ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~ 作:ミドレンジャイ
蓮太郎は両手をポケットに入れ、溜息を吐きながら夜道を勾田総合病院に向かって歩いていた。
本当に今日は碌なことが無かった。
危険な匂いしかしない仮面の男に殺されかけ、ガストレアに遭遇していざ交戦しようとしたら相棒に急所を蹴られ、ガストレアにも殺されかけ、ゴッドイーターの少年に嵌められて大恥をかき、その過程で刑事にまで殺されかけた。
人生の中でも最高速度を出したんじゃないかという程の走りを見せたのにタイムセールに間に合わず、大量に購入していたおばさんに土下座も辞さない勢いで頭を下げ2袋だけ譲ってもらった。
その後で刑事から仕事の報酬を受け取っていないことを思い出し慌てて連絡すると、
『あんれぇ?俺はてっきり無料の奉仕だと思ってたんだがなぁ?まあ、過ぎたことだし今回は無料キャンペーンってことにしようや。次に事件があったら優遇してやらんでもないし?そんでそんときゃコキ使ってやんよファハハハハハハハッ!!』
という哄笑と共に一方的に通話を切られた。
お蔭で今月の収入はゼロ。
延珠を先に帰し、フラフラになりながら会社(1階ゲイバー、2階キャバクラ、3階本社、4階闇金の素敵物件)へ報告に行くと問答無用の鉄拳制裁が待っていた。
その後は仕事の内容を確認した後、触られたくない両親の事に触れられ軽い逆ギレ状態で会社を飛び出し今に至る。
思い出すだけで長い溜息の出る内容だ。
とりあえず明日にでも調子に乗られない程度に謝ろう。
そう決意しながら夜空を見上げると、所々に星が散り、3年程前に謎の緑化を果たした月が浮かんでいた。
顔パスで病院の受付を通り、地下へと通じる長い階段を下りる。
この先にあるのは本来なら霊安室なのだが、そこを勝手に改造して死体と共に暮らす
その変人が目的の人物なのだから再び溜息が漏れるのも仕方ないことだろう。
悪魔の意匠がしてある扉の前で一度立ち止まる。
「……毎回思うが病院にコレはねぇだろ」
そう思いつつも両開きの扉を開け中に入る。
全体的に広いが薄暗く、緑のタイルが敷き詰められた床は手術室を彷彿とさせる。
あちこちには下着など雑多な物が散らばり生活臭がした。
「せんせー、どこだー」
「ここだよ」
呼んでみると背後から返事が聞こえ、そちらに振り向くと――
「うぉ?!」
生々しい筋肉質の男の死体が間近にいた。
この手の怪談が苦手な蓮太郎が心臓をバクつかせていると「バアッ」という声と共に一人の女性が現れた。
引きずるほど長い白衣、不健康なほど白い肌、手入れのされていない伸び放題の髪のせいで目元が半分隠れている。
これだけ聞くと存在感が希薄で幽霊のようにも見えるが、よくよく見ると凄まじい美人であることが分かる。
室戸菫。類まれな頭脳を持つガストレア研究者だ。
加えてこの地下室の女王であり、五体投地しない限り外に出ず備蓄した食料の続く限りここに引きこもり続ける重度の引きこもり。
「やあ蓮太郎くん。
「ようこそ、じゃねぇよ先生!おどかさないでくれ!」
「おやおや、相変わらず彼はこの手の怪奇は苦手のようだよチャーリー」
そう言って徐に誰かに話しかける菫。
だがこの部屋には現在、蓮太郎と菫しかいない。
「……チャーリーって誰だよ」
「目の前にいるだろう?紹介しよう、私の恋人のチャーリーだ、本名は忘れた」
「前はスーザンって女性じゃなかったっけ?」
「彼女は残念だがもういない。代わりの彼だ。死体は良いよ、無駄口きかないし。私の気持ちを分かってくれるのは彼らだけさ」
そう言って死体に愛おしげに頬擦りをする。
座右の銘を「この世には死体と、これから死体になるものしかいない」と言って憚らない女性を蓮太郎は寒々しさと諦めの混ざり合った視線で眺めていた。
「あ、そうそう。君が倒した
「ああ、その件について話が「いくらなんでもあれはないよ」え?」
仕事の話をしようと口を開くが菫がチャーリーと一緒にズイッと迫ってきた。
