神父と聖杯戦争   作:サイトー

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外伝2.求道者の終わり

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 昔話。第五次聖杯戦争直前の頃。

 

 

 

 

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 今の冬木市の天気は曇り。どんよりとした空模様の中、墓地では棺が埋葬されていた。

 

 

 

 ――――その葬儀は一人の青年が喪主を務めていた。隣には少女が一人いる。

 

 

 

 葬儀は西欧生まれと思われる老年の神父が進行させていた。葬儀の参列者たちは、老年の神父が述べる死者への祈りを聞いている。

 

 

 

 ―――祈りの中、棺は土の中へと埋められていく。

 

 

 

「――――――――――I know that my Redeemer lives,and that in the end he will stand upon the earth.」

 

 

 喪主の青年、言峰士人は養父である言峰綺礼の入った棺を祈りの言葉が流れる中見ていた。棺が大地に贈られる。その様子を見ていた神父は、養父の最期を思い出していた。

 

 

 

 

 時期は一月、高校生である言峰士人は冬休みであった。教会で言峰士人は暇な日常を過ごしていた。しかし12月は、言峰士人にも友達付き合いがあり学校の知り合いとちょくちょく外で遊びに出掛ける日や、クリスマスやクリスマス・イヴ、それと大晦日と言う行事が神父としてあるので忙しかった。そして一月のその日、士人は教会で時間を過ごしていた。

 12月での教会の行事が終わった言峰士人は、1月は特に何もない冬休みを送り、やることもないので暇潰しに濃厚な鍛錬を日々行っていた。特に武器造りに精を出し、銃の改造(先輩の代行者や剣を振り回しながらショットガンをぶっ放す二十七祖の影響)や魔術礼装、概念武装の開発をしている。

 工房からでた言峰士人は、日課である祈りをするため礼拝堂に向かう事にした。すると、礼拝堂からは養父である言峰綺礼が祈りの言葉が扉から聞こえてくる。

 

 士人にはその声が明らかにいつもの声とは違って聞こえた。礼拝堂への扉を開け、言峰士人は入っていく。神父が唄う祈りの声はもう止んでいた。

 言峰綺礼は椅子に腰を下ろし休んでおり、士人はその姿がいつもと養父である言峰綺礼の雰囲気がまったく違った。

 ―――そうして、士人は養父を視界に入れた瞬間。これが言峰綺礼の最期なのだと悟る事ができた。

 

 

 言峰綺礼(神父)が礼拝堂に入ってきた自分の養子を見る。

 

「……士人、か。ちょうどいいところに来た。話があるから椅子に座るといい」

 

「ああ」

 

 言峰綺礼が礼拝堂に入ってきた言峰士人に声をかける。その声を聞いた士人は話を聞くために綺礼に向かって行った。綺礼が座っている最前列の席に座る。士人は綺礼とは一人分の間を空けて座っていた。

 

 

 言峰綺礼は自分の養子にした少年を見た。そして過去を思い浮かべる。

 第四次聖杯戦争のおり、気紛れで拾った自分の養子。この男が同類であり自分と同等の奇形な精神をしていると理解した時、どれ程愉快だったか。思えば面白い話だ。若い頃は枢機卿の道を蹴り、健常な精神を得るために色々と経験を積み重ねてきた。鍛錬を重ね、代行者となり異端を狩り続けた。そして聖遺物を回収していく日々。世界中を巡礼して回ったこともある。

 旅を続け、ある日一人の女に出会った。その女は死病を患っていたが、自分はその女と結婚し子をもうけた。そこにあったのは幸せな当たり前の日常。そして時が経ち、自分を愛している女との共同生活は自分と女の娘も加わり三人暮らしへと変わった。妻と娘との家族の団欒、しかし自分が変わることが無かった。妻にした女が目の前で死んだ時も思えた事は、いっその事自分が殺してやりたかったという倒錯した思考だった。女が残して逝った自分の娘も、結局は愛せず孤児院に預けた。

 そうして、また旅を始める。時間が過ぎ自分にまた、転機が訪れたのは聖杯戦争の令呪が腕に刻まれた時だろう。父の友人の息子である遠坂時臣を魔術の師として魔術を学ぶことになり、遠坂家に弟子入りすることになった。自分は魔術を修練したがこれと言って感慨はなかった。

