ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~ 作:ミドレンジャイ
「さて、今までの話を踏まえた上で本題の方に戻ろうか」
榊はそう言うと改めて表情を引き締め蓮太郎を見つめる。
「
「あ、ああ。そうだ…です。なので俺は先生とも相談して擬態やカムフラージュの方向で探ろうかと思っている…ます」
「フフ、慣れないなら無理に敬語はいいよ。話し易い様に話してくれて結構だ」
その言葉を聞いて蓮太郎の肩から多少力みが取れる。どうにも敬語は苦手だ。
「方針が既に確定しているなら私から君に言うことは一つ。ガストレアがモノリスの結界の外に逃げる前に撃破して欲しい」
「……どういうことだ?」
「君が“アラガミがガストレアに手を貸すのか”と訊いた時に私は“もっと悪い事態になる”と言ったね。それについてさ」
「既に感染爆発が起こるかもしれない上、大絶滅まで引き起こされかねない状況だってのに更に悪いってのかよ…?」
怪訝そうに言う蓮太郎に対し榊は頷きながらも話を進める。
「仮に目標が結界の外に出たとしよう。そこからのガストレアの行動は大雑把に2つに分けられる。即ち『未踏査領域』に向かうか、それとも『混在領域』に向かうかだ」
ある意味、外の3つの領域はそれぞれの『国』としても認識できる。
アラガミの国である『捕食領域』。
ガストレアの国である『未踏査領域』。
国境かつ領土戦の最前線の『混在領域』。
わざわざ単身で『敵国』のど真ん中に行く者などそうそういないだろう。
「『未踏査領域』に向かったのならまだいい。探すのが少々骨だが見つけてしまえば撃破→ケース回収で依頼完了だ。問題は『混在領域』に向かった場合だ」
「確か、アラガミとガストレアが常に殺し合っているヤバイ場所…」
「そんなところに只のステージⅠが紛れ込んだとしてもアラガミに喰われてお終いだろう」
「アラガミに、喰われて………っ、まさか」
何かに気づきハッとする蓮太郎。
「そう。ガストレアに取り込まれていると推測されるケースも同じく喰われてしまうだろうね」
榊も眉間に皺を刻みながら答える。
『取り込まれる』とは生物(主に人間)がガストレアになるとき、その時着ていた服や持ち物がガストレアの体内に巻き込まれることだ。
「ケースの中身は大絶滅を引き起こす封印指定物だぞ…そんなモンが壊れたりしたら何が起こるか分かったもんじゃねぇ!」
“封印”ということは下手に壊したりすることが出来ず、そうする以外に手立てが無かったのだろう。
それを壊すということは言うなればそれを未来永劫“封印”すら出来なくする、ということに他ならない。
「残念だが蓮太郎君、その考えは少しばかり違うね」
冷や汗が伝う中、追い打ちをかけるかのような榊の言葉が蓮太郎の耳に届く。
「私はケースもろともアラガミに
「あぁ?!それと壊れるのと何が違うって――」
『オラクル細胞の最も特筆すべき特徴はあらゆるものを『喰う』ことが出来るという点だ』
不意に。
つい最近聞いた菫の講釈が頭の中で再生される。
『それが有機物だろうと無機物だろうと超有害の核廃棄物だろうとお構いなしにな。そして喰った物の情報を自らに取り込み、学習し、進化する』
(喰う…取り込み……)
『そうして多様な進化を遂げたアラガミによって人の文明は一度崩壊した』
(進、化………ッ!!)
