ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~   作:ミドレンジャイ

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第15話 問い

「イエ~イ、任務完了ぉ~!」

「楽勝だったね!」

 

任務先からの帰投中のトラックの中、ナナとロミオの明るい声が響く。

先の討伐戦を終えると、『ブラッド』は任務完了の旨を支部に伝えた後、回収素材を簡単に拾い迅速に帰投した。

そしてその任務はロミオの言う通り、傍目から見ても『楽勝』であったと評せる。

 

「コンゴウ20匹相手に討伐時間もそこまでかかっていないし、人的被害も無し。フルメンバーでやれば、まぁこんなもんか」

「むしろ当然の結果かもしれませんね」

 

行きとは違いトラックを運転しながらジンが呟くと、助手席に座っていたシエルがタブレット端末を弄りながら微笑んで答えた。

ジュリウスとギルは行きに使った別の車で移動しているのでトラックの中にはいない。

そしてそんな話し声を聞きながら蓮太郎は物思いに耽っていた。

 

(あれが、アラガミ……)

 

初めて見たアラガミは蓮太郎の想像の上を行っていた。

ガストレアと同じく人よりも遥かに巨大な体躯、普通の生命体では考えられないような奇妙な能力を有し、種にも因るらしいが徒党を組んで人を襲う化け物。

そしてその襲う理由は、ガストレアのように“襲った結果として種を増やす”のではなく、“空腹を満たすため”という最も原始的な欲求から来るもの。

蓮太郎はそのことに一番恐怖を抱いていた。

ハッキリ言えば悍ましさで言えばガストレアの方が上だ。目の前で被害者が異形に変わっていく様は生理的嫌悪を呼び覚まして止まない。

だがアラガミはまた違う。

ただ飢えを満たす、そのためだけに人を喰う捕食者。

根源的で、生命体なら誰しもが持っているだろうありふれた欲求にのみ従う異形。

そしてその欲求は、なまじ単純であるが故に強いものだ。

空腹の獣ほど怖いものは無いと聞いたことがあるが今までピンとこなかった。

だがそれは今日、明確に形になった。

腹を空かせたあんな化け物は絶対に相手にしたくないと思う。

蓮太郎の中でアラガミは、ガストレアと等しく恐ろしい存在であると認知されていた。

そして、そんな恐ろしい相手を難なく屠った者たちのことを考える。

 

(……神を喰らう者(ゴッドイーター)、か)

 

強かった。

あの戦闘を見た感想は単純にこれしか出てこなかった。

先日の会議に続いて彼らの戦いを改めて見たが、個々人の戦闘力はやはり凄まじいものがあった。

巨大な神機を軽々と扱い、それを所持したまま途轍もない速度で駆け出す。

一撃で相手の部位を斬り飛ばし、叩き潰す。銃撃もお手の物だった。

何より目を見張ったのは美しさすら感じる連携の上手さだ。

奇襲、陽動、アシスト、トドメ。

他にもあげれば色々あるが、各々の役割をしっかり理解しそれを各々が完璧にこなしていた。

しかも1人1人がその役割に固執するのでは無く、状況に応じて適宜判断し、自然にその場に応じた自分の最適な役割を全うする。

あれほどの連携はそうお目にできるものではないだろう。

 

(頼もしい連中だなこりゃ…)

 

今度の作戦は彼らと合同で行う。

非常に頼れる戦力が増えて心強い一方で、自分もまたしっかりと戦力になろうと思った蓮太郎であった。

 

 

 

 

極東東京エリア支部、通称『アナグラ』に帰投した蓮太郎とジン達。

夜も大分深まったというのに、エントランスは何故か行き以上に騒がしかった。

 

「なんだ?また何かあったのか…?」

「…分からん。が、良い予感はしねぇな」

 

蓮太郎の問いかけに曖昧に答えるジン。

そしてその答えは別の所からもたらされた。

 

「おーい、皆!」

 

漠然と呼びかけられる男性の声がするが、どうも自分たちの集団の事らしい。

声がした方に振り向いた先には1人の青年と2人の女性がいた。

青年の方は黄色いシャツの上から白いコートを羽織り、頭には同じく蜘蛛の模様の入った黄色いバンダナを巻いている。

蓮太郎には見覚えのある、先日の会議で最後に銃をぶっ放した青年だ。

女性の方は少女とその付き添い、といった感じだった。

少女の方は白いノースリーブのワンピースを着て、栗色の髪を腰辺りまで伸ばしている。

顔立ちも非常に整っており、若干幼さを感じる表情の中にはしっかりとした芯を持つ凛々しさも兼ね備えていた。

もう一人の女性は全体的にジンとはまた別の黒を基調とするシックな服装をしている。

髪は明るい茶髪をショートカットにし、眼鏡の奥から覗く視線は鋭い。

仕事の出来る女という言葉がピッタリと合う容姿だった。

 

