ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~ 作:ミドレンジャイ
数十分前、先程出会った青年―ロミオ・レオーニと一緒に少女に連れられて少女の友達の元へと行った。
少女が無事に戻ってきたことに彼女の友達は素直に安堵していたが、蓮太郎やロミオを見るとあからさまに警戒と敵意を露わにする。
事の経緯を少女がたどたどしく伝えたことによって何とか事なきを得たが。
その後、ロミオの説明と少女の説得によってとりあえずその施設の見学だけでもしようということになって外周区沿いに移動した。
本当は市街地に入って電車などを乗り継げば良かったのだろうが、先の事もあってそれは止めた。
だが車も無く舗装もされていない荒れた道を延々歩くだけでは日が暮れてしまうという。
ではどうするか。簡単だ。
徒歩が遅けりゃ走ればいいじゃない。
その答えを聞いたとき蓮太郎の顔は間違いなく引き攣っていた。
目の前にいるのはガストレア因子を宿した『呪われた子供たち』。脚力特化系の因子でなくても走るだけで車の平均走行速度くらいは出せるような子たちだ。
正直付いて行くなど不可能だろう。
そう苦言を呈そうとしたところでロミオは右手親指で自分を指さし、ニコリと笑いながら「んじゃ、付いて来てくれ」と言った。
その時になって蓮太郎はあることに気付く。
ロミオの右腕にある黒い腕輪だ。
(……あれ、なんかつい最近見たような…)
なんてことを思っているうちに周りは結構ガチな速度で駆け出し始める。
驚くべきはロミオが先頭でその後ろに『子供たち』が続いていることだ。
慌てて追いかけるがとても追いつけるものではない。
なんとか気付いてもらって、『子供たち』に蓮太郎だけ担いでもらう様にして走っての移動を開始する。
このとき蓮太郎にとっての誤算は2つ。
1つは延珠にも偶に任務でこのように担いでもらって移動することがあったので、振り落とされることは無いだろうと高をくくっていたこと。
そしてもう1つは、最初に蓮太郎を担いだ少女がかなり茶目っ気があり悪戯好きであったことだ。
結果として蓮太郎はシートベルト無しの状態で高速で振り回されたり、移動途中に突如放り投げられたかと思えば別の子にお手玉感覚でキャッチされ再び高速で振り回されたりした。
そうやって振り回され、あまりの速度の風圧に仰け反る度に無様な叫び声をあげ、子供たちはその様が面白かったようでキャッキャッと笑っていた。
ロミオによって目的の場所に連れてこられたときには蓮太郎は既に屍の様になっていた。
「お~い、大丈夫か~?」
「ス、スマンが話しかけないでくれ…色々戻しそうなんだ……」
ぐったりと地面に倒れ込む蓮太郎。
子供たちは何処で見つけてきたのか、木の棒で蓮太郎のあちこちをつつきまわしている。
その様子を苦笑しながらロミオは見ていたが、再び連絡を取る為にどこかへと電話をかけていた。
その間にある程度回復した蓮太郎はようやく顔をあげ、改めて周りを観察する。
外周区特有の荒廃した空気が流れるが、それでも他の所とは雰囲気が違った。
その雰囲気の出所は目の前にある巨大な鉄の壁だろう。所々には狼の様な紋章も入っている。
モノリスほどではないがかなりの高さのある巨大な装甲壁が、左右見渡す限りに広がっている。
その広さたるやどこまで続いているのか、今いる位置からでは分からないほどだ。
そして現在、蓮太郎はそのスケールに呆気にとられていた。
と、そこへロミオが戻ってくる。
「よし!そんじゃ中に案内するぜ!」
そう言って指し示す先では巨大な扉がシャッターの様に上へと開いていた。
「な、なあ、ロミオさん、ここは……?」
「さん付けはいいって。まあここは普通の人はあんまり寄らないからね。見るのは初めてでも知識としては多分知ってると思うよ」
シャッターを潜り抜け、くるっと振り返りロミオは告げる。
この場所の名前を。
「ようこそ第0外周区、またの名をフェンリル極東東京エリア支部へ」
装甲壁の内側に入るとそこには集落のようなものが広がっていた。
蓮太郎と延珠が住んでいるボロアパートよりも更に簡素な造りの家々が密集している。
