神父と聖杯戦争   作:サイトー

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外伝4.Death and Devil

 ―――ここはアインナッシュ。腑海林と呼ばれる森の中。

 非常に深い森でありながら、木々が意志を持つ様に移動する死徒の領域だ。彼はここに入り込んで、まだ数時間と言ったところ。

 殺人貴は百数十m先にいる弓兵を魔眼で睨んでいた。

 

「―――……(さっきの剣みたいな矢は何だったんだ? 尋常じゃない寒気だったぞ)」

 

 先程まで自分を狙っていた何か。魔術とは桁違いの威圧感を宿していた。

 宿す異能、直死の魔眼。それはモノの死を線と点で認識する能力だ。禍々しかったあの剣は非常に死が視えずらく、かなりの集中を必要とされた。

 

「――――なんだ、あれ……?」 

 

 思わず漏れる声。そして、常人と比べて異常なほど視力が良い彼は、視界に入っている弓兵の代行者を視た。

 

 ―――線が、薄い―――

 

 前方に佇む男の正面には線が視え難いのだ。死にやすいところが、脆い部分が殆んど存在しない。

 

 ―――存在する死は、心臓にある黒一点―――

 ―――まるで、黒い太陽みたいな死の形―――

 

 それは、殺人貴が初めて視る『死』の在り方。奈落みたいな形をしていて、手で握りしめている七つ夜で刺したら自分まで引きずり込まれそうで。突いたら自分が焼き殺されそうな黒く深い死点。

 ―――それは凶星の輝き。

 あまりにも禍々しい。圧倒的なまでの不吉。

 宝具の死点と違い、特に集中する事も無く殺人貴は言峰士人の死を視る事が出来た。だが視えると言うよりも、直死の魔眼越しに此方の脳髄に刻み込むような死の点だ。

 正直な話、神父の死はあまりにも他の存在の死と異質過ぎて、魔眼で見たくなかった。それを見続けていると、自分が本当に死神になった様な気分になる。

 彼が見ていると、神父は何かを喋っている様だ。しかし人間である彼の耳では音は拾えず声は聞こえない。だが、その口先が愉しむ様に歪められながら、何か言葉を発したのは判った。

 茫然としている彼に、神父はニタリと顔を歪めてきた。その表情を見た殺人貴は、その笑いに見覚えがあった。

 それはかつて、平穏と刺激の中に生きていた時の記録。平和が続くと盲目になっていた頃だったか。

 アレは確か、熱い熱い夏の夜。

 錬金術師と吸血鬼を退治した時の事だったろうか、自分の鏡とであったのは。再現された悪夢と殺し合い、自分は自分を知る事となった。

 

「――――――(……そうだ、あの笑いは―――――)」

 

 

 ――――衝動に歪む、愉悦の笑顔。自分が殺しを楽しむ時の顔だ。

 

 

 同類か、と内心で呟く。知らず知らずに、口が歪む。彼は、ニタリ、と笑顔を作る。

 

 ―――さあ、殺し合おう。

 折角の出会いだ、存分に遊ぼうじゃないか。

 

 殺人貴はナイフを構え直す。神父の姿は木々が粉砕されて直線でそのまま見える。静かに佇む敵に向かって彼は走り出した。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 殺人貴が疾走する姿を士人は視た。

 その黒い影を例えるなら、高速で移動する蜘蛛であろうか。神父が見てきたどの人外よりも人外染みたその動き。

 

「―――投影(バース)始動(セット)……」

 

 灰色の弓に専用の矢を連続投影する為に呪文を唱える。第一射目の矢が弓へと装填された。

 

 一射目。眉間を狙ったが避けられる。後ろの木に当たり粉砕する。

 二射目。心臓を串刺しにするところを魔眼で殺される。慣性力ごと殺され無に還る。

 三射目。足を狙うが瞬間的に方向を転換される。矢は地面を砕き穿つのみ。

 四射目。木に着地している蜘蛛を狙う。当たり前の様に迎撃された。

 

 ―――五、六、七、八、九、十、十一、十二……全てが無駄に終わる。

 

「(―――これは……かなり、ヤバいな)」

 

 感想を内心で一つ零す。

 宝具の能力が効かない相手だ。それも特級の概念武装を容易く一閃して消滅させる死神。通常の遠距離攻撃で如何にかなるとは思わないが、まさかここまで能力に差が有るとは。

 お互いの距離は既に50mを切っている。

 言峰士人の魔力容量も段々と危険域に迫っていく。一撃で人型を御釈迦にする矢型の概念武装は燃費は良いが、それを連続で音速を突破した速度で秒間に何発も射続けるのはかなり疲労が溜まる。魔力的にも体力的にも限界へと加速していく。

 

「………(遠距離に有効な概念武装は効かない。自身が持つ最高の弓による連続狙撃も無駄。ならば―――)」

 

 

 ―――必殺の戦術でもって打倒するのみ―――

 

 彼は地面へと弓を投げ捨てた。黒衣の男との距離は20m。悪夢めいた加速力と脚力を持つあれならば一瞬で詰められる距離である。

 

投影(バース)始動(セット)

 

 愛剣を二刀持ち、あらゆる状況で対応する為に構えがない構えを作る。そして身の内の中で呪文を一つ一つ唱え、呪文を構築し整え発動一歩手前まで回路を稼働させる。

 

 約10m先。

 神父に死神が迫り、――――そして消えた。

 

 いやそれは、あまりにも凄まじい加速能力に眼と脳髄が錯覚を起こし認識出来ない為。一瞬で加速し最高速度に達する悪夢染みた、そんな蜘蛛を連想させる動きが成す暗殺の絶技。そして、ヌルリ、と士人の前に殺人貴が現れる。この男、真正面から奇襲を掛けたのだ。

 敵の視界に映らず移動する。怪物共の命を散らしてきたナイフが、一直線に神父の心臓へ突き刺さんと迫る。

 

