ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~   作:ミドレンジャイ

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第14話 猿狩り

地平線に太陽が沈み、空が茜色から濃い紺に移り行く頃。

辺りはどんどん暗くなっており、少し冷え込んできている。

そんな中、大型のトラックで荒れた土地を爆走しながら蓮太郎は思う。

 

(どうしてこうなった…?)

 

今トラックに乗っているのは蓮太郎以外に4人。

運転席で豪快にトラックを駆るナナ。

タブレットで何事かを頻りに確認するシエル。

激しい揺れをものともせず寝るジン。

そして蓮太郎の向かいに座って一方的に話すロミオだ。

因みにジュリウスとギルは別行動で今はいない。

ロミオに気付かれない様にこっそりと小さく溜息を吐く。

 

事の発端は数十分前。

互いの紹介を終えた所で先ほどの受付の女性(ヒバリというらしい)から連絡が入ったのだ。

曰く、この支部に向けてアラガミの群が接近中。

出動できる部隊は『ブラッド』というジンが所属する部隊しかないらしい。

それを聞いた後の動きは驚くほど早かった。

まず、群の規模や構成するアラガミの種別の特定。

どうやら“コンゴウ”というアラガミが20匹ほどの群れでいるらしい。

幸いなのはそれ以外の種が付近にいなかったことだとか。

次に作戦だが、至ってシンプルなモノだった。

2手に分かれ、片方に注意を向かせておいてからもう片方が背後から接近し、挟み撃ちで殲滅する。

囮を派手にするために陽動班はジン、ナナ、ロミオ、シエルの4人。

背後からの奇襲をジュリウスとギルが担当する。

その他細々としたものはザックリと決め、すぐさま出撃という形へ。

仲間外れ状態で出撃を見送ろうとした時、ジンが何事かを榊博士に吹き込んでいた。

話を聞いた博士は一つ頷く。どうやら何かの提案の様なものが通ったらしい。

なんてことを考えている間にジンに襟首を引っ掴まれ、有無を言わせない力強さでトラックに乗せられ今に至る。

説明を求めようとしたがトラックに乗って早々ジンは寝入ってしまい何も聞けなかった。

こちらの緊張や不安を軽減させる為なのか、それとも単に自分が喋りたいだけなのか分からないがひたすら喋り倒すロミオ(内容はシプレやユノがどうとか)に適当に相槌を打つ蓮太郎であった。

 

 

すっかり辺りが暗くなった頃、トラックが止まった。

頭上に緑化した月が出ているおかげで明かりが多少確保されているが、それが無かったら何も見えないだろう。

トラックが止まるのと同時にジンが身を起こしたのですかさず問い詰める。

 

「おい、いきなりこんな所に引っ張ってきやがって…一体どういうつもりだ?!」

「……五月蠅ぇな、少し静かにしろ」

「あぁ?!なんだとテメ――」

「“コンゴウ”は聴覚が鋭い。説明してやっからちと黙れ」

 

流石に何も伝えられない状態で拉致同前で連れてこられては堪ったものではない。

そのせいで怒鳴り声になってしまったが、ジンはぶっきらぼうに静かにするよう促す。

堪らず再び食って掛かりそうになるが、説明すると言うので取り敢えず一度口を噤んだ。

他のメンバーも何故ジンが蓮太郎を連れて来たのか知らないため、全員がジンの言葉に耳を傾けていた。

 

「俺たちは仕事柄、今の様にモノリスの結界の外の『捕食領域』で活動することが殆どだ。でもお前たちは逆にモノリスの外に出ることなんて殆どないだろ?」

「…そうだが、それが何なんだ?」

「基本的にアラガミはモノリスに近づく前に俺らが駆除しているからな。恐らく、お前らアラガミを見たことないだろ?」

 

そう聞いてくるジンに頷き返す蓮太郎。

ここまで言われると何となく彼が蓮太郎を連れ出した目的が見えてきた。

 

