神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 外伝が終わりましたので、おまけを付けておきました。宜しくお願いします。


21.無念無想の無道

 ここは工房。魔術師が研究に没頭する魔窟である。魔術師が魔術の腕前自体を鍛えるところでもあり、自身の命題に挑む聖域でもある。

 

「―――――――」

 

 魔術師、言峰士人。魔術研究のテーマは概念武装と魔術礼装の開発と改造。

 投影魔術師として投影速度や投影品の精度、それに投影魔術の魔力燃費なども鍛えているが、それは投影魔術師としての基本である。

 固有結界を大元とする彼の投影は、使用魔力量や創造物の精度は極限まで高められて当たり前。何よりも重要なのは、自己暗示による絶対的な認識力、時間を停止させる程の集中力、そして世界に欠片も屈しない意志の力だ。自己の意志のもと、己が思念により内界より神秘を具現化する。いうなれば士人の投影は自分の意思そのものと言ってもいい存在だ。

 

 ――心象風景から産み出される魂の欠片こそ、言峰士人の投影魔術である。

 

 だが、固有結界とは魔術師としての到達地点だ。固有結界を彼は只管に鍛え、極めていったが、それは魔術師としての研究ではない。

 故に言峰士人の研究テーマは概念武装と魔術礼装の開発となった。

 固有結界による複製ではなく、自分という存在自体が起源となる武装の開発。投影による創造だろうが、自分の手よる創造だろうが何も変わらない。物を作って造って創り上げ、オリジナルを存在させる。それを研究者として自分の命題と士人は定義した。つまりは、節操の無いクリエイターであることが魔術師としての言峰士人の在り方だ。

 その為か、武装職人(ウェポン・スミス)、などと師や先輩から呼ばれたこともある。

 

「………(――――仕方が無い、か。流石に聖杯戦争中は研究に専念出来んからな)」

 

 神父の工房は教会の地下にあり、そこにある礼拝堂のさらに奥にあった。この場所はかなり拡張され広々とした空間を有しており、入る時に通る礼拝堂より大きい造りとなっている。昔は火事の同胞らがギルに喰われていた場所だったが、場所をとって邪魔になった為、この教会から消えて貰った。

そもそも受肉したギルガメッシュはこの世界にしかりと肉を持ち、一つの生命体として存在している。なので現世に対する依り代もいらず、マスターからの魔力補給の必要性がゼロなのだ。生命活動を行っていれば魔術師と同様、自然と魔力を生成する。食事をし、睡眠を取り、生命活動を行えば、サーヴァントとは違い現世の人間と同じように生きていける。

 

循環(バース)始動(セット)

 

 

 呪文を唱える。そして今夜もまた、彼は魔術の鍛錬に没頭する。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2月7日

 

 

 朝日が昇る。実に清々しい朝の風景だ。洗濯物を干すには丁度良い日差し。ライダーと間桐慎二が起こした騒ぎから一日。彼はその後始末に追われた夜を終え鍛錬をした後、次の日の朝を迎えた。むくり、と唐突に甦った死者のような感じで言峰士人はベットから起き上がる。

 

「………睡眠不足、だな」

 

 これっぽっちも眠そうな表情を浮かべずに彼はそう言った。眠気をとばす為に、態と言葉を声に出す。

 朝は忙しい。

 鍛錬に洗濯に朝食の準備があり、そして朝のお祈りもあるのだ。せめて洗濯や朝食を掃除のように、使役霊にさせることが出来れば結構楽になるのだがそう言うわけにもいかなかった。

 まあ、ギルガメッシュの財宝の自動人形を使えばそう言う事も出来なくもないが、他人任せの自堕落な生活は神父として実に好ましくない。それに秘蹟には信仰心が大切になるので、自堕落な生活を送ると代行者として非情に拙いモノもあった。神よお許しを、と言っても果たして王様のお宝に依存する神父に神の慈悲が有るのかと言う問題だ。

 

「(代行者で神父と言うのも面倒なことだ。酒も基本的にワインくらいしか呑めんからな。……ウォッカのような濃い酒が本来なら好みなのだが)」

 

 別にワイン以外の酒も飲んではならないと言う規則はない。しかし神の血であるワインの方が、代行者である士人には効率が良いのだ。

 それに試しに造ってみた概念が積もる年代物のワインを儀式魔術で加工してみれば、かなり上物な葡萄酒になった。飲めば魔力を回復し、秘蹟の触媒としても良い出来であった。

 

 昨晩も寝る時に、葡萄酒を呑んで神父は床に着いた。

 

 人生は本当に儘なら無い。ただ生きるだけでこれだけ苦しい。地獄とは案外、目に見える所にあるものだ。実際に学校では地獄が再現されていた。

 ――もっとも生きる苦痛など、言峰士人は欠片も感じたことがないのであるが。

 首を、ヤレヤレ、と左右に振り、コキコキ、と音を鳴らす。今日も監督役で忙しい言峰士人が送る聖杯戦争の一日が始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 庭での鍛錬。我流と化した中華拳法の修練を終え、今から双剣の鍛錬を始める。