「いやー丁度良かった、帰って早々で悪いんだけど手伝ってくれ!」

「コウタ隊長、一体何が?」

 

ジュリウスが代表して聞くと青年――藤木コウタは何があったかを簡潔に説明し始めた。

 

「サテライト地点の一つに『赤い雨』が直撃した」

「!」

「すぐさま避難勧告は出したけど、逃げ遅れた数人が『黒蛛病』を発症したんだ」

 

その話を聞いていた蓮太郎は思わず息を呑んでしまった。

黒蛛病。

ここ半年、極東地域で観測される赤い色をした雨に触れると高確率で発症する謎の病だ。

黒蛛病にはいくつか段階があり、感染初期は風邪に似た症状が表出し、病状の進行に伴って身体機能の著しい低下や吐血などの症状が見られるようになり、患者は次第に衰弱していく。

この段階で衰弱死してしまう患者が殆どだが、さらに病状が進み最終段階になると、体のどこかに黒い蜘蛛のような不気味な紋様が浮かび上がるようになる。

そして黒蛛病には未だに明確な対処法も治療法も確立していない。

故に発症した場合の致死率は――100%。

黒蛛病の発症を促す『赤い雨』という異常気象についても何も分かっておらず、八方ふさがりなのが現状だ。

 

「丁度私たちが公演している地域だったから、サツキに運転してもらって急いで患者さんたちを運んでもらったの」

 

そう言って話に入ってきたのは栗色の髪の少女だ。

どこかで見たことがあるような気もするが、イマイチ思い出せない。

そんなことを思っている間にも話は進んでいく。

 

「事情は分かったが妙だな」

「え、何が?」

 

見ると今まで黙って話を聞いていたギルが思案顔で何事かを考えていた。

更に周りを見ると、ジュリウスとジン、シエルも似たような顔をしている。

何のことか分からない蓮太郎とナナとロミオはギルの話に耳を傾けていた。

 

「感染したのは“数人”だろ?つまりそこまで大人数では無かったってことだ」

「……」

「だってのに、なんでこんな蜂の巣を突いたような騒ぎになってんだ?」

 

言われて気付く。

このアナグラの規模がどの程度か知らないし、医療設備の規模も分からない。

だがこうやって運び込んでくるってことは、少なくともアナグラには黒蛛病患者を受け入れる設備があるということだ。

人数が許容量一杯一杯でこれ以上受け入れられないということも考えられたが、この騒ぎようはなんとなくそれとは微妙に違う気がした。

答えたのはショートカットのサツキと呼ばれた女性だ。

 

「…感染したのは6人。その全員が『呪われた子供たち』だったんですよ」

「なっ?!」

 

今度こそ声が出てしまった。

『呪われた子供たち』は全員病気にかかるようなことはあり得ない。

何故なら、彼女らの治癒能力は外傷だけに留まらない。

内的要因から発生する病気でさえもその圧倒的治癒能力によって発症する前に完治してしまうからだ。

だからそんな彼女らが病気に、しかも“不治の”病にかかったなど到底信じられなかった。

 

「『呪われた子供たち』が病気にかかるなんて聞いたことがねぇぞ?!」

「…あなたは?」

「見た所、新人の神機使い、って訳でもなさそうねー…」

 

思わず大声で問い詰めると、それまで蓮太郎のことに気付いていなかったのか少女とサツキから訝しげな視線を向けられた。

だが、こちらから更に何か言う前に状況が動く。

 

「とにかく今は自己紹介云々は後だ。コウタさん、何をすれば良いか教えてくれ。テメェも手伝えよ」

 

ジンのそんな言葉で全員意識を切り替える。

無論蓮太郎も言われずとも手伝うつもりだった。

 

 

 

 

夜中の深夜1時過ぎ、ようやく一段落した蓮太郎はソファにぐったりと座り込んでいた。

同時に眠気も襲ってくるが、延珠が帰りを待っているためここで寝るわけにはいかない。

少し休んだら今日は一言告げて帰ろう。

そう思っていると正面に缶コーヒーを差し出された。

 

「ほらよ」

 

俯けていた顔を上げると同じく缶コーヒーを飲んでいるジンがいた。

礼を言ってから缶コーヒーを受け取って一口飲む。

 

「ブッッッ?!?!?!」

 

即座に吹き出した。

 

「ゲッホゲッホ?!な、何だこりゃ?!クソ苦い!」

「あー、お前も駄目か…」

「おいテメェ、一体何飲ませやがった?!」

 

まるで舌を破壊する為だけにあるような苦さだった。

断じて飲料水として飲んではいけないレベルだ。

 

「アナグラ名物の“飲む人を選ぶ飲料水シリーズ”、その名も『デナトニウム・ブラックコーヒー』だ」

「ちょっと待て、飲む人を選ぶのに渡したのか?!しかもデナトニウムって世界一苦味の強い物質だろ?!そんなモン飲ますんじゃねぇよ!!」

「そうか?この苦味が美味いのに…」

 

