ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~ 作:ミドレンジャイ
≪―に――――――――ろ―――――≫
ガラガラガラ―
『どけ!道を開けろ!』
『急いで!!早く!!』
『出血が酷いな…輸血準備はまだか?!』
≪―――――――ば―き―――た――≫
ガラガラガラガラ――――
『●●●●●くん聞こえるか?!』
『もうすぐ助かるからね●●●くん!』
≪――たく―――ば―き―れ―た――≫
ガラガラガラガラガラガラガラ――バンッ
『先生!!』
『ああ…来たか』
『ふん、成程…』
『右手脚に左目まで喰われたのか』
『確かにもう持ちそうもないな』
≪―にたく―け―ば―きろれ―たろ―≫
『やあ、初めまして●●●●●くん。そしてもうすぐさようなら』
『私が左手に持っているのは死亡診断書だ。あと数分もすれば私がこれに一筆入れて、君は晴れてこの世からおさらばだ』
『右の手に持っているのは契約書だ。こちらは君の命を助けるが、代わりに命以外のモノ全てを貰う』
『左手で指差すだけで良い』
≪死にたくなければ≫
『選べ』
≪生きろ蓮太郎≫
『いい子だ』
シャリシャリという音が聞こえ、次いで鼻につく強い薬品臭が漂ってくる。
それらを認識するにつれて意識がゆっくりと覚醒していった。
酷く重い瞼を何度か瞬かせてようやく目を開ける。
見えたのは見覚えのない白い天井だ。
その視界の端に真逆の黒が映り込む。
「お帰りなさい、里見くん」
「…よぉ、木更さん。ここ、天国か?」
「まだ真逆の地獄よ、お馬鹿」
皮肉を返す木更は微笑でいたが瞳は潤んだままだった。
「リンゴ、食べる?」
「いや、不思議なくらい腹減ってねぇ」
首を巡らせると窓から遠方に雲が見えるものの澄んだ夜空が見える。
「…どのくらい寝てた?」
「1日と3時間くらい。医者も匙を投げかけるような大手術だったわ」
まだ若干ボンヤリする。
頭を振ってそれを飛ばし、上半身を起こそうとするが痛みで止まってしまう。
それを見た木更が慌てて押し戻そうとするが構わずに起きた。
無意識のうちに右手脚を確認し、左目に触れていた。
「俺、どうやって助かったんだ?」
蓮太郎の問いに木更は足元のバッグを漁りある物を取り出す。
弾丸を全て撃ち尽くした状態のXD拳銃だった。
「延珠ちゃんがアランソンさんに保護されてからすぐに極東支部の方達が中心となって貴方たちの捜索と救助が始まったわ。丁度河の傍にこれが落ちているのを見つけた時に、無線で神斬さんから里見くんと一緒にいるって通信があったのよ」
自分が生きている理由にようやく合点がいった。
河に落ちる寸前に向かってきた黒い影は彼だったのだろう。
そして一緒に河に流され、下流辺りで通信を行ったのだ。
「アイツは今何処に?」
「それも含めて里見くんが寝ている間に本当に沢山のことがあったの。何から話したものかしら…」
少し考え込んだ木更は一つ大きく深呼吸をした。
「蛭子影胤。彼らの情報を聖天子側が寄越したわ」
ドクンッと大きく心臓が跳ねる。
ここは安全な病室なのに、あの男と対峙した時の恐怖がまざまざと蘇り冷や汗が止まらなくなった。
「プロモーター・蛭子影胤。彼の発生させる斥力フィールドは対戦車ライフルの弾丸を弾き、工事用クレーンの鉄球を止めるらしいわ。イニシエーターは蛭子小比奈。
言いよどむ木更は一瞬こちらの目を見てきた。
黙って先を促すと彼女も腹を括ったようで、強張りきった顔でその数字を伝える。
「134位」
呼吸が、止まる。
性質の悪い冗談であって欲しかったが、木更の顔を見る限りそうではない。
だが、頭のどこかで納得する自分もいた。
初めて目にした100番台の実力は、文字通り桁が違ったのだから。
戦慄する蓮太郎を余所に何処からか携帯の着信音が聞こえてくる。
先程のバッグに入っていたそれを木更が取り出し、一言二言応じるとこちらに渡してきた。
『里見さん、私です』
「……今更何の用だよ、聖天子様」
『今夜、『未踏査領域』に逃走した蛭子影胤追撃作戦が始まります。多くの民警に
「…1つ聞きたい。蛭子影胤、あの男は――」
『既に天童社長からお聞きかもしれませんが、あの男は10年前に政府の病院から関係者を殺し逃走。戦後の混乱期に名を変え民警をしていたようです』
「何故手を打たなかった?」
『『新人類創造計画』は存在しない計画です。存在しない兵士に手は打てません』