 士人が得意とする近接戦闘の手段は、一番に双剣、二番に格闘、である。剣や槍などの他の得物での戦いは、基本的に同じ程度の腕前である。

 それと弓術や黒鍵などの投擲技術は、士人にとっては徒手での戦闘と同じ位の扱いやすさを持っている。黒鍵は色々とバリエーションを持たせられる便利な概念武装で、魔に有効であり投影の燃費も良い。そして弓術は投影との相性が良い武装で、弓は投影魔術師としての魔術礼装でもあるので鍛えれば戦闘が効率的になる。

 

「――――――」

 

 神父は無言で、二本の同じ形をした剣を振る。

 士人が降っている剣の銘は悪罪(ツイン)。彼がもっとも頼りにしている得物であり、鍛錬でも模擬刀の類は使わず真剣だ。

 悪罪(ツイン)の形は歪であり、まるで悪魔みたいな雰囲気を持つ。鉈みたいな刃を持ち、命を奪う為だけに造られた、そんなイメージを浮かばせる剣だ。強いて言えば、大陸の剣に似ているだろうか、鍔は無く、刃に棒がくっついただけみたいな物だ。だがまあ、それで黒い刃と黒い柄の間には、灰色の鍔らしきものがあり、そこには血管のような赤い線が通っている。柄頭も鍔と同じ感じである。

 如何見ても、神の下僕たる代行者が持つべき聖なる剣には程遠い。しかし、言峰士人にはこの剣が一番自分に合う武器であり、投影魔術で造られたこの剣は言峰士人の為に産み出された存在なのだ。代行者には似合わない剣ではあるが、言峰士人にこれ程似合う剣はこの世に存在しないだろう。

 

 神父は双剣を振り、体を動かし続ける。

 

 静動の二極を操作し緩急が付いた剣の軌道は、正しく変幻自在。

 初動の初速にて限り無く最高速に至る動きは、正しく電光石火。

 

 ―――そこに在るのは、無心で鍛えられた無念無想。

 

 優美さなど欠片も無く、一切の華が無い剣術。彼の剣には泥に塗れた無骨さだけがある。だからこそ彼の剣術は、何処までも透明な剣技であり、底なしに奈落の如き強さが宿る。ただ果てし無い程、巧みな業であったのだ。

 だけどまだまだ発展途中。完成には程遠く、自己の究極に至るにはどれ程の鍛錬と経験を積む必要があるのかさえ、今の段階ではまるで視えない。

 だからこそ、日々鍛える。技を修める。業を極める。塵も積もれば山となる、と言う言葉がこの日本には存在する。彼の剣術もそれに当たる。それは本当に果てし無いことで、強くなるのなら積み上げていくしかないのだ。

 

「―――――すぅ~……はぁ~……」

 

 数十分間、一秒も休みも無く体を全力で動かし続けた。体が求めるままに休息を取る。ゆっくりと吸う朝の冷たい空気は、体に酸素を循環さえ、筋肉を癒していく。

 

「すー、フゥ~~~(さて、と。今の自分は忙しい監督役だ。鍛錬に没頭し過ぎるのも疲労が溜まり、色々と拙いだろう)」

 

 修練も程々にすることにした。朝の教会は聖杯戦争中でなくても大変なのだ。

 

 

 で、時は朝食。

 教会の食卓にはギルガメッシュと、ワザとらしく顔に「私、疲労困憊です」と浮かんでいる神父がいた。テーブルの上には、トーストやスクランブルエッグなだの典型的な日本の洋風な朝食である。

がじり、と二人はパンを食べている。

 

「あからさまに疲れた顔をしておるな」

 

「疲れは癒やさないと取れないからな。それにこのような仕事だ、若い俺には身に染みる」

 

 ギルガメッシュが士人に声を掛けた。神父は自分でいれた熱いコーヒーを飲んで、眠気を消していく。その後にまたパンを齧る。

 

「ふむ。聖杯戦争も序盤を過ぎた。(オレ)もそろそろ行動に移ろうと考えている」

 

「そうか。間桐製の聖杯の様子はもう見なくていいのか?」

 

「アレは稼働しておらん。

 ………まったく。あの出来損ないもそうそうに自害して最期を迎えれば、まだまだ幸せな死を己に与えられるだろうに」

 

 間桐桜には聖杯の欠片が植え付けられている。アインツベルンの聖杯とはまた違った聖杯であり、人の体でありながら聖杯としての機能を持つ生贄なのだ。これが起動すると、この世界にとってはあまり愉快ではないことが起きるだろう。ギルガメッシュとしても、偽物の聖杯には嫌悪感しか抱いておらず、この神父はどうでもいいと考えている。……が、今は聖杯戦争中。どうでもいいとは言ってはいられない。

 マキリの動き次第では、此方も何かしらの策を立てなくてはならない。神父は取り敢えず、間桐邸は一度くらいは様子を見に行った方が良いのだろうか、と神父は疑問を抱く。

 

「そう言ってやるな。元は遠坂家の人間だが、今は人喰い虫の人形に造り変えられているのだ。

 身の内に潜む自殺因子など、その精神から排除されていることだろうて。そう言う教育を、間桐桜は地下倉で受けているのだろうからな」

 

「……ほお。あの出来損ないは時臣の娘だったか。クックック、あの男はつくづく道化よなあ」

 

