ライダーは新都を走り抜けていた。霊体化しているため、人々に気付かれることはない。
「‥………………(それにしても、手酷くやられましたね)」
マスターに命じられ、始末しに行った監督役の戦闘能力は異様な程高かった。
―――石化の魔眼の無効化。天馬の守りを貫く槍。
言峰士人は泥による変質で呪いには耐性を持つ。呪いの様な間接的な干渉は殆ど効くことはない。彼は生きている呪いそのものであり、真実呪詛の集合体の様な存在であった。そして、ギルガメッシュからの褒美として見せてもらった概念武装はありとあらゆる障害を薙ぎ払い、様々な状況に対応できる力がある。宝具の投影魔術とは戦闘において悪辣極まり、極めれば殺せない敵が存在しなくなる。
そもそも前回の戦いの時に、士人は眼帯が魔眼殺しの力のある宝具と知ることができたので、いつもの様に魔眼対策をしておいた。更に戦いから得られた情報から、数ある候補から対ライダー用の戦術はある程度立てていた。
「………(あの魔槍はゲイ・ジャルグでしょうか)」
ライダーは次にと、言峰士人との戦闘を思考して対策を考えていた。魔眼を無効化し、守護を切り裂く強敵だ。白兵戦も人間にしてはかなり高い能力。そして、貧弱な偽りのマスターが自分の主であるため、ステータスの低下が深刻だ。
魔力が十分なら、ライダーが言峰士人に白兵戦で後れをとる事はまずなかっただろう。士人は意図的に隙を攻撃させ、その時の攻撃でライダーに隙を作らせることで、彼はライダーを攻撃していくカウンターによる一撃必殺の戦術を言峰士人は使っていた。故に士人は言葉や殺気でいちいちライダーを挑発し、ライダーに対してお喋りが多かったのも攻撃を誘うため。そもそも士人が自分から斬りかかった場合、ライダーに殺害される可能性が飛躍的に上昇する。だからこそ士人は、回避不可能な反撃による一撃必殺を狙っていたのだ。
そして弱体化したライダーでは言峰士人の戦術を破る事が出来ず、ライダーは士人に殺せれることはなかったが、士人を殺すことができなかった。
その事を考えていたライダーは、言峰士人を不意を突いた奇襲か、対応できない距離での天馬による不可避の突進で仕留めようかと考えていた。
「………(しかし、あの男ならそんな事は承知でしょう)」
監督役戦での戦略をライダーは練っていく。そうしてライダーは、仮のマスターと本来のマスターがいる屋敷へと戻って行った。
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公園での一戦を終えた言峰士人は教会へと戻って行った。両手は買い物が詰まったビニール袋で塞がっている。彼が教会に到着した時間は七時を超えており時間も大分遅くなっている。士人は夕飯を作るために台所に向かった。
食材をビニール袋から取り出し夕飯の支度を始める。すると、この教会の主が戻ってきたことに気付いた客人が台所に現れた。
「………朝は寝坊してすまなかったね、言峰」
教会の客人、美綴綾子はすまなそうな顔をしながら言峰士人に声をかけた。
「構わんよ。ストレスの負荷が大きいため、疲れが蓄積していたのだろう」
言峰士人は棚から調理器具を出しながら美綴綾子に答えた。
「確かに昨日はひどく疲れたよ。まぁ、それはいいけどさ、随分と学校からの帰りが遅くないか」
「美綴を襲ったサーヴァントに襲撃されたのだ。撃退に手古摺ってしまってな、実際のところ死ぬ寸前だった」
言峰士人は公園での出来事を語りながら料理を進めていく。
「……監督役も大変だな」
「まったくだ」
美綴綾子の労わりの言葉を言峰士人は素直に受けた。そして美綴の言葉は真実であり、士人の肉体的疲労も溜まり続ける一方だった。毎日仕事が連続し、サーヴァントには襲撃されているのだから仕方がないのだが。
