神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 オリキャラ同士の雑談みたいな回です。



完.end of Fate

 冬木の街から離れた都市。根源の渦を生み出し、消え果てた大聖杯を巡り魔術協会でも聖堂教会でも問題は起きているが、今のこの二人には関係がなかった。

 ―――第六次聖杯戦争から半年後。

 太古の真性悪魔が生み出る大聖杯が解き放たれたが、世界は相変わらずそのままだった。平和な国では平穏に人々が暮らし、闘争が続く国では人々が殺し合って死に満ち溢れている。何一つ、人間に、世界に、変化はなかった。

 

「衛宮から盗み取れた記録はこれだけ」

 

「成る程。感謝する」

 

「どうも」

 

「ふむ。ではこれで、さようならと言う訳だ。ならば間桐亜璃紗よ、もう二度と合うことはないかもしれないが言っておこう。

 これからお前が歩む人生を、俺は祝福している。

 間桐亜璃紗と言う人間はこれでやっと、自分自身の足で己の道を歩み始める事になるのだからな」

 

「……アリガト。貴方の真心って空っぽなのに、誰にでも優しいんだね」

 

「神父だからな。その先に身を焼く地獄が待っているのだとしても、若者の未来を祝うのが俺が自分に課した務めだ」

 

「へぇ、厭な神父ね。本当に嘘偽りないのが人間としてダメね」

 

「是非もないことだ。人間としての在り方など、俺のような神に仕える偏屈者か、魔術師のような社会不適合者でなければ気にして生きていないだろうよ。

 ……あるいは、誰かの心を食い物にする存在不適合者のお前でなければな」

 

「言えてる。何が正しくて、何が間違っているかなんて、私たちみたいな爪弾き者が幸せになれない人間社会が主軸になった考え方だもの」

 

「その通りだ。当たり前の幸福を目指して生きた所で、自分が持つ元の在り方に反して苦しむだけ。いや、苦しめると言う実感が有るだけまだマシだ。まともに苦しむことさえ出来ず、虚無感もなく、何かを思って感情を吐露することもない。

 結局、破綻者は幸せを幸せと実感出来ん。

 所詮、地獄が無ければ地獄を作り出す獣。

 お前も俺も生きているだけで人生を愉しめるが、それは人間がこの世に溢れているからだ。この娯楽品が不足してしまえば感情を失い、世界に価値を見出せなくなり、呼吸をする気力さえ奪い取られてしまうだろう」

 

「モチロン。人間がいないと、心が潤わないし。人間としての思いが足りない私の心は、やっぱ他の心を食べないと栄養不足になって感情が停止しちゃう。

 意識はあるんだけど、何かをする事が出来ない。

 あの無気力感って、感情が戻った後に再確認すると凄く死にたくなるんだ」

 

「気にする事でもあるまい。生きていれば我ら人間、死ぬまでの間は如何とでも足掻ける」

 

「ま、ね。人間じゃないと人間は愉しめないから」

 

 亜璃紗は桜の末路を知っている。士郎から記憶を盗み見し、大聖杯の前で起きた全てを理解した。それらを知った上で、間桐の名をまだ名乗り続けている。

 亜璃紗は娘として、母の悲劇を愉しんだ。

 何故、人間が苦しむ姿はこうも胸に迫るのか。

 何故、愉しいと感じながらも同時に胸が苦しいのか。

 何時も通りに面白いと思いながら、亜璃紗は桜が最後の姿を思い出すだけで呼吸するのが苦しくて堪らなかった。

 

「そうだな……―――」

 

 暗い感情を少女から察するも、士人はそれを探らない。既に分かっていることであり、亜璃紗に桜の最後を語らせることでもう、彼女の心へ棘を抉り込ませていた。尤も、心を読む亜璃紗はその士人の思考を読んでおり、自分の思考回路を読ませることで彼女に罪と罰を強引に向き合わせていた。

 

「―――で、狩人共はどれ程だった?」

 

 その言葉を聞き、亜璃紗はどっと疲れた表情を浮かべた。人形みたいに作り物染みて気持ち悪い領域で整った顔立ちの美少女が、一気にブラック企業務めで精神が摩耗し、生きる気力が消えていく徹夜明けのOLの如き様相に変わった。

 

「いやぁ、今は死ぬほどピンチなの。ほら、黒化天使……じゃなく、黒騎使徒って私達が作ったじゃん」

 

「ああ」

 

「桜さんが魔法使いに大聖杯ごと拉致された所為で、私は彼女たち人造聖杯を手放すしかなかった。そんで、それを保護したのがカレンさんとバゼットさんでさ、聖堂教会と魔術協会に属することになったの。

