ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~   作:ミドレンジャイ

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第16話 真夜中の勧誘

深夜2時過ぎ、街灯と月明かりが道を照らす中、蓮太郎は疲れた様子で帰路についていた。

時折、眩暈と頭痛がする。かなり疲れているのだろう。

思えば今日一日だけでやたらと色々なことがあった。

延珠と一緒に買い物に出かけていたはずなのに、その途中で外周区の子供に出会い、彼女らの実情と世間の敵意をまざまざと見せつけられた。

下手をすれば死んでいたかもしれないその子は神機使いの青年に助けられ、子供たち数名と一緒に外周区沿いに振り回されながらも移動し、神機使いの支部まで連れてこられた。

今まで知らなかった外の世界の生態系を知り、今度の作戦の重要性を改めて理解させられた。

最近よく会う少年の属するチームに半ば拉致られ、アラガミというもう一つの脅威を認識した。

再び支部に戻ってくると人手が足りないということで、多くの力仕事をしてきた。

それが一段落して帰ろうとした時に、少年と少し話をして、即答出来なかった問いを投げかけられた。

帰路についてからずっとジンの最後の問いが頭から離れない。

『呪われた子供たち』への風当たりの強さは昔から非常に強く、胸糞悪くなるような事件も幾度となくあった。

中には自分が関わったものもある。

正直に言えば、彼女らのことを真面目に考え始めたのはここ1年くらいからだ。

それ以前は彼女らの事はガストレアと同類だと考えていた。

いつか『赤目』は一匹残らず殺し尽くしてやると心に誓った。

 

だが、延珠と出会ってその考えは変わった。

 

今は延珠を掛け替えのないパートナーとして認識している。

家が見えてきたとき、ふと自分たちの部屋に視線を送ってみる。

この時間では望み薄であったが、延珠がまだ起きているのではと期待したのだ。

尤もそんなことはなく部屋の電気は落とされ、良い子である彼女はしっかりと就寝しているらしい。

知らず小さい溜息が漏れてしまった。

だが、この夜更けにその溜息を聞いている者がいた。

 

「お疲れのようだね、里見くん」

 

気が付けば背後の声の主に拳銃を突きつけていた。

人にいきなり拳銃を突きつけたというのに、今回ばかりは罪悪感というものが欠片も浮かび上がって来ない。

ゆっくり後ろに振り返ると、こちらの鼻先にも夥しい量のスパイクを付けた銃が突きつけられていた。

そして、その銃を握っているのは一人の仮面の男。

 

「ヒヒ、こんばんは里見くん」

「随分と悪趣味な銃だな――蛭子影胤」

 

 

 

 

 

「私の愛銃だよ」

 

そう言いながら影胤は突きつけていた銃を下ろす。

驚くことに彼は突きつけていたのとは違う色違いのカスタムベレッタ拳銃をもう1挺持っていた。

 

「……何の用だ」

「君にちょっとした話があってね。取り敢えず銃を下ろしてくれるかい?」

「断る」

「やれやれ――小比奈、邪魔な右腕を落としなさい」

「はいパパ」

 

背筋に寒気が走ると同時に、蓮太郎は自らの勘に従いその場を急いで飛び退いた。

直後――今まで蓮太郎のいたその場所を凄まじい速度の斬撃が走る。

ゾッとしていると、いつの間にか泣きそうな困り顔の黒い少女―蛭子小比奈がそこにいた。

 

「ね、動かないで」

(ヤバイ…!)

 

動きが全く見えなかった。次も避けられる保証はない。

そうしているうちにも既に小比奈の姿は消えていた。

声が聞こえたのは背後。

 

「首、落ちちゃう」

(しまっ…)

 

完全に反応が遅れた蓮太郎であったが痛みは襲ってこなかった。

 

ギィィンッッ!と。

 

空中で金属のぶつかり合う音が聞こえたかと思うと、その音の発生源は2つとも距離を取って着地していた。

 

「ほう…」

「延珠!」

 

目の前に自分の相棒の藍原延珠が寝間着姿に戦闘用の靴を履いた状態で立っていた。

先程の金属音は延珠が小比奈の小太刀を蹴りで弾いた音だ。

 

「斬れなかった?……そこのちっちゃいの、名前は?」

「ちっちゃい言うな、お主だって十分ちっちゃいだろ!妾は藍原延珠、兎型(モデル:ラビット)のイニシエーターだ!!」

「延珠、延珠、延珠……覚えた」

 

何度か延珠の名前を呟いていたかと思うと、小比奈はバラニウム製の小太刀2本を体の前で交差させる独特の構えを取る。

 

「私は蟷螂型(モデル:マンティス)、蛭子小比奈。接近戦では私は無敵」

 

名乗りを上げると一転、泣きそうな表情で影胤の裾を引っ張りながら懇願する。

 

「ねえパパ。あの兎、斬っていい?首だけにするから」

「何度も言っているだろう、愚かな娘よ。駄目だ」

「うぅぅ…パパ嫌い!」

 

