ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~   作:ミドレンジャイ

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第21話 襲撃前

深い森の一角。薪を火にくべながら、約30人もの人影が一同に会していた。

老若男女関係なく、軍服の様な服装の初老の男もいれば、20台前半と思える私服姿の女性もいる。

ただ、何処を見回しても10歳程の女児は見えても、同じ年齢の男児はいなかった。

彼らの共通点は3つ。

全員が凄腕の民警であること、同じ獲物を狙っていること、そして――欲に忠実であることだ。

 

「だからなんべんも言わせんなッ!奴を追い詰めたら止めは俺がやるっつってんだろ!」

「ハッ、笑わせんな。テメー如きにそんな大役、務まるわけねーだろ」

「そう言うあなたも無理そうよね?見るからに弱そうだもの、囮でも務まれば御の字じゃない?」

「なんだとこの(アマ)ッ!」

「何よ、ホントのこと言っただけじゃない」

「まったく…ここは馬鹿の集まりですか。付き合ってられませんね」

 

喧々囂々と言い合いを繰り返す面々。一体彼らは何をそんなに揉めているのか。

それは、数十分前にある民警のペアが今回の獲物――蛭子影胤と小比奈のペアを発見したことに端を発する。

彼らは手筈通り周囲に展開する他の民警にも連絡を入れた。

依頼当初は一人でやってやろうかと思っていたが、あの会議の場で力の一端を見せられ流石にそれは諦めた。

この考えは恐らく、今回の依頼を受けた民警のペアのほぼ全員共通の考えだろう。

例えどんなに傲慢で驕りの強いペアでもだ。

かくして、彼らは渋々ながらも一時的な共闘の様なものを行うことにした。

そこまではいい。

問題は今回の報酬が莫大であるということだ。

当然、過程はどうあれ実際に目標を仕留めた者により多くの報酬が支払われるだろう。

それを巡って彼らは誰が一番多くの報酬を手にするか、つまりは誰が止めを刺すかという議論を延々と繰り広げていたのだ。

伊熊将監もその一人だ。

 

「ギャーギャーうるせぇな!御託はいいから俺にやらせろ!!」

 

会話の流れを断ち切るかのように割り込む将監。

三白眼の大男が焚火の明かりで暗闇の中に浮かび上がるのは下手なホラーよりもずっと迫力があった。

だが、それに怯むような輩はここにはいない。

 

「ふんッ、イニシエーターと逸れた脳筋が何をほざいているのやら…」

「ああ?!なんだとテメェッ!」

 

茶々を入れるのは若干ロン毛でスーツ姿の優男だ。

長身で顔も良く、眼鏡を掛けた様は知的な雰囲気が漂っている。

そのイケメンも相手を見下すような微笑を伴っていては台無しだが。

獲物は背後に背負う長大なケースに入っているのだろう。

傍に伴っているのは肩口で切り揃えられた黒い髪の女の子。

シンプルな黒のノースリーブシャツと青系統のジーパンというかなりラフな格好だが、着ている素材が良いのか鋭く冷ややかな相貌とも相まって良く似合っていた。

IP序列1707位、プロモーター・鶴井隼人(つるいはやと)、イニシエーター・柳葉奈津美(やなぎばなつみ)

俊敏なイニシエーターが敵を攪乱し、遠方からプロモーターが精密な狙撃を行うという、ある種典型的なペアである。

その序列の高さが示す通り彼らの腕は良く、どちらかの名前を出せば大抵の相手に聞き覚えがある程度には名も売れていた。

尤も性格に難があるということでも有名だが。

 

「そんな年になって相方と逸れるとか馬鹿じゃないの?」

「そう言ってやるなよ奈津美。彼はアレでも頑張って頭を使っている方なのさ」

「そうなの?信じらんないんだけど」

 

このペア、とにかく口が悪いのに定評がある。

エリート思考のプロモーターと子供特有の傲慢な態度が特に強いイニシエーターがコンビを組めばある意味必然かもしれない。

 

