【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた 作:食卓塩准将
本当は一万文字程度で終わらせるつもりだったのが、一万七千文字行ってしまいましたでござるの巻。
それでは、お楽しみください。
綾瀬ちゃんマジ幼馴染!
──私と彼が一番最初に出会ったのは、小学二年生の、満開だった桜が散って、青々とした葉桜になっていた頃の学校の帰り道、途中にある公園のそばを歩いていた時だった。
たまたま普段一緒に帰る友達が休んでて、いつもより少し寂しい気持ちになりながら一人で通学路を歩いていた私は、公園の方から誰かの泣いている声が聞こえて、本当は両親に帰りに寄り道しちゃいけないって言われていたのだけれど、気になってつい足を運んでしまったのだった。 お陰で彼に出会う事が出来たのだから、この時の私の判断には手放しで褒め称えたいところだ。
公園に入ると、隅っこの、ちょうど大きな桜の木や今はもう滅多に見ない回旋塔(球形のジャングルジムのような物をグルグル回って遊ぶ遊具)の陰になって目に付きにくい場所に三人の男の子が居た。 そのうちの一人は地面にうずくまって泣いていて、後の二人がその子を手に持った木の棒で笑いながら叩いていた。
誰か親と言えるような大人が居ない事と、中途半端な時間だからかその子達と私しか公園に人は居なくて二人を止めるような人が居なかった事、そして三人が下校中である証拠である、ランドセルを背中に背負ったままなのを見て、私はすぐに地面にうずくまっている子が遊びの延長線なんかじゃ無くて虐められている事を理解した。
その瞬間、私は後先考えずにうずくまっている男の子の所へ駆け出して、叩いていた二人の前に庇うように立った。 いきなり、しかも女の子が邪魔して来た事に二人は驚いていたけど、すぐに強気になって木の棒を私に向けながら『じゃますると、お前もたたくぞ』と脅して来た。 でも学校で何度かクラスの男子と衝突した事があった私はそのぐらいで怯んだりはしなくて、逆に『そんな事したら、すぐに先生に言うんだから!』と言い返した、通学路から考えると学年は分からなくても同じ学校の生徒である事は間違いなかったので、十分二人を止める方法になり得た。
この年齢の子どもは、(当然、私もだけど)何よりも学校や親に言いつけられるのが一番恐い物で、二人もすぐに狼狽えて、顔を合わせた後に汚い言葉を吐きながら逃げるように、というより実際に逃げたのだろう、二人は急いで公園から出て行った。 後に残ったのは当然私と泣いている男の子だけで、私は男の子の方に体の向きを変えて、すぐそばに立って声を掛けた。
『ねぇ、だいじょうぶ?』
確か、初めに掛けた言葉がそれだったと思う……ふふ、あの時の情景や彼の顔はいくらでもハッキリと思い出せるのに、私自身の事だけは随分とあやふやな事に自分の事ながら笑っちゃうわ。
声を掛けたのは良かったのだけれど、男の子は私に全然反応しないで、全然泣き止まなかった。
何回も『大丈夫』と言っても聞いてくれなくて、段々私も困って来ちゃって、それでも怒ったり見捨てたりするのはさっきの二人と同じだと思ったから、私はその後も何度も何度も男の子に『もう大丈夫だよ、だから泣かないで』と言い続けた。
その甲斐もあってか、ようやく話を聞いてくれるぐらいには落ち着いたその子が、泣き腫らした目で私を見た時、ここだけの話だけど、男の子なのに情けないって思っちゃったのは内緒だ。
『もうだいじょうぶ? どこかいたくない?』
改めてそう聞くと、その子は頷きながら、
『うん……だいじょうぶ』
と答えた。 初めて聞いた声は思っていたよりも柔らかくて、一瞬女の子じゃないかと勘違いしてしまった、これも彼には内緒。
その後、立ち上がった男の子の服の汚れを一緒に払って、やっぱりまだ完全に泣き止まないその子を家まで一緒に付いて行ってあげる事にした。 正直、そこまでする必要は無かったのかもしれないけど、その時の私はそうする事に特に疑問を持ち合わせて居なかった、一人で帰らせて、途中にあの二人が待ち構えていたらという可能性もあったからかもしれない。
手を握って、男の子が言う方向に歩いて行くと、すぐに『アレ?』という気持ちになった。 何故かと言うと、周りに立っている家や歩いている道に見覚えがあったから。
それもそのはず、男の子の家は、なんと私の家の隣だったのだから。
その事に当然驚いたけれども、それ以上に私は何故今日まで二人して互いの存在に気づかなかった事に驚いてしまった。
私達が男の子の家に着いたちょうどその時、彼のお母さんが買い物から戻って来て、泣いてる子どもとその手を引いてる私を見て、凄く驚いたみたい。
取り敢えず話を聞くために彼のお家に上がらせてもらって、私は公園であった事の一部始終を彼のお母さんに話した後、彼の方からも、おずおずと事情を説明してもらった。
いじめは二年生の初めの頃からあったらしく、それまでは暴力を振るうほど激しいものではなかったのだけれど、あの二人が段々と調子付いて来て、その日初めて直接暴力を振るわれたらしい……とは言っても、暴力がその日初めてと言うだけで、それまでは上履きを泥に投げ捨てられたり、体育着を隠されたり、してもいない事を濡れ衣着せられたり、陰で十分暴力と同じくらい酷い事はされて来たのだけれど。 彼女は、その事を初めて知ったらしく、それまで息子のいじめに気づいてあげられなかった事に酷く心を痛めてしまい、同時に彼を助けた私にありがとうと礼を言った。
その後、彼女は自分達がその年の春に引っ越して来たばかりである事、彼は引っ込み思案な所があり上手く友人を作れなかった事、両親共に仕事をしていて子どもにかけてあげる時間が足りない事を話してくれた。全部話した後に『ごめんね、こんな話貴女に言っても、まだ分からないわよね』と、何処か悲しそうに笑った表情が印象的だった。
だからだろうか。
『じゃあ、わたしの家にいれば良いですよ!』
なんて、突拍子もない事を言ってしまった。
────でも、結果的にそれが、私と男の子の関係を生んだ切っ掛けだった。
それから、私と彼は一緒に居る時間が多くなった。 私が提案したように、彼の家に両親が仕事で居ない時は、戻ってくるまで私の家で過ごすようになったからだ。
私の両親もその事をあっさりと承諾して、一緒に夜ご飯を食べたり、お風呂に入らせたり、お泊まりをする時もあった。 お父さんに至っては前々から息子を持ってみたかったらしくって、彼を自分の子どもみたいに可愛がって、時々私がヤキモチを焼いた事もあるぐらいだ。
