神父と聖杯戦争   作:サイトー

111 / 116


 アポクリファ、終わった……





騎士王の殻

 一年後。日本国。第六次聖杯戦争が終わり、生き残った者は冬木市から脱出していた。あの地はもう、完全に魔術協会と聖堂教会が共同管轄する聖杯降臨の聖地となり、魔都と成り果ててしまった。セカンドオーナーの失踪は当然だが、そのオーナー代理をしていた間桐家の壊滅も痛手であった。外部勢力のアインツベルンも冬木から完全撤退し、協会と教会のみが管理者となった。

 しかし、一番の原因はオーナーとその代理が消えたことではない。

 セカンドオーナーであった遠坂凛は第六次聖杯戦争が終わり、実は魔術協会・時計塔に出向していた。監督役であったカレン・オルレンシアの報告書を密かに偽造し、表向きはセカンドオーナーとして事後報告をしに向かっていた。

 その日―――キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグは死んだ。

 嘗て、死徒狩りの道具を作る為、弟子の神父と交渉して手に入れた聖釘の刃を背後から凛は突き刺した。第四位は死に果て、師を暗殺した弟子が新たな祖となった。この平行世界からゼルレッチの干渉を排除し、遠坂凛のみが運営を許される世界となった。彼女は吸血鬼ではなかったが、聖杯によって悪魔と成り果て、吸血能力を持つことから死徒二十七祖に選定された。

 死徒二十七祖、第四位・偽法宝石(レプリカジェム)トーサカ。

 これにより、魔導元帥を協会は永遠に失った。当然と言えば当然だが、魔術協会は遠坂家から冬木を剥奪。間桐を没落させ、聖杯を量産した間桐桜と間桐亜璃紗を封印指定に認定。独立していたアインツベルンであろうとも、冬木の霊脈に干渉することを永久に禁じた。大聖杯跡地は協会が封鎖し、土地の管理には聖堂教会も協力することになった。

 そうなれば、冬木は安息の土地ではない。

 第六次聖杯戦争を生き残った者は、この土地から離脱することを余儀なくされてしまった。

 衛宮邸に住んでいたイリヤたちは協会と教会の連中を避けるため、執行者のバゼットと監督役のカレンの手伝いもあり、自分達の情報を秘匿したまま冬木をとっとと逃げ出していた。

 

「では、イリヤスフィール。この子をお願いします」

 

「ええ。これ以上の問答は要らないのでしょうけど、これが最後だから……うん、確認。私はそもそも今も反対だし。

 ―――本当に、これで良いのね、アルトリア?」

 

「―――はい」

 

 その言葉と共に、アルトリアは迷わず腕に抱いていた赤子をイリヤに渡した。優しい母親の表情でありながら、しかし決別の意志を宿す険しい戦士の意志を瞳に秘め、ゆっくりと慈しむように赤子を手から離した。

 

「……シロウは、知らないままね」

 

 赤子を受け取ったイリヤは、儚げに笑った。士郎とアルトリアの面影がある腕の中の子供は、そんな自分の心境も知らず安らかに眠ったまま。

 

「仕方が無いことです。今のシロウを私では止められませんでした。止められるのは凛だけでしょうけど……その彼女が、今や世界崩落の元凶です。

 しかし、本当はそれだけではありません。

 ―――私が、子供を宿してしまったことがどういうことか、シロウなら分かる筈。

 恐らくは凛と桜の二人にも、子供が出来ていても可笑しくは有りません。桜の方は確実でしょうし、凛の方も……」

 

「……受肉による影響で貴方が妊娠したのも驚きだった。けど、それなら、あの二人が同じ様にシロウの子供を妊娠しているの可笑しくはないわね。

 凛は単純に自分の意志の問題だったろうし、桜がシロウを拒むこともない」

 

「ええ。だからと言う訳ではありませんが、私はこの子の……士穂(シホ)の誕生を拒みませんでした。

 なので、出来ればイリヤスフィール、貴女には―――」

 

「―――勿論。可愛い姪っ子だもの。

 叔母さんとして、育ての親として、しっかり面倒をみるつもりよ」

 

「ありがとうございます。貴女の真心に感謝を」

 

 衛宮士穂。又の名を、シホ・ペンドラゴン・エミヤ。ブリテンの赤い竜の因子と、錬鉄者の魔術回路を引き継ぐ者。

 魔術世界のおいて、魔は魔を引き寄せる。異端は異端を呼ぶ。英霊アルトリアと守護者シロウの娘である士穂は、台風の目となって怪異に襲われることは確実だった。その脅威から守る為には、この娘もまた生き延びる為の力と知識が必要となる。だからこそアルトリアは、自分の為に旅へ出るとなれば、娘を守る事が可能な能力を持ち、尚且つ人間としても、魔術師としても、戦士としても、彼女を育てさせることが出来る人物に預ける義務があった。

 それに最適だったのが、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 今の彼女は安倍晴明の宝具によって英霊(コトミネ)を憑依され、聖杯としても無条件で覚醒している。アルトリアに匹敵する戦闘技能と、キャスタークラスのサーヴァントと遜色がない魔術の腕前と知識。彼女以上に自分の娘を信頼して預けられる人物を、アルトリアは現世も生前も含めて知り得なかった。

 

「ええ。だから安心して、いってらっしゃい。私達はここで待ってるからね、アルトリア」

 

「はい。いってきます、イリヤスフィール」

 

 ―――……そう義理の姉(イリヤスフィール)我が子(衛宮士穂)に別れを告げ、彼女が世界に飛び出て数カ月。過ぎ去った時間を彼女は余り実感しなかったが、母親としての自分と、子供を愛したい感情を置き去りにするには、アルトリア・ペンドラゴンにとって十分な時間。

 人間が営む今の世界は、自分が生きていた時代よりも残虐になっていた。

 生前にサーヴァントをしていた頃のマスターであり、守護者化した死後の自分のマスターでもある男を思う。その男を育てた魔術師を考える。正義の味方になると誓った彼が、人類全てを救いたいと願った男が戦っていた戦場には、地位も、名誉も、矜持も、尊厳さえも無かった。

 確かに自分の信念は自分にしか価値がなかった。

 この時代、騎士の誓いでは誰の命も救えない。だがその誓いを果たす為、命を賭して鍛え上げた戦闘技術だけが戦場での正義だった。

 ―――剣魔。

 あるいは、黒い月光。

 聖剣を振う何者か。英霊であることは露見しなかったが、明らかに人間以上の存在。アルトリアは偽名としてヴィヴィアンと名乗って静かに活動していたが、とある魔術師(屑の中の屑)によって正体を見抜かれ、その偽名と強さが神秘側の社会に広まってしまった。

 

「終わりだ、吸血鬼(ヴァンパイア)

 

「あああああああ! おぉおおおおおおおおお!! 月光だ!! その剣こそ月光の黒星だ!!? 月明りの聖剣だ!!? 真なる暗月の貴き煌きだ!!!!