 

――カキィン……!――

 

 

 だがナイフは弾かれた。双剣の片割れがナイフと心臓の間に入り、これを防いだのであった。

 

「……(―――なるほど)」

 

 士人はその様子を見ながら疑問を一つ解く。

 

「―――――(悪罪(ツイン)は、“殺”されていない)」

 

 恐らくは殺せる部分と殺せない部分が有る。ならば、と神父は納得する。あいつがナイフを刺そうとした時に感じた、それこそ“死”そのものと思える殺気は文字通り“言峰士人と言う存在”の死を穿ち殺そうとして来たのだろう。士人は殺意の凝縮に反射的に反応し、殺人貴の死点を穿つ一撃必滅の死神の業を防いでいた。

 神父はそのまま片方のツインを一振り。頭蓋をスライスする軌道の一閃だったが、殺人貴は大きく後退し難なくこれを回避した。

 ブゥン、と風だけを斬り空振りに終わる。そして唐突に、本当に唐突に殺人貴へと士人は言葉を語り掛けた。

 

「七夜、と言う言葉に聞き覚えはないか?」

 

「――――は?」

 

 神父が場違いな質問をする。殺し合いの場には本当に場違いな問いだ。しかし殺人貴は聞き逃せないフレーズが一つ入っていた。“ナナヤ”と日本語で、目の前の東洋系にも見える代行者は言葉を発したのだ。

 

「―――()

 

 その隙をつき、士人は足元の弓を彼に目掛けて思いっきり蹴り飛ばした。掛け声も付けて分かり易く攻撃した。先程の問い、迫り来る弓、掛け声、とこの三つの要素に精神を僅かに乱された殺人貴は刹那、本当にワンテンポだけ反応に遅れた。しかしそれでも十分。彼が迎撃にも回避にも行動に移るのに十分であった。

 

在破裂(レイク)…ッ!」

 

 しかし、それでは間に合わない。掛け声は詠唱であり、呪文の完成と共に投影弓は爆発する。威力は投影魔術の応用である宝具爆破と比べるとかなり小規模だ。そもそも弓には魔術・“消え逝く存在”クラスの爆破が可能な魔力を込めて造られていない。それなりの対魔力で防がれるだろう。

 しかし手榴弾以上の威力は確実にあり、人を一人殺すのは容易い殺傷能力。直撃すれば唯の人間など人型を保てず粉微塵だ。ミンチよりも酷い様を晒す事となる。

 弓が殺人貴の眼前に迫る。迎撃する為に殺そうとしたが、その直前に“死ぬ”と瞬間的に感じ取れた。腕を振う前に自分は死ぬ。離脱離脱離脱、と七夜の血が騒ぎ出す。ナイフを振ろうとする手を抑え付け、瞬間的に後ろへと跳び後退する。

 ―――だがそれでも、殺人貴は間に合わない。

 

 

―――ドォオオンッッ!!―――

 

 

 後退する途中の彼に爆風が迫る。高熱と化した人を粉砕する熱風だ。直撃すれば一溜まりも無い。

 だがその程度、この死神の危機足り得ない。直死の魔眼は神秘に携わる者にとって本物の死神だ。非常識を殺す非常識。

 蒼い眼は線と点を捉えていた、不遜にも死を与える殺人貴を殺そうとする魔術の神秘に。

 本来は目に映る事はないモノ。物体でさえない概念だけの不可視のそれ。それから黒い線を見つけ、彼は愛用の仕込みナイフで当たり前の様に爆風を斬り裂いた。

 

「―――チィッッ!!(あの神父、騙しやがったな……!)」

 

 七夜と言う言葉は自分のナイフに刻まれている。どうやって視れたのか、どんな視力をしているのかは問題では無い。ただ自分は殺し合いの最中に無様にも動揺し、相手に殺して下さいと隙を見せたのだ。そして神父は魔力爆風の中から平然と出てくる殺人貴を見る事となる。

 

「――――(……あれは“爆風”さえ殺せるのか。本当、何でも有りな死神だ)」

 

 だがそれで良かった。この程度で死ぬのなら布石を準備する甲斐が無い。時間は与えない。これからはずっと自分の攻撃ターンだと、彼は準備しておいた戦術を解放する。

 

投影(バース)始動(セット)

 

 詠唱が完了したと同時に十数本の黒鍵が神父の上空に並び浮く。出現したその時、殺人貴は丁度に地面へと着地した。彼は言峰士人が具現化した数多の黒鍵に狙われた。もう逃げられない。

 

「―――な……っ!」

 

 驚愕している暇など無い。それでも声を漏らさずにはいられない。だがそれでも殺人貴は動きを止める事はしなかった。素早く動き弾道を見極め体を構える。

 

投影(バース)完成(アウト)

 

 黒鍵の群れが彼に襲いかかる。

 

 

―――ダンダン!!ダダン!ダン!ダダダダダン!!!―――

 

 

 時間差と個数差を付けて黒鍵は射出された。一本の黒鍵が連続で撃ち出される事もあれば、二本、三本、五本、十本と延々と黒鍵が同時に撃ちだされ、その後すぐに時間と個数に差を付けて黒鍵が撃ち出される。つまりは一定の呼吸と言うモノがないのだ、アンバランスに唐突に撃ち出される。そして何よりも射出スピードが速すぎるのだ。掠っただけで体の半分が抉り取られていく威力を持つ。

 それに士人は唯の人間が相手だったので、英雄王の財宝と比べてかなり燃費が良い黒鍵を投影射出の魔術に使えたのが良かった。

 人間は怪物と違って直ぐ死ぬ。脳を潰されれば死ぬし、心臓を串刺されれば死ぬし、首を斬られれば死ぬし、臓器を抉られれば死んでくれる。殺人貴は化け物以上に怪物染みた異能力者だが肉体は殆ど普通の人間だ。士人も解析である程度は視ることで、普通に殺せば死んでくれる、と考えていた。

 ランクAの宝具で殺しても、ランクEの宝具で殺しても、どちらも変わらない結果として死亡する。殺しても死なない怪物と殺人貴は違うし、そもそもこの男は特級の概念武装を豆腐を切る様に殺せるのだ。低いランクの物の代わりに高いランクの物を使っても違いは出てこない。

 

 

 ―――ダダン!!ダンダダン!!!ダン!ダダンダダダダダダン!!!!―――

 

 

 節理の鍵(黒鍵)が死神を追い詰める。

 

 

「……あぁあああああああ―――――――!」

 

 ―――斬る切る切る斬る斬る切る斬る切る切る斬る斬る切る斬る切る斬る斬るッ!!!