頭の中で最悪のビジョンがジグソーパズルを完成させていくかの様に浮かんでいく。
蓮太郎の顔色の変化で答えに辿り着いたことを悟ったのだろう。最後のピースを榊が口にした。
「アラガミがケースを喰らい、その情報を取り込んだ場合、
一瞬、頭の中が真っ白になり何も考えられなくなる。
封印指定物の特性を持った生命体が種として生まれてくるなど冗談にしたって質が悪い。
だが目の前の、アラガミという生命体を最も良く知るであろう人物に真剣極まりない表情で言われれば、それが冗談などでないことはすぐに分かる。
「もっとも可能性の話だからそうなる確証は無い。そしてそんな可能性に
可能性の話と言われても、もしかしたらそうなるということだ。
ハッキリ言って安心できる材料が全くない。
「どうにか、なんねぇのか…」
知らず漏れる呟きにしかし目の前の男は不敵に笑って見せる。
「どうにかするために我々がいるんじゃないか」
コンコンッ
その言葉を合図にするかのように扉がノックされる。
榊が入室を許可すると複数の人影が中に入ってきた。
「失礼します、『ブラッド』隊長 ジュリウス・ヴィスコンティ、以下隊員各位入ります」
入ってきた人物は全部で6人、男4人と女2人。
目の前で断りを入れたのはあの会議の場にもいた茶の入った金髪の青年だった。
「良いタイミングだ。丁度話も一区切りしたところなんだよ」
一体なんだと思いながら入ってきた人物を見ていると、ジュリウスと名乗った青年の他にも知っている顔があった。
まず先程別れたロミオ。こちらの視線に気づいたのかニッと笑って手を振ってきたので軽く頭を下げて会釈。
そしてもう一人。
黒い軍服の様な服装の黒髪の少年、神斬ジン。
彼もこちらに気付いているようだが目を細めてジッと見てくるだけだった。
そんな風に眺めてると榊の声が耳に入ってきた。
「蓮太郎君、紹介しよう。次の作戦で君たち民警と共に戦うことになるだろうメンバーだ」
ハッとして榊の方を向く。
ニコリと笑いながら榊は続ける。
「確かに
確かに言う通りだ。実際それを想定して政府も彼らをあの会議に呼んだのだろう。
だが――
「俺個人に言うよりももっと大勢に、いやもっと大手の民警に話をした方が良いんじゃないのか…?」
あの場には自分たちよりも遥かに強力なペアを抱える民警が多くいた。
彼らに協力を仰ぐ方がより確実のはずだ。
だがその考えはすぐさま否定される。
「勿論他の民警にも声をかけたのだがね、皆話も聞かず『必要ない』と言われて門前払いだったよ」
「あー……」
何となくその光景が目に浮かぶ蓮太郎。
民警は暴れることを目的とした犯罪者の様な輩も数多くおり、またそれ故に他の民警と手を組むことは殆どない。今回の様な大規模な依頼では別かもしれないが、完全に足並みが揃うなど絶対に有り得ないだろう。
民警同士でさえそんな状態なのに、
「その点、君のことは室戸博士やジン君たちからも聞いていたからね。ロミオ君が君と一緒にいると聞いてこうして話をしたというわけさ。因みに天童社長にも既に話は通してあるよ」
成程、と蓮太郎は納得した。
どういう評価かはともかく多少なりとも情報が分かっている相手の方が彼らにとっても都合が良いだろう。
そして蓮太郎としても彼らの実力の一端を知っているので心強い。
そんなことを考えていると目の前にジュリウスが進み出てきた。
「俺たちも榊博士から話は聞いている。先日の会議で顔を合わせたが初対面の者もいるので改めて自己紹介させてほしい。俺はジュリウス・ヴィスコンティ。フェンリル極致化技術開発局所属『ブラッド』隊の隊長を務めている。次の作戦ではよろしく頼む」
そう言って右手を差し出してくるジュリウス。
非常に落ちつた態度と言い、若くして隊長という貫禄が滲み出る立ち居振る舞いだった。
「天童民間警備会社所属 プロモーター・里見蓮太郎。こちらこそよろしく頼む」
真っ直ぐに見てくる目を真っ向から受け止めながら握手を交わす。
既に分かっていたことだがかなりの好人物の様だ。
握手を終えると、次に一人の少女が進み出て来た。
蓮太郎よりも少し年下に見え、解けば長いであろう銀色の髪を側頭部の高い位置で両側にリボンで結っていた。ちょっとした変則ツインテールのように見える。
顔立ちは整っており間違いなく美少女の部類に入るのだろう。
