ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~ 作:ミドレンジャイ
唖然。
この言葉が持つ意味を今日ほど思い知った日は無いだろうと蓮太郎は思う。
何せ自分や木更だけでなく、集まっていた民警の社長格も、先ほどまで盛大に囃し立てていた連中も口を開けたまま間抜けた面を晒し続けている。
「いや~奇遇だね~ロリコン君。まさか昨日の今日で幼女趣味の君に再び会うとは思ってもみなかったよハッハッハッハー!」
にこやかに、だがそこはかとなく黒さを窺わせる笑みを浮かべるジン。
というか―
「盛大に誤情報ばら撒くのやめろぉぉぉおおぉぉおおおお!!!」
こんな人の集まっている所でそんなことを叫ばれてはとんでもない誤解が生まれてしまう。
「何だどうしたんだロリ見コン太郎君、いきなり叫びだして?」
「テメェ、ワザとか?!ワザとなんだな?!こんな衆人環視の中でありもしないことをほざいてんじゃねぇよ!」
「まあ落着けや。カリカリしてても良いことないぜ不幸面?」
「もう口閉じろテメェッ?!」
胸ぐらを掴みあげながら叫ぶようにして言い募る。
この少年といると碌なことが無い気がする。
「てか、何でテメェがここにいる?!」
「そりゃ俺たちも呼ばれたからだ」
「何……?」
シレっと返された答えに疑問を持つ蓮太郎。
それもそうだろう。今ここに集まっているのはガストレア対策の
「ジン、その辺にしておけ」
そう言って声をかけてきたのは街中の女が10人が10人振り返るような美男子だった。
若干茶の入った金髪はほどよく切り揃えられこの男に良く似合っている。
齢は自分よりも少し上くらいだろう。
鋭くも優しさを感じられる瞳は一種のカリスマを感じられる。
服装はジンと同じように黒で統一されているが、こちらはどこか貴族の服装を彷彿とさせる意匠が入っていた。
「ウチの隊員がすまない。不快な思いをしたなら謝罪しよう」
「……アンタ、アイツの上司か何かか?部下の教育くらいちゃんとしとけよ」
そう言って蓮太郎の眼を真っ直ぐに見て話をする男。どうやら性格もイケメンらしい。
そんな事実に軽く劣等感を抱きつつも嫌味を言わずにはいられない自分に嫌気が差す。
「ああ、分かった。善処しよう」
その嫌味すらも真摯に受け止める目の前の青年。つくづく良い男の様だ。
「ていうかジン~、この人大丈夫なの?なんかお茶の間にお見せ出来ないくらいひどい顔なんだけど……」
大男が痙攣し倒れている傍には見知らぬ少年がいた。
黄色いノースリーブのシャツの上から狼の様な紋章の入った白いコートを羽織っており、少し癖のある赤みがかった茶髪の上から蜘蛛のマークの入った黄色いバンダナを巻いている。
こんな場にありながらも明るい性格であることが分かる少年だった。
「さあ?とりあえず意識がギリギリ残る様に蹴ったんで大丈夫じゃないっすか?」
「うわっ、相変わらず鬼畜……」
ジンともそんなやり取りを交わしているし仲は良いのだろう。
そんな風に観察していると最後にもう一人、他とは雰囲気を異にする人物が木更に近づいていた。
肩にかかる前には切られているが、それでも手入れがされていないのが分かる灰色の髪。
奇妙な眼鏡をかけており、両端のテンプルの中ほどから細い鎖が伸び、その鎖の先に別の眼鏡が2つぶら下がっている。
眼鏡から覗く目は驚くほど細く殆ど開いていないのではないかと思うが、見る人が見ればその奥には油断ならない知的な光があることが分かるだろう。
服装もおかしなものだ。
上半身から長く黒いダッフルコートのようなものを着ているが、鳩尾あたりからはコートの前面が無く、代わりに派手な柄の袴の様なものを履いて、極めつけに足元は足袋と下駄だ。
民警の連中もそれなりに個性的な服装をしているが、この人はそれの比じゃないだろう。
「騒がせてしまってすまないね。君が彼の上司かな?」
「…!そうです」
緊張と警戒をしつつも、木更は何とかそれを表に出さずに応じることが出来た。
「お初にお目にかかるね。私はこういう者だ」
そう言って何かを取り出す。どうやら名刺の様だ。
その後木更と眼鏡の男は、あの大男の所属する民警の社長格を交えてお互いに名刺を交換していた。
お互いに適当なところで切り上げて指定された席に向かうも、眼鏡の男と木更の席は隣同士だった。
ただ、何故か木更も社長格の男も大層驚いた顔をしていたのが疑問だ。
因みにあの大男はジンに向けて洒落にならない殺気を飛ばしながら脂汗まみれで自分の所属する場へと戻っていく。
「にしても、俺たち末席だな」
「実績じゃ、ウチが一番弱小だからね」