 遠坂時臣。英雄王、ギルガメッシュの召喚主であり、弟子とサーヴァントに裏切られて死んだ魔術師である。その最期はあまりにも呆気なく、言峰綺礼に心臓を刺された絶命した。

 

「……そう言えば師匠の父の、その時臣と言う人物は綺礼(オヤジ)が殺したのか?」

 

「何だ、知らなかったのか、士人。

 我は元々その魔術師に呼ばれたサーヴァントでな、あまりにも下らぬ雑種だったので綺礼を我のマスターに選んでやったのだ。

 そして最期にあれはな、綺礼に心の贓物を一刺しされ、呆気なく幕切れたわ」

 

 士人の言葉に意外そうな表情を浮かべた。その後に、フ、と鼻で笑うギルガメッシュ。

 遠坂時臣と言う魔術師は彼にとって本当に下らぬ人間だったのだろう。神の血の証であるその赤い眼には何の感情も宿されていない。

 

「成る程な。これは面白いことを聞いた(師匠の推測は当っていたわけか)」

 

 衛宮士郎が教会に来た日、遠坂凛が予測したことは当たっていた。サーヴァントを失った言峰綺礼が新たにサーヴァントを従え最後まで戦いに生き残り、サーヴァントを持っていた言峰綺礼の師である遠坂時臣は殺されて脱落した。

 状況証拠と言峰綺礼の人格と狡猾さと強さを考えれば、遠坂時臣は言峰綺礼にサーヴァントを奪われて殺されたと十分に彼の妹弟子である遠坂凛は推測出来たし、養子の言峰士人もそう考えられた。そして、綺礼が凛に所々改竄した過去の話をしている時点でそもそも確定的だった。

 

「ほう。面白いとな?」

 

「ああ。今回は俺の魔術の師、遠坂凛も父と同じアーチャーのマスターとして参戦している。

 そしてセイバーは前回のセイバーであった騎士王アーサー=ペンドラゴンであり、そのマスターは魔術師殺しの養子で俺の同胞でもある衛宮士郎だ。

 ――――これが、これ程の喜劇が、面白くない訳が無い」

 

「ああ、確かに。士人よ、貴様の言う通りよ。今回の聖杯戦争は中々愉しめそうよな」

 

 陰惨に暗い情緒で笑うギルガメッシュ。士人は相変わらず内心がいまいち把握できない笑顔で、コーヒーを飲んでいる。

 

「では、ギルはもう動くのか?」

 

 話を戻す士人。ギルガメッシュの行動で自分も動くことになるこもしれないので、予定は早めに立てておきたい。

 

「取り敢えず今日は出来損ないの観察だな。

 ここまで聖杯戦争が進行しても偽物が稼働しないのならば、我は我の目的を果たす為に行動に出るまでよ」

 

 そこで、ギルガメッシュの目的を脳内に思い浮かべる神父。

 

「確か、アーサー王の受肉だったか?」

 

「ああ。アレで存分に遊ぶのが、今回の目的だ。

 あれ程愉悦に満ちた女はそうはいないからな、折角なので我の妻にしてやるのよ」

 

 士人は学校の雑木林で見たセイバーを思い出す。

 中性的な西洋人の顔立ち。碧眼に金髪で、美しい、とも言えるが、可愛らしい部類の女性だった、と士人は思う。しかしギルは見た目もそうだが、やはり気にいったのは歪んだ精神の方なのだろう。士人もアレを見た時は、苦悩や葛藤を持っている様な、そんな負の雰囲気を感じていた。それに真名はアーサー王と聞く。やはり身の内に溜めこんだ想いはかなり深いものなのだろう。

それに、この英雄王の眼に適う女なのだ。それはそれは愉快な女なのだろう、と神父は再度思考した。

 

「そうか。まあ、手は貸してやるから、必要ならば言ってくれ」

 

 言峰士人としては、珍しく覇気に満ちているというか、いつものダルそうなギルでは無く、やる気になっているギルに手を貸してやるのもいいだろう、と考えていた。

 彼個人としては聖杯を見る事が出来ればそれで十分なのだが、仮にも英雄の臣下なのだ、自分の王様の願いくらいは聞いてやろうと考えていた。

 

「無論だ。貴様は我の臣下なのだぞ。

 ―――我の意志と言葉は、貴様ら神父が崇める神よりも貴く重いのだ」

 

 朝の時間ももう終わる。神父は学生の学び舎へと行き、王は久方ぶりの娯楽の為に活動を開始する。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 学校へ向かう士人。食虫植物の如き雰囲気を持つ気色の悪い結界は既に消えている。今までと比べると、それはとても清々しい光景になっているだろう。

 

「(結界で学校が休校になれば、監督役で疲れた体を休めたものを。あの男は、死んでも使えないな)」

 

 神父に有るまじき死者を冒涜する思考をする士人。だが、ここのところのハードワークで疲労が中々にきつくなっており、正直な話、かなり辛い。

 鍛錬を休んでもいいが、監督役は生活の片手間でやるくらいにするものという認識である。言峰士人個人としては、鍛錬を休んでしまうのは本末転倒だ。つまり本音を言ってしまえば、監督役より鍛錬の方が大切で、良くて妥協するくらいなのだ。マスターとして聖杯戦争に参加するのならば認識も変わってくるのであろうが、監督役と言う見学者に近い立場では習慣を変えるほど気合いを入れる気にはならない。命の危険はあるが、基本的に監督役である限り、命を狙ってくる敵がいる訳ではないのだ。

