ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~ 作:ミドレンジャイ
「死ぬ前に、何か、言い残すことは、あるかしら、里見君?」
目の前には大変ご立腹であらせられる上司の女社長が仁王立ちしていた。
上司とは言ったが年齢は蓮太郎とそう変わらない。
金持ちお嬢様が通う美和女学院の黒いセーラー服に袖を通し、そこから僅かに覗く肌は雪のように白く肌理細かい。
髪は肌と対照になるかの様に黒いロングのストレート。
威圧するかのように腕を前で組み、元から豊満な胸を更に強調している。
眼光がこちらを射殺さんばかりの鋭さでなければ素直に可愛いと思っただろう。
天童木更。10年前蓮太郎が引き取られた名門・天童家の末娘であり、民警・天童民間警備会社の社長だ。
その社長に睨まれて冷や汗を流しつつも全力の抗弁を試みる―――虫の鳴くような小さな声で。
「す、過ぎたことは仕方ねぇだろ…」
「こ・の・お馬鹿!!」
ブンッ!!と腰の入った良いパンチが放たれる。
が。
サッ
ゴンッ!!
すんでのところで蓮太郎が避けると、元々壁際にいたせいで思いっきり壁を殴ることになった。
「……あー、き、木更さん…?」
「~~~~っ!!何で躱すのよっ?!腹立たしいわね!」
「無茶苦茶言うな!」
再び拳を振り上げて追いかけてくるので慌てて逃走に入る。
―――チクショウ、厄日だ…。
そう思いながら蓮太郎は今日の出来事を振り返っていた。
あの人を食った様な少年との出会いを…。
ゴッドイーター。
存在としての知識は知っているし遠目に見かけたこともあるが実際に会うのは初めてだ。
自らの体に『特殊な細胞』を埋め込んだ人間。
常人には扱えないであろう巨大な兵器を軽々操り戦う者たち。
ガストレアと対をなすもう一つの脅威から人類を護る守護者。
それが目の前にいる少年の正体。
「成程な、合点がいったぜ。道理で電柱を素手で引っこ抜いて運ぶなんて馬鹿な真似が出来るわけだ」
謎は解けたとばかりに頷く刑事。だがすぐにまた疑問に満ちた表情を浮かべる。
「だが、何故お前さんのような輩がここにいる?ここら一帯は封鎖した筈だが…」
言われてみて蓮太郎も気付く。
確かにそうだ。自分たちは
実際逃げ遅れた男の子がいたように、封鎖エリア内に関係者以外がいては避難した意味がない。
そう思っていると神斬ジンと名乗った少年は気の抜けた顔で、
「あーそれ?何かデカい音がして面白そうだったから来ただけ」
等とのたまった。
唖然とする一同。だがすぐに怒声が上がる。
「馬鹿野郎!!俺たち警察が何の為に辺りを封鎖したと思ってやがる!!」
「アンタ、ガストレアを舐めすぎだ!!今回は運が良かっただけで次は死ぬぞ?!」
「蓮太郎の言う通りだぞ!”ごっどいーたー”だか何だか知らないが無茶なことをするな!」
一気呵成に糾弾する3人。
それを聞いていたジンは頭を掻きつつ、逃げ遅れた男の子の頭に手を乗せた。
「ごもっとも。たが俺が居なかったらコイツ、今頃死んでるぜ?」
いつの間にかその顔は気の抜けたものではなく、プロのそれになっていた。
「オッサン、封鎖は良いがちゃんと名簿の確認を行ったのか?行ったのだとしたらこれはちょっといただけない。警察の本分は馬鹿の逮捕じゃなく人命の安全確保じゃねぇのか?」
「ッ!」
「延珠っつったか、嬢ちゃん?無茶するなと言ったがお前の方がよほど無茶だ」
「な、何…?」
「オッサンたちが来る前、一人で戦おうとしていたな。相手の能力も分からない、応援が何時来るのかも分からない、逆に相手には仲間がいるかもしれない。挙げたらキリがないが不確定要素の多い中での単独戦闘はただの自殺だ」
「うっ…」
「で、てめぇが一番敵を舐めすぎだ」
「……」
「どんな奴だろうがまずは機動力を奪うのが定石。あの場合、狙うなら跳躍直後の脚だ。なのに適当にバカスカ撃ちやがって…。挙句、急所にも当たらずカウンターを食らいそうになる。心の底で舐めきって油断していた証拠だ。お前が今生きているのはそれこそ運が良かったからだ」
