ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~   作:ミドレンジャイ

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第23話 新人類創造計画

時刻は少し遡る。

鶴井隼人は廃墟となった街のとある建物の屋上にて、長大な狙撃銃を構えていた。

スコープから覗くのは小さな教会だ。

辺りは夜明けが近いとはいえ、まだ暗いというのにそこだけが明かりが点いている。

今、ターゲットはあの教会の中にいる証だ。

周囲には自分と同じように、別の場所で伏して狙撃の態勢にいるプロモーターが複数いる。

地上でイニシエーターと共に肉弾戦を挑む者たちとの比は、大体6:4くらいで狙撃組の方が若干少ない。

 

(まあ、せいぜい脳筋たちには頑張って貰いましょうか…)

 

隼人は一人ほくそ笑む。

いかに自分たちの方が数が多く有利であろうとも、相手は100番台の格上だ。

例え勝ったとしても、こちらにも被害が出るだろう。そして、その被害をわざわざ自分たちが被る必要は無い。

相方の柳葉奈津美にもその旨は密かに伝えてある。

合図とともに肉弾組が一斉に教会へ攻勢に出る算段だが、彼女へは敢えて出遅れるよう指示してある。

他の民警ペアがターゲットを攻撃し、疲弊かもしくは仕留める一歩手前になったら彼女を突撃させ自分たちのペースに引きずり込み、自分の狙撃で仕留める。

 

(獲物を弱らせるのは狩りの基本ですからね)

 

馬鹿げた額の価値のある獲物の首。その獲物を狩るのに使えるものは何だって使う。例えそれが同業者であってもだ。

獲物の首を上層部に渡し莫大な富を築く光景を幻視しながら、隼人は作戦開始の合図の銃声を聞いた。

その音に我に返りながら改めてスコープを覗き、狩りの様子を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予想とは真逆の狩りの様子を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

気づいた時には既に数名がバラバラになり、頭が弾けていた。

黒いワンピースの少女が両手に小太刀を握り、あどけない笑顔を浮かべながら次々に人間を細切れにしていく。

赤い燕尾服の怪人が迫りくる銃弾や剣戟を青白い燐光を発するバリアで防ぎながら、的確に銃弾を叩き込んでいく。

彼らが何かしらの動作を取るたびに、辺りは血に染まり人が物言わぬ屍となっていった。

首を斬られ、心臓を打ち抜かれ、正中線に沿って真っ二つにされたと思ったら、すぐ傍で全身を穴だらけにされた。

そこに大人も子供も違いはなく、等しく成す術もなかった。

 

(なんだこれは…)

 

スコープを覗いたまま隼人は固まってしまった。

レンズの先では伊熊将監が果敢に斬りかかっているが、それすらまるで遊びとでも言わんばかりに軽くあしらい続けられていた。

次第に傷は増え、動きが鈍った隙をつかれ愛剣が半ばよりへし折られた。

折れた刀身の刃先が怪人の手に収まったかと思うと腕がぶれるほどの速度で投擲し、将監の右の太腿を深く貫いてその勢いのまま平屋の奥まで吹き飛ばす。

唖然とその光景を覗いていたが、不意に怪人がくるりとこちらを向いた。

暗くて視界が利かない上に遠方からだというのに、奴は確かに隼人をレンズ越しに見た。

 

 

――まるでそこにいるのは分かっているぞ、とでも言うかのように。

 

 

「ッ!!」

 

気づいた時には引き金を引いていた。

対物ライフルに分類される大型の狙撃銃からそれに見合うだけの大きさを持つ漆黒の銃弾が吸い込まれるように怪人に向かっていった。

完璧なヘッドショット。隼人が撃ってきた中でも会心の一射だった。

だがその一撃も青白い燐光に阻まれ、あらぬ方向にそれてしまう。

唖然とする間もなく事態は動く。

怪人と少女は突如として凄まじい速度で移動を開始する。

一体何がと思っていると―――

 

『ぎゃあああぁぁぁぁああああぁぁ!!』

「?!」

 

ここからほど近い建物の屋上あたりで悲鳴が上がる。

急いでそちらに目を向けると、そこには血の海に伏す一人の男性と小太刀を握った黒い少女がいた。

 

(速すぎる…!)