両親同士も、私と彼との交流を通じて交友を持つようになり、初めは彼の両親は謝ったり礼を言ったりばかりだったけど、そのうちすっかり仲の良いご近所付き合いになった。
学校でも、私は彼がまた虐められたりしないように登下校や休み時間などは一緒に居て、進級して三年生になってからはずっと同じクラスになり、時々喧嘩をしたり、周りから冷やかされたりしたけど仲の良い友達であり続けた。 中学になってもそれは同じで、高校生になる時は少し問題が起きたけれど、結果的に一緒の学校に通う事になり、今年からクラスも同じになった彼と私の関係はもうかれこれ十年近い物になった。
彼はその十年の間に初めて出会った時のような情けなさは無くなり、身長も私より小さかったのがみるみる内に追い越され、性格も以前とは比べものにならない程明るくなって、私の他にも友だちが出来た。 彼は、もう私が守ってあげる必要も無いくらいに変わった。
そして私もこの十年の間で、私の中での彼が、『ちょっと情けなくて守ってあげる対象』から、思春期を経て『好きな人』に変わった事を感じている。 今はまだ、この気持ちを伝える事はしないけれど、いつか必ず、彼に自分のこの気持ちを伝えたいと思う。
そう、私の、河本綾瀬の気持ちを、幼馴染の、野々原縁に。
……その縁についてなのだけれど、どうも今日は様子がおかしい。
朝会って、お腹が痛いからトイレに行って戻って来てからの彼の様子が、明らかにおかしくて、まるで何かに怯えているように見える。 現に、今も授業中で皆が先生と黒板に意識を向けているのに、彼だけは────
「……ぶつぶつ、…………ぶつぶつ」
何を言ってるのかまでは分からないけど、明らかに授業そっちのけで何かを考え込んでいる……どうしたんだろう、何かあったのかな? 朝食べたご飯に悪い物でもあったのかな? それとも文房具か教科書やノートを忘れて来たのかな?
と言うより、どうして彼の隣に座っている女子(クラスメイトの阿部加奈子さん)は彼に何にも声を掛けたりしないんだろう、あんなに困っているのが丸わかりなのに無視している事が私には少し理解出来ない。
同じ教室に居るのに、すぐに彼を助けてあげられない自分が、恨めしかった。
……
「──この時、フランスは新たにヴァロワ朝を立ち、これにイギリスのエドワード三世がフランス王位継承権を主張した結果、1339年、百年戦争が始まったんだ。 この戦争では始めイギリスのエドワード黒太子が────」
朝に驚愕の事実を知ってから速くも、四時限目の授業である世界史になっていた。 が、俺は教師の声なんぞ全く耳には入らず、ただただずっとある一つの事を考え続けていた。
『この世界は、ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れないCDの世界である』……それはつまり、俺が誰かに良くて監禁、最悪殺される世界だという事を呈示している。
朝に確認した通りまだ俺が誰かに監禁や殺害をされる切っ掛けは起きては居ないが、これから先に起きない事には繋がらない、つまり、俺はこれから先死なない為に、どうしなければならないのかを考えていかなくてはならないのだ。
一番初めに考えついたのは転勤中の両親の元に、俺だけ連れてってもらう事。 そうすれば渚や綾瀬とも否応無く距離を取る事になり、一番身近な死亡フラグがへし折れるからだ。
だが、それは考えた瞬間すぐに却下した、現実的じゃない事もあるが、まだ高校一年生の渚を、あの家に一人置いて行く事なんか出来るワケが無いからだ。 ただでさえ物騒になって来ている世の中、家に一人だけでいる渚に危ない男の手が迫るなんて事、考えるだけでも恐ろしい。
それに、この街には十年近く住んで来て愛着も充分に湧いてるし、気心の知れた親友と呼べる奴だって居るんだ、そいつらと離れたくはないし、それに何よりも──
俺より前の席に座っている、頭にリボンを結んでいる(ヘアリボン、と言うのだったか?)女子にチラと視線を向ける……そう、彼女──俺の幼馴染である河本綾瀬、彼女と離れ離れになるのもまた、俺には考えられない事だった。
妹である渚は家族である俺の事を一番理解してくれている人間だが、同年代の、等身大の『野々原縁』という人間については、渚や親友よりも遥かに、綾瀬が理解してくれているからだ。
それに、これは『頸城縁』という、『俺』であり【俺】では無い、もう一人の自分とでも呼べる人間の意識が交わったから理解出来たが、【野々原縁】は、意識の底で河本綾瀬の事を意識しているのだ。 それはまだ恋心と言えるほどハッキリとした気持ちでは無いけれども、他の女子に対しては抱かない気持ちを、俺は綾瀬に抱いている……自分事なのに他人事みたいに、俺はそれを認識した。
だから、俺は二つ目に思い付いた『彼女達から徹底的に距離を取って、関わりを持たない様に生活する』という考えもすぐに破棄した。
渚や綾瀬が、もし関係を持って間も無い間柄だったらそれも出来ただろう、だけど実際はそうじゃない、たとえ前世では娯楽CDの登場人物でキャラクターに過ぎなかったのだとしても、『今の』俺にとっては掛け替えの無い家族であり、幼馴染なのだ。
それは彼女らだけでは無く、両親や幼少期に世話になった綾瀬のご家族の方、そしてこの学校のみんなやしまいにはこの世界そのものにだって言える、全て掛け値なしの【本物】なんだから。
そして、だからこそ、俺はどうすれば良いのか、明確な答えを出せずにいる。
彼女らが大切な存在だからこそ、邪険に扱うなど出来ないし、かと言って何もしなければ、自分はその大切な存在に危害を加えられる……だが、現場では彼女達は自分にとっては良き妹で、良き幼馴染、何の危害も加えないどころか、俺の今ある幸せの象徴とさえ言える。
突き放す事も、近づく事も出来ない……そんな状態で、どうすれば良いのかなんて、分かる筈も無かった。 ……と、そんなタイミングでだ、
「おい野々原、お前話を聞いてるのか?」
「──っ! は、ハイ!」
やっべ、考え込み過ぎて全く授業を聞いてなかった! しかもこの世界史担当教師、岡山卓は、授業を聞いてない生徒に対しては授業でやってない箇所を質問して来て、そこで答えられなかったら廊下に立たせるって言う、今時珍しいタイプの教師。 最ッ悪だ……!