そう言ってジンは蓮太郎が持っているものと同じコーヒーをゴクゴクと嚥下していく。

本当に美味そうに飲んでいるのが信じられなかった。

 

「ぷはぁ、うまっ」

「……マジか」

 

……コイツの舌おかしいんじゃねぇの?てか俺の周りヤバイ味覚感覚の奴が多すぎる。

先日の菫のゲロッグを思い出しながら自分の人間関係に軽く戦慄した。

 

「まぁ、コイツを渡したのは俺なりの感謝の印だ」

「え?」

「手伝ってくれて助かった」

 

真面目な表情でジンは礼を言ってくる。

正直、今までの人を食った様な態度が印象として強すぎたため面食らってしまった。

任務から帰投してすぐ、『呪われた子供たち』の黒蛛病患者を受け入れるための用意で大騒ぎのアナグラを蓮太郎は手伝っていた。

何故あんな騒ぎになっていたのか。それは――

 

「あんなに患者がいるなんてな……」

 

蓮太郎が手伝ったのは地下深くにある一つの部屋を大急ぎで掃除し、医療設備を運び込むというものだった。

というのも、今まで患者を受け入れていた部屋が一杯になってしまったのだ。

それも『呪われた子供たち』だけで、だ。

広い部屋に設置された大量のベッドが全て患者で埋まっている光景には唖然とした。

しかも患者全員が『呪われた子供たち』だと知らされたときは、何の冗談かと思わず笑いそうになってしまったほどだ。

 

「あの子たちは全員、身寄りのない外周区の子供たちだ」

 

蓮太郎の考えていることを察したのかジンが静かに語りだす。

蓮太郎もまた黙ったままそれを聞いていた。

 

 

 

「ロミオ先輩が外周区にいたのは偶然じゃない。身寄りのない『呪われた子供たち』を保護すると同時に、黒蛛病に罹っている子たちを探し出して治療を受けさせるためでもある」

 

「黒蛛病は只の病気じゃない。榊博士の見解ではオラクル細胞が病気に深く関係しているらしい。例外は勿論あるが『赤い雨』も主に『捕食領域』を中心に降っているしな」

 

「オラクル細胞が関わっているのならそれは俺らの領分だ。特にロミオ先輩なんかはすぐに上層部に掛け合って保護の許可を求めた」

 

「結果は意外とあっさりと許可が出たがな。特にうちの部隊の総責任者のラケル博士がやたらとロミオ先輩の意見を推していたな。ちと腑に落ちんこともあるが今はまあ良い」

 

「地下深くの頑丈な部屋に彼女らを隔離するのは主に体質が原因だ。どうやらガストレアウィルスを持っている彼女らに対し、黒蛛病は相当なイレギュラーらしい」

 

「彼女らはその常人離れした治癒の力をもって外傷や病気を治すが、その力の源になっているのはガストレアウィルスだ。体内にそれを持っている彼女らの体に、更によく分からんオラクル細胞やら偏食因子やらが入ったらどうなると思う?」

 

「『混在領域』なんかを見れば明らかだ。アラガミとガストレアは殺し合う関係、それはどんな小さな次元でも変わらん。結果として、黒蛛病は彼女らの寿命を常人よりも更に大幅に短くしている」

 

「こう言っちゃアレなんだがな、正直黒蛛病そのもので死ぬのはまだマシなんだ。ヤバいのは体内のウィルスと黒蛛病が争ったせいで急速に体内浸食率を上げてしまうケースだ。最悪、それを観測した場合は完全にガストレアになる前に俺らが『介錯』している。常人なら薬なりなんなりで症状を遅らせることも出来るんだが、それもやっぱり体質の問題で無理だからな」

 

「『赤い雨』に触れさえしなければ発症はしない。だからまともに雨を凌げる環境さえあれば、あんなに『呪われた子供たち』の患者は出さなくて済むんだがな…。この世の中じゃそれも難しい」

 

「中には『赤い雨』すらも彼女らのせいにする馬鹿までいる。『『赤目』が『赤い雨』を呼んでいる』、なんてぬかしながらな。そして、アホらしいことにそんな考えを持っている連中は少なくない」

 

「その阿呆共のせいで彼女らは余計に住む場所を追われて、『赤い雨』に濡れて感染し、連中はそれを見てまた馬鹿な言動と行動を繰り返す。最悪の悪循環だ」

 

「終いには最近、その阿呆共の中でも過激な連中が粛清なんてほざきながら10人もの子供を殺したことまである。ご丁寧に警官を仲間に引き入れて、人数分の拳銃を確保してな」

 

「……偶に考えることがある」

 

「“俺は一体何の為に戦ってんだ?”」

 

「“命かけてあんな連中、護る価値あんのか”ってな」

 

「……お前は、どうだ?」

 

 

 

 

 

 

「お前は、あんな連中の為に、戦えるのか?」

 

 

 

 


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