ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~   作:ミドレンジャイ

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第9話 蛭子影胤

「フハハハハハハハハハハハッ!!!」

『誰です』

「私だ」

 

会議室にいる全員の視線が声の主に集まる。

先程まで空席だった大瀬社長の席に一人の男が卓に脚を投げ出した格好で座っていた。

舞踏会で使う仮面、ワインレッドのシルクハットに縦縞の入った燕尾服。

「いよっと」と声を掛けながら体を反らせて土足で卓の上に上がり、そのまま中央付近まで進むと聖天子と相対した。

 

『…名乗りなさい』

「これは失礼」

 

シルクハットを取り慇懃に礼をする仮面の男。

 

「お初にお目にかかるね、無能な国家元首殿。私は蛭子、蛭子影胤という。端的に言うと君たちの敵だ」

 

そう言った男、蛭子影胤は顔を持ち上げると猛烈な勢いでこちらに顔を向けた。

この男と会った時の悪寒が背筋を再び走り、反射的に拳銃を抜いていた。

 

「お前はッ…!」

「フフフ、また会ったね里見くん。わが新しき友よ」

「どっから入ってきた?!」

「勿論正面から堂々と入らせてもらったよ。もっとも――突っかかってくる小うるさい蠅は皆殺させたけどね」

 

まるでなんでもないことの様に人を殺したと言う影胤。

コイツにとっては邪魔なものは全員蠅程度にしか見えないのだろう。

 

「おおそうだ、ちょうど良い。この機会に私の娘も紹介しよう。小比奈、おいで」

「はい、パパ」

 

いつからいたのか蓮太郎の後ろには一人の少女がいた。

ウェーブがかった黒の短髪、フリル付の黒いワンピース、表情はあどけなく可愛らしいがそれがむしろどこか危ない感じがした。

腰の後ろには黒い小太刀を2本、交差するように吊っている。

 

(一体、いつからッ……)

 

蓮太郎がゾッとしている間にも少女は難儀しながら卓の上に上っていた。

影胤の横まで来るとスカートの端をチョコンと摘みお辞儀する。

 

「蛭子小比奈10歳」

「私の娘にしてイニシエーターだ」

(イニシエーターだと?こいつ、民警…なのか?)

 

警戒と訝しさをブレンドした視線で二人を睨んでいると、小比奈という名前らしい少女が控えめに影胤の裾を引っ張った。

これだけなら可愛らしいのだが、吊っている小太刀の鯉口から血が滴っているのに気付いたのと、彼女の次の発言でそんな考えは消し飛んだ。

 

「ねえパパ…みんなこっち見てて恥ずかしいから斬っていい?あと、あいつテッポウ向けてるよ?斬っていい?」

「よしよし。だが、まだ駄目だ。我慢なさい」

「うぅ…パパァ」

 

年相応の表情と言っている内容がかけ離れている。

一体どのような教育を行えばあのようになるというのか。

さり気無く木更を護る様に前へ出る蓮太郎。

 

「テメェ、一体何の用だ」

「ああ、ただの挨拶だよ。私もこのレースに参加(エントリー)することを伝えておきたくてね」

「レース…エントリー?何のことだ」

「『七星の遺産』は我々がいただくと言っているんだ」

『…………ッ』

「『七星の遺産』?なんだそりゃ」

「おやおや本当に何も知らされずに依頼を受けさせられようとしていたんだね、可哀想に。例のケースの中身だよ」

「ッ!ならお前が昨日あそこにいたのは……」

「ご明察。私も感染源を追って部屋に入ったんだがどこにもいなくてね。しかもぐずぐずしていたら五月蠅い奴ら(警官隊)が窓から突入してくるしで散々だったよ。もうビックリして思わず殺しちゃったよ」

 

仮面を押さえ「ヒヒヒ」と喉の奥で笑う影胤に憎悪が募る。

拳銃の銃把をギシリと音が鳴るほど握りしめていると、徐に目の前の怪人は大仰に手を広げ、会議室にいる全員に宣言する。

 

「諸君ッ、ルールの確認といこうではないか!私と君たち、どちらが先に感染源を見つけて、『七星の遺産』を手に入れるかという勝負(レース)だ。掛け金(ベット)はそうだな…君たちの命でいかがかな?」

「――黙っていりゃごちゃごちゃと」

 

気付いた時には伊熊将監が背中のバスターソードを引き抜き影胤の前まで猛烈な速度で迫っていた。

 

「うるっせぇんだよ!!」

「おおぅッ?」

 

怒号と共に真横から全力で斬り付ける将監。

渾身の斬撃。完全に決まったと誰もが思った。

だが――

 

パシィッ

ガギィィン!

