ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~ 作:ミドレンジャイ
今後もこういうことがあるかもしれませんが、なるべく早く更新できるようにしますのでご容赦ください。
長期間更新できそうにないときは活動報告に書き込みます。
勾田総合病院の地下。そこにある霊安室を改造した研究室にて、室戸菫は1人パソコンと向き合っていた。
彼女はその余りに残念な性格が際立ってしまって忘れられがちだが、現在生存している人類の中でも最高峰の頭脳の持ち主の1人である。
今もとある資料を纏めているのだが、同じ土俵の専門家がその資料を見ても半分も理解できないだろう。
黙々と作業していたが、不意にドアがノックされて作業を中断した。
「おやおや、今日はいかがされましたか?天童社長」
入っていたのは木更だった。
だが、その顔にいつもの覇気はなく、どこか陰が差したように見える。
黙ったままの木更を椅子に座らせ、菫はビーカーでコーヒーを淹れ始める。
コポコポという音だけが響く中、徐に木更が口を開いた。
「―先生、その節は…お世話になりました」
「…その節、ね」
コーヒーの準備をしつつ、振り返らずに相槌を打っていく。
「世話なんて焼いた覚えは無いよ。自分の復讐の為にメスを持ったことはあるがね」
「それでも…先生のお陰で里見くんは今も生きています。ありがとう…ございます」
菫の背中へ向けてペコリと頭を下げる木更。
そんな彼女へ菫はニヤァッといやらしい笑みを浮かべながら振り返った。
「どうしたんだい?今日はやけにしおらしいじゃないか。そんなんじゃ里見くんにパックリ喰われてしまうよ?」
「ブッ?!そ、そんなことありません!」
「どうかな?いざとなったら彼は獣にでもル○ンにでも何でもなると思うがね」
カラカラと菫がからかっていると木更はまた黙ってしまった。
再び口を開いたのはコーヒーが差し出されてからだった。
「私…止められなかったんです」
「…………」
暫くコーヒーを啜る音だけが2人の間を満たしていた。
「…木更」
「……」
「止めても行ったさ」
「…!でもッ、あの時私を庇いさえしなければ―」
「あの時、手術なんてしなければ」
「ッ!」
「10年前のあの日、私の世界は激変した。
「……」
「『あの日から恨んだことなんて1度もない』……そう、言ってくれたよ。――木更、私はその言葉を、彼を、信じたいんだ」
何度目かの沈黙が満ちた。
だが、先ほどまでとは明確に違うことが1つ。
木更の目に、覇気が戻る。
「先生――ありがとうございます。……行ってきます」
「ああ、見届けてこい」
霊安室を出て、病院を出る。行先は決まっている。
足早に歩を進める木更であったが、病院を出て数分後に携帯に着信が入る。
「動画ファイル…?」
入ってきたのは1つの動画が添付された空メール。
本文は勿論、件名も無し。アドレスも見たことのないものだった。
今、このタイミングで詳細不明の動画が届く。明らかに何かあるだろう。
それでも、不審に思いながらも動画を再生する木更。
その目が驚愕に見開かれる。
「これは…!」
動画の再生が終了して後、木更はすぐさま移動を再開させ、同時に連絡を取り始めた。
◆
もうあと2時間程で夜が明けるという頃、蓮太郎たちはそこそこ規模の大きい野営の跡地を見つけていた。
恐らく伊熊将監たちがここにいたのだろう。
時間的に彼らはもう作戦を決行しているはずだ。
(急がねぇとな…)
やがてかつて街であったものを見下ろせる小高い丘に着いた。
眼下に広がっている街は恐ろしい程の静寂に包まれ不気味であった。
潮風の影響をもろに受けて劣化した建物の中で、教会と思しき小さな白い建物だけに明かりがついていた。
「あそこか…」
その時、突如として銃撃音が響いてくる。
続いて剣戟音、爆発音等々、明らかに戦闘と思われる音が続く。
「始まったかッ!俺たちも行くぞ!」
「私は残ります」
驚いて振り返ると夏世は背を向けていた。
不審に思っていると、ケースを開いて銃器類を取り出しながら彼女は答えてくれた。
「尾けられてたようです。里見さんには聞こえないのですか?ここで誰かが食い止めなければ、どちらにしろ全滅ですよ」
言われて振り返ると、先ほど出てきた森から様々な唸り声や雄叫びが聞こえてくる。
どうやら仲間と交信しているらしい。
よく見ると、所々暗がりの中に赤く光る眼が見えた。
「だったら俺たちも――」
「里見さんは馬鹿なのですか?既に賽は投げられました。3人でここを守っても、将監さんたちが負けてしまっては意味がないのですよ?民警ならば、今できる最善を尽くしてください」
「それがお前をここに置いて行くってことかよ…?」
「将監さんならそうします。私を置いて、振り返ることなく戦地に向かうでしょう。私も彼の相棒として、道具としてやるべきことを全うします」
思わず拳を強く握りしめる。
「…お前は普通の人間として生きたいと思わねぇのか?そう考える原因が将監にあるのなら……悪いが、俺は
蓮太郎のその言葉を聞くと夏世は背を向けたままニコリと笑った。
「勘違いしているようですが、別に私もここで死ぬ気はありません。劣勢になったら逃げますよ。早めに片が付いたら加勢、お願いします」
まるで気負った様子もなくそう告げる。
すると夏世は振り返り、蓮太郎の目をまっすぐに見つめてくる。
