ライダーが消えた教室を二人は出ていく。
「じゃ衛宮くん、急いでよね」
「わかってる。遠坂もな」
階段を上った凛は士郎に一時の別れを告げ自分の教室に向かう。結界はなくなったとは言え、彼女は空気はまだ重く感じる。と言うよりも、遠坂凛が気落ちしているといった方がいいだろう。
結界の発動。倒れる生徒たち。間桐慎二の死。そしてライダーの脱落。
全てが重い現実だ。こうして一段落すると、一気に考え事が悩みとして自分の精神に襲ってくる。天才、と言うよりも、化け物クラスの魔術師である遠坂凛とはいえ、辛いモノは辛いし、疲れるコトは疲れる。言ってしまえば、凛は魔術師であると同時に人間なのだ。遠坂凛は「遠坂凛」という存在として「人」と「魔術師」の面を持つ。
彼女が覚悟を幾ら持とうと、ついこの間までは日常を謳歌してきた少女である。「魔」に属する存在として異端の時間も過ごしたとは言え、代行者としてドップリ異端に浸ってきた士人とは密度が違った。
凛にはこういった「魔」の経験が少ない。修羅場を踏んだことは皆無といっても良い。要は「慣れ」というものがまるで無いのだ。全てが初めての体験であり、命懸けの殺し合いで何でも有りなサバイバルなど経験ゼロ。聖杯戦争が参加者に与える極限状態は、凛の精神をガリガリと削っていく。いくら本人の心が強かろうとも、戦いの緊張と死の恐怖は日々は疲れとして心身に溜まっていく。
凛は思わず足を止めていた。
悩み事は尽かない今の自分。考えれば考える程、考えてしまう悪循環。
「……はぁ。こんなんじゃ、地獄にいる綺礼に笑われるわ」
脳裏には邪悪な兄弟子の邪悪な笑み。不吉な笑顔と同時に、あの不愉快な笑い声が鮮明に頭の中に甦る。溜め息を吐いた彼女はそのイメージを消す様にゴシゴシと乱暴に頭を掻く。
「なんで神父なのに地獄の方が似合うんだろ? ……ま、綺礼だから仕方ないか。………父さんの仇でもあるみたいだし」
小さい声で呟く。疲れているのか、凛はストレスを少しでも発散したくて思わず声に出してしまった。彼女はそう言った後、地獄の様な風景を自分の背景にして此方を嘲笑う兄弟子の姿を、ハッキリとイメージ出来た。
「――――――ち」
凛は教室の扉に手を掛けた時に、思わず今は亡き言峰綺礼に対して殺意を抱く。扉を開く腕に少々力が入ってしまう。
ガラン、という音。乱暴に開けられた扉の悲鳴。
「うわっっ!? って、遠坂かい」
そして友人の悲鳴が教室から聞こえた。
「――――綾子?」
それを聞いた凛が思わず呟いた。扉が開いたのに驚き、ふい~、と安堵の声を漏らす美綴綾子。教室にいた彼女は突然入ってきた凛に驚いた。数秒間、凛はフリーズする。
「――――って、なんで綾子!?」
「え? いや、なんでって言われても。―――それはあたしがあたしだから?」
哲学的(?)な返答をする綾子。双方ともに混乱しているのが良くわかる。
「聞いてないわよ、そんなコトっ!」
暴走する凛。ズバシ、と指先を綾子の方に指して、そんなコトを叫んだ。そうしたら、ダンダン、と人が走る音が廊下から聞こえてくる。凛と綾子が扉の方に顔を向ける。
「どうしたんだ遠坂っっ!?」
騒ぎを聞き付けた士郎が教室に駆け込んで二人の所まで来た。三人分の荷物を持っているので、少し間抜けな姿だ。そして教室は段々と混沌としてきた。気絶した生徒たちが床に伏しているこの状況だと、中々にシュールな光景だ。
「ぬおっ! って、衛宮か。……なんで衛宮?」
「あ……美綴? なんで美綴が?」
