ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~   作:ミドレンジャイ

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遅くなってしまい本当に申し訳ありません。
私事が予想以上に長引いていました。
とりあえず一段落したので投稿させていただきます。


第26話 天の梯子

暫く蓮太郎たちは勝利の余韻に浸っていたが延珠がふと思い出したように聞いてきた。

 

「そういえばアイツはどうするのだ?」

 

そう言って見る先には、蓮太郎の蹴りで気絶している小比奈の姿があった。

 

「彼女はもう敵じゃない。それよりも――」

 

プルルルルル――プルルルルル――

 

何かを言いかけた蓮太郎であったが、それに先んじて胸元の携帯が着信音を鳴らした。

ディスプレイに表示されている名前は『天童木更』。

丁度連絡を取ろうと思っていた蓮太郎はすぐに通話に出た。

 

『生きてるみたいね里見くん』

「ああ。約束通り勝ったぜ」

『見てた。本当にお疲れさま。でも、1つ悪いニュースがあるの』

「え?」

『落ち着いて聞いてね』

 

 

 

 

 

『ステージⅤが現れたわ』

 

 

 

 

 

「え?」

 

頭の中が真っ白になって何も考えられない。蓮太郎の本能が木更の言葉を認めるのを全力で拒否していた。

だが、僅かに残った理性が告げてくる。

その言葉に偽りは無いと。

現に電話越しに木更がいる場所の怒号や半狂乱の叫びが聞こえてきているのだ。

 

「全部、お終いなのか…?」

『いいえ。まだ手は残されているわ』

「残されている…?一体、どうやるんだッ」

『答えは君から南東方向にあるわ』

 

藁にも縋る思いで聞いた蓮太郎に木更は簡潔に答えた。

そして首を回して見たのは――

 

「…無理だ木更さん。出来っこねぇ」

『もうそれしか方法は無いわ』

 

文字通り天を貫く2本の長大なレールは、先端が雲に邪魔されて見えないほど長い。

ガストレア大戦時、完成はしたものの試運転すらされずに敗戦の日を見守った超巨大兵器。

『天の梯子』――

 

『あなたたちが最も目標地点に近いわ。時間が無いの、君がやるのよ里見くん』

 

――直径800mm以下の金属飛翔体を亜光速まで加速して撃ち出す、世界最大のレールガンモジュールだ。

呆然と木更との通信をしていた蓮太郎であったが事態は待ってはくれなかった。

 

「おい、さっさと行け」

 

気が付くとジンがこちらに背を向けて神機を構えていた。

一体どうしたのかと思っていると――

 

ザンッ

 

()()()は現れた。

それは巨大な狼のようだった。その大きさたるやここに来るまでに蓮太郎が遭遇したステージⅣより一回りも大きく、黒い体色を基本としながらも首回りや尾にかけて鮮烈な赤い体毛が生えている。

眼光鋭く廃墟となった建物の上に佇む姿は、月光と合わさって魔獣を思わせた。

事実、蓮太郎たちからすれば魔獣に変わりは無い。

通常の狼にはありえない、石で出来た堅牢な装甲で前足を覆っているのだから。

 

「なんだ、ありゃぁ…」

 

知らず蓮太郎の口から呟きが漏れる。見ると延珠も目を見開いて唖然としていた。

 

[ウォォォオオオオオ!!]

「!」

 

その狼は1つ大きく遠吠えを上げると、その巨体からは考えられないほどの速度でこちらに突っ込んでくる。

振り上げられた前足をジンが展開した装甲で受け止めなければ蓮太郎はやられていただろう。

 

「離れろ!」

 

そうジンが叫ぶと同時、蓮太郎は前方から強烈な熱を感じた。

反射的に延珠と後退すると、ジンが爆炎と共に吹き飛ばされてくる。

見ると狼の前足を覆っている装甲の隙間から、僅かに赤々と光る炎が見えた。

 

ガルム

 

大型種に分類されるこのアラガミは巨体故のパワーと狼の俊敏性、それらに炎を併用した攻撃を繰り出してくる強力な種だ。

 

「里見、コイツの相手は俺がやる」

 

吹き飛ばされた先で何とか立ち上がりつつ、ジンは神機をガルムに向けて再度構えた。

 

「俺がやるって…お前1人でやる気か?!」

「アラガミは俺の領分だ。それに誰か足止めしなきゃ、コイツ追ってくるぞ」

「だとしてもその傷でやるのは危険だろ!せめて救援を…」

「呼べたら苦労しねぇよ」

 