見ると、周りの生徒達が皆して『あちゃー』と言う目で俺を見ている、心配してくれているのは綾瀬や親友ぐらいだ。 というより、誰かこうなる前に声かけてくれよ……はぁ。
「野々原、やはり話を聞いてなかったみたいだな」
「ち、違います先生。 俺は、その──」
「言い訳は良い」
「はい」
どうやら質問攻めは避けられないようだ。
「それじゃ野々原? 百年戦争の終わった年と、勝利した国とその王の名前、その年に起きたもう一つの歴史的出来事を言ってみろ」
「え、えっ〜と……」
ひゃ、百年戦争!? 今日は百年戦争の授業だったのか? というかそもそも百年戦争て何処の戦争だっけ、スコープドッグに乗って戦うむせる戦争だっけ? 何処と何処の戦争だっけ、えっと……えっと…………、
「答えられないか、授業を真面目に受けないからだ。 罰として────」
「終わった年は1453年で、戦勝国はフランスで王はヴァロワ朝五代目のシャルル7世。 この当時起きたもう一つの出来事は、えっと、ビザンツ帝国がオスマン帝国のスレイマン……じゃなくて、メフメト2世に首都コンスタンティノープルを陥落されて滅びた事……だと、思います?」
「…………予習が出来てるようでよろしい、ただ授業はしっかり聞け」
「は、はい」
……答える事が出来てしまった。 って、よくよく考えたら前世の俺ってすなわち頸城縁は死んだのが十八歳の文系高校生だったわけだから、普通に今俺がやってる授業の範囲なんか終わってるんだよな……、精神年齢は今の俺のまんまでも、記憶ないし知識については多少先を進んでいるって事だもん……そりゃ答えられるか、頸城縁、世界史得意科目だったし。
その後、俺はそれまで散々考えていた回避策について考えるのを一旦止め、岡山先生もまた、俺に再度問題をふっかける事なく、平穏に四時限目を終える事が出来たのだった。
で、昼休み。
「縁っ」
無事に世界史を終える事が出来た事に安堵のため息を吐いていると、一人の男子生徒がトタトタと俺の席にやって来た、俺の親友である
おぼっちゃんと言っても、こいつは父親の方の血を余り受け継がなかったのか、所々跳ねちゃいるが髪は母親譲りの金髪で、顔も女顔、声帯が声変わりを忘れたのか声まで高く、トドメとばかりに身長も160センチと低めで、少し本気になれば女と勘違いされてもおかしく無い奴なのだ。
一応頭髪は学校側に地毛申請してるし、周りの男子生徒と違う身体的特徴も『ハーフだから』で片付けられ、人間関係に問題は無いので全く問題は無いのだが。
初めて会ったのが中学二年の夏休み直前で、転校生としてやって来たこいつが隣の席になったのが切っ掛けだった……とはいえ、男子と女子の両方からも好まれる容姿や家がお金持ちなんていう高スペックの人間と、よく俺は友人になれたもんだと今更ながらに思う。
「ん? どうしたの縁、僕の顔をジッと見たりしてさ」
「んにゃ、何にも無いよ」
「そう? じゃあお昼にしようよ」
「あいよー」
悠は近くの席の椅子を拝借して、自前の弁当箱を俺の机に置いた。 俺も渚が毎日作ってくれている愛妹(家族愛という意味だ)弁当を取り出し、机の上に広げる。
基本この学校の昼は、自前の弁当か購買部のパンや菓子類、もしくは別館にある広い食堂の三種類あるのだが、食堂のメニューは些か値段が高く(それでも使用する生徒は充分居るのだが)、そういった生徒らは購買部のパンか、俺らみたいに弁当をもって来て居る。 弁当・パン組は教室や屋上、外のベンチなど自由に食べる場所を選ぶ事が許されており、大体の生徒は屋上かベンチに行くか、食堂を利用する友人に弁当持って着いて行ったりしている。
そんなもんで、お昼休みには教室に残っている生徒は俺らを含めても一桁だけだ。
元々は俺も教室の外で食べたりしていたのだが、高一の時に他学年の生徒と軽いトラブルがあり、それ以来外で食べるのが億劫に感じたので教室で食べるのが慣習になった。
悠の場合はバリバリ食堂の高いメニューも問題無いのだが、『どうせ食べるなら親友と』などとクサい事を言って、俺と同じように教室・弁当組になった、その事についてクラスの女子の何人かが、ヒソヒソしながら『あの二人の関係……まさしく愛ね』なんて言ってたが、俺たちが否定するより先に綾瀬が『ナニカ』をして以降、そういった声は表立っては聞こえなくなった……いったい何をしたんだろう綾瀬、五寸釘を使っていない事を願うばかりだ。
その綾瀬だが、彼女はお昼は仲の良い女友達と一緒に食堂でガールズトークとやらを満喫しているらしい、元々俺よりずっと社交性に富んだ彼女だ、そういった事は得意だろう。
「ねぇ、縁」
弁当のオカズを見て、どれから手を付けようと悩んでいる所に、既に食べ始めていた悠が何故か嬉しそうな顔をしながら話し掛けて来た、どうしたと言うのだろうか。
「どうした、オカズはやらんぞ」
「そうじゃなくて、さっきの授業のコトだよ」
「さっきの? ……あぁ、その事ね、それがどうかしたのか?」
