ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~   作:ミドレンジャイ

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第20話 未踏査領域

蓮太郎の視界は今、闇しか広がっていない。

雲はあるにはあるが、今の所は月明かりが差し込む程度には切れ切れだ。

にもかかわらず、鬱蒼とした森はその月明かりを全く通さないほどに茂っている。

先日まで続いていた雨の影響で夜の香りと湿気が同時に鼻に入ってくる。

今いるここは『未踏査領域』。ガストレアの闊歩する危険な地だ。

病院を出た蓮太郎はその足でまず連絡を受けていた菫の元に向かった。

用件は作戦の為の備品の受け取りだ。

尤もそれを実際に用意したのは菫ではなく、蓮太郎のパトロンだが。

銃器類やそれを収めるホルスターやポーチ等々、十分すぎるほどの充実ぶりだった。

おまけにそれらは全て蓮太郎好みの装備ばかり。

心の中でパトロンの社長令嬢に感謝していると、今度は菫の方から2つ程何かを渡される。

1つ目は『AGV試験薬』という5つの小型注射器に入った赤い薬品。

瞠目する蓮太郎に菫は「出来れば使うな」と釘を刺した。

2つ目は風邪薬の様な丸薬を10個。見覚えのないこれは『亜回復錠』というらしい。

聞くにこれは榊博士からの餞別で、本来神機使いが傷を癒すための回復錠を一般人にも使える様に手を加えたものらしい。

それ故に本来の回復錠程ではないが、それなりの怪我でも一時的に命を繋ぐ位の効果はあるらしい。

装備を調達した蓮太郎は菫にも死なないことを約束し、作戦の為に『未踏査領域』に降り立ったのだ。

 

作戦の内容は至ってシンプル、人海戦術だ。

蛭子影胤が潜伏していると推測される地点から離れた場所に降り立ち、捜索しながら徐々に包囲の網を縮めていく。

完全に補足したら周囲の民警に即時連絡。集合し次第、数の力で一気に叩くというわけだ。

だが蓮太郎自身はこの作戦自体に1つ不満、と言うより心配事があった。

それは、この作戦がほぼ民警主導という点だ。

今回の作戦地点は『未踏査領域』だが、同時に『混在領域』のすぐ近くでもある。

作戦時にその戦闘音を聞きつけアラガミが万一にも乱入することの無い様に、神機使いは『混在領域』に程近い地点で命令あるまで待機ということになっている。

また、民警とゴッドイーターが合同で挑む初の任務としては事態が大きすぎ、まだ連携における錬度が不十分であることも加味された。

何となくそれっぽい理屈に聞こえるが、要するにゴッドイーター達をなるべく蛭子影胤討伐自体には加えたくないのだ。

これが民警や政府のただの見栄っ張りなのか、それとも何かしらの思惑があっての事なのかは分からない。

どちらにせよ、あれほどの戦力を加えないのは愚かだと蓮太郎は思っている。

ただ聞いた話によると、彼らは今回の作戦に神機兵を投入しているらしいので、状況次第では応援も望めるかもしれない。

神機の制御機構を応用した機械仕掛けの戦闘人形、神機兵。

早い話がオラクル細胞を用いたロボットだ。

少し前まで制御に難航していたようだが最近になって改善し、TVのCMでも専ら神機兵の搭乗者募集が呼びかけられている。

噂ではアラガミの大型種というものに匹敵する能力を持っているとかで、蓮太郎としては今回の作戦でもその戦力に期待したいところだ。

 

等とつらつら思い出したり考えたりしながらも、蓮太郎と延珠は不気味なほどの静寂が支配する中、異常成長した木や見たことも無い奇妙な模様を持つ植物で埋め尽くされる森の中を慎重に進んでいく。

 

「延珠、とりあえず近場の街まで行くぞ」

「なんでだ?この辺りを捜せと言われているのだろう?」

「いくら影胤たちでもステージⅢ~Ⅳがいる森の中に居たいとは思わないだろうからな。地図があまり頼りになんねぇからちょっと時間がかかると思うが―――」

 

その時、どこか遠くから獣のような唸り声が聞こえてきた。

反射的にライトの明かりを消す。

サイレンサーを取り付けたXD拳銃を何時でも撃てるようにしながら慎重に進むと、思いがけず近くに唸り声の発信源はいた。

それは巨大なワニのガストレアだ。

ワニ特有の硬い外皮は不気味にヌラつき、細長い口吻に鋭い歯がびっしりと生え揃い、足は5本、目に至っては本来のものの他に4つ、計6個の眼球が周囲を睥睨している。

多くの生物は左右対称の外見という常識を、正面からぶち壊すかのような容姿だ。

未だ襲ってくる気配はないが、こちらに気付いているようで目の1つがジッとこちらを睨んでいた。

袖を握ってくる延珠と共に静かに、刺激しない様にゆっくりと下がっていく。

やがてワニガストレアの姿が完全に見えなくなるまで下がるとようやく安堵の溜め息が漏れた。

いや、漏らそうとした。

一息吐こうとした瞬間、今度は重低音の爆発音が響き渡る。

 