 あぁぁああ、どうか、我らの頭蓋に光を刺し入れ、この脳味噌に啓蒙を奪い取らん!!?」

 

「やかましい。爆ぜろ」

 

「べぎゃ!」

 

 エクスカリバーでアルトリアは敵を串刺しにし、その刀身から魔力放出を行った。鉄塊を粉々にする威力を誇るアルトリアの魔力放出は、骨も内臓も関係無く吹き飛ばした。言ってしまえば、体内で手榴弾が炸裂したのと同じこと。

 しかし、細胞はまだ生きていた。

 聖剣の輝きによって概念的に燃焼された為、直に死ぬだろうが、通常の魔術的手段では殺せない。黒鍵や半端な洗礼詠唱程度の秘蹟も無効化し、容易く蘇生するだろう。

 

“―――成る程。これが、深海の叡智を得た邪神の眷属ですか。新種の吸血鬼……いえ、神獣の血液に汚染された獣血教徒”

 

 言峰士人と衛宮士郎を追い、遠坂凛を探す日々。美綴綾子とは連絡が取れるようにはなったが、騎士王の人探しの日々と、人助けの旅は続いていた。

 その旅の間に出会った魔術師(屑の中の屑)―――プレラーティから、アルトリアは情報を得ていた。

 何でも言峰士人は、魔宴(サバト)と名乗る魔術結社に参加しているらしい。本格的なメンバーではないが、名簿には登録されていたとか。

 蝕死鬼――ブリット=マリー・ユング・スヴァルトホルム。

 拷問卿――ルート・アーメント。

 火焙り――サカリアス・ヴェガ。

 傀儡鬼――ジャック・ストラザーン。

 外法炎詛――イフリータ。

 電子機人――イノセント・ホワイトヘッド。

 死灰――言峰士人。

 元々は人外共の寄り合いみたいな組織、と言うよりも小規模魔術組合だった。全員が魔術師だが、言ってしまえば魔術社会における暴力団やマフィアのような組織であり、魔術協会や聖堂教会からすれば異端も異端。しかし、第六次聖杯戦争後、協会も教会も彼らを受け入れざる負えない事態となっていた。この結社が開発した魔術と科学を融合した魔術工芸品は、今の社会に対する圧倒的なカウンターとなってしまった。

 神父が発案したことだが、賢者の石(フォトニック結晶)の電子回路を利用した異界常識(コンピュータ)を作り、一組織が情報社会全てを自動統制出来ないかと計画を始めた。出来たら面白そうだと言うだけの魔術実験だったが、根源に興味がない魔術使いの化け物共は何故か、その実験が気にいった。結果、最近特にすることがない暇な結社の幹部全員が興味本位で技術提供し、一カ月もせずに完成してしまった。

 魔術回路のような巨大演算電子基盤。

 結果、電脳(ネット)空間に魔術介入するシステムを創設。

 宇宙のような膨大な情報量を世界規模で演算・処理し、神秘漏洩を完全隠匿する自動改竄機構。

 魔術社会は、高度に情報化された電子社会を完全制御する技術を手に入れてしまった。神秘の隠匿は数年で間に合わないとされたが、これにより現代社会は神秘学者の玩具と成り果てた。つまるところ、彼らがその気になれば、国家が管理する全ての核弾頭を発射させ、人類史を終わらせる程の電子兵器である。無論、電子制御されているのは核弾頭だけではない。火力発電所、原子力発電所、陸海空交通機関、金融機関など、あらゆる文明運営の要所を支配する。

 現代社会に生きる人間全てを御する電子の神だった。

 国家運営さえ制御してしまい、経済攻撃で国をも簡単に滅ぼす悪魔だった。

 特に意味もなく、学者の娯楽として、ある意味で聖杯に匹敵する化け物を生み出してしまった。

 この事に気が付いた魔術協会も、聖堂教会も、魔宴から叡智を奪い取ろうとした。だが、出来なかった。地味に組織に対するサイバーテロで資産凍結されそうになり、あっさり組織が壊滅させられそうになったからだ。神父の嫌がらせは何時も誰にも的確だった。

 よって契約として、協会と教会に独立組織と認めさせる代わりに、神秘隠匿を電子制御する専門機関として機能することを約束した。この組織によって、神秘の漏洩と拡散は防がれる事となった。無論のこと、魔術協会や聖堂教会も神秘隠匿の際、ネット社会や情報化社会に対応する為、この電脳技術を取り入れる事となった。

 ……とは言え、悪用しているのは確か。

 例えばの話になるが、世界には電脳空間に消えてしまう小数点以下の電子マネーが存在する。株取引や為替交換、マネーの貴金属化、銀行口座間の移動など、計算によって金を流通させると発生するも、しかし現実の硬貨として存在しないもの。あろうことか、神父はその本来なら消えてしまう存在しない通貨を、世界中から集められないかと考えた。ゴミとして処分される情報(マネー)を集積し、秒単位で電子通貨を再生利用するリサイクルシステム。誰の資産も攻撃せず、誰にも被害を出さず、社会全てからお金(ゴミ)を徴収する。

 これにより、組織は莫大な資金を何もせずに得ていた。

 億万長者など笑い話。幹部連中の私財は膨れ上がるばかりで―――神父の総合資産もまた、常に貯蓄され続けて行く一方だった。

 

“言峰が本当に此処で潜伏しているか、これでは分かりません。やはり面白半分のウソでしたか。

 ……プレラーティめ。虚偽であれば敵対者と定め、世の果てまで追いかけ回し、エクスカリバーの威光で以って脳髄ごと魂魄を斬り潰し、魂を現世から抹消して上げましょう”

 

 言葉にせずとも殺意は確か。彼女が思うに、フランチェスカ・プレラーティは魂から腐臭が漂う狡猾なゲテモノだ。世の為、人の為、一秒でも早く殺した方がいい鬼畜生だった。死後の英霊として人類史を理解し、現世でも歴史を学び直したアルトリアは、第四次聖杯戦争で出会ったキャスターの宝具がそもそも奴の生み出した魔導書と知った。

 しかし、殺しても、殺さなくとも、如何でも良い相手だったので横に真っ二つにしただけで済まし、縦に真っ二つにしなかっただけでマシだろうとアルトリアは考えた。昔の自分なら問答無用で轢殺していたであろうと彼女が思った程の腐れ外道なのだが、敵ではないので興味はなかった。必要なのは、この魔術師が持つ情報のみである。

 そして、これもまたプレラーティからアルトリアが得た情報だったが数年前、聖騎士デメトリオ・メランドリが滅ぼした魔術結社「カルヴァート獣血教会」はまだ生きていた。正確に言えば、獣血の神秘と、祭り上げられた神獣の血液と細胞を漁村の村長が持ち去っていた。そしてカルヴァート村長はメランドリに斬り殺されたが、殺される前に漁村へ来ていた同盟相手へ教団の叡智を託していた。契約を結んでいた他の魔術結社へ、せめて深淵の叡智を残そうと渡していたのだ。