こいつが言おうとしてるのは十中八九、俺が岡山先生の質問に完答出来た事についてだろう、こいつは俺が本来文系なのに世界史が苦手で、既に授業でやっている箇所の問題さえ間違ってしまうぐらいなのを知っているからだ。 どれくらい苦手かと言うと、古代ギリシャで『万物の根源は数字』と唱えた人間が、アルキメデスかピタゴラスかで悩んでしまうぐらいだ、どっちが答えかだなんて、今更今の俺にとっては問うまでも無いが。
「どうかしたどころじゃ無いよ、岡山先生の質問攻めをかいくぐるなんて、凄いじゃないか! 今日まで岡山先生、十六連勝で縁が間違えたら新記録の十七連勝だったんだよ?」
「あの先生……頑張り過ぎだろ」
まさかそんな記録を伸ばしているとは思わなんだ、と言うか誰だよ連勝記録なんか数えてる奴は。
「お前も、ああなる前に声かけといてくれよなぁ」
「あはは、ゴメンゴメン。 ちょうど僕と河本さんが縁に声を掛けようとしたタイミングで気づかれちゃったんだよ」
「あ、そうだったの? なら、まあ仕方ないか」
そっか、綾瀬もわざわざ声を掛けようとしてくれたのか……バレれば自分が逆に怒られるかもしれないのに。 ありがたい話だが、どこかばつが悪い気持ちになってしまった。
「随分スラスラと答えてたけど、予習してたの?」
「え、あ、うん。 まぁそんな所だ。 昨日は渚に言われてさ」
「渚ちゃんか、きっと普段から勉強を怠る傾向にある縁を心配したんだろうね、お兄ちゃん思いな渚ちゃんらしいよ」
「うっせ、三年から本気出すから良いんだよ」
「ふふ……受験、落ちるよ?」
「黙っとけ!」
さり気なく話題を逸らす、俺の前世絡みの話題は如何に親友の悠であろうともそう簡単に言える物では無いからだ。 たとえこいつでも俺が前世の記憶を思い出したなんて言っても、絶対に可哀想な物を見るような目で俺を見るに違いないからだ。 あっさりと信じた渚が特別なだけで、他の奴が同じように信じてくれるワケが無い。
「まあ、縁の勉強態度についてはまたの機会に話すとして、話題を戻すけど」
「戻すのかよ」
「何故? 駄目かな」
「いや、駄目というワケじゃないけどさ……」
逸らしたつもりだったが、文字通り『つもり』だけだった。 何気に聡い所があるこいつの事だ、案外俺が話題を変えたがっている事に感づいているかもしれない……もっとも、俺が前世の記憶を思い出した事にまでは気づくワケ無い(気づいたら化け物だ)だろうが。
「そもそも、先生に注意されるまで何を考えていたのさ?」
「そ……それは、だな〜」
どうしよう、予想していなかったとはいえ、答えに困る事を聞かれてしまった。 当然何を考えていたかなんて言える筈無いし、だからってこいつを誤魔化すのも無理だろう。
……いや、これは案外良い機会かもしれない、全部を話さないまでも、ある程度内容をぼかせば大丈夫だろう、午前中一人で延々と考えてもどうすれば良いのか分からずじまいだったのだ、綾瀬や渚以外で一番気心の知れたこいつに意見を貰うのも悪くないだろう。
「……まぁ、誰にも言うなよ?」
「ん、僕が思っているより重大事?」
「まぁ……な」
「分かった、人は少ないけど、小声で話そうか」
気の利く奴でありがたい、俺は必要最小限まで声のトーンを落として話し始める。
「その、な。 人間関係についてなんだけどさ」
「うん」
「ある奴とな、今は仲が良いんだけど、このままだといつかお互いに良くない事が起きてしまうんだ」
「……うん」
悠は合間合間に余計な茶々を入れる事なく、静かにうなづいて続きを促す。
「向こうはそうなる事が分からなくて、その事を知ってるのは俺だけなんだ。 でも、それを相手に伝える事も出来ないし、相手は何も悪い事をしてないんだ、原因を作ってしまうのは俺で、だけどその原因は今のままではどうしても回避出来なくて……」
「……出来なくて?」
「相手が悪いワケじゃないから突き放せないし、俺自身も、どうすれば良いのか分からないんだ……こういう時、どうすれば良いのかな?」
「………………」
言い終わると、悠は何時になく真面目な顔をして思案し始めた、具体的な内容や理由を省いた分かりにくい相談をしてしまった事を済まなく思うが、現状で極力前世絡みの事を誤魔化して言えるのがこの程度な為、仕方ない。
一、二分程した後、悠がその思案顔を解いて、ぽろっと聞いて来た。
「その『相手』って、河本さんの事?」
「なっ……ぅえ、え!?」
「その反応……やっぱりそうなんだ?」
「ち、ちげぇよ馬鹿! なんでそこで綾瀬が出て来るんだよ!?」
「縁、声大きいよ?」
「あ、ぅ……すまん」
お、驚いた……全く綾瀬の名前なんか出さなかったのに、どうして綾瀬の事だなんて言い出したんだよこいつ……しかも、そんな間違ってるワケでも無いという点で恐ろしい、厳密には綾瀬だけじゃ無くて他の人も含めた話なんだけどな。
「僕から見れば、縁と河本さんはそんな将来性に不安があるようには見えないけど? 二人とも仲が良いし、河本さんの方も────」
「だ、だから、綾瀬の事じゃないってば……っ!」
「? そうなの?」
「そうなの。 あくまでも俺だけの話なんだって」
「ふぅん……まぁ、そういう事にしといてあげるけどさぁ」