 

その光景に戦慄していると今度は別の建物から悲鳴が響いた。

そこには先程の少女と同じように、燕尾服の怪人が狙撃組のプロモーターを1人血祭りにあげていた。

 

「…ッ!奈津美ッ、今すぐ戻りなさい!!」

 

無線機越しに相棒の少女に指示を飛ばす。

アレは化け物だ、勝てるわけが無い。

そう判断した隼人はすぐさま逃走の段に入っていた。

柳葉奈津美は馬の因子(モデル:ホース)のイニシエーターだ。

その脚力は相手を翻弄する高速戦闘は元より、こういった非常時の緊急避難にも大いに役に立つ。

故に、前線に送っていた彼女に即刻の離脱を指示したのだが――

 

「奈津美…?おい、返事をしなさい奈津美!!」

 

無線機から返ってくるのは無音のみだ。

まさか、と嫌な予感に駆られていると不意に右腕に違和感を覚えた。

自らの武器である対物ライフルはその大きさ故にかなりの重量があるのだがそれが全く感じられない。

というより、肩辺りから感覚が消えた感じがする。

疑問に思って視線を寄越すと、右肩から先がいつの間にか消え失せていた。

意識したことによって遅れて激痛がやってくる。

痛みに苛まれながら見たのは、黒い少女が切り落とした自分の右腕を剣で刺して弄んでいる様子。

その光景に何かを思う前に、後頭部に何かが当てられた。

 

おやすみ(グッド・ナイト)

 

それが鶴井隼人が見聞きした最後の光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして現在。時刻は午前4時を少し回っている。

東京エリア第1区の作戦会議場は恐ろしいまでの静けさが満ちていた。

彼らが見つめているのは1つの大型モニターだ。

映っているのは4人の人間。

即ち、里見蓮太郎と藍原延珠ペア、蛭子影胤と蛭子小比奈ペアだ。

これは彼らの上空800Mの位置にある無人機がリアルタイムで送っている映像だ。

つまり、つい先ほど14組と1人の計29人もの民警が蛭子影胤ペアによって返り討ちにあった映像も見ていたのだ。

上座の議長席で聖天子は溜息を吐きながら防衛大臣を見た。

 

「現在、付近に他の民警は?」

「1番近くにいる民警でも、到着には1時間以上かかるものと思われます」

 

隣の菊之丞を見る。

 

「聖天子様、ご決断を」

 

暫し黙考し、考えを伝える前に会議室の扉が勢いよく開いた。

 

「何事です!」

 

会議室が色めき立つ中、部屋に入ってきた天童木更は居並ぶ面々に一枚の書状――傘連判を突き付けた。

 

「ご機嫌麗しゅう、轡田大臣」

「こ、これは何の冗談だ!」

「今回の事件、蛭子影胤たちがモノリス外に逃れた時に情報がリーク寸前でした。幸いにもすぐに報道管制が敷かれたお陰で事なきを得ましたが」

 

木更は病院で蓮太郎たちと別れた後、1人別行動を取っていた。

マスコミに対するステージⅤの人為召喚の情報のリーク。

東京エリアに最悪の大絶滅が訪れる可能性がある、等という情報が漏れてしまえば一般市民は壊滅的なパニックを起こすだろう。

だというのに、そんなことをしでかそうとした人間がどこかにいる。

木更はそれを調べていたのだ。

 

「きな臭かったので調べさせてもらいました。そしたらあなたの部下がこんな面白いものを持っていましてね。連判状に書かれている通り、あなたが一連の黒幕です。影胤への依頼も、マスコミ各社へのリークもね」

 

まだ防衛大臣は何かを言いたげであったが、先んじて木更は聖天子に向き直り恭しく一礼する。

 

「聖天子様もスパイを排除せねば落ち着いて議会を進められないのではないかと思い、無礼を承知で馳せ参じた次第です。平にご容赦を」

 

聖天子が菊之丞に目で合図を送ると、彼は冷たい声で一言「連れていけ」とだけ言った。

護衛官がその指示に従い、泣きわめく防衛大臣を引きずって会議場の外に連れ出していった。

 

「それでは私はこれにて」

「天童社長、そうはいきません」

「と、仰いますと?」

「この作戦が終了するまであなたをこの建物から出すわけには参りません。申し訳ありませんがこの会議室に軟禁させていただきます」

「…そういうことならば仕方ありませんね」

「木更よ…よくもぬけぬけとこの場に顔を出せたな」

 

怒気を露わにする菊之丞に対し、木更は泰然と微笑む。

 