そして第四次聖杯戦争は訪れ、冬木市が戦場になる。あの時の自分は資料で見た衛宮切嗣に答えを求めて戦いに臨んで行った。そして、時臣師を裏切り、師の妻を娯楽半分で道具にし、衛宮切嗣の妻を殺した。そして、奴と戦い自分は聖杯を知る。やっと、答えが得られる存在に会ったがそれも奴に心臓を撃ち抜かれ、答えを得る事は叶わなかった。戦いも終わり、己を理解できた。破壊された心臓は呪いが補完していた。

 ―――そして、その帰り道だったのだろうか、呪われただ生きているだけの子供を拾ったのは。

 言峰綺礼は気紛れに拾った子供の中身を知った時、中々愉快だった。先天的なのか後天的なのかの違いはあれど、この養子は自分の同類であった。内に価値のあるモノが存在しない。

 言峰綺礼が反転した価値観を持つなら、言峰士人は空(カラ)の価値観を持っていた。不幸を至福とし、幸福を苦痛に感じる綺礼だが、士人は幸福も不幸も等価であるが故に平等に無価値であった。

 彼は自分の父でもなく、妻にした女でもなく、気紛れに拾った子どもが己の理解者であった運命が愉快だった。自分が養子にした子の家族を皆殺しにし、幸せを壊し、日常を燃やし、何もかもを灰に変えたのだ。その息子が、自分と家族となり互いを許容した。つまるところ、お互いにお互いの異常性はどうでも良かったのだ。恐れることも、嫌悪することもなく、それはそういう存在なのだと認識していた。

 ―――言峰綺礼が息子に向けて声を掛けた。

 

 

「私はもう死ぬ。ここは父親らしく遺言でも残しておこうと思ってな」

 

 死に逝く神父は息子に語りかけた。その顔には苦笑が浮かんでいる。

 

「全く。本当にらしくないな、父親(ちちおや)なぞ。

 ……だが、俺も息子だ。その遺言を受け取ろう」

 

 綺礼は心臓をアンリ・マユの呪いによって蘇生されており、泥によって今まで生き永らえてきた。そして、養子にした言峰士人と生活してきた言峰綺礼の呪いは少量であったが段々と削られていった。

 呪われた魂である士人にとって、憎悪、苦痛、悲哀、憤怒、絶望、罪悪などのヒトを生み出す怨念の類は魂の栄養に過ぎない。アンリマユの呪いなど生命と同等な唯のエネルギーだった。士人は綺礼の呪いを吸収する気が欠片もなくとも本当に少しづつであったが、呪いが傾いていったのである。死者に纏わり付く呪詛と、生者に憑いて強くなり続けていく呪詛とでは、大きな差が出て来るのは当然のこと。日々深化する黒い泥に、色褪せる一方でしか無い泥では濃度が違う。

 ―――故に、父である死人の腐肉を子は遂に喰い殺した。

 しかし、言峰綺礼にとっては自分の死は別にどうでも良かった。解っていて言峰士人と生活をしていた。人は鏡を見て自分の姿を知ることができる。結局、言峰綺礼は答えに至るのに存在する過程は解らなかった。それでも己の答えは既に得ている、結末はどうでも良かった。

 この終わり方も悪くはないと思った。この世で他に見たことのない同類であり、必然的に理解者となった息子に最期を見送られるのも一興だった。

 言峰綺礼が養子に向けて口を開く。その顔はいつもの様に不吉な笑いを浮かべている。

 

「士人よ、聖杯戦争の監督役はおまえが引き継ぐが良い。聖堂教会の方もそう伝えてくるだろう」

 

「わかった」

 

「―――聖杯に願いはあるか?」

 

「ない。そもそも叶えたい願いが解らない」

 

 綺礼の言葉に対して士人は断言する。自分には願いの持ち方すら解らないと言った。

 

「だが、聖杯の誕生に興味はない、という訳ではあるまい」

 

「―――無論だ。

 自分が自分になった原因の一つだからな、余程愉快な一品なのだろう。一度は見ておきたい」

 

「ならば、見ておけ。あれは業の塊だ。おまえにとっても中々に見応えのある代物だろう」

 

「そうか」

 

 神父は己の息子のことを理解していた。……これはただの確認作業に過ぎない。

 

「……では、聖杯により失くした過去を取り戻したくはないか?」

 

「まさか。過去は過去だ、未来に選ぶ価値がない」

 