そしてそこには、『呪われた子供たち』と思われる少女たちが多く住んでいた。
「これは、一体……」
知らず蓮太郎の口から呟きが漏れる。
連れてきた子たちも予想外の光景だったのか、キョロキョロと辺りを見回していた。
確かに家々はボロいが不潔というわけではない。
人が住めるように整備され、人がちゃんと住んでいる証として生活臭がした。
「驚いたでしょ?ここは昔『外部居住区』って呼ばれてたところなんだ」
「外部居住区…」
「そ。あ、でも詳しい説明はちょっと勘べ『ロミオ兄ちゃーん!!!』おわぁあ?!」
話している最中振り返っていたのが仇となり、ロミオは正面から群がってきた子供たちに押し倒されてしまった。
「いえーい、一番乗り!兄ちゃんに肩車してもらう権利は私が貰ったぁぁ!!」
「ズルい!!サヤちゃんこの前も一番だったじゃん、次はあたし!!」
「ねぇー、もう肩車とかじゃなくてさ鬼ごっことかにしよーよ」
「えー、つまんない。それだったらかくれんぼが良い!」
ロミオに圧し掛かったまま騒ぐ少女たち。若干ロミオは苦しそうだ。
「ちょ、お前ら、そこどいて、お、重い……」
「あー!“れでぃ”に向かってそう言うこといっちゃいけないんだよ?」
「ししし、こりゃロミオのあんちゃんにはお仕置きが必要ですな~」
「賛成~♪何する何する?」
「全員でくすぐりの刑とかは?」
「それだ!みんな、かかれ~!」
「ちょ、まっ……あ、あはははははっ?!」
1人の号令のもと、全員でロミオを揉みくちゃにしていく。
その騒ぎを聞きつけてかドンドン子供たちの数は増えていった。
蓮太郎はその光景を見てポカンと口を開く羽目になった。
いや、蓮太郎だけでなく一緒に連れてきた子供たちも呆気にとられている。
正直ここまで多くの“笑顔の”『呪われた子供たち』を見るのは初めてだ。
「おやおや、相変わらずロミオ君はこの子たちの人気者だね」
しばらく固まっていると、不意に子供たちの向こうから声が聞こえた。
見るとそこには、あの会議の場にいた眼鏡の男―ペイラー・榊がいた。
「あ、あはは、は、博士!あははた、助けて、あはは助けてくれ!」
「フム、確かにちょっと話も出来そうにないね。君たち、その辺でロミオ君を放してあげてくれるかな?」
『は~い』
榊がそう言うと、子供たちは少々名残惜しそうにロミオを開放した。
「う~、死ぬかと思ったぜ」
「じゃれているだけさ、可愛いものじゃないか」
「いやまあ、そうっすけど」
頭を掻きつつぼやくロミオ。
それをいつもの事と流して榊はこちらに向かってくる。
「君たちがロミオ君の言っていた新しい子たちだね?」
榊の問に連れてきた子たちはおっかなびっくりに頷く。
「ここに住むかどうか決めるのは君たちだ。とりあえずはロミオ君に連れてもらってこの付近を散策してみると良いよ」
そう言ってロミオに振り返ると、彼は服の汚れを払って落としながら「任せてくれ!」と笑顔で了承した。
そのまま連れてきた子たちを先導し、ついでに先程集まってきた子たちとも一緒に集落を案内するべく歩き出した。
蓮太郎も何となくそれに付いて行こうとするが――
「さてと、彼女らがどうするかはまだ分からないが、私としては今は君と話がしたい」
そう榊に呼び止められた。
「済まないが、ちょっと付き合ってくれるかい?」
榊に連れられるまま蓮太郎は集落の奥にあった巨大な建物に向かった。
中に入ると無骨だが良く作り込まれたエントランスが広がっていた。
来客を迎えるためというよりも、もっと実用的で、何かの準備を行うための待合室の様な感じも受ける不思議な場所だ。
正面には受付の様なものがあり、1人の女性がいた。
「あ、榊博士。お帰りなさい」
「ヒバリ君、今各部隊の面々はどうしているかね?」
「えっと、第1部隊は先程第4部隊と合同で任務に出撃しました。第2 、第3部隊は継続してサテライト拠点を防衛中。『ブラッド』は討伐任務を終え、現在帰投中です。シエルさんのみ先の件の作戦立案の為自室にいます。何かありましたか?」
「フム、では『ブラッド』のメンバーは帰投が完了次第、シエル君とロミオ君も含めて支部長室に来るよう伝えてくれ」
「分かりました」
そんな会話を終えるとそのまま脇の階段を上がってエレベーターに乗り込んだ。
