【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた   作:食卓塩准将

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……声が、聞こえたんだ。

ヤンデレの物語を書け、そんな声がな。


第一章
第一病・悲しみの向こうへ


 ──身体が、重い。

 鉛のような身体を引き摺りながら、苦労して倉庫の扉を開き、外へ出る。

 右足を前に出すが、うまく足が地面を踏み込めず、そのまま前のめりに倒れてしまった。

 

「……てぇ」

 

 受身も出来ずに顔から地面にぶつかった事に顔を顰めるが、それ以上に全身が痛く、熱く、俺は起き上がる事をせずに、倒れたままでいた。

 起き上がろうと左手を支えにしようとしたら、なんと動かない、折れでもしたのだろうか。

 ならば、ともう片方の腕で起き上がろうとしたが、そもそも力が出ない事に気づいた。

 直後に地面に自分の血が、しかも頭から流れた血が滴れて来たのを見て、あぁ、こんなに血が出たらなぁと納得する、自分の事の筈なのに妙に他人事みたいだ。

 仕方が無いので起き上がるのは諦め、かと言って何時までも地面にキスしてるような格好はお断りだったので、痛む身体を無視しながら、無理やり身体を反転させてなんとか仰向けになる。 血が足りなくて視力が落ちてるからか、はたまたさっきまで暗い倉庫にいたからか、視界に映る空の色はどよんとした不鮮明な物だった。

 ふいに、頬に水が落ちて来る。 『あれ?』と思う間も無く、雨が全身を濡らし始めた、どうやら視力の良し悪しに関係なく、始めから空はどよんとしたままだったようだ。 冷たい水が身体に当たり、先ほどから俺を悩ませていた物のうち熱さは解消され……ダメだ、当たってない背中が熱い。

 

「……死ぬのかな、俺」

 

 自分の学校の敷地内にある倉庫の前に居るわけだが、あいにく今日は休校日で、この学校には今、俺を除いたら倉庫の中でおねんねしてる二人しかいない、警備員のオッサンぐらいなら居るかもしれないが、まぁ無駄な思考だろう、こんなに身体が痛いんだ、俺はこの後死ぬんだろう。

 

「…………ちくしょう」

 

 自然と、意識するまでもなく口から言葉が出てくる……『ちくしょう』? 俺は、何を悔しがっているんだろう。 思考が切り替わり、自分の深層心理への探究へと血の足りない脳みそが動き始める。

 齢十八歳で死ぬことに悔しがっているのだろうか? 昔は人生五十年と言ってたし、今はもっと長い時代だ、二十歳にもならずに死ぬのはもったいない事この上ないだろう。 だがそれは違う、と思う。 心の中で答えを得た時特有のスッキリとした手応えが無いからだ、命が惜しいわけでは無いようだ、ならばなんだ? 

 今際の際に、こんな寂しい場所で、たった一人で死んでしまう事だろうか? フランダースの犬の主人公だって、若くして死んだがその時には愛犬も一緒だった、家族や友人どころか犬猫すらいない場所で死ぬのは寂しい物かもしれない。 だがこれも違うと思う、やはり手ごたえがさっぱりだ。

 じゃあなんだ、そろそろ頭がぼんやりして来て時間が無い事を体感している、さっさと答えが欲しい、何を悔しがってるんだ。 ひょっとしたら、悔しいという感情の対象は、自分では無いのかもしれない、こんなに考えても思い浮かばないんだ、誰か他の人の事で悔しがっているのかもしれない。

 

「…………あ、そうか」

 

 その考えに至ったら、驚くほどあっさりと、それこそ1+1の解を求めるよりも早く、答えが出てきた。

 だが、せっかく今際の際に待ち望んだ答えを得たのにも関わらず、期待していたスッキリとした手応えはなかった。 むしろ逆に、身体を蝕む痛みをゆうに超えた、全く別の『痛み』が、心の中に生まれてしまった。 この後に及んで自ら死期を早めるような真似をするとは、トコトン自分の間抜けさに呆れて来る。

 ああそうだった、俺は別に自分が死んでしまう事など構わない……と言うのは嘘になるが(俺にも親しい友人はいる、そいつらと別れるのは悲しい)、今この時においてそれは然程重要な事でもなんでも無かった。 元々、今の自分自身に執着するような物など、俺には無かったのだから。