 

 一切止まらず、急所を、手足を、狙い撃ち続ける黒鍵の群れ。殺人貴は死の嵐の中、只管に体中を動き続けて生き延びていた。

 止まったら死ぬ。瞬きしたら殺される。串刺しにされて死に晒す。目前に迫る絶殺から生きる為、動く動く動く動く。剣の嵐は此方の動きを予測して穿たんと迫り来る。何処を如何撃てば如何動き、次に何処を撃つべきなのか、何歩、何十歩先の手を読み取って射出される。回避は不可能、絶殺の檻に隙間は欠片も無い。彼が取れる最良にして無二の手段は全ての剣を殺し斬るコト。

 死剣の嵐の中、殺人貴を動かしていたのは、もう気合いだけであった。死ぬ訳にはいかない、死んでしまっては申し訳が無い、あの吸血鬼に顔向けが出来ない。

 そして何よりもその気合いの根源は、一人の女性を守ると決めた覚悟である。誰よりも大切で愛すると誓った女がいて、そして自分は見ず知らずの代行者に殺されて。その結末が、彼女とはもう二度と会えませんでした、では格好悪いにも程がある。

 

 

「―――もう消えろ。極彩と散るがいい」

 

 

 ―――ザザザザザンッッッッ!!!!―――

 

 

 ―――最期の黒鍵が両断され無に還る。そして百十三本目の黒鍵が消え去った。

 脳は焼き切れる何歩か手前で、自分の目がチカチカと点滅しているみたいだ。しかし目に視力はあり、何より自分は生きている。余力はまだまだ残っている。

 言峰士人は自分の戦術を斬り抜けた殺人貴を、その挙動の一切を見逃す事無く直視する。この男は全ての黒鍵を斬り捨てて、殺し尽くしている。投影による爆破は出来ないよう、殺人貴が念入りに死なせたのだ。見惚れる程のナイフ捌き、一つの美学とも言える殺戮技巧は視た者に芸術性を感じさせる。黒鍵を殺し尽くしたその手腕は見事としか言いようが無い。

 やってくれたな、と士人は内心で呟く。手の内を一つ見せたのが間違っていたかもしれない。目の前にいる魔眼使いの殺人鬼でなければ、神父は地面に刺さる黒鍵を爆破して必殺を成せた。

 

「・・・・・・っ。My hands(罪を) create the sin of(我が手に) the evil.」

 

 魔力を半分以上消費した神父はもう、ここでの無駄使いは許されない。悪罪(ツイン)の強化を行い殺傷能力を上昇させる。敵は目前の黒い死神だけでは無い。死徒に魔術師に二十七祖とまだまだいる。今後の事を考えなければならない。生き残ることは絶対に忘れてはならない。でなければ死ぬだけだ。

 それに自分の投影魔術が無駄だと言うことは理解した。こいつが相手では、幾ら射たところで殺されてお終いだ。

 固有結界を使えば別だろうが魔力が足りない。詠唱も殺されるまでに間に合わない可能性が高い。

 宝具系統の投影で真名の解放をしようにも、この近距離ではタイミングがかなりシビアだ。まず大目の魔力で投影して、さらに武器に魔力を込め、攻撃体勢へと体を構え、真名を解放する。攻撃のタイミングが丸わかりで今の至近距離だと、殺して下さい、と言ってるようなものだ。

 そして真名解放が要らない概念武装でさえかなり賭けであり、自分が繰り出した必殺を魔眼で“必殺”される可能性もかなり高い。攻撃後の隙を突かれたら自分は必ず死ぬ。この近距離戦において、此方の必殺は相手にとっても必殺を出せる好機なのだ。

 それにダインスレフⅢと同じで消される可能性はとても高い。矢型などの実体が有るものでは無く実体のないエネルギー放出系の物ならその能力を殺されずに済むかもしれないが、実際怪しいモノだ。アレは“概念”や“意味”を殺して死なせている様に感じられる。あの男はカタチの無い爆風や、そもそも概念の塊である自分の投影武器を殺している。

 さらに直死の魔眼に死を視させない程の概念武装で且つ放出系となると、能力発動がよりシビアとなってしまう。無造作に攻撃をして一秒でも隙を作ったら、一体あの男に何分割に解体されて死ぬことになるやら。あの死神を倒すには、奴の隙を造りさげねばならない。

 今の自分がする事は死なない為に耐え続けるコト。

 そして戦局を見極め、自身の戦術を如何に生かし必殺を成すかというコト。

 神父は両手に二本の愛剣を握り絞める。脳内に投影のストックを何本か準備する。殺人貴も蒼眼を死に輝かせナイフを構える。直ぐに殺人技術を使えるよう肉体を造り直す。

 

 

「…………(まったく、自身の魔術をここまで虚仮にされたのは初めてだな。

 ―――死神よ、お前は実に殺し合い甲斐のある強敵だ。死力を尽くし、決着を付けてやる)」

 