 その契約の代価として、カルヴァートの残留思念と記録が刻まれた人造人間(ホムンクルス)を育てる事を約束させた。つまるところ、村長は死んだが、そのコピー人間が同盟相手の魔術結社の手で作成されたのだ。

 魔術結社・日緋色魔宴(サバトサンライト)。言峰士人が隠れて在籍する組織。

 魔宴(サバト)と呼ばれるこの組織もデメトリオ・メランドリに襲撃され、メンバーの大半を斬り殺された過去を持つ。しかし、ボスと幹部は生き残り、彼らがカルヴァート獣血教会の意志を引き継ぎ、カルヴァート二世が創造された。彼は……いや、新生した彼女は魔宴から無事に独立し、再びこの世に深淵の叡智を目指す獣血教会を創設した。組織運営の資金も魔宴から提供され、教徒は増殖する一方だった。

 

「闇を呼び寄せるトラペゾヘドロンの宝玉ですか。カルヴァート二世が作り出した魔術工芸品(アーティファクト)であり、狂気作家の現代神話に登場する名前でもあると聞きましたが……ふむ。学術教団の神獣はこの世ならざる何処かの神の叡智に深海で触れ、深淵の力を得た神獣になったと聞きます。

 そして、第二学術教団創設者であるカルヴァート二世にはあの神父が、言峰士人が直々に力と恩恵を授けたとも」

 

 士人は投影魔術師だが、通常の投影とは全く別の魔術理論であり、士郎の剣製とも根本からして別のもの。奴の魔術師としての本質は聖杯の泥で目覚めた固有結界により、魔力によって望んだ(モノ)を生み出す魔術理論・世界卵。魔術属性「物」、魔術特性「物」、そして起源も「物」へと魂自体が転生している。言ってしまえば、あのイリヤスフィールと同質の、願いを叶える聖杯の異能である。つまりは偽物の財宝を作り出す異界常識を魂に有し、限界は定めっているが外部から製造方法、あるいは誕生理論を知ることで財宝を何も無い空白から創造する。

 故に、固有結界「空白の創造(エンプティ・クリエイション)」と名付けた世界。そして第五次聖杯戦争にて、未来の自分の固有結界を知ってしまった神父は、既にあらゆる財宝を生み出す為の情報を魂に宿している。とは言え、投影存在は戦闘用や、その場での使い捨てが基本。永続的に使うとなれば、固有結界の情報を写し出しながら道具を作成する。

 その能力を神父は、悪用せずにはいられない。

 ―――カルヴァート二世は有り得ざる叡智を与えられた。

 

「それは事実か、貴様?」

 

「あっひゃははははふひゃひゃははははひゃくひゃ! カルヴァート様は偉大なりィ!! 我らが学術長様は天才なりィ!!

 我らカルヴァート獣血教会は宙の神域に届いたのだ!!

 月の地を超え、星の海も超え、宇宙の神秘さえも超越するぅぅうおぉおおおおおお!!

 深海より世界を侵略する異本で以って現実は変容するぅのだ!! 神父の形をした魔物が、あの死灰の者が与えし月の聖剣と鍵の魔剣は、我ら獣血の教徒を、叡智の眷属を照らす暗黒の太陽となりたもう!!」

 

「……異本? そして、その神父の剣とは何だ?」

 

「おげぇああああ!! 死ぬぅ屍ぬ死ぬぅうううぬっはっはあはははは!!! 星海の月光が体内に入って来るぅぅうううう!!

 なんて素晴しい暗黒聖剣気持ち良いっ良いッ良いっ良いィイイイイイ!!」

 

「……―――」

 

 吸血鬼を黒い聖剣で串刺しにして拷問を行い、情報を得る為の尋問を淡々と続ける自分も狂ってるが、相手の方が遥かに狂った様相をアルトリアは見て沈黙してしまった。試しに体内から悪魔の呪いで黒化した魔力を放出してみたが、痛がるどころが快楽を得ているようだった。

 

「言え。言うのだ、(ケダモノ)

 

「―――深淵に沈む古都の書と、騎士王の聖剣と……ぎ、ぎ、ぎぎ、ぎぎぎぎ銀鍵(ぎんけん)のダインスレフぅぅゥゥウウぅううううううううウゲヴェ!!」

 

 その答えを吐露した化け物を、串刺しにした聖剣で魔力放出を応用し、彼女は頭部と心臓と首の三か所の霊核を体内から爆散させた。

 

“古都の書は、まだ分かりませんね。しかし、私の聖剣とダインスレフ……ホグニ王の、あのバーサーカーの宝具ですか。だが銀鍵とは……”

 

 深海、古都、深淵、沈む、異本。関連するワードはそれらであり、恐らく古都の書は何かしらの魔導書なのだろうと彼女は把握した。しかし、何故あの魔剣に銀鍵と言うワードが付くのか理解出来なかった。召喚された現世では馴染み深い日本語にすれば黒鍵と似た雰囲気の単語であり、日本生まれの代行者である神父の事を考えれば特殊な黒鍵とも考えられなくもないが、アルトリアの直感はどうもそれとは何かが違うと訴えていた。何よりあの魔剣に黒鍵の効果を付けても、呪いと反して逆効果だろう。

 

“……銀鍵、銀の鍵、銀色の鍵、シルバーキー。兎も角、まだ情報が足りませんね”

 

 そして、末端の獣血教徒共を遥かに凌ぐカルヴァート獣血教会学術長直属戦闘部隊。彼らは量産品の武器ではなく、特殊形状の様々な個人兵装を装備した魔術使いの殺戮集団。気狂いの如く叫ぶ教徒とは一線を超え、死を喜び、人を弄び、命を愉しむ殺人鬼衆。

 怨念車輪の轢殺者。変幻曲鋸の瞬殺者。焔血倭刀の斬殺者。炎上墓鎚の焼殺者。退魔刃弓の射殺者。自動剣銃の銃殺者。回転重機の惨殺者。隕鉄双刃の暗殺者。

 最強の眷属、断罪骨鎌の葬送者。

 そして―――月光聖剣の粛清者。

 だが、そんな超常の惨殺愛好者の中でも裏切り者がいた。彼らは血を強引に注がれ、名前を学術長に奪い取られた元人間の吸血鬼であり、獣血による反転に適応した強き魂を持つ魔人である。しかし、特に強靭な意志を持つ者は血の衝動に逆らい、たった一人であるもカルヴァート二世の呪縛を断ち切った獣の眷属がいた。

 

「ヴィヴィアンさん……いや、本名はアルトリアさんでしたか」

 

「その通りですが、貴女は何者ですか? 名は?」

 

「名は有りません。奪い取られました。代わりに、刺殺者と呼ばれています」

 

 彼女に名前はなかった。獣血教会では射出槍杭の刺殺者と呼ばれている戦闘部隊員。普段は両刃杭剣を使っているが、火薬が爆ぜたように刀身が飛び出ることで杭槍に変形する魔術礼装を使う吸血鬼だった。