 そうだ、俺は、自分の命なんかとは比べものになら無い、大切なモノを失ってしまった事を、そしてそれをそのままにして、ここで死んでしまう事、それが悔しいのだ。

 

「…………畜生っ」

 

 不意に、頭の中に過去の思い出が駆け巡った。 喜怒哀楽様々な物が詰まったその記憶の海の中には俺自身覚えて無くて、とうの昔に忘却した筈の物まであり、これが俗に言う走馬灯だと理解する。

 そして、その記憶の中には当然、“彼女”との思い出も沢山あった。

 それらは本来、俺の心を暖かくしてくれる筈の物だった。 が、今は違う。 今はただ俺を蝕み、苦しめるだけの毒にしかならなかった。

 

 ──だから、俺はその記憶を眺めながら、心の奥である願い事をした。

 

 それは叶う物かどうかは分からない、でも、俺はいるとするならば、こんな歳で、こんな寂しい場所で死なせる神に、この程度は仕事しろと思いながらソレを願った。

 やがて、記憶の回想が終わりに差し掛かって来る……つまり、長々と愚痴っていた俺の寿命も遂に終わるのだ。

 

「……ごめんな、────」

 

 目から、涙が溢れて頬を伝う感触を覚えながら、最後に、俺が大好きだったあの娘の名前を呟いて、

 俺、頸城縁の人生は、呆気なく幕切れとなった。

 

 ──────────

 

「──ん、──ちゃん‼」

 

 暖かい陽射しと、柔らかな布団、春の朝が、俺をやんわりと包み込んでいる。

 

「起きて、朝なんだよ?」

 

 それは、まるで俺を更なる眠りに誘うかのように、俺の意識を深淵の彼方まで──

 

「もう、また寝ちゃ駄目だってば‼」

「……だぁう、うっさいなぁ……」

 

 なんだ、さっきから俺の肩を揺すり、俺の耳に入ってくる声は……俺はもう一人で死んで行くんだ、幻聴なんか聴こえるほど血だって残ってない……って、あれ? 知らない声じゃ、ないぞ? と言うより、今俺はどうなっている? 気がついたら痛みも熱さも無ければ、身体中に当たっている筈の雨の感触すらない。 更に言えば冷たく土臭い場所に倒れている筈なのに、地面がとてもフカフカしていて、まるでベッドみたいだ。

 

「お兄ちゃん、寝ぼけてないで起きてってば、遅刻しちゃうよ」

 

 それに、俺はこの声を知っている、知っているぞ。 でも、なんだこの違和感は、『俺』はこの声を知っていて、だけど同時にもう一人の《俺》とでも言う物が、また違う意味でこの声を知っている……そんなワケの分からない感覚、同一性の欠けた感覚、まさに違和感ならぬ『異和感』だ。

 俺はその感覚の正体を掴む為、布団を顔まで被り、思考を遮る光が差し込まない無の世界を作ろうとして────って、はぁ!? 布団!? 

 

「もう、いい加減に起きてってば、お兄ちゃ────ん!!!!」

「あっしまぁ⁉」

 

 ──状況を把握する前に、ベッドから布団ごと引っぺがされて、床に落ちてしまった……え、床? 今度は俺、ベッドから床と言ったのか? 

 

「──ってぇ!」

「あ、ごめんなさいお兄ちゃん‼ 力入れ過ぎちゃった……大丈夫? 怪我無い⁉」

 

 俺の布団を引っぺがした者が、過剰に慌てた声で俺の心配をする、幸い下には何も無かったので怪我は無く、俺はゆっくり頭をあげながら、声の主に自分の無事を伝える。

 

「大丈夫大丈夫、ちょっと頭打っただけだから問題な──」

 

 そして、視界に声の主を入れた瞬間、言葉と共に思考が止まった。

 

「良かった……ごめんねお兄ちゃん、お兄ちゃんが起きないからって、私ついやり過ぎちゃって……どうしたの、ぼぉっとして?」

 