ほどなくして一つの階に到着する。
そこは短い廊下と、正面に1つ、廊下の両脇に2つの扉で構成されており、何となく身の引き締まるような空気が流れているように感じた。
そのまま正面の部屋に入ると、中は大きな執務用の机と来客用のソファ、幾つかの装飾品が飾られている部屋だった。
狼の紋章の入った大きな垂れ幕がかかった壁を背後に榊は執務用の椅子に座り徐に話を始めた。
「先日の会議の場で顔は合わせたが改めて自己紹介させてもらおう。私は榊。ここ、フェンリル極東東京エリア支部の支部長を務めながらアラガミの研究をしている。よろしくね」
「ッ、天童民間警備会社所属、プロモーター・里見蓮太郎です」
少し気後れしながらも何とか返事を返すことが出来た。
そのことに安堵していると榊の眉がピクリと動いた。
「蓮太郎君……そうか、君がそうなのか…」
「…?あの、俺のこと知ってるんですか?」
「ああ、時折室戸博士から君のことを聞くことがあるんだ」
それを聞いて蓮太郎は大いに驚いた。
あの人嫌いで引きこもりで死体しか愛せない
ただ、同時に猛烈に嫌な予感がこみあげてくる。
「あー、先生は俺のことなんて…?」
榊はフムッと一つ洩らしてから思案するような顔で告げる。
「確か……街中で幼女の匂いのみを嗅ぎ分ける驚異的な嗅覚と、見た瞬間に幼女のスリーサイズを正確に見抜くことの出来る並々ならぬ洞察力を併せ持つ稀代の変態紳士、と言っていたね」
「……………………………それ、どう思ってます?」
「俄かには信じられないが、アラガミやガストレアの生態系を知っている身としては、人がそういう能力を持っていても不思議ではない、といったところかな」
「お願いですからそこは信じてないって言ってください……」
もうあの人ホントにやだ。
まさかこんなところにまであの人の魔手が伸びているとは想像もしていなかった。
もしかすると自分の知らない所で今も着々と魔手の侵攻は続いているのだろうか…。
そう思うと目の前が真っ暗になる蓮太郎であった。
そんな蓮太郎を放って榊は話を再開させる。
「さて、君に来てもらったのは他でもない。例の依頼についてだ」
その言葉を聞き、蓮太郎も意識を切り替える。
「先日も言ったと思うが目標はガストレア1体のみ。ならば探すにしろ倒すにしろどちらのノウハウも持たない神機使いたちは足手まといになってしまうだろう」
「にも関わらず呼ばれたのはあなたたちの力が必要かもしれないから、でしたっけ」
「その通り。では具体的に我々の力が必要な場合とはどういう場合か」
榊は頷きながら話を続ける。
「答えは簡単。アラガミが関与する場合だ」
「では、感染源ガストレアにアラガミが手を貸すと博士は考えているんですか?」
「いや違う。もっと悪い事態だ」
「?」
「君は今のこの“エリア”というものがどのようにして出来たか知っているかい?」
突然質問を投げかける榊。
あまりその辺に詳しくない蓮太郎は素直に首を振る。
「今から10年以上前はアラガミのみが脅威として世界に蔓延っていた。あらゆるものを捕食し凄まじい速度で進化した奴らによって、世界は食い荒らされ、我々人類は滅亡の瀬戸際まで追い詰められた」
「でもフェンリルが神機を開発し、ゴッドイーターが組織されてアラガミに対抗できるようになった」
「そう。そしてアラガミと戦いながら各地に拠点を少しずつ築き、徐々に人類の活動領域を広げていった。だが10年前にガストレアが発生した」
そこで一拍置き何かを思い出すかのようにして再び口を開く。
「当時のことは良く覚えているよ。明らかにアラガミとは全く異なる生命体が人類に牙を剥くんだからね。しかも襲われた人は同じような化け物になる、地獄絵図とはあのことだね」
「………」
奴らが襲ってきたときの恐怖心は幼かった自分にも深く刻みつけられている。
硝煙と血の匂いを嗅がなかった日は無く、ふと横を見れば死体を炎で燃やす光景が飛び込んでくる。
そして奇怪な叫び声と共に赤い目をしたガストレアが襲ってくるのだ。
正しくあれは地獄だった。
「だが奇妙に思わないかね」
「…?何がです?」
「アラガミとガストレア。2つの脅威に晒されているというのに、人類は現在の様な広大とは言えないまでもアラガミだけだった時代よりも広いエリアを確保している。何故だと思う?」