 

「―――って、また朝から会ったね。おはようさん言峰」

 

 後ろから彼に女性の声が掛けられる。

 

「ああ、おはよう美綴。確かに最近は良く会う様になったな」

 

「……その度に危険な目にあってるけどね」

 

「まったくだ。お前もついてない」

 

「ええ。本当、その通りね」

 

 虚ろな目で青い空を見上げる美綴綾子は煤けた表情で、ハァ、と溜め息が口から漏れだした。それを彼はいつも通りの笑顔で、つまりはまったく気の毒に思っていない表情で、綾子を見ていた。

 そして視線を正面に戻す綾子。その視界には見慣れた二人がいた。勿論士人の視界にもその二人、衛宮士郎と遠坂凛の姿が入っていた。

 

「むむ? あれは遠坂と……衛宮?」

 

 校門の前には衛宮士郎と遠坂凛がいた。少し変な様子だった。

 

「間違いなく師匠と衛宮だな」

 

「手を繋いで歩いてる?」

 

「ああ、まるで恋人同士だな。彼女役の師匠は顔が真っ赤だ」

 

 そして士郎が凛の手を繋いで校門を通り過ぎて行った。

 

「なぜ?」

 

「さあ? 見たままをそのまま理解すれば良いのでは」

 

「―――――そんな。遠坂に恋人なんて、そんな、そんな…ばか、な……」

 

 朝の日差し。

 そよ風が吹く門から校舎までの道。

 そしてお互いの手を繋いで走る男女。

 それは如何見ても、相思相愛な男女であり。それは青春真っ盛りな恋人同士だった。

 

「物凄い形相になっているぞ。師匠に恋人が出来た事がそこまで衝撃的か?」

 

 神父が隣にいる綾子に声を掛ける。美綴綾子は手を繋いで校舎へ向かっていく二人の後ろ姿を睨み付けていた。

 

「……くそっ、衛宮め……」

 

「衛宮? 衛宮の方か?

 全く、訳が判らんな。衛宮を取られたのがショックなのか、それとも遠坂を取られたのがショックなのか……」

 

 言峰の声も聞こえていない様た。彼女に様子はまるで、見たくない現実を見てしまったような、勝ちたかった賭け事に負けてしまったギャンブラーみたいな、そんな雰囲気であった。

 

「……あ。すまないね、言峰。聞いてなかったよ」

 

「あ~、いや。別に構わんさ」

 

 と、自身の思考の海から戻ってきた綾子は今になって気付いた感じで返答する。

 

「で、なにさ?」

 

「いや、ただ、何だ。鬼の形相というか、物凄い目つきで師匠らの方を睨んでいたからな、気になって」

 

 彼は正直に綾子に言った。鬼とは失礼な、と小さい声(それでも神父には聞こえているが)で呟いた後、士人の方へ声を上げる。

 

「………知りたい?」

 

「まあ、気にはなってるぞ、少しだけだが」

 

 それを聞いた彼女は頭の中で考えを纏める。

 

「まあ、そうね。なんと言えばいいのか、うん……簡単に言っちゃえば、あたしは賭けに負けたのよ」

 

 と、遠坂凛とした約束を要約して話した。賭けの内容は乙女心的に秘密である。意味も無くこの神父に喋ったら大ダメージを受ける。

 

「賭け事か。あまり関心はしないな。

 それにもし重いリスクのある賭けをするなら、確実に息の根を止める手段を持たなくてはならんぞ」

 

 これは俺の持論だ、とその後に言って口を閉じる神父。

 

「あははは、まったくその通り」

 

 空元気に笑う綾子。言っていることは物騒だが、士人の言う通りなのだ。

 絶対に勝てるとは思っていなかったが、悪くて引き分けで、欠片も自身の敗北を綾子は想像していなかったのだ。彼女は勝てる必勝の策、あるいはそれなりに勝つ要素を持つべきだった。

 そして、その様子を見ていた士人は、クックック、と悪い笑顔を浮かべる。

 

「男をつくる当て等、お前にはないのだろう?」

 

 その言葉に凍りつく綾子。そんな状態の彼女をニンマリと、それはもう見下して神父は笑った。

 

「―――な!? なんでそれを!?」

 

「当然、お前の親友、遠坂凛から聞いたのだ。もっともその時は、いざと言う時の代役を任されただけだがな。

 ………………無論、俺は断ったが」

 

 世間話の一つとして凛から士人はその話を聞いたことが有った。その時は酒盛り中で、凛の口がとても軽くなっていた。

 そもそも人の恋人役を演じるなど、神父として、と言うよりも人として、バレた時にまことに恥ずかしい。そして100%バレるだろう。こんな恥辱を言峰士人が受ける訳がなかった。

 

「―――笑いたければ、笑えばいいじゃない……っ!」

 

 ちょっぴり涙目になる綾子。なんと言うか、女の子として、とても悔しいかった。

 

「すまないが、もう笑わせて貰ったよ」

 

「~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

 もう声さえでない様子である。そして神父は尚も笑顔を絶やす事無く、ニコニコと笑っている。

 

