「それでは只今より、○○祭恒例カップルコンテストを開催しまーす!」
司会者が挨拶をすると会場が盛り上がりを増す。
小気味よく晴れ上がった秋の一日。
俺と雪ノ下は文化祭で行われる行事の一つ、カップルコンテストに参加することになった。
……事の始まりはカップルコンテストの商品だ。
* * *
「比企谷くん、これを」
「どうした?」
出店を一緒に散策している途中、雪ノ下が看板を指差し立ち止まった。
看板に目をやると、どうやらうちの大学の催しであるカップルコンテストについてらしい。
『○○祭恒例カップルコンテスト!
参加者は我が校の学生カップルなら誰でも参加自由。
是非とも参加して、周りに自分たちの深い絆を見せつけよう!』
……うへえ。なんでこういうのやろうと思うんだろうな。そもそもこんなもの見るやつらいるの? 他人の幸せなんて見て何が楽しいのだろうか。
「比企谷くん……あなたに頼むのは癪なのだけれど……、私と一緒にこれに参加してもらえないかしら?」
「え?」
今こいつなんて言ったの? カップルコンテストに参加して欲しい? お前と?
や、そもそもお前と俺付き合ってもいないよな? 確かにお前のことが好きで私立の大学諦めて同じ大学までついてきた俺ですけど? え、何? もしかして俺の知らないところで実は二人は付き合ってた系なの? そんなわけあるか。
「あなた……、なにか勘違いしてないかしら?」
「べ、別に? ……つうかなんでこんなの出たいんだよ。お前これ、ただの晒し者になるだけだぞ」
「私だって普段ならこんなくだらない催しに興味なんてないわよ。……ただ」
言いながら雪ノ下は再び看板に視線を送る。同じように雪ノ下と同じ場所に目をやると、そこにはカップルコンテストの商品についてが書かれていた。
えーっと……、『見事優勝されたカップルには、ディスティニーランド一泊二日の券と限定パンさんペアリングを差し上げます』か……。
なるほどね? こいつ、相変わらずパンさんに目がないのな。
「はぁ……、とりあえずなんで出たいのかは理解した。だけどな雪ノ下、これカップル限定だぞ? 俺たち別に付き合ってるわけじゃないし……」
「そのあたりは上手く誤魔化せばいいんじゃないかしら?」
「いや、まあそうかもしれんが……。つうか出たとしても優勝なんて無理だろ」
「あら、どうして?」
「どうしてって……、こういうのってあれだろ。お互いのことをどれだけ理解しているのか、とかそんな問題がいろいろ出題されたりしてだな」
「あなた……随分と詳しいのね」
んぐ……。別に詳しいとかじゃねえけど。
ほら、こういうのって結構有名だったりテレビでなんかやってたりするからそれの知識というか、ね?
めんどくさくなるから言わんけど。
「でも、そうね……、確かにあなたの言うとおりかもしれないわね」
「だろ? 出たところで恥かくに決まってるぞ」
まぁ、こいつは容姿は良いから大丈夫かもしれんが。
「俺なんか出てみろよ。完全にネタ要員だわ」
「そこまで自分を卑下することはないと思うのだけれど……。それにあなたの言うとおり、『お互いをどれだけ理解しているか』ということなら、……私たちだって、案外良い線行くんじゃないかしら」
「へ……?」
いきなり何を言い出すんだこいつは……。変な声出しちゃったじゃねーか。
雪ノ下を見返すと、彼女は俺から目線を外しふいと顔を背ける。自分の言ったことが恥ずかしいのか、白い頬はうっすらと桜色に染まり、スカートの上に置かれた手がきゅっと固く握られていた。
そんな顔されたら断るわけにもいかなくなっちゃうだろ……。
「…………わかったよ。参加しようぜ」
「そ、そう……。ありがとう、比企谷くん」
「優勝できるかは知らんけどな。とりあえずやるだけやってみるか」
* * *
それから受付を済ませ現在に至るわけだが――。
簡単なアンケートや質問に受け答え、いざ会場に入ると思った以上の参加者と観客に正直もう帰りたい。
彼氏と彼女は別々に入場らしく、雪ノ下の姿が見えないのも俺的に帰りたい要因の一つだ。
「それではまず一回戦、五組のカップルに入場してもらいまーす!」
入場のBGMが流れて俺の前にいる男が歩き出す。
後についてステージの上に上がり用意された席に着く。
「ではではこれから一回戦の説明に入ります! これから彼女さんたちにはあちらに設置された板の向こう側で待機してもらいます」
司会者が指を刺した先を見ると大きな板が設置されていた。板には腕が入りそうな穴が五つほど空いている。
「お気づきの方もいらっしゃると思いますが、彼女さんは板に空いてある穴から手を出してもらいます。それを彼氏さんに見つけてもらうというゲームです。手を触るのはオーケーとしますが、身につけているアクセなどは外してくださいね。先に当てることができた上位二名が決勝に進めます! では頑張ってください!」
なるほど、……つうかこれ、早く当てないと雪ノ下の手を誰かが触るってことだよな?