 先ほどからの声の主──淡いクリーム色をした髪を二本の白いリボンで左右にまとめている少女が、不審がって俺を見ている……と、言うより、

 

「誰だ、お前は? それに、ここは……って、なんで俺寝巻きなんだ!? さっきまで私服で学校に居たのに……け、怪我まで治ってやがる⁉」

 

 突如自分に訪れた異変に考えが追いつかず、取り乱してしまう。 そんな俺を、少女が胡乱げな顔で見る。

 

「お兄ちゃん、ひょっとしてまだ寝惚けてるの? 家族の顔を忘れるワケ無いよね?」

「家族……?」

「そうだよお兄ちゃん、私とお兄ちゃんは、世界でたった二人だけの兄妹なんだよ?」

「兄妹……妹…………って、ん?」

 

 少女の声を聞いていると、自然にある名前が脳裏に浮かび上がってくる……そうだ、俺はこの娘を知っている、この娘は、

 

「……なぎ、さ?」

「そうだよお兄ちゃん、渚だよ? もうスッキリ目は醒めた?」

「渚……家族、俺の」

「う〜ん、まだ少し寝惚けてる? さてはお兄ちゃん、昨日は夜更かししてたんでしょ。 もう駄目なんだよ、私が起こしに来なかったら遅刻しちゃうんだから」

「あ、あぁ……すまない」

「ふふ、そんな本気になって謝らなくたって良いよ、冗談だから。 私がお兄ちゃんを起こしに来なくなるなんて事、あり得ないよ、家族なんだから」

「そ、そうだよな、ありがとう……」

「どういたしまして。 じゃあお兄ちゃん? 本当にそう思ってるなら、早く着替えて降りて来てね。 朝ごはん出来てるから、冷めないうちに」

 

 そう言って、少女──もとい、『妹』の渚は部屋を出て行った。

 

「……なんで、俺は彼女を知っているんだ」

 

 今のは、なんだ? 何故俺は数秒前まで知らなかった筈の女の子の名前を言えて、しかもそれがごく当然のように感じているんだ? 

 それだけじゃない、起きたばかりの時は、渚の顔も名前もまるっきり分からなかったのに、いざ名前を思い出すと、渚の名前を呼んだ時や渚が俺に話しかけて来た時、その内容──どれもが『今まで何度と経験して来た』ような認識を俺に与えた。

 そしてそれらの感覚が、渚の言っていた言葉が全て事実だと教えている──すなわち、俺はこの家に妹の渚と暮らしていて、今日もまたいつものように起こしてもらった。

 

 それだけではない、両親は仕事の都合で家には居なくて、家事全般は渚が行っている事や、学校には二人して歩いて二十分の距離にある私立の中高一貫校に通っている事、部活には所属しておらず、帰りは友人(この友人の顔と名前もすぐに浮かび上がって来た)とゲーセンや飲食店で過ごしている事、近所に同じ年齢の幼馴染の女の子がいる事……そして何よりも、

 

 ──俺の名前が、頸城縁などでは無く、『野々原』縁だと言う事も。

 

 それら全てが、俺の頭の中で次々と『常識』として出てきた。

 だが、それはおかしい、おかしいのだ、何故なら俺はさっきまで学校の倉庫の前で倒れて、そのまま死んだ筈、こんな暖かい陽射しの射す部屋で寝ている筈が無いんだから。

 しかし、そんな思いとは裏腹に、次々と野々原縁の今までの生きてきた記憶が湧いてくるのも確かだ。 俺の頭にある記憶は、どれも偽物では無く、紛れも無く今日までの俺の生きてきた証として刻まれている。

 

『頸城縁』である自分と、『野々原縁』である自分、そのどちらもが同じ《自分》であり、それはすなわち──

 

「……まさか」

 

 思考の末、一つの、余りにも馬鹿げた答えに辿り着いた俺は、寝巻きからハンガーに掛けてあった制服に手早く着替えた後、急いで一階に降りる。 リビングには家族共用のパソコンがある、それで一つ調べたい物があるのだ(本当は自分の部屋にもデスクトップがあるが、早く降りないと渚が心配するだろうと思い、一階のパソコンを選んだ)。

 

