【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた 作:食卓塩准将
真ん中の話です。前編以上に原作要素がなく、完全に主人公の掘り下げっぽい話です。
暇があればどうぞ
「おっはよ! 縁!」
快活な声色と共に、勢いよく俺の肩を叩く少女。
その勢いに多少体勢を崩しながら、俺は声の主に向けて不快感を隠そうともせず言った。
「……その挨拶の仕方はやめろっていったよな、瑠衣」
「お断りしまーす! 先輩なんだから、後輩からのスキンシップには応えるべきだと思いますがー?」
「都合のいい時ばかり先輩扱いするのやめろや」
「んふふ」
全く悪びれないでにししと笑うこいつは、
ただ、昔からずっと一緒にいたわけじゃなく、父が罪を犯す以前に暮らしていた家のご近所同士で、一緒にいたのはお互い小学5年と3年の時までだった。
今年から高校生になって、わざわざ近場の高校じゃなく、バス通学が必要なうちの高校に来て、数年ぶりに再会する事になった間柄。
ぶっちゃけ、俺の方は18になる今日までにくそみたいな事が多すぎて、彼女の事は記憶のかなたに眠る、暖かい思い出として終わっていた。
だから、彼女が入学したその日のうちに俺の存在に気づき、声をかけてきたのが、5月になった今でもまだ信じられない。
俺の方はほとんど顔を忘れていたのに、向こうは俺の名前を知る機会もないまま、当時の記憶を頼りに、ほぼ直感で俺と分かったらしい。 犬かよって思ったが、流石にそれを口にするのはしなかった。
「……とにかく、とにかくな瑠衣。 あんま人前で、ましてや校門前で俺に絡むのはやめろ? お前の為にならないから」
「もー、またそういう事言う。 ぐちぐち言う人の事なんて気にしたって無駄だよ?」
全く俺の言う事を聞きやしない。 これは痛々しい妄言でも照れ隠しでもなく、正真正銘、瑠衣の為に言った事なのに。
父の行為は、この瑞那中に知れ渡っている。 この街にいる人間の多くは、俺を犯罪者の子供として忌避して、避けている。
そんな俺と一緒にいたら、自然とそいつも周囲から避けられるようになる。 いいや、それだけなら別に良いのかもしれない、瑠衣の言う通り気にしないって言ってくれる人もかつては居た。
だが、世の中とはとても珍妙なもので、周囲の人間は俺を避けて関わろうとしないだけで終わるが、俺とかかわっている人間に対しては、害を与え始めるんだ。
詰まる所、いじめの理由になる。
理由は、犯罪者の息子と一緒にいるから。 だからお前は犯罪者の仲間だ、というのだ。
馬鹿らしい。 犯罪者の仲間を叩くのなら、おおもとの俺を叩けばいいのに。 俺には何もせず、俺を理由に、俺と一緒にいる人間をいじめる。 意味が分からなったが、それがまかり通るのが、学校だった。
当然、いじめが知れたら先生はそれを止める。 生徒を怒り、いじめをやめろと説教する。 これまた当然いじめっ子はいじめをやめると約束するが、それで解決したと思うのが、教師の限界だ。
いじめは止めるモノじゃない、消すものだ。 行う人間を怒って終わるんなら、そんなに楽なものは無い。 いじめを行った背景、理由、それらを徹底してしらみつぶしに消さないと、いじめは終わらない。
案の定、教師の説教の後も俺と関わる人間をいじめるブームは消えず、そのたびに教師はうわべだけの解決を取り、それでも苛めが無くならないから、最終的に俺を怒った。
曰く、俺の周囲に対する態度や雰囲気が。
周囲の人たちを良くない気持ちにさせている。 らしい。
だから、もっと明るく、元気になりなさい、と。
笑わせる。 こんな事を小学生後半から中学を卒業するまで言われ続けた。
そんな事を経た現状だ。 瑠衣には本当に、人前で俺と関わってほしくは無い。
俺を覚えててくれた事はうれしい。 周りなんて気にしないと言ってくれるのも助かる。
でも、それとこれは別だ。 俺のせいで、彼女の今後の学生生活に影を落とすようなことはあってほしくない。