 

「ふむ。と言うことは、その者らが獣血教会の幹部とも言える教徒達ですか?」

 

「幹部なんてものではありません。学術長以外は、ただの獣ですので。戦闘部隊員は確かに学術長に次ぐ発言力を有してますが、それは戦場でのこと。普段は権力を持っていませんから」

 

 裏切り者から情報を得たアルトリアであったが、分かったの獣血教会の主な内情だけだった。確かに無銘の刺殺者は、古都の書と銀鍵のダインスレフの名前は知っていたが、それは名前や形や大雑把な能力が分かっているのみ。だが、粛清者が持つ聖剣についてはそこそこ詳しい情報を得ていた。

 

「何でも、ブリテンの騎士王の聖剣を模したと言う魔の月光剣を使う教徒が、私達戦闘部隊のリーダーを務めています。獣血教会協力者の言峰士人と言う異端の代行者が製作した呪われた概念武装らしく、偽りの月剣はリーダーの粛清者にしか持てなかったのです。最も強いのは葬送者ですが、所詮は学術長の傀儡に過ぎず、月光は持てませんでした。しかも、月光の柄には真エーテルを生成する未知の宝玉機関があるとか。

 ……あれは、化け物です。変態です。

 私は自力で学術長の束縛を解きましたが、リーダーは束縛が初めから効かず、それでも学術長を盲信しています」

 

「言峰神父の月光剣。聞いただけで嫌な予感が……と言うより、あの男はこの世界でそんな事しかしていないのですか。何処まで狂えば、ここまで憎悪を世界中に撒き散らすことが出来るのか。

 ……いえ、すみません。話がずれました。取り敢えず、その聖剣について教えて貰います」

 

「良いですけど。そうですね、あの聖剣を何と言いましょうか―――……とても、おぞましい。

 気色悪い月色の蒼い紋様が脳を汚染し、獣の啓蒙を脳に刻み、月の神秘が脳で弾け轟いてしまう。本当は神父がエクスカリバーを真似て作った呪月の概念武装だったらしいけど、あんな発狂と覚醒を促すモノが聖剣であるものですか。

 そのエクスカリバーもどきを更にカルヴァート学術長が銀鍵術式を刻んでから自分の血に漬け込み、月光の聖剣に変性させたとか、そんな話を聞いたことはあります」

 

「……なるほど。それはエクスカリバーではない。

 ならば、そもそもこの魔術結社は何を目的としているのか、貴女は知っているのですか?」

 

「それは知ってますよ、アルトリアさん。このカルヴァート獣血教会はですね、深海より漂着した神獣を祭り上げた漁村が悲劇の始まりとなります。そして、その本質は神獣の血と細胞を使い、魔術回路と不老不死に覚醒し、獣の神秘を求める学術教団です。魔術の研究をしてますが、方向性は魔術師とは違います。世界の外側を目指しているのは同じですが、我ら獣血教会は神獣が手に入れた深淵を求め、世界を超えた場所に住まう神と同じ叡智を獲得することです。

 その知識を使い、人類全てを獣血教会の教徒―――獣の眷属へ転生させること。

 学術長カルヴァート二世は、その為だけに存在しています。自分が誕生した存在理由を果たす為、あの死灰の化け物神父から鍵の魔剣を授かり、呪った月光剣を粛清者に手渡しました。学術長が行っていたトラペゾヘドロンの宝玉の開発も、恐らくはその為に必要な道具なのだと思います。

 後、内容は分かりませんが、古都の書は貰い物ではなく、学術長本人が何処ぞから奪い取って来たらしいです。あの書物には惑星外の概念から由来する魔術式が存在している、なんて眉唾ものの噂話もありますし」

 

「そうですか。わざわざあの神父が自分の心から作り出した魔剣と聖剣を、その学術長に渡した理由も分かりました。恐らく魔導書の方も、在処を教えたのは神父でしょう。

 しかし、全人類の眷属化ですか。それはそれでまた言峰神父が全力で協力しそうな与太話ですね……―――いや。そんな有り得ない事象を全身全霊で為そうと足掻く狂人であるからこそ、あの神父も力を貸したのでしょうね。

 そう言う人生には、少しばかり身に覚えがありますから」

 

 アルトリアとて、有り得ざる未来の為に全てを国へ捧げた聖者だった。傍から見れば、人外の精神を持つ狂人にように映ったかもしれない。従がえた騎士達の中にも、アーサー王がそう見えてしまった者もいたことだろう。

 しかし―――人類史に、不老不死の王など存在してはいけないのだろう。

 不老不死を目指した王は悉くが滅ぼされ、歴史に記されずとも実際に不死を体現した支配者も必ず誰かに殺され続けた。霊長を運営する目に見えないナニカは、神代の奇跡である不死の王を否定し、その大元である神代の神秘を否定している。アーサー王も、実際に不老不死の王として国を治めたが、抑止力の流れか、人理による修正か、不死の力を奪い取られ、不老の力も投げ捨て、不老不死の怪物ではなく、当たり前な人間の王として死ぬ事になってしまった。

 あの時代のブリテンは、土地そのものが抑止や人理の対象となっていたが、恐らくは不老不死を体現してしまった自分も抹殺対象だった筈、とアルトリアは死後にそう考えるようになっていた。宙より来た月の魔物に汚染された元人間の死徒や、魔術を極めた末に不老不死になった人外らのように、人間の歴史や、それを守る人理に影響を与えないのであれば、抑止力も抹殺対象には選ばないのだろう。しかし、あの時代で国を統べる王が不老不死の神秘を身に宿し、人間と言う生き物が自分の想いを渡すべき後継者として子供を必要とせず、自分一人で文明全てを完結可能な存在など、霊長が認める訳がなかったのかもしれない。

 結果、自分が統治した歴史は伝承や伝説に替わり果て、史実からも除外されてしまった。

 不死となった先達の王や、不老を目指した後進の王も、現代の史実では有り得なかった存在にされている。

 この獣血教会の願望も個人の欲望として、自分や教徒だけに限定した眷属化であれば抑止力も目を付ける事はないだろうと、騎士王だったアルトリアは密かに人理と言う霊長の仕組みを蔑んでいた。だが、その欲望が世界全てや、人類史を変える事となれば話は別だ。

 嘗てモードレッドと名乗る騎士が、人類史から不老不死の王を全身全霊で排除したのと同じことだ。この魔術結社も抑止力に後押しされるのか、自然な流れで最後に辿るのかは分からないが、誰かの手で滅ぼされる未来が用意されているのは分かった。

 だが、もしカルヴァート二世がそれでも足掻くならば―――歴史は変わり、剪定対象となる可能性が生まれるだろう。

 

「ようこそ、我が都へ―――騎士王」

 

