ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~ 作:ミドレンジャイ
「キキッ、随分遅かったじゃないか」
下手すれば2mに届くのではないかという程の長身。体格は細身で、全力で蹴り込めば叩き折れるのではないか。細い縦縞の入ったワインレッドの燕尾服とシルクハット、舞踏会用の仮面を着用した奇妙な格好をしている。
(何だこいつは…?それにガストレアがいない?)
眼前の光景に一瞬目的を忘れかけるがすぐに違和感に気付く。
巨大な体躯を誇るガストレアの姿が何処にも見当たらない。アレが暴れたにしては部屋の原型がそれほど崩れてはいない。
その考えに気付いたのか、仮面の怪人がゆっくりとこちらに首を巡らし、仮面の奥から不気味な視線を寄越してきた。
「感染源ガストレアなら私が来たときには既にいなかったよ」
「……なんだ…アンタ…同業者か?」
「フム…私も感染源を追っているがね、同業者ではない。何故ならね――そこで死んでいる警官を殺したのは…」
男は一拍置き、芝居がかった調子で両手を広げながら告げる。
「私だ」
それを聞いた瞬間には体が動いていた。
体勢を低くしながら瞬時に間合いを詰め、すくい上げる様にして顎に向け掌打を放つ。
「オッ、なかなかやるね」
男は余裕の態度で掌底を同じく下からすくう様にして弾き、流れる動作で逆にこちらに拳を叩き込む。
その威力に蓮太郎はリビングのテーブルまで吹き飛ばされる。
息を詰まらせつつ体勢を立て直そうとすると、既に目の前には拳を振り上げている仮面の男がいた。
慌てて回避するが、それを読んでいたかのように回し蹴りが迫ってくる。
あまりの威力にガードした腕ごと弾き飛ばされ、再び今度は壁まで吹き飛ばされる。
気丈に構えるが、この短いやり取りで蓮太郎は彼我の絶望的な実力差が分かってしまった。
冷や汗をかきつつどうするか思考を巡らせていると、場違いな音が鳴った。
――ピロピロピロ♪ピロピロピロ♪
発信源は仮面の男の携帯電話のようだ。そのまま普通に男は電話を繋げる。
「――ああ、小比奈か。ああ、うん。そうか分かった。これからそちらに合流す「こっちを見ろ化け物め!仲間の仇だッ!」…」
気付くとドアに立っていた警官3名ほどが男に向かって銃を構えていた。
急いで止めようとするが――
パンッ
電話で会話をしながら、振り向きもせず男は発砲。
最初の一発で警官が一人倒れ、何が起こったか分からない他の警察官にもそのまま無造作に発砲していく。
瞬く間に銃を構えていた警察官3人は無力化された。
「―――!!『隠禅・黒天風』ッ!」
瞬時に間合いを詰めて床を強烈に踏みしめ、天童式戦闘術の回し蹴りを放つが―
「ヒヒッ、惜しい」
首の動きだけで回避される。
だがここで終わりでは無い。瞬時に軸足を切り替え追撃の回し蹴りを放つ。
「『隠禅・玄明窩』!!」
今度こそ狙い違わず上段蹴りが男を直撃した。
手ごたえを感じていた蓮太郎だったが、
ゴキキッ!
異様な音を響かせながら、蹴りの衝撃で後ろを向いていた首を直す。
「ああ、なんでもない。ちょっと立て込んでいてね。すぐにそっちに向かうよ」
そのまま何事も無かったかのように手に持ったままだった電話で通話を終える。
それを見ていた蓮太郎は未だかつてない激しい悪寒に襲われていた。
硬直する蓮太郎を男はキキッと笑いながら興味深げに見ていた。
「いやいやお見事。油断していたとはいえ、まさか一撃貰うとはね。君、名前は?」
「……里見、蓮太郎」
「フム…サトミ、里見君ね…」
ブツブツ呟きながら男は割れた窓に近寄っていく。
「覚えておこう。ここで今すぐ殺したいのは山々だが、生憎ちょっと予定があってね。まあ、近いうちにまた会おう」
「…てめぇ、一体何者だ」
「私かい?私は世界を滅ぼす者。誰にも私は止められない。…それでは御機嫌よう、里見君」
そのまま男は窓から飛び降り姿を晦ませた。
男が消えてから少ししてようやく体の強張りが解ける。
荒い息を整えようとしていると、男に撃たれ重傷の警官が担架で運ばれていた。
思わず歯ぎしりをしていると急に肩を誰かに掴まれた。多田島だ。
「しっかりしろ民警!」
「…!」
「この職に就いた時から俺たちだって覚悟は出来てる!今はそれよりもやるべきことがあるだろう!」
多田島の言葉で少し冷静さを取り戻せた。
そうだ、まだ…
「分かってる!『
一通り203号室内を捜索するがどこにもガストレアがいない。
「…どうなってんだ。どこにもガストレアがいねぇぞ?」
仮面の男が自分が来たときにはいなかった、というのは本当だったらしい。
同じく捜査をしていた蓮太郎だったが、ふとあることに気付きそちらの方に視線を向ける。
先程まであの男が立っていた辺り、まさしく血の海となっている場所だ。
そこから更に視線を動かし、警官がめり込んでいた壁を見る。
(壁に付いている血糊が思ったより少ない…?)
これほどの血の海を作るのだから壁にも相当量の血が付いていなければおかしい。
それが無いということは
(この血は警官のものじゃない…別の誰かだ…!)
あの仮面の男は怪我などしていなかった。
そのまま視線を上に向けると
「……警部、この部屋の住人って一人暮らしだよな」
「ああ、岡島純明。男やもめの一人暮らしだ。それがどうした」
蓮太郎は無言のまま天井で見つけたものを指さす。
それを追って多田島も見上げると、すぐに顔を顰めた。
「なんだ、こりゃ…」
そこにあったのは緑色のゲル状の物体。軽く指で触ってみると嫌な感じに糸を引いていた。
「…あの血の海は住人のものだ。一人暮らしであの量は間違いなく致死量」
「……」
「ここで被害者が襲われたのは間違いねぇだろう。そして助けを求めて和室の窓から逃げ出した」
「……あの出血量で普通の人間が動けるわけねぇ」
「ああ、
「~~~~ッ!じゃあ何だ、こういう事か?
「だろうな」
「……迷子捜しにしても洒落にならんぜ」
「警部、至急辺り一帯の住民を避難させて周囲を封鎖してくれ。まだそう遠くには行ってないはずだ、俺たちも外で捜そう。『