【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた 作:食卓塩准将
内容は今作のオリジナル主人公、野々原縁の掘り下げです。
ヤンデレCD要素は薄いですが、よければどうぞ読んでください。
時系列は、1章最終回と2章1話の間です。
ではでは
「まあまあ、2人ともそこまでにしよう。 縁の胃に穴が空いちゃ大変だよ?」
死にたくなって来た俺に助け舟を出したのは悠だった。
流石親友、でも遅過ぎる。 こいつめ、散々楽しめるところだけ楽しみ尽くしてから助けたな?
とは言え、冷静な第三者の介入により渚と綾瀬も一応は静かになり、俺も無事に今日を生きていける運びとなりそうだ。 あゝ、良かった。
「もう6月も下旬ね。 今年は梅雨らしい日が無いから実感わかないけど」
綾瀬が窓を眺めてぽつりと漏らした。 その言葉通り、今年は五月の中旬から全国的に梅雨入りしたものの、肝心の雨日がとんとないまま、下旬を迎えていた。 おかげで6月21日現在も、ジメジメした日もなく快適な日を過ごせているものの、『らしくない』というのも少し気になってしまうものだ。
「洗濯物に困らないから助かりますけどね。 去年はもう、ひどかったですし」
次いで園子が口にした通り、去年は四月の下旬から梅雨入りが始まり、六月七月と、ニュースでは梅雨明けしたというものの全くそんな雰囲気もないまま雨の日が多く続いたものだった。 言ってしまえば去年の下半期は晴れより雨の日のほうが多かったとすらいえる。
だから、今年はその分晴れの日が多いのかも。 なんて口にしようとも思ったけれど、揶揄われそうだからやめた。
「なんにしたって、晴れてるってのは良い事だよ。 雨の日が延々と続くよりは」
「そうかな、僕は雨の日に家でゆったりするのも結構好きだけど」
「それはたまにだからだよ。 毎日年がら年中雨の日が続いてみろ、いやでも陰気な人間になってしまうって」
確信をもってそう答えると、悠はやや間をおいてから、こんなことを言ってきた。
「縁が何かに対してそこまではっきり言うのって、珍しくないかな?」
「えっいやそんなことはないでしょ」
即座に否定したが、横から園子が、
「確かに、そこまで明確に何かを否定する縁君って見たことないかもです」
なんて言い出して、しまいには綾瀬まで、
「もともと、大嫌いなものはハッキリ言うとこあった気もするけど……縁ってそんなに雨嫌いだったっけ」
なんて言うものだから、とうとう聞き流すわけにも行かなくなった。
自分ではそんなつもりなかったけれど、なにやら俺の今の発言は普段の俺から見たら、やや否定的なものに映るらしい。 複数人にそう言われたら、まあそういう事なんだろうと認めざるを得ない。
「まあ、だとしても良いけどね。 僕も雨が好きか嫌いかで言えば後者だし。 生態系には必要不可欠ってだけだし」
「降水率が30とか40%だと、傘持って出るか悩んじゃいますよね。 降らないならいいけど、降った時に気落ちしちゃいますし」
「分かる分かる、傘も使わないと片手塞がって邪魔だもん。 そろそろ傘に変わる雨具出てこないかなって、ずっと思ってるくらい」
若者の会話の流れは速いもので、俺の口調がどうのこうのって話題はとうに終わり、気が付くと今度は過去の雨エピソードに華が咲いていた。
まあいいけど。 ただ、俺の中では変にもやっとした感情のしこりが残ってしまった。
・・・
その後、つつがなく部活動も終わり、今日は家族と外食に出かけると言った綾瀬とも別れて、俺と渚の二人だけで通学路を歩く。
途中までは特に話す事もなく歩いてたが、通学路も中盤に差し掛かった頃に、渚の方からおもむろに言ってきた。
「ところでお兄ちゃん。 さっきの話……だけどさ」
「ん?」
「雨の件、だけど。 あれって、お兄ちゃんってよりも、
「……うん。 だね」
さっき、渚だけは俺に何も言ってこなかったけど、それはつまり、渚は俺の口調が普段と違う理由に察しがついてたからだったわけだ。
本当に、わが妹ながら聡い人間だと思う。 俺が思い至るよりも先に、その結論に辿り着いていたんだから。
渚の言う通り、俺も先ほどの発言が野々原縁からじゃなく、頸城縁の経験によるものだと思っている。