 その女はまるで、人血に酔う獣のような美貌を誇る魔女だった。肉食獣のようなセミロングの茶髪に、濁り腐った血液のような赤黒い瞳。獣の血が染み込んだ赤いサーコートを羽織り、半漁人の宝冠を付けた頭部。中世ヨーロッパ貴族風の、細部まで拘った過度な装飾を成された細身の装束。

 そして、獣の魔女――カルヴァート二世は一欠片も油断をしていなかった。学術長直属戦闘部隊のメンバー全員を引き連れ、アルトリアの前に現れたのだ。自分たちを裏切った刺殺者の抹殺も兼ね、慢心さえも存在しなかった。

 ……とは言え、折角の来客だ。ただ殺すだけでは愉しみ甲斐もない。

 己が至った窮極の叡智を誰かの脳に刻み込みたい、と言う欲求を満たす為だけに、彼女はアルトリアが問うた疑念に研究者として返答した。

 

「最愛なる神父殿が創作せし報復王の魔剣、ダインスレフ。この魔剣はあの偉大なる死灰の怪人が生み出した呪詛が刻まれ、呪いの炉で鋳造されし我が真なる魔術礼装。魔力で創造された投影存在ではなく、新生した報復の概念武装である。その柄の中に、あの大いなる御方が投影された銀色の鍵が仕込まれておるのだ。故、窮極の門へと通じる魔剣を、我ら獣血教会は銀鍵のダインスレフと呼ぶ。

 それを更に我が血液に浸し、己が武装として契約を結んだ。我が一の配下、蒼月の粛清者が持つあの月光剣と同じくな」

 

 発動させし呪文は、呪泥の刃鍵(ダインスレフ・シルバーキー)

 

「ここまで言えば、不老不死の力で化石化した啓蒙亡き脳髄でも少しばかりは理解可能だろうよ、騎士王。そのダインスレフと、私が作ったトラペゾヘドロンの宝玉により、世界を穿つ門を解き放つのだ!」

 

魔術師(メイガス)らしい話だな、カルヴァート二世。その魔術礼装(アーティファクト)によって、根源の渦へ通じる孔を開くのか」

 

「……違う違う違う―――否! 断じて、否!

 我らのこの宇宙と同じく根源より生じた別次元の、宙の壁によって隔離された外宇宙の存在と交信する!!」

 

 右手を宙へ上げ、左手を地平に伸ばし、カルヴァート二世は美貌に恍惚とした笑みを浮かべていた。

 

「嘗てカルヴァート獣血教会が祭り上げた神獣は深海の古都にて、深淵の神と邂逅した!

 その時、我らの獣は宙の存在へと到達し、聖騎士(パラディン)メランドリに滅ぼされた故郷の漁村にて宙の奇跡を啓蒙したのだ!

 だからこそ私に神秘を授けた神父は、我が怨念を具現せし鍵の魔剣を創造した!!!」

 

「それが間違いなんですよ、学術長。そもそも魔宴で生まれた人造獣人の貴女は、カルヴァート村長の偽物に過ぎない筈です。

 あの神父も、遺伝子元の残留思念に狂う貴女が愉しいから、手を貸したに過ぎません」

 

「……名亡き刺殺者。裏切りの眷属よ。面白い事を囀る。

 今思えば貴様こそは恐らく、我が教会を滅ぼす為の抑止力だったのだろう。我が洗脳を打ち破る精神力は見事と呼べるが、そんな貴く強い貴様の意志を抑止力は少しばかり後押しした。その作用によって、こうして汚染されぬ自我を取り戻し、我が傀儡から脱する事が出来たのだろう。

 ああ……だがしかし、道理に合わぬ可笑しな話だ―――」

 

 カルヴァート二世は誰もが褒め称える麗しい美貌を、表現出来ぬ程に歪め、人間以外の生き物に見える程に邪悪な感情を露見させた。

 

「―――それなら私の傀儡から、人の傀儡になっただけに過ぎないだろう?」

 

「ほざいたな、カルヴァートォォオオオ―――ッ!!!」

 

 発狂したような刺殺者の叫びが契機となり、戦闘部隊は二人を包囲し、全員が同じタイミングで襲撃した。

 ―――殺し合いは凄惨を極めた。

 そも戦闘部隊のメンバーは、元々素質ある者。獣血教会を滅ぼす為に敵対して来た代行者や執行者、あるいはカルヴァート二世とその特務部隊が強制的に拉致した魔術師か、高次元霊体を持って生まれた天然の異能者。非常に高い戦闘能力を持つ人間を、超常の身体能力と魔術回路を持つ人外に変生させ、神獣の血と細胞で深淵の叡智を脳と魂に刻まれた魔人である。精神も同じく化け物に作り変えられ、戦闘に特出した心理形態に深化している。相手が集団であることもあって、攻撃しても中々致命傷を与えられず、アルトリアの技量でもまだ一人も殺せていない。

 中でも、葬送者と粛清者は群を抜いていた。

 神獣の血と細胞で魔力強化された肉体を、更に強化術式を五体へ装填して加速移動する葬送者は、行動中は目視不可能の化け物。基本歩行が縮地でありながら、それが強化されると言う悪夢。そして、カルヴァートが葬送者から本名ごと奪い取った登録名(ラベル)は、サンクレイド・ファーン。倒した女を強姦する事を趣味とし、神の名の下に悪行を面白可笑しく為す眷属に相応しいテンプル騎士団所属していた代行者。

 粛清者は優れた魔術の使い手でもあり、月光剣を触媒に大いなる星界の滅光をアルトリアと刺殺者に目掛けて何度も、何重にも、放ちながらも剣戟を繰り返す。刀身から放たれる蒼い光波はおぞましい魔力に満ち溢れ、触れた物体を空間ごと切断。そして、カルヴァートが粛清者から精神ごと奪い取った登録名(ラベル)は、ダーニック・プレストーン。敵対者の情報操作によって魔術協会から排除されて家系が途絶えてしまい、無様に根源への到達を諦めた落後者の心折れた老年の魔術師。

 だからこそ、アルトリアは勝負に出た。味方になった刺殺者を背後に置き、自分は彼女を守るように剣を構えて前に出た。魔力放出を全力解放し、飛んで来た矢、銃弾、魔力弾を弾き返し、迫って来た敵も一気に吹き飛ばす。

 真名解放を行う為の隙を強引に生み出し、躊躇わずに振り上げた黒き星剣を解放した。

 その威光に対するは、神父が造り出した蒼い紋様の有り得ざる月光聖剣の輝きである。

 

「―――約束された勝利の剣(エクスカリバー)ァアアアアアアアア!!」

 

「―――啓蒙深き蒼月紋の剣(ムーンライト・コールブランド)ォオオオオオオオオ!!」

 

 星が鍛えた騎士王の神造兵器と、神父が作った蒼月の概念武装。どちらもAランクを超える宝具であったが、聖剣エクスカリバーに月剣コールブランドが勝てる道理は一欠片も無い。

 

「―――呪泥の刃鍵(ダインスレフ・シルバーキー)……ッ!!」

 

 カルヴァート二世――マリア・マーシュ・カルヴァートは加減なく憎悪の限り、鍵の魔剣で以って世界(宇宙)に小さな門孔を開いた。

 魔力でも、エーテルでも、真エーテルでもなく―――未知の霊子塊。

 宇宙の暗黒へ通じる門は内側から輝き、魔剣の刀身から発したカルヴァート二世の憎悪が霊子塊に纏わり憑いた。シルバーキーが解き放ったのは、何処でも無い暗黒より飛来した大いなる憎悪の暗黒粒子(エネルギー)であった。

 エクスカリバーが相殺される――――!