 言峰士人にとっては火事以前の記憶は失ったからこそ、今の自分には意味が有った。呪いによって自分が何を失くし何が解らなくなったのかさえ、士人には理解できない。過去を取り戻したところで言峰士人には理解できないのだ。それを得られたとしても、≪言峰士人≫にとっては無価値であり、失くした過去を願うこと自体が無意味なのだ。

 

「―――クク、そうか。その願いには価値がないと」

 

「ああ。今の自分にとってはな」

 

 “出来た”息子の言葉に笑った。そして笑いを止めた後、士人に話し掛ける。

 

「袖を捲って右腕を出せ。選別だ、刻印を渡してやる」

 

 士人は黙って右袖を捲り、綺礼の方に腕を差し出した。これによって父が死ぬと理解していながら、迷い無く彼の祝福を受諾する。

 

「神は御霊なり。故に神を崇める者は、魂と真理をもって拝むべし――――――――」

 

 言峰綺礼が呪文を唱える。腕に有った令呪が一つづつ鈍い痛みと共に言峰士人の右腕に移植させていく。そして、その呪文が言峰綺礼の止めとなった。残りすくない魔力が令呪の受け渡しで消えてしまう。体の中から生命力が消失し、最後の呪いも無くなった。

 ――――心臓が止まる。命が空になった綺礼は息子に言葉をこの世に残す。

 

「―――士人よ、己の答えが欲しいならば求めることだ。

 おまえはまだまだ世界を知らない。

 この聖杯戦争に生き残ったならば―――この世を旅し、巡らねばならない」

 

「―――遺言は受け取った。その言葉、叶えておこう」

 

「…………………そう、か―――――――――」

 

 神父はその日、礼拝堂で息を引き取った。その顔には笑みが浮かんでいた。

 ……言峰士人は進んでいく埋葬を見る。神父は養父の最期を思い出していた。祈りの言葉が墓場の中で続いていく。

 

「And after my skin has been destroyed,yet in my flesh I will see God;I myself will see him with my own eyes ―――――――――I,and not another.How my heart yearns within me …………… Amen.」

 

 言峰綺礼が納められた棺桶が大地へと送られる。葬儀が祈りの声が途切れると共に終わりを迎えた。墓地に集まっていた参列者たちは、言峰士人に挨拶をして帰って行く。

 式辞を任されていた言峰綺礼の知人である神父も仕事を終え、挨拶をした後墓地から出て行く。しかし、言峰士人は墓地に葬儀が終わっても居続けた。

 

「ねぇ、士人」

 

 士人へと凛が声をかける。顔に表情を浮かべてない士人は、養父が眠る墓を見ていた。

 

「……何だ」

 

 遠坂凛は言峰士人の顔が、初めて会った時の顔にそっくりに思えた。何も宿さぬ無貌の表情をしている。

 

「わたしは先に戻ってるわ。だから、士人は-――――」

 

「――――分かっている。すまないな、師匠」

 

 士人はいつもの笑顔で魔術の師匠に言葉を返した。

 

「バカ弟子。キッチリしなさいよ」

 

 凛は、弟子に苦笑しながら言い返した。その声には遠坂凛らしい不器用な優しさが入っている。そして弟子は師匠に同じ苦笑で笑い返す。

 

「無論だとも。いつもと変わらないさ」

 

「―――……そう」

 

 師匠と弟子はそうして墓地で別れた。

 

 

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 言峰士人が墓地に残っている。そして、墓地にいる人間が士人を除いて一人だけとなった。墓の前に女性が一人、ポツンと立っていた。

 

「お久しぶりですね、マクレミッツさん」

 

 士人が墓の前にいる女性に声を掛けた。

 

「士人くんですか。

 ……すいません、迷惑でしたか?」

 

 ―――バゼット・フラガ・マクレミッツ。

 魔術協会の封印指定執行者である魔術師であり、本来なら聖堂教会とは敵対関係にある。では何故、バゼットが代行者の葬儀にいるかと言うと、単純に綺礼の友人であったからである。

 

「いえ、そういう訳ではないです。ただ、オヤジの墓から動かないから気になっただけです」

 

「……そうですか」

 

 言峰士人にとってバゼット・フラガ・マクレミッツは、唯の他人と言う訳ではなかった。

 この魔術師とは数回共闘しただけであったが、その時に養父である言峰綺礼の友人だと知った。バゼットは言峰綺礼が悪であると分かっていて、彼の友人だと士人に言っていた。借りを返してやりたい、と呟いていたのを覚えていた。