その時、またもや廊下から人が走ってくる音が聞こえてきた。と言うか、ズダンズダン、と階段を飛び降りた感じの音の後、ズダダダダダ、って感じの廊下を走る轟音が聞こえた。それは人が発する音ではなく、いうなれば高速移動する二足歩行生命体が走ったらそんな音がすると思われる未知の足音だ。何と言うか、本気で廊下が壊れそうな足音だった。美綴綾子は色々と恐怖した。それはもう色々と怖かった。
「士郎、凛! ご無事でしたか!?」
綾子が見た足音の正体は甲冑姿の女の子だった。セイバーだった。叫び声を聞いてセイバーが教室に入って来る。
「――……誰さ?」
疲れた声で彼女はそう言った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
雑木林に風が吹く。間桐慎二だった灰を風が撒き散らしながら、何処かへと運んで行く。
「・・・ふむ」
士人は間桐慎二だった灰を眺める。風に乗り消えていく遺灰。彼は共に日常を過ごした友人であったが、神父は慎二を殺した時には何の感情も浮かばなかった。強いて言うなら衝動と言えばいいのだろうか、少しだけその死に様に、彼は胸に迫るものを感じた。最後に友人だった男の遺灰が消えていく光景を見て、士人は感傷に浸ってみようと考えたが特に何もないみたいだ。
「(ほう。あれはセイバー……と何故か後ろに美綴もいるな。それにアーチャーの視線もある)」
視界には遠坂凛、衛宮士郎、セイバーらしきサーヴァントに美綴綾子がいた。そして、此方を射抜く弓兵の視線。一度だけ裏路地で有ったサーヴァントの気配も感知する。言峰士人は四人が集まっている師匠たちのグループに向かって行った。
「言峰、慎二はどうしたんだ!」
士人を見た士郎が開口一番に聞いてくる。今はもう緊急事態ではないので、聞きたいことを遠慮なく聞くことが出来る。士郎は士人に詰め寄った。
「既に処分した」
そう言いながら士人は自分の荷物を士郎の腕から奪う様にして取った。
「―――言峰っ……!」
その言葉には色々と思いが詰っていた。如何して、何故、殺したんだ、と目が訴える。怒りの形相で神父の制服の襟を握りしめ、士郎は怒鳴りつけた。
「まったく。そもそもあの状況では殺さないのが論外だ。此方も仕事でね、処断出来る者を処断しなくては職務怠慢だろう?」
「――――――――ッ」
いつもの言峰の雰囲気で、それが当たり前の事であるように士人は彼に言う。友人を殺された士郎は一気に頭に血が上る。
「―――っ。
そうかよ、てめぇ……!」
士人へと振りかぶられる腕。そのままでは顔面へと直撃する筈だったが、士人に当たる事はなかった。
「――――――遠坂」
腕を止めたのは士郎の後ろにいた凛だった。振り返った士郎が見た彼女は、酷く冷たい顔をしていた。
「やめなさい、衛宮くん。士人はみんなを助ける為に慎二を殺したのよ。……それに魔術師としても監督役としても、彼は間違ってないわ」
「だ、そうだぞ。いい加減手を放せ、衛宮。
それにこれは魔術師としての教えでもある。魔術師ならば、俺が師匠からそう教えられたように、お前も自分の師から同じコトを教えられた筈だが」
冷たい声と重苦しい声が士郎へと掛けられた。辛そうに揺らいだ目の凛といつも通りの死んだ魚に似た目をした士人。この師弟が揃って、激昂した士郎を見続けている。
「――――くそっ!」
士人から離れる士郎。忌々しそうに手を放した。魔術師として非情に徹しようと自分を我慢する凛にはまだ許容できた。しかし、非情であることを当たり前に出来るこの男には酷く腹が立つ。