 その後、大半が執行者やら代行者になってね……悪夢よ。

 あいつら全員、復讐に目覚めたの。例外なく、一人も欠けずに復讐者になった。組織に属することを拒んだ数人もフリーの魔術使いなってるし、私を狩り殺すのを全く諦めてないし。平和に生きようとか、幸福になりたいとか考えるのがいなくて、まずは人生の目的として桜さんと私の抹殺を最優先にしてる」

 

 そして、生まれたのが巨大派閥。死徒との抗争で多大な損害を受けていた魔術協会と聖堂教会であったが、それを補って余りある戦力の補充に成功していた。

 バゼットは復讐を願って時計塔の執行者になる事を望んだ者を、誰も拒むことをしなかった。纏めて保護し、経歴を偽装した。そして、まず最初にエルメロイ二世に押し付け、魔術師としての基礎を勉強させることにした。その後、それでも執行者になるのを望むならばと、自分が臨時代理の管理者になった部署に所属させれば良いと考えた。

 何より、今のフラガは協会内でロードに匹敵する魔術師。聖杯戦争中にクー・フーリンが使った原初のルーンの実物をその目で理解し、彼から直接学び、魔術神オーディンが持つ権能を学習してしまった。伝承保菌者として光神ルーの神霊魔術である宝具を操るフラガだからこそ、神代にまで遡って魔術を鍛えられる。ルーン専門の刻印魔術師としてバゼット・フラガ・マクレミッツは、もはや誰もが認める冠位の中で、更に異端極まる魔術師となった。本来ならば封印指定確実だが、そもそも成り上がったバゼットは今の執行部において絶対権力を持つ最高戦力。ルーンの深淵に到達するのも時間の問題であり、宝具フラガラックも完成を越え、宿った伝承より進化した神秘となるだろう。エミヤによる宝具の改造理念も知っており、もう協会で彼女以上の神秘を持つ者は存在しない。

 そして、カレンもバゼットと同様の事をした。しかし、聖堂教会の代行者不足は協会の執行者不足よりも深刻であり、カレンと知り合いのシエルは彼女達が同意するならばと代行者になるのを協力した。死徒二十七祖を殺し得る戦力が一気に十名以上も入ったことで、何人もメンバーが死んで存続が危ぶまれた埋葬機関も甦ることだろう。

 

「あの大聖杯に繋げて、アンリ・マユと適合させたのが悪かったわね。ヒヨった惰弱な思考する奴が誰もいないし、メンタル全員狂ったみたいに私が魔術実験で強くしちゃったし。

 いや、味方の傀儡なら別に良いんだけど、今はもう敵に回ったからアウト。不屈のガッツを持った人間聖杯が、全員揃って私を殺そうと迫って来るのはホントにヤバいんだから。

 こんなことになるなら、私も桜さんみたいに誰か英霊を憑けとけば良かった……」

 

「だろうよ、俺でも死ぬぞ」

 

「ね、そうでしょ。まぁ、死ぬ気はさらさらないけど。あぁ、でも、オルテンシアさんとマクレミッツさんまで結構ノリノリで私の事を間接的に殺してくるのは勘弁して欲しい。マジで」

 

「バゼットさんはああ見えて、天然でノリが良い女傑だ。普段は可愛い部分も大いに目立つが、むしろ芯の部分は紛う事無き英雄の思想だ。彼女らのように、復讐を他力本願ではなく自分の力で望みで果たそうとする被害者が居れば、何だかんだであっさり感情移入する。ついでに異性に惚れ易く、同性も信頼し易く、結構騙され易い人だ。後、弟子を育てるのとかも実は何気に好きであったりする。自分からは彼女達の為に殺しに来ないが、殺意は逆に積極的な方だ。殺さない理由がそも無い。

 カレンはあれだ、単純にお前が苦しみ悶える姿を想像するだけで愉しく、実際に苦しんでいれば更に面白がる女だ。デミ聖杯らに協力するのも、自身の復讐の炎で自分の心を燃やし続ける彼女達が愉しく、面白く、最悪の中で最善の人生を選び取る姿が純粋に好きなんだろうな。お前を殺したいと言うよりは、更に業を深める彼女達を楽しむ為にお前が死ぬことに協力している」

 

「ダメじゃん、それ。私、絶対包囲網が敷かれてる」

 

「残酷な事だが事実である。恨み憎しみは奥深く、もし誰かに自分への憎悪を抱かせるような事をするならば、末代まで祟り殺される覚悟がなければ無様を晒す破目となる」

 

「そんなんはまぁ、当たり前のことだし死ぬのも仕方ないか。うん。私も魔術とか神秘とか関係なしに、人間が人間を殺したり、苦しめたり、犯したりするのを面白可笑しく楽しんでたしな。