 養父の中身を分かっていて、信頼できる人などそうそういない。言峰綺礼の中身に気付いていてそう言える魔術師が、とても気になったのである。

 

「確か………マクレミッツさんはオヤジの推薦でマスターになったのでしたね」

 

「ええ。聖杯戦争は彼に借りを返す良い機会だと、思ったのですが――――――」

 

「―――そう思った矢先にオヤジが死んでしまったと」

 

「……はい」

 

 何と言うか、バゼット・フラガ・マクレミッツはとても暗かった。

 言峰士人から見てもこれは暗いと見ただけで思える程、鬱になっていた。養父の友人をそのままにしておく程、言峰士人は神父をやめていないため取り合えず声を掛けることにした。

 言峰士人にある、こういった殊勝な心掛けができる生真面目な部分は言峰綺礼に似たのだろう。

 

「マクレミッツさん、腹が空きませんか?」

 

「――……はい?」

 

 神父はタクシーを呼んだ。

 ―――で、数十分後。代行者と執行者は泰山に居た。

 

「ここの麻婆豆腐はオヤジのお気に入りだったのですよ」

 

「……そうなんですか」

 

 バゼットは、どうして中華料理店にいるのか、と自問していた。しかし、隣にいる言峰士人を見てなんかどうでも良くなった。

 

「お待たせアル」

 

 魃店長が士人がいつも通りの麻婆豆腐を運んできた。

 

「それにしても、その格好はどうしたネ? 誰かの葬式でもあったカ」

 

 魃店長は言峰士人とバゼット・フラガ・マクレミッツを見た。言峰士人はいつも以上にキッチリとした神父服をきており、バゼット・フラガ・マクレミッツは喪服として真っ黒い礼服を着ていた。

 

「今日はオヤジの葬儀があったのだ、魃店長」

 

「ナント――――――っ!

 ……そうか、キレイが死んだアルカ。

 それは残念ネ。今日はサービスしてただにしてやるから元気を出すネ、ジンド」

 

 葬式には常連客と言うだけの間柄だったので出なかったが、魃店長は確かに言峰綺礼のことを良く知っていた。故に、そのショックも大きかった。

 

「……そうだな。有り難く好意を受け取るよ」

 

 人の好意を無碍には出来ない。彼にとっては当然のこと。この施しの借りは何時か返せば良い。

 常連客が一人死んでしまったことに悲しんだ魃店長であったが、仕事は仕事として厨房に戻る。そして、数分もすればバゼットが注文した麻婆豆腐が運ばれテーブルに届いた。

 

「いただきます」

 

「……いただきます」

 

 少し早めであるが夕飯を食べることになったのだった―――

 

 ―――そして時は夕暮れ。

 黄昏の光が教会を照らす。死者を悼むような儚い陽光。オレンジ色の輝きは素直に綺麗だと感じられた。

 

「すいませんでした、士人君」

 

 教会の玄関でバゼット・フラガ・マクレミッツが言峰士人に別れの挨拶をしていた。

 

「いえ、謝ることではありませんよ。マクレミッツさん」

 

 言峰士人も客人に返事を返す。バゼットは聖杯戦争のために準備をしているので、そうそうに帰ることになっている。

 

「―――……そうですね、士人くんにはこれを上げます」

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツは、身に持っていたアクセサリーを一つ手に取った。

 

「………これは?」

 

「まぁ、お守りの様な物です。

 ………彼には借りを返すことができませんでした。息子である士人くんに、これを受け取って欲しいのです」

 

 士人は、バゼットが持つアクセサリーを見る。

 

「―――わかりました。これは受け取っておきます」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツは、アクセサリーを受け取った言峰士人を見て笑いながらお礼を言った。

 

「いえ、礼を言うのは此方ですよ」

 

 笑顔を浮かべるバゼットに士人はそう言葉を返した。そして時間も経っている。バゼットは教会から去っていく。

 

「さようなら、士人くん」

 

「それではまたです、マクレミッツさん。今度はマスターとしてですね」

 

「ええ、貴方も監督役を頑張ってください」

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツは、教会を去って行った。言峰士人は教会の玄関へと向かって行く。この後彼らが再開したのは、聖杯戦争が開始してからだった。


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