あそこで、間桐慎二とライダーを殺すことが「間違いではない」のは分かる。何せ彼らの凶行を止めないと、何百人の生徒が殺されることになる。理想は、慎二を生きたまま止めて、生徒も助ける事だ。しかし、確実に大勢の命を助けるのなら慎二が生徒たちを手に掛ける前に消してしまうのが一番だというのも士郎は理解が出来た。失敗は許されない、泣きごとなどもっての他だ。
―――それでも、士郎は慎二が死んでしまった現実が悔しく、人の死が悲しかった。
セイバーからも離れた位置で綾子はさっきに会話を聞いていた。友人たちの会話は酷く重い。空気も暗い。見ているだけで自分も嫌な気分に成ってくる。
「(―――――間桐慎二が、死んだ?)」
離れていた綾子はこの会話で、間桐慎二が言峰士人に殺された事、学校の生徒たちが間桐慎二に虐殺されそうだった事、最後に言峰士人が人助けの為に人殺しをした事が判った。そして、判ってしまった綾子は頭の中が壮絶に思考が乱れる。
「(これが魔術師の世界、か。ホント、一般人には辛い世界だ)」
だけど、この話は余りにも現実感がない。平和な日常の裏側は、血塗れた不思議の世界。ただ、自分が迷い込んではいけない場所に迷い込んだのは理解出来た。
―――と、そんな時、彼らへと声が掛けられる。
「む。これは随分と大所帯になったものだな」
裏口に向かう途中の雑木林。そこでアーチャーのサーヴァントが現れた。
「アーチャー……! アンタ今頃やってきてなんのつもりよ!」
「決まってるだろう、主の異常を察して駆けつけたのだ。もっとも遅すぎたようだがな。セイバーがいて凛が無事なら、事はもう済んでしまったのだろう?」
「っ! ええ、もう済んじまったわよ! アンタがのんびりしている間に何が起きたのか、一から聞かせてやるからそこに直れっていうの!」
「どうやら最悪の間で到着してしまったか」
がやがや、と二人は周りを忘れて言い争う。学校であった事とサーヴァントへ文句を言うマスターと、マスターの愚痴と状況説明を甲斐甲斐し過ぎてもはや嫌味っぽくそれを聞くサーヴァントの図。と言ってもだ、凛が一方的に怒鳴り、それをアーチャーがやんわりと受け流しているだけなのだが。
「やはり仲が良いのですね、あの二人は。凛が怒っているのはアーチャーを信頼していた裏返しですし、それを黙って聞いているアーチャーも、凛に申し訳がないからでしょう」
士郎の隣へと移っていたセイバーの声。
「―――言いたい事は判る。けど、どうしてそれをいちいち俺に言うんだセイバー」
「いえ、シロウが難しい顔をしていたものですから。代わりに解説してみただけです」
「………」
意味ありげに笑うセイバーと憮然とする士郎。ニコニコしているセイバーとムスッとした士郎は対照的だった。
凛とアーチャーが騒いでいる所、士人は離れたところで彼らの様子を見ていた。
「なあ言峰」
「どうしたのだ、美綴」
士人と同じで、話し込むマスターとサーヴァントの主従二人組から外れていた美綴は彼に話しかけた。
「あたしはどうすればいい?」
「悪いようにはせん。ただ、本格的な処遇は聖杯戦争が終わった後だ」
「あー、それも気になるが。あたしはこの後どうすればいいかと思ってな」
「? そのまま家に帰ればいいのでは?」
「………いやいや無理でしょ。学校に居なかったことを家族にどう説明すればいいのよ」
そう言った後に、そのまま家に帰って良いとは思わなかったし、と小さく呟く綾子。おそらく家族への言い訳など、考えていなかったのだろう。思わず疑問に思ったことを士人に喋ってしまった。綾子の小さい声は士人に聞こえていたが、特に気にする事でもなかったのでそのまま話を続けることにした。
「―――ふむ。では、アレだな。