「この、外道っ! アンタなんか召されちまえっ!」

 

 ビシリ、と神父の方に指を指して声を上げる美綴綾子。

 

「落ち着け美綴。朝の往来で大声など出すもので無い。

 騒音を立てればな、ほら、周りの人から注目を集めることになるだろう?」

 

 くるり、と綾子が周りを見れば生徒たちが声を上げた美綴を、なんだなんだ、と見ていた。

 

「では、な。俺は急ぐ。

 遅刻して虎には咆えられたくないのでな、クックック」

 

 最後に一笑してから校門を抜け、そそくさと校舎へと歩いて行く神父。そして美綴の目には、その背中が笑いを耐えているかの如く、クックック、と震えている様に見えた。

 

「~~~~っ(――――このど腐れ外道神父が!)」 

 

 声を立てず内心で言峰士人を罵倒する美綴綾子。そして、何気にいつも通りの日常だった。彼女も駆け足で校舎へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 ――キンコンカンコーン――

 

 午前の授業も終わり今は昼休み。学校に響く鐘の音を模した音楽が流れる。今や日本の学校では定番になった鐘の音だ。生徒たちは思い思いの場所へ移動する。

 

「言峰殿~。遠坂殿は、遠坂殿は、もう、そう言うことなのでござるか~?」

 

 如何なる時もキャラを崩さない男、フルネームで彼の名前を後藤劾以と言う。

 

「美綴にも言った事だが、見たままがお前の現実なのでは?」

 

「……やはり実際にぃ、そうなのであろうかなぁ。

 昨日の昼もそうでござるし~、今日の朝もあれでござった。衛宮殿の糞ったれがっ!! でござる~」

 

「中々言うな、お前も」

 

 言峰とそれなりに長い付き合いを持つ彼は、前に見たドラマの役者の口調を真似てしまうという重い病気を抱えていた。まあ、この学校なら個性で収まってしまうのだろうが。担任からしてあれであるし、先生も生徒も中々に濃いキャラが多い。だがおそらく、後藤がいい大人になった時、彼は高校時代を思い出すたびに悶絶することになるだろう。

 そんな後藤だが言峰にとっては、衛宮と今は亡き間桐と同じくらい長い間、友人という間柄を続けている人物である。

 

「朝のあの二人を見れば殺意の一億リットルくらい、嫉妬と共に湧き出るでござるっ!」

 

 言峰と後藤の二人は教室で、男二人淋しく昼飯を食べていた。前に食べていた男子生徒二人は学食で食べていることだろう。お弁当組と学食組で今は別れていたのであった。まあ言峰は、いつもこの集まりに集まるわけではないのだが。

 

「そう言うな、後藤よ。折角の青春なのだ、祝ってやるのが人情だろうて」

 

「くっ。拙者はまだ、そこまで悟れんであるよ。無念で、ござる…よ……っ!」

 

 朝、後藤は登校する時に見てしまったのだった。アイドルが一人の男に掻っ攫われるその風景を。それが、その認めたくない現実が、後藤劾以にはとても無念だった。

 

「嫉妬は大罪だぞ、耐えねばならんのだ。それにこれもまた、青春と言う物ではないか」

 

 神父らしい言峰士人。無駄に神聖さが出ていた。もっとも、彼が神父として見習う養父の神父は、人が苦しみ死んでいく姿が大好きな聖人だったが。健常な価値観と真逆の価値観を持つ悪人でありながら、聖職者で信仰深い男だった。士人の神聖さは養父の神父とそっくりだ。心臓を鷲掴みにする妖しさがある。

 

「むむ。何故か、言峰殿から無駄に大きい威圧感を感じるでござる」

 

「ああ、これは態とだ。神父としての人心把握術ってやつだな」

 

「なんでござるか、そのオーラっぽいのはっ!」 

 

「職業柄自然と身につく威厳、まあそれらしき雰囲気といものだな。

 例えるのなら、そうだな。やくざの類の人は自然と他人を畏怖させる雰囲気を纏うし、人に恐怖を覚えさせるのもうまくなっていくだろう。俺が言ったのは、それと似たような事だ」

 

 そう言ってお弁当を食べ始める神父。

 

「ほほう、成る程でござるなあ。

 やはり認めたくなくとも、この現状には耐えねばならぬのか。拙者も言峰殿と同じ様に精進して成長しなくては」

 

 感心して、うんうん、と頷く後藤。彼も持ってきたお弁当を開き、昼飯を食べ始めようとする。

 

「もっとも、耐えたところで現実は何も変わらないがな」

 

「――グフッ」

 

 精神を抉る言葉のボディブロー。神父の一撃は、酷く重い。

 そして彼は実際に、グフ、とか声が漏れている。何気にノリが良い男なのだ。いや、そもそも後藤の口調は愉快過ぎる為、彼のノリ良さはあまり気にされ難いのだ。ノリノリなのが普通なお祭り好きと思われている。

 

「ひ、非道でござるよ、言峰殿」

 

「可哀想だが、これもまた青春時代と言うモノ。お前のその嫉妬心は生涯持ち続ける事となるだろう」

 

「重っ! めちゃくちゃ重い嫉妬でござる!」

 

「落ち着け後藤。そう気にする事ではない。

 ――――お前の願いは衛宮士郎が叶えてくれるだろう」

 