「雨、俺はともかく、頸城縁は大っ嫌いだったよ。 それこそ……ううん、とにかく、嫌いだった」
「やっぱり。 どうして嫌いだったのか、聞いてもいい?」
「もう聞いてるじゃんか」
軽く笑いながらそう答えて、俺はさっきまでより少しだけ真剣な面持ちで渚に尋ねた。
「ハッキリ言って、面白くないぞ。 くだらない自分語りみたいなもんだ。 それでもいいか?」
「うん。 知りたいから、そっちの事も」
「そっか……」
なら、話さないとだな。
全部を話すとなったらバカみたいな時間がかかるから、端的なところだけ話すとしよう。 それだってそこそこ時間とるけど。
でも、俺の中にいる
「雨が降る日、俺はいつも何かを失ってばかりだったんだ」
今だけは、頸城縁として。
目の前の少女に、愚か者の末路を訥々と話そう。
「家族、友人、大切だった人や居場所。 果てには」
自分の、命さえも。
・・・
瑞那。
みずな、と読む。
もともとは水無で、『水が尽きること無い』という意味だったらしい。
そこが、俺の生まれ育ち、死ぬまで居た街の名だ。
その由来通り、この街は年中曇りか雨の日ばかりで、晴れの日が日本全国でも屈指の少なさで、梅雨とか梅雨明けとか、まるで外国の話に聞こえたものだった。
だからだろうか、物心ついたころから、俺はこの街に住む人の多くが、どんよりと湿っぽい人たちに見えて仕方なかった。
もちろん明朗快活な人もいた。 けど、それより圧倒的に多くの人間が、それこそ曇り空のようにどんよりと暗い奴らに見えたんだ。
そんな街でも、途中まではそこそこうまく生きていたんだけど、最初の雨の日を境に、俺の人生はあっという間に転落していった。
最初の『雨の日』、俺は家と、社会的立場を失った。
父がどうしようもない過ちを犯したのである。 その結果、家族で暮らしていた家を手放し、母親と共にアパートに暮らすことになった。
両親は離婚し、過ちを犯した男の妻子である俺たちは近所から蔑みの目を向けられた。 まだ世の中の不条理に対する心の持ち方を知らなかった俺は、急変し続けた環境に振り回されるばかりだったが、きっと母親の方はそれに加えて、露骨に無責任な周囲からの責めに苦しめられていたに違いない。
二度目の『雨の日』。 それは突然だった。
ドアノブにタオルを縛って、母親が自殺していた。
後になって知ったが、比較的安らかに自殺できる方法だったらしい。 さらに知ったことで、母親は自殺するころには既に精神的に限界に到達してたらしく、ある意味当然な末路だった。
このころの記憶はほとんど残っていない。 死体になった親を見てから数年の記憶が俺にはないんだ。 葬儀を行ってくれた親戚は俺の様子を見ていた筈だが、親戚との仲も壊滅的だった為に聞く機会も生涯無かった。 中学生になって半年くらいから、俺の記憶は確かなものに戻った。
このころには、地元に知れ渡りすぎた父と母の影響で、本当に村八分みたいな状態だった。 いじめとか、そんな次元を通り越して、完全に外界との関わりが断たれて居た。
物心ついたころに、じめじめした人たちばかりだなと指した連中の中に、気が付けば俺も仲間入りしていた。
三度目の『雨の日』は、……ああ、だめだ。 これは言いたくない。
いじわるじゃないんだ。 せめてもの誠意として理由を述べると、単純に、俺がこの過去に対して向き合える段階ではないってことだ。
考えるだけで、どうにかなってしまいそうな、……とにかく、これについては、俺にとって生きる意味や気力がなくなったってことだけ分かってくれればいい。 結局は終わったことで、今更どうにもならない事なんだから。
四度目の『雨の日』。
この日は、頸城縁が生まれた日。 6月28日。
そして、俺が死んだ日だ。
・・・
「で、どうして俺はそんな場所に来なきゃいけないんだ?」
時と場所は変わって、今は週末日曜の午前11時22分。 ガタンゴトンと揺れる電車から降りて、生まれて初めて来る懐かしい駅の名前に、何とも言えない気分となった。
俺は朝から渚に連れられ、半ば無理やり、この場所に連れてこられた。
すなわち、瑞那にだ。
ホームから覘く街並みは、記憶から何も変わってはおらず、空も相変わらずの曇り模様だった。