言われてみればそうだ。
この神機使いたちの根城は東京エリアの中にあり、ここの何倍もの面積を東京エリアは持っている。
アラガミは見たことが無いが、既存の敵に加えてガストレアという新たな脅威まで出現したというのに、むしろ人間の生きるスペースが増えたというのは腑に落ちない。
であればそこには何か原因がある。考えられるのは――
「……人類だけでなく、アラガミとガストレアはお互い同士でも敵だった?」
ニコリ、と榊は笑んだ。
「そう。不思議なことにガストレアは出現当時、人類だけでなくアラガミに対しても積極的な攻勢を仕掛けていたんだ。それに呼応するようにアラガミもガストレアを攻撃し始めた。するとどうだろう、それまでの時代よりも結果的にアラガミによる被害が減ったんだ」
「アラガミの被害が…?」
「そう。今までの人類対アラガミの構図に新たにガストレアが加わることによって三つ巴の様相になったんだ。結果的に双方からの人類の被害が減り、これをチャンスと思い負担の減った神機使いによってガストレアの方もある程度対処しつつ、現在のエリアを確保するようにモノリスが設置された。そして設置が完了する頃、アラガミとガストレアの対立もある均衡が生まれつつあった」
蓮太郎は初めて知るアラガミとガストレアの関係に非常に興味をそそられた。
「モノリスの外は現在3つの領域に大別できる。1つ目は『未踏査領域』。主にガストレアが闊歩する土地だ。興味深いことに奴らが闊歩する土地は植物が入り乱れると共に、それらの異常成長も観測されている。今ではその領域は不気味なジャングルの様になっているだろうね。2つ目は『捕食領域』、アラガミの住む領域だね。こちらは未だに世紀末の様に荒れ果てている土地が殆どだ。そして3つ目、最も危険な『混在領域』。これは他の2つの領域の狭間にある領域でアラガミとガストレアの殺し合いの場だ。目まぐるしい速度で環境の異常成長と捕食が繰り返され、そこかしこで日々お互いを殺しあっているよ」
そこまで聞いたとき蓮太郎の頭に疑問が浮かんだ。
「待ってくれ。殺し合うって言ってもガストレアに体液を送り込まれたらアラガミでもガストレアになって終わりなんじゃ…?」
「良い所に気付いたね。そう、面白いのはそこなのさ」
まるで出来の良い生徒を褒めるかのように、ますます饒舌になる榊。
「ガストレアは確かに体内に存在するウィルスを対象に送り込み数を増やす。ではそのウィルスは具体的にどうやって宿主のガストレア化を促すのか、民警である君なら良く知っているだろう?」
「ああ、ガストレアウィルスは感染すると宿主のDNA情報を読み取り、自分に合ったようにそのDNA情報を書き換える。そしてその浸食率が50%を超えると形象崩壊を起こし、ガストレアになる」
「その通り!…ではそんな君に聞こう。生物はDNA情報を書き換えられガストレアになる。ならば
「?!」
蓮太郎は酷く混乱した。
DNA情報を持たない生命体?
そんなものウィルスなどを除けば存在しないはずだが…。
「答えは“ガストレア化しない”。当然だね、書き換えるための情報がそもそも無いのだから。そしてアラガミを構成するオラクル細胞はDNAを持っていないのさ」
「なっ?!」
「オラクル細胞はそれひとつで生命活動が完結しており、我々のような生物とは根本的に構造が違うのさ。結果としてガストレアウィルスに感染しないという特性が出来た」
「そんな、ことが……」
「あるのさ。そして感染が効かないのならばガストレアにとってアラガミを倒すには物理手段しかない。しかしオラクル細胞の細胞結合力の前には並みの攻撃では歯が立たない。結果として有効なのはその重量を生かした押しつぶし位だ」
あのガストレアウィルスに感染しない存在。
俄かには信じられないことだった。
「しかし一方でアラガミもガストレアの驚異的な再生能力に手を焼いているのさ。しかもガストレアの皮膚の硬度も洒落にならないくらい硬いから、たとえアラガミでも急所の脳を破壊したりするのは骨が折れる。そうやってお互いに『混在領域』で殺し合っている間に我々人類は体勢を立て直した、というわけさ」