「……」
「俺がいなけりゃこのガキは食われてたか、下手すりゃ
先程までふざけていた人物とは思えないほど客観的かつ冷静な評価。
その視線は命のやり取りを数多くこなし、相当数の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の勇のそれだ。
「……アンタの言う通りだ。皆、すまん。
そう言って頭を下げる蓮太郎。
それに続くようにして多田島と延珠も反省する。
「警察の方にも不手際があったのは事実だ、俺からも謝罪させてくれ。すまなかった」
「うぅぅ…ごめんなさい……」
何ともいえない空気が漂う。
そんな中、今まで黙っていた男の子が歩いてきた。
そして、
「た、たすけてくれ、て、あ、ありがと、ござました!」
慣れない敬語を使って精一杯の感謝を笑顔と共に贈った。
それだけで沈んでいた空気が和らいだ気がした。
「まっ、結果的にガキは無事だったし、お説教みたいな話は終わり終わり!」
「そうだな……では、改めて…」
時計を見た後、蓮太郎はピシッと背筋を伸ばして多田島に敬礼する。
「2031年4月28日
「ご苦労民警の諸君」
形式的に多田島も敬礼を返す。
目線を交わしあうと、どちらともなく笑みがこぼれた。
そこに空気を読むことを知らない、と言うより分かっていて横槍を入れるからかうような声が挟まれる。
「とどめ俺なんだけどなー」
急激な脱力感が2人を襲った。
「そう言えば蓮太郎」
「なんだ?」
「タイムセールの時間はいいのか?」
「え?………あっ!」
ポケットからチラシを取り出し確認し、そのまま青い顔になる蓮太郎。
そのまますぐに何処かに駆け出そうとする。
「なんだ、もうどっか行くのか?」
「ああ、また機会があったらゆっくり話させてくれ!警部も仕事あったら回せよな」
「お、おう。………あー、なんだ、その、あれだ。さっきは、まあ、助けてくれて「えっ?なんだって?!」……いや、いい。てか何をそんなに急いでいるんだ?大事な用でもあんのか?」
「モヤシが一袋六円なんだよっ!!」
「「……モヤシ?」」
走りゆく2つの影を見つつ多田島茂徳と神斬ジンの呟きが重なった。
唖然としていると、手分けしてガストレアを捜索していた部下たちが到着していた。
その内の比較的若い刑事が駆けてくる。
「主任、無事でしたか」
「おう、お疲れさん」
「あいつら
「さあな。そういやIP序列を聞いてなかったな」
「…………」
「…?どうした?」
「…俺、まだガストレア事件の担当は片手で数えられるほどですけど、その都度思うんです」
若い刑事は多田島と同じく走りゆく二人の背を見ていた。
いや、正確には延珠の方を。
「ガストレアが化け物なら……
「……」
多田島は答えない。
いや、答えられない。
今の世界では確かに彼女らを化け物として差別する風潮は強く存在する。
実際イニシエーターが普通の人間か、と聞かれたら答えは否だろう。
だが――――
「眠てぇこと言ってんじゃねぇよ兄ちゃん」
黙っている多田島に代わり答えたのはジンだ。
今まで気付いていなかったのか、若い刑事はあからさまに驚いていた。
「な、何だお前は?!いつから?!」
「最初からだよ、タコ」
「馬鹿な、なら気付かないわけが…」
「気付かないのには兄ちゃんの注意不足だマヌケ。あと俺の消音スキル舐めんなや馬鹿が」
流れるように相手を馬鹿にするジン。
流石に何か言い返そうとしてくるが、その前にまた口を開く。
「なあ、兄ちゃんたち警察が護ってるモンはなんなのよ?」
「決まってる、住民の安全だ」
唐突な質問に一瞬困惑する刑事。だが間髪入れず胸を張って答える。
「なら、民警の護ってるモンは?」
「…ッ」
「答えらんねぇの?」
「………住民の…安全だ。でも…!俺は
「……そうかい」
答えを聞くとそのままこちらに向けて歩き出すジン。
一体なんだったのかと思う刑事だが、すれ違う時に少しだけ止まり――
「……それでも
「……ッ!」
そのまま歩き去っていく。
若い刑事の胸に葛藤を残して…。