なんかそれはムカつくんだけど。となると誰よりも先に当てる必要があるな……。
司会者が開始の合図を出すと一斉に彼氏側が板の前に向かう。
雪ノ下の手はどれだ……?
穴から出された五本の手を集中して比べる。幸いなことにまだ誰も手には触れていない。
そして三本目の手を見てこれじゃないと思い、四本目を見た瞬間。
……これだ。これに違いない。
細くしなやかな腕。
他とは明らかに違う滑らかで白く綺麗な肌。
これが正解だと確信した俺は、その手を握る。
……なにこれめちゃくちゃ柔らかいんだけど。
女子の手ってこんなに柔らかかったっけ? あ、俺そもそも手繋いだこと小町くらいしかねえわ。
「あのー? 比企谷さん? その手でファイナルアンサー?」
「あ、は、はい」
あまりの柔らかさに、何回か握るのを繰り返してて答えるのを忘れてたわ……。つうかこれじゃただの変態じゃねえか。
「比企谷さん、正解です! 一番手で正解したのでこの後の決勝戦に進出します!」
司会者の言葉に観客が「わーっ!」と盛り上がる。
ふう、とりあえず合ってて良かったわ……。
なんとか雪ノ下の手を他のやつに触られずにすんでほっと一安心していると、板の向こうから顔を赤く染めた雪ノ下が出てきた。
なんだろう、もの凄く気まずいんだけどこれ……。
「それでは正解者の二人は控え室でお待ちくださいねー」
係の人に案内され、控え室の中に二人で入る。
「お、お疲れ様……」
「お、おう」
「とりあえず第一関門突破といったところかしら」
「そうだな……で、だ。雪ノ下」
「……何かしら?」
「なんでお前は壁を見ながら話してるわけ?」
部屋に入ってから何故か雪ノ下は俺の方を見ようとしない。
「あ、あなたが人の手を何度も握るから……」
「わ、わりぃ……」
ぷいっと顔を背ける雪ノ下。
どうやら、俺が必要以上に雪ノ下の手を触っていたことが気に障ったらしい。
「べ、別に私はいいのだけれど……。でも気をつけなさい。私ならともかく、他の参加者の手をあんなに握ってたらあなた、通報されるわよ」
「や、さすがにそれはなくないか?」
「いいえ、あなたのような死んだような魚の目をした男に、自分の手を握られてしまう女性の気持ちを考えてみればわかるでしょ?」
ああ、確かに――って、
「俺のメンタルへし折りにくるのやめてもらえませんかね?」
「それだけ気をつけなさいということよ。……まぁ、あなたがどうしてもというなら、私は別に……」
「別に、何だよ」
「……何でもないわ。とにかく、決勝戦も必ず勝ちましょう」
「まぁ、俺にできるだけのことはするつもりだしな」
* * *
それから他の組の決勝進出者たちも順調に決まり、いよいよ決勝戦を迎えることになった。
決勝戦に出るカップルともなると、俺たち以外の参加者は所構わずイチャつくやつらばかりだ。
完全に俺と雪ノ下が浮いてるんだよなぁ、これ。というか見てて恥ずかしくなるんだけど。
「では、これから決勝戦を始めたいと思います! まずは決勝に進んだカップルたちの入場です!」
あぁ……、いよいよ始まっちゃうのかぁ……。
「いきましょう」
雪ノ下の呼びかけに軽く返事をしてステージに向かって歩いていく。
「それでは決勝戦の説明を行いたいと思います」
参加者がステージに出揃うと、先ほどと同じように司会者がルールの説明をしていく。
どうやら決勝は『お互いのことをどれだけ理解できているか』をチェックするためのクイズらしい。彼氏と彼女用に順番に問題を出していき、先に三問正解したカップルが優勝ということだ。参加する前にアンケートをやらされたのはこのためってわけな。
正直全く勝てる気がしないのだが……。
「それでは第一問! まずは彼女さんに質問です。彼氏さんの好きな飲食店は?」
司会者が問題を読み終えると同時に雪ノ下が手元に置かれたボタンを押す。
あまりの速さに他の女の子たち若干引いてるんだが?