あの頃と同じように、木洩れ日みたいな暖かい笑顔を向けてくれる彼女だからこそ。
「縁はさ。 抑え過ぎなんだよ」
唐突に瑠衣が言う。
「抑え込まれすぎて、それが普通になって、もう誰も抑え込む人がいなくなっても、今度は自分で自分を抑え込んでる。 もう、縁に嫌なことする人なんて居ないんだから、もっと我がままでいようよ」
何も、言えなくなった。
「心の傷って、他人には見えないのに、他人に教えてもらわないと自覚できないからさ。……とにかく! 縁はあたしといっしょにいる時は精神的リストカット禁止ね!」
「……」
「返事ー?」
「精神的リストカットって、どんな語彙力だよ」
「はーーーいそうやって屁理屈に逃げる―!」
うっさい。
まともに何か言おうとしたら、ちょっと泣いちゃいそうだから、そうやって誤魔化すしかないんだよ。
「おーーうおう、そろそろイチャコラ終わってくれないか。 登校時間なくなっちまうぞ」
そんな冷やかしを言いながら、瑠衣とは別にもう一人、俺のクラスメイトである
瑠衣がここに入学する前から、周囲からの目線など気にせずにちょくちょく俺に絡んでくる、変人だ。
高2の時に同じクラスなって以来、俺からは全く絡まないのに、堀内の方からは何かと声をかけてくる。 いじめこそないが、確実に周囲から変な目で見られてるだろうに、何で平気なのかが分からない。
厄介なことに、こいつは瑠衣が来てからあっという間に意気投合して、
「あ、堀内先輩! おはようです。 イチャコラなんてもんじゃないですよ、今日も朝から縁先輩は空みたいにどんよりです」
「じゃあその分、紬っちが隣でテラテラ輝いてあげないとな」
「そうしたいのはやまやまですが、学年が違うので……私がいないうちは、今日も堀内先輩お願いしますね?」
「任せとけー?」
……こんな具合で、俺をダシにはしゃぎやがる。
「……先に教室行くね」
「あ、逃げた!」
「ちょまぁてよ!」
「うっさい! 堀内はその物まねやめろ! 似てないって言ってるだろ何回も!!」
───大変に騒がしい、春の刹那。
すっかり瑞那の空模様にふさわしい人間になった俺の隣に現れた、二つの光。
口や態度では厄介がっていたが。 この時の俺ですら自覚していた。
今この時間が、今までの人生で一番楽しく、本当に、本当に、終わってほしくないと。
───でも、どうやらこの時の神様ってのは、とことん頸城縁の事が嫌いだったらしい。
この一月後。 雨の降る日。 瑠衣は死んだ。
そして、その数日後。 同じ雨の日。 今度は俺が死んだ。
ああ、本当に。
───雨は、大っ嫌いだ。
・・・
「───ちゃん、お兄ちゃん、起きて。 降りるよ」
そっと肩を揺らし、渚が俺を起こしてくれた。
俺の墓があると思われる墓地までは距離がある。 俺たちはバスに乗って移動していたが、どうやらその間寝ていたようだ。
そのせいもあってか。 たぶん初めて、頸城縁の夢を見た。 思い出したくない記憶と共に。
「……何か、夢見てた?」
「ああ。 うん。 つまんない夢を見てた」
「……そっか」
あえてそれ以上は問いかけてこない渚に感謝しつつ、俺たちはバスを降りた。
こんな時期に、兄妹とはいえ男女二人が墓地に向かう姿を、バス運転手は怪訝そうに見てたが、もちろんそんなこと気にせず、俺たちは歩き出す。
頸城家の墓があるのは奥の方だから、バス停から歩いても幾分かかる。 当然その間に時間は出来るので、渚が俺に問いかけてきた。
「……頸城縁さんってほとんど家族と一緒にいる時間なかったんだね」
「そうだな」
「一人っ子だったんでしょ?」
「うん」
「……どう思った?」
「何を?」
「今のお兄ちゃんになって、頸城縁さんの記憶とか、気持ちとか持ってから、……お父さんやお母さんが居て、
「…………不思議だったよ。 でも」
「でも?」
「嬉しかった」
「……」