士人は何か言いたそうな綾子を見る。調理は時間がかかるので、美綴に待っているよう伝えるため口を開く。
「取り合えず椅子にでも座って待っててくれ」
「――…わかった」
綾子は士人の言葉を聞いて食卓の椅子に座り、待つことにした。
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言峰士人は調理を一旦終わらせる。後は飯が炊き終わるのを待つだけとなった。言峰は話がしたい雰囲気を纏っている美綴が此方を見ているので、話を聞くために食卓に向って行った。
「それで、何か言いたいことがあるのではないか?」
士人が綾子に問いかけた。テーブルの反対側にいる美綴綾子は口を開く。言いたい事はたくさんあるのだ。
「……言峰、家に連絡したいんだ。携帯を落としていて連絡出来なかったから、アンタの電話を貸して欲しい」
教会の電話は仕事部屋にあり、部屋の扉には鍵が掛っていた。美綴綾子は連絡手段が一つも存在しなかったので、神父の帰りを待っていたのだった。家に帰るにしても、この聖杯戦争監督役に一言連絡しないと助けてもらった手前失礼である。
「そう言えば、そうだったな。
確かに美綴は行方不明の扱いを受けているだろうから、親御さんを安心させてやらなくてはならないな」
士人はポケットから携帯電話を取り出した。美綴綾子は携帯電話を受け取る。
「――――――――……」
美綴綾子は携帯電話を持ったまま悩み困った様子の顔で黙ってしまった。
「どうした?」
言峰士人は携帯を黙ったまま握っている美綴綾子に喋りかけた。美綴綾子はしばらく時間が経った後口を開いた。
「………いや、外出していた理由を考えていたんだ」
「なるほど。美綴にとっては深刻だな」
士人は綾子に対して軽く言葉を返した。
「深刻だなって言峰、中々に他人事な言い方じゃないか」
「真実他人事だからな。この身は監督役の任を帯びてはいるが、そこまで細かいアフターケアは任務の範囲外だ」
「なんて冷たいんだ。それでも男か」
言峰の谷底に蹴り落とす言葉。美綴はいつもの調子で悪態をついた。
「仕方がない。困っている人を助けるのも神父の仕事だ。俺も考えてやろう」
綾子の悪態に士人はそんな言葉を返す。幾ばくかの時間が経つ。そして、ふむ、と頷いた後に士人は口を開く。
「ここは正直に、友人が住む教会に泊まっちゃった、とでも言えばいいのでは?」
「言えるか腐れ神父! 誤解されるわっ!!」
言峰士人の案に顔を赤くして美綴綾子は罵倒を言い放った。もし綾子が家族にそんな事を言えば、家での居場所が狭くなる。一日何やってたんだ、と追及されたうえに、ただ泊まっていただけだと本当のことを言っても生温かい目で見られるのがオチだろう。
言峰士人は怒鳴りつける美綴綾子にそれはそれは綺麗な笑顔で、ククク、と不吉な笑い声を口から漏らす。
「冗談だよ美綴。半分だけな」
神父はそんな言葉を笑った後に言った。
「半分!? 半分って何がさ!」
「まぁまぁ、落ち着くのだ。お前が一体なにをどう誤解されると思ったのか、今は正直どうでもいい」
「どうでもいいって……アンタそれ、どういう意味だ!?」
「――――ふ」
「なぁ言峰、なんで笑ったのよ?」
綾子は士人にいつもの様にからかわれる。そして士人は神父の鏡とも言える、これぞ慈愛の顔、みたいな笑顔でその後も綾子をからかっていた。
―――で、数分後。
「ふむ、話がずれたな。本題に戻るか」
「誰のせいだ、まったく」
そうして言峰士人と美綴綾子は話の本題である、家族誤魔化し案を考えることにした。
「そうだな。隠し事をするなら真実をぼかし、嘘ではないが全部ではないと言った感じが良いだろう」
「ふ~ん。なら、どんな感じにぼかすのさ?」
言峰士人は美綴綾子が聞いてきた疑問を思案する。