「な、なんだ?!」

「馬鹿野郎!どっかの民警のペアが爆発物を使いやがったなッ…!」

 

蓮太郎は非常に焦っていた。

生物には人の様に昼間に活動するものもいれば、夜になってから活発に活動を開始するものも存在する。

ガストレアも生物である以上はその法則が存在し、当然現在活動しているのは夜行性のガストレアだ。

しかし、別に昼に活動していたガストレアが夜になって消えるわけではない。ただ、睡眠を取っているだけだ。

そこに爆発物を使った時のような爆音を響かせるとどうなるか。

結果として、その音が響く範囲内に存在するガストレアを全て刺激してしまうという最悪の事態を招く。

そして、それは爆発物を使った者だけでなく、全く別の所にいた者もお構いなしに巻き込んでいく。

例えば、今の蓮太郎たちの様に。

 

「………………」

 

背後から迫るズシンッという重低音に恐る恐る振り返ると、先程のワニガストレアが可愛く見えるような輩がいた。

6m以上は有るだろう体躯に、爬虫類の様な獰猛な顔。

首は長く全体的に緑色の鱗で体を覆い、両腕は鳥の因子が入っているのか翼の様になっている。

端的に言えばまるでお伽話に出てくるドラゴンの様な姿のガストレアだ。

ステージⅣなのは間違いないが、もはや生物の因子が混ざり合い過ぎて、何が元の生物なのかを特定するのは不可能だった。

 

「……延珠」

「分かってる…!」

 

視線でこちらの意図を察した延珠は、迷いなく蓮太郎を肩に担ぎ猛ダッシュを開始する。

それを合図にするかのようにドラゴンガストレアも凄まじい速度で追ってきた。

前傾姿勢で進路上にある木々を踏み砕きながら迫ってくる姿は想像以上のプレッシャーがある。

だが、兎の因子を持ち、主に脚力に特化したイニシエーターである延珠の方が僅かに速い様で、徐々に距離を離しつつあった。

このまま行けると踏んでいた蓮太郎は振り返っていた視線を正面に戻す。

だが―――

 

「げっ!!」

 

前方にあったのは切り立った崖であった。目算で崖の下まで100mはくだらないだろう。

どうにかして迂回するか、等と考えていた蓮太郎であったがそんな思考は全くの無意味であった。

 

「蓮太郎、しっかり妾に掴まっておけ!」

「え…?」

 

もう目の前には崖があるというのに全く速度を落とす気配がない延珠。

先程の言葉の意味を十全に理解した時には、既に2人は空中に身を躍らせていた。

安全装置の類の無い空中散歩を暫し堪能。

いつもよりも青い月がずっと大きく見えるなー、等と現実逃避気味の思考は重力による自由落下と言う物理法則で中断された。

落下する中、声にならない悲鳴を上げつつ蓮太郎の視界に映ったのは、自分の小ささを教えてくれるような大きな青い月と、遠くでその月光を浴びている巨大な棒状の人工物、そしてその更に遠方の海上に浮かぶドーム状の影だった。

 

結局、捜索を再開したのは30分ほど経ってからだ。

というのも、流石に100mを超える高さから飛び降りた延珠も無傷ではなく手傷を負ってしまった。

常人よりも頑丈なイニシエーターでそれなのだから、担がれていた蓮太郎は堪ったものではなかった。

 

「最近、こんなんばっかだ……」

 

思い出されるのは10歳の女児たちに高速移動しながらお手玉にされる光景。

または、ある人物の小脇に小荷物よろしく抱えられたままヘリから垂直に落下する経験。

そして、今しがた体験した命綱無しの強制フリーフォール。

これらをここ数日のうちに全て体験したのだから、蓮太郎がこのようにぼやくのも無理からぬことだろう。

げっそりした蓮太郎とは逆に延珠は元気そのものだ。

僅かながらガストレアウィルスに感染している彼女らも、通常のガストレアと同じくバラニウムの磁場の影響を受ける。

よってモノリスの外に出た大抵のイニシエーターはその影響下から外れ、今の延珠の様に一時的にハイなテンションになったりするのだ。

そんな延珠と“起きてしまった”森を警戒を強めながら進んでいると前方に明かりが見えてくる。

どうやら、ガストレア大戦時に使用されていた防御陣地(トーチカ)を何者かが使っているらしい。

緊張しながらもハンドシグナルで延珠に指示を送る。

入口に蓮太郎、窓辺に延珠がそれぞれ配置につき、そこで一度呼吸を落ち着かせた。

壁に背を付け深呼吸を2回。そして拳銃を構えながら中に飛び込む。

 