「なにゆえ! そもそもそれは拙者にとって無価値ではなかろうかっ!?」

 

「ああ、そうだな。

 そして衛宮が後藤の願いを叶えた頃、恐らくお前は血涙を流して大地に伏しているだろう。無論、敗残兵として」

 

「拙者は青春の生贄でござるか! 恋の敗残兵でござるか!」

 

「失恋、重い言葉だ。だが今のお前にはとても相応しい言葉だと、俺は思うがな」

 

「―――――OH MY GOD!」

 

「……む、キャラを変更したのか?」

 

 机に突っ伏す後藤を視界に入れながら弁当を食べる言峰。顔を伏せている後藤もなんだかんだで、とても不毛なことを自分はしていると気付く。そして、むくり、と顔を上げ昼飯を食べ続けることにした。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 学校は放課後を迎え、本日の内容を全て終了する。前日に起きたライダーと間桐慎二の騒ぎの為か、放課後の活動は全て禁止されている。全校生徒は速やかに帰宅する。言峰士人も帰宅する生徒に漏れず、さっさと教会へと帰って行った。

 

 ――ブルンブルン、ブルルルルルルルル――

 

 そして彼は今、養父の生前に譲り受けたハーレーにエンジンを掛けて温めていた。これは綺礼が士人に偽造免許を渡した時、それと同時に士人にプレゼントしたオートバイである。綺礼は教会に他の乗り物を持っていたので、これは丁度良い、と二輪自動車の免許が取れる年齢になった士人に愛用していたバイクをあげたのでった。

 

「……(取り敢えずはマキリの人喰い虫に殴り込み、と言うところだな)」

 

 かなり物騒なことを考える士人。彼はマキリの偵察に行く為に、装備を整えてから間桐邸に訪れようと教会に一旦戻った。

 今の彼は武装した法衣を纏い、戦闘準備は万全である。

 

「……(―――さて、と)」

 

 フルフェイスのヘルメットを被り、士人はバイクに跨る。そしてエンジンに点火させ、バイクを加速させる。彼は綺礼が愛用していた大型の化け物ハーレーに乗り、教会から目的地へと飛び出して行った。

 

 そして数分後。

 

 バイクに乗って行った為、歩きとは比べものにならない程、道を早く進んでいく。

まあもっとも、バイクは法定速度ギリギリで進んでいるので、彼の生身による全力疾走より遅いのであるが。

 

 ――ブロロロロロロロロッッ!!――

 

 ハーレーの爆音を出しながら、士人のバイクは公道を走って行く。正直な話、法衣を風に揺らしながらバイクを運転していく神父はかなり目立っていた。

 そして、ハーレー神父は冬木の街では既に名物になっている。それは綺礼の代から続いており、綺礼は街の移動は基本的に乗り物を使う時はバイクに乗っていた。士人を後ろに乗せて泰山に行く時もそうであったし、士人と凛の授業参観の時などハーレーに跨りながら、神父として何処に出しても恥ずかしくない程びしりと法衣を纏って学校に来た事があった。余談だが凛はその時、物凄く赤面していた。

 

「――――む」

 

 間桐邸に向かう途中、教会の居候が目に入った。ギルガメッシュは今、それなりに気に入っているシンプルなライダースーツを着ている。派手な色を好むギルガメッシュには珍しく、黒、という暗い色をした服だ。彼はバイクを歩道に寄せてその居候、ギルガメッシュに声を掛けた。

 それに派手な音が目立つバイクのエンジン音だ。ギルガメッシュも此方に気付いていた。士人はヘルメットを外し、ギルガメッシュに声を掛ける。

 

「ギル。この時間でここで会うと言う事はもうマキリの聖杯を確認してきたのか?」

 

「ああ。我(オレ)が見るに、偽物はこの聖杯戦争では起動せんだろう。

 この状態ならばサーヴァントらの魂は順当にアインツベルンの聖杯の方へと送られる事となる。これならば、我もくだらぬ事を思い煩う事もない。

 ―――――我は我のまま、存分に暴れる事とする」

 

 英雄王の宣言。

 それは本当に重く、誰よりも世界を轟かす声であった。

 

「そうか。取り敢えず俺は、これからマキリの工房に斬り込んでいくこととする。

 ギルが言うのなら間違いのだろうが、あの人喰い虫を侮る事は、虫に喰い殺してくれと言っている様なものだからな。

 それに間桐慎二の虐殺未遂もある。あの老魔術師も監督役を無碍には出来ないだろう。故に今この段階で釘を刺す」

 

 薄笑いを浮かべる士人。

 場合によれば人を殺すかもしれない、殺されるかもしれない。だがそれでも神父は、口をうっすらと歪めて笑っていた。

 それは例えるなら、修羅を生き抜いた悪魔の笑い。英雄王に似た、魔人の笑い。

 

「ふむ。ならば士人よ、貴様は貴様の役目を果たすが良い」

 

「了解、我が王よ」

 

 ヘルメットを被った後、颯爽と去って行く神父。彼は英雄王との短い会話をそうそうに切り上げ、虫使いが蠢く間桐邸へと向かって行った。

 英雄王も自分の臣下の方を見向きもせず、ただただ自分の進む方向を向きながら進んでいく。

 