「おまけにあの会議じゃ妙ちきりんな奴に思いっきり蹴られて変な顔晒してたくせに」

「ククッ、確かにアレは無様極まりなかったな」

 

その時のことを思い出したのか周りの民警も思わず笑いがこぼれてしまう。

まさかあの“闘神”とも言われている伊熊将監が、股間を蹴り上げられ悶絶する様を見るとは誰も思っていなかったのだから。

だが今の将監の様子もいい勝負かもしれない。

額には青筋が浮かび、視線は相手をそのまま殺してしまいそうなほど鋭く、逆立った髪は文字通り怒髪天だ。

そんな将監に目もくれず貶すことを止めない鶴井と柳葉。

だが――

 

「こんな奴が序列1584位とはな…プロモーターがこれではイニシエーターの方も高が知れるな」

「あの無表情な奴でしょ?絶対大したことないわよ」

「ハハ、違いな――」

 

ここにいない将監の相方まで侮辱し始めた2人だったが、その言葉は最後まで言えなかった。

何故なら将監が先程とは一線を画す殺気を放っていたからだ。

思わず警戒態勢を取る鶴井たち。

周りの民警も笑いがいつの間にかで止み、固唾を飲んで行方を見守っている。

 

「大したことないかどうか…ここで試すか?」

 

背中の大剣に手を掛けながら問う。

一方の鶴見も腰のハンドガンに手を掛け、柳葉に至っては既に力を開放していた。

一触即発の空気が流れる中、良くも悪くも流れを切ったのはドシンッと重く響く音だった。

ここで咄嗟にその場の全員が警戒態勢に入ったのは流石は凄腕たちと言ったところか。

重く響くこの音はガストレアの足音だ。それも聞こえてくる位置から察するにかなり大きい。恐らくステージⅣだろう。

先程とは別の緊張感が場を支配する中、音は少しずつ少しずつ民警たちのいる位置から離れていった。

誰かがフーッと息を漏らす。それに便乗して誰かが提案した。

 

「この場で仲間割れは無意味かつ危険です。報酬の話はもっと穏便に決めましょう」

 

邪魔が入ったとばかりに将監たちもそれ以降は口を利かなかった。

その後しばらくその場で報酬をどうするかを、先程よりかは幾分落ち着いた空気の中決めていった。

だが、その場の誰も気付かなかった。

彼らの上空、目を凝らしても見えない高さに、月の光を浴びながら電子の眼が浮かんでいることに。

その眼を通して、ある人物が薄く笑っていることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら森で爆発物を使ったのは将監と夏世のペアらしい。

蓮太郎たちよりも遥かに序列の高いイニシエーターである彼女が、『未踏査領域』ではいかなる場合でも音を立てない、という鉄則を知らないはずがない。

理由を問うと彼女は膝を抱えて薪の火を見ながら話してくれた。

曰く、彼女らは罠にかかってしまったらしい。

作戦開始地点から進むこと暫く、森の奥から短く点滅するライトパターンを発見し、味方だと思い無警戒に近寄ってしまったらしい。

尤も、青白い鬼火の様なライトなど、今回の作戦に参加している民警は使っていないが。

近寄って強烈な腐臭を感じた時にようやく罠にかかったことに気付いたらしい。

 

「そのガストレアは気持ち悪い花の様なものがあちこちに咲いていて、尾部が発光していました。こちらを見ると歓喜を表すかのようにブルブル震えたんです。…色んなガストレアを見てきましたがアレには足が竦みました」

 

そして殺されると思い、咄嗟に榴弾を使用してしまったらしい。

後は蓮太郎にも想像がついた。

森中のガストレアが起き、追われているうちに逸れてしまったのだろう。

そこで夏世は蓮太郎が何か考え込んでいるのに気付く。

 