 そう考えれば、ついに自分の番が回って来たってことなんでしょ。面倒臭いけどさ」

 

「良く言う。その面倒臭さもまた、つまらなくなければ良い道楽になると考えているのだろう?」

 

「そりゃ肯定するしかないけどさ……」

 

 人の業は世を回る物。面倒臭いと言いつつも、彼女も彼もそれだけが生きる事を愉しめている理由だった。自分が死ぬことになっても肯定するしかない。

 だから最後に、自分を救い、間桐桜を養母として紹介した神父に聞いておきたいことが亜璃紗にはあった。

 

「……兎も角、ま、それでね? 最後だから、言峰士人にだけ聞いておきたいことがあるんだ」

 

「ふむ、聞こう。それに今更だ。神父である俺に懺悔するのに、何かを気負う必要はない」

 

「ありがとう。懺悔って言うよりかは愚痴みたいな物だけど、貴方には聞いておいて欲しい」

 

 にこり、と彼女はおぞましい程に綺麗過ぎる笑みを浮かべた。女神とも呼べず、天使には程遠く、悪魔にも似ていない、人形のような完璧な頬笑みだった。人間で在ればこう在るべきと頷ける余りにも美しい笑みだった。

 

「ほら、恨み辛みってあるよね。憎しみって良くある話でね、私の友達……まぁ、魔術とかと何の関係もない普通の学校の友達が一人居たんだ。小学校でも、中学校でも、聖杯戦争から逃げる為に辞めた高校でも、女友達も男友達も沢山居たけど、その一人だけは私が腐れ外道だって事を見抜いた上で友達になった奴が居たんだ。

 でね、まぁこうやって愚痴ってるから分かってると思うけど、そいつ死んでね。私が殺したんじゃないし、死因も私が全く関わってなかったけど、凄く何故かショックでさ……」

 

 心を読める彼女は、神父の思考を読めている。彼は凄く真剣に話を聞き、誰よりも人の心に関心を向け、全身全霊で他人の人生を玩具にして遊んでいる。

 その事に納得しながら、この男にならと誰にも話した事がない悩みを告げて良かったと再認識する。

 

「……―――なんだっけね。

 その友達の親に胸糞悪いレベルで学生の頃にいじめられてた奴がさ昔、結構哀れな雰囲気で自殺してね。その自殺した奴の親が、復讐のために自分の子を殺した奴の子……ま、死んだ私の友達を誘拐し、自分の子が自殺したのと同じ方法でを殺したんだ。首を吊って自殺したからって、縄の輪を首に掛けて、木から吊るして窒息死させたって話。しかも、じわじわと死んで逝く場面をカメラで映像保存して、それを復讐相手の親に送って見せたんだよ。言うなれば、自分の子供を自殺に追い込んだ罪人の子供を、復讐の為に殺したって動機。

 ……それで私はさ、その犯人の心を読んだ。

 死んだ子供は確かに、自分の親が人殺しになって不幸になるのは望まない可能性はある。けれど、同じ位に死んだ自分の為に罪を犯しても相手を苦しめるなら、やっぱ人間はそれを嬉しく思うのも当然の話。

 しかもさ、復讐を果たした親はね、死んだ自分の子供に罪を被せない為だけに、相手の子供を殺した。本当は憎い相手を殺したかったけど、それだと自分の子供を理由に人の命を奪うことになる。だからと、死んだ子供と関係をなくそうと、子供を殺された自分自身の為だけに復讐すると誓った。憎悪する相手を自分と同じ憎悪を抱かせる為に、子供を惨たらしく殺された罪人に作り変えた。

 つまり、アレです。子供の仇を取るのではなく、子供を殺された自分自身の仇を自分で果たしたんです。

 後、このホントの殺人動機は心を読んだ私だけが知ってる事実。警察に捕まった時も、裁判の時も、明かさなかったみたい。

 ……貴方はこの話、どう思う?」

 

「ほう。中々に興味深い復讐劇だな。それに業も深い。とは言え、登場人物が三名いる。簡単に切り捨てられる奴から語ってしまおうか。

 まず、子供を殺された親は如何でも宜しい。その人物はそもそも幼少期、他者を道楽にして愉しんでいた者だ。言ってしまえば、俺やお前と同類の悪人悪党であり、程度の差はあるが、その根本は人の心や業を好物とする犬畜生だ。

 自分の意志で、自分の人生を満喫する為に、誰かの子供を殺したのだ。ならばこそ、自分の子供が誰かの娯楽品にされて殺されてしまう可能性がある事は、子供を殺された親も理解していただろうて」

 