 彼らは王と臣下である。

 王は王として、臣下は臣下として。それで全てが事足りるのだ。

 

「……(この遊戯もセイバーの召喚で愉快になってきた。泥で狂った聖杯に、娯楽となる我に相応しい女。

 ハッ、まったく。運命は我を笑い殺すつもりらしい。汚物塗れの人の世、増えすぎた雑種で穢された我の世界。雑種に溢れた世界は、なんと醜いことか。

 ――――だがそれでも、この世界は我の世界の成れの果て。まだまだ我が楽しめる悦楽が、存分に残っておるのよなあ)」

 

 原初の英霊、ギルガメッシュ。ありとあらゆる宝具の原典を所有する英雄王は内心で笑っていた。

 

 ―――美しく心を歪ませた騎士王。

 ―――人の悪意が全て詰った聖杯。

 ―――求道の生き方を継ぐ泥人形。

 

 さらにその泥人形は、自分の最後の臣下だ。

 そして英雄王はどうしてか、その臣下は自分の友の雰囲気に似ていると思った。カタチは全く似ていないのに、ギルガメッシュはそう感じていた。しかし、それも必然だと彼には判っていた。

 

 ――神によって造られた命の泥は、人型を真似て泥人形になった。

 ――悪魔によって心の中身を奪われた人間は、人を学び泥人形になった。

 

 結果は変わらない。元が如何あれ、どちらも泥人形だ。

 

「――――……(愉快、実に愉快なり。如何なる時代も変わらない。ここは我の箱庭よ)」

 

 ギルガメッシュは紅い目を輝かせながら、道を進んで行く。

 かつて世界を支配した英雄は足を止める事無く、人が溢れる雑踏の中を歩んで行く。

 

 聖杯戦争は止まらない。

 聖杯の下で殺し合う。戦争の名を翳し殺し合う。

 

 世界は運命を停止することを許さない。

 生き残った勝者が、運命を世界で語ることを許される。死に絶えた敗者は、運命に埋められ世界の陰に消えていく。

 

 戦いは今も昔も変わらない。

 始まりは生存競争。生き抜いた者が強者であり、搾取された者が弱者なのだろう。

 

 

 英雄王が参戦する現世の遊戯。それの名前を聖杯戦争。彼はもう、薄汚れた現世に物足りなくなってきた。ギルガメッシュはその“物足りなさ”を満たす為、漸く現世に現れた騎士王を下し、彼女を聖杯で受肉させ手に入れる。

 英雄王ギルガメッシュが戦いへと動き出した時。その時こそ聖杯戦争は、より灼熱と地獄の形相を顕していく事となるのだろう。




おまけ

『ベルセルクのパロ』

神父と聖杯戦争のIF第六次聖杯戦争



 ここは柳洞寺の大空洞。
 赤い外套を着た衛宮士郎の前に、黒い法衣を着た言峰士人がいる。士人は大聖杯の巨大な祭壇の前で静かに佇んでいた。
 二人の長い長い戦いの果てがここであった。
 問答をしている彼らを見守るアンリ・マユが、ドクドク、と脈動する。まるで産まれたがっている胎児の様で、真実これはそういうモノなのだろう。

 ―――悪魔の祭壇の前で神父が宣告する。

「確かめたかったのだ、心を揺さぶる何かがあるのか」

 セイギノミカタにグドウシャは語る。


「―――――どうやら、私は自由だ」


 その一言。無表情だった士郎の顔が激情に彩られた。いつもの皮肉屋の様は一切無い。


「――――――何も! おまえがやったことに………!
 あの火事の犠牲者たちも、おまえが殺してきた者たちにも……おまえは何一つ、感じてないということか!! コトミネェエエエッッッ!!!」

「―――私は、私の道を裏切らない。それだけだ」

「――――――――――――ッッ!!
 ……あぁぁぁああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 双剣を持ち、祭壇で此方を見る神父に斬りかかる。士人は武器も持たず、構えもせずにただ殺しに来る士郎を見ている。