「あ、お兄ちゃん、ちゃんと起きて来たんだね、遅いからまた寝ちゃったんだと──」

「渚、ご飯の前に一つ調べて良いか!」

「ふぇ‼ ど、どうしたの急に」

「理由は後で話すから、調べ物させてな?」

「う、うん……まだ時間あるから大丈夫だけど」

「ありがと」

 

 遅刻しそうな時間までにはまだまだ余裕がある事は俺も『知っていた』が、それでも待っててくれて居た渚に黙ってパソコン使うのは良くない、了承を得たのですぐさまパソコンの電源を入れ、とある単語で検索を掛けた。

 

『頸城縁』 『事件』

 

 すると、幾つかの検索結果の中にあった大型掲示板サイトに、目当てのモノが見つかった。

 

「お兄ちゃん、何を探して.え? 学生の、傷害事件?」

「……見つけた、やっぱりな」

 

 サイトを開くと、そのスレッドでは今から十九年前に、某県の私立高校で起きた傷害事件について書かれていた。

『ゆとり世代が生んだ悲劇』だの、『今日に続く教育委員会の怠慢の始まり』だの、『リアルキ◯ガイ』だの、様々な書き込みがあり、隣に立って内容を見ている渚は半ば呆然とそれらを読んでいたが、俺はそういったどうでも良い書き込みには目を通さず、スレッドを開いた画面の真ん中に書いてあった、一つの書き込みに集中していた。

 

 102 :この名無しが凄い‼:20●●/04/24(月) 21:01:27.07 ID:0Fysu53cvRIgj

 

 特定したお。

 死亡した少年(18)の本名は頸城(くびき) 縁(よすが)、暴行加えた奴の名前は何故かさっぱり出てこないが、こいつの出身校俺と同じだったわww

 

 

「くびき……よすが? 名前がお兄ちゃんと同じだね?」

「──は、はははは……マジ、かよ」

「お、お兄ちゃん? 今度はどうしたの?」

 

 渚が急に笑い出した俺に驚く、俺はと言うと、俺しか理解し得ない事態のあり得なさに、ただただ呆れて、笑うしかなかった。

 だって、そうだろう? 一番あり得ない筈の出来事が起きたんだ、これはまるっきりフィクションの話で、俺は無神論者だってのに、それを撤回しなきゃならなくなっちまった。

 

「……なぁ、渚よ」

「うん……なに?」

 

 

「輪廻転生って、信じる?」

 

 

 ────────────

 

「お兄ちゃんがこの人……? 前、世?」

「まあ、そういう事に……なるとしか、言えない」

 

 要するに話をまとめると、だ。

 前世で頸城縁と言う名前の人間として生まれ育っていた俺は、ネットに上がるぐらいの出来事が原因で、先ほど見た夢の光景の通りにポックリと死んで、その後、仏教で言う輪廻転生の果てに、この野々原家の長男として生まれ変わり、今日までの十七年間を生きてきた。

 ところが、なんの前触れも無く突如今日に、前世の記憶を夢を経て思い出し、結果、野々原縁という俺の意識と、頸城縁だった俺の意識とが交わり、一つになって、ある意味では新しい俺となって目を覚ました。 朝起きた時に始め渚を渚だと分からなかったのは、頸城縁の意識がしっちゃかめっちゃかになってて記憶がめちゃくちゃになってたから、

 

「──というわけ、なんだが……分かった?」

「……………………」

 

 俺の説明に、渚はじっと俺の目を見ながらじっと静かに話を聞いていたが、やがておもむろに口を開いた。

 

「つまり、今のお兄ちゃんは今までのお兄ちゃんで、だけど一緒に、その、頸城さんだった時のお兄ちゃんでもあるって意味、なのかな?」

「…………そう、だな。 多分、その見方で間違ってないと思う」

「……………………そうなんだ」

 

 うん、やっぱり信じられないよな、こんな事。 俺だっていきなり家族が『俺の前世が〜』とか言いだしたら引くもん、『うわ、こいつ頭イッテやがる』って思うもん。

 

「ごめん、やっぱバカみたいだよな、これじゃ末期の厨二病だ。 今言った事は全部忘れて──」

「──ううん、私、信じるよ」

「……えっ?」

 

 いま、渚は何と言った? 信じるよ? 今のはたから見たらただひたすら痛い話を? 