 士人は自分が持つ衝動を全く特別視していない。悪意と言う実感は、人間ならば誰もが持っていることを理解しており、人間ならば誰もが生み出している邪悪に過ぎない。士人が終わっているのは、その悪性しか実感がない事が問題であり、善行にも悪行にも感情が生じないこと。その規模がこの世全てであり、全人類を呪い殺しても余る領域にまで膨れ上がっている点である。

 いじめ、と言う“遊び”を士人は神父として良く観察したものだ。子供も大人も、これを良く楽しんでいた。いじめ自体には人間と言う獣が作る営みの一つに過ぎず、士人は何も思うことはなかったが、いじめを楽しむ醜い動物を見るのは中々に面白かったのは覚えていた。自分が弱者を甚振るのは一欠片も面白くないが、やはり被害者と加害者の悲鳴と嬌声が混じるのは見応えのある喜劇である。人の感情をそれなりに観察できるのが良かった。

 無論のこと、そのいじめに介入して平然と当事者となり、無償で助けるのもまた言峰士人。その手の面倒事は愉しむモノであり、助けて良いなら助けない道理もなく、傍観して見殺しにするより助けた方が勉強になった。そう言う事を繰り返すことで、子供の頃の彼は人の感情の機微を習い続け、人間の営みを学ぶ為に必要だからとしていたのも事実であった。

 

「次はお前の友人を殺した犯人だな」

 

「あれ、早いね」

 

「この人物は分かり易いからな。自分の子供を殺した復讐相手の子供を殺す殺人事件の罪人。行動原理も殺害動機も、一貫した意志による犯行だ。そこまで殺人考察に入れ込む必要もない。

 ……要は、復讐だ。

 それも長い期間、熟しに熟した濃厚な怨念だ。

 話を聞く限り、自分の子供を自殺に追い込まれた後、その相手が結婚し、子供が生まれ、成長するまで待ち続けたのだろう。その間、何度も何度も憎い相手を手っ取り早く殺してしまいたいと、憎悪を延々と滾らせ続けていたのだろう。子供を死なされた自分は人生が枯れ、怨念の塊に成り果てたと言うのに、苦しめてやりたい相手は逆に人生を謳歌し、結婚した愛する人と平穏に暮らし、自分の子供も育てられる家庭の幸せを満喫している光景を見続けていたのだろう。

 全く、気が狂うのも当然だ。

 子供が親のとばっちりを受けて死ぬのは理不尽である―――等と、情が湧く精神が完全に磨り減ったのも道理だ」

 

「……酷い話ね。私の友達、何の罪もないのに、生まれた時点で死ぬしかなかったって言うの?」

 

「ふ。クク……いや、真面目な話だと言うのに、笑ってすまない。確かに、酷い話だ。子に罪は無いが、親に罪が有り、死ぬ理由を理不尽に与えられていた。

 しかし、まぁ、良くある話だ。死ぬ目に遭うのは珍しいがな。人生はその程度の匙加減で、あっさりと運命が定まってしまうもの。よって最後に、お前の友人に対する意見を述べよう」

 

「うん、どうぞ」

 

 亜璃紗は何故か、どんなに他の人間の心を喰い潰しても、その友達を忘れられなかった。愉しい、と言う感情で他の感情を塗り潰せなかった。道楽に熱中している間は頭が空っぽになるのに、記憶からは何も消える事がなかった。

 

「親の因果は良くも悪くも、子に引き継がれる。お前が気にしていた人物は、生まれた時点で誰かに憎まれていた訳だ。その者の死への言い方は様々あろう。運が無かった。ついてなかった。間が悪かった。神に見放された。つまるところ、理不尽による死だ。

 残念だが、自分個人に死因がない完全なる犠牲者と言うことだ。

 殺されたお前の友人に非が全く無いが故に、その死から避けようがなかった。

 だが、まぁ……アレだ。こう言うのは別段、魔術師や代行者には珍しい話ではないし、一般社会でも普通に認知されている境遇だろう。風評被害と言うのもこれの一種だ。とは言え、人間の悪性など見たくないので、誰もが目を逸らしているだけだ。

 人間は、自分達の邪悪さを、その醜さを直視しない為に蓋をするものだ。自分と同じ生き物である人間への憎悪を抱けば、人間性と言う名の獣の性が浮き彫り出る。

 ―――醜いとは、人間で在る事の証でもあるからな」

 

「醜い? ま、そりゃ醜いっちゃ醜いけど?」

 

 その言葉に亜璃紗は疑念を持った。この神父が何を醜いと思っているのか、神父自身の言葉で理解したかった。

 