 爆発の中心点は地面を大きく陥没させ、やがて互いに高まった。聖剣の光と、蒼月の真エーテルと、未知の暗黒粒子が混じり、合わさり、相乗し……――――

 

「―――……やり手ですね、カルヴァート。まぁ、殺せないならそれで良いでしょう。ここに言峰士人はいませんでしたし。

 兎も角、貴女が生き延びることが出来て良かったです。刺殺者」

 

「ああ、ありがとうございます。アルトリアさん……いえ、やっぱり私にとって、貴女はヴィヴィアンさんですね。まだこの私では、貴女をアルトリアと呼ぶには早いです」

 

「ふふ。そうですか。私は、どちらの呼び方でも構いませんよ。

 ……しかし、あれがカルヴァート二世ですか。

 逃げ足が素晴しい戦術家のようです。あの神父から教えを受けた弟子でもあると聞きましたが、殺すにはとことん追い詰めないと駄目ですね。戦闘部隊員も結局は一人も仕留められなかったと考えれば、ある意味サーヴァント以上に厄介です。

 では、取り敢えず、刺殺者――――」

 

「―――クロニア。クロニア・アイスコルです」

 

「クロニア・アイスコル……ですか。となると、記憶が甦ったのですか?」

 

 ニンマリと、刺殺者と名乗った吸血鬼は笑っていた。静粛としていた雰囲気が完全に消え、嗜虐と憎悪に満ちた悪鬼羅刹の存在感が溢れ出始めていた。

 

「そのようです。しかし、ああ、ああぁあ、なんとこれは素晴しい。これが私の名で、これが失った記憶で、甦った記録ですか……く、クク。あひゃひゃはははははははははははははははははハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

「刺殺者……―――?」

 

「いやぁ、嫌ですよ。ヴィヴィアンさん、私の名はクロニア・アイスコル。黒魔術(ウィッチクラフト)の一族、アイスコル家最後の生き残りです。一人だけ生き延びてしまった魔女なんです。多分、そうなんだと思います。記憶の欠陥がやばいですけど、この記録は正しい筈です。

 ああ、しかし―――素晴しいです!

 カルヴァート二世が工作して我が魔術礼装になった射出槍杭と、宙の化け物の魔術回路ですか。ふふ、ふひぃひひひ、ひひゃはは!!」

 

「貴女、その魔力……」

 

 邪悪な気配と、澱んだ意志。魔女に相応しい穢れた魂。

 

「……何て、無様な話なんですかね。私は眷属になる前から、そもそも命を喰らう獣だったと言うことですか。母のセレニケ・アイスコルから魔女の業を引き継いで、人間の命を喰らう魔女だったと言うことですか。

 あは、はははは……はは、はははははは……あーはっははははははははははははははははははははははははははははは―――ふざけるなぁ……ッ!!」

 

 刺殺者は、クロニア・アイスコルは、カルヴァート二世に奪い獲られた何もかもを思い出した。

 

「私はヴィヴィアンさんに助けて貰えるような、そんな人間じゃなかったんです!!

 生まれた時から人殺しが好きな犬畜生で、生まれた後も人殺しを愉しんでいた悪鬼外道で、こうして今―――何もかもが邪悪な存在に成り果てた獣になりました!!」

 

 その姿は泣き叫ぶ童のようで在りながら、雄叫びを上げる悪鬼のようでも在った。

 

「そう後悔しているのなら―――強く生きなさい、クロニア。

 貴女はまだ、その命を失っていない。尊厳が在る限り、人は誰しも未来を生きる資格を持っているのです」

 

「ヴィ……ヴィ、アン……さん―――」

 

 獣血教会から何とか脱した刺殺者は、魂から奪われた筈の名前を思い出す事が出来た。既に生まれた家はカルヴァート二世の手で滅ぼされ、両親を含めた家族全員が皆殺しにされている。それでもコレが自分の名前であり、そう生まれたからには名こそ魂のラベルである。

 刺殺者の名は、クロニア・アイスコル。

 マリア・マーシュ・カルヴァートに殺された母はセレニケ・アイスコル。

 獣血教会を滅ぼす為、ヴァンパイアハンターとなることを彼女と決めた。黒魔術(ウィッチクラフト)の魔術師ではなく、吸血鬼を狩り殺す魔術使いとして、カルヴァート二世を狙う狩人を名乗ることにした。

 

 

◆◆◆

 

 

 カルヴァート二世の居城は破壊したが、アルトリアは敵の戦力を削ることしか出来なかった。戦闘部隊を殺すこともしなかったが、クロニア・アイスコルの離反には成功した。あの獣血教会は言峰神父が作り上げた世界崩落の因子であろうが、アルトリアはクロニアの怨敵を自分の手で皆殺しにするのは好まなかった。あの少女はもう、復讐だけが生きる望みになってしまっていたからだ。

 ……しかし、アルトリアがすべきことは他にあった。

 取り敢えず、直感のまま嘘を自分に吐いたプレラーティの住処を探し当てた。ついでに出会った一秒後、顔面を聖剣の刀身の腹で強打した。

 結果、プレラーティは言峰士人の居場所を知らない事を何となく直感で彼女は把握した。

 とのことでアルトリアはこれまた取り敢えず、士人の居場所を知っているだろう相手の居場所をプレラーティの顔面をもう一度聖剣の腹で強打してから吐かした。

 死徒二十七祖、全知全能――沙条愛歌。

 ニアダークに連なりし真性悪魔、魔性菩薩――殺生院祈荒。

 

「ふーん、貴女があの伝説の騎士王、アーサー・ペンドラゴン?

 あの神父が言ってた通り、本当に女の子だったのね、ね……ねぇ……―――え、本当に?

 え、なんで? 私の王子様は何処ですか?」

 

「知りませんよ、魔術師(メイガス)

 

 挨拶もなく、行き成りこれである。アルトリアは目の前の幼い少女の姿をした魔術師(プレラーティ曰く、痛々しい妄想癖を持つ三十路過ぎの女神)を胡乱気な目付きで見て、思いっ切り台詞を吐き捨てた。

 

「あー、本当にやってられないわぁ。あの世界線みたいな妹に依存しないと生活出来ない駄目人間になりそう……って言うよりも、本当は神父に会わなければ駄目人間になってた未来が濃厚でしたし。

 ハァ―――私の目、時間軸も世界軸も超越してる筈なんだけど。千里眼ってゴミね。退屈で精神が壊れそうになるだけで、本当に使えない。誰かにあげようかしら?」

 

「あらあら。気が抜けてますと、本当に貴女はポンコツ接続者ですね。その全知全能に至った脳髄は根源と繋がってますの?