訝しむ目で俺をじろじろと見る悠、ここで視線を逸らしたらかえって怪しまれるだろう、俺は悠の視線に真っ向から睨み返す。 するとすぐにため息を吐いて悠は視線を自ら逸らして、椅子の背もたれに体を預けて、肩を竦める。
「今の自分がどうすれば良いのか分からない、か……中々にシビアな問題だね」
「あぁ……」
「それでいて、また哲学的でもある、思春期だから年相応とも言えるし、不相応な悩みとも言える」
「そ、そうなのか?」
「それはそうだよ、原因も結果も分かってて、その原因に当たる自分は何をすべきなのかが見出せない。 十七年積み重ねて来た人生の経験の中で培って来た自分では対処出来ない問題で、それでいてその問題を解く事が可能なのは自分だけ……随分と矛盾と無矛盾に振り回された悩みだよ。 そんな悩み、普通は僕たちぐらいの学生じゃ抱かない悩みさ、他人との付き合い方に戸惑いを覚える事だけで言えば、思春期らしいと思うけど、ね」
「………………」
こいつは、こんな風にこっちに分からせる気があるのか無いのか分からないような事を話す事が稀にある。 今のだって、多分言いたいのは俺の悩みはこの年頃の子どもは普通抱かない悩みだって事なんだろうけど、それを二重三重に言葉を巻いて話すモンだから、聞いてると困惑してしまう。
「つまり、だから……俺はどうすれば?」
「さぁね」
「え、ちょっ、お前それは無いんじゃないか?」
「言ったでしょ? 縁が抱いてるその悩みは、どうあっても縁にしか解決出来ない事なんだ。 だから僕に言える事は、一つだけ」
「あぁ、なんだ……?」
「今の自分を、変えてみるんだ」
……変える、自分を?
「それってのはつまり、イメチェンしろと?」
「それで良いのかもしれない、髪型を変えてみたり、服を変えてみたり、今まで食べなかった物を食べてみたり……そんな小さな変化。 もしくは、新しい趣味を持ってみたり、新しい文化に触れてみたり、何か運動をしたりとかの大きな変化が必要なのかもしれない」
「それで、俺が答えを見つけられるのか?」
「確約は出来ないよ。 でも、今現在の縁じゃ分からないんだったら縁が今までして来なかった事を積み重ねて、新しい物の見方や経験を得る事で、新しい自分が答えを見つけてくれるかもしれない、そういう事」
「新しい、自分……それを手に入れる為に、新しい事をしろって事か」
「それが絶対だとは言えないけどね」
悠はそう言うが、俺にはその提案はとても魅力的だった。
偶に社会人が仕事のストレスや悩みを新しい趣味やスポーツを経て発散させるという話を聞く事がある、俺の悩みも、何か新しい事に触れる事で解決の糸口が見つかるかもしれない……いや、どうせそれ以外は今の所何も思い浮かべないんだ、この際その可能性に賭けるしか無いだろう。
そうなると何をするべきだろうか、髪型は下手に変えると生活指導の対象にされてしまうから出来ないし、服だって、平日はずっと学校の制服を着て変えようが無いし、休日は私服だが、前世の頸城と違い俺は比較的多くの服を持ってるから新しい服を買うスペースが無いし、何より金が勿体無い。
食べ物に関してだって、昔から俺と渚は好き嫌いが無くて一般的な食材は何でも食べるから、食べた事が無いのは余程マイナーな食材か所謂ゲテモノぐらいしか無い。
なら、趣味や運動か……これはこれで何をすべきかで悩むし……。
「──もし、何をするのかでも悩んでいるなら」
俺の心の声が聞こえていたのか、測ったようなタイミングで悠が口を開いた。
「今縁は帰宅部でしょ? 部活動に参加するっていうのは悪くないと思うよ」
部活動か……確かに、部活はそれその物が新しい趣味になるし、俺は高校生になってから部活をしてないから新しい経験にもなる、運動部は今からじゃ遅いかもしれないが、文芸部系の部活なら遅い早いは余り無い筈だし、何より中学の時は運動部だったから新しい経験その物だ。
問題は、部費と渚との晩ご飯の時間合わせか……渚とは相談する必要があるが、部費ならきっと両親に電話で言えば送ってくれるだろう、元々あの二人は俺が帰宅部である事にそれ程肯定的じゃ無かったのだから、かえって喜ぶかもしれない。
おお、段々と袋小路だった思考に明るみが出て来たぞ。 袋小路を綾小路……いや止めておこう。
「どうやら、指標は立ったみたいだね?」
「あぁ、全部お前のおかげだ、ありがとな悠」
「礼には及ばないよ、僕は何も解決出来てないんだから……それより」
「ん?」
「早く弁当を食べたらどうかな? それなりに時間が経ってしまっているよ」
「──げぇ、本当だ!」
いつの間にやら悠は弁当を食べ終えており、教室にも相談し始める時より生徒の数が増えている、もうすぐ食堂にいる生徒も戻って来る時間帯だ。 それに対し、俺はまだオカズの一つも手に付けていない、このままでは、せっかく作ってくれた渚に悪い。
「も、もっと速くに言ってくれよぉ!!」
「思考の邪魔をしたくなかったから」
その後、教室に続々と戻って来たクラスメイト達は、授業開始三分前にも関わらず必死に弁当をかっ食らう俺と、それを愛犬を見るような目でニコニコしながら眺める悠の姿を見てある者は呆れ、ある者は笑い、ある者は────
『やっぱり、あの二人の間にあるのは愛ね』