「ふむ。亜璃紗、心を読むお前には分かり難い実感だろうな。人の心を見聞きするお前には、人の醜さを感覚で把握する。となれば、誰かの顔を見ることや、その声を聞くのと同じ事だ。思考する必要もなく肌で解かるため、醜いことを嫌悪することなく、醜いと理解してしまうのだろう。

 そうなだ……昔、俺の教会に居候していた王様は良く、今の人間は度し難い、気持ち悪い、気色悪いと、本当は人間が好きだからこそ、この人間社会を醜いと断じていた」

 

「ああ、ギルガメッシュ?」

 

「そうだ」

 

 暴君の中の暴君だが、士人にとってギルガメッシュはそれ以上に賢人だった。そも、士人が人助けを愉しめるのは、ギルガメッシュが彼に与えた臣下としての誇りが有ってこそ。

 単純な話、言峰士人は自分以外の人間が、人間を愉しむのが好ましくない。

 自分が人を殺すのは人類全ての悪性を持つ故に仕方が無いが、人類がこの星に刻み込んだ全ての悪と罪を背負わずに誰かが誰かを殺すのを、士人が持つ悪性衝動が憎悪をする。そして、その憎悪を愉しむようになったのも、ギルガメッシュが原因だった。その憎悪の対象外になるのは、衛宮士郎や遠坂凛、あるいは美綴綾子やバゼット・フラガ・マクレミッツのような、その人物そのものが憎悪以上に面白い場合に限った。

 

「王曰く、我ら人類、叡智を手に入れた醜い獣だ―――等と言っても、これを理解するには、お前はまだまだ人間を愉しみ足りない。相応の時間を地獄のような極楽で過ごす必要がある。お前もそれなりに悲惨な過去があり、人間の所業を見ているが、単純に生き足りないのだ。

 例えばの話になるが、そうだな……―――金は、分かり易いだろう」

 

「うん。人は金で人を殺すし、命より金が大切な人も多い。金の為に親や子や友、夫や妻を殺っちゃう事もあるし。普通の人はどうでも良い赤の他人の生死より、自分のお金に一喜一憂するから」

 

「その通り。俺らが暮らす社会では、命よりも金が大切にされる。何故か?」

 

 直接的な命のビジネスも立派な社会を回す歯車だ。戦争で他国民を殺す軍隊や、一般市民を守る為に犯人を殺す警察の特殊部隊は、やはり国家運営に必要と誰かが思っているから職業となる。あるいは中絶で我が子を殺すのも、子供を不必要と考えた妊婦が苦労をしない為に必要不可欠な経済活動だ。

 しかし、それは醜さの根本ではない。ただの営みだ。

 

「金は、人の命で出来ている」

 

「……ん? どういうこと?」

 

 少しだけ困惑した少女に笑みを溢し、神父は考えを纏めながら語り始めた。

 

「そうだな。俺もお前も、平和な日本生まれだ。となれば……うむ。金と命が変換される身近な出来事と言えば、交通事故は良い例えだろうな。

 知っての通り、交通と言う社会システムは、必ず死者が出る。毎日、人が死ぬ。如何に完成されたシステムを作ろうが―――死ぬ。子供でも知っている当然のこと。

 だが、何故誰もが交通の文明を捨てないのか。人が死ぬのは間違っていると文明と戦わないのか。それはな、人の死を上回るリターンがあると理解しているからだ。事故死と言う悲劇以上に、経済の繁栄の方が自分達に利益があると理解しているからだ。

 そして、そうやって人間の命を材料に経済を回し、社会は運営されている。つまるところ、金が命で出来ているとは、人間達自らの手で命から金を生み出している事を指す。故に、人間は自分達の生命で作られた金銭を、同族の命よりも価値があると思想する。

 何より、社会を運営する為に材料とされる人間の命は、交通の利便以外にも様々だ。文明の利器に果たして、如何程の命が消費されているか。世界を見れば、おぞましい程の営みに溢れ返っている」

 

 金は命を食べる魔物。精密機械に使われるレアメタルも安価に手に入れるには、アフリカで武装組織が支配する鉱山などで、人間が労働力として消費されて死んで逝く地獄があり、そんな地獄から生み出た商品を誰かが買い、更に金を使ってその誰かが国へ輸入するために買っている。

 身近にある携帯電話に使われている材料にも、そう言った命で作られた材料が使われている。

 無論、携帯電話だけではない。テレビやパソコンや車などの工業商品、あらゆる食品やその加工食品なども何処かしらで人の命が使われいる。何より、それら物資の運搬に交通は必須であり、つまり人が死ぬのも普通の営みとなる。

 

「その金で現代人は生きている。その細胞一つ一つが―――人間の命から生まれ出た。母から生み出る為にも命が使われ、生まれた後も同族の命を社会を通じて喰らって肥え太る。