「…………(ここまでの死はいつ以来か。ホント、脳が焼き切れてしまいそうだ。

 ―――代行者、おまえは何て殺し甲斐のある怪物なんだ。七夜の殺戮技巧、その目に焼き付けろ)」

 

 

 お互い内心を言葉にする事無く、衝動的に生と死の狭間を愉しんでいた。しかしお互い無表情のまま、一切の感情を外に出さない。自身にも強化を掛けた言峰士人は石像の様に微動だにしない。隙を作らない、と言う意味より自分より速い相手に攻撃を仕掛けた所で避けられるし、高確率でカウンターの餌食だ。

 

「……―――」

 

「―――……」

 

 殺人貴は敵の能力を警戒するが、待っていても何もならない。隙を読み死角から殺そうと思うが、双剣を構える神父にそんなモノはない。相手の能力は何となく察することが出来たが、こいつがどんな武器を新しく持ち出して自分を殺しに来るか分からない。しかし自分なら初見でも魔眼で“殺”すことが可能。見極め武器を殺し、相手の手段ごと相手を殺す。今の自分の最善は直死の魔眼で殺して殺して、神父の命に届くまで死を斬り続けるコトだ。

 ―――ここからは限界まで突き走るチキンレースだ。先に根を上げた方が死ぬ。

 先手は殺人貴。彼は、ユラリ、と体を動かし士人の視界の中では実体から影へと変化する。音速を見極め迎撃出来る士人の眼からして魔速と認識する暗殺蜘蛛の無音歩行。

 

「―――――――っ!」

 

 石火一閃。気配は左下。神父は躊躇無く左手の悪罪を振り抜く。殺人貴はその一刀を身を屈めて避けるが、神父は身を引く事で死神の心臓を突き刺す一突きを避ける。しかし身を引いたその瞬間、死神は目の前に動いている。士人は右手の悪罪で心臓目掛け突きを放つ。

 

「―――――――――」

 

 無音一閃。左の剣が斜めに両断された。士人の剣は強化され、殺人貴から見れば確かに死の点と線は視え難くなっていた。しかしそれも事前に位置を確認し、敵の動きを予測しピンポイントにナイフが振れるのならば斬る事は可能であった。

 

「………(強化状態の我が愛剣(ツイン)が一撃、か。これは本当に危険になってきた)」

 

 神父を中心に死神が舞う。殺人貴は森の地形を利用し尽くしていた。

 ―――ここは七夜たる暗殺者にとって理想のフィールド。魔樹たちを足場に立体的な動きを可能とする。

 ―――正しくその姿は暗殺蜘蛛。

 ここは死神の狩場である。そして神父は哀れにも魔蜘蛛の巣に絡まった糸だらけの餌。士人が右手の剣で斬りかかるも容易く避けられ斬り掛られる。瞬間的に右手の剣を投影してさらに戦闘のテンポを加速させて斬り掛り、剣を斬り殺され、剣を投影して、斬撃を捌き、死の一閃を回避し、それらを兎に角し続ける。彼は死神の鎌を捌くだけで限界だった。

 

「――(ヤバい、このまま剣を延々と出されたら……。ちっ、脳が痺れていく)」

 

 殺人貴はいい加減疲れてきた。疲労が体を軋ませ、苦痛で肉と骨が叫び、魔眼で脳髄が段々と焼けていく。

 敵の刀を斬り殺し、敵に死の線に斬り掛り、新しく出てきた剣に防がれて、二刀からの斬撃を回避し、また刀を殺し、戦闘のテンポが加速して行きながらも兎に角それらを続けていく。そして殺人貴は森を利用して立体的な動きを延々と行っている。士人と比べると運動量が桁外れであった。

 ―――それは殺戮の舞。どちらも死へ続く死闘死合い。互いが互いの命を擦り減らしながらも、必殺を成さんと敵の命へと駆け上がる。

 殺人貴の一閃は文字通りの一撃必殺であるが、やはり人間である殺人貴にとっては神父が繰り出す刃はどれも死に至る凶刃だ。

 殺されては創り、死なされては造り、消されては具現する。

 刃の応酬は嵐であり、ナイフは相手の刃を裂けるが、双剣の一撃が何度か当たればナイフが砕けるだろう。殺人貴は基本的に刃を殺すか受け流す。士人はナイフと斬り合う度に殺されることを前提にし、脳内に投影のストックの準備を怠らない。

 士人は素の持久力においては神父は殺人貴を圧倒的に上回っていたが、投影には魔力が必要で段々と回路内のエネルギーが減少していく。

 殺人貴の直死の魔眼は開眼していれば使用し続けられるが、かなり危険だ。今はまだまだ余裕だが限界は存在する。それに元々余り多くない体力の消費が結構危ない。森での戦いはこれが終わっても続くのだ。

 

「―――……」

 

「……―――」

 

 そこで二人は確信する。互いに互いの能力と戦術を認識して理解してしまう。

 殺し合いを命賭けで演じている役者としては興醒めである事実。しかしお互いにこの結論に至ったのならば、辿れる結果は一つしかない。

 ―――神父も死神も悟る、この相手は殺せない。

 もし殺せたところで、本来の目的を果たす事は出来なくなってしまうだろう、と。

 

「―――――――――」

 

「―――――――――」

 

 二人は距離を取って対峙していた。お互いに殺気も害意も無いが強い警戒の気配を放っている。

 神父は思う。どうせ自分は代行者で神の教えの狂信者だと目の前の死神から思われているだろう。異教徒の話を聞かない異端殲滅の暴力装置。まあ間違ってはいないが、向こうからだとそんな奴ら相手に休戦を話出る気にはなれないだろう。大方の魔術師や神秘に属する者はそう考えている。

 

「ふむ……―――」

 

 取り合えず日本人の様であり見たところ人間である為、それなりに話は通じるだろう、と士人は殺人貴を見て考えた。

 神父は目の前に佇む死神(サツジンキ)と話をする為、自分の方から口を開く。取り敢えず、もう自分には敵意がないことを示すことにした。

 