────腐った妄想を膨らませていた。
……
放課後、全ての授業とHR、掃除も終わり後は帰るだけになった教室で、俺はせっせと帰り支度をする。 部活動をする事にしたは良いけども、やはり初めに親と渚に話をしてからでは無いと駄目なので、今日は普段通り帰って、明日から悠に付き合って貰いながら幾つかの部活を順繰りに巡る事にしたのだ。
粗方のクラスメイトはさっさと各々の部活に向かい、悠も今日は親族で集まりがあるからと帰ってしまい、教室はあっという間に閑散とした物になった。 俺は急ぐ理由も無いのでゆっくりとカバンに荷物を詰め込んでいたがそれも終わり、後はちゃっちゃと帰路に着くだけになった、そんな時だ。
「よ……縁」
廊下に立っていた綾瀬が、おずおずと俺の所に来た……そう言えば、今日は朝以外に綾瀬と会話しなかったな、俺。 まあ仕方ないのかもしれないけど。
「綾瀬、今日は委員会は良いのか?」
綾瀬は俺と同じように部活に所属しておらず、変わりに広報委員会という委員会に入っている、簡単に言えば学校の新しい情報を学級新聞として配布したりする委員会で、綾瀬曰く下手な部活より大変らしいのだ。
「うん、今日は何も無いから大丈夫──だから、その……ね」
夕方だから、という理由だけでは説得不足な程に頬を紅潮させている綾瀬……これは今までにも何回かあった事で、その度に昨日までの俺は『なんだ、顔赤いぞ。 風邪でもひいたか?』なんて、鈍感も良い所のズレずれな事を言ったのだったが、今の俺は綾瀬が何故顔を赤くしてるかの理由を知っている……知っているから、かえって綾瀬のそんな仕草を見ると、こちらまで変にこっ恥ずかしくなってしまう。
がしかし、いつまでもここで互いに突っ立ってオブジェやってる事に意味を感じないので、ここは男の俺から声を掛ける事にした。
「綾瀬、良かったら一緒に帰ろうぜ」
「っ! うんっ!」
心底嬉しそうに笑う綾瀬。 その笑顔は俺の心も笑顔にしてくれる物ではあるが、同時に何処か綾瀬を良いように扱っているような気持ちにもさせて、心の奥がチリリと傷んだ。
……
「────でね、そこで弘美が思い切り転んじゃったの」
「くくっ、それ鼻大丈夫だったのか?」
「大丈夫だったけど、顔が真っ赤っかになって、私つい笑っちゃったの。 悪い事しちゃったなぁ」
「そんなふうに思ってる顔には見えないけど?」
「あ、それ酷いなぁ。 貴方だってもし見たら笑うよ、きっと」
帰り道を二人並んで、他愛も無い話をしながら歩く、二人で帰る時のいつものパターンだ。 どうでも良い事だが、綾瀬は学校や外にいる時は基本俺を名前で呼ぶが、二人きりの時などはほとんど貴方と呼ぶ。
それにしても気のせいだろうか、いつもより綾瀬の言葉に力が無いような気がする……なんと言うか、別の事に意識を半分置いているような、そんな感じだ。
綾瀬自身それを自覚しているのか、話の途中途中で見せる笑顔も何処か暗い印象を抱かせる、トレードマークのリボンまで萎びれているみたいだ。
「なぁ、綾瀬?」
「うん、なに?」
「俺の気のせいだったらそれで良いんだけど一応聞くな? お前なんかあったか?」
「えっ……なんかって、どうして?」
「なんとなぁく今のお前、半分心ここに在らずみたいな感じに見えたからさ」
「え、嘘……、そんな風に見えた?」
「その反応は、どうやら当たりみたいだな」
「あっ、あははは……勘付かれちゃった」
いたずらがばれた子どものように頭をかきながら恥ずかしさを誤魔化す綾瀬、俺としては、十年も一緒に居たのだからそのぐらいの変化は簡単に見つけられるからなんて事は無い。
「で、俺はお前がどうしてそんなふうになってたのを聞いた方が良いか? 気にせずスルーしておくべきか?」
「ううん、聞いて欲しい、かな」
「そっか。 なら……」
ちょうど良いタイミングで、俺たちは帰り道の途中にある公園に差し掛かる。
「公園のベンチに座りながら話すか?」
「うん、ありがとう……なんか今日の貴方、いつもより気が利くね?」
「気のせい気のせい」
そう言って、公園に入る。 もうすぐ五時になるからか、遊んでいた小学生は次々と帰って行き、中の人の数は疎らになった。
真ん中に設置されているベンチに座り、話をする用意が出来てから、おもむろに綾瀬が口を開く。
「今日の貴方────」
「え、俺の事なの?」
「えっ……うん、そうだけど……? やっぱり駄目だった?」
「いや、てっきりお前自身の悩みか何かだと思ってたから……どうぞ、話を続けて」
思わぬところで話の腰を折ってしまったが、まさか俺の事について話すつもりだったとは、盲点だった。
「今日の貴方、朝から様子おかしかったよね」
「そうだったかな……」
「うん。 私も始めはただお腹が痛かっただけだと思ってたけど、それにしてはおかしかったし、そのあとの授業中の貴方を見てると、何か大変な事に悩んでるように見えたの」
「…………ッッ」
はは……参ったな、朝の時点から勘付かれたてたか。
全然何も言って来なかったから、気にしてないのかと思ってたのに、そんな事無かったんだな。 まあ、悠が気づいたぐらいだ、綾瀬なら当然……か。