「はい雪ノ下さん、では答えをどうぞ」
「サイゼリヤね」
「正解です!」
正解のコールが流れると、観客が一斉に拍手をして会場が盛り上がる。
しかしあれだ、問題が簡単でよかったわ……これくらいなら俺と雪ノ下でも大丈夫だろう。
「次に第二問です! 今度は彼氏さんに問題ですね。彼女の出身高校はどこで「総武高校」」
なんだよ、こんなの簡単すぎるだろう。身構えて損したわ。
あまりに楽勝な問題だったので、司会者が問題を言い終える前にボタンを押して答えた。
当然司会者が、
「正解です! いやぁ、比企谷雪ノ下ペア、二問目で早くも優勝に王手をかけました! それでは第三問、次は彼女さんへの問題です。彼氏さんの好きな芸能人は?」
あ、これは絶対雪ノ下じゃ解けない……。そもそもあいつってテレビとか見たっけ? まぁ俺書いたの声優なんだけど。
案の定、この問題で雪ノ下がボタンを押すことなく、他の参加者が答えてしまった。
「ではさくさくいきましょう第四問! 彼氏さんへの問題です。二人の思い出のキスは?」
は? キス? いやいやいや。そもそも俺たちまだ付き合ってすらいないわけでキスって……。
…………あっ。
いや、そもそもこれを雪ノ下が回答として用意している可能性は低い、低いけど……。
俺が悩んでる間も他の参加者二人がボタンを押して回答したがどちらも外れていった。
……いくしかないな。意を決して手元のボタンを力強く押す。
「はい、比企谷さん!」
「えっと……。高校三年の時に、部室で、その、机で寝ている俺に……」
「俺に?」
これ最後まで言わなくちゃいけないの? もう俺の精神ずたぼろなんだが。……しかたないな。
「キスをしたこと、で」
俺の回答を聞き、司会者が答案が書いてあるのであろう用紙を見つめ、
「正解! 比企谷雪ノ下ペア、見事優勝です! おめでとうございます!」
司会者がそう告げると、会場のボルテージが最高潮に達し、俺と雪ノ下がステージの中央に立たされる。
こんな人前に晒されて俺どうなっちゃうの? もう早く帰りたい。今すぐ帰りたい。
隣にいる雪ノ下を見るとこいつはこいつで、耳を真っ赤にしながら俯いてぷるぷる震えてるし……。それもそうだろう。あの時のあいつは俺が寝てると思ってただろうし。ばっちり起きててすまん。
それから表彰をなんとか乗り切った俺たちは、お互いに話すことなく大学を出た。
流石にあのまま文化祭に留まるのは、周囲の視線が辛すぎて耐えられなかったわけで。
「その、なんだ……お疲れ」
「…………」
俺なりにとはいえ一応ねぎらったのだが、雪ノ下は一切反応もせずひたすら一歩前を歩き続ける。
これはあれだよな……確実に決勝のあれが原因だよな。
気まずいなぁ、と内心嘆いていると、雪ノ下がぴたりと足を止め振り向く。
「…………あなた、知ってたの?」
「知ってた、というか、起きてたが正しいな」
「……そう」
「なんつうか、それに関してはあれだ。……その、嬉しくなくもない、というか、嬉しかったというか、そんな感じでだな」
こんな時、なんと言ったらいいかわからないせいで、やたらとへどもどした言い回しになってしまった。だがそれでも雪ノ下にはちゃんと伝わったようで、俺の目をじっと見つめながら切れ切れの声で呟く。
「迷惑、では……なかったというの?」
その表情は今にも消えてしまいそうなほど、儚くて。俺は雪ノ下にこんな顔をさせたいわけじゃない。
「迷惑だったらわざわざ雪ノ下を追いかけて同じ大学になんてこねえよ」
「それって……」
「だから、……つまりだな。俺も、雪ノ下のことがそういうあれであってだな」
だああああ! なんでこういう時はっきり言えないんだよ……。本気で自分が嫌いになるわ。
今言わなくていつ言うんだよ本当に……。
そして俺は意を決し、深呼吸したあと、
「雪ノ下、聞いてくれ」
「……?」
「俺は、雪ノ下、お前のことが……好きだ」
「――っ!?」
俺の言葉を聞いた雪ノ下は、口元を手で押さえ、ふるふると肩を震わせる。数秒の間があいた後、閉じた瞼の端から一滴、透明な感情の結露がつつりと伝い落ちていく。
「なんていうか……返事を貰えたりすると助かるというか」
「……なら、少しの間だけ、目を閉じていてもらえないかしら」
「目を?」
「ええ」
「……わかった」
雪ノ下の指示通り、俺は目を瞑ることにした。
それから微かに足音が近づいてきて――。
「――これが私の答えよ」
言葉と同時に俺の首に優しく雪ノ下の腕が巻かれ、唇にそっと柔らかな感触が伝わった。