「―――……このままでは千日手だ。ここは分けにしたい」

 

 相手は呪文の詠唱とでも思ったのか身構えるが、休戦の申し出だったので殺人貴は相変わらずの蒼い眼を輝かせながらキョトンとした顔をした。

 

「……そう、だな。そっちがそう言うなら俺は構わない。……おまえは代行者にしては頭が柔らかいみたいだけど?」

 

「俺は両キョウカイに籍を入れていてな。こう見えても一人の魔術師に師事させて貰っている」

 

「ふーん……って、凄い異端だぞ、それ」

 

「自分の一族は代々と続く蝙蝠の家系だ。二つのキョウカイに籍を入れているのは親譲りだな」

 

 ギスギスした世間話をしながら相手の真意を探り、自分の内心を態度で伝える二人。互いに敵意がないことを声と雰囲気で教え合う。

 不毛な戦い且つ決着を着けても価値がないなら戦わないに越したことは無い。

 やはり世の中、ギブ・アンド・テイク。

 殺し合う間柄にも礼儀を通す事が出来るなら、それが例え敵同士でも助け合う事は出来るだろう。国同士の戦争でさえ戦場では互いの利益や国の考えで休戦を一時的に行ったり、時には医療品、酒、食糧の交換や死体回収、負傷者収容もするそうだ。

 意地を張る場面と張らない場面には、きちんとメリハリを付けるのだ。もっとも化け物が跋扈する戦場でそんなパターンは滅多に無いので、二人の警戒心はお互い最高に強いのであるが。

 

 

◆◆◆

 

 

 神父と死神は会話を進め先程まで殺し合っていた相手がどの様な者か探りながらも、それなりに自分について簡易的な紹介をする。

 

「―――へえ、そうなの。

 いやホント、アンタが話の出来る代行者で良かったよ。あのままだったら両方とも危険だったからね」

 

「まあ、そうだろうな。普通の代行者は異端殲滅がライフワークな神の僕だ。元より話自体が通じ無いだろう」

 

 殺人貴はクルクルと、魔眼殺し(白い包帯)を両目に覆う様に結び付ける。その後にナイフの刃を柄に仕舞った。士人は武器を魔眼で殺されており、はなから無手である。

 

「退魔組織は何処も過激だよな。……先輩もそうだったし」

 

「いや、そう言うお前も退魔四家、それも滅ぼされた筈の七夜一族だと思うのだが。

 自分の故郷である日本の退魔機関に属する人間と、まさかこの様な場所で会うとは想像もしていなかったぞ。それにあの退魔の一族が生存しているなど、日本の組織でも知っている者はいないだろう」

 

 死神と神父はお互いがお互いの攻撃範囲域に注意しながら会話を続ける。

 

「―――……いや、七夜は鬼に全員ヤられちまった。生き残りは俺一人だけさ」

 

 相手の素性を探っていた士人は、殺人貴の地雷を思いっきり踏み潰した。だが、言峰士人としては良い展開だ。トラウマは精神の隙で意志に隙間が出来る。情報を抜き取るのに利用することが可能だ。

 

「しかし先程、お前は先輩と言っただろう。その人物は七夜の人間の事ではないのか?」

 

 退魔四家や七夜のことを聞かれ、意外な会話の展開に少し混乱するが殺人貴は会話の続きをする。

 

「……ああ、と。シエル、って言う名前の代行者なんだけど、わかるかい?」

 

 意外な人物の名前が出て、神父は少しだけ思考の海に潜り込む。確かに彼女は、極東の土地である日本で死徒狩りを行っていた時期があった。

 

「―――……成程。

 判るも何も俺はあの人の後輩でな、死徒殲滅や魔術師狩りの代行者業務はシエルさんから一時期教えて貰っていた」

 

「なんと。それはまた、奇縁だね」

 

 闘争の雰囲気は消えている。協力、とまではいかなくとも不必要な戦いはする必要がないだろう。

 

「それと、シエルさんなら丁度このアインナッシュに来ていた筈だぞ」

 

「え、ホント?」

 

「本当だ」

 

 済し崩し的に休戦となった二人。それに何となくだが妙に波長も合った。

 

 ―――で、話し合うこと幾数分。二人は結局、停戦することを決めた。

 

 殺人貴と言峰士人がここに来た理由。

 お互いアインナッシュが目的であり、殺人貴は噂に聞く不老不死、神父はアインナッシュの抹殺を目的とする。士人は不老不死の実は如何でも良いので、互いの存在は然程不利益では無かった。それに士人としては直死の魔眼があればあっさりこの森の主も倒せるだろうと考えていた。ぶっちゃけると、自分がいなくてもこの死神がアインナッシュを殺してくれると確信していた。

 そう考えた神父はこの男と協力することを決めて森を進む事にする。殺人貴の方も殺意も害意も無い代行者の申し出を受け入れる事を決めたのであった。

 

「噂に聞く“Death”とはお前の事なのか、死神(グリムリーパー)さん?」

 

 教会で話されている二十七祖殺しの人物。死徒二十七祖は強大な吸血種どもの親玉みたいな存在だ。その中でさらに不死とされる奴らがいる。十位の混沌、『ネロ・カオス』。番外位のアカシャの蛇、『ミハイル・ロア・バルダムヨォン』。そして十三位のタタリ、『ワラキアの夜』である。

 ネロ・カオスは混沌として存在して殺してもまず死なない。ミハイル・ロア・バルダムヨォンは無限に転生し殺したところで魂は次の転生体に移動するのみ。ワラキアの夜は余り知られていないが現象と成り果ており、もはや存在ですら無い。