 人間は――人で作られている。

 生命は――命から生まれ出る。

 更に人間は金によって生物を喰い、生命の糧とする。食べる為に殺された命に感謝する、と言うのは少し的外れな臭い物に蓋をする考えだ。経済活動により金で買ったモノを食すとはな、動植物の命だけではなく、本質的に人間の命を取り込んでいる。人間はな、食べ物に人の命をブレンドし、その死をトッピングしなければ快適に過ごせないと分かれば、平然と他人を喰い物とする。そもそも生きる為の食糧を買えなければ、金銭に価値など欠片もないからな。

 故に、もし感謝するとなれば今この瞬間、人間の為に死んでいる人間の命にだろうて。

 社会の中で生存する全ての人間が例外ではない。無自覚のまま他人を喰らい、社会に喰い殺された不運な誰かを可哀想だと笑うだけの動物だ。

 ……此処まで言えば、醜さを言葉でそれなりに例えられた筈だ。

 今の我々は、赤子として生み出たその瞬間から―――命を喰らう薄汚いケダモノである」

 

 金と言う経済価値を維持する為に、果たして幾人もの命が消費され、そして今も消化され続けているのか。1ドル、1ユーロ、1ルピー、1円。それらの一つ一つの通貨は、どれもが命を素材にしている社会の象徴だ。

 

「ぶっちゃけ、良く分からん」

 

「それはそうだろう。難しい話と言う訳ではない。単純にこれは、俺が見た人間の世界の姿と言う話だからな」

 

「だけど、何となくは分かる。確かに、うん―――私は、醜い」

 

 醜い、と無感情に亜璃紗は受け入れた。

 

「お前の話は、それに突き止まる。お前の友人は可哀想だが、可哀想なだけの死人に過ぎん。その者は醜さに殺され、他者の死に様を可哀想と感動するのもまた醜さだ。

 非業の死に、優劣など存在せん。

 俺もお前も醜いが、それは全く特別な悪性ではない。

 お前は俺に、その友人の話をどう思うかと聞いたが、俺と言う人間が出した結論は今話したそれらの事柄だ。有り触れた何時も通りの殺人であろうとも、お前のように覚えていてくれる人が居れば良い。その死人も命無き亡者として、自分の人生を恨むことを止める事が出来る可能性が生まれるのだろうよ」

 

「うん、なるほど―――理解した。

 やっぱり神父さんって、あの綺礼さんと一緒で良い人だ。あの哀れな人造の悪神も、私みたいな悪い女も、変わらず等しく、祝福してくれるのね」

 

「無論だとも。死は悼み、祈るもの。罪無き死者を嗤いはせん。尤も、罪を犯した魂で有れば、面白可笑しく嗤ってやるのだがな」

 

 と、言いつつも、罪の無い人間など士人は存在しないと考えている。罪、と言う言葉も程度の問題だ。士人は亜璃紗の友人を罪無き死者と例えたが、それは誰かから裁かれない程度には罪が無いだけ。死んで無様だと言峰士人自身は嗤いはしないが、悪性に満ちた衝動は人の死を愉しいと嗤うのだ。彼からすれば、悟りを開いた聖人で在ろうとも、楽しめるなら娯楽品として接する人間に過ぎなかった。

 なので、嘘はついていない。隠し事をしているだけであり、亜璃紗は彼の心を読むことでその隠し事も暴いていた。

 

「じゃ、私が死んだら?」

 

「祈りながら内心で爆笑だ。俺の心が笑みを耐え切れん」

 

「ヒド!? え、なんで? 私の末路ってネタなの。じゃ、あれ、大聖杯の中で眠るアンリ・マユが殺されたらやっぱり笑う?」

 

「まさか。アンリ・マユは赤子だ。人間で例えるなら、母親の子宮の中で眠る水子だろう。

 私としては、あれが誰にも殺されずに世界を滅ぼすのは不利益である。止められるのなら止めるのだが、あの悪魔による人類絶滅なら構わないのも事実だ。この人間の世界よりも面白い走馬燈を眺められるなら、自分以外の誰かが大聖杯を使って悪神を甦らせても良かった」

 

「ふぅん、そっか。貴方にとってアンリ・マユも、人間も、あんまり変わらないのね」

 

「うむ。つまり大聖杯は私にとって、脅威でも、世界の終わりでもない。ただの、人間と変わらぬ一個の生命に過ぎなかった。

 何より私はな、この世で最も純粋な人間の願望は―――生まれ出たい、と叫ぶ赤子の衝動だと思う。

 誕生の否定をすることは、この思いから生まれ出る人間の感情全ての否定に繋がろう。これ以上に尊い人間性など人類は持ち得ず、生の実感など有り得ないだろう。私のこの求道も、この世界で生きたいと赤子だった自分のこの魂が炸裂したからこそ、今をこうして生きている。