「それに、その……お昼休みの時、貴方が綾小路君に何か相談事してたって、クラスの人が教えてくれて」
「あぁ、そっか〜……ははは。 小声で話してたつもりだったけど、流石に見てた人居たか」
あの時、教室には俺と悠以外にも少数ながらもクラスメイトは居た、いくら小声で話してても、内容こそ分からずとも相談をしているぐらいは分かるか。 ましてや、俺は一回動転して大声で綾瀬の名前を口にしたんだ、直接綾瀬に報告する奴がいたっておかしくない。
失敗したなぁ、場所変えれば良かった。 そうすりゃ相談事に見えても綾瀬に伝えるようなクラスメイトだって居なかっただろうし、何より綾瀬に俺が何か悩みを持ってるだなんて知られずに済んだのに……迂闊だった。
「やっぱり、綾小路君に何か相談してたのね?」
「まぁ、な」
ここで嘘ついたって、逆に綾瀬を怪しませるだけだ、なら素直に答えた方が余程良い。
……ん? 待てよ、それに今のこの状況、結構ヤバくないか? 気のせいかもしれないが、前世で頸城が聞いていたCDでは大抵、こんなふうに一対一の状態で相手が病み始めて、最終的に主人公(この場合俺の事になる)に危害を加え始めてしまうパターンだ。
そうだ、そうだよ! 今のこのシチュエーション、自分から作り出してしまったとはいえ、完璧な死亡フラグじゃないか! しまったぁ……あんなに一日中死亡フラグを回避する為に考えてたのに、まさか自分の知らないうちの行動で首に手を掛けてしまっていたなんて、迂闊で済む話じゃねぇぞ!
ここは取り敢えずありそうな嘘を言って誤魔化して話を終わらせるしか無い、下手な対応は即、俺の死に繋がるんだからな。 ヘマ打って綾瀬が病み始めてしまったら最後、綾瀬は俺を五寸釘で手足や耳を串刺しにする、苦しむ悲鳴も好きなんて言い出すぐらいだ、言葉を間違えるなよ俺、死にたく無かったらな…………ッッ!!
────そうやって、心の中で密かに覚悟を決めていた時だった。
「────ごめんね」
「────え?」
唐突に、しかも、今にも泣きそうなぐらいに目に涙を溜めながら、綾瀬が謝って来た……何故?
「理由は分からないけど……私の せい、なんだよね。 朝、私に会ってから貴方の様子がおかしくなったから、きっと私の────」
そう言って、抑える事の出来なかった涙を流しながら悲痛に微笑む彼女の顔を見た瞬間──
「違うッッ!!」
俺は、公園中に響き渡る程の声で言いながら、綾瀬を抱きしめていた。
「えっ……よす、が?」
「違う、違う……違うんだよ、綾瀬」
驚き混乱している綾瀬の身体をしっかりと抱きしめながら、俺は今さっきまで自分が考えていた事に激しく怒り、後悔した。
何が『たとえ前世では娯楽CDの登場人物でキャラクターに過ぎなかったのだとしても、『今の』俺にとっては掛け替えの無い家族であり、幼馴染なのだ』だよ、今の俺はどう考えたって綾瀬をその『キャラクター』扱いしてたよ!
綾瀬は真剣に俺の事を心配してくれていたのに、俺はまるでゲームの選択肢があるみたいに綾瀬を誤魔化そうとして、綾瀬の真剣な想いを踏みにじっていたんだ、とんだ最低野郎だろ、それ……ッッ!!
「ごめんって言わなきゃならないのは俺の方なんだ……
「縁……」
身体を離して、ポケットから予備に持っていたハンカチを取り出して、綾瀬の涙を拭った後、俺は綾瀬の目を見ながら言う。
「綾瀬、俺が朝から悩んでいたのは本当だ、そしてそれを悠に相談したのも本当だ」
「なら────」
「でもそれは、繰り返す通りお前に非があるワケじゃない、そんな話には全く少しも、塵芥一つ分も繋がらない。 だけど」
「だけど……?」
「何に悩んでいたのか、その理由は、お前には話せない」
「……どうして?」
「それも、話す事は出来ない。 でもこれはお前だから話せないって意味じゃなくて、悠にも、俺の両親にも、渚にだって話せない事なんだ……だから、その……」
どうする、どう言えば良いんだ。 嘘では無い言葉で綾瀬を安心してあげるのには、どう言葉を伝えれば良いんだ……っ。
「だから、な? 俺はお前にそんな風に心配して貰いたくなくて、えっと……」
「──もう、いいよ」
「え?」
綾瀬は、最後に目元に残った涙を手で拭った後、悲痛では無い本物の笑みを浮かべて言った。
「もういい、理由は分からないままだけど、貴方の気持ちはちゃんと
「綾瀬……」
「だから、貴方もそんな風に無理して頑張らないで? 貴方のそうやって無理に頑張っちゃうところは好きだけど、今はそうして欲しくないかな」
「────うん、分かった」
……
「部活?」
話が終わり、公園を出て再び家に向かって歩く途中で、俺は悠との相談で何を決めたのかだけは伝えるべきだと思い、部活動に参加するつもりである事を話した。
「うん、新しい経験が欲しくてね。 まだしたいってだけで、親にも渚にも話して無いんだけど」
「おじ様とおば様に話さなきゃいけないのは分かるけど……どうして渚ちゃんにまで?」
「渚にはいつも晩御飯の支度まで任せてるからな。 折角ご飯作ってくれたのに家で一人だけで食べるなんて寂しい思い、させたくないからさ」