「大丈夫、あなたならきっと勝てます。だから自分を信じてください。―――
「……!」
「将監さんをよろしくお願いします」
◆
朽ちた街を蓮太郎たちは影を縫うように進んでいく。
徐々に先ほどの銃声が聞こえた辺りに着く。
心臓が五月蝿く拍動するが、頭は何故か驚くほど冷静だった。
故に奇妙な点に気づく。
(おかしい…さっきから何も音がしない)
銃撃の音も剣戟の音もまるでしない。
影胤を倒したのなら誰かが勝鬨くらい挙げるはずだ。
勝鬨も、悲鳴も、呻き声すら一切なく完全な静寂が辺り一帯を満たしていた。
やがて足に何かが当たり、延珠がそれを拾い悲鳴を上げて放りだした。
拾い上げたのは生々しい二の腕だった。
腕は長大な狙撃銃を持ったまま切断されており、元は質の良かっただろうスーツが滲んだ血で見る影もなかった。
その時、すぐ近くの平屋の中からごとりと音がして危うく発砲してしまいそうになる。
警戒を最大に強めながら注意深く中の様子を伺うと、そこに1人の大男が壁に寄りかかるようにして倒れていた。
「お前……ッ、伊熊…将監か」
蓮太郎の問にも男――将監は何も答えない。
ただ、ヒューヒューと虫の息だけを漏らしていた
全身の至る所に傷を負い、自慢の大剣は半ばで折れ、折れた刀身の先は右の太腿を貫通するように刺さっていた。
そこでようやく将監に反応が見られた。
「夏世…か…?」
「…!」
どうやら意識も朦朧とし目も耳もうまく機能していないようだ。
「さっさと…俺の、剣…持って来い……次は…負け、ねぇ…」
蓮太郎たちが固まっていると架空の夏世へ向けて将監は話し続ける。
「無茶…かどう、かは……俺が、決め…る……」
「戦い…だけが…俺たち…の居場所…だ…」
「俺も…お前…も、戦いから…離れれば、離れる…ほど…痛ぇ目を…見る…」
「叶わねぇ夢を…語るほど…辛ぇ、思いを…する…ッ」
「だったら、黙って俺…に使わ、れろ…」
「その間…その時間、だけ…が、お前を…正当化、する…」
「……夏世…お前は…俺たちは………正しいんだ…」
そこまで語ると将監は大きく喀血し横に倒れてしまう。
「……ッ!」
気付けば蓮太郎は将監に駆け寄っていた。
最早風前の灯である彼を何とか助けようと荷物を漁った。
(何か、何かないのか…ッ!)
そうしている間にも死神は将監の命を刈り取ろうと迫っている。
焦っていると不意に漁っていた自分のバックから何かが零れ落ちる。
風邪薬のような錠剤が10個ほど連なったものだ。
「ッ!!」
それを見た瞬間、蓮太郎は急いでその錠剤を10個全て取り出す。
噛む力も残っていないようなので、握力で粉々にしたそれらを水で溶かして一気に将監の口の中に突っ込んだ。
咽る力もないのか錠剤を含んだ水はあっさりと将監の体に取り込まれた。
数秒待って、その効果は現れた。
体中にあった傷が完全とまではいかなくとも止血する程度には塞がり、最早真っ白と言っても過言ではなかった顔も血色を少し取り戻した。
意識は未だ無いが呼吸も確認できた。
まだ危険なことに変わりはないが、一時的にでも命を繋げたことに蓮太郎は1つ息を零した。
「蓮太郎、さっきのあれは何だったのだ?」
「先生が榊博士から貰っていたものだよ。神機使いたちが傷を癒すのに使うやつの改造版だそうだ」
不思議そうにしている延珠に蓮太郎は出発前に貰ったものについて説明した。
亜回復錠。
本来神機使いが傷を癒すための回復錠を一般人にも使える様に手を加えたもので、本来の回復錠程ではないがある程度の回復が見込める榊博士からの餞別だ。
倒れる将監を安静に寝かせた後、蓮太郎と延珠は再び外に出た。
「延珠、通りに出るぞ。但し、何を見ても悲鳴を上げんなよ」
「これ以上、何があるというのだ蓮太郎ッ」
蓮太郎は何も答えなかった。と言うより、その必要がなかった。
前方から途轍もなく濃密な血臭が漂ってくるのだ。
「蓮太郎…これは……一体、何なのだ…」
辺りに広がっていたのは文字通りの血の海だった。
その海には様々なものが浮かんでいたが、共通事項として全て人の体というものがある。
驚愕の表情を張り付けたままの頭部、全身穴だらけにされた体、胴体を真っ二つにされ内臓を晒しているものまであった。
よく見ると防衛省で見た顔もちらほらいた。
「パパァ、ビックリ。ホントに生きてたよ」
聞き覚えのある声に振り返ると桟橋の先に2人の人物がいた。
黒いワンピースと2本の小太刀を携えた少女と、赤い燕尾服に同色のシルクハット、舞踏会用の仮面をつけた怪人。
彼らはあれだけの数の手練れの民警を返り討ちにしたというのに、全くの無傷であった。
その事実にもう何度目かの悪寒が蓮太郎の背筋を駆けた。
「…初めて会った頃から、どうにも気になっていたんだ。キミはいつも私の心の何処かに必ずいる」
海を眺めたまま怪人は謳うように問う。
「何故だ?私は強さを求め、強き者を求める」
怪人が語っている間、風が止み、波音さえも聞こえなくなった。
「今までの圧倒的な敗北、恐怖を経験したキミが、私のこの気持ちに答えられる何かを、持っているというのか?」
青く輝く月が、怪人と蓮太郎を照らす中――
「きっと来てくれると思っていたよ。―――教えてくれないか、里見くん」
「影胤……ケースは、どこだ…ッ!」
「幕が近い。決着を着けよう」
戦いの火蓋は切って落とされる。