ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~   作:ミドレンジャイ

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第1章
第1話 始まり


春先のとある日の夕刻。

空の色が大分茜色に染まり、もう少しすれば淡い紫も加わり美しいグラデーションを空に描くだろう時間帯。

とある住宅街の中にある古びたマンションの前で、その景観とは不釣り合いな話し声が響き渡っていた。

 

「あぁん?お前が応援に駆け付けた民警だぁ?」

「そうだ」

「寝言は寝て言え。まだガキじゃねぇか!」

 

片や、全体的に使い込まれた、ややくたびれた感じの服装をしている中年の男。

だからと言ってみすぼらしい訳ではない。それだけ今まで刑事という職務を真面目に果たしてきたということだろう。

これでもう少し顔に愛嬌があれば『頼りになる町のおまわりさん』で通ったかもしれない。

とはいえその可能性すらも、野太い、ともすれば恫喝しているようにしか聞こえない声を伴ってしまえば消え失せてしまう。

 

「…寝てるように見えるならさっさと眼科で診てもらった方が良いぞオッサン」

「あぁ?!」

 

片や、全体を黒で統一した学生服に身を包む少年。

齢のころは16,7くらいだろうか、かなり若い。言動も若さゆえなのかは分からないが、お世辞にも良いとは言えない。

少年を総じて表すならば『やる気が感じられない不良』と言ったところだろうか。

その印象を植え付けるのは、こちらもやはり顔。中年の男のように子供がちびるような厳つさは無いが、それに加えて覇気と言うものが感じられない。

今の状況が面倒で帰りたくてしょうがない、と堂々と書いてある顔だ。

 

ヤクザ顔負けの厳つい顔と声の中年男と、覇気の無い不幸面の見本のような顔の学生が、美しい夕日の前で対話をする。

傍から見たら相当シュールな光景だろう。

しかも両人ともがそれぞれ『警察』と『民警』と言う、人を護る仕事をしているというのだから見る人が見れば信じたくない光景でもあるだろう。

 

「ったく…んなこと言っても仕方ねぇだろ。もう一度言うが、俺が応援の民警だ。拳銃と許可証(ライセンス)もあるぞ。それでも疑うなら帰るぜ」

「……チッ、口の達者なガキだ。お前、制服ってことは学生か?」

「……わりーかよ」

「……ケッ、最近はガキまで民警ごっこかよ」

 

ぶつくさと文句を言いつつ刑事は手を差し出す。どうやら許可証を出せということらしい。

 

「ふん、『天童民間警備会社』所属 里見蓮太郎…ね。聞かない会社だ」

「売れてねぇからな」

 

しばし許可証に添付された証明写真と実物の蓮太郎の顔を見比べていた刑事だが、何故か急に腹を揺すって笑い出した。

疑問に思った蓮太郎が聞くと

 

「ファハハハハハ!こりゃひでぇ不幸面だ。ククッ、ヤベぇツボった」

「ほっとけ!!」

 

一頻り笑い終えると刑事は眦の涙を拭いつつ、多田島だ、と短く名乗り許可証を投げ返してきた。

許可証を受け取り、脳内で多田島をシバキつつ蓮太郎は面倒そうに話を先に進める。

 

「はぁぁ…で、早速で申し訳ないんだけどさ、仕事の話しねぇか?」

 

 

 

 

 

現場である202号室に上がるとそこには既に大量の警察官がドアの前を固めていた。

発端は一本の通報だった。このマンションの102号室の住人が雨漏りがすると警察に通報してきたのだ。

ただの雨漏りであったならば別に警察の手ではなく、その手の業者に連絡するだろう。

問題はその雨漏りが『血の』雨漏りであったということだ。

通報の後、迅速に情報を集め統合した結果、ガストレアが侵入したという結論に至った。

それを即刻駆除すべくこうして警官が詰めかけているというわけだ。

 

「つーかお前、相棒(イニシエーター)はどうした?」

「え?!」

「民警の戦闘員は二人一組(ツーマンセル)で戦うのが基本なんだろ?」

「あ、ああ。あ、あいつの手を借りるまでもねぇと思ってな!」

 

冷や汗をかきながらもなんとか答える蓮太郎。

というのも

 

(木更さんから仕事受け取って自転車で爆走してここに来たけど気付いたらあいつが居なかったなんて言えねぇ……)

 

割と情けない理由があるからだ。

そのことが顔に出ないように努力していると多田島が訝しげな表情をしながら近づいてくる。

 

「本当に大丈夫なのか?威勢良く飛び出したけど駄目でした、じゃ洒落にならんぜ」

「お、おう、大丈夫だ」

「だと良いがな。…ったく相棒もいねぇガキが同伴者とはな。……これなら御大層な武器を持ってる()()の方がまだマシだぜ」

 

はぁー、と溜息を吐く多田島。蓮太郎も同じく溜息を吐きたかったがグッと堪え、ふっと考える。

 

(()()、ね…)

 

脳裏に浮かぶのはある存在。

とある特殊な細胞を自ら取り込み、各々の巨大な専用兵器を用いてガストレアとは違う脅威と戦う者たち。

ある意味この世界において民警と並び世界を護る者たち。

そして

 

(俺たち民警よりも以前から戦い続けている人たち)

 

この仕事に就いたのはつい最近で、民警の中でも更に新米だろう。

それでも何度かあった事件でガストレアと戦うこともあった。

だというのに、未だにあの怪物と戦う時は腹の底から恐怖がこみあげてくる。毎回それを噛み殺して戦場に立つが、あの恐怖を感じなくなる日が来ることは無いだろう。

戦う相手は違うが、同じく異形の怪物と20年近く戦い続けている『彼ら』は一体どのような心境で戦場にいるのだろうか。

 

「馬鹿野郎!!」

 

思考に耽っていた蓮太郎を現実に戻したのは刑事の馬鹿でかい怒鳴り声だった。

ビクッとなりながら何事かと話に耳を傾ける。

 

「どうして民警の到着を待たなかった!」

「…!我が物顔で現場を荒らすあいつ等に手柄を横取りされたくなかったんですよ!主任だって分かるでしょう?!」

「んなこたぁどうでもいい!それより「どいてろボケ共!」あ?!」

 

どうやら先に着いていた警官が無断先行したらしい。

民警と警察の仲が悪いのは今に始まったことではないが、さすがに今はそんなことを言っている場合ではない。

面倒なことになったもんだ…。

そう思いながらも頭の中でスイッチを切り替える。

 

「俺が突入する!」

 

一瞬多田島は蓮太郎の瞳を覗き込むが、すぐに部下に顎をしゃくって命令。

蓮太郎もXD拳銃を抜き、いつでも発砲出来るように準備し、大きく深呼吸をする。

 

「――やってくれ」

 

合図とともに警官のショットガンが火を噴くのと、蓮太郎がドアを蹴り破るのはほぼ同時だった。

夕日が203号室の狭い室内を照らし出す中、迅速に目標を捜す。

 

(どこだ?!)

 

だが、目標を捉える前に別のものが視界に入る。

 

 

 

 

赤。圧倒的なまでの赤。

窓から入ってくる夕日の優しい赤ではなく、もっと暴力的で生々しい赤だ。

 

 

 

 

赤の源泉は壁。より正確には何か強烈な力でプレスでもされたかのように壁にめり込んでいる人間だ。確かめるまでもなく絶命していた。

 

そして、その赤の海の中に佇む者もまた赤。

 

 

「やあ、民警くん」

 

 

 

 


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