「着弾の衝撃で肉が傷んでるし、弾がいろんな方向に散らばっている。極め付けに頭部には呆れるような大穴があいているじゃないか。一体何がどうなったらあんなことになるんだい?」
「いやあれは――」
「の○太君だって驚くほどの欠点がある中で射撃が得意という長所があるだろう?だというのに君ときたら呆れるほど欠点がある中で更に長所と呼べるものが無い。もう最悪じゃないか、救いようがない。ぶっちゃけ聞くが何でまだ自殺していないんだい?もうこの世に希望も願望も何一つ無いだろう?」
「俺はそこまで絶望的なのか?!だいたい頭部の穴は俺がじゃねぇ!」
「ほう、じゃあ誰が?」
「そのことも含めて色々話すよ。先生に訊きたいこともあるし」
「成程ねぇ…ゴッドイーターの乱入か」
現在、蓮太郎は死体もかくやという程の青い顔で話をしていた。
というのも菫の創作料理のせいだ。
饐えた臭いのする真っ白いオートミールの様な何かが料理と言えるならだが。
兎に角それを食さない限り口を開かないと言われて恐る恐る一口食べてみたが、一瞬で舌から喉に至るまでを凄まじい疼痛が駆け抜けた。
一体何を使えばこんなものが出来上がるのかと聞くと、原材料は死体の胃の中から出て来た溶けかけのドーナッツ。
それを聞いた瞬間、洗面器に駆け込み胃の中を全リバース、今に至る。
因みに菫は同じものを美味しそうに完食していた。
「……何で先生はあんなゲテモノ食えんだよ」
「何を言っている、『マトリッ○ス』に出てくる『ゲロッグ』を食べているようで美味かったぞ?ぐりとぐらのパンケーキ、ラピュタパン、ゲロッグ、これらの食べ物は二次元世界における食べてみたい食べ物のトップ3だね」
「ゲロッグだけおかしい…」
「大体私をゲテモノ食いなどと言っていたら神機使いの連中なんてこれの比じゃないぞ」
そう言いつつ菫は電子レンジから再びゲロッグを取り出した。お代わりの様だ。
ゲッと呻く間にも再び美味そうに食べ始める。
「君はそもそもゴッドイーターをどんな存在だと認識している?」
「……『アラガミ』から人類を護る守護者」
「30点と言ったところだな。それでは部分点も与えられない」
椅子に座ったまま菫は徐に話し出す。
「今でこそこの世界は『ガストレア』と『アラガミ』と言う二つの強大な脅威に晒されているが、出自自体はアラガミの方が早い。今世紀初頭には既に存在が確認されている。それくらいは知っているだろう?」
「まあ…」
「とは言っても最初から人類の脅威だった訳ではない。奴らの体を構成する『オラクル細胞』は発見当初はむしろエネルギー資源問題を解決する手段になるだろうと期待されていた」
「…だがそうはならなかった」
「そうだ」
ニヤリと笑いながら続ける。
「オラクル細胞の最も特筆すべき特徴はあらゆるものを『喰う』ことが出来るという点だ。それが有機物だろうと無機物だろうと超有害の核廃棄物だろうとお構いなしにな。そして喰った物の情報を自らに取り込み、学習し、進化する。そうして多様な進化を遂げたアラガミによって人の文明は一度崩壊した」
「…………」
「さてここで再び問題だ。多様な進化を遂げ脅威となったと言っても人類にも銃火器なり抵抗の手段はあった、なのに何故文明崩壊レベルまでの大敗を喫したと思う?」
「………抵抗はした。だが効かなかった」
「正解」
いつの間にかゲロッグは無くなっていた。
「奴らを構成しているオラクル細胞の結合力は並みじゃない、それこそ既存の兵器が無意味なくらいにな。当時の人たちは絶対の捕食者を前になす術もなく喰われて死んでいった。そんな時だよ、生化学企業フェンリルが『神機』を開発したのは」
「神機……」
「人が扱えるよう人工的に調整されたアラガミのコアを用いた、いわば『アラガミを倒す為のアラガミ』さ。だが調整したと言ってもオラクル細胞が使われている以上、持ち主も神機に食われかねない。そこで人にもオラクル細胞とそれを抑制するための偏食因子を組み込んだ。そうして初めて人類は神機を扱えるようになり、アラガミへの対抗手段を得た。そして生体兵器『神機』を用いてアラガミを倒す者たちこそが――」