昼時だったから外に食べに行っていた、もしくは昼飯を買いに行っていた。で、学校に帰って来たらこの騒ぎだったので家に帰る事となった。
言い訳としてはこれで充分だと、俺は思うが」
さっくりと解決案を出す神父。
「……なるほど。その手があった」
自分が悩んだ事を簡単に思いつくこの男に綾子は呆れていた。
「それと、言峰にはまだ聞きたい事があるのよ。学校から出たら話がしたいわ」
「ああ、別に構わないぞ」
慎二の事や衛宮の事。今は頭が混乱していて考えが纏まらないので、綾子は今は早く学校を出て詳しい事が聞きたかった。
士郎とセイバー、綾子と士人が話している内に、凛とアーチャーの会話が鎮まっていく。どうやら粗方話が付いたようだった。
「わかったわかった、次からは体裁など気にしない。それで今回の件は分けという事にしておこう。
――――で。結局、脱落したのはどのサーヴァントだ?」
アーチャーの眼付が変わる。いつもの皮肉げな余裕は影に潜め、そこにあるのは冷徹な戦士の趣だった。
「……消えたのはライダーのサーヴァントだ。状況は判らないが、キャスターにやられたんだろう」
「キャスターに? ではキャスターはどうなった。よもや無事という訳ではなかろう」
「それも判らない。ただライダーは一撃で倒されていたから、キャスターは無傷だと思う」
士郎が代表してアーチャーに言う。アーチャーもあの状態の凛からは、はっきりした情報を得られなかった。彼は得られた情報をまとめる為、士郎から改めて情報を聞いたようだ。
「……ふん。腑抜けめ、所詮口だけの女だったか」
と、それを聞いたアーチャーは一笑する。その後に言葉を続けた。
「勝ち抜ける器ではないと思ってが、よもやただの一撃で倒されるとは。まったく、敵と相討つぐらいの気迫は見せろというのだ」
いつもの調子に戻って彼は、消えたライダーを罵倒した。
「――――アーチャー。
ライダーはマスターを守って死んだ。腑抜けなどと、貴方に言う資格はない」
騎士であるセイバーには、その侮辱は許す事が出来ない。死者への罵倒などと言う、死んでいった戦士に対する鞭打つ行為は見逃せないのだ。
「は、何を言うかと思えば。腑抜けは腑抜けだろう。英霊を名乗るのなら、最低限一人は殺さなければ面目が立つまい。それが出来ぬのなら、せめて命懸けで相討ちを狙えと言うのだ。そもそも、その守ったというマスターもライダーが殺された後に、そこの神父に殺されたようではないか。
―――――私から言わせて貰えば、ライダーは犬死に等しい」
犬死だと、ライダーの死が無様だと、赤い弓兵は哂う。
「―――――犬死だと。
勝手な事をほざくな、アーチャー。戦士の散り様を罵るとは、貴様こそ英霊を名乗る者か」
「く。どのような理由であれ、無様に破れた事に変わりはあるまい。
……まあ、確かに英霊であるから、というのは失言だったな。英霊であろうがなかろうが、弱ければ死ぬだけだ。この戦いに相応しくない“英霊”とやらは、早々に消えればいい」
看過できない弓兵の言葉。
「―――よく言った。ならば私と戦うか、アーチャー」
「おまえと? これは驚いたな。何が癇に障ったかは知らんが、協力関係にある者に戦いを挑むとは。
だが残念。私はおまえたちと戦うな、と令呪が下されている。
いま挑まれては、ライダーと同じく無抵抗で倒されるだけだが―――――そんな相手と戦うのが君の騎士道なのか、セイバー」
「ぬ―――――――」
無言で睨みあう二人。英霊が造り出す重圧はとても重く、空間そのものが固く感じる程だ。酷く居心地が悪い。