「どうしたんですか?」

「ああいや、そのガストレアについてちょっと考えてたんだが……多分そりゃ蛍のガストレアだな」

「蛍?」

「正確には蛍とラン科の植物の混ざった動植混合ガストレアだ」

「!…今の話でそこまで分かるんですか?」

「蛍の仲間には肉食の奴もいてな。他の蛍の発行パターンを真似て、近寄ってきた蛍を捕食すんだ。ラン科の植物も腐臭を放って蠅とかをおびき寄せて花粉を運んでもらう。お前たちが遭遇したのはその類の性質を持つ特殊進化個体だな。人間をおびき出すための発光パターンと臭いを合成したんだ。多分ステージⅢってところだな」

「そんなことが有り得るのですか?」

「ガストレアはそうやって人間の裏を掻く。頭の悪い生物に人間は負けねぇ」

「……よく見てもいないガストレアの種類を当てられますね。里見さんって生物オタクなんですね」

「グッ、うるさい…」

「その顔だと幼少期に蟻の巣を水没させる暗い遊びで悦に浸っていたと見ました。ええ、楽しいですものね、分かります」

「顔で判断すんじゃねぇよ失礼な!」

「違うんですか?」

「………当たりだけどよ」

 

項垂れる蓮太郎を見て夏世は初めて楽しげに眼を細めた。

 

「あなたといると退屈しませんね、……少し、延珠さんが羨ましいです」

「………お前は、伊熊将監の様なプロモーターといて楽しいのかよ?」

「……………イニシエーターは殺すための道具です。是非などありません」

「違うッ!!」

 

思わず大声を出してしまった。

夏世が驚いた顔でこちらを見ているが関係ない。

その言葉だけは違うと信じているから、自信を持って断言できるから。

 

「お前も、延珠も……道具なんかじゃねぇ」

「……里見さんは人を殺したことがありますか?」

「え…?」

「私はありますよ。ここに来る途中も出会ったペアを殺しました」

「?!何故そんなことをしたッ………!」

「将監さんの命令です。今回の手柄を他の民警に渡さない為のようです」

「……お前は、それで何とも思わないのかよ?」

「怖かったです。手が震えました。でもそれだけです。2回目ですし、じきに慣れるかとおも―――」

 

気付いた時には彼女に掴み掛り、床に押し倒すようにしていた。

 

「フザケんじゃねぇ!殺人の一番怖い所は慣れることだ。人を殺しても罰せられないと知った時、人は罪の意識を忘れていく」

 

蓮太郎のその言葉にも夏世は表情を微動だにしなかった。

 

「……岡島純明」

「!」

「覚えていますよね、この事件の発端となったモデル:スパイダーの犠牲者の名前です。彼の様に人からガストレアになり、私たち民警に殺される例は幾らでもあります」

 

確かにその通りだ。

その悍ましいまでの増殖力を持つ奴らに対抗するための民警なのだから。

現に今いるこの『未踏査領域』にいるガストレアの中にも、『元』人間は多くいることだろう。

 

「そんな時、人々の心に浮かぶ言葉は『駆除』や『退治』。……でも、本当は分かっているはずです。それが紛れもない『人殺し』であると」

「………ッ!」

私たち(イニシエーター)の仕事はガストレアを殺す(退治する)ことです。………例えそれが『人』であろうとも、私たちは持ち主(プロモーター)の道具として従うだけです」

 

これほどもどかしく思ったのは蓮太郎には初めてだった。

そうではないと、そんなことは無いとこの少女に分からせたい。

だというのに、自分ではその言葉を見つけることが出来ない。

精々出来るのは、今思っていることを、可能な限り言葉に乗せて伝えることくらいだ。

 

「…延珠は『殺しの道具』なんかじゃない、『人間』であり俺の『家族』だ!お前だって――」

「里見さん……それは綺麗ごとです。家族なら、本当に大切に思っているなら、危険なことはさせず東京エリアで帰りを待たせるべきではありませんか……?」

 

夏世の瞳がまっすぐに蓮太郎を見上げていた。

 

「……悪ぃ。俺、何偉そうなこと言ってんだろな…」

「どうして、謝るんですか…?」

「え…?」

「里見さんの言っていることは正しいです。正しいのに。私、今変なんです。よく分からない気持ちです。反論なら即座に幾らでも思い浮かべられるのに、それをしたくないんです。……こんな気持ち、初めてなんです」