 普段の愛歌は私から見ても、こう、あれですね。絶対にアレな場所にチャンネルが合わさってますね」

 

「うるさいわね、エロ僧侶。モンジーちゃんとお見合いさせるわよ」

 

「―――ヒィ……!」

 

 キアラもキアラで平行世界を見通す事ができ、自分の運命の人と呼べる人物を知っている。しかし、彼に会う為には色々と制約があり、そもそも会うのが恥ずかしい。会える運命を持つ自分を知っていればそれでよく、愛を知りながら恋を知らぬ殺生院は、内面がある意味で純情乙女。

 言峰士人曰く、愛は黄金、恋は宝石だ―――と祈荒へ、求道仲間の門司と肩を組みながら説法したことがあった。愛とは天高く積み上げられた金貨よりも価値があり、恋とはどんな宝石よりも貴く輝く綺羅星なのだと。地味に祈荒は自分が知らない理屈で、生まれた時から溢れ出る愛欲の感情を論破されてしまった。彼女は未だに、マーボー神父ソンとミラクル求道僧に今世紀最大のドヤ顔をされた事を忘れられなかった。

 つまるところ神父の所為で、臥籐門司とはキアラにとって―――人生最悪のトラウマであった。無論、神父も少し苦手であるが、あの男は求道僧と対極に位置するド外道な極悪人なので何とかなった。所詮は言峰士人、自分達と同類の人間種を腐らせて死滅させる癌細胞みたいな存在だ。

 

「な、何と言うことを……鳥肌が!

 三十路幼女が、そんなおぞましいことを言わないで下さいまし!!」

 

「あー! 今貴女、言ってはならないことを言ったわ!?」

 

「何を言うのですか。私はただのセックスが好きな僧侶なので違いますが、魔術師は歴史があるほど良いと言います。でしたら、別に貴女が三十路過ぎの概念が重すぎる女なのは、誇っても良いことなのでは?」

 

「シャー、呪って上げる!」

 

「ふふふふ、上等ですね!」

 

 話と違うとアルトリアは混乱していた。プレラーティ曰く、どう足掻いても絶望、混ぜるな危険、カオスとエロスの融合体、とかなり散々に言っていた二人組の筈。

 

「若い頃からずっと外見が年増女だった癖に、そうやって私の実年齢を揶揄するのはいけないと思うの!? 見た目年増女の癖に!!」

 

「そんな淑女から程遠い暴言をお吐きになるから、理想の王子様なんて痛い妄想を見るのです。良いですか、貴女が夢見るその王子様はどうせ見た目はイケメンでしょうし、はっきり言って上げます。

 そんな見た目の男、確実に女誑しのヤリ捨て野郎ですよ?」

 

「―――やめてぇ……!

 そう言うのイメージすると、この千里眼が勝手にアカシックレコードから記録を検索して、見たくもない王子様と(にっく)き平行マイシスターとの濡れ場シーンが、が、がが……ふわぁお―――なんか、死にたくなる」

 

「あらあら、ふふふ。愛歌、賢者タイムですか?」

 

「違います。ただの女神タイムです……―――泣きたい」

 

「―――すみませんが、私の話、良いですか?」

 

 竜の威圧感を轟かせながら、アルトリアは会話を自分方へ強引に持ってきた。

 

「あー……ごめんなさい。折角のお客様だって言うのに、こっちの下らない口喧嘩に巻き込んでしまったわね。それでアルトリアさん? やっぱり王様で本当に偉いのだし、アルトリア様の方が良いかしら? それとも偽名で名乗っているヴィヴィアンさんって呼んだ方が良いかしら?」

 

「どちらでも構いませんし、何でも良いですよ。口調も呼び方も先程のように砕けた雰囲気で構いません」

 

「そう……じゃあ、アルトリアで。話って多分、あの神父や正義の味方についてでしょう?

 だったら、祈荒も詳しいけど、貴女が知りたい情報については私の方が知ってると思うわよ。人格だとか、精神のパーソナリティとかも知りたいなら、キアラっちが専門だけど」

 

「いえ、その手の情報は大丈夫です。私が知りたいのは、彼らの居場所や、今後の動向などですので」

 

「となると、話相手は私ね。でも、少し待って頂けるかしら。紅茶でも入れて来ましょう」

 

「愛歌。アルトリア様は貴女目当てみたいですし、お茶とお茶受けの準備は(わたくし)が致しましょう。貴女はもう、茶番劇に付き合わせてしまった彼女の相手をちゃんとして上げるように」

 

「あら。ありがとう、祈荒。気の効くパートナーで嬉しいわ。それに貴女が入れる緑茶は、自分で入れる紅茶を飲むよりも良いですし」

 

「そうなのですか。私は逆に、自分で入れる緑茶よりも、貴女が入れる紅茶の方が飲みたくなるのですが……まぁ、この話は良いです。

 後、お茶受けの方は、今日のおやつに買っておいたお団子で良いですよね?」

 

「ええ、お願い」

 

「それでは、アルトリア様。失礼致します」

 

 中身を知れば気色悪い程、礼儀と道徳が人並み程度に備わった二人の会話。しかし、この二人、外面だけは最上級の淑女であり、美少女&美女である。動作一つが美人であり、アルトリアから見ても気品に溢れているように感じられた。

 

「―――それで、何が知りたいの?」

 

「知りたいのは、衛宮士郎、言峰士人。そして、出来れば―――遠坂凛の所在地です」

 

「あら、その三人。魔術社会だととても有名ですし、私も全員と知り合いよ。そうね、まずは正義の味方から話しましょうか……―――」

 

 アルトリアも黙り、愛歌は淡々と知り得る情報を開示した。キアラも話の途中で戻って来たが、優雅な仕草で三人分の緑茶と団子をテーブルの上に置き、口を開くことなく静かに席へ座った。

 

「衛宮士郎については、そんな程度ね。あの第六次聖杯戦争前は暴れ回ってたのに、今は紛争地域にも余り姿を見せないし、社会に潜む魔術師や吸血鬼を狩り殺してるようじゃないみたい」

 

「ふふ、それは当然でしょう」

 

「……キアラ?」

 

「あの人、とても疲れていたみたいでしたから―――ふふ。私、放っておけなくて。メンタルが弱ってる強い男性って何だかとても心惹かれまして、少しばかりカウンセリングをして上げましたの。我流ですけど」

 

「あ、あー、うん。衛宮についての話は、これで本当に終わりね。ある意味、本当に終わってそうだけど……多分、大丈夫じゃない? アルトリアが心配することじゃないと思うわよ?」

 

「―――何処が?」

 

 マジギレ寸前である。

 

「安心して下さいな、アルトリア様。あの精神状態で戦場に出ると危険だと(わたくし)は思いまして、少し諭しただけですの。

 今は恐らく、少しばかりアルコール依存症にでもなって、何処ぞで捕まった女魔術師の家でニートライフをエンジョイしている程度の壊れ具合だと思いますから。はい、死んではいません。死んでは」

 

「カウンセリングになってません! あのシロウを酒に逃避されるとは、貴女は一体何をしたのですか?!」

 

「そんな、恥ずかしいですわ。アルトリア様のおスケベさん」

 

「お、おスケベさん……!