「―――――ク」
そこに、耐えきれぬ、とそんな感じの笑い声が入った。それはこの言い争いを見ていた神父の嘲笑。
「……何が面白い、神父」
「いや。ただ、何だ、お前は英霊が憎いのか、アーチャー?」
ク、と笑い声はした時、弓兵は視界にいた士人が笑っているのを見ていた。セイバーは士人が横にいたため見えていなかったが、アーチャーが見たアレは完全に哀れなものを愉しんでいる目で笑っていた。苦笑に近い笑顔だったが、目が余りにも異質だった。
「―――――なに」
「聞こえなかったか? 俺は、英霊が憎いのか、と訊いたのだ。
お前の“英霊”という言葉には、明らかに憎悪と嫌悪の感情が含まれていたからな」
戸惑った顔をしたアーチャーに、神父がそう告げた。
「―――――――――」
黙るアーチャー。段々と纏う雰囲気が変質していく彼を愉しそうな目で見ながら、士人は話を進める。
「お前のソレは、神職に就いてる俺とっては馴染みな他者の感情だ。後悔、絶望、憎悪、悲嘆。全てが当てはまるように感じただけだ。
そんな『人間』が語る話ならば、ほら、神父である俺は笑顔でその話を聞き取ってやらねばいかんだろう」
「――――貴様」
それを聞いていた弓兵の視線が、言葉と共に神父を貫いた。その言霊は一般人なら意識を失う程の威圧を持っている。彼は自分の内心を悟られた己自身に怒りを感じ、何もかもを飲み込む奈落の眼で此方を見る神父を異常に感じる。この男、何処か楽しそうだ。
「何だ。何かお前の気分を害することでも言ってしまったかな。
もしそうならば、ちゃんとそう言って欲しい。しっかりとその部分を訂正してやろう」
「………」
暗い殺意を宿し始めるアーチャー。そんな彼が面白いのか、神父は愉快そうに目の前のサーヴァントをからかっていた。神父から見たアーチャーは、一目見ただけで中々に業が深そうなのが理解出来た。それに士人は彼が士郎を見る目が常軌を逸しているのも気になっていた。目に宿るアレは殺意だ、それも全ての負の感情が凝り固まった如く、狂気的であり、盲目的な殺意だった。
ク、と一笑した士人は業の解体を始める。そして何処か不吉な雰囲気を纏い始めた神父が、会話を続けようと口を開いた。
「―――そこまでにしなさい」
しかし、士人は言葉を告げられなかった。遠坂凛の静かな一喝。それが彼らを止めたのであった。
「今は喧嘩なんてしている場合じゃないでしょ。
ライダーは消えて、マスターも一人脱落した。けど学校にはあと一人、正体不明のマスターが潜んでいる事は間違いない。
いい、アーチャー。わたしと衛宮くんの協力条件は“学校に潜むマスターを倒すまで”よ。それともなに? あなたは、今度はセイバーと戦うな、なんて令呪を使わせたいの?」
それを聞いたアーチャーは、ふん、と士人を視界から外す。
「―――――そうだな。セイバー“殿”があまりにも王道ゆえ、からかいに興が乗ってしまった。
すまんな、セイバー。私と戦うのは、協力関係が終わってからにしてくれ」
「……いいえ。私も大人げなかったようです。凛に免じて、今の発言は聞き流します」
と、謝罪をするサーヴァント二名。
「―――で、バカ弟子。次、いらぬコトをしたら、マジでブチ殺すから」
あかいあくまな笑顔。何と言うか、先程のアーチャーの比ではなかった。凛の後ろに下がったアーチャーが冷や汗をかいている。さっきの殺伐空間を何気なく普通に凌いでいた綾子でさえ、ひっ、と漏れる声を抑えている。『言峰』の習性というか、言峰士人基準で面白そうだったアーチャーを養父譲りの悪い癖でからかっていた神父は、過去の師の所業を思い出している。勿論、士郎も色々と凛が怖かったし、セイバーも言い様のない凛から威圧感をその類い稀な直感で感じ取る。