確かに周りにいるのは全員が遣り手ですと言わんばかりのオーラを放っている。
「俺たちはそもそも超部外者だしな」
ジンの方は先程の一件で大男のみならず他からも強烈な殺気を浴びているがどこ吹く風といった感じだ。
昨日の事といい態度はこんなだが実力は確かなのだろう。
恐らく、一緒にいる戦闘員だろう他の2人も……。
「そういやあいつら誰なんだよ」
先程の大男を見ながら聞くと正面を向いたまま一枚の名刺を渡してきた。
金字で『
「うげっ、めちゃくちゃ大手じゃねぇか……てことはあの男も相当な使い手か」
「さっき将監って呼ばれているのが聞こえたから、多分伊熊将監よ。『IP序列』は1584位」
「1000番台か……」
IP序列(Initiator-Promoter序列の略) とは
ペアの相性の関係もあるので絶対とは言えないが、IP序列の位階の高さがそのままそのペアの戦闘力を表していると言っていい。
知らず手に浮かんでいた汗をズボンで拭う。
蓮太郎と延珠の序列は12万台。あの男と戦っていたらねじ伏せられていただろう。
そこで将監の横に少女がいるのが目に入った。
恐らく彼女が相棒のイニシエーターだろう。
落ち着いた色合いの長いワンピースとスパッツ、表情は乏しく冷めているようにも見える。
髪は側頭部付近で若干編み込まれ、もみあげから垂らしていた。
こちらに視線に気づいたようで慌てて目を逸らすが、逆にこちらをジッと見つめてくる。
何かと思い見ていると腹を手で押さえて悲しげな表情をする。
お腹でも痛いのかと思ったが、こちらに向けて口を無言のまま動かしている。
通訳すると――
(えっと…、お・な・か・す・き・ま・し・た)
脱力しつつもどこか微笑ましい気持ちになる。
将監の印象がアレだったので彼女がペアであることが少し不思議だった。
なんて思っていると再び木更の声が耳に届く。
「向こうは彼よりも強いペアをまだ抱えているっていうのに、ウチときたらイニシエーターは有能なのにプロモーターが馬鹿で甲斐性無しで弱いせいで未だに序列がミドルレンジから抜けないのよね…」
はぁ、と溜息を吐く木更。
聞こえないふりをするがそれが一番わかっているのは蓮太郎自身だ。
延珠は強く、適切な相手と組めば1000番台は硬いだろう。
それが未だに12万というのは相棒が無能と言われるのに等しい。
渋い顔をしているとポンッと肩を叩かれた。ジンだ。
「なんだよ」
「…………」
そのまま生暖かい目で見ながらグッとサムズアップ。
励ましているのかもしれないがコイツがやるとなんか馬鹿にしている気がしてならない。
「というか蓮太郎君。さっきから話しているその人誰?どういう経緯で知り合ったの?」
「昨日話しただろ、コイツが――」
そこまで言った時、会議室の扉が開かれ禿頭の人物が入ってきた。
遠くて階級章が分かりにくいが、恐らく幕僚クラスの自衛官だろう。
後ろからは別の人物が、頑丈そうな金属製の巨大な直方体の筐体を台車で運んできた。
筐体は全部で3つありそれらを纏めてジンたちの後ろに持ってくる。
一体なんだと全員の視線が向かうが、禿頭の男が話し始めたのでその視線は霧散した。
「本日集まってもらったのは他でもない。諸君らに依頼がある。依頼は政府からのものと思ってもらって構わない」
そこで一拍置き禿頭は周りを睥睨する。
「ふむ。空席1、か……」
見ると『大瀬フューチャーコーポレーション様』と書かれた三角プレートの席だけ誰もいなかった。
現場で一度だけ会ったが、秘書とまるで漫才のようなやり取りをしていた人だ。
「本件の依頼を説明する前に依頼を辞退するものは速やかに退席してもらいたい。依頼内容を聞いた場合、その依頼を断ることは出来ないことを先に言っておく」
周りの席から立ち上がるものはいない。
だがそこでふと違和感に気付く。
立ち上がらないが全員の視線がこちらを向いているのだ。
弱小の俺らは帰れとでも言いたいのか。
そう思ったが若干視線の先が違った。
視線は全て自分たちの隣、ジンたちに向けられている。
(まあ、さすがにコイツら畑違いだからな…)
視線が向けられるも眼鏡の男が立ち上がる気配はない。
「よろしい、では辞退は無しということで進行する。続いて依頼内容の説明だが、この方に行ってもらう」
そう言って禿頭の男が身を引くと、突然背後の奥に設置されている特大パネルに一人の少女と、その背後に付き従う厳つい面の老人が映し出される。
木更を含む社長格全員が泡を食ったかのように慌てて席を立ち上がった。
『ごきげんよう、みなさん』
大量の雪が降り込まれ、まるでそれが集まってウェディングドレスの様な服装を作っているように錯覚させられる服装。