「蓮太郎ッ!何者だコイツら」

「敵だ」

 

呆れたように肩を竦める影胤と、むくれて不機嫌な小比奈を油断なく視界に収めながら蓮太郎たちも短く会話をする。

そんな中、動いたのはシルクハットの位置を直していた影胤だ。

 

「どうするかね?このまま戦うかい?」

「……いや」

 

下唇を強く噛みながら蓮太郎は銃を下ろした。

こんな住宅街のど真ん中で戦っていたらどれだけの被害が出るか分かったものではないからだ。

 

「用件をとっとと言えクソ野郎」

「おやおや、随分と機嫌が悪いね」

「色々あったから疲れて眠いんだよ。おまけに来週の小テストに向けて勉強までしなきゃなんねぇ…点数が悪かったらテメェのせいだぞ」

「それは大変だね、そう言うことなら君の為にも早速本題に入ろうか」

 

月明かりが照らす中、影胤は鷹揚に両手を広げて用件を話だした。

 

「単刀直入に言おう。里見くん、私の仲間にならないか?」

「……は?」

「いやなに、何故か分からないが初めて会った時から君のことが好きになってしまってね、殺すのは惜しいと思っていたんだ。私に付くなら殺しはしないよ」

「…頭沸いてんのかテメェ、仮にも俺は民警だぞ」

「私も元民警なのだが?はっきり言ってそんなものは全く関係ない。私には強力な後援者(バック)がいる。今私の仲間になればこれから滅び行く東京エリアに関係なく、金も、女も、力も好きなだけ与えよう」

「………」

「里見くん、この世界を変えたいと思ったことは無いかね?」

「…何?」

「『この世界は理不尽だ』、『こんな世界の在り方は間違っている』。そう思ったことは、一度も無いかね?」

「……ッ」

 

今日目の当たりにした外周区の『呪われた子供たち』への対応が思い出される。

あの時、ロミオ・レオーニが機転で助けていなければ彼女はどうなっていただろうか。

見失った後、警官たちは鬼のような形相で辺りを捜していた。

その顔にあったのは、怒りと、憎悪と、殺意だけだった。

あの状況になった時、あのような末端の警察のみならず今生きている『奪われた世代』の殆どが彼らと同じ行動を取るだろう。

彼らを不幸のどん底に陥れたのはガストレアであって彼女たちではないのにだ。

彼女らが正確にはガストレアではないと、知識としては知っているのかもしれない。

だが、『知っている』のと『分かっている』では大きく異なる。

そして、残念なことに『知っている』だけの人間が今の世の中の大半だ。

影胤は蓮太郎の逡巡を見て取ると、どこからかアタッシュケースを取り出した。

 

「これは私からのほんの気持ちだ」

 

蹴りで滑ってきたケースの中には札束がギッシリと詰まっていた。

 

「聞くところによると、君はそこの延珠ちゃんを普通の人間として民間の学校に通わせているそうだね。何故そんなことをする?彼女らは既存のホモ・サピエンスを超越した次世代の人間の姿だ。―――もう一度言う、私の仲間になれ里見蓮太郎」

 

ガァンッ!ガァンッ!ガァンッ!

 

ケースが跳ね、穴の開いたお札が数枚宙に舞う。

影胤は暫くその様を眺めていた。

 

「……君は大きな過ちを犯したよ、里見くん」

「過ちだと?俺に大きな過ちがあったと言うなら、それは最初に会った時に貴様を殺しておかなかったことだ、蛭子影胤!!」

 

硝煙を上げる銃口をケースから影胤にシフトさせつつ蓮太郎は影胤を睨み付けていた。

 

「あくまで依頼を遂行すると?くだらん!君が幾ら奴らに奉仕したところで、奴らは何度でも君のことを裏切るぞ!」

 

影胤も仮面の奥から鋭い視線で蓮太郎を睨み返す。

どのくらいそうしていただろうか。

遠方からサイレンが聞こえてくる。

どうやら先程の銃声によって警察が集まってきたようだ。

 

「フン…水入りだ里見くん」

「……」

「こういうやり方はあまり趣味ではないが仕方あるまい…明日学校に行ってみると良い」

 

興が削がれたとばかりに踵を返す影胤と小比奈。

そしてすぐに彼らは闇に紛れ、消えてしまった。

 

「…蓮太郎」

「何だ」

「あのイニシエーター、強いぞ」

「…勝てるか?」

「分からない」

「…そうか」

 

その短い会話の後、2人は何も喋らず家に戻り就寝した。

だが、眠りに落ちるその時まで蓮太郎の頭の中ではある2人の事がずっと渦巻いていた。

 

 

1人は神斬ジン。

彼は帰り際に問うた。

 

『あいつらは命を張るほどの価値があるのか?』

 

 

もう1人は蛭子影胤。

奴は去り際に言った。

 

『君もいい加減、現実を見るんだ』

 

 

この2人の言葉は翌日、蓮太郎に重く、苦しく、圧し掛かってくることになる。

 

 

 

 

 

 


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