 その特級の怪物どもが僅か数年の間に消滅させられた。そしてそれを行ったのは同一の人物ではないかとされ、それはとある日本の都市で行われた吸血鬼退治の顛末である。

 神父はその話と目の前の死神がうまく一致するように感じられた。噂の名前に相応しい能力、直死の魔眼。そして日本人であり元々は退魔の一族と来たものだ。

 

「デス、とはまた、そのまんま過ぎる。

 ……そうだな。日本語で俺のコトは“殺人貴”って呼んで欲しいところだけど」

 

「殺人鬼? そちらの方が直球な名だと思うが」

 

「あー、そうじゃない。殺人鬼ではなくて、殺人貴。殺人を貴ぶと書いて、殺人貴」

 

 殺人鬼と殺人貴。簡単な語呂合わせだ。

 

「ふむ。殺人貴、だな。……それと、俺の名前は言峰士人。ただの神父だ。短い間だが宜しく頼む」

 

「―――………そうだな、俺の本名は遠野志貴だ。こちらこそ宜しく」

 

 本名をさらりと日本語で言われたので殺人貴の方も日本が懐かしかったのか、自然と自分の名前を言ってしまう。まあナイフから七夜一族出身だと神父に気付かれているので、殺人貴自身も遠野志貴だと名乗っておきたかったのもある。その理由は一つ、七夜志貴は既に殺されていて遠野志貴は“七夜”では無くなっている為だ。ケジメだけは着けておきたい。

 それに七夜と呼ばれると、熱い夏の夜のアイツと今の自分が強く認識が被ってしまう。

 

「―――――(退魔の七夜が混血の遠野を名乗る、か)」

 

 挨拶もそこそこ、互いに名前を明かし会話を一区切りする。士人は七夜の武器を持つ男が遠野と言う名字である事を疑問に思うが、そこまでは聞くことはしなかったし、大凡の理由は察しが付いていた。同年代くらいの男二人が森を進んでいく。森の中を黙々と歩いて行く殺人貴と代行者は周囲を警戒している。

 黙々と歩いていると、士人が法衣から何かを取り出した。その動きに殺人貴は気を向けるが出てきた物を見て変な顔、まあ目は隠れているし本当に見えているのか疑問だが、そんな感じのジトっとした視線を士人へと向けた。

 

 

 ――ゴクゴク――

 

 

 喉に水分が通る音。彼は酒を飲み始めた。種類は葡萄酒。

 

「―――……ああ、と。何やってるんだ、神父?」

 

「見て判らないか。飲酒に決まっているだろう」

 

「……いや、それは見ればわかる」

 

 彼は法衣から取り出した小型のボトルに入ったワインで喉を潤おしていた。今この時、この場所で、この戦場で、それは殺人貴にとって唐突過ぎた。混乱しない方がおかしい。そして如何でもいいが殺人貴の前にいる神父は見た目は自分より年下か良くて同年来くらいの、20歳以下の未成年だ。

 

「これは秘蹟を応用して作った魔術的な葡萄酒だ。飲むとMP(マリョク)が回復する」

 

「……RPG?」

 

 懐かしい日本のゲーム。それで彼はふと、ゲーム好きな薬師兼邪悪なる科学者の腹黒割烹着を思い出す。タタリの夜はかなり凄まじかった。正しく悪夢。もう二度とあの熱い夏の日の夢は見たくない。

 

「良く分かったな。学校の友人が貸してくれたゲームをやってな、これを思いついたのだ」

 

「本当にRPGかよ。魔術って一体――――」

 

「そう言うな。師匠からも、アンタは節操が無さ過ぎる、と叱られているのだ」

 

「……(苦労してるんだろうなあ、その魔術師)」

 

 この魔術師、もしやアレの同類か、と思う殺人貴。彼は目の前の代行者からマッドな気配を感じた。言葉にすればこう何と言うか、思いつきで何でもかんでも無駄に完成度が高い作品を造って何処までも己の道を突き進んでいく様な、そんな病的な物作りをする人間の気配だ。

 

「―――……ふむ」

 

 神父は新しくもう一本の小ビンを取り出した。それにもワインが入っており、上品な雰囲気を纏う旨そうな色をしている。

 それを殺人貴の方へ向けながら、彼は言葉を掛けた。

 

 

「―――――呑むか?」

 

「―――――飲むかっ」

 

 

 ツっこまずにはいられなかった。彼はこの代行者が腹黒割烹着にも似た、中々の愉快犯型精神破綻者だと気付く。そっと心の内で、何だかなあ、溜め息を吐いた。自分はこんなタイプの人間と何かと縁があるらしい。目の前の神父はニコニコと愉しそうに笑ってる。

 

「―――そうか。

 お前はこういった、ジャパニーズファンタジー色の強いアイテムには心揺らすモノを感じないのか、死神」

 

「揺らさない、とは言わない。

 でもそもそもな話、自分は魔術師じゃないし、飲んで魔力が回復しても意味がない。てか、こんなところじゃ人の貰い物を飲み食いする気分になれない」

 

 自分は正論を言っている筈なのに神父は残念そうな顔で、わかった、と呟く。この独特な感じがまた、此方の調子を崩してくる。ちょっとだけ、悪いコトを言ったかな、なんて殺人貴はついつい思ってしまった。

 

「……それにしても、大源の無いここは中々に回路が痛む」

 

「回路? ああ、魔術回路のことか。

 俺は魔術師じゃないからいまいち、ここの怖さが判らないな。実際のところ、木がウネウネして奇妙だと思うくらいだし」

 

 この死神、殺人貴の強さは一族が代々と極めた暗殺術と淨眼である。そもそも気配を消し死角から不意を突く七夜の技術には魔術回路の存在は害となる場合が大きい。自分の魔力を感知され敵に気配や動きを悟られでもしたら本末転倒であるし、はっきり言って魔術の呪文を唱えて隙を作る暗殺者など笑い者にしかならん。