 

「な、なんでだよ、こんな与太話、自分で言うのもなんだけど普通なら笑い飛ばすようなモンだろ」

「他の人が言ってたらそうなんだけどね……でも」

 

 そこで一息付いてから、渚は微笑みながら言った。

 

「私が、お兄ちゃんの言葉を疑うワケないじゃない」

「…………なんで、そこまでハッキリ言えるんだ?」

「だって、お兄ちゃんはいつも私には本当の事しか言わない、嘘なんかつかないもん」

「な、渚……」

「たとえ世界中の人がお兄ちゃんの事を信じなくても、私だけは信じるよ?」

「お前……」

「お兄ちゃんの言葉を疑うような奴なんて、生きてる事さえ許さないもん……ッ!」

 

 いや、その気持ちは嬉しいけどいささか行き過ぎじゃないか? 

 

「それに、始めから関係無いよ」

「関係無い? 何がだ?」

「たとえお兄ちゃんが昔どんな人でも、今は私の、私だけのお兄ちゃん……私にはそれだけで十分だよ?」

 

 あ、やばい、今少し泣きそうになった。

 

「だから、私は──キャ!」

「渚、お前はなんて良い妹なんだ!」

 

 感激のあまり、つい渚を抱き締めてしまった。 静な自分が朝っぱらから何やってんだと言うが、生前(頸城縁)家族にこんな事言われた事が無かったので、感激もひとしおなのだ。

 渚は、始め陸に上がった魚のようにあたふたとしていたが、やがて静かに俺の背中に手を回し、自然に互いに抱き合う形になる。 互いの鼓動の音さえ聞こえてしまいそうな程密着して、渚が静かに俺に言う。

 

「お、お兄ちゃん……その、こうしてくれるのは嬉しいけど、朝ご飯……冷めちゃうよ?」

「あ、そうだった! って、もうそろそろ食べないとやばいんじゃないか?」

 

 渚の言葉で今がまだ朝飯前だという事を思い出した俺は、直ぐに渚から離れた。

 その時僅かに渚が、残念そうな顔をしたのを見て、クラスメイト(今の)が時々口にする『妹萌え』というモノの一端を垣間見た気がした。

 

「──さ、早く朝ご飯食べよう、お兄ちゃん!」

「……あぁ、そうだな!」

 

 そうして、俺たちはちょっとした騒動の末、ようやく少し冷めた朝ごはんをとったのだった。

 家族と一緒に食べる朝ごはんは、野々原縁にとっては至極当然のモノで、頸城縁にとってはこの上無く幸せなモノだった。

 

 ────────────

 

 朝食を食べ終え、二人で食器を洗い終えた後、俺たちは二人で学校に向かって慣れ親しんだ通学路を歩く。 その慣れ親しんでいる筈の道も、今日は何故か新鮮な気もするのが少し面白かった。

 

「……あ、そうだ、渚」

「ん? 何?」

「あの事な、とりあえず今は周りには言わない事にするから、お前もそのつもりでいてくれ」

 

 俺の前世についてなんて、それこそ渚のような、今時珍しいぐらいの兄思いな妹だから信じてくれたのであって、他の人に話してもきっと『お前は何を言ってるんだ』としか言われないだろう。 なので、これは俺と渚だけの秘密にする事に決めたのだ。

 まぁ、もしこの人なら信じてくれるかも……と思う人が出来たら、話したりするかもしれないが……案外、お寺や神社にいる人とかなら信じてくれるかもな、そんな場所に行く事も滅多に無いと思うけど。

 

「うん、分かった。 つまり、私とお兄ちゃん、二人だけの秘密だね」

「そうだな、今のところはこの方針で頼む」

「お安い御用だよ、お兄ちゃん」

 

 そう笑顔で返す渚を見て、『ああ、この俺は本当幸せな奴だなぁ』と思った。

 確かに俺は前世では別の人間で、しかもその気になれば頸城縁の生きていた場所に行けるし、あの時友人だった人やその親族、更には頸城縁自身の親族にだって会えるだろう、会っても向こうは分からないかもしれないが。 声も容姿も全く違うのだし。