先ほどまでの戦闘で既にジンはかなり消耗していた。それは傍で一緒に戦っていた蓮太郎がよく知っている。

そんな状態で戦うのは無茶だと思うが、ジンが相手をしなければあの魔獣は自分たちをどこまでも追ってくるだろうということも蓮太郎は理解していた。

なので、せめて仲間に連絡を取れと促すが、それはすぐさまジンに否定された。

 

「さっきからこっちの無線が機能しねぇせいで連絡が取れねぇんだよ」

「な…」

「そもそもコイツがここにいること自体が問題だ」

 

そう言ってガルムに鋭い視線を向けるジン。

 

「コイツがここにいるってことは『混在領域』付近にいる俺の仲間の防衛網を突破してきたってことだ。だが、あいつらが俺がいなくなった程度でコイツを通すとは思えん。加えての通信機の不調……どうにもキナ臭ぇな」

 

ガルムもジンの殺気に気付き、臨戦態勢を整えていた。

 

「ぐずぐずしてると、東京エリアごと俺らも死ぬぞ?」

「…!」

 

その言葉で蓮太郎は決意した。隣にいる延珠に目配せし、担いでもらって高速移動を開始した。

背後で爆発音が響いたが振り向くことはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スマホに送られてきた地図を頼りに、まるで迷路のように複雑に入り組んだ施設内をひた走る。

目的の地下2階の部屋に木更の案内と地図を頼りにようやくの思いで辿り着いた。

放置されて10年が経つというのに、操作パネルは埃1つかかっていなかった。そのことに驚きつつも、再び木更の指示に従って携帯をコントロールパネルをコードにて接続する。すぐさま20桁のパスワード入力を求められるも、これも木更の指示により難なくクリア。

リンク完了の表示が示され、この場と作戦本部のシステムが接続された。

 

『これより線形超電磁投射装置の起動を開始します。シークエンス、フェイズ1に移行。エネルギーの充填を開始します』

 

女性の合成音声が流れるとともに、目の前でタッチパネルが触れてもいないのに高速でタイピングされ、格納されていた操縦桿が屹立したかと思うと、これも見えない手で操っているかのようにリズミカルに動き出す。本部の方で今まさに発射シークエンスを起動しているのだ。

いきなり衝撃が蓮太郎たちの足元を襲い、思わずたたらを踏んでしまう。『天の梯子』の基部が動き出したのだ。

やがて地面に水平な距離を保つと、それを維持するためにレールの下から6本の長大な足が地面に打ち込まれた。

 

『モードをオンラインに変更、衛星と情報をリンク。主モニタに目標を映します』

 

アナウンスと共に目の前の3面パネル、その正面に遠方の画像がズームで映し出さる。

最初は若干ぼやけていたが、徐々にそれも鮮明になっていった。

 

ゾクッッ!!!!

 

映し出されたモノを見た瞬間、蓮太郎と延珠の背筋に凄まじい悪寒が走り抜けた。

化け物。

()()を表す言葉はこれしかないだろう。

黒茶けた肌は罅割れてイボだらけで、そこからさらに突起が生えている。

計8本の逆棘の生えた鎌状の触手が場所を問わず肌を突き破って生えている。

頭部が異常なまでに巨大化しており、2足歩行で海を割って近づいてくる様は出来の悪い巨人のようだ。

 

「れ、蓮太郎……あれが?」

「……ステージⅤ、またの名をゾディアックガストレア・スコーピオン。世界を滅茶苦茶にした化け物の1体だ」

 

青白い顔で問いかけてくる延珠に答えを返す蓮太郎。だが実際のところ、蓮太郎の顔色も負けず劣らず悪かった。

縮尺から見るに、アレの体長は400m以上はある。そんな馬鹿げた巨体を持つというのに、自重に潰されることなく生命活動を行っていることが信じられない。一体あの体の硬度はどうなっているのだろうか…。

画面の中でスコーピオンはピタッと止まり、触手を全て垂直に立て、自らの嘴も天に向けた。

 

[ヒュオオオオオオオオォォオオオォオォォオォォォオオオオオオオオ!!!!!!]