「つまり…俺にアラガミがどんなもんか見せるために連れ出した、ってわけか」

「イエス。今度の作戦の前に一度見といた方が良い。その見るにしても資料とかで見るよりも生で見た方が断然良いからな」

「だが、それで言ったらお前らもガストレアを見る機会なんてあまりないだろ?」

「偶に『混在領域』付近まで行くこともあってな?遠目にガストレアを見かけることもあるんだわこれが」

「成程ねぇ…」

 

返事を返しつつやっと合点がいった蓮太郎。

この前の蜘蛛型(モデル:スパイダー)との交戦時、いくら他の異形の化け物で慣れているとはいえガストレアは初見で突っ込むには勇気のいる容姿をしている。

臆面も無く電柱を生け花よろしくぶっ刺せたのはある程度見慣れていたからだろう。

 

「つう訳でお前はここで見学な」

 

言いながらジンは何かを投げて寄越してくる。どうやら暗視ゴーグルの様だ。

 

「あ?俺も一緒に戦うんじゃないのか?」

 

疑問に思ったことを訊くと周りの4人全員から『何言ってんだコイツ』的な目を向けられた。

 

「え、なに…?」

「アホか、アラガミには神機しか通用しないの知ってんだろ?」

「あ」

「出て来たところでアラガミのおやつにしかなんねぇから絶対にトラックから出るな」

 

ジンに念を押されていると今まで黙っていたシエルが会話に入ってきた。

 

「ジン、少しいいですか?」

「ん?何?」

「蓮太郎さんをトラックに残すとして、私たちがいない間にトラックがアラガミに襲われる可能性は大丈夫なんですか?」

 

尤もな質問にしかしジンは慌てた様子もなく答える。

 

「大丈夫だ。いつも通りアラガミの知覚範囲外の所にトラックは止めてあるし、最近実装された新しい装備もある」

「え、もう実装されたんですか…?」

 

若干驚きながら問うシエルに頷きながらジンはトラックの運転席、そのサイドブレーキ付近にあるレバーを指し示す。

 

「いいか、俺たちがトラックを降りたらこのレバーを手前に引け。そうするとトラックの周りに特殊なフィールドが展開される」

「特殊なフィールド…?」

「ああ、『ステルス・フィールド』っつってな。スナイパー型の遠距離神機使いの為に開発された機構なんだが、簡単に言やアラガミのあらゆる知覚に引っかからなくなる。それを神機だけでなく車にも搭載したって訳だ」

「マジか?!それ、かなり凄いことなんじゃ…」

「勿論万能じゃねぇよ。車が走っている間は使えねえし、アラガミに捕捉されている状態でも無理だ。それに使うにはまだ燃費が悪い、まだまだ改良の余地のある代物だ」

 

それを差し引いても凄い技術だと思う。

もしこの技術を神機使い以外、民警にも使えるようになれば遥かに安全にガストレアと戦えるのではなかろうか。

だが、この手の技術は大抵オラクル細胞を用いているはず。そのように使えるようになるかは怪しい所だろう。

そんな考察をしているとジンが通信をしており、先に渡されていたインカムから内容がこちらにも聞こえてきた。

 

「こちらブラッドβ。目的地に到達、いつでも行けるぞ」

『こちらブラッドα。同じく目標地点に到達、抜かりは無い』

「了解。極東支部、応答を」

『はい、こちら極東支部。各種計器、システム、バイタル、オールグリーン。目標は5分後作戦エリアに到達予定です』

『ブラッドα了解。ブラッドβ、聞こえるか』

「問題ない」

『よし、作戦は先程シエルが伝えた通りだ。交戦のタイミングはジン、お前に任せる』

「了解」

『お前たちなら心配ないとは思うが、無茶だけはするなよ』

「ホントに無駄な心配だな隊長殿。むしろ心配なのはそっちが合流する前にこっちで始末し終えちまうかも、ってことだな」

『フッ、相変わらず頼もしい奴だな、副隊長。では作戦エリアで会おう』

 

そこで通信は切れた。

周りでは既に3人とも各々の巨大な武器を構え、準備万端だった。

獲物はそれぞれ、ナナがハンマー、ロミオがバスターソード、シエルが短剣(短剣と言っても神機なので普通の刀剣くらいのリーチはある)だ。

ジンも装備を終えたようだ。

装備は前に見たとおり巨大な剣だ。ただ、大きさ的にはシエル以上ロミオ未満と言ったところだが。

 