 でも、俺はそうしようとは思わない。 渚が言ってくれたように、今の俺は頸城縁ではなく、野々原渚の兄で、野々原家の長男の『野々原縁』なんだ、頸城縁とは違う家族がいて、友達がいて、今があるんだ。 だから、俺は文字通り『過去を引きずる』事はしない。 そのつもりでいる。

 

 俺は頸城縁『だった』が、今は『違う』のだから。

 

 そうやって新しい覚悟を決めながら、渚と他愛ない話をしながら歩き続ける事ちょうど二十分、俺たちは自分たちが通う私立良舟高校に着いた。

 

「じゃあお兄ちゃん、またね」

「おう、またな」

 

 中間一貫校でも、高校生と中学生では昇降口も違うので、俺と渚はここで一端お別れになる。もっとも、学園の敷地はつながっているから、会おうと思えば簡単に会えるわけだが。……さて、今日も高校生活を楽しく満喫するとしますか。

 下駄箱で上靴に履き替え、自分の教室に向かって歩く。 途中トイレに向かうクラスメイトに挨拶などを交わし、『2-3』とプレートが立てられた教室に入る。

 

「おはよー」

「おはよー野々原」

「うん、おはよう」

 

 基本ノリの良いクラスメイト達は、俺が挨拶するとそれに合わせてそれぞれ挨拶仕返してくれた。

 その後、自分の席に着いてカバンを置いた直後、聞き慣れた女の子の声が、後ろから俺を呼んだ。

 

「おはよう、縁」

「おぅ、おはよう綾瀬」

 

 髪の毛を黒い大きなリボンで纏めた、制服の上からでも分かる立派なスタイルをしている女の子、河本綾瀬。 俺と十年以上の付き合いがある幼馴染だ。

 

 ────ん? 

 

「見たよ、今日も朝から渚ちゃんと一緒に登校してたでしょ」

「まぁな、もう日課だからな、渚と登校するのは」

「なんか……まるで夫婦みたいね」

 

 ────金槌、五寸釘、刃こぼれした包丁、

 

「何言ってんだ、帰りはお前と一緒の時の方が多いじゃないか」

「う、うん、そうだよね、あはは!」

「そうだよ、朝から変な事いうなよ……まぁ、俺もあんま人の事言えないんだが」

「え、どういう事?」

 

 ────ヤンデレ

 

「──────ッッッッ!!!!」

「? どうしたの縁、急に驚いた顔して」

「え……あ、いや、なんでもないよウン!」

「……嘘、あからさまに何かあったって顔してるよ、今の貴方」

「だ、大丈夫だから、本当……でも、ちょっとトイレ行って来て良いかな?」

「ああ……そういう事。 お腹痛くなったなら素直に言えば良いのに、変な縁」

「はは、そうだな……じゃあ、ホームルームが始まる前に戻るよ」

「私、先生に言っといてあげるよ?」

「いい、大丈夫だから!」

 

 そう言って、俺は一目散にトイレに向かった、途中またクラスメイトとすれ違ったが、今度は気軽に挨拶するような精神的余裕が無かった。

 

 朝、渚と話して、自分の身に起きた事に気づいたせいで、俺は今の今まで忘れてしまっていた。

 確かに、『違和感』は無くなった。 理由こそ不明のままだが、俺は前世の記憶を思い出した、違和感の元凶はそれだった。

 だが、もっと前の事を思い出して見ろ。 朝、一番始め、俺を起こしに来た渚の声を聞いて俺はそれをどう思っていた!? 

 

 ──俺はこの声を知っている、知っているぞ。 でも、なんだこの違和感は、『俺』はこの声を知っていて、だけど同時にもう一人の《俺》とでも言うものが、また違う意味でこの声を知っている……そんなワケの分からない感覚、同一性の欠けた感覚、まさに『異和感』だ。

 

 そう、俺は『知っていた』! 二つの意識が混在して渚の顔も名前も思い出せなかった状態に居たのに、俺は、『野々原縁』は、そして『頸城縁』は、渚の声を、『知っていた』のだ! 