 

気付くと夏世の眦から一筋の涙が零れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く、インスタントのコーヒーを飲みつつ、静かな時を過ごした。

トーチカから覗く空には、青く輝く月が覗いている。

トーチカの中には長年放置されてきたためか、いたる所に当時の銃火器が錆びた状態で放置されていた。

ふと、蓮太郎は気になったことを隣でコーヒーを息で冷ましている夏世に訊いてみることにした。

 

「お前は、『今の世界』をどう思ってる?」

「…私にとっては今が『普通』ですから。そう言う里見さんは?」

「……ひどい世界さ。でも、ガストレアが現れてからこの10年で、ここまで順調に復興を遂げてる」

「今の時代に行われているのは、本当に健全な復興なのでしょうか」

 

何故か、その発言にドキリとした。

 

「……どうして、そんなことを?」

「私は大戦を知らない『無垢の世代』です。しかし、大切な我が子を目の前で貪り食われ、愛しい恋人を醜いガストレアへと変貌させられた『奪われた世代』の胸中には、剥き出しの憎悪や憤怒が見え隠れしているように見えます。世道人心は乱れ、復興の10年の間にも殺戮能力に特化した武器が大量に開発されました。例えば『天の梯子』」

 

夏世が指し示す先には天を貫かんばかりの巨大な梯子状の人工物があった。

あまりの高さに一部は雲にかかっている。

 

「ガストレア大戦にて人類が生み出した遺物、その中でも最強最悪と謳われた超兵器です」

 

思わず見上げていた蓮太郎だったが夏世の言葉で我に帰った。

 

「これは氷山の一角に過ぎません。里見さんも『新人類創造計画』については聞いたことがありますよね?『呪われた子供たち』の戦闘能力の高さに気付いて立ち消えてしまった計画だそうですが、かつてバラニウム合金の力を使った対ガストレア最強の兵士を作ろうとした計画があったようです。……まあ、蛭子影胤を見るまでは都市伝説の類だと思ってましたが」

「……あんな力に頼るのは、卑怯者のすることだ」

「里見さん…?」

 

訝しげな視線を向けられたのでコーヒーを啜って誤魔化す。

舌に広がる苦味に顔を顰めようとしたが、つい最近最悪の苦味を経験した為、別段苦く感じなかった。

その時、傍に置いてあった通信機から連絡が入る。

ノイズが酷いが夏世が調整していくと徐々にクリアになっていき、野太い男の声が聞こえてきた。

 

『き…ザザ……ザ…ろよ。おい!生きてんなら返事しろよ』

「音信不通だったので心配しました。ご無事で何よりです、将監さん」

『たりめぇだろ!んなことより夏世、良いニュースがある。仮面野郎を見つけたぜ』

 

思わず蓮太郎と夏世は顔を見合わせた。

 

『何処ですか?』

 

将監が告げた地点(ポイント)は海辺の市街地だった。

 

『今付近にいた民警が集まって総出で奇襲する手はずになってる。ついさっき、やっと荒れてた手柄の話が決着したところだ。面白くねぇが仲良く山分けだとさ。お前もとっとと合流しろよ。まあ――お前が来る頃には終わってるかもしれねぇがな』

 

夏世の返答も聞かずに通信は切れてしまった。

将監の後ろから聞こえていた蛮声などを聞く限り、最低でも10組弱のペアはいる感じだった。

夏世はと言うと既に荷物を片付けて焚火を消していた。

 

「やっぱり行くのか?」

「あんな人でも相棒なので。里見さんは?」

 

行けば蛭子影胤と再び相見えるだろう。

昨日今日で殺されかけた恐怖を拭い去れるわけがない。

だが、それでも行かなくてはならないだろう。

蓮太郎は静かに頷く。

 

「腕はどうだ?」

 

彼女は包帯を取ってみせると、傷は綺麗に完治していた。

今から行っても将監の言う通り間に合わないかもしれない。

だが、民警側が勝つか、影胤側が勝つか、せめてそれだけでも見届けなくては。

 

 

 

 

 


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