――ガキンッ!!――

 しかし、士郎が刃を振り落とすと金属特有の音が響いた。

「な…!?」

「お久しぶりです、シロウ…っ!」

「セイバー!?」

 そのまま二人は、じりじり、と鍔迫り合いになる。

「―――よくぞ………よくぞ、ここまで来た!
 貴方のその鋭い打ち込み。成長を感じられて嬉しいぞ、シロウ!!」

 黒く、何よりも黒く、その姿を変えてしまったセイバーは、同じ様に黒く変色した聖剣を振り抜く。
 鍔迫り合いをしていたこの状態。士郎は強靭な押しに耐えられず、そのまま吹き飛ばされ転ばされてしまう。
 あまりにも強力なセイバーの剣。敵を圧倒する魔力放出。彼女が振ったその一撃で干将と莫耶が粉砕される。
 無手のまま倒れ伏す士郎にセイバーは一瞬で間合いを詰め追撃した。
 ―――胴を狙う強力無比な一閃。
 しかし士郎は倒れた時の勢いをそのままにして、地面に片手をつき宙返りしてこれを回避。そして避けながらも、片手に瞬間的に投影した槍を持つ。
 体勢を整えた彼はセイバーの眉間に目掛けて、槍を瞬時に突く。2m以上は離れている間合い。剣では無く、槍の領域だ。
 連続して出される槍の二閃。しかしセイバーは首を動かすだけでこれを難なく避け切る。
 そして、三閃目で槍はセイバーの一閃で、ガキャン、と言う音と共にへし折られる。投影した槍は何でもないように切り捨てられ、幻想は空虚な幻想のように消える。
 そしてまた、セイバーの、剣の領域に間合いを詰められる。士郎は双剣を投影する。今回は強力なセイバーと、その相棒である闇に染まった最強の聖剣が相手である。過剰なまでに干将と莫耶に魔力を込める。これほどの者が相手だと、やり過ぎくらいが丁度良い。
 迫り来るセイバーに士郎は双剣の片割れを頭に向けて振り抜く。
 しかし相手は剣の英霊、セイバーだ。その剣戟は当たり前の様に迎撃され、斬り落とされる。そしてそのまま、剣を撃ち落としたセイバーの剣は士郎の首を撥ねる為に一閃される。
 彼は自分の首目掛けて斬りかかってくる刃をもう片方の双剣で、なんとか防ぐ。だがセイバーは、撥ね返された勢いのまま剣を上段へと思い切り振り上げる。
 ―――死、だった。
 ―――圧倒的なまでの剣気だった。
 それは龍の首すら斬り落とさんとする。
 第五次聖杯戦争の後、あらゆる戦場を歩んできた士郎だったが、ここまでの脅威を感じた事はない。
 彼にとってセイバーが、アルトリア=ペンドラゴンが最強と思える存在であり、もっとも敵にしたくない強者なのだろう。
 だが彼が鍛え上げた己の精神が、その程度で屈服するわけがなかった。
 セイバーの黒剣が振り下される。

――ズギャンッ!!――

 頭上へと交差した双剣で、轟音と共にセイバーの一撃を受け止める。
 そして、そのまま士郎はセイバーの間合いよりさらに深く入り込み、膝蹴りを喰らわす。場所はセイバーが最強の剣を握りしめる手元。そして膝蹴りの為に上げられていた足を前へと踏み出し、地面を踏み締める。
 そこは双剣の間合い。
 そして打ち上げられたセイバーの剣は、士郎の双剣には間に合わない。
 ―――瞬間四閃。黒い刃と白い刃が空間を交わりセイバーを襲う。それは必殺の剣筋。頭蓋、喉、心臓、腹。それぞれに斬り込む剣。
 しかしセイバーは、最初の二閃を体をひねり避け切る。そして次に迫る最後の二閃を剣で弾き、難なく迎撃に成功する。
 まるで悪夢だ。士郎にとって必殺の剣技があっけなく破られた。
 しかしそれでこそセイバーでもある。彼女にとってはこの程度、なんでもなく破れるモノなのだろう。何せ、最強の一角を担う剣士なのだから。
 そして、士郎が繰り出す双剣の同時攻撃。両側から打ち出され、セイバーで交差するような剣筋の二撃。
 風を切り裂き交差する双剣。彼女は敢えてこれを剣で防ぐのではなく、後ろに後退することでこれを回避した。

「―――見事だ」

 後ろに下がったセイバーが、口を開いた。

「良くぞ、そこまでその身を練り上げた。
 ここまで堕ちた私だが、(つるぎ)として修羅を生き抜いた貴方と剣を交えるのは、とても楽しい。この剣だけが私にとって、王から堕ちようとも何も変わらない」

「どうして……なんでおまえが、セイバー……っ。
 ……―――そこを退け! 俺は言峰と聖杯に用があるんだ!!」

 士郎の一喝。しかしセイバーの瞳は剣気に満ちている。

「―――――言葉は無粋!! 押し通れっ!!!」

「―――おおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」

 セイバーの言葉とともに士郎は雄たけびを上げて斬りかかって行く。
 ――そしてその瞬間。一面に炎が広がり、衛宮士郎の固有結界が展開された。
 言峰との決着を付ける為に、士郎は予め固有結界の詠唱を身の内で唱えていた。最後まで唱えられており、あとは魔力と共に固有結界を解放するだけであった。
 セイバーのサーヴァント、アルトリアと衛宮士郎の戦場が、剣の丘へと変貌を遂げる。

 固有結界、無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)。そこは心象風景が具現化された世界であり、衛宮士郎の魂の内側。

 ―――今から決戦が始まる。

「セイバーぁぁぁぁあああああああああっっっ!!!!!」

「シロォォォオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」

 世界に鳴り響く二人の声。元主従同士の戦い。そして衛宮士郎はまだ、宿敵である言峰士人が待ち構えている。
 この戦いをもって、第六次聖杯戦争は決着を迎えようとしていた。


◆◆◆

 そう言う訳でおまけは終わりとなります。時間軸的に言えば、ヘルシングパロの手前です。この聖杯戦争では桜ルートっぽい雰囲気となってます。しかし、サーヴァント勢はセイバーを除けば違い、ホロウのキャラや英霊化した殺人貴とかも出ていたり。……まぁ、設定だけですけど(笑)
 黒い剣士が士郎、闇の翼が士人、そしてノスフェラトゥ騎士王となったセイバーオルタさんでした。
 読んで頂き有り難う御座いました。


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