 

絶叫。

日本中の大気が震えているのではないかと思えるその咆哮には明確な怒りが込められていた。

カタカタと歯の根が鳴るが事態は待ってくれない。

 

『里見くん、ボケっとしないで!』

「!」

『落ち着いて聞いて。ちょっとまずいことになったわ。チャンバー部にバラニウム徹甲弾が装填されていないの!』

「ど、どういうことだよ?」

『打ち出す弾丸が無いのよ!大至……丸を…保……』

「木更さん?!どうしたんだ?!」

 

突如として木更の声が遠くなる。ハッとしてモニターを確認すると、データの送受信が停止していた。恐らくレールガン起動に際する強力な電磁場の影響だろう。

 

『……あとは君がや……里……く……』

「木更さん!嫌だ!俺には無理だ!」

『……世界を………を……救………願……』

 

そこで無情にも通信は切れてしまった。

蓮太郎は呆然としたまま携帯のディスプレイを眺めていたが、けたたましいアラート音に顔を上げた。見るとモニターに大量の警告文が赤々と表示されていた。どうやら長年の放置によって所々で問題が発生しているらしい。

大きく深呼吸し無理やり気分を落ち着ける。

モニターを確認し、諸々の問題をざっと見まわして、蓮太郎は1発だけなら撃てると思った。

逆に言えば1発しか撃てない、ということでもあるが。

右腕をまっすぐに伸ばし、鏃をイメージして指先を窄める。その状態で左手で右腕にあるボタンを押しながら、反時計周りに回転させ右腕を引き抜いた。そのままコンパネのすぐ傍にあるチャンバー輸送用のボルトを引き開け、右腕をセット。右腕はそのままチャンバーに送り込まれロックされた。

蓮太郎の右腕はバラニウムの硬度を遥かに超える超バラニウム製だ。自分の右腕なら問題ないという蓮太郎の考えを裏付けるかのように、モニターに弾丸の解析結果が表示された。

 

『手動トリガーコントロールシステム起動。エネルギー充填率――100%。撃てます』

 

コンパネから先ほどの操縦桿とは別にもう1本、射撃の為のトリガーのついたシンプルな形状のものが出現する。

蓮太郎は祈るかのように固く握り込む。

今、射撃支援のシステムは作動していないため、この狙撃は蓮太郎が手動で目標に撃ち込まなければならない。

 

(無理だ…)

 

現在地から目標まではおよそ50km。

狙撃の世界では1km先の目標に当てるとこが出来れば神業と言われている。例え目標が巨大だったとしても、狙撃の素人である蓮太郎に50kmというのはあまりにも遠すぎる。

モニターの中では今まさにモノリスに達しようというスコーピオンを、自衛隊のミサイルで必死に応戦して凌いでいる。アラートも早く撃てとばかりに五月蝿さを増していた。

 

それでも、蓮太郎の指は固まったかのように動いてくれなかった。

 

膝から頽れそうになった時、操縦桿を握る手に暖かな小さな手が重ねられた。

 

「蓮太郎、妾がいる」

「…これを外したら俺たちは終わりだ」

「蓮太郎なら当たるに決まっている」

「なんでそんなことが言える?!10年も碌に整備されていない兵器を、狙撃素人の俺が使って、50kmも先の目標に当てられる保証がどこにあるって言うんだ!」

「それでも、蓮太郎なら当てられる」

「無責任なこと言うな!俺は――」

「無責任などではない。いつだって、思っている。他でもない蓮太郎だけが、世界を救えるって。そう、思ってる」

 

その言葉にハッとした蓮太郎は思わず延珠を強く強く抱きしめた。

 

「お前を、失いたくない…」

「大丈夫、妾も愛している」

 

どのくらいそうしていただろうか。ふと延珠が蓮太郎に顔を肉薄させた。

 

「蓮太郎、さっきにあれはプロポーズ的なアレと解釈していいのか?」

「あ…………アホッ!家族のlike的なアレだ!10歳のガキが愛を語んじゃねぇよ!大体――」

「なら、木更はラブなのだな?」

「うっ……それを言うんじゃねぇよ」

「むぅ~~、ならば2年だ。2年で妾の方を好きにしてみせる!」

「お前が12歳で俺が18歳か。……余計犯罪チックなのは気のせいか?」

「それ以上は待てんぞ」

「はいはい、分かったよ。期待してるよ」

「………もう、怖くは無いか」

「…ああ」

 

手元を見ると、あれほど酷かった震えがピタリと止まっていた。

改めて操縦桿を握ると、延珠の手が上から重ねられた。

不思議と外す気がしなかった。

 

「延珠」

「ああ」

 

 

 

ゆっくりとトリガーを引き絞る。

 

 

 

その瞬間、あらゆるものを光が包み込んだ。

 

 

 

 

 


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