何もかもが、頸城縁の生きたころと変わらな過ぎて、いっそのこと気持ち悪くなる。
「前、私言ったよね、知りたいって。 この前の雨の話も、園芸部に入った理由だってそう」
先に駅の改札を出て、渚がこちらに背中を向けたまま言う。
「だから、見て肌で感じて、知りたいの。 今のお兄ちゃんを作ってるモノを。 ここでお兄ちゃんの中に居る頸城縁……さんが、どんなモノを見て、どう生きたのかを」
「よりによって、今日か?」
今日は、28日。
6月28日だ。 つまり、四度目の雨の日。 頸城縁が生まれて死んだ、そんな日だ。
「うん。 今日だからこそ、私はここに来たかったの」
「なんにも面白くないぞ」
「前もそういった」
「そうだっけ」
「それに、楽しむために来たわけじゃないから。 大丈夫」
俺が大丈夫じゃない、そう答えるのを堪えて、俺は分かったと一言、改札を通って渚の前を歩き、
「じゃあ、まずは、
そう、口火を切った。
瑞那高等学校。 ああ、学校の名前は当然変わってなかった。 日曜というのもあって、当然生徒の姿も見えない。 中に入ることはかなわないが、はなっからそんな気はないので問題ない。
俺が死んだのは、この高校の体育倉庫だ。
死因はたぶん血の減りすぎ。 ろくに動かない体を何とか仰向きにして、一言二言の独り言をして、目を閉じたら、野々原縁に生まれ変わってた。 意識だけをたどれば、今年の四月に飛んだって感じか。
今更ながら、変な事になってるな。
「たしか、校門の間反対の位置に倉庫あったはずだけど」
そう言って渚を死地へご案内したが、当時は高校の外周塀からも見えたはずの倉庫が、見つからなかった。
記憶違いかと思って一周したが、結局見つからず、よくよく見たら体育館も新しい物になっているのに気付く。 つまりは、倉庫はなくなったんだ。
「まあ、そりゃそうか。 よくよく考えたら、生徒が死んだ場所そのまま使うわけないわな!」
「……なんか、すごい他人事だね。お兄ちゃん」
「他人事だからな。 一応」
「そういうものなの……?」
「そう思わないと、何かよくわからなくなるから」
今の俺は、間違いなく今を生きてる、野々原縁だ。 これは絶対の事実。
そして、この街でかつて頸城縁が生きて、目の前の高校で死んだのもまた事実だ。
だけど、俺の中の頸城縁と、この世界で生きた頸城縁は『=』ではない。
当然だ、何故なら
でも、この世界では、今更言うまでもないが、みんな現実を生きる人間として存在している。 決して創作のキャラなんかじゃない。
だから明確に同じ人間が生きた同じ場所、とは言えない。 『他人事』とは、そういう意味でもあるんだ。
そう考えたら、本当に俺の意識と同化してる野々原縁は、俺の前世なのか? と疑問がわいてしまうけど、今はそんなことに思考を割くつもりもないので、敢えて考えない事にする。 した。
「んじゃ、次はどこ行こうか。 頸城縁が歩いてた場所、点々と回るか?」
「うん。 お願い」
その後、俺は生前住んでたアパート、買い物に利用してたスーパーやコンビニ、図書館や植物園、そういったところを練り歩いた。
行く先々で、渚から当時の気持ちや、何をしていたか聞かれたが、だいたいが退屈極まりない内容で、正直、申し訳ない気分になる。
アパートは無くなってたし、スーパーは店の名前が変わってた。 コンビニもつぶれてコインランドリーになったし、図書館は残ってたけど植物園はパチンコになっていた。
色々無くなって、色々消えて、色々変わってた。
でも、空は曇り空のままだったし、街で見る人間の顔はどいつもこいつも、じめじめしたうす暗い物のまま。
───そろそろ、俺の心が限界になってきた。
最初は渚の思いにこたえようと思っていたが、もう案内できる場所もない。 そろそろ帰る流れに持っていこう。
「……だいたい、いけるところは行ききった。 時間もお昼過ぎてるし、どっかで食べたら帰ろうか」
「うん。 でも、最後に絶対に行きたいところがあるんだけど、そこ行ったら帰るじゃダメかな……?」
今までの『絶対に行きたい』という強い態度ではなく、俺の機嫌をうかがうような、恐る恐るな口調。
自然と、俺の方から『どこに行きたいんだ』という言葉が出る。
そして、渚の口から出た『最後に行きたい場所』は───、