それと同じくらい肌も白く、頭髪に至っても全体の白の中にあって尚映える銀髪。
聖天子。
10年前のガストレア戦争によって旧日本は事実上5つのエリアに分かれた。
その一つである東京エリアの統治者、その3代目。
人間離れした美貌と優しい心、気高い誇りを持ち、代々女傑揃いの先代、先々代と比べても圧倒的な支持を得ている。
そしてその絶世の美少女の後ろに佇んでいるのは聖天子付補佐官、天童菊之丞。
齢70にしてガタイだけなら護衛官でも通りそうな偉丈夫で、しゃんと背筋の伸びた長身と袴姿からは得も言われぬ威厳と威圧感がある。
そして、木更の祖父であり――敵でもある。
一瞬木更と菊之丞の視線が交差し火花が散る。
2人の確執を知る身からすれば生きた心地がしなかった。
そしてそれとは別に胸中に言い難い不安が渦巻く。
防衛省、大量の民警、強制力のある依頼、そして―――ゴッドイーターと聖天子。
なにかとんでもない事件に巻き込まれつつあるのではないか。
『楽にしてくださいみなさん、私から説明します』
そう言っても誰一人着席するものはいなかった。
当然だろう。これほどの権威者を前にして緊張しない者など―――
「ふぁ、眠ぃ…」
……横にいる黒髪の少年くらいだろう。
『と言っても依頼内容は至極シンプルです。依頼内容は2つ。1つは昨日東京エリアに侵入し感染者を一人出したガストレアの排除。もう1つはこのガストレアに取り込まれていると思われるケースを無傷で回収してください。報酬はこちらになります』
――ケース?
などと思っていると、パネルの中に別のウィンドウが出現し報酬金額を提示した。
そこに示されていたのは破格を通り越した馬鹿げた大金だった。
あまりの金額に流石のジンも目を見開いていた。
周囲も困惑しているのかざわざわとした囁き声が聞こえてくる。
「質問よろしいでしょうか」
木更が静かに挙手していた。
『あなたは…?』
「天童木更と申します」
『!…お噂は聞いております。質問とはいったい?』
「ケースの中には何が入っているのでしょうか」
『……妙な質問をなさいますね天童社長。それは依頼人のプライバシーに関わりますのでお答えできません』
「納得できません。感染源ガストレアが感染者と同じ遺伝型を持つという常識に照らすならば、感染源もモデルスパイダーのはず。その程度ならウチのプロモーター一人でも倒せます」
そう言った後こちらをちらりと見る。不安そうな視線で「多分ですけど」と付け加える。
失礼極まりない。
「問題は2つ。何故そのような簡単な依頼を破格の依頼料で、しかも民警トップクラスの人間たちに依頼するのかということ。そして――」
「何故私たちがこの場に呼ばれたのか、と言うことだね」
そう言って依頼内容の説明当初からずっと黙っていた眼鏡の男が話に割って入った。
「話の途中に申し訳ない、聖天子様。私としても同じ疑問を持っていたものでね」
『……榊博士』
聖天使がそう言った直後、再び会議室内に驚愕した気配が満ちる。
かくいう蓮太郎も驚いていた。
ペイラー・榊博士。
現存するほぼ全てのオラクル技術の生みの親にして今尚研究を続ける研究者。
名前だけなら下手をすれば聖天使以上に知名度があるだろう。
「今回の依頼、討伐対象に含められているのはガストレア一体のみ。アラガミ討伐を生業とする我々が呼ばれるのは腑に落ちない。更に言うなら、これだけの民警の方々に依頼するのならガストレア討伐の素人は足を引っ張る結果にしかならないはずだ」
『……』
「にも関わらず呼ばれたということは何か理由がある。考えられるとすれば、我々の介入が想定される場面があるのか、ケースの中身が形振り構っていられないほど重要かつ危険な物なのか、はたまたその両方なのか。邪推してしまうのは当然なのでは?」
『……それは知る必要のないことでは?』
「確かに。私個人としてはケースの中身は実に気になるところだが、今はこのエリアのゴッドイーターたちを統括する立場にある。今までとは勝手がまったく違う危険度未知数の任務に彼らをおいそれと放り込むわけにはいかない。そしてそれは天童社長も同じだろう」
「ええ。あくまでそちらが手札を伏せたままなら、ウチはこの依頼から手を引かせていただきます」
『……ここで席を立つとペナルティが発生しますよ』
「覚悟の上です。このような不明瞭な説明のみで社員を危険に晒すわけには参りませんので」
肌がピリピリするような沈黙が満ちる。
蓮太郎は木更の発言が正直意外だった。
来る途中では政府の依頼は断れないと言っていたはずなのに……。
何かを言おうとするがその直前に何者かのけたたましい哄笑が響き渡った。