ミシリと携帯が悲鳴をあげる。
「ざけんな!!全部アンタ等のせいだッ!何でその尻拭いをやらなきゃなんねぇんだ?!やってられっか!」
『…では里見さん。あなたの友人や大切な人、ひいてはこの東京エリアに住む全ての市民が死ぬとしても、あなたは耐えられるのですね?』
「…何?どういうことだ?!」
『蛭子影胤は奪い去った『七星の遺産』を使って災厄を呼び寄せるつもりです。あの―――』
本能が電話を切れと叫んでいる。
ここから先は聞きたくない、聞いてはならないと体中の細胞が悲鳴を上げていた。
だが、固まってしまったかのように携帯を持つ蓮太郎の手はピクリともしない。
永遠にも思える一瞬の後、無情にもその言葉は紡がれてしまった。
『――ステージⅤを』
人はあまりに大きな怪我をすると痛覚が無くなるという。
その激痛でショック死するのを防ぐための自己防衛機能なのだろう。
そして、どうやらそれは恐怖にも適応されるらしいことを蓮太郎は知った。
ステージⅤが来ると知って、まだ自分が生きているのだから。
「嘘、だろ……」
意志とは関係なしに勝手に口が動いていた。
『嘘ではありません』
「ステージⅤを人為的に呼び寄せるなんて不可能だ!」
『そう思いたいのはよく分かります。ですが事実です。詳しいことはお伝えできませんが『七星の遺産』はステージⅤを呼び寄せる触媒なのです』
ここに至って蓮太郎は封印指定物の意味をようやく理解した。
ステージⅤ、またの名を『ゾディアック・ガストレア』。
アラガミに次いで人類を、世界を完膚なきまでに壊した11体のガストレアの総称だ。
通常、ガストレアはステージⅠから始まり、ステージがⅡ、Ⅲと上がっていく毎に体も大きく、皮膚も硬くなっていく。
その過程で多くの生物の遺伝子情報を取り込むため、ガストレアは奇々怪々かつユニークな容姿を持つ。
それ故にステージⅡ以降は似たような姿形の個体はいても、全く同じ容姿と能力を持った個体は殆どおらず、それらの決定的な対処法と言うものは存在しない。
そしてガストレアはステージⅣで完全体と言われ、それ以上成長することはない。
ここまでがガストレアの一応の常識。
ステージⅤはその常識の枠から外れた存在だ。
奴らは10年前に世界に突如として同時多発的に出現した。
どこから来たのか、どうやって生まれたのかもまるで不明。
ステージⅣでも相当な大きさを誇るというのに、それが赤子に見えてしまう程に巨大な体躯を持つ。
そして、その巨大な体を維持する為に皮膚に限らず筋肉や内臓まで圧倒的な硬度を持っており、またその身体的スペック故に外のどの『領域』でも活動が可能である。
だが、ステージⅤで最も恐ろしいのはここではない。
最も恐ろしいのは、ステージⅤは
これが一体どういうことか。
別に奴らだけ結界をすり抜けてくる、なんて生易しい事態ではない。
磁場の影響を受けないということは、磁場の発生源であるモノリスを破壊できるということだ。
モノリスは言うなれば防波堤だ。
その壁が1ヶ所でも綻べば、忽ちステージⅠ~Ⅳのガストレアが文字通り津波の如く押し寄せてくる。
『大絶滅』と呼ばれるこの現象は、既に中東やアフリカで発生してしまった。
その惨状は筆舌に尽くしがたい。
そして、その惨劇が、正に今、この東京エリアに起ころうとしているのだ。
『里見さん。今、あなたが戦わなければこれまでの比ではない多くの人が死にます』
「何でだ……何で、俺なんだ?」
『その理由は、
「…………分かった。但し、アンタ等の為じゃないことを忘れんな」
『十分です。ご武運を』
そこで通話は切れた。
重苦しい沈黙が満ちる中、蓮太郎は自分の体に張られていた計測用のパッチを外していく。
痛みはあるが、何とか動ける。
制服に着替え着々と準備をしていると突然扉が勢いよく開かれた。
「蓮太郎!気が付いたのだな!」
「延珠…」
そのまま扉を開け放った人物―延珠は蓮太郎に抱きついてきた。
傷に響くが甘んじて受けるべきだろう。
「悪かったな、あんな命令出して……保護者失格だ」
「まったくだ……保護者としてダメダメだ。蓮太郎が死んじゃったかと思って、妾がどんな気持ちだったか……」
腰元に顔を埋めている為に表情は分からないが、延珠の声は酷く震えていた。
あやすように肩を叩く。
「本当に、悪かった」
暫くそうやって延珠をあやしていると、ふと彼女の姿に違和感を覚えた。
