んだ者が持つ言葉の現実感(リアリティ)

 言峰士人の言葉は只管に重い。語り掛ける対象の心に重圧を掛ける。それが本当なのだと、実際にそうなのだと精神的に実感させる呪いとなる。聞いてしまえば心に染み込んでしまう泥の如くそう思わせる。

 

「否定は出来まい。何かを成したい、と言う気持ちはそう出来ているのだから。

 ―――全ては己から始まる。

 何を求め、何を行い、何故その望みを抱いたのか。

 ゼロから生じる自分の思い。お前は自分が感じたソレの為に、正義の味方を目指すと心に決めたのだろう」

 

 

 ――――憧れた。始まりは憧れだった。

 

 

「………ほら、その呆けた顔を見ればわかる。どうだ、悩みは解けたかな衛宮。有意義な話になってくれたのなら、俺としても有り難い。それに恥かしい事を語ってしまったしな」

 

 自分は正義の味方―――衛宮士郎を救った衛宮切嗣に憧れていたのだ。憧れて憧れて、そして正義の味方を理想に求めた。

 

「………ま、少しくらい」

 

 拗ねた雰囲気の士郎。友人の神父は苦笑を浮かべながら話を続ける。正義の味方に成りたい、とは一言も漏らしていなかったが、どうやら思いっ切りバレていたようだ。酒が入ってからとは言え、少し口が軽くなっていたのかもしれない。

 

「言って置くが、俺はお前を否定する気など欠片もない。

 それにな、結局のところ自己の望みを叶えるには努力あるのみ。そもそも衛宮が抱く夢の善悪正誤の結論はまだ先の話。

 自分が理想に成り果てて、その時に自分自身の事を如何思うのか。それが自分の思いの答えとなるのであろうな」

 

「……なんだそれ。結局おまえは頑張れと、そう言いたかっただけかよ」

 

「まあ、その通りだ。何を成すにも力が必要だからな、強く成らなくては話にならない」

 

 それに理想とはそう言うモノだろう、と彼は最後に呟く。

 士郎は何を想いソレを目指すのかと、士人により強く改めて認識し直しただけ。この愉しそうな男が自分の信念に迷わないよう、言峰神父は言葉を掛けた。

 正直な話、言峰士人は同類であり同胞でもある衛宮士郎に期待しているのだ。心の底から本気で理想を信じる歪んだ形、果たして何処まで志を貫き通すせるのかと。

 

「初心を忘れずに、というコトか。

 迷った時は始まりを振り返えってみるのも、案外いいかも知れないな」

 

「そうだな。原点は大切なことだ」

 

 先は見えない。答えは得られないかもしれない。

 しかし諦めてしまえば、今までの全てが無駄に終わるのだけは確かなことだ。あの時に抱いた思いが無価値な感傷に変わり果てるのは確かなコト。

 

「―――……言峰はさ。何かないのか、そう言うコト?」

 

 酒を横で飲む友人に正義の味方見習いは訊いてみた。内心を他人に語らず、いつもニコニコ笑顔を浮かべているこの男の話も聞いてみたいと思ったからであった。

 

「……有ると言えば有る、のだろうな」

 

 途切れの悪い返事。

 

「へえ、どんなコトさ?」

 

 ふむ、と悩む素振りを見せる。予め準備していなければ、自分の心を言葉にするのは難しいものだ。

 

「―――――娯楽、かな」

 

「………娯楽?」

 

「そうだな。娯楽、と言うのが一番合っている。

 それか求道とも言っても良いが、言峰家の神父で在る自分はもう実践しているからな」

 

 神父が放った“娯楽”と言う言葉。果たしてどんな思いで士人が吐いたのか解らないが、士郎の記憶にその声は残ってしまう。

 

「むぅ……娯楽、ね」

 

 士郎はそういった後に縁側に持って来ていた日本酒をグイっと一杯呑み込んだ。

 

「そう、娯楽だよ」

 

 士人も新しく注いだ酒をゴクリと飲む。

 

「なあ言峰、おまえにとって娯楽ってのはさ、一体なんなだ」

 

 娯楽と言っても何を楽しみ愉悦の元にするのかで内容は大分違ってくる。それは自分が目指す理想も同じこと。正義の味方だった親父の姿を求めるよう、この男が何を求めて娯楽とするのか。そんなことを衛宮士郎は気になった。

 

「何とはまた、娯楽とは愉悦となる物事のコトだろう」

 

「愉悦っておまえ。……じゃあ何が楽しいとおまえは感じるんだ?」

 

「―――人の業とか、だとは思う。

 神父で在る故、他者の内面を理解する事や、人が何故そう在るのか研究すべき事でもあるが、それは個人的な愉しみでもある」

 

「………業? (カルマ)ってやつか、それ」

 

「ま、その様な事柄だな。様々なヒトの姿形、彼らの営み、それらの観察と干渉。俺が神父となって神に仕えるのはそれが愉しいからだ。人への興味から神父と成る事を俺は心に決めた。

 迷える心を切り開いて関わること。つまりはそれが愉悦であり、自分自身にとっては娯楽の一つと言えよう」

 

 酒がまわっているのもあり、上機嫌に己の内心にある考えを話す言峰士人。隣の友人は難しい顔でその話を聞きている。

 日常に溶け込んでいる普段の彼であれば、娯楽だとか愉悦等と言った直接的な言葉を使わず、もっと遠回りで綺麗な言葉を用いるだろう。しかし、こと相手が衛宮士郎であり、本人は神父に隠しているが魔術的な側面を理解出来る精神の持ち主であれば、神父は隠す事なく言葉にした。先程までの正義の味方に対する考え方もそうであり、本気で正義の味方を目指している衛宮士郎と言う異常者相手だからこそ、彼も言葉に重みを与えた。

 

「俺にとって、精神解剖(ヒトダスケ)とはそう言うモノだ。

 他人の中身を知ることが出来る大切な行為。それに神父である俺が無償で人助けをするのは至極当然なことであり、周りの人間も疑問を抱くこともない」

 

 自分の理想には相容れない倫理。

 ―――人間に興味があるから助けると言うソレは、偽善にもならぬ慈善である。

 

「人の事を言えないけど随分と歪んでるぞ、おまえ」

 

「お前が言うな衛宮。地獄にいるのはお前も変わらないコトだろう」

 

 むむむ、と睨む正義の味方。ははは、と笑う求道の神父。

 この二人によって三日月が照らす夜の縁側は奇妙な空間へと様を変えていき、酒気も混ざることで混迷具合はさらに上昇する。

 ―――と、その時、彼ら二人の背後からゴトリと音が鳴る。

 

「……うぅう。ここは何処、僕は誰?」

 

「典型的なボケは要らんぞ、間桐」

 

 ムクリと、腹に落書きされている少年が物音をたてて起き上がる。背後から死者っぽくなっていた上半身裸体のワカメと渾名される不運な少年が目を覚ましたのだった。神父は取り敢えずツッコミを心やさしくも入れて上げた。

 

「ナイスつっこみだ、外道神父。衛宮じゃこうはいかないからね」

 

「照れるではないか、陸型海藻。衛宮はノリが良い方ではないからな」

 

「……オイ」

 

 

 親指を立て合う馬鹿二人に士郎は一声掛けた。

 夕方から騒いでいたのだが、せっかくの馬鹿騒ぎだ。夜もまだ明けず、宴はまだまだこれからなのであった。




 飲み会でフィーバーしてしまったのは、神父が自作の酒を持ち込んだのが殆んどの原因です。この時はまだとある魔女とそれなりな付き合いが続いており、色々と試しに様々なモノを製作していました。

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