「ご機嫌麗しゅう、天童閣下」

「地獄から舞い戻ったか復讐鬼め」

「全ての『天童』は死ななければなりません、閣下」

「貴様…!」

 

果たしてこれが祖父と孫娘の会話だと思う人間はいるのだろうか。

ある程度2人の関係を知る聖天子は冷や汗が止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

海から香る磯の匂いに強烈な血臭が混ざり蓮太郎は顔を顰めた。

それでも視線は揺るがず目の前の敵に集中する。

 

「構えろ延珠」

「分かっている」

 

「準備はいいかい小比奈」

「はいパパ」

 

チリチリとした緊張感が辺りを満たす。

 

「里見くん、物語は最終局面だ。お互い盛大に行こう―――『マキシマム・ペイン』」

 

瞬間、桟橋が爆ぜた。

延珠に担いでもらう形で何とか回避するも、舞う飛沫に隠れた小比奈が高速で斬撃を繰り出してくる。

危うく回避できたが、そのせいで分断されてしまった。

 

「やれやれ困った子だ。小比奈はどうしてもあの子と遊びたいらしい」

 

延珠VS小比奈、同じく蓮太郎VS影胤の形が出来上がる。

 

「あの惨状は全部貴様等が?」

「教会を血に汚したくなかったのでね」

「…ケースはその教会の中か?今すぐ『七星の遺産』をぶっ壊せばステージⅤ召喚を止められるのか?」

「不可能だ。何故なら、私が立ちはだかっている」

「じゃあ、ぶっ倒す」

 

 

 

 

 

 

「では早速ですが天童社長、先ほど里見ペアよりも格上の民警14組と1人が蛭子影胤に挑み返り討ちに遭いました。…里見ペアの勝率は如何程と見ますか?」

「30%程かと。私個人の期待を加味しても良いなら――勝ちます、確実に」

 

その言葉に官房長官が小馬鹿にしたような笑い声をあげた。

 

「天童社長、自分の抱えている社員の強さを信じたいのは分かるがね。たった今、29人もの民警が返り討ちに遭ったばかりだ。おまけに向こうには1人『新人類創造計画』の生き残りがいる。30%ですら君の願望でしか――」

1()()?官房長官、それは間違いですよ」

「は…?」

 

 

 

 

 

 

(分かっていたことだが、強い…!)

 

吹き飛ばされて倒れたまま思う。

満身創痍とまではいかずとも蓮太郎は既に多くのダメージを受けていた。

対して影胤には汚れ1つなかった。

当然と言えば当然。向こうには絶対の盾があるというのにこちらにはそんな盾は無いのだから。

 

「フン…あの身の程知らずの民警共といい、キミといい…本当に期待外れだよ」

 

蓮太郎から奪ったXD拳銃を片手で弄びながら心底ガッカリといった風に嘯く影胤。

 

「そりゃ悪かったな…」

「…私はずっと自分の中の声を信じてキミを待っていた。だというのに――これだ」

 

影胤が放るとガシャン、という音と共にXD拳銃が地に落ちた。

興味が失せたとばかりに背を向ける。

 

「もう飽きた。キミは弱い。そこで東京エリアの終焉を見届けたまえ」

「…待てよ」

 

徐々に離れていく影胤の背に向けて、ヨロヨロとした動作で立ち上がりながら声を紡ぐ。

 

「弱いさ…俺は、確かに弱い。だから、皆が後悔した。だから、信じなくなった…だから…ッ」

「…一体何のことを言っているんだ…里見くん」

 

 

 

 

 

 

「官房長官、詳しくは省きますが、10年前、里見くんが天童の家に引き取られてすぐの頃、私の家に野良ガストレアが侵入、父と母を食い殺しました。その時のショックで私は持病が悪化し、腎臓の機能がほぼ停止しています」

「た、確かに不幸な出来事だと思うがそれが一体―――」

「その時里見くんは私を庇って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ざわり、会議場の空気が揺れた。

誰も彼もがモニターに映る、今も右手で拳銃を握り駆けまわって戦う蓮太郎の姿を見た。

官房長官の唖然とした声だけがその場に響く。

 

「失っ…た?ど、どういうことかね天童社長?彼はどう見ても五体満足にしか――」

 

 

 

『そんなに褒めるな、照れるだろ?』

「?!」

 

 

 