より正確には、背に背負っている物体についてだ。
蓮太郎の反応で気付いたのか、離れて背中を見せてくる延珠。
「妾の鞄だ」
そう。先日ボロボロにされた延珠の鞄が、修復された状態で背中で輝いていた。
所々傷跡はあるが、丁寧に直されたのが傍目からでも分かった。
「蓮太郎を病院に連れてきてから一度家に戻った時に玄関にあった。誰かが直してくれたのだ」
そこで思い出したかのようにポケットを探る延珠。
出て来たのは折りたたまれたクシャクシャになった1枚の紙切れだった。
「それでな、中にこれが入っていたのだ。誰からかも書いてないし汚くてな」
折り畳まれた紙を開くと、そこには文を何度も書いては消した痕が残っていた。
本当に、汚くなるまで、何度も何度も書いては消した痕だった。
結局、記されていたのは簡潔な、それでいて温かい一言。
『お仕事がんばってね』
「蓮太郎!妾はいつでも行けるぞ!」
その力強い笑みで、蓮太郎の中で不安が少し消えた気がした。
蓮太郎の目を見て止められないと悟った木更は、居住まいを正すと毅然とした声で告げる。
「社長として命じます。影胤・小比奈ペアを撃破し、ステージⅤの召喚を絶対に阻止しなさい!!」
「必ず」
病室を出て、覚悟を胸に戦場へと赴こうとする蓮太郎と延珠。
夜の病院に人影は無く誰とも会わなかった。
入り口に至るまでは。
明かりの落ちた病院のエントランス、月明かりだけが頼りのその入口に、待ち構えるかのように佇んでいる人物がいた。
美しく流れる恐らく金色だろう髪は長く、窓から入ってくる月光を浴びて煌めいている。
薄いベールのようなもので顔を覆っているものの、女性で目鼻立ちが非常に整っているというくらいは確認できた。
服装は暗めの臙脂色と黒を基調とした、どこか喪服めいたものだ。
車椅子に嫋やかに腰かける様はこの人物の育ちの良さを窺わせていた。
「貴方が、里見蓮太郎さんですか?」
紡がれたのはしっとりと柔らかく、まるで全てを包み込む慈愛に満ちた母の様な声だった。
思わず聞き惚れそうになるが、自分の名前を知っていることに警戒が募る。
「そうだが…アンタ誰だ?」
「私はラケル、ラケル・クラウディウス。『ブラッド』の総責任者です」
思わず目を見張る蓮太郎。
ジン達が所属する特殊部隊、『ブラッド』。その責任者が一体何の用だというのか。
「そう警戒しないでください。私はただ、あなたを一目見てみたかっただけですよ」
「俺を…?」
「ええ。神斬ジンをご存知でしょう?」
「あ、ああ」
「あの子が気に掛ける存在が、私も気になってしまったので、こうして会いに来たのです」
ゆったりと紡がれる言葉は、不思議な力を帯びているかのように聞くものを惹きつける。
改めて見た彼女の整った外見と合わさって、まるで人ではないかのような神秘的な、それでいて妖しい美しさを醸していた。
ベールの向こうに薄らと見える目が蓮太郎の瞳を捉える。
その瞬間、自分でも分からないゾクッとした感覚が蓮太郎の背筋を這い上がった。
「フフ……あの子が気に掛ける理由が、何となく分かった気がします」
「え…?」
「いいえ、なんでもありません。お時間を取らせてしまって、申し訳ありませんでした」
そう言ってスッと道を譲るラケル。
先程呟かれた言葉が気になったが、今は蛭子影胤を止める為に急がねばならない。
そのまま蓮太郎たちは病院を後にした。
「本当に、面白い子…」
未だ病院のエントランスに佇むラケルは誰とも知らずに1人呟く。
「ジュリウスと、ジン以来ね…」
誰もいない空間での独り言は続く。
「あまねく因果の流れが、それを望むのなら、いつかあの子も…」
否、本当に独り言だったのか。
「ええ。でも今は『晩餐』の下拵えをしましょう…」
まるで語りかけるように、会話するように。
「そうね。まずは、『王の贄』の為に…」
薄く薄く、笑う。
「『お人形さん』たちと、遊びましょう…」
1ヶ月ほど更新できず申し訳ありませんでした。
私事が一段落しましたので、また頑張っていきます。
また、あらすじ部分でも書かせていただきましたが、
スパナ様より本作品の3次創作作品を執筆していただいております。
『メタリック・プレデター~外れモノの小唄~』
http://novel.syosetu.org/67946/
この場を借りてスパナ様に厚く御礼申し上げます。
本当に、感謝の極みです。