表情は乏しくまるで能面の様にも見えるが、近寄りがたい感じは受けずむしろ柔らかい印象を受けた。
ゴシック調の白のブラウスで木更に勝るとも劣らない豊満な胸を包み、深緑色のミニスカートを着用している。
「『ブラッド』隊所属、シエル・アランソンです。隊の中では作戦立案等を担当しています。民警の方々との共同作戦は初めてなので、至らぬ点があれば教えてください」
ピシッと敬礼しながら話すシエル。どうやらかなり堅苦しい性格らしい。
「俺たちも神機使いとの共同作戦は初めてなんだ。まあ、お互いうまくやろうぜ」
苦笑しながらこちらから手を差し出す。
暗に肩の力を抜いてくれていいというニュアンスで言うと、それを察してくれたのか僅かながらも柔らかく微笑みながら握手を返してくれた。
シエルと握手を終えると、今度は背の高い男が目の前に来た。
「ギルバード・マクレインだ」
それだけ言って同じく握手の為の手を差し出す。
この中で最も長身の彼を簡単に表すならば『頼れる兄貴』と言ったところか。
黒の長髪から覗く眼光は鋭く、左頬には一筋の傷跡がある。
紫色を基調とした帽子と同色の短い上着を羽織り、動きやすそうな黒のジーパンを穿いている。
仕事の関係上多くの荒くれ者を見てきた蓮太郎だが、並みの奴らでは目の前の男には歯が立たないだろうという確信があった。
そのせいか、少し吃り気味になってしまった。
「あ、ああ。よろしく頼む、マクレインさん」
その返事を聞いたギルバードはフッと笑い―
「ギルでいい。こちらこそよろしく頼む」
「…ああ!」
そう言って蓮太郎の手を握った。
やはり最初の『頼れる兄貴』という印象は間違ってなかったらしい。
「はいはぁーい!次は私だね!」
ギルの挨拶が終わってすぐに少女の声がした。
そちらに目をやった蓮太郎は思わず吹き出しそうになったが何とかこらえることに成功する。
「私は香月ナナ、ナナって呼んでね!」
少女―ナナは屈託ない笑みを向けるが蓮太郎は正直それどころではなかった。
恐らく同じくらいの年だろうナナはまるで猫耳の様に見える特徴的な髪型をしており所々を×印の様な髪留めを付けている。
別にこの髪型で吹き出しそうになったわけではない。問題は服装だ。
フード付きのかなり丈の短いピンクのノースリーブコートと、腿の付け根が見えるのではないかというほど際どいショートパンツ。インナーに至っては胸を隠すように申し訳程度に布があるだけだ。
総じて肌色率が多すぎる。
冷や汗を流しつつどう対応するのがベストか真剣に悩んでいると――
「はい!お近づきの印に、これどうぞ!」
そう言って何かを手渡された。
見るとそれは奇妙なパンだった。
簡単に言うとホットドッグでおでんを挟んである得体のしれないものだ。
「……あの、これは…?」
「お母さん直伝!ナナ特性のおでんパン!すごく美味しいからお替わりが欲しかったらいつでも言ってね!」
そのまま下がっていくナナ。どうやら彼女にとって
唖然としているといつの間にか目の前にロミオがいた。
とりあえずおでんパンは少しの間忘れよう。
「さっき話したばっかだけどもう一回な!俺はロミオ・レオーニ、ロミオって呼んでくれ!」
「ああ、よろしく」
こちらも良い笑顔で握手をしてくれた。
彼についてはここに来るまでに多少話しているので、人柄についてはある程度知っている。
なのでちょっと別のことを訊いていた。
「なあ、さっきの子たちは…?」
一緒に来た子供たちのことを訊くと、
「ああ、全員ここで暮らすってさ。面倒はこっちで見るから安心してくれ!…あ、勿論何時でも様子見に来てくれていいぜ」
と胸を張って答えてくれた。
「そうか…良かった」
ここにいた子供たちにも懐かれていたようだし、彼に預ければ心配ないだろう。
そう思っていると最後の一人が蓮太郎の前に来た。
「なんか、ホントにここ最近よく会うなオイ…」
ポリポリと頭を掻きながらぼやくジン。
物凄く面倒くさそうにしていた彼だったが一つ溜息を吐いて自己紹介を始めた。
「…神斬ジン、呼び方は適当に呼んでくれ。但し…妙な呼び方だった場合は張り倒すぞ」
「お前が言うな…」
ゲンナリしながらもお互い取り敢えず握手はしておく。
榊博士が見守る中、ここに
これからちょいちょい私事が入ると思いますので、また更新は不定期になりそうです…。
それでも読んでくれるという方は、気長にお待ちいただけると幸いです。