「親は遠いけど確かに生きていて、いつも家には一緒にいる家族がいて……それだけじゃない。 街を歩いても、学校に行っても、当たり前にやりたいようにやれて。 ……そんな当たり前が、どんなに大切で、どんなに幸せなのかが、良く分かった。 思い、知らされた」
「……そっか。 だから……ううん、ありがとう、教えてくれて」
それ以降、二人の会話は止まった。
場の雰囲気に呑まれてるわけではないが、目的地が近づくにつれてもくもくと歩き続ける。 そうして、頸城縁が母親の墓参りに向かった時の記憶を頼りに奥へ奥へと進んでいくと、
「……あった」
「ここが、頸城さんの……」
『頸城家之墓』。 そう記された墓をついに見つける。 墓石には『頸城 由香里』と書かれた名前と、
『頸城縁』、という名前が記されていた。
間違いない、頸城縁の墓だ。
「……いざ、こうして墓前に立ってみると、何か湧き上がるがあるんだろうと思ってたが」
「うん」
「……おどろくほど、何もないな」
「そうなの?」
「ちゃんと、弔ってくれたんだなって。 それだけはすごい今、思ってる」
「……」
何も出てこない。 というよりも、何を出せばいいのか分からない。
泣けばいいのか、怒ればいいのか、笑えばいいのか、小粋なジョークの一つでも挟めれば格好良かったのか。
前世の自分が眠っている墓に、前世の記憶と意識を持った状態で向き合う。 こんな状況になって、何が正解かなんてわかるわけもない。
「とりあえず、お線香あげるね」
そう言って、渚は事前に用意した線香にマッチで器用に火をつけて、呆然とたたずむ俺を後ろに、一般的な墓参りの所作を行っていく。
両手を合わせて目を閉じ、何を渚が考えているのかは、俺には分からない。
長く、瞳を閉じ続け、ようやっと渚が目を開けた頃、俺の頬にポタリと冷たい雫が当たった。
「……雨か」
「降ってきちゃったね。 傘も買ってくるんだった」
「風邪ひくとまずいし、もう帰ろう。 ……良いか?」
「……うん。 ありがとう、ごめんね、無理言っちゃって」
「いいよ、平気だ」
「……ありがとう」
繰り返し、俺にありがとうと言って、渚が墓から離れる。
そうして、俺の、俺たちの瑞那巡りは終わりになった。
バス停でバスを待って、バスが来たら駅に向かって、そして俺たちの家に帰る。
それが、今日という日の終わり方。
───そう、なるはずだったのに。
「あの、あなたたち、そこで何してる、の?」
俺の背後から投げ掛けられたその言葉が耳朶に響いた瞬間。 まるで金縛りにあったかのように固まってしまった。
体だけじゃない、思考も真っ白になる。
「あ、あの、私たち、お墓参りに来てて……」
急に声をかけられたからか、渚の方もやや慌てて受け答えしている。
でもまだ、真っ当に返事できてるだけましだろう。
俺はそんな当たり前な返しすらできず、何秒か忘れていた鼓動と呼吸を取り戻すかのような、激しい動機と過呼吸を表に出さないよう必死に立ち尽くすしか出来なくなっている。
馬鹿な。
そんな。
嘘だ。
ありえない。
似たようなワードが延々と頭の中を駆け巡り、それでも否定できない事実が、やがて嫌でも俺の思考を現実に引き戻していく。
あるいは、俺が完全に頸城縁だったら、パニックを起こせたのだろう。
俺が、あくまでも野々原縁だったから。
頸城縁の記憶と心を持っていても、野々原縁という第三者の意識を持っていたから、当事者のように狂乱する事が出来なかった。
関心が向く。 意欲がわく。 後ろを振り向けと、声の主を視界に捉えろと、野々原縁である俺は、頸城縁に容赦なく指示を出す。
やがて、それは俺という身体の最優先事項になり。
軋む心だけを放置して、俺はゆっくりと振り向いた。
「えっと、君たち、兄妹……かな?」
その声は、その言葉を紡ぐ人間は、
見間違えるはずもない。 俺の記憶の姿よりずいぶん大人びてはいるが───
一度目の雨の日は、家と立場を失った。
二度目の雨の日は、母を失った。
三度目の雨の日は、大切な人を失った。
四度目の雨の日に、俺は自身を喪った。
そして、死んでから訪れた五度目の雨の日。