渚は今でこそしゃんとしているが、今より小さい頃は親が居ない事の寂しさで良く泣いたものだ。 今はそんな事しないだろうけど、やっぱりそれでも一人にしたくはない。
「でも、貴方の時間は貴方のものでしょ? 妹だからって、渚ちゃんの為だけに貴方のしたい事を我慢する必要なんか無いはずよ?」
「良いんだよ、それが家族ひいては兄妹って奴なんだから。 我慢でも何でもないさ」
「……そう。 貴方がそう言うなら、私は何も言わないけど.」
「そうしてくれ」
そのうち、遂に帰り道も終わり、俺と綾瀬の家に到着した。
綾瀬が家に向かう前に、少しからかうような声色で俺に言う。
「でも……驚いちゃった。 貴方ったら、いきなり抱きしめてくるんだもん」
「うっ、それはだな……どうすれば落ち着いてくれるか考えて、と言うより脊髄反射的な物で。 でも勘違いするなよ!? 誰にだってするわけじゃ無くて、お前が幼馴染だからってワケで……って何言ってんだ俺」
思い出すと、一気に恥ずかしさが足の先から頭のてっぺんまで支配する。 よくあんな大胆な事出来たな俺。
「あ〜、もしかして今更照れてるの?」
「うっせ、照れて悪いか」
「あははは! 今の貴方ったら、凄い顔が赤いよ?」
「──っあぁもう、俺の顔なんていいから、さっさと家に帰れよもうっ」
「ふふ、じゃあまたね、縁」
最後に俺をからかって満足したのか、綾瀬は終始笑顔のままで家の中に入って行った。
俺もその後すぐに自分の家に戻り、下駄箱で靴を脱いだ後、公園での出来事を改めて思い出した。
「そういえば、抱きしめた時はそこまで気が回らなかったけど……柔らかかったな、綾瀬」
「何が柔らかかったの? お兄ちゃん」
「ドムぅあッッ!!??」
抱きしめた時に感じた綾瀬の感触を思い出していたらいきなり背後から渚の声が聞こえて来て、俺は一気に寿命が百年縮まったような気がした。
声のした方を見ると、案の定渚がたった今玄関から入って来たばかりで、靴べらで自分の靴を脱ごうとしていた。
「な、渚……おかえりなさい」
「うん、ただいま、お兄ちゃん」
「俺もちょうど今さっき帰って来たばかりなんだ」
「へぇ、そうなんだぁ……で、お兄ちゃん? 何が柔らかかったの?」
「グフ……それは、だな……」
「うん、それは?」
ヤバイ、気のせいかもしれないが渚の瞳の色が暗くなってる気がする。 今度こそ死亡フラグだろこれ、でも本当の事言ったら益々死ぬ確立増えるんじゃないのコレ?
嘘はつきたくないけど、渚が
「それはな、渚の……」
「? 私の?」
「渚の、ブラジャーだ!!」
「……ぇ? え!? ぶ、ブラジャー!? 私の!!??」
「いやぁ〜この前間違ってお前の洗濯機にあったまだ洗う前のブラジャー掴んじまってさぁ、予想以上の柔らかさで驚いちゃったんだようん、女物の下着って思ったよりソフトなんだなあはははは、悪ぃなあ〜〜アッハハハハ!!」
はは、どうだ、見事な変態だぜ畜生。でもさっき嘘も方便と言ったが、間違って渚のブラジャーを掴んでしまったのは実話だ。まぁ、柔らかくは無かったけどさ。
驚愕の真実(渚限定)を知った渚は、暗くなっていた瞳を顔ごと真っ赤に染め、ワナワナと震えた後に、
「お、お兄ちゃんのばかぁ! エッチ!!」
「ギャン!?」
思いっきりの力を込めたビンタをかまして、泣きながら自分の部屋に戻って行った。
「はは……輪廻転生ってキツイな……」
綾瀬に続いて渚まで泣かせてしまった挙句ビンタまでされた俺だが……。というか、中学生相手に何やってんだ俺は。
まあ、命が助かったんだから、貰い物か……。
「社会的には死んだようなもの……ってか、トホホ」
────かくして、俺の前世の記憶を取り戻した最初の一日は幕を閉じた。
結局、その日最後に泣いたのは、頬の肉体的痛みと、夕食を渚が作ってくれなかったのでカップラーメンで過ごした事による精神的痛みの二重苦でやるせなくなった、俺なのであった。
──to be continued
綾瀬ちゃんマジ幼馴染!
はい、以上で第二話でごぜぇました。
自分的には、綾瀬は主人公と明確に恋人関係にならない限り、病んだりする事は無いと思います、じっさいCDでも彼女が病んだのは主人公が綾瀬さんと付き合ってるのにも関わらず他の女性の話ばかりしてたのが原因ですし。
CDの都合上、前後の展開が殆ど無いですが、恐らくあの主人公は綾瀬さんと付き合うようになってからも頻繁に他の女性の話を口にしたんでしょう、なんと失礼な。
しかし、今回の綾瀬さん自分的には『もうメインヒロインで良くね?』な気分になるくらいに綾瀬ちゃんマジ幼馴染! な感じでしたが、如何だったでせうか? 縁に五寸釘を打ち付けたくなったのでしょうか。
ちなみに私としてはヤンデレになった女の子を動けなくした後に、綾瀬さんよろしく『ブスはしね』的な言葉攻めをしてその暗く濁った瞳をさらに暗くしたいところです、そんな事する前に自分が**されそうですがね、そもそもヤンデレな女性なんてそうそうお目にかかれないですし。
では、また次の話のあとがきでお会いしませう
サヨナラ、さよなら
追記:こちらも一部修正しました。(20200424)