直死の魔眼による必殺の能力と暗殺術を持つ彼には、魔術回路など不要の長物なのである。

 

「全く、お前はデタラメだからな。それを視た時は本当に驚愕したのだぞ。

 自分の魔術も悪魔じみた、と言うよりも太古の悪魔と同じ力だが、その眼は神を殺せる性能を持っている。二十七祖の討伐作戦に参加したからには何か有ると思ったが、本物の死神に出会えるとは思わなかった」

 

「まあ、自覚はある」

 

 それを聞いた神父は森に気付かれないよう、気配を限界まで消しながらも手に持った葡萄酒を、クイッ、と傾けて赤い液体を喉に流し込む。

 隣の殺人貴も気配を消しているが、その気配遮断は士人のモノと比べると次元違いに巧みであった。目の前にいるのに何も無い様な錯覚を覚えさせられる。超感覚で気配を捉えられなくも無いが、五感を狂わせるレベルのそれは見事としか言えない。先程の戦闘では芸術的なナイフ捌きも見せていたが、この男は暗殺術において天性の才を所有しているのだろう。士人としては羨ましい限りである。

 

「………」

 

 殺人貴が隣の神父を見ると、法衣の中から新しく干し肉を取り出して腹を満たしている。

 

「―――――――」

 

 イラっとした。此方も腹が減り、喉も乾いていると言うのに神父はそれらの苦しみを潤しているのだ。殺人貴に行き場の無い感情が積もっていく。

 隣で此方を見る、まあ包帯を眼に巻いているので実際に視認しているか如何か判らないが、神父は殺人貴から視線を感じた。

 

 

「―――――喰うか?」

 

「―――――食べない」

 

 

 意地と言うモノは張り続けないと、それは男の意地と呼べないのだ。

 そしてそれを聞いた言峰士人は、そうか、と呟く。その後にワインをまた、クイッ、と傾けて、一口だけワインを口に含んだ。

 

 

◆◆◆

 

 

 話もそこそこ。二人は取り敢えず、この場で殺し合う事も無い、と互いにそう認識した後は黙々と森の中を歩いて行った。アインナッシュは暗く、血生臭い陰湿な雰囲気で満ちている。

 

「なあ、神父」

 

「……何だ?」

 

 殺人貴が隣を歩く神父に話し掛けた。魔の気配はしない。士人の方も今は安全だと判っているのでその声に応えた。

 

「最初のアレ、何だったんだ? まともな魔術に視えなかった。後、何でいきなりあんなモノを撃ってきた?」

 

 聞きたかったこと。それを疑問に感じていた。最初に遠慮なく訊くのも如何かと思っていた。だが、ある程度時間を置いたこのタイミングならば訊いても大丈夫だろうと殺人貴は考えたのであった。訊くことが出来れば儲け物、そんな程度の疑問であったが。

 言われた神父は、む、と眉を顰める。どうしようか、と悩んでいる様に見える。

 

「見ての通りの魔術だよ。投影魔術、物体を魔力で複製する、珍しくも無い誰でも使える魔術さ。

 それとお前に、何で、と言われるのは心外だ。あのような魔眼で睨まれたら、殺される前に殺さなければ戦場では生き残れない。

 ―――お前の持つ七夜の淨眼、それの正体は“直死の魔眼”なのだろう?」

 

「―――……」

 

「その沈黙は肯定として受け取ろう」

 

「…………意外だな」

 

 殺人貴がそう、ポツリ、と声を漏らした。

 

「如何した?」

 

「いや。ただね、この魔眼を初めて知って、自分に対してノーリアクションだった奴は余りいなかったから。少し驚いただけさ」

 

 彼が思い出すのは、自分を化け物と罵り怖れる人外の怪物共。人の命を何とも思わない闇に潜む外道魔導と、この世の闇を跋扈し人喰いを愉悦とする悪鬼羅刹。そいつらに“死神”と、さらに恐れられる自分の力の大元となったこの魔眼を知って、ここまで魔眼に無関心な眼で自分を見る相手は初めてであった。この神父の奈落みたいな黒瞳には、畏怖も嫌悪も好奇も存在しない。

 

「そうか? 別に有るところには有る、と俺は思っているだけだが。

 それに多少はその魔眼に俺も驚かされたぞ。投影魔術があれ程あっさり破られるのは予想外にも程があったからな」

 

 真祖の吸血鬼でさえ化け物扱いする自分を、特に何でも無い、と扱うこの神父が少し殺人貴はおかしかった。

 

「そうかい。おまえは魔術師らしくも無く、また代行者らしくも無い神父なんだな」

 

「わかった。お前は俺の事を変人だと思っているのだろう?」

 

 少し怒った感じで言い返す。こういうところは見た目に相応した感じである。

 

「この業界で変人でない奴なんていないだろ」

 

「……まあ、それもそうだな」

 

 その時であった。神父は森から異常を感じた。それは血に染まった魔力では無く、術として形を得られたであろう神秘たる魔力の流れ。魔術師が魔術を行使する気配である。

 

「―――――――む」

 

「どうした?」

 

 足を止めた神父に殺人貴は声を掛ける。

 

「後ろから魔力の気配がした。と言うか今、何かを此方に発射する寸前だな」

 

「―――――――――」

 

 そう言う事は早く言え、と言いたくなった殺人貴。しかしもう背後から、此方に迫り来る死の気配を感じ取った。明らかな脅威、自分に対する殺意と害意に満ちた殺気がチリチリと肌を焦がす。

 

 

―――ヴゥゥウウウンンッ!―――

 

 

 空気が歪んでいく高速の揺れ。振動音と共に地表が衝撃音を鳴らし吹き飛ばされた。音波による衝撃である。

 

「お~い。大丈夫か?」

 

「無傷だ。心配無用」

 