「例えばだが、お前が帰り道に襲われたとする。そして丁度その場面に俺が立ち会わせ、その凶行を未然に阻止する。で、俺が美綴を助けるが、お前はその時に錯乱状態になっている設定にする。そして、襲われた場所がここの教会の近くと言うことにして、知人であり神父である俺を信用して美綴は落ち着くまで教会にいた。
……だいたいその様な流れの話でいいと思うのだが?」
「なるほど、大まかな話はそんなのでいいかな。でも、家や警察に連絡しなかった理由はどうする?」
「美綴は携帯を落としていたから、それを利用しよう。
俺が連絡しなかった理由は、美綴が落ち着いたら携帯で自分の家へ既に連絡したものと思っていた設定にする。警察への連絡は美綴の外聞を気にしていた事にでもして、本人が落ち着いたら、連絡するか否か、それを聞こうとしたことにすれば良かろう。
美綴が連絡しなかった理由は、単純に忘れていたと誤魔化せばいい。なにせ錯乱状態だったのだからな」
そうすれば矛盾点も減るだろう、と言って美綴の質問に答える。
「これで納得したならば、細かいところは美綴が決めれば良い。家に連絡する時、家族への説明に証言が必要なら、俺が電話に出て話をするのも構わないぞ」
「わかった、それでいくよ」
美綴綾子は言峰士人の案に賛成をした。少し話し合った後、タイミング良く炊飯器が飯の炊き終わった音がする。
美綴は、夕飯の前に家族へと連絡することにした。言峰は美綴の分の夕飯を作っており、美綴が食べてから帰ることにしたからだ。よって綾子は家に行方不明になっていた理由と夕飯を食べてから帰ることを言峰の携帯で伝えた。綾子は家族からは心配され電話越しに無事でよかったと言われていた。士人も話をした後、美綴の家族の人に感謝の言葉を貰った。
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電話の後、士人と綾子の二人は食卓に料理を並べていく。そして料理が三人前準備されているのに美綴は不思議に思い、頭に浮かんだ疑問を言峰士人に言った。
「あれ? 言峰、アンタに親御さんはいないんじゃなかったっけ?」
美綴綾子は言峰士人に家族がいないことを知っていた。教会に来た時に綾子は教会に人の気配がしなかったことが気になってしまい、士人に対して家族の事を質問した。そして士人は綾子に自分は天涯孤独で家族がいないのだと教え、約三週間前に養父が死んだことを伝えたのだった。
「……ふむ、そうだったな。美綴には言ってないがこの教会には、居候が一人いるのだ」
「へ? そうなの」
綾子は取り合えず夕飯の準備を手伝いを続ける。準備を続けながら言峰士人の話を聞く。
「朝から出かけているみたいだから、寝坊した美綴とは会っていないのだろう。ギルは帰って来る時間が気紛れだから何時に帰って来るか分から―――……どうやら、帰ってきたみたいだな」
食卓に料理が並んだ。言峰士人と美綴綾子は夕飯の支度を終わらせる。そうして料理を並び終え、士人と綾子が席に着くと同時に扉が開いた。
「帰ったぞ、士人」
教会の居候であるギルガメッシュが扉から現れる。
「……む、その女が朝言っていた奴だな」
「ああ、保護した一般市民もどきだ」
ギルガメッシュが美綴綾子を興味が無さそうに見た後、言峰士人に尋ねた。
「こんばんわ、お邪魔してます」
綾子は士人に対して、もどきとは何だ、と思ったが取り敢えず迷惑になっている人への挨拶を優先する。美綴綾子は席を立ってギルガメッシュに挨拶をした。
「ふむ」
ギルガメッシュは美綴綾子を見て頷く。
「座るといい、女。貴様はこの教会の客なのだ、楽にして飯を食べると良い」
そう言って、ギルガメッシュは椅子に腰を下ろした。綾子も椅子に座る。その後、士人が二人が座るのを確認した後、夕飯の挨拶を告げる。
「では、いただきます」
「いただきます」
「ああ、頂くか」
上から順に、言峰士人、美綴綾子、ギルガメッシュの言葉であった。