「さて……そんじゃまあ、猿狩りを始めますかね」

 

不敵に笑うジンの言葉を皮切りに、

 

「“コンゴウ”系統は結合崩壊を優先しましょう、攻略の鍵です」

 

シエルが淡々と注意事項を述べ、

 

「ウッホッホー、ウッホッホー!」

 

ナナがノリノリで謎の歌を歌い、

 

「よっしゃ!いっちょやろうぜ皆!」

 

ロミオが笑顔で締めて皆に活を入れ、全員がトラックを降りて戦場に向かった。

それを見送ってからレバーを引き、安全を確保した蓮太郎の口から出たのは――

 

「……あいつ、副隊長だったのか?!」

 

――という今更な驚きの声だった。

 

 

 

 

 

『黎明の亡都』

今回の作戦エリアはそう呼ばれている『捕食領域』内の廃墟の一つだ。

アラガミが襲いくる前はこの付近は植物園だったらしく、アラガミがいる土地には珍しくある程度の植物が茂っている他、広大な庭園や水辺が存在する。

付近には図書館もあり、その中には大部分の書籍が当時のまま残されていた。

だがそこに人の姿は無く水辺には横倒しになった建造物が埋没し、かつての美しい景観はアラガミの襲撃によって見るも無残な姿へと変わってしまっていた。

そんな荒廃した地に今は4人の人影がある。

その中の一人――ジンは無線で通信をしていた。

 

「こちらブラッドβ、展開完了。ヒバリさん、目標は?」

『目標は5,6匹ほどのグループで移動中、第一陣が約20秒後に作戦エリアに侵入します。侵入エリア情報を送信します』

 

その声が聞こえるなり左目に付けた超小型ディスプレイに、作戦エリアの地形と現在地、そして(アラガミ)の予測侵入地点の情報が表示される。

現在自分たちがいるのは開けた場所にいるが、どうやら敵は図書館方面から来るらしい。

素早く遮蔽物の陰に移動し、ジッとアラガミが来るであろう方面を睨みつける。

待つこと暫し、何か巨大なものが歩いてくる足音が響く。

その音に警戒を最大に引き上げながら近接型神機の柄を握っていると――()()は現れた。

ズングリと丸い胴体、人の胴体ほどの太さがあるのではないかという程の双腕、それに比して足は短く、四足歩行する様は逞しい体躯も合わさって猿人の様に見える。

尻尾は長く、先端だけが鋭くなっており、背中にパイプ状の器官を備え付けている。

顔面は何かの面を付けているようにも見えるが、口元だけが不自然なくらい大きく開いていた。

 

“コンゴウ”

聴覚に非常に優れ僅かな物音にも反応する為、集団による乱戦になることが多い中型種のアラガミだ。

今視界に映っているのはそんな敵が5匹。

後ろで同じく待機している仲間にハンドサインを送り、インカムに付けられている無線通信のボタンで言葉を発することなく遠隔地の仲間に信号を送ると同時、駆け出す。

即ち―

 

(交戦、開始……!)

 

――先手必勝!

背を向けいていた一匹に猛然と迫り跳躍。こちらに気付き振り返るより先にまずは背中のパイプ状器官を斬り飛ばす。

その時点でようやくジンたちの存在に気付いたコンゴウたちは雄叫びを上げながら反撃を繰り出そうとする。

しかしジンは疾走と跳躍の速度を落とすことなく、斬り付けたコンゴウを足場にして再び即座に跳躍。

更に前方にいた二匹の間を高速で駆け抜け、すれ違いざまに其々の脚を一本ずつ斬り飛ばす。

堪らず体勢を崩し地に伏せる二匹だが、敵はそれだけではない。

最初に斬りつけた個体が背後から、無傷の個体二匹が左右からそれぞれジンを襲いにかかっていた。

だが彼は焦ることなく勢いのまま更に前進することで左右の挟撃と背後からの攻撃から脱出する。

当然追撃を仕掛けようとする三匹だが――

 