「『神を喰らう者』ゴッドイーター、か……」
「彼らの特徴として挙げられるのはオラクル細胞を取り入れたことによって身体能力が飛躍的に向上したことだ。腕力は巨大な神機や電柱を軽々扱い、速力も恐ろしいほど速い。個人差はあるが回復力に関しても急所を突かれて即死でもない限り余程の重傷でも完治する。噂では植物状態から意識が戻って生活できるレベルまで回復した例まであるそうだ」
「マジかよ……」
「
「まぁな…」
「では一つ賢くなったところで君の方の話だ」
そう言って菫は足を組み替えながら話を別の話題へと移す。
主に蓮太郎がここに来た目的についてだ。
「君が聞きたいのは大方、君が倒したステージⅠの解剖所見についてかい」
コクリと頷く。
「あのステージⅠは感染源ではなく感染者――ガストレア化した
「そうさねぇ……」
使っていたスプーンを口に咥えながら思考する菫。
「君はハエトリグモの特徴を知ってるかね?」
「特徴は体色だろ。あとジャンプして獲物を獲るのは有名だ」
「その通り。だが、凄まじい跳躍力を持つハエトリグモが人間大の大きさになったからといって、元通りの何十倍もの跳躍力を示すものではない」
「え?そ、そうなのか?」
「それほどの巨体になれば自重も自分で支えられないし皮膚呼吸もままならない。通常ならこんな生物はあり得ない。だが―――ガストレアウィルスはその全てを覆す」
謎めいた笑みを浮かべ一拍置く。そのまま黙って先を促す蓮太郎。
「ガストレアに変化する際、その大きさに応じて皮膚の硬度の強化や体機能の向上が起こる。故に奴らはデカいほど硬いし筋力も強靭だ。しかもただ複製を作るのではなく宿主のDNA情報を解析し最適な形状にデザインし直す。そして問題なのはその速度だ。宿主のDNA情報を書き換えていく浸食速度は最早地球外生命体と言ってくれた方がよほど納得できるほどだ。そして体内浸食率が50%を超えると形象崩壊というプロセスを経て生物はガストレアとなる。その過程で突然変異による進化の跳躍をする個体も存在する」
「進化の跳躍…?」
「ようは本来なら持ちえないオリジナルなユニーク能力だ。見つかっていない感染源もそうなんじゃないか?」
「だとすると光学迷彩のようなものか」
「もし本当に光を捻じ曲げるような能力を持っていたら明日にでも感染爆発だな」
「そうならない様に
「延珠ちゃん、ねぇ…」
「……なんだ?」
「時に私は『呪われた子供たち』が気味が悪くて仕方無くなるよ。10年前、ガストレアが出現し始めたのとほぼ同時期に、それに対抗するかのようにウィルスの抑制因子を持った子供たちが生まれてきた」
「普通人間がガストレアウィルスに感染して異形化するのは血液感染のみだ。口から入っても
「まさしくその通り。だが口から入った場合、感染はせずともすぐには死滅しない。そしてたまたま妊婦の口に入った場合、胎児にその毒性が蓄積され生まれてくることがある。それが『呪われた子供たち』だ。彼女らは生まれてくる時は瞳が赤いが姿形は紛れもなく人。つまり感染しながらもその浸食速度が極めて遅い特異な存在だ。理論上はイニシエーターとして戦わせず普通の暮らしをすればガストレア化もせずに寿命で死ぬ」
そこまで語ったところで椅子の背もたれに体を預けながら、自分の額をトントン叩きつつ話を締めくくる。
「とまあ、君のような頭の悪い学生の為に割と噛み砕いて教鞭をとったがどうかね、考えは纏まったか?」
「先生からしたら人類の9割9分が頭悪いだろ…。まあ一応な、擬態やカムフラージュ方面で探ってみる」
そう告げて踵を返す。
「じゃあ俺はもう行くぜ」
「何だい、もう帰るのかい」
「居候が腹空かせてるだろうからな」
「もう少しいたまえよ、折角この素晴らしき
「……………………………………」
死体しか愛せない張飛がミスキャストとかほざくな。
そんなことを思いつつゲンナリした蓮太郎はそのまま黙って地下室をあとにした。