 そんなこと、生まれて初めて言われました。ショックです。あぁ本当、またシロウは無駄な女難スキルを発動させて―――!」

 

 ぶん殴って娘を認知させてやろうか衛宮一族め、とアルトリアは思ったがグッと抑え込む。多分今それをしたら、本気で精神崩壊するかもしれないと彼女は考えた。

 そして、優雅にお茶を飲みながら団子を食べる二人をアルトリアは見た。からかわれているのを悟り、平常心を取り戻して話の続きを促した。

 

「次は言峰ね」

 

「ええ。お願いします」

 

「あの神父は今、聖杯戦争での活動から解放された所為で―――弾けたわ。所謂、ヒャッハー状態よ。

 ある意味ね、冬木の土地はあの神父の行動範囲を縛り付けていたの。だから今は、世界中で自分の同類を見付けては説法して、社会崩壊の因子を手当たり次第作り上げてるの。あの男、何だかんだで周り全てを巻き込んで、どうしようもない馬鹿騒ぎをするのが好きな極悪人だから」

 

「それは知ってます」

 

「あら、そう。なので正直、私はあの神父の現在地は分からないわね。この前は根源の渦……じゃなく、外縁世界でもなく、何だっけ……あ、そうだったわ。確か、外宇宙領域との門を連結させるのに成功させた魔術結社と関わってたらしいですし。有名なところですと魔宴が造り出した演算基盤、アウターキューブの作成も関わってるって話でした。

 今はロズィアーンか、スミレだったしら。それとも他の死徒だったかしら。まぁ、兎も角、薔薇の預言書について悪さをしてるって聞いたわ。真祖の姫が殺人貴に殺されたとなれば、空想具現化の奇跡は水魔スミレにしか許されない能力だから、多分あの世界の歪みはそう言うことだと思うのよね。

 魔術協会や聖堂教会は、言峰士人の暗躍に気が付けてないみたいですけど。そうね、私たちみたいな、裏社会や魔術社会の規律にも適応出来ない本当の存在不適合者の間だと、かなりの有名人なの」

 

「成る程。でしたら、その死徒のところに向かえば良いのですかね」

 

「もういないと思うわよ。噂話ですけど、今は冬木以外の聖杯戦争に介入してるって聞いたけど。この前にあったアメリカの聖杯戦争も馬鹿騒ぎしてたって噂もあるし。それに亜種聖杯戦争は結構開催されてるけど、アインツベルンクラスの大型聖杯戦争が実施されそうなの。ロンドンと、ベルリンと、ローマで量産型大聖杯が誰かの手で設置されたとか何とか。

 うーん、控え目に言って地獄ね」

 

「―――ああ、そう言う……確かに。控え目に言わなければ、普通に人類滅亡ですね」

 

「なので、私が知ってる言峰の話はこの程度。もし探し当てるなら、自分の直感に従った方が良いわ」

 

「分かりました」

 

「それと遠坂凛の居場所は、この世界ではない何処かとしか言えないわね。そろそろ、こっちの世界に戻っては来ると思うけど。平行世界の運営って言うけど、実際は何でもありの世界間の時間軸移動ですし。

 第二法なら並列世界や平行世界の移動だけではなく、異世界への訪問も可能と言えば可能なの。この世界の裏側の真エーテルが満ちた幻想種の暮らす異界や、真性悪魔が作り上げた隔離異界もそうだし、世界と世界の狭間に存在する鏡面世界なんて異空間もある。それと剪定事象を受けて次元世界から途絶えた有り得ざる人理世界や、あるいは全く別の可能性に至った異聞帯の別人類史世界もある。

 あの魔法使いが潜んでいるとなると、そう言う何処かの世界だから。私でも見付けるのは正直不可能なの。でも、この世界の現世に孔を空けて舞い戻って来るとなれば、転移して戻って来たところなら、星を観測して私も居場所が何となく分かるわ」

 

「―――そこまで。凛は、そんな領域にまで至りましたか」

 

「正確に言えば、そう誘導されたっていう方が正しいわね。私も並列存在を平行世界から観測可能だから分かるけど、この世界の遠坂凛は理論上、魂の限界を超えた存在規模に到達してるの。

 ……あの神父、言峰士人が宝石剣のソレを教えたのが契機になったみたい。

 宝石翁が暗殺されるなんて異常事態、起きるのはこの世界線くらいみたいだったし。魔導元帥殺害に使われた暗器も、元々は遠坂凛に頼まれて神父が作った死徒殺しの概念武装だったそうだしね」

 

「その知識も、千里眼によるものですか」

 

「ええ。貴女が城で雇ってた宮廷魔術師さんも、私と同質の千里眼持ちよ。これが如何程の異能なのか、騎士王の貴女なら分かってると思うけど」

 

「知っています。しかし、よくぞその年でそこまで神秘を極めましたね。現代における魔術師の家系は、積み上げた歴史の厚さで神秘の濃度が違うと聞きましたが、貴女は神代の者共と同類で、個人の魂に類した強さのようです」

 

「それは当然ね。私たち魔術師の家系は歴史が長い程、歴史が積み重なった程、あの下らない魔術協会では貴い血脈とされる―――……全く、なんて見当違い。本当に馬鹿で、愚かで、浅ましい。たかだか、そんな異次元に至る為、こんな程度の頂きを得る為に、百年も千年も時間が必要だなんて凡夫にも程があるでしょう?

 ……笑い話にもならないわ。

 家系の古さを誇るってことはね、阿保さ加減を証明してるのと同じ意味。自分達の無能さと、哀れさを誇示してるのと一緒なの」

 

「そうですか。となれば、貴女の千里眼はやはり重宝するようです」

 

「―――……あら、殺さないの?

 貴女からすれば、私も祈荒も殺した方が気分が良い邪悪じゃないの?」

 

「しませんよ。戦場で敵として会ったのなら兎も角、今は善悪なんて如何でも良い事柄なので」

 

「ふふ。でしたら、もう少し情報を上げましょう。貴女みたいな綺麗な人は好きですし、贔屓にして上げたいのでね」

 

 かくして、アルトリアは情報の収集に成功した。衛宮を見付けた後、言峰と遠坂を探す為、彼女は探索の旅を続けていた。








 との事で、アルトリアさんの話でした。
 この平行世界ですと、かなりエグイ事態になっています。神父さんが全力を出し始めました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。