 

小さな雷鳴音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には甲高い音と共に将監の剣が弾き飛ばされた。

一瞬のことだが剣と影胤の間に青白い燐光も見えた。

 

「チィィッ!夏世ォッ!!」

「そんなに怒鳴らなくても――」

 

一人の少女――将監の相棒である千寿夏世が弾き飛ばされた剣を追う様に壁を駆け上がっていた。

瞳は赤く『呪われた子供たち(イニシエーター)』としての能力を開放している。

そのまま剣の飛ばされた先へと先回りし、未だ空中にある剣を思いっきり――

 

「分かっています」

 

蹴り飛ばす。

蹴られた剣は砲弾もかくやという勢いで真っ直ぐ影胤の元へ。

 

「フッ、そんなもの…「ぶった斬れろや!!」何?!」

 

飛ばされた剣が影胤に直撃する寸前、柄の部分を逆手に持ち、自らの筋力でもって剣の速度を更に加速させる。

避けるタイミングを完全にずらされた影胤は確実に直撃した。

 

(スゲェ…これが1000番台の実力と連携……!)

 

鮮やかな連携に思わず蓮太郎は息を飲むがそれも一瞬のこと。

目の前に広がる光景が、そんな思考を吹き飛ばす。

 

「ざーんねん!」

「なっ?!」

 

剣は影胤の数cm先で青白い燐光に阻まれ停止していた。

 

(なんだありゃ?!)

「下がれ将監!」

「!」

 

三ヶ島の一喝に瞬時に意図を汲み取った将監は舌打ちと共に後退。

それを合図にするように集まっていた社長とプロモーターが自前の拳銃を構え一斉に引き金を引く。

鼓膜が破れかねないほどの銃声の嵐に晒されながらも、蓮太郎も何かに憑かれた様に撃ちまくる。

360度全方位からの弾幕。逃げ場などない。

 

「無駄だよ」

 

だが影胤のそんな言葉が聞こえると同時に先程の青白い燐光が、まるで影胤を護るドーム状のバリアの様に展開される。

バリアに当たった銃弾は全てあさっての方向に弾かれ、あちこちに跳弾していく。

弾倉が空になるまで撃ち尽くすと、硝煙のキツイ臭いが充満する中、跳弾した弾が当たった者のうめき声がそこかしこから聞こえてくる。

目の前には無傷の仮面の男とその娘。

彼らを避ける様に円周状に弾痕が刻まれた無残な卓から自分たちを見下ろしていた。

 

「そんな……」

「ヒヒヒヒッ、馬鹿だね君たちも。その程度の攻撃、効くわけないだろう?」

 

馬鹿にしたように影胤が笑うが最早怒りを覚えることも出来ない。

列席した他社の高位序列者たちもまるで麻痺しているかの様に固まっていた。

 

 

 

そんな中で動く影があった。

 

 

 

 

「ほう、ならばどの程度なら効くのか―――」

 

1つは影胤の正面にいる茶が入った金髪の青年。

 

「試してやんよっ!」

 

もう一つは影胤の背後から挟むように黒髪の少年。

完璧にタイミングの合わさった華麗な挟撃だ。

それぞれが手に持つ背丈と同程度の大きさを持つ巨大な刃を水平に残像が残るほどの速度で振るう。

人をも裁断するその巨大な鋏はしかし青白い燐光に阻まれた。

 

「ヒヒッ、何を試すって?」

 

余裕の態度を崩さない影胤。

しかし2人は悔しそうな素振りも見せず、むしろニヤリと笑って見せる。

一瞬のアイコンタクトの後、2人はバッと同時に後退する。

訝しむ影胤だったがその意味をすぐに知る。

 

 

ドガガガガガガッッ!!!!!と。

 

 

先程の銃声の嵐に勝るとも劣らない壮絶な音が鳴り響く。

音の発信元は黄色い服装の少年。

彼が手に持っているのも背丈と同じくらいありそうな長さの長大な銃器だ。

彼が放った弾丸は狙い違わず影胤へ。

先程の二の舞になると誰もが思い咄嗟に伏せるが跳弾は何時までたっても起きなかった。

 

「何……?」

 

弾丸は確かにバリアに当たったが、当たった個所に妙なものが出来ていた。

球。

バリアと同じく青白くボンヤリと発光する球が、命中した全ての個所に発生していた。

計7個の球は重力に引かれて落下するでもなくその場に停止している。

誰もが一体何なのかと疑問に思っていると、突如として全ての球が急激に膨張した。

 

「ッ!!」

 

影胤が咄嗟に手を前にかざす。恐らくバリアの強度を上げたのだろう。

直後―

 

 

ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッ!!!!!

 

 

今までで一番の轟音が鳴り響く。

バリアに張り付いていた球がいきなり膨らんだかと思うと、一斉に4,5発ずつレーザーを影胤に向けて照射した。

なんてヤバイ攻撃だと蓮太郎は思う。

恐らく先の銃撃はあの球を敵に引っ付けるのが目的なのだろう。

引っ付いた球は決して敵から剥がれず、時間経過によって膨張、レーザーを至近距離から一斉に放つ。

あんなモノまともに食らっては蜂の巣では済まないだろう。

 

 

 

だが目の前の怪人はまともではなかったようだ。

 

「ヒヒヒヒッ!言うだけあってやるね!」

 

レーザーはバリアの強度を破れず、跳弾せずに消滅したようだ。

 