 そう言う意味では大聖杯成就もまた、私にとって祝福すべき命の誕生に他ならなかった」

 

「そんな考えなら、確かに。アンリ・マユが死んでも面白くはないね」

 

「いや、それはそれで娯楽には感じるぞ。ただ神に仕える神父として、赤子の命は大切にしたいだけだ。人に仕えている訳ではなく、人間社会に奉じている訳でもないので、別段その赤子が世界を滅ぼそうとも何も思わんだけだ」

 

「―――外道。

 いや、貴方、それは私以上に人間失格。びっくりする。貴方って、どんな神様に仕えてるのよ」

 

「そうだな。(ワタシ)個人としては、神とは理だと思ってる。私が言峰士人で在り、お前が間桐亜璃紗で在るこの世界そのものだ。

 しかし、物質的に嘗て世界に存在していた神となれば、(オレ)が神父として仕えているのは、人類に啓示を与えた古い神霊だろう」

 

「啓示……って言うと、あれ、唯一神? ユダヤとかキリストの?

 えーと、隠さないで言っちゃうけど、貴方がそんな神様に仕えてるとか胡散臭い」

 

「それだな。親父と同じく、俺が神に仕えているのは胡散臭いだろうよ。とは言え、魔術師をしていれば、人間の裏側の魔術世界における歴史も学んでいる。ギルガメッシュからもそれとなく神代について聞いたこともあり、神代に生まれた神の財宝も理解している。

 神父としての信仰心など欠片も無いが、信仰心を得る為に神を信仰すると言う神父の真似事は出来る。魔術学者としての神霊への信仰もあり、俺が他の宗教家と大きく違うのはその一点だ」

 

「それは分かるよ。貴方が神を知るのに、啓示なんて不必要。ぶっちゃけ、自分の心を知る為の研究対象ね。神への救いなんて以ての外」

 

「否定はしないがな。そも神は人を救わんし、俺も救われることはない。何よりもだ、俺が信徒として属している宗教の神はな、旧き時代、天の裁きとして人間を良く殺めていた。殺された側からすれば、殺戮によって神の理を世に刻む審判の神でもある。ユダヤとイスラムの神でもあり、今尚この世で信じ方が違うと信仰を奪い合ってもいるが、その根本は六芒星の聖書に印された啓示の神であろう。

 そして、我々が旧約聖書と呼ぶ書物には、とあるイスラエルの王について書かれている。

 魔術師で在るお前ならば、その神と深く関わる魔術師―――ソロモン王のことも良く学んでいる筈だが。彼を想像すれば、俺が神父として仕えている神へのイメージもし易いだろう。俺が教会の神父として信じている神とはつまるところ、我ら魔術師の始祖であるソロモン王へ神の叡智を啓示した神霊だ」

 

「ソロモン? うーん、魔術師してる私からすると、魔術と言う人間の技術を生み出した魔術師って以外だと、悪魔を召し使いにして神殿作ったり、レメゲトンとかゲーティア書いた狂った魔術師のイメージしかないな。それと糞恥ずかしい妻へのラブレターなんて黒歴史を公開された人とか。

 あの王様、父親みたいな逸話もないし、他は母親が寝取られた未亡人って位かな。兄も居たって話も覚えてるけど、神様に殺されたんだっけ?」

 

「ふむ。冬木在住だった魔術師として、英霊の逸話には中々詳しい。その通り、ダビデ王の息子―――ソロモンには兄が居た。異母兄弟ではなく、自分と同じ母親とダビデとの間に出来た子供がな」

 

「そうそう。確か、人妻欲しさに部下を殺したダビデへ罰として、神様が殺したんだよね。地味に母親からも子供を奪い殺してるし」

 

「ああ、酷い話だ。父親への罰として、ソロモン王の兄は死んだ……いや、死ぬことさえ許されなかった。命を神の裁きとして奪い取られた。お前の友人と同じだ。親の罪を背負って無実の子が死んだのだ。そして、ソロモンの兄は赤子であり、まだ―――母親の胎から生まれていなかった。

 俺はこの話を学んだ時、疑問に思った。何故我らの神は、生まれ出たいと言う罪なき赤子の尊さを、直接手を下して否定したのか。無論、唯の話の一例として思考しただけだったがな。

 だが―――今尚答えは得ていない。

 お前の友人の死に様を聞いてな、何故かこの話を思い出したのだ」

 

「へぇ、そうなん。でも、それだと、貴方の宗教からすれば、中絶手術って神罰の模倣なのね」

 

「それが人間と言う動物が至った文明の奇跡だ。技術で以って神の奇跡を再現する。根本的に科学も魔術も変わらないのはその為だ。

 いやはや、皮肉なものだ。

 魔術王は自分の家族を殺した御業を、人間の技術としてこの世に生み出したのだからな」

 

「そう言う意味じゃ、私達が殺し合った聖杯戦争の元凶も、ソロモンと神様が大元の元凶なのね」

 

「……知らないのか?