「動くんじゃねぇッ」

 

中に入り、蓮太郎のXD拳銃と相手のショットガンが交差するのはほぼ同時だった。

相手を見て蓮太郎は絶句した。

相手が『未踏査領域』という地獄に似つかわしくない、長袖のワンピースとスパッツを着用した小柄な少女だったから絶句したのではない。

絶句した理由は2つ。

1つ目は少女に見覚えがあったから。

2つ目は右腕についた巨大な歯型の傷口から、決して少なくない量の血が流れていたからだ。

見ると相手も表情に乏しい顔ながら目を見開いて驚きを示していた。

2人して静止すること数秒。

 

「よせ、延珠!」

 

窓から音もなく侵入した延珠が、少女の背後から頭部へとハイキックをかまそうとしていたのをギリギリの所で止める。

不思議そうにする延珠を一端放置し、件の少女に話しかける。

 

「防衛省で一度会ってるが、俺のこと覚えているか?」

「ええ、勿論です」

「右腕の傷、治療してやるから見せてみろ。話はそれから聞くからな」

「待て待て待て待て!蓮太郎、妾はこんな女知らないぞ!一体どういう関係なのだ?!」

 

そういえば、あの会議の場に延珠はいなかったのだと思い出す。

 

「こいつは伊熊将監ってプロモーターの相棒をやってるイニシエーターだよ」

「千寿夏世です。以後お見知りおきを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

延珠を見張りの歩哨として外に待機させながら夏世の治療を続ける。

不機嫌な態度で『妾はそんな女認めないぞ!』等と文句を言いつつも、ちゃんと指示に従ってくれるあたりやはり延珠はいい子なのだろう。

 

「なにやら、あなたの相棒を酷く怒らせてしまったようですね」

「ったく…いきなり何であんな不機嫌になったんだか」

「理由は明白な気もしますが…」

 

まさかもう反抗期か?等と心配する蓮太郎とは裏腹に、まるで感情の乗っていない声で反論を返してくる夏世。

その返答に疑問符を浮かべるていると、今度は感情の乗った恐ろしく長い溜息を吐かれた。感情の成分は呆れ100%。

 

(10歳の子供の反応じゃないだろ、それ……)

 

そんなことを思っていると、どうやら考えが顔に出ていたらしい。

 

「不思議ですか?私が?」

「別に…」

「お気になさらず。こういう扱いは慣れています。私はイルカの因子を持っていて通常のイニシエーターよりも知能指数と記憶能力に優れているだけです」

「てことはお前が後衛兼司令塔で、将監が前衛か…珍しいスタイルだな」

「まあ、普通は逆でしょうね」

 

とはいえ、あの脳味噌まで筋肉で出来ているような将監が、頭を使って指示を出している姿など欠片も思い浮かべられない。

 

「――といったことを考えましたね?」

「え?!いや、そんなことは……」

「………(ジーーー)」

「……考えました」

 

流石IQ210オーバーは伊達ではないらしい。まさかこちらの思考を読んでくるとは…。

どのように言い訳をするべきか考えていると夏世の方が先に口を開いた。

 

「里見さん、その考えはすぐさま撤回してください」

「あ、ああ……悪い、流石に失礼だっ「違います」…へ?」

 

こちらの謝罪に被せてくるようにして否定してくる。

一体何が違うというのか?

 

「将監さんは脳味噌まで筋肉なんていう高尚なものではありません」

「……は?」

「あの人は髪の毛から脛毛、果ては陰毛まで筋肉で出来た『脳筋(のうきん)』ならぬ『毛筋(もうきん)』です。しかも堪え性もない上、後方支援なんてみみっちいことが出来ません。おまけに、戦闘職のシェアを私たち(イニシエーター)に取られたとかいう旧態依然的な考えで困ります」

 

あまりにもあんまりな言い方に唖然とする蓮太郎。

……取り敢えず言っておくことはこれだろう。

 

「…女の子が陰毛とか言うんじゃありません」

「意外と初心ですね…?」

「うるせぇよ?!」

 

 

 


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