君たち(ゴッドイーター)のことを見くびっていたようだ。正直見直したよ」

「そいつはどーも」

 

馬鹿にしたように影胤に返すジン。

だが眼だけは油断なく相手を観察している。

 

「見直したついでに教えてくれや、そりゃ一体なんだ?」

「斥力フィールドさ。私は『イマジナリー・ギミック』と呼んでるがね」

「バリア?おいおいマジか、お前本当に人間か?俺としては正直お前が新種のアラガミと言われても信じそうなんだが」

「フフフ、君たち(ゴッドイーター)にそんなこと言われたくないし、それにあんなのと一緒にしないでくれたまえ。私は正真正銘人間さ。ただこれを発生させるために内臓の殆どを摘出してバラニウムの機械に詰め替えているがね」

 

ドクンッと蓮太郎の心臓が跳ねる。

今、コイツはなんと言った?

 

「機械……?」

 

まさか、コイツは………

 

「改めて名乗ろう里見くん。私は」

 

コイツ()―――?

 

「元陸上自衛隊東部方面隊第787機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ」

 

三ヶ島の驚愕に塗れた声が蓮太郎にはどこか遠くに聞こえた。

 

「馬鹿なッ、ガストレア戦争が生んだ対ガストレア特殊部隊だと?実在するわけが……」

「信じるかどうかは君の勝手だよ。まあ、何かね里見くん?君には悪いがあの時の私は全く本気ではなかったのだよ」

 

そう言いながら音もなく蓮太郎の前まで進み出てくる影胤。

右手に持った白い布で左手を覆うと、マジックの様に箱が綺麗に包装された状態で出て来た。

愕然とする蓮太郎にそれを手渡し、ポンッと肩に手を置きながら告げる。

 

「そんなお詫びも兼ねてプレゼントだ」

 

その足で窓際まで歩いていくと思い出したかのように振り返った。

 

「おっと。そう言えばそこの君たち、名前を教えてくれないかい?」

 

視線の先にはジンたちがいた。

他の2人が何かを言う前に先んじてジンが言う。

 

「嫌だね。変人とはお近づきになりたくないんでな」

「ヒヒヒッ、つれないね」

 

その返答に特に気を悪くした様子も見せずそのまま背を向ける。

 

「それではこの辺でお暇させてもらおう。絶望したまえ民警の諸君、そして神機使いたちよ。滅亡の日は近い。いくよ小比奈」

「はいパパ」

 

自然な動作で2人は窓から飛び降り姿を消した。

 

 

 

 

しばし会議室では動くものも音を発するものいなかった。

しばらくすると誰かが荒く呼吸する音が響く。

それを皮切りにして再び周りの時間が動き始めた。

視線だけで殺されると思ったのは初めての事だった。

こみ上げてくる吐き気を懸命に抑え込んでいると険しい顔の木更に肩を掴まれた。

 

「説明なさい里見君。あの男とはどこで会ったの」

「それは……」

 

蓮太郎が言いよどんでいると三ヶ島の怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「天童閣下ッ!『新人類創造計画』は―――あの男の言っていたことは本当なのですか?!」

『答える必要はない』

 

揺るぎ無く即答する菊之丞。

その返答は暗に影胤の言が本当だと言っているようなものだ。

会議室にいる民警たちが息を飲む中、部屋の扉が突然開き半狂乱の男が1人入ってきた。

 

「た、大変だ!社長が、社長があああッ!!」

 

蓮太郎は彼に見覚えがあった。確か大瀬社長にくっついていたノッポの秘書だ。

 

「社長が…自宅で殺された!死体の首だけが何処にも無いんだぁ!!」

 

シンっと静まり返る会議室。

その視線だけがある物に注がれていた。

 

『プレゼントだよ』

 

影胤の声が頭の中でリフレインする中、蓮太郎は一辺30cmほどの箱の包装を解き震える手で蓋を開けて中身を確認した。

 

――しばらくそれと対面した後、静かに蓋を下ろした。

 

悲劇などそこらに無数に転がっているこの殺伐とした世界で笑顔を絶やさない人だった。

こんな若造でも邪険にせず笑いながら接してくれた、密かに好感を覚える人だった。

拳を握る手が震える。

あまりにも強く握りすぎて爪が食い込んで血が出そうだった。

 

「……ぁんの野郎ォッ!!」

『静粛にッ!!』

 

聖天子の澄んだ声に顔を上げる蓮太郎。

 

『事態は尋常ならざる方向に動いています。今ここで私から皆さんに新たに任務達成条件を付け加えさせていただきます。ケース奪取を目論むあの男よりも先にケースを回収してください。でないと大変なことになります』

「今度こそケースの中身を説明していただけますね?」

 

木更が睨みながら言うと、聖天子は目を一度瞑り覚悟を決めたように語った。

ケースの中身の恐るべき危険性を。

 

 

「…ケースの中に入っているのは『七星の遺産』。悪用すればモノリスの結界を破壊し――この東京エリアに”大絶滅”を引き起こす封印指定物です」

 

 

 

 


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