「ドッカーンッ!」

「おりゃぁ!」

 

そんな掛け声と共に左右から迫っていた二匹の背後から、ナナとロミオがそれぞれの神機を目一杯横に振り回す。

するとどうなるか。

ジンの背後から迫っていた一匹はまるで左右の二匹に潰されるかのようにサンドされる形となった。

衝突の衝撃で一時的に動きが完全に止まったコンゴウたち、そのそれぞれの背中の器官は今までの攻防で三匹とも完全に破壊されていた。

そしてそんな隙を逃すはずもなく、3条のレーザーが殺到する。

レーザーは背中にある傷口から侵入し、体内から顔を貫くような挙動でコンゴウの命を刈り取った。

レーザーの発射元は後方でスナイパータイプの遠距離神機を構えていたシエルだ。

得意のバレットエディットで自作した弾丸は威力だけでなく、トリッキーな弾道を作り出すことによってあらゆる場面で活躍する。

 

『オラクル細胞の停止を確認、コンゴウ三体を撃破しました』

 

ヒバリの通信で完全に撃破したことを確認した後、彼女は再び神機を構え直し、片足で何とか移動を試みようとするコンゴウ二匹を残った脚を狙撃することで妨害する。

 

「よっしゃ!副隊長は撃破した奴のコアの摘出を頼む!」

「私たちは残った敵を倒してくるね~!」

「了解」

 

既に神機から黒い咢を出現させ倒し終えたアラガミを捕食するジンに向け、ロミオとナナは素早く残党へと駆け出す。

尤も、ジンによる脚の損傷とシエルの正確無比な狙撃によって機動力を大幅に削がれたコンゴウが、バスターソードとハンマーの餌食になるのに時間はかからなかった。

 

『交戦外のコンゴウが戦闘音を感知、音の発生地点に向けて移動しています』

「了解」

『ジュリウスさんたちも群れの一部、5匹を引き離して撃破しましたが、残りの群れの個体が全て集結します!到達予想まで30秒です、気を付けてください!』

 

通信が聞こえておよそ30秒後、先ほどの2倍のコンゴウが目の前にいた。

既に発見されている状態なので奇襲は出来ない。

むしろ数を生かしてこちらを包囲するかのように迫ってきていた。

コンゴウで厄介なのはまるで意思疎通が出来ているかの様に纏まった行動が出来る点だ。

しかし、10体もの中型種に囲まれているにも拘らずジンたちに焦りの色は無かった。

コンゴウたちが今まさに彼らを喰らおうと飛び掛かる瞬間、いきなりそのうちの二匹が絶命した。

二匹はそれぞれ、背後から腹部を巨大な剣と槍によって貫かれていた。

何が起こったか他の敵には分からなかったようだ。

混乱が収まらない内に剣と槍は新しく2つの屍を手早く作り上げていた。

 

「無事か、お前らっ!」

「グッドタイミングです」

 

突き刺した槍を引き抜くギルにシエルが応え、

 

「皆、一気に行くぞ!」

「オッケ~、いっくよ~!」

 

剣を振って血糊を飛ばしながら発するジュリウスの鼓舞にナナが乗っかる。

ギルとジュリウスがそれぞれの得物を構えると同時、ロミオが上に向けてスタングレネードを投擲。

強烈な閃光がアラガミの視覚を奪っている間に囲まれていた4人は脱出し、合流した2人と合わせて逆に敵を包囲する。

そして距離を取り、視覚が回復しきっていない敵に向けて――

 

「…くたばれや!」

 

一斉に遠距離型神機で弾丸をばら撒いた。

時折シエル特製のバレット(敵を爆破する弾など)を混ぜながら撃ち続けること約1分、集中砲火に晒されたコンゴウたちは揃って地に伏せ二度と動かなかった。

 

『敵勢力の殲滅を確認、任務完了です。皆さんはやっぱり頼もしいですね!』

 

そんなヒバリの任務完了の通知を聞きながら、特殊部隊『ブラッド』は各々ハイタッチを決めていた。

 

 

 

 


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