 それこそが『異和感』、違和感ならぬ異和感だ。 そして今さっき綾瀬との会話の中で自然と浮かんで来た──渚の名前を思い出したのと似たような感覚だった──言葉とイメージ、その中で最後に出てきた、『ヤンデレ』という言葉。

 

「……あ、あぁぁ……!」

 

 その瞬間、俺はついに異和感の正体をも突き止め、そして──、

 

「なんて、ことだぁああ!?」

 

 同時に、絶望に近い感情が俺を支配した。

 そうだ、俺は知っていた、頸城縁は知っていた、野々原渚を、河本綾瀬を、そして、この世界そのものを──そう!! 

 

 この世界は、頸城縁が生前趣味で好んで聞いていた、『ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れないCD』の世界だったのだ!! 

 

「こ、これは……」

 

 危険! 圧倒的危険! 命の危機! 四方を地雷で固められた草原に同じ、一歩でも踏み間違えれば殺される……誰に? 問うまでも無い、彼女達にだ! 

 まさにこの俺の存在、それ自体が死亡フラグ! なぜ輪廻転生の果てにこんな世界に生まれ変わる事になってしまったのか、まるっきり検討がつかないがそんな事今はどうでもいい、俺は更にもう一つ恐ろしい仮定に辿り着いたのだから! 

 

 今日、なんの前触れも無く前世の記憶を思い出した。

 しかも、それはよりによって死ぬ寸前の記憶だった。

 それは、即ち、近いうちにこのままでは俺が死ぬという事を表してるのではないだろうか!? 

 CDで散々聞いて来たあの、普段は優しいがふとした事で一気に病み始め、最終的に主人公(この場合俺)を殺して来た彼女達の誰かに、俺が……殺される……!? 

 

 いや、待て、まだそうと決まったワケじゃ無い。 俺はまだ怪我をして綾瀬からハンカチを貰ったり、綾瀬の家でご飯を食べたり、綾瀬と付き合ったり、そんな関係性には全く至ってない。

 つまり未だ俺は、渚や綾瀬の琴線に触れるような危ない状況には居ないハズ、まだ真っ白な状態、死亡フラグなど無いのだ! 

 

 だが、それは本当だろうか? たとえそうだとしても、このままのほほんと暮らしていたら、いつ知らない間にデッドエンドルートに突入するかも分からない、油断など全く出来ないのだ。

 

「……つまり、これは……ッ!」

 

 これは、戦争。

 俺の、たった一人の最終決戦。

 俺の、生存戦争。

 

 迫り来る幾多もの死亡フラグを躱し、

 血生臭い出来事に逢う事なく、

 平穏無事に生き続ける、そのために俺は絶対に生還してみせる! 

 

 

 ────────────

 

 これは、それなりに波乱万丈な人生を経て新たな人生を生きて、そこでもまた死にそうになった、ある一人の少年の、生存への戦いである。

 

 果たして彼が、このいつ終わるかも知れない終わら無い悪夢から無事生還出来るのかどうか、それは……神のみぞ知る。

 

 

 

 ──to be continued




次にお前は、なぜこんな物語を書いたと言う。

はい、食卓塩少佐です。
まだ他に書いてる作品があるのにこんなモン投下しちゃいました(照兵屁露(てへぺろ)
しかしこの作品はあくまでもサブ、本命はもう一つの方なので、この物語は亀更新になると思いますのであらかじめご了承ください。


それはそうと、ヤンデレ良いですよねヤンデレ、僕ヤンデレ好きなんですよ。
ヤンデレの何が良いかって、あの暗く淀んだ瞳、あの状態のヤンデレを更に言葉攻めして更に真っ黒い瞳にしたいですよね〜きっと俺だけですねそんな事言うの。

しかし、原作のヤンデレの女の子に(以下割愛)の主人公、どうやら浮気性みたいですね、それでわざわざ自分から死亡フラグ立ててるんですから、自業自得ですよねぇ〜。
この作品の主人公はある程度原作知識を覚えてますが、まぁ世界線の収束と言うモノがありますれば、はたしてどうなるモノやら。

それでは、こんなテンションの作品でもよければ、また次回会いましょう。

さよなら、サヨナラ

追記:2020年の某日。とある事情で書き直しを少ししました。

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