 そもそも聖杯戦争で使われている召喚技術は、ソロモン王が編み出した決戦魔術だぞ。それをアインツベルンの魔術師が残した人造人間(ホムンクルス)ら……まぁ、その魔術師が滅んだ今となっては、人造人間(ホムンクルス)の方がアインツベルンの魔術師だが。その者たちが神代から魔術式を発掘し、聖杯戦争において英霊をサーヴァントとして運用している。

 お前の知っての通り、アインツベルンが求めているのは天の杯(第三魔法)だが、それを起動させるエネルギー源を得る為に使っているのは、遥か昔に死んだ英霊が残した魔術の叡智に他ならない」

 

「あー……ああ! 思い出した。そーいえば、桜さんそんな事言ってた気がする」

 

「間桐桜は誰よりも努力していたからな。その手の知識の収集も全力を出し、無論俺も乞われれば手伝った。そして、大聖杯を呪っているのも、大元は阿頼耶識によって座に登録された無銘の村人だ。その人物がアンリ・マユとして名前を魂に刻まれ、英霊に成り果てた結果、今のこの様だ。

 聖杯戦争の黒い大聖杯は本当に、英霊が存在しなければ有り得ない魔術儀式なのさ」

 

「へぇ、あ、そ。あんま興味ないです」

 

「気にする事はない。蘊蓄の披露と言うのは、相手に話すことで自分の知識を自分で再認識する為のもの。話す相手の興味関心はそこまで重要ではない」

 

「良く分かる。心読んでると知識自慢する奴って、自分に酔ってるのが殆んどだし……―――で、そろそろ私、帰ろうかと。

 貴方も私から聞きたい情報は聞けたみたいだし、私も貴方との世間話は十分愉しめたので」

 

 亜璃紗は突如として気が変わった様に話を変えた。言いたい事も聞きたい事も、全て用事を済ませたので神父に用はないのは事実だが、彼女がもうこの場所に居る必要はなかった。しかし、それだけではない。

 このまま雑談を続けていれば、亜璃紗は神父を利用したくなる。

 だが、それは最悪の悪手。実行すれば最後、自分が娯楽品にされてしまう。黒い神父は悪人だと理解しているが、人間として何故か信頼してしまいたくなる変な魅力がある。そう感じたが、彼女はこの男が信用はできても、絶対に信頼してはならない者だとしっかり理解していた。

 

「分かった。だが、帰るとは何処へだ?」

 

「ま、詳しくは言わないけど、知人の封印指定の賢者さん()にでも居候しようかと思ってる。その間に色々と偽装でもして、追手共から逃げながら旅にでも出てみるよ。

 びくびくしてても面白くないし、私の魔術研究は部屋に籠もったままじゃ進展しないから」

 

「―――そうか。では、さらばだ。お前無くして間桐桜は第六次聖杯戦争を引き起こせず、俺もアインツベルンも挫折していたことだろう。

 その事は、最後に伝えておこう。感謝する」

 

「うん。神父さんは私と同じ、この聖杯戦争の戦犯だからね。第五次じゃ世界滅亡実行未遂犯で、第六次じゃ諸悪の根源だ。

 だけどさ、次は違うよ。貴方―――最高に、愉しめるよ」

 

「理解しているよ。もし、次に参加するとなれば私は、自分の企みと全く関係がない聖杯戦争への参戦となる。

 故に、聖杯戦争の元凶としてではない。

 ただの言峰士人として我が師、遠坂凛が生み出す戦争を存分に―――何もかも、愉しみ尽くそう」

 

 間桐亜璃紗は、士人には言っていないがもう救われている。士人に拾われ、桜に必要とされ、自分が存在する価値が生まれていた。

 だから後は、子供から大人になるだけだった。

 第六次聖杯戦争の終わりとは、間桐亜璃紗にとって独りで生きる為の契機となった。

 

「そうだね。だから私は貴方の心を祝福してるわ、言峰士人」

 

「ありがとう。ならばこそお前の旅路に祝福を、間桐亜璃紗」

 















 今まで本当に、本当にありがとうございました。
 後はおまけとして、凛が大聖杯を持ち去った直後の話とか、各キャラの後日談などを更新していこうかな、と計画しています。







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