 殺人貴の気の抜けた声が隣の木に隠れた神父に掛けられた。彼もあっさりと返事を返す。二人は音波があたる瞬間に離脱しており反対の方向へ逃げていた。その後に襲撃者から隠れる向きで木へと隠れた訳である。隠れた二人の距離は4~6mくらいお互いに見える位置におり、魔術師と二人の距離は百m以上だろう。

 

「…………」

 

 神父が木から少しだけ顔を出し、強化した目で襲撃者がいると思われる遠方を見る。そこにいたのは穴の空いた剣を振り上げる魔術師。確認したのは見た目は二十代くらいの女性。一応、魔術師に向けての解析も瞬間的に済ませた。

 

「――――――!」

 

 だが今なによりも気にすべきコトは、顔を出した士人に向けて丁度その剣を振り下したところだったと言う事だ。

 明らかにヤバそうだったので彼は木に身を隠した。

 

 ―――ヴゥゥゥウウウンン……ッ!―――

 

 魔樹へと不可視の衝撃が激突する。耳を神父は抑えるが肉体ごと空気に振動され鼓膜を揺らす。中々に素敵な時間で、出来ればもう二度と体験したくないと思える苦痛であった。

 

「……お~い、本当に大丈夫か?」

 

「そう見えるか、死神」

 

「うん、大丈夫そうだ」

 

 風の魔術で空気を振動させた音波攻撃。不可視且つカタチが無い為に剣での防御が不可能な衝撃破。士人が魔術の神秘から感じ取れた限りではそこまでの破壊能力はなく、魔樹を盾にすれば防げる神秘だった。最大出力の全力で繰り出される魔術ならば話は別なのであろうが、まだまだ小手先調べ、と言うよりもこのアインナッシュ内ではこの手の自然干渉系の外界に働かせる魔術だと回路に辛いものがあるのであろう。それに剣の解析で“魔術”は理解した。

 故に、魔術行使から感じた魔力量や観察した結果から魔の木々を盾に活用できると踏んだ訳であり、ここならば敵の魔術の盾になるモノが沢山ある。だがアインナッシュ内で人一人を簡単に殺傷出来る魔術を遠距離から放つ当たり、あの女魔術師は相当の腕を持った魔術師なのだろう。故に油断は禁物だ、高位の魔術師で二十七祖クラスの輩もいない訳ではない。

 

「殺気丸出しで此方を観察しているぞ。見た雰囲気、あれは協会の執行者だな」

 

「魔術協会の戦闘狂どもね。あ~、連戦は勘弁して欲しいな……ったく。

 ――――で、神父。あれが何なのか分かったのか?」

 

 ふむ、と士人が頷く。纏めた観察結果をさらりと教えた。

 

「風の振動による音波魔術。さながら飛ぶ剣撃、と言ったところだ。

 不可視且つ面による範囲攻撃で回避は非常に困難。さらに物体では無く衝撃そのものな為に武器で迎撃しようがなく、防具での防御も難しい」

 

 神父の強みの幾つかの内に感知力と観察力がある。認識力とも呼んでも良いが、物事を感じ取り理解する能力が非常に高い。

 戦闘では敵の存在、何より自分の脅威となるモノを感知し理解し対応する力がある。それに士人の対応力も十代の代行者のレベルとは思えない程、高い技術に至っている。

 

「俺の魔眼は全ての魔術の天敵だけど、ここは遠距離で撃った方が早いかな」

 

「ならば俺が出ようか。遠距離戦は自分の十八番だ。どうやら風を操る魔女が相手の様だが、何、問答無用でトばしてみせよう」

 

 風の魔女。

 殺人貴はそれを聞いて、ある人物と被り少し興に乗りたくなった。正直な話、遠野志貴にとって強過ぎる七夜の血は厄介だがそれでも戦いは楽しいし、命が掛かった殺し合いならもっと最高だ。

 

「……(それに人間の女を殺すのは、どうも……ね)」

 

 殺さなくては自分が死んでしまう、そんな場合なら躊躇も情緒も無く相手を殺せる。

 しかし、殺さなくていい命なら殺さないのが殺人貴の今のところの方針であり、それは余裕のある場合に限り一応だが戦場でも適応させている。また自分は根っからの暗殺者の為、目的以外の不必要な殺人はあまり好ましいものでもない。

 確かに攻撃してきたとは言え、殺す対象でもなく隣の魔人みたいに殺さないと対処出来ない程の死の気配を感じる訳ではない。殺さずに無力化する、戦っている内はそんな雑念は捨てて殺す気で殺し合うが、それでも死を見ずに決着を着けられるかもしれないと考える。

 それとこの神父は問答無用で魔術師を圧殺して終わらせそうだ。甘いとは思うが明確な敵でもない“人間”を見殺しにするのは精神衛生に良くないし、自分の心情にも反する事。

 

「いや、いいよ。こういう相手は得意だから、ここは俺に任せ――――――」

 

 と、その時。

 

 

―――ヴゥゥゥウウオンンン……ッ!!―――

 

 

 轟音が炸裂した。放たれた魔術が二人を燻り出そうとしているのだ。強烈なプレッシャーを与え、精神的な圧迫感を強く与える。

 辺りを襲う音波魔術により、殺人貴の言葉は途中までしか神父に聞こえなかった。

 

「あー、それで何と言ったのだ?」

 

「―――つまり、俺に任せとけって言ったんだよっ!」

 

 バッ、と地面を蹴り殺人貴は魔樹の影から抜け出す。

 士人はそれを見ながらも、宝具殺しが可能な異能者なら“魔術”くらい対処出来るだろうと、対して何かを思う事無く戦いを観戦することに決めた。魔力の節約もしたいと言う考えもある。

 神父は風の凝縮と死神の気配を感じる。風を操る魔術師と死の担い手である死神が戦いに臨むのだろう。

 ―――死徒狩りはまだまだ終わりを見せなかった。


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