そんな声と共に蓮太郎たちを映しているのとは別の大型モニターにある人物が映る。

手入れのされていない伸び放題の髪から覗く表情は人を小馬鹿にしたような笑みを湛えていた。

 

『御機嫌よう、諸君』

「貴様…室戸?!」

「室戸医師、早速ですが例のものを」

『ははあ~、聖天子様の仰せの通りに』

 

仰々しい一礼と共に、出席している政府上層部のPCや他の大型モニターにもとある資料が表示される。

映し出された資料を一瞥した瞬間、官房長官の顔から一気に血の気が引いた。

 

「これはッ…まさかッ?!!」

「…10年前、瀕死の里見くんが運びこまれたのがセクション22。執刀医は当代きっての神医と謳われた室戸菫医師。そして今手元にあるデータの意味…ご理解いただけましたか?」

 

官房長官は酷く狼狽え、恐怖を露わにしていた。

 

「なんてことだ…彼も、そうなのか?…もう1人、いたというのか?!」

 

 

 

 

 

 

「里見くん、キミは…」

「…影胤」

「!」

「てめぇは…俺が止める……どんな手を使ってでもだ!」

 

どこかにダメージを受けたのか右腕を左手で押さえながら気丈に影胤を睨む蓮太郎。

だが―――

 

「ク、クックックック…」

「…何が可笑しい」

「キミは出来もしない理想を掲げるタイプじゃないと思っていたが――どうやら勘違いだったようだ。…『どんな手を使っても止める』?ならば見せてみたまえよ。この!私に!」

 

明らかに馬鹿にした態度をとる影胤。

歯を食いしばるも、それだけの力を今まで示せなかったのも事実だ。

撃鉄を起こし、影胤はゆっくりと銃の照準を蓮太郎の眉間に合わせる。

 

「キミにはもうウンザリだよ。そうやって叶わぬ理想を抱えながら死にたまえ」

 

 

 

 

 

「キミは実に――弱かった」

 

 

 

 

やけにゆっくりと時間が流れる。

影胤の放った銃弾が自分に向かって飛んでくるのが蓮太郎にはハッキリ分かった。

人は死の間際に不思議な体験をするという。走馬燈などが一番有名かもしれない。

これもその一種なのかと蓮太郎は頭の片隅で考えていた。

なにせ自分には、影胤の様な『最強の盾』など、無いのだから。

だが―――

 

 

 

 

 

『信じてください』

 

 

 

 

 

ここで死ぬ気など―――

 

 

 

 

 

()()()に強い光が』

 

 

 

 

 

毛頭ない。

 

 

 

 

『灯るように』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「信じてみるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――義眼、解放!

 

 

 

 

 

『最強の()』は無いが――

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

『最強の()』ならば、ある!!

 

右手を開き迫りくる銃弾を真っ向から受け止め――()()()()()()()()()

 

「なッ?!!」

「止めるぜ蛭子影胤…ッ、お前に無慈悲にも殺された者たちの為にも、何より木更さんや延珠の為にもッ――必ず貴様を倒すッ!!」

 

みしり、という音と共に右手と右足の人工皮膚が剥がれていった。

現れたのは真っ黒な手足だ。それぞれ、肩から先と股から先の全てが光沢のあるバラニウム特有の輝きを見せる。

左目はナノ・コアプロセッサが起動し演算を開始している。眼も同じく黒く、回転する黒目内部には幾何学的な模様が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「バラニウムの義肢、だと……?里見くん、キミも――?」

「お前に通す義理はねぇが、俺も名乗るぞ、蛭子影胤。元陸上自衛隊東部方面隊第787機械化特殊部隊『新人類創造計画』里見蓮太郎」

 

 

 

 

 

 

「里見さんの義肢と義眼に使われているのは超バラニウム、従来のバラニウムの数倍の硬度と融点を持つ次世代合金です。蛭子影胤が属していたセクション16の戦術思想はステージⅣの攻撃を止められる絶対防御。里見さんのセクション22は真逆、腕に10発、脚に15発仕込んだカートリッジの推進力を利用して超人的攻撃力を生み出す、人をしてガストレアを葬るべくして生まれた『新人類創造計画』の個人兵装です」

 

 

 

聖天子の声が静かに会議場に浸透していく。

 

 

 

「そして今は―――蛭子影胤を倒せる唯一の人類です」

 

 

 

 

 


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