「………………肝に命じとく」
士人の返答は、何処かぎこちなかった。
「はぁ」
凛の疲れた感じの溜め息。その後、後ろにいるアーチャーに声を掛ける。
「アーチャーも内のバカ弟子はこういうのだから気にしないでね」
「あ、ああ。了解した、マスター」
マスターに冷や汗を出したままの状態のアーチャーが返答する。らしくない、皮肉な雰囲気など欠片も無い引き攣った笑顔をしていた。いつもの遠坂凛に戻った凛は、士郎へと向き直す。
「とにかくっ! 話は今の通りよ。
わたしたちの協力関係はまだ続いている。今日はもう無理だろうけど、明日になれば学校でキャスターのマスターを捜す事だって出来るわ。
―――――つまりは現状維持って訳だけど、衛宮くんはそれでいい?」
「ああ、そのつもりだ。それで今日はどうするんだ? やっぱり柳洞寺に行ってみるのか?」
「そんな訳ないでしょう。アーチャーの話じゃ柳洞寺に行くのは自殺行為だって話だし。キャスターを倒すんならマスターを捜すのが先決よ。
幸か不幸か、キャスターのマスターは毎日学校に来ている。こっちからつついて警戒されるより、今は続けさせた方がいいわ」
「む……?」
士郎の唸り声。
「……つまり、誰がマスターなのか確かめた後、柳洞寺に戻る前に襲おうってハラか?」
悩んでいた士郎が、凛の考えを理解する。
「そういう事。どうもね、キャスターのマスターはわたしと衛宮くんがマスターだって知らないと思うのよ。
だって、知ってたら学校になんか来ないでしょ?」
「あ―――――うん、それはそうだ」
士郎と凛はこれからの方針を話合っていった。
◇◆◇
「言峰さ、アレはヤバかったんじゃない?」
マスターとサーヴァント連中が会議をしているところから少し離れて、綾子が士人が話をしていた。
「ヤバいって、ふむ。俺が紅いのをからかっていた事か?」
「そうだよ。あんま余分なことはしない方がいいぞ、如何見ても堅気じゃないし」
魔術師でもないのに直感でサーヴァントの危険さが判る辺り、綾子の霊的感覚は優れているのがわかる。見た目からしてサーヴァントの恰好は普通ではないが、それらが持つ雰囲気だけで彼らが人間ではないと綾子には何となく感じ取れた。
「そうは言ってもな。ああいう業が深そうなのは、色々と手を出したくなるのだよ(横のセイバーも面白そうな印象だが、アレはギルが欲しそうにしてたから、な)」
内心でセイバーのことをそう考えていた神父。彼女の事を士人は教会の居候の女で彼の現世での玩具という認識のため、自分から関わろうとは思っていなかった。王様から聞いた事と実際に見た感じ、中々に愉しそうな人物みたいだが、それはギルガメッシュの娯楽だ。態々、他人の遊びに手を出すのもどうかと思い、からかうことはしなかった。
「……あ、悪趣味だよ、アンタ」
少し引く綾子。
「そうか? 俺みたいな神父は他人の悩み事とか大歓迎なのだぞ。それと関わるのが仕事でもあり、その仕事が喜びでもある」
やましい事は微塵もない、とそんな雰囲気で言う士人。
「……そう聞くとまともに聞こえるから不思議だわ」
「ふむ、俺の知人である神父連中に比べれば、自分はまだまだ人間的でまともだと思うぞ。こんな裏側で生活しているからな、宗教組織のイカレ具合とか良く知ってる。教会の人間で、神のためと歓喜しながら戦い殺し尽くす、なんてざらにいる人種だ」
「―――――うわぁ。リアルにそんな狂信者がいるの」
「ああ、リアルでその様な狂信者は少なくない。
判り易く言うのなら、魔女狩りの時代や聖地奪還の時代の、そんな今から大昔の人間だと考えてくれればいい。要は、神の為なら全て良し、というヤツだな」
話を聞いて引き攣った顔をする綾子に、いつもの笑顔を向ける士人。
「怖いねえ、嫌だ嫌だ。殺すだとか死ぬだとか、世知辛いにも程があるでしょ。
……はぁ。いつからあたしはこんな不思議の世界に迷ってしまったのよ、まったく……」
「まあ、確実に路地裏で襲われた時からだな」
「……ついてないのかなあ、あたしって」
しみじみと呟く綾子であった。今思えば、あの出来事が分岐点だったのだろう。
「勿論それもあると思うが、美綴が聖杯戦争に巻き込まれたのは霊的ポテンシャルの高さや生まれ持った才能や異能も理由だろう。
異端は異端を引き付ける。常識から外れた非常識は非常識同士、引き寄せ合うのが世の常だ」
「本当、世知辛いわ」
「人生など、その様なものだ」
士人は綾子の嘆きを、ク、と笑い飛ばす。落ち込み肩を落とす綾子と、そんな彼女を笑う外道神父。色々とおかしな光景だ。
「士人、アンタはこの後どうするのよ?」
話終えたのか、凛が離れていた士人に声を掛けてきた。何故だかわからないがその隣にいる士郎は顔を赤くしていた。
おそらく、凛の無自覚なスキンシップにやられたのだろう。
「帰って書類整備だ。主に今回の件で出た報告書のまとめだな。
と言ってもだ、俺には書類整備の前に今は違う監督役の仕事がある。学校から出た後は、聖杯戦争に関わってしまった美綴と少しこれからの事について話合いをする予定だ」
む、とそれを聞いた凛は少し悩む。
「じゃ綾子は士人に任せたわ。
それじゃ、綾子。これから大変だけど頑張りなさいよ。わたしも友人として心配してるんだから」
「うん、わかってるよ、遠坂。アンタもしっかりしなさいよ」
凛と綾子が別れを告げた。
「行くわよ、アーチャー! 帰ったら本気でさっきの不始末を追求するからねっ!」
「ああ、やはりそうきたか。どうもな、凛には口汚さが足りないと思っていた」
「――――アンタね。ほんっと、一度とことん白黒つけないとダメわけ?」
あれこれと文句を言い合いながら、凛とアーチャーは去って行った。その後に士郎がセイバーに口を開く。
「俺たちも帰ろうか。確かに少し疲れたし、今日は早めに夕食にしよう」
「いいですね。その意見には賛成です、シロウ」
士郎とセイバーも帰るみたいだ。彼は言峰と美綴の方へ振り向き別れを告げる。
「じゃあ、俺たちも帰る。美綴のことは頼んだぞ、言峰」
「わかっている。これは監督役である俺の仕事だ。美綴のことは任せておけ」
「それじゃ衛宮。
アンタがそうだったのは驚いたけど、やめる気はないみたいだからね。絶対に死ぬなよ」
「大丈夫だ。俺にはセイバーがいるし」
そうい言って士郎は二人に挨拶をした後、凛とアーチャーに続き、セイバーを連れて学校を出て行った。
「さて、あたしたちも帰りますか」
「そうだな。それで話は何処でする?」
綾子の言葉に士人は返す。
「そうねぇ。あたしは別にどこでもいいわ」
それを聞いた神父は、ふむ、と呟いて数秒悩む。
「腹も減った事だ、飯が食えるところでいいだろう」
「確かに。昼食の後なのに、何かだるいというか、空腹感があるというか」
「あの結界は生命力を吸収するからな。腹が減っているのはその為だと思われる」
士人は一旦、会話を切り間を空ける。
「―――――でだ、美綴。一軒、うまい店を知っているのだが、そこに行かないか?」
雑木林を歩きながら横にいる綾子に、とても明るい笑顔で神父はそう言った。